「―――出来た」
「見事」
「うわぁ、本当にやっちゃったよこのトンでも女王」
目の前では《無敵結界》を
とはいえ、成し遂げただけだ。握っていたルドぐるみを落としつつ、右手を持ち上げ、震える手に向かって《ヒーリング》を放つ。それで何とか手の震えを止める事が出来た。特訓するのに選んだ場所が人類の手が今は入っていないゼス付近で良かった。あんまり、自分が弱っている姿や、苦しんでいる姿を見せる事は嫌だからだ。特に過労で倒れるのはもう駄目。今では定期的に釣りに外に出かけて体を休める時を差し込む様にしている。
「あー、駄目駄目。出力調整間違えてエネルギーの大半無駄にしてる。このまま無理矢理使ってたらたぶん
落としたルドぐるみの上へともふっ、と音を立てながら座り込む。《ヒーリング》で回復したとはいえ、それでもちょっとだけ体の感覚が違う。だからゼスの強い日差しの下で、ふぅ、と息を吐きながら髪を後ろへと流しつつ、ガイにも《ヒーリング》をかけた。必死に叩き込んだダメージが一瞬で回復されてしまう光景は流石にショックだったが、それでも解った。
「これで俺様の理論が証明されたな」
「カラーが神の雛型である、という事か」
「無茶言うと思ったけどそれを実現するからびっくりだわ」
カオスの言葉に珍しくガイが同意する様に頷いていた。ガイもガイで近くの岩の上に座る。恰好が黒いのだが、暑く感じないのだろうかあの男は? そう思いながら水筒を取り出し、その中身を飲む。
鍛錬相手に頼んだガイと、その魔剣であるカオス以外は、ここには今は自分しかいなかった。
「カラーはその生涯の行いによって天使か、或いは悪魔へと転生する。だから
「気合と根性でどうにかなるなら儂、魔剣なんかになる必要なかったんだよなぁー」
「それはほんとごめん」
言葉もねぇ。とはいえ、ルドラサウムから神光パクったり、長年《メギンギョルズ》と《時の忘れ物》を肌身離さず装備し続けた結果、神の力の波長というものを、この数千年で漸く形としてとらえ始めた、というものでもある。一時的に自分を天使―――つまり神としての存在へと比率を傾ける事で《無敵結界》を貫通する裏技。
完全なるレギュレーション違反の奥義である。
ただ、本来天使にも悪魔にもなれるカラーだが、それは一種の死を意味する。だからこそ記憶を失ってしまうのだ。だから力を引き出せるが死亡する一歩手前、その状態でバランスを取っている様な感覚なので、非常に不安定だ。一歩前へと踏み出せば、そのまま仕様外の転生を経て、エンジェルナイトになってしまうのだから。
その場合、ALICE辺りの直属の部下にされてしまうのだろうか。
ここら辺、エラッタというか忠告が来ないのは滑って死んだとしても十分に面白いから……なのかもしれない。
便利に使える神が増えるだけだし。
天使になって神になれば、ALICEや三超神には逆らえなくなる。
かと言って悪魔になればレガシオやラサウムの管轄下になるからまともに地上で動けない。
一度、真面目にエンジェルナイトか悪魔に記憶を保持したまま転生する事で《無敵結界》を無視して戦闘を行えるようになる事を考えた事があった。だが真面目に考えればエンジェルナイトになっても、悪魔になっても、最終的には神か悪魔王の奴隷になるかで結論がつく。その場合、俺が俺の意思で活動する事も出来なくなるだろう。故に転生案は放棄した。とはいえ、神の力を使えば《無敵結界》を貫通出来るというのは魅力的な響きだ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、そしてガイを的に練習し続ける事で最近、漸く引き出し方が解ってきた。とはいえ、ほとんど深海を無酸素で全力マラソンしている様な感覚の為、気軽に出来る事でも、使えるものでもない。
使うなら―――そう、確実に殺せる。動きを止めて、反撃が来なく、絶対に一撃で殺せる瞬間。
その時になら使えるかもしれない。
まぁ、今はカオスマスターであるガイと日光が人類側に参戦している。その事を考えれば無理に頼る必要もないだろう。とはいえ、手札は手札だ。出来る、という事実だけでも有事、取る事の出来る行動が増えるのだ。悪い事ではないだろうと思う。
とはいえ、
「ガイも特訓に付き合わせて悪かったな。お前も色々と忙しいだろう」
「いや、俺にとっても有意義な時間だからそこまで心配する必要はないぞ」
と、返答するガイの言葉は普段のそれよりも軽い口調になっていた。其方の方にも、聞き覚えはある。
「お、バッド・ガイか」
「中身はアレだけど、見た目の良い女と同じ時間を過ごせるというのはそれだけでも一つ、努力するだけの意味があるからな! ガッハッハッハ!」
そしてこの言葉である。本当に普段見せている善ガイ―――俺が勝手にグッド・ガイと呼んでいる方とは全く違う。口調からしてもそうだが、趣向や取ろうとする行動までがまるで違う。第一、このバッド・ガイに前、何故ジルとの戦いのときに態と敗北しようとグッド・ガイを邪魔しようとしたのか、と質問すれば、
―――ジルとセックスしたかった。
とか言い出すもんだもの。その為に魔王討伐を諦めて魔人になったのだ。
このバッド・ガイ、実にクレイジーである。
グッド・ガイ、滅茶苦茶苦労していそうなのが解る。
しかしセックスする為に戦闘を止めたとか、本当にランス君に似ているよなぁ、と思える。
「しっかしお前ら、人を評価する時に中身をアレ扱いするのはほんと止めろ」
「見た目ならいいではないか」
「その髭を引っこ抜くぞてめー」
「でも間違ったこと言ってないよね」
風の刃を飛ばしてカオスに叩きつける。ざりざりと音を立てながらカオスが削れていくのにカオスが悲鳴をあげる。いい気味だ。どうせ後でバッド・ガイが娼館に突入するんだからそれで回復してこい。
「というか、俺としては未だにその姿で処女だってのが驚きだ」
ガイがそう言うと、こほん、と大きくガイが咳払いした。申し訳なさそうに視線を下げつつ、
「……《私》が失礼した」
「いや、話していて楽しいから気にするな。少し罵り合えるぐらいの方がコミュニケーションというものは円滑に進むから」
「そうそう。あっちのガイはちょっと茶目っ気が多いけど、こっちはなさすぎなのよね。もうちょっとあっても悪くはないと儂、思うんだよね」
「ふむ……」
カオスの提案に対して、珍しくガイが悩む様な素振りを見せた。その姿におや、と思いながら喉を再び水筒で潤し、魔剣とその主の語らいを眺めて楽しんだ。
魔人ガイ―――やがて魔王ガイとなって魔王ジルの跡を継ぎ、歴史上最も人間に対して贔屓した魔王としても認識されている。その為、ケイブリスは全ての魔王に敬意を払う中で唯一、魔王ガイだけは侮蔑していた。魔軍が魔物界に引きこもる様になったのは、のちに出現する魔人シルキィ・リトルレーズンの願いによって、人類を奴隷から解放しながら魔物界という何も存在しない荒れ果てた大地へと引きこもる事にしたからだ。これが殺戮や破壊を楽しみとしていた魔人の多くには大変不満だったらしい。
まぁ、それでも魔王ガイは唯一、魔王としての衝動等を二重人格によって分ける事によって、それに影響されずに判断する事の出来る魔王でもあった。そう考えると、魔王ガイは常に二重人格で善と悪の両面から判断し、それで最も必要とされる事を魔王としてではなく、人間として判断していたのかもしれない。
ある意味、偉大な魔王である。
だが同時にスラルから作られてきた魔王の流れというものを完全に破壊した魔王でもある。魔王が知っていた勇者のシステム、神の扉、神の真実。そういう流れやシステムに関する知識はガイがジルを討った事によって断絶されたと考えても良い。
「貴女は―――」
と、ちょっとした未来の事やNOTEの中身を思い出していると、ガイの方から視線を向けられていた。向けられた視線と言葉に応えるように、此方も視線を返す。
「失礼、貴女は……ジルの教師だったと聞く」
ガイの言葉に対して頷いて返答した。それを受け、グッド・ガイの方が言葉を選ぶ様に、或いは懐かしむ様に口を開く。
「ジルは……躁鬱の激しい女だった。人類を憎み、そしてありったけの殺意を向ける様子を見せながら、唐突に正気に戻る。そしてその時に限ってよく、貴女の話を求めていた。その度に呼び出されるケイブリスが不憫でしょうがなかった。体を丸めていないフリをしようとしたらそのまま連行されていたな……」
「ケーちゃん……」
お前、まだリス芸続けてたんだ……。
「だがそうやってケイブリスに話をさせた後は、恐ろしいほどに落ち着く様子が見えた。そして何かを必死に探し、しばらく過ぎるとまた殺意に溢れ、自分を犯す男を求める。私やアイゼルはそういう意味ではジルのお気に入りだった。ジルを犯しても壊れない男と言うのは俺やアイゼルぐらいだったしな。姉御って言って慕うレイは鬱陶しがっていて手を出そうとしなかったし」
話の間に自然とバッド・ガイに再び切り替わっていた。或いは悪と善の方で、話したい内容が一緒なのかもしれない。
「あの女は……昔からそうだったのか?」
「いや……昔はもっとおどおどしてたよ。人前に出るのを怖がっていた、普通の少女だったよ」
ただ、壊されてしまっただけだ。妬まれ、憎まれ、そしてハメられた。気づけばジルは四肢を切り落とされ、オナホールとして使われ続けたという話だった。実際の景色を見た訳ではないが、それでもジルが味わった苦痛は、人生の全てを通して人類を憎むのに相応しいだけの経験だったのだろう。彼女が人類に向ける憎悪は、残念ながら自分にはそこまで解らない。
根本が超越者である俺にとって、人類はアリに近い存在だ。
普通の人間がどれだけ悪辣だろうと、その気になれば全て跳ね飛ばして踏み潰せるのだから。だから俺は思うのだ―――彼女の触れた憎しみ。それを理解できないのだ、と。
ちょっと、俺は人間から外れ過ぎたのかもしれない。
「人に歴史あり……ってやつだったっけ。まぁ、魔人も魔王も殺すけど」
「ガッハッハッハ、カオスらしいな」
此方の言葉を聞いても一切ブレないカオスとガイの姿に、絶対に変わる事のない、勝利への執念と信念を感じさせる。とはいえ、
……このまま放置していれば魔王ガイが誕生するだけだ。
それは必要な事でもある……のか? だが魔王ガイでもなければ、ホーネットは生まれてこないだろう。アレはガイが魔王となってから女を孕ませて産ませた、純粋な魔人だ。生まれから魔人ではなかったが、それでもその能力の高さは直接魔王の血を引いている事から解る。だけど究極的にアレはガイが子供を作ればいいのだろうか?
「……どうした、女王」
「便秘?」
素早くガイからカオスを回収するとそれを叩き折る。カオスの悲鳴が聞こえるがガン無視し、叩き折ったカオスをガイに返す。
「デリカシーって概念がねぇのかこの駄剣は」
「儂にだってあるよ。相手を選んでるだけで」
「俺だって多少は傷つくんだぞ!」
現代の女みたいにメイクとかそういうのには一切気を使っていないが、それでも人前に出る以上、常にある程度の美意識は持っているつもりだ。女として意識されないのにはどうでもいいが、女扱いされないのは最近、少しだけだがショックを受けるようになってきた。順調に自分が女になっているのはもうわかっている事だが。
「つーん……もういいよ……折角魔王の条件とか教えようと思ったけどカオスがそう言うなら俺、黙ってるわ」
「うん……うん!? おい、カオス」
「え、待って。儂のせいそれ。ガイだってアレだけは無理とか言ってたじゃん」
「つーん」
「あ、さりげなく中指突き立ててる」
「いや……ほら……お前も見た目だけならいいぞ……?」
「あ、無言で素振りし始めた」
「……パス! 待て、何故こんな時に限って私に押し付ける。得意分野だろう。いや、何をどう足掻いても無理だし、引っ込んでいるぞ。いや、お前が―――」
「わぁ、ガイが見た事のない状態になってる」
無言でルドぐるみをスイングしつつ、カオスとガイが二重人格で行っているコントを見て、ふと、笑い声を零しながらルドぐるみを浮かべ、その上に座る。
「冗談だよ、冗談。魔王の継承方法を流石に黙っている訳にはいかないからな」
それに、新たな魔王が出現しなければ結局のところ、ジルが魔王から解放されない。その為にも生贄が必要だ。それがガイになるのか、
―――或いは、俺になるのか。
それだけの話だ。
ガイ、カオスの食券。善悪ガイ、入れ替わりつつ喋るの楽しそう。
根本的にALICEちゃんから監視されているけど、それはそれとして、此方側に転ぶようであれば面白いから可、って感じなのよね。後はジル相手にバランスが取れていないのも原因だけど。
それとして大体の奴から見た目はいいけど、中身がアレだから……といわれる奴。
開始まであと40年。