一般人類は全くそれに気付く事はないが、人類は管理されている。
この大陸の運営はドラゴンの代で一度失敗している。
三超神が完全に生物に関するバランスを崩壊させてしまったのが原因だ。創造神、ルドラサウムが求めるのは娯楽だ。平和の中には娯楽が見いだせない―――ここに関しては正直、余り人類とルドラサウムで違いはないと思える。他人の不幸をネタに笑うのはよくある知性のある生物の習性だからだ。そう言う意味では、ルドラサウムという神は、どちらかというと実に生物的だ。寧ろ一部の神々よりは全くと言えるぐらいには。だがそのルドラサウムの機嫌を損ねれば、この世界は崩壊してしまう。
そしてこの世界にはその危機が一度訪れている。
それを改善する為に生み出されたのが人類管理局ALICEであり、AL教が崇拝する女神ALICEである。
既に女神そのものとしてはSS時代に入る頃には生み出されていたが、SS時代が進んでから人類を管理する為の組織、つまりはAL教と言う形が出来上がってきていた。AL教は女神ALICEが地上で彼女では見切れない部分を監視する為の組織であり、言葉巧みに人類を騙して操り、必要以上の力を持たないようにしたり、或いは存在し過ぎる力を封印、処理する事を目的としている。
主にバランスブレイカーとそれは呼ばれる。人類に対して革新的な技術や進歩を与える存在。それは物だけではなく、人物に対しても与えられる称号でもある。例えば《魔法Lv3》のハンティはバランスブレイカー認定を受けている。つまり生物としての、生きたバランスブレイカーである。無論、人型バランスブレイカーに登録されているのはハンティだけではない。
俺もそうだ。
俺―――ウル・カラーは生きたバランスブレイカーである。本来の歴史を知り、それに干渉し、そしてドラゴンとしての力を保有しながら知り得る真理により、バグとも呼べる行いを可能としている。つまり最優先封印対象に指定されるレベルだ。生きるバランスブレイカーである。だがそんな俺が封印されない事にも理由がある。
その理由の一つが、
「遊びに来たよALICEちゃんー」
「あら、いらっしゃい。そろそろ来る頃かと思ってたわ」
俺個人が、神々に対してコネを持っているという事にある。一番身近なのは間違いなく三超神の一角、ハーモニット。マッハと言うレベル神の姿で化身を取り、常に此方を監視しているあの神はどうやら俺を気に入っているらしく、他の三超神に対して干渉無用とブロックしているらしい。その結果、ルドラサウムに変化が現れて、この世界がもっと混沌とした時代に突入し始めたのだから、ハーモニットはまさに仕事を果たしたと言えるだろう。
それはともあれ、
三超神が俺個人に対する対応はそういうものである為、それ以下の神々に対しては職務に引っかからない部分では一種のアンタッチャブルだとも言える。そりゃ三超神なんて雲の上の存在が積極的にコンタクトを取って友好を繋いでいる相手なのだから、神々としては是非とも近寄りたくはない存在ではある。
だがその中での例外が、人類管理局ALICEである。つまり人間としての此方を管理する存在である為、必然的に接触、管理、監視する必要性があるのだ。大陸に散らばるバランスブレイカーを、人類が有利になり過ぎないように計算しつつ見逃しているのが女神ALICEでもある。
この神との付き合いはSS期の時にまで遡り、スラル救済作戦の為に大量のバランスブレイカーを集め回ってインフレ決めてやるぞ、と息巻いていた時にである。
ぶっちゃけ、警告されたのである。
バランスブレイカーを必要以上に使えば、どれだけ気に入られていようとも、その分ペナルティを科すぞ、という宣告だったのだ。とはいえ、それをガン無視してバランスブレイカーをガンガン投入した結果、本来であれば20はある技能の総数も、今では10まで減っている。昔は楽器演奏なんかも出来たのだが、技能がペナルティで削除され、楽器を握ってもそれを昔の様に扱える事はなくなってしまった。
ともあれ、そう言う事で女神ALICEとは、意外と身近な存在だったりする。
少なくとも数十年に一度は会いに行く程度には。
かつては何もなかったこの天上の領域も、自分が遊びに来るようになってからは、少しずつ姿を変えて来た。来るたびにALICEとはお茶を飲んでいるだけあって、ALICEが保有する天上の個人領域、そこには小さな庭園が広がっている。一級神であるALICEはもはや自分の力で空間や物質を創造する程度の事は容易くやってのける。そうやって二人でちょっとしたティータイムを過ごす為の庭園がこの天上には用意されている。
とはいえ、ALICEとももう、数千年の付き合いになってくる。バランスブレイカーに触れ、集め、そして俺でもある程度管理している都合上、良く文句を言われたりする為、必然と顔を合わせる回数は多く、恐らく地上で最も彼女に接触している人間だと言える。
そしてそれだけ接触してれば―――まぁ、お互いに慣れてしまうのだ。
色々と。
友人と呼べるような関係ではないが、
それでもALICEとの関係は、茶を飲む程度には良好だった。
ルドぐるみを脇に抱えながら天上にやってくると、それをALICEへと渡す。ルドぐるみを受け取ったALICEは畏れ多そうにそれを受け取りつつも、物凄い、恍惚とした表情を浮かべる。麻薬でもキメてんのか、という表情を浮かべているのだが、まぁ、口にすると剣が飛んで来るのは経験済みである為、何も言わずALICEが創造した庭園、そこに出されている椅子に座り、テーブルの上に広げられている紅茶とスコーンを見た。お、ホイップクリームが用意されている。
「あぁー……ふぅー……あー、でも駄目だわ……欲しいけどこれを私が保有するなんて不敬だわ……あぁ、ルドラサウム様……ルドラサウム様ぁ……るどらさうむ様ぁぁ……」
席に着き、足を組みながら片手で紅茶を淹れる。ルドぐるみを渡せばそれだけでご機嫌を取れるんだからこの女神チョロいぜ、とは欠片も思っていないからなぁ! と自分に言い訳しつつ、美しい姿をした女神が陶酔する様にぬいぐるみを大切そうに触れる姿は、一種のホラー感がある。
アレが一個人に向けられる様な時代が来ない事を本当に祈る。
大怪獣ALICEルートは一度考えたが、クエルプラン以上にヤバいものを感じる。紅茶を飲みながらなるべくクエルプランルートで大怪獣に暴れて欲しいなぁ、と願わなくもない。まぁ、それはその時にならなきゃわからないのだろうが。紅茶の喉に残る味を楽しみつつスコーンに手を伸ばし、それにクリームを塗ってしまう。それを軽く齧りつつ、
「神も不敬だとかで大変だなぁ」
「根本的に私達はルドラサウム様あっての存在よ。奉仕するのも、崇めるのも、その為に尽力するのも当然でしょう? 至高のお方なのだから、報いて貰う為に働くという考えさえも畏れ多いわ。あぁ、だから、こんな、こんな背徳的なものはぁ……ぁぁ……」
「あー、駄目だ。声が蕩け切っちゃってる」
人間―――というか神様、なにが通じるか実に解ったもんじゃなかった。ちょっと放送出来ませんよ、というレベルでALICEがだれている。だれているというか蕩けているというか、それだけルドぐるみが愛されているならもう、それでいいんじゃないかなぁ、と思う。とはいえ、保有する事そのものが不敬というルールはちょっと良く解らない。
「マッハ様は平気なんだけどなぁ」
「ハーモニット様はあのお方の傍にいるからよ。私はあのお方の気配を遠巻きにしか感じる事が出来ない。会ったのも生まれてから以来。根本的な立場が違うのよ」
そう言ってもふもふと人形と戯れるALICEの姿は可愛らしい少女の姿というのがちょっとやばいよなぁ、と思う。これを見て、絶対に女神ALICEという存在を間違えてはならない。そもそも人間的に対応しているのは全て、演技なのだから。
元は。
今は? と言われると、ちょっと解らない。ちょっとした経験で人間性の枯渇やら演技やら、そういうのを見極める事に関してはちょっとした自信がある。昔、ALICEと会っていた時はALICEの振る舞いは全て計算された演技だというのが自分には解っていた。だが……今のALICEはどうだろうか? 本当に全部演技だと言えるのだろうか? 今、ルドぐるみを延々ともふもふしながら蕩けている少女の姿が演技だと思うのはちょっと嫌かなぁ……という感じはある。
『聞こえますか……聞こえますかウルよ……我輩も……我輩もそう思うのである……』
ALICEに配慮したマッハがテレパシーで的確にツッコミを入れてくれる。本当に芸が細かくなったなぁ、と思う。もしかして三超神の芸人枠を担当し始めてないだろうか、あの神様は。
天上事情も、地上に負けず劣らず、色々とカオス極まっている。
「ふぅー……堪能したわ。えぇ……」
存分にもふり倒したALICEが物凄い名残を惜しみながら、ルドぐるみを解放した。空中を泳いで戻ってきたルドぐるみは、直ぐ横で着地すると、庭園の草地の上でしばしの休息を味わう。その間に、ALICEも対面側の席に座る。彼女のその動きに合わせ、紅茶やスコーンが自動的に彼女に合わせて配膳される。
「貴女が部下にさえなってくれれば毎日呼び出すのだけれどね……半神化、もうちょっと練習してみない?」
「自由な人類生活を楽しんでるんだから止めておくれよ。ALICEちゃんがこっそりともっと小さな人形作ればいいじゃない」
「畏れ多いわよ。ルドラサウム様に関連する物の製作はロックされているし」
「ロックされているのか……」
驚愕の新事実―――というわけでもないな?
よく考えてみればAL教では神の研究などを厳しく弾圧し、制限、管理していた筈だ。人類管理局と言う名前も、魂管理局という名前も一切人類側には漏れてこない。この天上の存在やシステムに到達できるのは全知を獲得した神の試練の突破者か、或いは法王となってALICEと対面する事に成功した者のみだ。こう考えると創造神ルドラサウムという存在は、執拗と言える程にその存在が人類からは隠されているのだ。
「俺のルドぐるみが特別なのか」
「私は笑わせて貰ったわ。神に会った貴女が今度は何を求めるんだって。最初は逸物を。次は恐怖から何も求められず、そして最終的に創造神の人形って―――ほんと、見ていて飽きないわよ、貴女は」
まさか、とALICEは言葉を紡ぐ。
「
「俺は可能性の女なのさ」
サムズアップを向けてからスコーンを食べる。あぁ、やはり流石女神の創造したものだ。そこに作った事に対する人の暖かさはまるで存在しないが、それでも筆舌にしがたい程に美味しさが詰まっている。でもこれ、相当舌が肥えていないと味の違いが判らないレベルの美味しさだよなぁ、と思う。
「もう逸物を求めたりはしないの?」
「まぁ、必要ないからなぁ」
「今なら魔法でも生やせるわよ」
「後数千年それが早かったらなぁ! 早かったらなぁ! 俺もなぁ! 苦労しなかったんだろうけどなぁ! たぶんなぁ!」
全く興味ありません、とばかりにALICEはティータイムを優雅に楽しむ。美しい女神なだけあって、その姿は実に似合っている。最初は食べる事の意味さえも、ポーズとして取る事の必要性さえも見せなかったALICEが良くも、まぁ、ここまで変わったもんだと思う。
それでも味方じゃないんだが。
で、
「ALICEちゃん、ALICEちゃん」
「なにかしら」
「―――人類のLv2とLv3の出現率上げられない?」
「またその話? 駄目よ」
「人類のバランスの為に定期的にバランスブレイカー級の才能保持者を世に放っているのはALICEちゃんだから、Lv2とLv3の保有率を生まれてくる子供たちに対して一時的に上げる事ぐらい出来るだろう?」
その言葉にALICEはえぇ、と答える。そして微笑を浮かべる。
「簡単よ。だけどそれを手伝う理由が私にはないもの」
「……ま、だよな」
ここ数十年、ずっとALICEと続けている交渉でもあった。少しでも才能のある人間が生まれてこれる様に、少しでも此方が有利になる様に難易度を緩和する為、有能な人間がこの時期の間だけでも生まれてくるように、そうALICEに頼んでいる。ALICEがその提案を受け入れる様子は今のところはない。紅茶を片手に、ALICEは的確に此方の考えを理解しつつ、笑う。
「貴女も諦めないものね」
「勝ちたいからな」
「そう、私も結末は楽しみにしているから適度に頑張りなさい」
「少しはサービスしてくれてもいいんだぞ?」
「え? 早く天使に転生したい?」
「あ、ナンデモナイデス……」
溜息を吐きながらもティーセットに手を付ける。こんな風に、僅かでも話が通る可能性があるのなら、神とさえも交渉するしかない。それだけ、ジルとの戦いに関しては勝機が薄い。何よりも、明らかに人類側の戦力が足りていない。果たして本当に間に合うのかどうか、というラインだ。
出来るインチキは全部手を出しておかないといけない、そういうレベルの話だった。
「ALICEちゃんはつれないなぁ」
「あら、譲歩に足るだけのものがないのだから当然ではない?」
「……一晩、ルドぐるみを抱いて寝てみる?」
「……」
その言葉にALICEが真剣に悩む姿が見えた。やっぱり神々も面白い方向に進んでいるよなぁ、とその姿を見ながら思う。未来を変えている自分ではあるものの、変わっているのは人類だけではなく、
寧ろ―――一番恐ろしい変化は神々にあるのではないのだろうか。
そんな事を考えながらなんとか、ALICEから譲歩を引き出すために優雅なティータイムを過ごす。
大人気にルドぐるみは現在、販売しておりません。
なんだかんだでALICEが生まれたての頃からの付き合いだと考えるとかなり長い付き合いではあるんだよね。中々処理出来ない生きたバランスブレイカーだから警告入れたり、ペナルティ入れたり。長年そんな付き合いを続けてりゃあこうもなるかなぁ。
人類を勝たせる為には手段は選んではいられない。