「ふぅー……落ち着くわ」
「話には聞いてたけど、変な趣味を思いついたものよねー」
周期的に発生する満ち潮。それによって生まれる海。海の上で、ルドぐるみを何時の間にか追加されていた巨大化機能で数十メートルサイズまで巨大化させた所で、それを足場代わりに腰を落ち着けて座っている。結構スペースがあるのでクーラーボックスを上に乗せて。釣竿を片手に。だけど座っているのは自分一人だけではなく、横には同じようにスラルも釣竿を片手に座っている。
お互い、服装も普段の物とは違い、水着に着替えてある。自分はパレオ付きの青いビキニ。スラルが黒のビキニ姿。お互いに、見た目だけなら美少女、美女だ。スラルは普段、悪魔である事を隠すように角などを隠しているし。俺も腕がない事を除けば美女のカテゴリーに入るだろう。ただ、まぁ、悪魔と
このコンビで人類を絶滅させられると考えると色々と酷い。とはいえ、流石にそんな事に手を出さないが。人類が滅んだら魔族の時代がやってくるが、それはそれで大陸のジ・エンドなのだから、というか殺す事は何も楽しくないし。殺戮に酔うという感覚は解らない。戦う事そのものが楽しいという感覚は解るのだが。
それはともあれ、
「変かなぁ、釣り」
「そりゃあ普通の釣りならそうなんでしょうけど」
スラルは片手で水面に沈んでいる、此方の釣り竿、その先にある釣り針を指さしている。その先にある釣り針は最初に釣りに出かけた時の様に、曲がっていて魚を引っ掛ける事は出来るものの、餌やルアーというものがセットされていない。つまり魚が引っかかる可能性というのが恐ろしく低いのだ、これは。まぁ、とはいえ、魚を釣る為に釣りをしている訳じゃないのだから、これはこれでいいのだ。
「まぁ、こうやって何もしない時間を作る為に釣りをしている様なもんだからなぁ」
「確かに趣味を作って、休める時間を作れって言ったのは私だけど……大丈夫?」
「がっはっはっはっは」
笑いながらクーラーボックスを開ける。そこから水筒を取り出し、冷えたグラスを取り出す。その中に水筒から取り出したよく冷えた紅茶を注ぎ、そこにスライスしたヒラミレモンを浮かべた。ルドラサウム式レモンティーの完成だ。グラスを一つ、スラルへと浮かべて渡しながら、もう一つを黒腕を生やして掴む。前まで使っていた抜き身の武器の様な腕ではなく、ジルが生やしている様な、リアルな、本物の様な腕だ。いや、機能も触感も、完全にリアルのそれと一切変わりがない。その上で魔力の消費が発動時以外はほとんどない。
その気になればこれをずっと維持したまま生活も出来るだろう、そういう術だった。
ジルが渡した魔法の成果の中にこっそりと、混ざっていた。使おうと思えば片腕の不自由がない生活も出来るだろうが、隻腕を日常的に維持しているのは、かつて自分がマギーホアに対して叛逆した事、その事実に対する戒めでもあるのだ。だからそう簡単に、日常的に腕を生やしたままではいられない。これはあえて、そのままにしている。とはいえ、腕の術の改良は素直に嬉しい話だった。
まぁ、そうやってドリンクを取り出しつつ、それを軽く口に付け、
潮風を感じる。
耳をすませば遠くで魚が水面を跳ねる音が聞こえる。無の静寂の中に、世界の音が溶けているのが聞こえる。その中で、自分が世界に溶けていくような感覚がある。そうする事で、何も考えず、何も気負う事もなく、
全部忘れて、ただ釣り糸を垂らす事が出来る。
「ふぅー……ただ、こうやって釣り糸を垂らしているとさ」
「うん」
「周りに文明も人も何もないから全部忘れてさ」
「うん」
「自然の音に耳を傾けてそれをBGM代わりに何も考えず、ぼーっと釣り糸を垂らしているだけで、これが割と落ち着くんだよ」
「趣味が老成しているというかなんというか……」
「ばぁか、俺はこれでももう3100歳は超えてるぜ。センスと感性は古代人級だぞ」
笑いながらふと、息を吐く。なんだかんだで忘れていたが、
「俺は、元がドラゴンだからな。ぶっちゃけ、文明で生きるよりも、自然の中で生きてる方が性に合うのかもしれない」
光と重力の黄金のドラゴン。それが自分の本来の姿だ。もう2900年以上は本来の姿に戻れては居ないが。それでも一度ぐらいは、またあの本来の姿に戻れる日を夢見ている。だからだろうか、陸から離れ、太陽の光をまんべんなく浴びる事の出来る、世界の果て―――重力と大陸の終わりの滝。その付近に来ると、なんとなくだが調子がいいのだ。
まぁ、所謂お気に入りスポットである。ここで釣りをしているのが落ち着くのだ。その内慣れたら大陸内を釣りツアーでもしようかと思うのだが。まぁ、でもそれは平和になってからの話だろう。伝説の釣りキチカラー女王として名を残すのも面白いかもしれない。まぁ、なんにしろ。
今は釣りだ、釣り。
レモンティーを飲みながら静かにもふもふの中に沈み込みつつ、静かに釣り糸を垂らしている。海獣たちはどうやら本能的に鯨の姿に対して苦手意識を感じているらしく、近寄ってくる事は一切ない。その為、襲われる様な事を考えなくても問題はない。だから戦う事を考える必要もない。
ただ風を肌で感じて、
耳で海の音を感じて、
心で世の果てを感じる。
その為の場所であり、そして釣りとはツールだ。とはいえ―――こんな風に御託を並べつつも、実際にやっている事は釣り糸を垂らし、ちびちびとレモンティーを飲みながら、頭を空っぽにして釣りに没頭する。こうやって何もしないのは暇なのではないのか? と、最初は思ったりもした。だが慣れてくればこれはこれで楽しいものがあるのだ。釣り糸を垂らして何もしない。そうやって自分が世界に関わらない、自分だけの時間というものが今までの人生、非常に少なかった。
自分の人生が自分の物である様に、ここにいる間は感じられた。
「ふーん……まぁ、悪くはないわね」
「だろ」
今では大陸のどこもが魔軍と人類の戦いで沸き上がっている。人類すべてが集結している訳ではないし、今のペースで本当に魔軍との戦いに間に合うのか? という疑問はある。それでも、人間は頑張っている。俺もそれ相応に頑張っている。とはいえ、再び15年連勤なんて事を実行すれば、周りの人間に心配されてしまう。そして今度こそマギーホアに怒られてしまうだろう。流石にそれは回避したい。
だからこうやって、定期的に釣りに逃げるようにした。
まぁ、俺が滅茶苦茶働いているのは皆が知っている。少しぐらいサボっても文句は言えないだろう。俺が抜けても最近は戦えるだけの面子が育ってきている。これも、エヴァンスが死ぬ間際に悪魔と契約し、才能のある子供が生まれやすいように自分の魂を売った結果もあるのだろう。
最初から最後まであの子には感謝しかなかった。都市計画から次世代までパスを繋げる事も。あの小太りの臆病者を見てると、人間もまだまだ、捨てたもんじゃないと思える。
「あら、機嫌が良さそうね」
「そうか? そうだな……」
苦笑しながら釣り糸に引っかかる感覚があった。釣竿を引き上げながらそれに引っかかったものを見る。
魚ではなく、貝だった。
「またか……」
釣れた貝は黄金に輝いている貝だった。見た事のない貝だが、俺自身はあんまり貝に対して興味はないが……まぁ、将来、ランス君に売りつけるのも面白いかもしれない。そう思ってクーラーボックスの中に保護して突っ込んでおく。
「俺は……たぶん根本的な部分で性悪説を信じてるんだ。放っておいても人間は良い方向へと向かう筈がないって」
「まぁ、今までの人類を眺めているとね……」
争い、騙し、殺し、奪い―――そして滅びる。魔軍なんかいなくても、人類はお互いに殺し合っている。そうやって勝手に生まれては滅んでいる。人間は馬鹿な生き物だ。己の欲を律する事が出来る。だからこそ、短い命の中に素晴らしい輝きを見せる事が出来るのだと思う。俺の様に長寿の種は、戦闘の最中に急激な成長や進化という概念を持っていない。長年の積み重ねや変化、準備が必要になる。時のあるものは大体そういう風に出来ている。
だからこそ人間が見せる、短い間の凄まじい輝きが美しく感じられる。
「だけどね、俺は人間という種が好きでもあるんだ。だから性悪説を信じているけど、同時にその中から凄い奴が出て来ると愛しくてたまらないんだと思う。ウチの子はこんなに頑張れるんだぞ! ……ってね」
「好きなのね、人の事が」
「基本的に楽しい事が好きな生き物だからな、
ふぁーあ、と欠伸を漏らしながら親友と肩を並べて釣り糸を垂らしている。スラルの方は中々に引きが良いらしく、魚が釣れている。おかしいなぁ、スラルの方も餌は付けていない筈なんだが?
やっぱり才能の問題なのだろうか? それとも根本的に海の生物に嫌われているのはルドぐるみじゃなくて俺なんだろうか?
おかしいなぁ、と首を傾げながらスラルが釣り上げたブリ……ブリ? をクーラーボックスに入れる。相変わらず季節感も種類もバラバラの魚が釣れる海だった。うーん、生息域はどうなっているのだろうか? その内シーラカンスが釣れてもおかしくなさそうな気配はしている。
「なんで釣れるんだ。俺は貝しか釣れてないのに」
「才能……じゃないかしら? ほら、無駄に多芸なんだから少しぐらい苦手な物があった方が可愛げがあるじゃない」
「ぐぐぐぐぐ……まぁ、見てろ。1000年もすれば経験とテクで釣り女王ウル様の名前をこのルドラサウムに広げてやるから」
「無理だと思うけどなー」
「まぁ、まぁ、見てろ見てろ―――ってなんだこの見る方角から色が変わる上に形状が上手く認識出来ない冒涜的な癖に貝だって解る物体は」
「捨てた方が良んじゃない……それ……?」
「だが集める」
《貝ハンター》技能なんて持ってたっけ……? 何て事を思いながらトラペゾ貝をクーラーボックスの中へとダンクする。長く見つめていると正気が削れそうだから、なるべく見つめない方が良いだろうと思う。流石にこの程度で削れるような精神はしていないが。
そしてそのまま、釣りへ。
自分は今の所、貝しか釣れていないのだが、スラルの方は成果が出ている。今夜は釣りが終わったら釣った魚で刺身盛りとかを作れば、美味しく頂けるかなぁ、なんてことを考える。旬の魚という概念がこの大陸では死滅しているのだ。いや、満ち潮の間の話だが。この海ではわりと生態系がカオスになっていて、場所によって存在している生物が季節関係なくごった煮になっている。おかげで狙った魚を釣るのがここでは難しい。まぁ、その混沌としたところにも楽しさはあるのだが。
そう思いつつ釣り糸を垂らす。
ゆっくり、ゆっくりと時間が流れていく。
普段は忙しさの中、瞬きする様に時間が駆け抜けて行くが、こうやって何もしない時間を取ると、改めて時の長さというものを実感させられる。或いは特別に何かをする、と言う目的を持たないからかもしれない。終わりのない命がある今、その時間という概念の大切さは薄れつつあるが、こうやって時間を作って堪能すれば、その大切さが解ってくる。
「ねぇ」
「おん?」
「……私を助けて、後悔とかしてる?」
スラルが此方へと視線を向ける事無く、世界の果てへと視線を真っ直ぐと向けたまま、そんな言葉を口にした。それを言葉にしたスラルの唇が、少しだけ震えている様にも思えた。だからそれを横目で見てから視線を釣り糸の方へと戻し、そうだなぁ、と呟く。
「完全にしてない……と言えば嘘かな」
うん、完全に後悔していないとは言えない。
「ああすれば良かった、こうすれば良かった。なんで態々自分から面倒事を増やすんだ、って後から思った事は何度でもあるよ、悪いけど」
「うん、それはそう思ってもしょうがないと思う。だって私、めんどくさいもの」
「ははは……」
苦笑しつつ、だけどまぁ、と言葉を置いた。後悔はしている。こればかりはどうしようもない事実なので許してほしいが、
「一度もやらなきゃ良かった、って思った事はないよ」
「本当に?」
「ほんとほんと。だって俺、友達って呼ばれたの嬉しかったもん。裏切れねぇよそんなの」
そうやって呼んでくれる奴を裏切れる程俺は非情になれない。慕ってくれる相手を見捨てられる程俺は愚かにもなれない。だって、嬉しいじゃないか、そう呼ばれているのは。後悔はしても、それが嫌だったなんて言う事は絶対に無理だ。
嬉しいに決まっているじゃないか。
「だから、まぁ、気にすんな。終わった事だし。俺は親友を得たし。こうやって友達と一緒に趣味の時間を割くのは一つの夢だったし。それに俺だって助けられたんだ。だったら俺達はほら……助けられ、助けて、対等な友人だろう?」
あんまり難しい事は馬鹿だから止めて欲しい。馬鹿だからあんまり頭を使いたくないのだ。自分の政治や統率ってのは基本的に経験と累積された知識から来ているものだし。本格的に頭を使う事はちょっと難しいから。だから、その、
「……友達でいてくれて嬉しいから、さ」
「……うん、私も貴女という友達がいて、幸せよ」
「おう」
物凄いこっぱずかしい。今、滅茶苦茶顔が赤くなってるんじゃないだろうか。それを隠すようにグラスを傾けてレモンティーで口を塞ぐ。何を言ってるんだろうか、俺は。まぁ、でも、嘘はついていないし。
同じ時間を歩める友人の存在は、心の底から嬉しいし。
助けてくれたのも、嬉しい。
「正直な話、いい?」
「……おう」
「私、重荷になってないか不安だったわ」
スラルは視線を向ける事無く、呟く。
「ほら……私、本来の歴史では既に死んでいるじゃない。ガルティアとケッセルリンクもそれが原因でケイブリス派につくし」
「お前……必要な所以外は読まなかったんじゃないのかよ……」
「ごめん、興味に勝てなかった」
んもー、と声を漏らせば、スラルが笑った。だからね、と言葉を続ける。
「自分が助けられた後に、どれだけ貴女の知っている歴史から物事が変わっていたか。驚いたのよ? よく未来を変えようと思ったわよね……あんなに怯えていたのに」
「単純にそれよりも大事なものがあっただけだろ」
そう答え、黙り込み、無言のまま釣りを続ける。普段、人が居る場所では言えない様な事も、ここでならある程度口に出す事が出来る。だから答え、スラルは少し、嬉しそうに微笑んで、
「そう」
「そうだよ」
「そうなの」
「そういう事だ」
うん、まぁ、そういう事だろうと思う。女はほら、理性の生き物だと言うし。それに対して男は衝動の生き物だと言われている。その二つを持った俺は衝動に動かされながら、損得を考えて動く生き物なのかもしれない。だとすればきっと、
とても大事だと思って、動いたのだろうと思う。
もう、昔の事だ。
思い出せるが―――過ぎ去りし過去は、もはや戻らない。
なら、今のこれでいいではないかと思う。だからレモンティーを飲み終わりつつ、ふぅ、と息を吐いた。穏やかな時間も嫌いじゃない、と。
「ねぇ」
「なんだよ」
「押し倒していい?」
「駄目。というかどうした」
「ん? 私の友達が今、物凄く可愛く見えたってだけ。後はほら、私悪魔にされちゃったし。おかげで自分の欲望に幾分か素直になってるのよねー……だから責任をとるつもりで?」
「そんな責任ありませーん」
横から肩を叩きつけてくるスラルに応えるように肩を叩きつけ、小さく笑い声を零しながら潮風を浴びつつ、
そのまま、暗くなるまで休日を楽しんだ。
ユウジョウ。
元々死んでいるキャラだから創作する幅が広く楽しい。まぁ、ちょっと欲望漏れてるところもあるけど、長年一緒に遊んでいられる友人ってどんな時でも結構貴重な存在だよね、っと。
食券乱用は続く。