「あぁ、どうしよう、先生と一緒に話したい事が、確かめたい事がたくさんあったんです。あぁ、本当に、本当にどうしよう……!」
その四肢の様に黒い、漆黒のドレスを纏いながら、あの頃には一切存在しなかった少女の様な無邪気さでベッドの上で転がりながらジルは困ったような、楽しそうな、そんな様子で笑っていた。昔とジルの表面的な態度はまるで違っていた。寧ろ今の方が健全な少女の様に見える……その姿は二十代に入ったばかりの、若い娘の姿をしていても。それでもどことなくそのはしゃぐような姿は可愛らしかっただろう。
彼女が魔王でなければ。彼女が二穴挿しで男を二人殺している所を見ていなければ、その姿もある程度は安心して見れたのかもしれない。だけど目撃してしまったのだ。ジルが不意に零した、虫けらを見るような、男に対して向ける視線を。陰茎を膣の中から引き抜いてぞんざいに投げ捨てる様子を。少なくともその姿を見て、昔通りのジルだ、と言える程俺は狂っていなかった。そして同時に、ジルの瞳を見て理解してしまう事もあった。
正しい―――ガイは正しかった。
「ね、先生! お話をしましょうよ! ね!」
「あぁ……そうだな」
ベッドへと招いてくるジルに従い、その縁に腰を下ろし、ベッドに転がるジルを見た。少しだけ大きくなった少女は―――たぶん、スラルとは別の意味で少女の魔王は、此方が座ると、その膝の上に頭を乗せてきた。嬉しそうにそうやって頭を乗せる姿を見て、髪に触れ、そしてその髪を手で梳いてゆく。指の間を流れる髪の感触は上質なもので、先ほどまで男たちに犯され、精液が付着していたとは思えないほどの触り心地だった。あぁ、そう言えば三擦りで達す程の極上の肉体だ、とどっかで聞いた事がある気がする。まるで悲劇を吸い上げた魔血魂が、肉体をそういう風に育てたような、
そんな感じがする。まぁ、魔血魂のやる事だし、ロクでもねぇのは解ってる。
だから片手で髪を梳き、
「ジル」
「なんですか、先生」
「あー……」
なんだろう、何て言えばいいのだろうか。ここで謝る、と言うのもおかしいだろうなあ、と思う。何かジルが言ってくるんじゃないのかと期待している部分もある。だけどジルの視線には憎悪はなかった、純粋に待ち望み、楽しむ様な、そんな視線を向けてきている。不思議だった、彼女は俺の事を恨んでいるのだと思っていただけに、その反応は不可思議なものだった。だからあー、と、言葉を詰まらせて、
「……大魔法、完成した?」
その言葉にジルは飛び上がり、此方の手を取った。
「そうなんです! 900年かかってしまいましたが、それでも大魔法の構築をついに完成させたんです! これを見てください!」
此方の手を取ったジルはそれを引っ張りながらベッドから起き上がり、自室の机まで引っ張ると、手を振ってそこに複数の資料やメモ、ノートを浮かべた。そこに記載されている術式、構築を浮かび上がらせながら、解りやすいように見せてくれる。自分の見た事のないような構築が施されている。ある意味、異次元とも表現できる術式であった。だがこれは根本的に人間が振るうようにはできていない。
「……人間だとこれ、反動で死ぬな」
「ですけど私や先生の様に根本的に肉体が頑丈であれば、問題なく行使できるように設計しています。ほら、こうやって魔法に使うリソースの一部をこうやって拝借するので、後は―――をこうして、それを―――」
「その発想はなかった……」
ジルはそうやって楽しそうに、昔語ったように魔法の話をする。こうすればこう繋がる、こうすれば俺でも使える。こうやればいいのではないか? というのを楽しそうに語ってくれる。ジルが見せてくれたのは《破壊光線》系統を超える、《大魔法》という系統を生み出していた。
これは元は【ランス10】の第二部、《AL大魔法》という必殺技から着想を得た、《破壊光線》すら超える、個人で使用可能な最強の魔法系統を生み出そうぜ! という荒唐無稽な話だった。基礎理論はオピロス帝国が存在していた間にジルが構築し、
魔王の任期の間に、更にそれをずっと研究し、更に改造し、俺でも扱える形にまで整えていたらしい。その狂気とも言える献身に、笑いながら軽口を挟みながらも、胸を苦しめられる思いを感じていた。ジルの目を見てしまえば解る。彼女は正気じゃない。現実から逃げている。そして縋っている。かつての美しかったころの記憶、それを引き出して、それに浸り、それに没頭し、
演じているのだ。
少女のジルを。
それを仮面の様に被る事でジルは自分の心を、存在を守っている。正気を失いながらも、発狂する事無く理性的に動き続けていた。その姿がどうしようもなく憐れで、どうしようもなく、本当にどうしようもなかった。此方はスラルとは違っている。少女のまま魔王になっているのではない。
ジルという魔王が少女の姿を演じる理由が自分には解らなかった。話を聞きながら、それに付き合いながらも、ジルの中には確かな憎悪を感じられた。それが果たして自分に向けられているのかどうかは―――出会った時の、男を犯して殺している姿を見た所から、聞き辛かった。だから自分に出来る事は、自分を呼び出し、表情を輝かせるジルの話に耳を傾け、付き合う事だけだった。
色々と吹っ切れたとはいえ、それでもジルに対して罪悪感が全く無いかと言えばウソだ。ジルを前にすれば自分が彼女を見捨てたという事実はどうしようもなく、思い出せてしまう。だから自分から彼女に踏み込む事は、中々に難しかった。だから彼女の話を聞き続け、彼女から大魔法という概念を受け取った。これによってこの世に新たな魔法の体系が完全に確立された。本来は《魔法Lv3》専用とも呼べる領域の魔法だ。それを俺が扱えるようにアレンジされたものを受け取りつつ、
嬉しそうに、ジルは笑った。
「先生、あぁ、先生」
「……なにかな、ジル」
「私、実は人間をそこまで恨んでいないんです」
ジルは笑いながらそう言った。
「先生は知っているでしょうけど―――私は先生がいなくなって少ししたら、妬まれて、騙されて、仲間からも売られて、監禁されて、助けを呼んでも誰も助けてくれず、ずっとずっと何年間も犯され続けました」
「……」
「初めての相手は豚の様な男でした。ろくに濡らしてないのに膣の中に陰茎を叩き込んできて、血を流す程に痛いのに泣いているのが楽しいのか犯すのを止めてくれませんでした。犯した後は私の膣からどろり、と血が流れるのを金で雇った神官に回復魔法で治療させちゃって、それで今度は薬を打ち込みながら犯してくるんです」
「ジル……」
「薬を打たれると頭の中がふわぁ、ってするんですよ? それでふわふわする所に背筋を駆け抜ける快楽が走るんです。先ほどまでは気持ち悪かっただけなのに脳髄が蕩けるように甘い感覚がして、それで膣から広がる熱を感じられるんです。電撃を差し込んだような感覚が神経を突き抜けて、ふわふわな感覚のまま、頭がぼーっとして気持ち良さだけが残るんです。そしてそれが切れると一気に頭が重くなって、体が重くなって、現実が何時もよりも数倍苦しくなって戻るんです」
楽しそうにジルはそれを語ってくる。凌辱の記憶を。近づき、楽しそうに此方の手を握って、身を寄せて、壁際に追い込む様に、話を続けながら此方を挟み込んでくる。そのまま体を押し付ける様に、至近距離で言葉を続ける。潤んだ瞳、艶のある声。男であれば一瞬で魅了され、気付いた時には既に犯しているであろう情動が働くだろう。生憎と、そこら辺の感覚は非常に薄いため、自分がそういった強い衝動を感じずにいられた。
それでもこの女を押し倒したい、と思わせる程度には、ジルは魔性の輝きを持っていた。
「呪いましたよ。先生の事を最初は」
「それは―――」
「でもそれは長く続きませんでした。少なくとも私が魔王になってからは。理解しました。先生が本当は何に囚われているのかを」
そう言うとジルは足を足で絡め、息がかかるほどの至近距離で体を絡める。服越しに、柔らかい体の感触を感じる。そして息の当たる距離で、ジルが囁く。
「―――私も、先生も、この世界も、所詮は神の奴隷でしかないんですから」
そう告げると楽しそうにジルは身を放し、くるりと回る様に手を広げ、そして言葉を続ける。
「世界の真理。システム。興味。天上の神々。あぁ、知れば知るほど先生の絶望が伝わってきます。私がその答えに元魔王スラルの手を借りて辿り着いた時には驚愕しましたよ。あぁ……なんて、なんてこの世には救いがないんだって」
ジルの言葉に頷いてから頭を横に振った。
「この世に救いなんてものは生まれた時点でなかったよ。そして今もない。それが未来に生まれるかどうかは不確かでもある。だからと言って……諦めることも出来ない」
「そうでしょう……先生ならそうでしょうね。ふふ……やっぱり先生だ」
嬉しそうに、此方の言葉を聞いてジルは笑い、そしてそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。潤んでいる瞳は発情している様にも見え、此方を誘っている様にも感じられる。だがそれに応える事なく近づき、横に腰を下ろし、頭を膝の上に乗せて、その髪に触れ、そして梳いた。魔王ジルはそれに大人しく従った。この時だけ、魔王という姿を少女の仮面で隠し、無垢だったころに回帰していた。
だが感じる。
彼女の仮面の下で脈動する魔血魂を。
【血の記憶】を。
そして、それを完全に制御しているジルの存在を。
或いは―――そうなのかもしれない。神への謁見で延命手段をジルは求めなかった。魔王の任期は1000年で終了する。故に終わりが見えている、ジルの暴政には。だからこそ、なのかもしれない。ジルはこの長い年月の間、終わりが見える魔王としての道のりを歩んできた。そしてその果てに、
歴代の魔王の中で唯一、完全に魔血魂を、【血の記憶】を自分の意思で制御している様に思えるのは。
「あぁ、先生はもっと素敵になりましたね。昔も格好良かったですけど。今は昔よりももっとキラキラしてる。良かった……スラルに手を貸して良かった……先生に貰ったものを、愛を、少しでも返せてよかった……」
嬉しそうに、蕩けるように、その言葉をジルは零し、
―――直後、此方をベッドに押し倒してきた。
マウントを取る様に跨り、そして隠しきれない憤怒の表情を浮かべた。
「あぁ、だからこそ許せない―――許さぬぞ、神々め。どこまでも我らを玩具と思って! どこまでも我らを道化の様に扱ってッ!」
「ジル、それは」
「私の出会いも! 不幸も! 先生の絶望も! 私が苦しんだことも! 結局は全てが茶番だ! 何もかも! 生きている事でさえ意味はない! 家畜だ―――我らの誕生も、生も、ただの家畜の物でしかない!」
「―――」
人間牧場の意味を漸く理解した。
神々が運営するこの大陸と、魔王が運営する人間牧場と。
究極的にはその本質は全くの同質。目的を果たす為に効率良く環境を管理し、そして運営する。つまりやっている事は一緒だ。神々と魔王と、そのスケールが違うだけで、結局のところは同じことでしかない。瞳に映る憎悪、殺意、その全ては人類ではない、もっとスケールが上の存在へと向けられている。
「先生―――あぁ、先生。ほんとうに優しく愚かな人。だからこそとても愛しい人。後貴女は何年間親しい人が死ぬのを見るんでしょうか。何百年間愛しい人たちに置いて行かれるのでしょうか。後数千年は生まれて来る人々が死んで行くのを眺め続けるのでしょうか―――なんて、なんて、憐れ」
だからこそ、とジルは言葉を放った。
そう言うとジルは軽い足取りで此方からマウントを取っていた体を降ろし、ベッドの横に立つと、
「ガイ、出てこい」
ガイを呼び出す。それに従う様に魔人筆頭であるガイが数秒後、扉をノックしてから開けて姿を現した。それを確認し、ジルが口を開いた。
「ガイ、お前は私を殺す隙を常に狙っていたな。故に暇を出す。
「―――」
ベッドから起き上がりつつ、待て、とジルに声をかける。
「待て、ジル。何だお前―――お前、何をしようとしている」
その言葉にジルが楽しそうに振り返りながら笑った。
「あぁ、大丈夫ですよ先生。安心してください。私が勝ったら
「……ジル?」
それは魔王の職務から逸脱する行い。いや、やってはいけない事だ。人間牧場を経営しているジルだからこそ、真理を覗き見たジルだからこそ理解している筈の事だった。俺と同じぐらい、この世界がどうすれば詰んでしまうのか、それをジルは理解している筈だった。
でも何でもないかのように、全生命絶滅の宣告を放った。
「んー……そうですね……990年までは私は動きません。980年までは魔人を戻しておきましょう。それまでに私を殺しに来なければ負けですよ? それでは―――」
ジルは笑いながら近づき、此方の前にまで来ると、唇が触れそうな距離にまで近づき、瞳を覗き込んだ。
「―――魔王戦争を始めよう」
宣告―――魔王戦争。
ナイチサが目指した人類を苦しめる戦いではない。
全生命根絶を目指した魔王ジル、その任期最後の戦争、その宣告が成された。正史においては永遠の命をジルは目指した。延命を施されたジルは死なず、そして永遠の魔王であろうとし続けた。それをガイが阻む為に魔王戦争と呼ばれる戦争は勃発した。それを通し、殺害が不可能であった魔王ジルは封印された。
だが歴史は変わった。
ジルは延命等されていない。
永遠の魔王等望んでいない。既に未来は変動している。それ故に歴史を変えるように新たな戦いが始まる。
新たに刻まれる魔王戦争。
それは
ウルさま は だいまほう を おぼえたぞ。
なお魔王から全生命根絶の宣戦布告も貰った。
という訳で魔王戦争、はーじめーるよー。魔王から吹っ掛けた戦争だから魔王戦争。正しい意味だね?