「んー……よし、良い色に焼けてるな」
鼻歌を口ずさみながらオーブンから金属トレイを引き出す。髪の毛をリボンでアップに纏め、やや緩い普段着の上からエプロンを装着している。つまりは厨房に籠っている時に普通の服装だ。オーブンから抜いたトレイの上にはクッキーが並べられており、それを一つ手に取って口の中に放り込んでみる。この世界にはコンビニもスーパーもまだ存在しないのだ。ベーカリーの類は存在するが、それでも納得のいくクオリティのお菓子が欲しいのなら、自分で作ってしまうのが一番簡単だ。
美味しい料理は心の栄養だ。趣味とは別に、美味しいものは人を幸せにする魔法があると思う。心の栄養は人間が―――いや、生物が生きる上では必要不可欠なものだ。魔物や魔人が行う人間に対する殺戮も
ともあれ、
心の栄養補給は健全な思考能力を保つ為に必要な事だ。種としての、健全な思考能力だが。幸せを感じている間は刹那であっても、その間は嫌な考えを忘れられるし、体が活力を感じる。そういう意味で料理というのはお手軽で、そして想い出に残せる手段だ。習慣化すれば定期的にその時間が愉しみになるし、それに対して前向きになる事も出来る。
美味しいごはんを食べる、というのは日常的な幸せになる訳だ。
つまり幸せな日常を作る事でもある。そういう意味では料理をする、というのは嫌いじゃない。最初はガルティアに食わせる為に、ちょっとだけ興味を持って、そしてネタで手を出してみて、そこから心を満たす為に手を出して、
今では、まぁ、釣りと並ぶ立派な趣味になったのでは? とは言えなくもない。まぁ、時間を潰すなら間違いなく釣りの方が好きだし。誰かが居なきゃやらない事だから、正確には料理は趣味とは言えないが、単純に振る舞うのが好きだというだけだ。だからこうやって隙を見つければクッキーなんてものを焼いている。大体何時もはスラルに頼まれてお菓子作りをしている―――というか返し切れない恩があるので、大体スラルの言う事は逆らえない。とはいえ、あの子も大体おやつ作って、としか自分には頼んでこないのだが。
「これを更に盛り付けて……と、完成。ルシアー。紅茶運んで淹れてあげてー」
「了解しました」
厨房で待っていた従者に言葉を伝えると、丁度良い具合に温まったティーセットの準備を整え、それを先に運んでしまう。そうやってルシアが運んでいる間に更に盛ったクッキーの他にも、一緒に用意した幾つかのお菓子を飾る様に盛って、それを浮かべて運ぶ。これなら零す心配は欠片もない。その前にエプロンを外しておくのを忘れない。このままつけていったら笑いものになるし。だからエプロンを外し、顔に小麦粉がついてないか軽くチェックしてから、
会議室にクッキーを運んで行く。
悪魔の様にテレポートやワープが使えれば人生楽になるのになぁ、なんてことを思いながら浮かべた皿を会議室へと運んで行き、扉も魔法を使って自動的に開けてしまう。円卓が運び込まれてある会議室の中、そこにはこの都市の重要人物達が集まっているのが見える。つまり、軍部や生産のトップ連中になる。この都市や戦場の方針などを決める集まりだ。その姿を見て、おいすー、と片手を持ち上げる。
「糖分を摂取したほうが頭の回りがいいから、クッキー焼いて来たぞ愚民共。涙を流しながら感謝しろ」
「今涙流すからちょっと待ってて」
「誰がガチ泣きしろつった」
円卓の上にクッキーを設置し、摘まんで食えるようにする。先に到着しているルシアが紅茶を淹れている。クッキーと紅茶、王道であり、またどの時代でも通じる組み合わせだ。自分も、自分用の椅子に足を組んで座りながら、クッキーを摘まみつつカップを手に取り、
「さて―――それじゃ円卓会議を始めようか」
とりあえず、981年現在、問題とその改善と向き合う為に話を進める事にした。
「そんじゃ生産から」
「はいはーい、生産担当ですよぉ。ところで生産担当って響きがエロいと思うんですけどここらへんどぉーでしょーか」
「気持ちは解る」
「でしょう!?」
生産産業、つまりは食料や武具等の生産産業、作業を管理するトップは女だ。スーツの上から白衣、眼鏡にぼさぼさの髪という滅茶苦茶な恰好をしているが、それでも有能な女だ。名はエリン、《学習Lv2》を持っている
「馬鹿言ってねぇでとっとと報告しろよ」
「えー、エロという概念の心理を追求したーい!」
「後4年は我慢しろっての……」
そう言って呆れた声を零すのは、対照的に白髪が生え始めている、初老に入った男の姿だ。彫の深い顔に、片目は傷が入った影響で眼帯を装着している。《統率Lv2》を保有するリブラは、長年この都市を守備する存在だ。その高い統率能力から無駄なく兵士を運用し、防衛という事に関しては俺よりも遥かに上手な姿を見せる。俺が遠慮なく前線に出て暴れられるのも、こいつのおかげだとも言える。
ここにはその他にもガイとカオス、スラルが既にクッキーを食べ始めていたり、JAPAN代表として月餅が参加している。リブラがエリンをたしなめると、じゃあ、とエリンが呟きながら《情報魔法》を使って、ホログラム風の資料を生み出した。ダビスタを行った結果生まれてきた天才がこれだから困る。時代を軽く幾つか飛ばしている。終わったらALICE辺りに助命嘆願しなきゃ、確実にバランスブレイカーとして封印処理だろう。
「はぁーい! では食料の生産状況ですけど問題ありませぇーん! 現在食料自給率100%超えていまぁす。前線での戦闘激化を踏まえてベビーブーム発生しているので数年でバンバン子供が増えそうでぇーっす! 一応はまだまだ支えられるので平気ですけど、子供が増えればそれだけ女性の働き手が減ります。まぁ、そこまで問題ないんでしょうけど、前線に出る女性まで孕むと困るかなぁ、って」
「まぁ、死ぬかもしれないって状況になると種の本能が昂るからしょうがないんだろうけどさ……ココからは孕んでる余裕がねぇからなぁ……」
「あー……となると避妊薬配った方がいいか、これは」
「頼む。後風俗関係も手を出しやすいように調整しといて」
「はぁい!」
子供が欲しいのではなく、昂るからセックスがしたい、という欲求だろう。この時期に一線級が孕んで後退されると辛いので、避妊薬だけはしっかりして貰おう。後はその為に風俗街を作ったのだから、もうちょい手を出しやすいように調整すれば……まぁ、なんとかなるだろう。まだこっちは対処できる範囲だ。紅茶で喉を潤しつつ、
「はい、次」
「おう、こっちは【砲台】の方も問題なく稼働してる。城壁の上からぶっ放して魔物を虐殺できるからそこまで難しくはないぜ。ただ遠くから兵器使って殺してるとどうしても殺している、って感覚が薄れて慢心しちまうから、そこだけが問題だ」
【砲台】、つまりはキャノンやカノンを《魔法科学》技能で作製させたものだ。完全にオーバーテクノロジーだが都市防衛には必要なのだ。これも戦後、解体処分必須の技術の一つだ。というかこの都市に使われている技術の多くは、絶対に後世に残せない。その多くを解体し、処分しないと都市が丸ごと封印処理を受けてしまう。ALICEの慈悲だって無限ではないのだから。ともあれ、作製された砲台は魔力で着火するものであり、それで魔法の砲弾を発射するものだ。相手がハニーではない限り、これなら遠距離から数を纏めて吹っ飛ばすことが出来る。
「対策は講じてるんだろう?」
「あぁ、前線に送るローテ作ってるからな。経験すりゃあ身が引きしまって砲台のありがたみを覚えるさ」
「ならば、よし。他には?」
リブラが少しだけ、困った様子を浮かべ、指先で頭を掻いた。
「……すまねぇ、魔人に侵入されたかもしれない。最近、行方不明の話が聞こえてくる」
その言葉にあー、と声を零す。何時かは来るものだと思っていたが、
「ジークに潜入されたかー……」
魔人ジーク、変身能力で姿だけではなく、能力まである程度使う事の出来る厄介な相手だ。それでいて、過激ではないが、個人的に最も危ない思想を保有している魔人だと思っている。変身し、潜入する事に徹された場合、魔人ジークを探し出す事は難しいだろう……いや、不可能に近い。魔人ジークはその気になれば人だけではなく、ムシにだって変身できるのだから。それではもう、どうしようもない。
「いや……魔人ジークじゃねぇと思うんだわ、こりゃ」
「根拠」
リブラはその言葉に頷いた。
「消えてるのは見た目の良い女ばかりだ」
「んー? んー……確かにジークのやり口じゃないな……」
まだ生きていたのであれば、魔人メディウサを疑った。ただ魔人メディウサに関しては既に殺害済みで、その魔血魂はブリティシュの魔人化に使われている。その事を考えると魔人メディウサという存在は二度と生まれてこないし、そもそも侵入し、攫って消える事の出来る使徒アレフガルドだって、まだまだ生まれてすらいない。というかネコムシは
糞ヘビとその従者はLPにも、GIにも到達する事無く、全ての可能性を消し去っている。念入りに。だからこの二人のケースはありえない。そして魔人ジークは女だけを狙って攫う様な趣味の持ち主ではない。ジークのポリシーに反するだろう。
寧ろジークは潜入するが、何か行動を起こすようであれば、或いは相対するのであれば名乗り上げるタイプだろう。
「……魔人サタニアか? んじゃ」
「それはないわよー。ちゃんと私と部下で張ってるから、悪魔が私達に気付かれる事無く入り込んでくる事はないわ」
そうスラルが答えた。悪魔には悪魔の移動手段がある。ワープやテレポート等という移動手段に関しては、悪魔が非常に秀でている。なので悪魔出身の魔人であるサタニアは、ワープやテレポートでいつでもどこにでも移動できるという手段がある、要警戒の魔人になる。その対策は元魔王である、悪魔のスラルが行っている。元魔王と現在の魔人、実力としては伯仲するクラスでもある。そのスラルが侵入を防いでいるのだから、サタニアはククルに入って来れない筈だ。
「となると―――」
「おう、現場に僅かに残されていたのは
「奴か」
「あー……」
放たれた言葉に、ガイが納得の声を零し、俺も誰が犯人なのか、それに思い至る。
潜入ルートが気になる所だが、成程。人間に化けて潜り込んで食事中、という所か。魔人になる前は好きだったんだけどなぁ、と思うも、魔人になれば歪む奴なんて腐るほど存在する。でも本質的には怪物だったっけ? と思い出す。いかんせん、古過ぎてもう覚えてないし、【ひつじNOTE】にも書いてない事だけに判断に困る。まぁ、見つけ次第ぶち殺せるのならぶち殺すのだが。
未来の戦力とかバランスとか、そう言っている場合じゃないのだ、この時代。
「人間に化けれるのが潜伏してるのめんどくせぇな……」
とはいえ、女を狙い撃ちにされて食われ続けると士気に影響する。早めに対処したい。
「パンドラ、リブラと連携して調査。戦力が必要ならウチのメイド引っ張っていいから。なるべく早く突き止めて追い出してくれ」
「任務拝承しました」
「おう、任せろ」
「お任せください」
市内の事で俺が出来る事は少ない。基本的に戦士としての能力に偏っている生物だから、ここら辺は他人に任せるしか自分には解決手段がないのが悔しい。とはいえ、それを表情に見せず、対処していくのが王者に必要な事なのだが。なので微笑を浮かべたまま、動じずに対処する。それを見ている人が安心できるように。
さくさく、もぐもぐ。
やっぱりクッキーは美味しい。次はタルトでも作るか。
「はい、次。眼鏡軍師と月餅君」
「レビンです。あ、エリン、地図を願いします」
「はいはぁーい」
ホロの魔王領地図が出現し、そこにレビンが書き込んでいく。
「JAPAN軍と合同の偵察隊を組んで偵察する予定でしたが、JAPAN軍が何時も通りヒャッハーを始めたため、魔王城付近まで接近出来ました」
「続けて」
何時ものJAPAN軍だった。それはともあれ、
「その結果、魔王領内部では領地の様に幾つかの魔人が地域の担当を割り振られ、そこの防衛を行っている事が発覚しました」
こう、とレビンがマークしていく。
「この内魔人メガラス、魔人黒部、魔人ラ・バスワルドは領地を持たず、フリーの状態で徘徊しています。また魔人レッドアイと魔人レイは魔王城の警備についているようで、魔王の命令なしで襲い掛かってくる様子はありません。偵察した様子ですと領地はこうなっていまして―――」
ガルティア、ケッセルリンクが比較的に魔王城に近い。監視する為だろうか? 逆にケイブリスは魔王城の更に向こう側、裏手の方を任されている。遠ざけられている様な感じだ。カミーラは山脈側。アイゼル等の一部魔人は不明だが、国境付近の大きな領域は黒部とラ・バスワルドの遊び場らしい。
「魔王城へと接近するには必然的に、何度か魔人が襲い掛かってくる領地を突破する必要があります」
「領地から出てこないのか、出てこれないのか。どっちにしろ最悪を想定した場合、捻り出せる全ての戦力を出して、それを領地へと此方から攻め入らせて……」
「時間稼ぎをしている間に決戦部隊で魔王を討つ。それしかないでしょう。ですがそれを行うには最低限、魔人黒部か魔人ラ・バスワルドに対処する必要があります」
「片方だけならJAPAN軍で引き受けられる」
「ふむ……」
魔人ブリティシュによる救援を期待する程、俺は楽観しない。自分の持てる手札でどうにかする事を考えなくてはならない。まだまだ報告は続くも、
今、自分が持てる手札と情報でどうやって魔軍に対処するか―――次に起こす作戦行動を考えなくてはならない。
蜘蛛、異世界、アリスソフトと言えば……?
魔軍は確かにやばいけど、人類にも結構やばい奴は居る。問題はこれだけやばい奴を揃えても、Lv3が居ないとそれでも辛いという話なのだ。最適解で行動しないと死んで行く。
良く考えるとCP周回して集めなきゃランス君でも勝てないし当然だよね。