第二世代が生まれて数年が経過した。
カラーの場合、生まれて数か月で子供まで成長するという特異性がある。そういう訳で育児はそこまで難しくない、と言う特徴が存在している。これはカラーという種族全体の話である為、そういう風になっている訳だが―――人類全体がそういう訳ではないのだ。此方は普通にそれなりの時間をかけて育ち、そして普通に年老いていく。つまり、普通に子供を育てる必要があるという事になる。
これが戦時だと結構厳しい。
いや、戦時じゃなくても育児は難しい。
そこら辺は女王として色々と手を回していただけに、後ついでにペンシルカウに居た頃から子供の面倒を見たりしていたので、色々と知恵はある。つまり育児の為の環境を作るという事だ。子供を育てるという事は既に一つの技術であり、そして昔から続く知恵だ。出産に関するそれも知識であり、残念ながら人類はそういう知識には乏しい。寧ろ、安全に出産させるという事においては人間牧場の方が今の人類よりは上だったりする。
ただそういう事に関しては、ずっと普通に文明生活を維持出来ていたペンシルカウが情報等を持っているので、人材を貸し出せばそれで解決する。安全に出産して貰い、それが終わったら今度は幼少期の面倒、そして教育だ。カラーの子とは違って長期間子供であるのが一つの問題ではあるものの、やる事はあまり変わりはない。
栄養をちゃんと摂取するのを確認し、ちゃんと親とふれあいをさせ、愛を教えながら育てる。そして育ってきたら食べるものを変えつつ教育を始める。育児はただ育てれば良いという訳じゃない。ちゃんとそこに親の愛を感じさせないと歪む。だから大事なのはちゃんと理解し、そして健やかに育つ環境だ。
実はそれを整えるのが大変なのだが。
数千、数万という規模の人間を収容する為の大都市に、そしてそこで発生するベビーブームを支える為の土台として数百人程度では全く足りないのだ。つまり、子供を産み、育てる環境を作る為に、そういう人材を育成する事から必要があったのだ。これが結構厳しい。教育というのは数日で終わるものではないのだ。人が一つの資格を得るのに地球では何年が必要だっただろうか? それにも研修、教育、実習、様々なテストを経て漸く技術として確立されるのだ。
ただ、まぁ、この世界に限っては《医術》みたいに技能として才能が存在するので、それをサーチしつつ人材をピックする事で学ぶために必要な時間を大幅に短縮する事が出来る。そもそも魔軍に対して今の人類がほぼ勝率が存在しない状況なので、神からの監視付きの生活ではあるものの、ある程度のバランスブレイカー行為は許容されていた。
つまり、ジルが勝利してしまった場合、それだけの事が天上にも轟くという事なのだろう。或いは【阿摩羅モード】のガチ発動があり得るのかもしれない。そういう事もあり、ここ最近は多少、ズルをした所で無視されるところがある。まぁ、相手が思いっきり化け物なのだからある意味許されているのだろう。インフレに対抗するにはインフレしかない。
そういう事で、軍事行動の為に様々な事を計画し、実行している。
まずは前線の維持と前線に砦を建設する事。城塞都市とは別に、魔王城へと攻め込む為の経由地点として砦を建設する必要があった。後は魔人と戦闘する時に、持ちこたえる為の場所でもある。幾つか砦を建設しておけばそれだけ、相手の戦力を分散させる事も出来るのだ。此方の戦力を分散する事にもなるが、それはそれとして、分散させた後に食いつかせ、そこからカウンターで喉元を食いちぎるのが現状、人類に許された唯一の勝利への戦術なので仕方がない。
その他にも城塞都市内部でのインフラの構築、福祉関係を充実させて土地や人々、そこにある文化に対して愛着を持ってもらわないとならない。風俗産業もそれで手を出す必要があるし、国家経営に近い形になってきたのは、もはや今更とでも言うべきなのかもしれない。
もう二度と国家運営なんてやるかよ、と思いつつ再び歴史の表舞台に立ち、指示を出しながらあーだこーだ、と人類の戦線を支えるために奮闘する。
なんだかんだで数千年間、様々な国家の王やシステム、政治、政策、国の形に触れて来ただけあって、政治というものの面倒さは解っているものの、それを一旦除外して生き延びる為に運営する戦時という状況は便利だった。そういう事もあり、ほぼノンストップ、睡眠という概念を蹴り飛ばして働き続ける。
人材の派遣、技能の選定。才能のない奴は誰でも出来るけど誰かがやらなきゃいけない仕事を与える。外からやってきた人間を迎える為の移民局を作る。魔軍側のスパイ等を処理する為の隠密部隊を作る。堕天使をペンシルカウから呼び寄せて本格的に此方で活動して貰う。大陸に隠れている長寿の存在に協力を頭を下げて頼み込む。マギーホアの下山が可能な間にハニーキングを探して貰って協力をなんとしてでも貰ってくる。
その為に働いて指示を出して、最前線に立って魔軍をしばき、構築陣地を粉砕して空爆してを続け、サイクルを繰り返し、
倒れた。
「過労ですね」
「過労」
聞きなれない概念だった。いや、俺以外に対する人類に対しては聞き覚えのある概念だったが、それでもその対象に自分が入る事に関してはちょっと予想外だったというか、今まで疲れる様な事はあっても倒れるような事はなかったし。自分が過労で倒れる、何て事は全く予想していなかった。嘘だろお前、と頭を抱える。
「まって、たった15年間不眠不休で働き続けただけだぞ」
「休んで……休んでください……」
《医術》技能持ちのAL教神官が両手で顔を覆いながら休め、と訴えて来る。えー、と声を零しながらだが待て、と声を置く。
「不眠活動ならもっと長期間やったぞ。その時は俺、平気だったぞ」
「ではここ最近のスケジュールをお願いします」
えーと、と、神官にここ最近のスケジュールをぶちまける。
「前線に出て陣地破壊したら逃亡して戻ったら病院建設のチェックを入れて練兵場へと向かって訓練に混ざったら研究所で魔法開発に混ざって、そこで軽く研究に混ざったらペンシルカウの方の進捗を確認して、翔竜山に登ってハニーキング捜索の報告を聞いたら前線に戻って魔軍の進行具合を確認、そっから魔王領に強硬偵察を入れて魔人が余計なことしてないかチェックして逃亡して戻ってきたら方針会議して」
「保護者の方々、しばらく仕事を奪って強制的に休ませてください」
その言葉に虚空からスラルが登場する。
「はいはい、しばらく仕事禁止ね」
「そんなー」
スラルに後ろから捕まえられると医務室から引きずり出され、そのまま司令部の自室へとルドぐるみの上に投げられ、連行される。知ってる魔法を教えたらすぐにこれだ、と思いながらぷかぷかと浮かべられつつ、顔面に【強制療養】と書かれた札を貼り付けられ、部屋にまで連行されるとベッドの上に投げ込まれる。そしてそこまで投げ込んだスラルが口を開いた。
「という訳で数日休みなさい」
「じゃあ、やりかけの魔法構築でも―――」
「それ、休むって言わないでしょ」
「おぉう……」
スラルに怒られてしまった。両手を腰に当ててぷんぷん、と怒っている。申し訳なく思いつつも、部屋に投げ込まれ、それからルドぐるみを抱いたまま軽くベッドの上を転がり、やばい、と思って口を開く。
「……休みの日って何をするんだ……?」
休みの日があったとして、鍛錬か魔法研究以外にやる事が特に思いつかなかった。前世だったら迷う事なくソシャゲのレベリングにでも手を出していたのだろうが、こっちの世界にそんなものはない。その上で普段から生き延びるため、未来を創る為にしか行動を行ってこなかった。つまり趣味に鍛錬、研究、強化、そして計画。
それしかしてこなかった。
他にやる事がなかった。他にやってることがなかった。というかそれだけの余裕がなかった。なのでルドぐるみを抱きしめた状態で視線を持ち上げ、スラルへと向けながら、
「何をすればいいんだ……!」
「おぉ、もう……」
スラルも困った様子で両手で顔を覆った。何故俺はこんな遠い異世界の異郷でブラック企業の社畜が得た僅かな休日みたいな想いをしているのだろうか……? スラルのリアクションを見てからルドぐるみを抱いてベッドの上でごろごろと転がり、よし、と呟く。
「仕方がない……なんか、探すか」
無趣味の女の烙印をこのままでは押されてしまう―――なんとかする事にした。
口に厨房からパクってきたレーズンパンを咥える。
ルドぐるみの上に腰を下ろす。
正面には青い景色が広がっている。陸地はなく、周辺に人の姿はなく、広い海の上に一人、ぬいぐるみを浮かばせて座っているだけである。或いは鯨に海という組み合わせを考えれば、景色としてはこの光景が結構真っ当なのかもしれない。縫い目がある事を除けばルドぐるみはそれなりに本物っぽいし。まぁ、感触に関しては物凄いもふい、と評価する以外には特に何もないのだが。
そんな中、誰も何も存在しない海の上、クーラーボックスを尻尾にぶら下げる様な形で持参し、右手には釣り竿を握っている。その先に付いているのは針だけであり、ルアーも餌もつけていない。どこぞの太公望とは違って、針が曲がっているから魚が食いつけば釣れるものの、そういうのを期待した釣りではなかった。
とりあえず、何も考えず、頭を空っぽにして時間を潰せる手段を探す為の釣りだった。まぁ、長寿の種に関しては時間感覚が狂っている。人間の頃であれば何もせずぼーっとしていても、時間を確認して数分しか経過していない! と思っても、自分の様に不老長寿、或いは不老で寿命概念の存在しない不死存在が時計を見れば、
アレ? 一分じゃねぇや―――一年経過してるじゃねぇか!
なんてこともあり得る。というか経験している。
なのでとりあえず、疲れる事もない、心安らかに出来る、他人に構わず出来る何かをやろうと思って―――考え付いたのが釣りだった。
丁度周期的に満ち潮が来ていたので、ルドラサウム大陸を侵食する様に海が出来ていた。何か趣味を発掘するなら折角だからこうやって長命種でもなければ楽しめない高尚な趣味でもやってやろうかと思った。
そういう訳で思いついたのが釣りだった。
満ち潮限定で楽しめる趣味。通常の人類であれば、人生に5度か6度経験すればいい方だが、俺の様な寿命に悩まされない存在であれば何百回と楽しめる。それで釣りの楽しみを覚えれば、川釣りでも始めればいいのだ。そういう事で基本的な釣り竿とクーラーボックスだけを手に、特に釣るつもりもなく、
釣り糸を海に垂らしている。
もぐもぐと持ち込んだパンを食べつつ、無言で釣り糸を垂らす。
普段は―――というか基本的にここ数年は誰かと常に行動している為、人間も魔物も存在しない静けさというのはちょっとした新しい環境だった。
戦争がない時でも基本的にペンシルカウに居る間は、ずっと誰かの相手をしていた。
「んぐ……ふぁーあ……偶にゃ一人ってのも悪くないな」
それでもALICEの視線はずっと感じているのだが。まぁ、監視されているから当然なのだが。
「それでも天界なんてつまらない場所に引っ込んでるなら直接遊びに来るぐらいすりゃあいいのにな」
まぁ、でも恋する乙女クエルプラン並みに壊れられても困るのだが。
「あー……やめやめ、無駄に考えるのは止めとくか、んぐっ」
レーズンパンを食べ終わったら、今度は黒腕を生やしてポーチから新しいパンを取り出す。取り出したのはヒラミレモンを使ったパイだった。地味に好物なので、こういうもんが出てくるのは嬉しかったりする。それを浮かべつつはむはむと端からゆっくりと口の中に入れて行く。
保温の魔法で何時までも美味しいのは嬉しい事だ。
そうやって海上のおやつを楽しみつつ釣り糸を垂らす。喧騒からも離れ、一人になっている時間は一体何時ぶりだろうか。海の上であれば海獣が襲ってきそうなものだが、先ほどから一部がルドぐるみを見た瞬間逃げ出している様な気さえする。
まぁ……本能みたいなものだろう、たぶん。
「……」
潮風が吹き抜けていく。遠くに海獣の嘶きが聞こえる。海は静かに凪ぎ、その果てでは大陸の下へと向かって滝が落ちていく。普通の人類ではここまで到達出来ず、この景色を見る事も出来ない。そう考えると結構、恵まれているというか、人類には真似出来ない趣味なのではないだろうか……?
まぁ、いいや。
この先も、こうやって満ち潮の度に遊びに来るか、と決める。
「……」
ただ、こうやって一人で釣れない釣りをしながら時を過ごしていると思う。一人でこれを全部、独占するのもちょっと勿体ない、と。今度、誰かを付き合わせるのもいいかもしれない。スラルも結構オーバーワーク気味だから拉致ってもいいし、ハンティと姉妹で釣りというのも楽しそうだ。あぁ、でもルシアはなんか俺に気を使いそうだから駄目だな。マギーホアは―――あぁ、ダメ。なんか無駄にたくさん釣れそう。
だけども、あぁ、と呟く。
「ジルも連れて来たいな」
もぐもぐ、と食べ進めつつ、単純に思う。魔王だった時の時間を上書き出来る程に、終わった後で遊べればいいなぁ、と。だからそれまでに、なんか遊ぶ楽しみを覚えなくては、と―――。
他人を楽しく思わせる為ではなく、自分が楽しく思う娯楽、趣味。
意外とハードルが高いかもしれないが……まぁ、未来の事を想うと、
そう悪くは感じられなかった。
という訳で趣味に釣りが追加される。
シルキィの野球並みの下手の横好きなので素潜りしたほうが遥かに早いレベルで釣れない。だけど初めて見つけた、未来に対するなんの影響も、準備もない、娯楽にしかならない趣味。
だけどじみーに今までなかった事。遊んではいるけど遊んではいなかった人生。思えば、一切遊びのない人生だった。心を満たすために飯を作って、生きるために魔法を研究して、とかばかりだったね。