「おーっす、マギーホア様ー」
「あぁ、ウル、最近は忙しそうにしているけど大丈夫かね?」
「最近は周りに休暇を押し付けられるのでまぁ、なんとか。という訳で報告聞くついでに遊びに来ましたよ」
「うむ、歓迎しよう」
定期的に部下たちにちゃんと休め! という事で休暇を叩きつけられ始めてからしばらく、仕事の外で翔竜山へと戻ってきていた。ホームグラウンドとも言えるここ、翔竜山は今、世界有数のドラゴンの土地となっており、世界で一番多くのドラゴンを抱えつつ、ドラゴン達の交流拠点となっている。大昔にはドラゴン最大の都市が翔竜山を中心に広がっていたが、それももはや遠き夢。今では存在しない。だが俺達の王様、マギーホアはまだ残っている。なら王国は消えても、俺達のトップは変わりはしない。それは何千年経過しようとも変わらない事実だった。
俺達ドラゴンは、頂点であるマギーホアに惹かれるようにこの翔竜山へと定期的に戻ってきてしまう。ある種の帰巣本能とも呼べるものだった。そんな訳で、見た目は人間だが依然、本能ドラゴンの俺も、偶に足が翔竜山の方へと向いてしまう。それも離れれば離れる程また戻って来てしまう、望郷みたいな念があるのだ。もう、故郷を完全にあの地だと認めているのかもしれない。
ともあれ、そんな事もあり、久しぶりに翔竜山へと戻ってきた。格好もそれなりに気合の入ったもので、ロングスカートのドレスにボレロ、と、普段はあまり着ない様な上品な服装に着替えている。翔竜山の中腹までは軽く飛行して入り込んできたが、ここからは迎えに来たマギーホア共々歩きである。軽く跳躍する様に足場から足場へと、岸壁の縁を渡り歩いて、翔竜山を登っていく。
本来、歩いて登る様な場所ではないので、ここに道は存在しない。
飛べば早いんじゃないか? と思うが、折角翼のない生物になっているのだから、お互い、歩いたり跳ねたりするのもまた一興だ、という話だ。だから翔竜山を足を使って登っている。マギーホアに会うのだから、何時もよりちょっと良い服装をしている。髪だってちゃんと決めてきている。隙はない、どこからどう見てもちょっとワイルドなお嬢様だ。
なんだ、俺じゃん。
「うーん、あの問題児だったウルが今となっては人類を率いるだけに成長したか。いや、だが君の資質ならばずっと前から私が最初に目をつけていた。ならこうやって率いるだけの器を見せるのはある意味、当然の未来だったのかもしれない」
「マギーホア様褒めるの止めて。慣れてない。もっと恨んで」
「はっはっはっは、いいではないか。それだけ君が立派になったという事だ。私としても非常に鼻が高い」
「やーめーてー!」
「はっはっはっは」
笑いながら逃げるマギーホアを追いかけるように中腹を更に登って行き、普通の人間では絶対に入って来れないような、翔竜山の秘境へと進みこんで行く。だがドラゴンだった時代でも、その後の時代でも、ここには何度も訪れ、暮らしていた。それだけにここは良く知る場所で、歩いたり、跳躍したりしても見知った場所でもあるのだ。迷う事はないし、目的に向かって真っ直ぐ移動して行き、
からかってくるマギーホアを追いかけながら、
そこに到着する。
崩れた大地はかつて、そこで大規模な破壊があった事を証明している。
昔は剥き出しの大地と崩れた大地が景観を破壊していた。
だが数千年という時を経て、そこは今では大量の彩りに満たされている―――どこからともなく飛んできた種子がそこで芽生え、長い年月を通して少しずつその数を増やし、かつてはドラゴンの決闘場だった場所は、崩れた姿に大量の草花を咲かせる、花園へと変貌していた。崩れた大地や足場に、その生命力の強さを証明する様に花園は咲き乱れており、普通ではない幻想的な景色を生み出していた。
「よいしょ、っと」
その剥き出しの岩場の一つ―――花園と、その向こう側の広大な空と大地が見える場所に腰かけた。ここからだと良く、周辺が見える。翔竜山が今、この大陸でもっとも高い地形である為、何にも遮られる事もなく、果てまで見通す事が出来る。花園を前に、背景を世界に、一つの絵画の様な風景をここから眺める事が出来る。
好きな景色の一つだった。
ここからなら森が、建造中の人類都市が、魔軍の姿が遠くまで見える。
「ふぃー……ここで暴れてからもう3100年は経過していますか」
「そうだね、未だに君の腕を失わせてしまった事は私の一生の恥だよ」
そう言うとネコにスーツという珍妙な恰好をしている我らの王、マギーホアが横に座ってくる。動作の一つ一つが洗練されており、ネコの姿を取っているのに、人間よりも人間らしい、動きに紳士さを感じる。ジークやケッセルリンクと同じような感じだ。何時の間にこういう技術、覚えていたんだろうか。それだけはちょっと気になる。
「あの頃はマギーホア様の事、憎んでたんですよね。こいつが滅ぼすんだ! って、解りもしないんだし、教えてもいないんだから完全な八つ当たりだったんですけど」
「いや、私は王としてその感情の全てを受け入れるだけの器を持つべきだったんだ。結果は今の通りだ。私は種族を、王国を滅ぼしてしまった。結局の所、私は愚かな王だったのだ。それを歴史が証明してしまっている」
「いや、マギーホア様は凄い頑張ってましたよ。それを誰も否定できませんよ。俺も……こうやって誰かの上に立って、種族というものを率いてやっとその苦労が解りましたよ」
カラーの女王では1国を支配するだけだったから、まだタスクは少なかった。だが人類全体を勝たせるために動く様になって、それで色々と難しさに直面する様になった。一人で戦っていた頃とは全然違う風に、だ。率いて、夢を見せて、その上で現実を見せて、認めさせて、全てを前に進ませる。
それはなんて難しいことだろうか。ドラゴンは力があっただけ、人間よりも難しかったかもしれない。その気分になるだけで人間基準で1国を破壊する事が出来るのだ。それが大量に、しかも魔軍という集団で出現していた。
魔王アベルだって53点なんて茶化してネタにしているが、
その強さは
アベルが弱いのではない。
「俺、尊敬してますよ。マギーホア様の事。良くもまぁ、こんなめんどくさい事をやれましたね、って」
「はっはっはっは! それが王たる者の責務さ。今ではいい夢だったと私も思うものさ」
そう言ってマギーホアは笑う。この花園は昔の事を、失敗を忘れないように、マギーホアが軽く手を入れて管理しているらしい。いい夢だった、と語りながらそれを夢のままで忘れないようにする為に。昔の失敗なんて、誰でも忘れたい事だろうに。それこそ発狂しそうな程―――いや、正史においてマギーホアを発狂に追い込んだ出来事でもあったのだ。なのにそれを忘れまいとしているのだから、
ほんと、真似できない程に凄いと思う。
だからこそ俺達は今でもマギーホアを慕っている。生物として、完全に完敗していると納得できるからだ。夢を見せて貰った。それに敗れても、それでもまだかっこいいのだから。だからマギーホアは俺達の王様だ。ずっと、俺達の王様だ。王国はなくなっても、それでもずっと俺達にとってはそうなのだ。
そしてその重圧と難しさを、人類という種を勝たせるために頑張る事で、漸く理解できたと思う。
マギーホアは変わっていない。あの頃から王様だ。でも同時に変わった。物腰と言葉遣いがあの頃よりも遥かに柔らかくなった。良く笑う様になった。そして昔は孤高とも表現出来る王だったが、今ではドラゴンに囲まれて楽しそうに生きている。変わらなくも、良く変わり続けている。これが一つのIFなのだろうと思う。それも良い方向に進んだIFだ。だけど世の中、そんな風に進むばかりではない。
良くないIFに進む事はある。
「マギーホア様」
「なにかな」
「俺……上手くやれてるんでしょうか」
人間を効率的に殺して剪定する。才能に合わせて仕事を振り分けて仕分けし、子供を戦わせる為に産ませている。サラブレッドを生み出す為にある程度恋愛感情が向く様に配慮して、そして戦場で死にかけるまで経験を積み上げ、それを次の世代へと継承させる。戦う為に人類を特化させている。人類を勝利する為にひたすら効率的に運用し、使い潰している。
結局のところ、俺がやっているのは
だがそれでも足りない。
これだけ頑張ってもまだ足りない。
もう既に―――980年時点でそのまま、勝ちにいくのは難しい。
勝機は989年までに状況を整えられるか。必殺の手段を此方が整える事が出来るのか。最大9年間の間、魔人からの攻撃を人類が凌ぎ続けられるかどうか。既にそこに掛かっている。
その為になら文字通り、なんでもやっている。倫理観を捨て去って勝利する為に戦力を整えるために、ほぼなんでも手を出している。
「結局のところ、ジルをあんな風にしたのは俺なんですよ。そのまま、放置してジルと会わなければ―――俺が知ろう、なんて半端な気持ちで行動しなければここまでの事にはならなかったんですよ。ガイが魔王になってそれで解決してた話なんです」
IF、それはもしもの話。
もしも、ここで違う選択肢を選んでいたら。その可能性で物事は分岐する。だがそれは常に良い方向に転がる訳ではない。俺の取った選択肢は、今回に限っては最悪の方向へと転がってしまったのだと思っている。だから申し訳なさが残る。
済まないと思っている。
ごめんなさい、と謝っている。
でもそれを絶対に表情に、口に出す事はない。
俺が人類といる間は、絶対に。彼らに俺の弱みを知られてはならない。最強無敵のカラー女王というイメージを残さないとならない。たとえ後世に最悪鬼畜、外道の人の心を持たないカラー女王であると残されても……それでも、心を鋼にして人々に勝ち筋を見つけなくてはならない。
誰かは俺の苦悩を理解してくれるだろう。
だけど誰もが俺の苦悩を理解してくれるわけではない。
「これでいいのか……本当に正しい事をしているのか……俺はちゃんとやれているのか……それが偶に、解らなくなるんです」
不安は仮面を被ればどうにか隠せる。だがそれでも、それは足を引きずる。口にしてみるとそれを改めて感じるものだが、口にするだけで少しはすっきりする。
そして、
マギーホアは少しだけ笑いながら、その猫の様な手で、此方の頭を撫でてくる。
「私も君も……生きている間、変わり続ける事からは逃げられない」
「はい」
それは仕方のない事だ。神でさえ、絶対に不変ではないのだ。ALICEやハーモニット、ルドラサウム。彼らの姿を見ていればそれが解る。神でさえ変化するのに、神ならざる身である我々が、どうして変わらずにいられようか。それは良く―――とても良く、理解している事だった。
自分も、このルドラサウムに生まれてから、ずっと、変わり続けているのだから。
「うん、だから君が変わる事、そして変える事を恐れる必要はない。なぜなら元々、未来なんて変わる為にある様なものだからだ。私も君も、その行いでしか結末にたどり着く事が出来ない―――だとしたら
私は―――と、マギーホアは、楽しそうに口を開く。
「今の自分が楽しい。王の責務からは解放されたが、私を構ってくれる者達はたくさんいるし、今では可愛い娘の様な友も居る。多少の不自由はあるものの、それでもこんな楽しい未来に繋がったのだ。私は……うん」
マギーホアが苦笑する。
「君の行いは失敗だったとは言えないよ、うん」
「……」
そう言って頭を撫でるもんだから、何も言えなくなってしまう。俺達の王様、マギーホア。強く、格好良く、偉大で―――そしてたぶん、俺にとっては父の様な存在になるのだと思う。
まぁ、気分的に。でも実年齢を考えると大体それぐらいだよなぁ、とは思えるので、
ちょっとだけ―――他の存在には無理だけど、
「……愚痴ってもいい?」
「気が済むまで」
ほんのちょっとだけ、甘える事にする。
それだけの、翔竜山の時間。
俺達の王様、マギーホア。
正史だと発狂しているけど、正気を保っている上に年月を経て、王としての責務から解放され、慕われつつも自由な人生を送れている事からダイブ性格や言葉遣いが柔らかくなっている。大体何時もドラゴンとじゃれ合っているか、新しい遊びを開発して日々を過ごしている。
次で食券ラストかなぁ……。