―――920年、ペンシルカウ。
普段は世話係以外は誰も入れない【女王の館】には複数の姿が見えていた。用意されていたのはいいが、めったなことでは使用されなかった大会議室には円卓状のテーブルを設置しており、その上には精確に記されたルドラサウム大陸地図が広げられており、魔法を利用した立体映像が僅かに、ルドラサウム大陸の姿を円卓の上に浮かべていた。それを囲む様にここに存在するのは今現在、この大陸に関連する要人とその勢力の主要人物達であった。
一勢力目は―――当然のように館の主であり、ペンシルカウの永世女王であるウル・カラー。そして俺が率いるカラー勢力に所属するハンティ・カラー、現在のペンシルカウ執政官であるエル・カラー。そして自分の世話などをする、堕天エンジェルナイトの面々になる。このペンシルカウを作戦会議の場として提供したのは自分の意見だ。恐らく今、この大陸において人類側が一番戦力を整えられる場所でもあるのだから、ある意味当然の提供だ。
第二の勢力は、JAPAN勢力である。現在の勢力トップは帝が存在しない為、最大信仰を引っ提げている天志教の悪魔・月餅が代表者となっている。そこに現在、最大武力をJAPAN内で誇っている平家と源氏のトップが来ている。JAPANで相変わらず殺し合っていた両勢力だが、もっと大規模なスケールで戦えるぞと言う話をした瞬間にフィッシュできた、JAPAN最大規模の問題児たちと月餅が教えてくれた。なお、無論、月餅が悪魔である事は知られていない。
第三勢力は大陸に隠れ潜んでいた人類、冒険者たちだ。エターナルヒーローが消えた今、最大戦力の自由人類は消えてしまったが、それでも細々と生き残っている人類の中でも特に戦闘能力の高い奴と、頭の良い奴と、そして統率力のある奴で暫定的な自由人類勢力として固まって貰った。トップは代表を半ば押し付けられた小太りの男で、ここに並べられている面々を前に、物凄い汗をかいている。しきりにハンカチを出して汗を拭いているのが解る。
第四勢力はマギーホアを筆頭としたドラゴン軍団なのだが、翔竜山からマギーホアは出る事が出来ない為、そして館の中にドラゴンが入る事は出来ない為、円卓会議には欠席している。とはいえ、マギーホアの実力を考えると最強の勢力だと考えてもいいだろう。
そして最後の第五勢力は―――魔人ガイ単独の魔人勢力だった。ガイには使徒もいないし、彼が呼び込んだ魔人も存在しない。味方してくれそうなガルティアとケッセルリンク、そしてその他の魔人は全て、ジルの命令により限定的に魔王城周辺地域、つまりは未来で言うリーザス領から出る事を禁止されている。その為、魔人ガイが唯一の魔人戦力として人類側に加担している。
この他にも個人レベルでの参戦者は存在する。
魔王と戦ってみたい魔物。
最強を目指す放浪の格闘家。
異世界を旅する通りすがりの強者。何だお前。
魔王ジルの宣戦布告から5年が経過した。人類に素早く伝令を飛ばし、そして急遽、集められるだけの人間を集めて、ペンシルカウを拠点に魔王討伐隊を結成する事にした。とはいえ、人類の大半はいまだに人間牧場に居るものであり、やはり数は未来に発生する【魔人戦争】や【第二次魔人戦争】とその規模を比べれば、小さい。その理由は初速の遅さだ。人類が団結していない事にも理由があるし、信じていない人間が多いのも事実だ。
だが919年、魔王ジルが超長距離魔法を放ち、魔王城から一歩も動く事無く隠れ里を複数破壊した。そしてそれとは別に、魔物兵を軍団で送り込む事によって現在残されている隠れ里の内、4割を1年以内に焼き払った。それによって魔王の言動が本気だと悟った所で漸く動き出したのだ。それによってそれまで集まっていた者を含め、漸く本気で集まり出した。それでも遅い。あまりにも遅いと表現するしかない。
全然人間が集まらない。
「……人、集まらんか」
「えぇ、えぇ……非常に残念ながら……難しい話ですね」
徴兵が恐ろしいほど進んでいなかった。今現在、《魔王討伐隊》の人数は全部でペンシルカウが4000人、JAPANが5万人、自由人類が1万人、大体がトータルで6万5千に届くかどうか、というラインだった。
ペンシルカウは総人口の半分が戦うだけの気概を見せている。JAPANも平家と源氏は世代を超えてでも戦うぞ、という凄まじい気概を見せている。問題は自由人類の話だった、恐らく、探せば自由人類だってもっとたくさん存在するのには違いがないのだが、
「未来が遠すぎるか……」
「えぇ、はい、その非常に申し訳ないですが、魔人が動き出すにしてもそれは60年後の未来ですからね」
自由人類代表が汗をハンカチで拭いつつ必死に釈明するが、その姿を見て苦笑する。まぁ、しゃーないわな、と額に手を当てる。
「まぁ、人間に60年は長すぎるよな……」
「今の時代の平均寿命が50代だからな。魔人が来る頃には間違いなく世代交代しているだろう。根本的に今生きている者達は死ねるから関係ない、とでも思っているのだろう……」
「まぁ、俺達はそれでも戦うけどな!!」
「そうだな!! 魔王と戦えるなんて楽し過ぎるだろ!!」
流石JAPAN脳、月餅が両手で顔を抑えているのが見える。だけど割と深刻な問題だった。あくまでJAPANは常時黒部ダークとムサシダーク状態の中で、5万人もの戦力を捻出出来ている方がおかしいのだ。お前らおかしいよ、と声を大にして言いたい。
だけど、根本的に間違ってはいないんだよなぁ、と人類側の主張は納得出来るのだ。
何せ、今の世代、今の時代は平均寿命が非常に低い。40から50代にかけて死亡する人が非常に多いのは、それ以上育つ前にサクッと魔物に殺されるか、魔人に殺されるか、もしくは栄養失調などの食料問題で死ぬか。病というものも実はある。なので長生きしている人が非常に少ない。まともに老人になっている人間を見る事が出来るのは……たぶん、JAPANぐらいだろう。やっぱりなんなんだお前ら。
ともあれ、
魔人が動き出すのは60年後。
魔王が動き出すのは70年後。
それまでには今、ここに居る平均寿命の存在は基本的に死亡しているだろう。そうでなくても魔物の動きが活発化し、魔物兵が各地における活動を更に激しくし、積極的に人間に対する攻撃を始めた。連中に対する対応をしなくてはならないのだが―――この時代、根本的にそういう事に対する対処が逃げて隠れる、と言う事に集約している。
力を合わせて殴り返す、という考えがないのだ。
長いジルの暴政によって飼い馴らされたのは何も人間牧場の人うしだけではない。普通に生きている自由人類も、ジルの影に怯えて生き続けているのだ。だから根本的に敵対するという発想が存在しないのだ。寧ろエターナルヒーローが異端だったのだ、そういう点においては。だがそのエターナルヒーローでさえ、姿を隠してしまった。あのブリティシュでさえ、今では完全に行方不明だ。魔人になった、という話はスラルから聞いたが、その後の行方が完全に途絶えている。
一度は希望だったエターナルヒーロー、それらの姿が消えたのだ……そりゃあ、人類側だって本気でどうこうしようと思う気持ちが失せる。
魔人が動き出すのが60年後、それまで魔物兵のみだったら、それから逃げ続けて寿命を迎えれば今まで通りの人生じゃないか。
そう思う者が余りにも多すぎる。
「ま、ここで魔人が出てくるまで生きているのは間違いなく長命種ぐらいだからな。俺はそのままだけど、ウチでも世代交代は免れねぇし」
「60年と考え、戦えるのに適した年代が上がってくるのを考える……二世代は交代する必要があるか」
「キツイな……」
今の世代から動き出さないと間違いなく間に合わないだろう。少なくともこのタイミングから動かないと徴兵が間に合わない。それだけ今の魔軍戦力は強大だ。
「魔人が魔王城から動かない今が間違いなく戦力を整え、妨害されずに技術を積み重ねるチャンスなんだ。この時に動かないとどう足掻いても魔人が動いた時、蹂躙されるばかりなんだけどなぁ……」
「それが大半の人類には解っていないのだろう」
死ねば逃げ切れるとしか、解っていない。まぁ、この時代に未来の事まで考えて行動できる人間ってのも少ないだろう。
と、ガイが腕を組みながら口を開いた。
「今のまま、魔王城へと向かっても自殺するだけだ。私やウル・カラー、魔王討伐専用の隊を結成して戦おうにも、防衛には魔人ラ・バスワルド等が居る他、今のままではケッセルリンクやケイブリスとぶつかる事も避けられないだろう」
「チャンスは980年、魔人が魔王城から離れられる様になってからだ。そうすれば魔王城の防衛戦力は落ちる。精鋭部隊で一気に切り込んでジルを討つ―――これが唯一の勝機になるだろうな」
自分の様に寿命のない存在であれば、60年程度瞬きをしている間に終わる様な時間の短さだ。だが人類などにはそうならない。そして連合の戦力、魔物兵の対処や魔人の誘導などに関しては、自由人類サイド等がその最大戦力になるだろう。少数精鋭で今突撃したとしても、魔王城周辺の防衛魔人によって疲弊するだけだ。
たとえマギーホアを動かしたとしても……ちょっと、今のジルに勝てるのかどうか、怪しい。少なくとも最後に見たジルの姿は、明らかに《魔王Lv3》に到達していたような気もしていた。RPG勇者スタイルの正面暗殺が通じる状況ではない。今現在、この人類が保有する最大戦力をなるべく体力を残した状態でジルまで届けて、
その上でカオスか日光で《無敵結界》を破壊し、そしてジルと戦う必要がある。
「なんだこのクソゲーっぷりは……」
「姉さん、解ってても言っちゃいけない事があると思うんだけど」
この60年という襲撃までのタイムリミットが、絶妙に意地悪だと思う。少なくとも世代交代前提で、ジルが人類全体を弱体化させた前提での話なのだ。今の人類はNCやSSで見せた、正面から魔軍をぶち殺してやるという気概がない。生き延びる事が出来るなら、まぁ、それでいいんじゃないか? というなぁなぁの意識しか残っていない。これが10年以内だったら人類ももっと簡単に団結出来ただろう。だが60年も猶予が与えられると、逆に忘れようとしてしまう。
今の戦力だけで60年後の魔人との戦いを想定すると、まず真っ先にペンシルカウに集中攻撃されるだろう。その影響で拠点を落とされる。その上でそう動かなかった魔人が防衛線を張るのも見える。やはり、戦力が足りないと計算できる。
それに……ジルの目的が見えない。
【ひつじNOTE】を見たのであれば、この世界の主がルドラサウムだと知った筈だ。生命絶滅による【涅槃寂静モード】起動では三超神を殺すだけで限界だ。根本的にルドラサウムに対してダメージを与える事が出来ないという事を解っている筈だ。或いは三超神を憎んでいるのか?
ダメだ、何度考えても彼女の考えが解らない。何を求めていきなり【決戦】の予行演習等と言い始めるなんて。そもそも生物を全て根絶させた所でシステム神のセーブ&ロードで世界がリセットされて、何もなかったように再進行するだけだ。同じことがルドラサウムでも出来る。【ひつじNOTE】を見たのであれば、それも解っている筈だ。なのにエスクードソードの起動を狙っているのか?
それとも生物を殺し尽くす事そのものに意味があるのか?
考えた所で答えは出ない。ジルに真意を問いたい所ではあるも、素直に彼女がそれを教えてくれるかは怪しい。いや、それは倒した時に聞けばよいだろう。今は別にやる事がある。まずは負けないようにしなくてはならないだろう。
「まぁ……まずは戦力を増やすしかないな」
「ムサシも黒部も消えたし、これからは安心して子供を産めるなぁ! 平家の女拉致って娶るかぁ!」
「子守歌には源氏殺害ラップを新しく仕込まないとな」
「おぉん!?」
「あぁん!?」
「人選間違えたかなぁ……」
月餅が疲れたような声で呟いた。同情するような視線が向けられるものの、常時ダーク状態だったJAPANに漸く、魔人のいない時間が出来たのだ―――戦争と殺し合いのエキスパート民族、この900年間常に魔人に殺されながら人口を維持し、身内で殺し合いを続けてきた民族がついに、本格的な戦争に向けての準備に入る。源家と平家のトップはキチガイだが、胃壁を削っているのは月餅だ。
JAPAN方面は全部ぶん投げる。頑張って胃薬飲んでね。
「私達自由人類も―――この隙に巨大都市を建造しようかと思います」
自由人類代表が汗を拭きつつ、少しおどおどとしながらも、言葉をはっきりと口にする。
「根本的に人が魔軍に対してですね……えーと、私が立ち向かえないと思うのはその……
どことなく怯えている様子はあるものの、言葉は真面目だ。
「今の人類に足りないのはたぶん、踏み留まってでも守る物だと思うのです」
一つ一つ、自分の中にあるものを確認する様に口にする。
「我々、自由人類は現在、生活のほとんどを魔王に脅かされています。そしてそれが数百年続いてきました。前時代では我々の先祖は普通に街をつくり、暮らし、そして生活していたという話を聞きました。わ、私は思うんです」
そこが、足りないのだと。
「土地に対する愛着。居場所に対する執着。踏みとどまって守る物。それを国家の解体という形で魔王がう、奪ったと思うんです。そ、その、何かに所属し、何かの為にある。そういう意識をまず粉砕したと思うんです」
だから、
「街をつくります。城塞の様な都市を。え、えぇ。その、怖いですけど、魔王領を睨める、南部に建設するのが良いと思うんです。こ、怖いですけど」
滅茶苦茶どもっている小太りの男は、しかし、と言葉を続ける。
「最初は人は来ないでしょう。ですが連合に参加したもの全員住みます。そうすると庇護を求めて人が来ます。庇護を求めた人々が根付きます。そして土地を愛してくれる筈です。そういう場所を、作ろうかと思います」
え、えーと、その、と言葉を置く。指の先と先を合わせ、つんつん、と突きつつ、
「だ、だから、そ、そのー……うん……そうやって、少しずるいかもしれないけど、世代を経て魔人にやられるもんか、魔王からも守ってやる……と意気込めるような城塞都市を作ろうかなぁ……なんて……思ったんですけど……あの―――腹が痛くなってきたのでトイレに籠ってもいいですか!? やっぱ私にこのポジション無理! 無理だって!」
落ち着かせようと男の側近達が素早く対応に入るのを見て、少しだけ笑ってしまった。最初はこの状況を見て、詰みに近いものを感じていた。だけど今、話を聞いて思った。いける、と。間違いない。人間の底力はこんなもんじゃない。絶望だけがゴールじゃないって事を証明できる。
ハッピーエンドを顔面に叩きつけてやるまでは。
「じゃ、小太り君市長決定で。資材は俺が出せる分だけ出すから都市建設頑張ってくれ。手が足りないなら俺がドラゴンを出す。それでもどうしようもなく、魂を売っても惜しくない連中が居れば俺が悪魔を仲介する……ガイ?」
「私は戦う事以外は特に出来る事はないが……対魔人戦術、対魔王戦に関しては人生の全てを懸けている。私の持つ、魔人や魔王と戦う為の手段の全てを確実に根付く様に動こう」
「どうやら方針が出来てきたみたいだな?」
「60年を超える魔王に対する戦争の準備……ははは、間違いないぞ。こんなもん歴史初になるぞ。そして勝ったら永遠に名前を残せるぞ」
最凶の魔王、ジルの繰り広げる絶対的な絶望の前に、それでも人類はまだ、終わる様な姿を見せていなかった。まだ手はある。詰んではいない。戦う為の意思をまだ見せ続けている―――故に、魔王ジルへの道は生まれるだろうと思う。
第一人類連合の立ち上げの瞬間だった。
第一人類連合、その数はランス10の集まりと比べると余りにも小さかった。
という訳で、Simランスしつつ人類の戦える人間を世代交代しつつ育て上げ、前線都市を生み出しつつ魔王ジルや魔人との決戦に備えよう!!
という訳で人類育成ゲー始まるよ。育てて鍛えて、建造して魔軍に備えろ。