全身を打ち付けられたような痛みと共に目が覚めた。片手で頭を押さえながらうーん、と声を零しつつ上半身を持ち上げる。押さえる頭には包帯の感触がある。その下にある傷はもう塞がっているようで、僅かな幻痛だけ残して徐々に痛みが消えていく。引きちぎった包帯を捨てながら寝かされていた簡易ベッドの上から起き上がり、背筋を伸ばして体を動かす。拳を結んでは開いて、体の感覚におかしい所がないのを確認した。ちゃんと体全体に感覚は通っている。
良し―――戦闘続行可能。
自分が収容されていた天幕の外へと出る。まだ陽は高く、明るい青空が彼方まで澄み渡っているのが見える。緑地に建設されているククル側の防衛陣地に今はどうやらいるようで、周囲にはテントや構築された防壁等が見える。大地が荒れ果てていない為、国境付近から離れたのは解ったが、状況がどんなものかは解らない。
「パンドラ?」
「はい、此方に。起きたのですね」
「おう」
名前を呼べば直ぐに隊員が出てくる。《シーフ》と《忍者》って結構似ている技能だよなぁ……なんて事を考えつつ、現在の状況の説明をパンドラに求める。シーフ、というよりはゴシックな怪盗の様な服装に身を包んでいる彼女はシルクハットを片手で押さえつつ、では説明しますね、と声を続けた。
「ラ・バスワルドの放った緑光に私達は飲まれましたが、ウル様がその大半を受け止めてくれたおかげで吹き飛ばされてダウンする程度で被害は済みました。額が少し切れる以外のダメージがウル様にも見えませんでしたが、ダウンした者が多いので一旦撤退、国境から一番近い第6防衛陣地にまで下がって、現在は戦闘で受けたダメージの治療と補給を行っている最中です」
「お疲れ様。レビンは?」
「案内しますね」
周りに待機している兵士や戦士たちも此方に気付くと敬礼を取ってくるため、片手でいい、と職務に戻しながら先導するパンドラに従い、陣地を進んで行き、【撃滅隊】の面々の集まる天幕まで移動した。中に入った所で視線が此方へと向けられるので、何かを言われる前に此方から口を開いた。
「いやぁ、まさかあそこまでどうしようもねぇとは思いもしなかったわ! 失敗したなぁ!」
「はっはっは、アレはしゃーねーわ姐御」
此方の言葉に釣られる様に笑い声が返って来て、それで室内の空気が少しだけ、抜けた。何時も通りの、真面目だがどことなく緩い気配に戻る。掴みはオーケイだった。ここら辺の空気の入れ替え方にも、だいぶ慣れてしまったなぁ……と思いつつ、視線を端の方に居るガイへと向けてから、軍師のレビンへと向けた。
「うっし―――じゃ、反省会しつつ突破方法を考えようか。レビン、纏め頼む」
「拝承です」
此方の指示にレビンが従い、ミニチュアのデフォルメラ・バスワルド人形をテント中央の小さなテーブルの上に乗せた。眼鏡の位置を調整しつつさて、と声を零した。
「私達の作戦自体は悪くありませんでした。ラ・バスワルドとの戦いは恐らく時間との勝負です。彼女が本気を出す前に此方がどれだけ彼女を追い詰められるか……短期決戦で素早く仕留める事に勝機がある様に思えます。魔人ガイの話を聞く限り、
その言葉にガイが頷いた。
「魔人は根本的に《無敵結界》と魔人である、という事実だけでどこか、心に余裕を常に抱いている。あのケッセルリンクでさえ《無敵結界》を張り直せばいいのだから、と常に心に余裕を持っている。それを信じずにいるのはケイブリスぐらいだ」
ガイの言葉を受け、レビンが話を続けた。
「……という訳ですので、ラ・バスワルドとの先ほどの戦い、失敗点は最初から一気に押し切らなかった事です。余力を考えずに一気に押し切る。恐らくそれがあの魔人を倒す上での最上なのですが……少々、気になる事もあります」
レビンはそう告げるとラ・バスワルドのミニチュアの横に【破壊神モード】と書かれたタグを置いた。
「魔人ガイの話が本当であれば、魔人ラ・バスワルドは我々との交戦に入った時から人格を失い、破壊神モードとなって襲い掛かってくる筈です。害意、敵意、殺意等に反応するオートモードであれば間違いなく我々の行動に反応して迎撃して来る筈でしたが―――」
「バスワルドちゃんは破壊神にならなかった。そのままのポンコツ魔人として力を振るってきた」
「はい」
レビンの言葉に同意する。それが戦闘中、自分がラ・バスワルドに抱いた違和感だった。明らかにおかしいのだ。あのラ・バスワルドの人格では
魔人は根本的に自分が上位者だと思って慢心する。《無敵結界》があるからダメージを喰らう事さえも想定しない奴が居る。だからこそ、魔人には付け入る隙があるのだ。そしてラ・バスワルドが人格を失えば、心理的な隙は全て消え去るだろう。魔人戦に対してそれが最大の勝機だと表現しても良い。だけどそれを放棄している。ラ・バスワルドは殺されそうな戦闘の中でも、人格を失う事なく戦い続けていた。
これでは事前の話と全く違う。
いや、逆に楽になったと言えるのだ。
だがこれでは逆に疑問が増える。
―――なぜ?
「私も……少々これに関しては驚いている」
ガイが少し、悩む様に言葉を放つ。
「私が魔王城に居た頃は間違いなくラ・バスワルドはそういう風に出来ていた。彼女に対する敵意、害意、殺意の類に彼女は
「まさに自走式の地雷だな……」
自走式核地雷とでも表現しようか。まぁ、核兵器の概念は存在しないのだが。それはともあれ、ラ・バスワルドが破壊の女神とならないのであれば、
「……幾らか、やりようは見えます」
レビンが【破壊神モード】のタグを燃やしながら消し去り、ミニチュアをテーブルの上に倒した。
「私が思いつくのはあの魔人を騙す方法です―――あの魔人、チョロそうですから」
「言いたい事は解るわ」
うんうん、と肯定する言葉がレビンへと向けられる。どっかのちゃん様を思い出す様なチョロさがラ・バスワルドにはある。ちょっと待ってと言って《無敵結界》を破壊される魔人とか、流石に俺も見た事がない。カオス投擲だけだったらまだ前例があるのになぁ、と思わなくもないのだが。だが騙すという方法は個人的には悪くはないと思っている。
ランス君式の攻略法だとも思える。
「あの魔人の性格を考えて、多少強引に押し切る様に言葉を通せば絶対に騙せます。それを利用して奇襲するか、或いは暗殺するか。問題のモードに突入しないのであれば、恐らくは問題なく殺害するか、大幅に弱体化させる事ぐらいは出来ると思います。そこからは勝負になりますが―――今、考えてみて一番勝算のある戦術だと思います」
「ふむ」
まぁ、確かにお菓子とお茶で釣ればそのままラ・バスワルドは釣れるだろうと思う。ぶっちゃけ、そう言うレベルであの人格チョロくてポンコツだし。戦わせれば間違いなく魔人の中でも最強格に入るだろう。要はその戦闘能力を発揮できないように此方から仕掛ければいいのだ。そうすれば相手の土俵に上がる事無く、殺す事も出来るだろう。魔人との戦いは基本的に相手の土俵では戦わず、翻弄して引きずり落として殺す事が基本なのだから、これがスタンダードだとも表現できるのだが、
「……」
これで本当にいいのだろうか? とは思わなくもない。
ランス君式に魔人に勝てるようになったのは、特殊な方法で弱体化などを狙ってくるような破天荒な戦士が、ランスが初めてだった、という所もあるのだ。未来に配慮する訳でもないのだが、ここで余りにも奇抜な方法で攻略したら、それが原因で警戒される可能性もあるのだ。そして未来における【決戦】には自分も参戦する事を考えると、ここであまりそういう手段を取ってもいいかどうか、という悩みもある。
「一応ですが、ククルの方からハンティ・カラーと堕天使部隊を呼び寄せる事も方針としてはアリだと思います。一時的にスラルや神官たちにはかなり仕事をして貰いますが、それでも短時間であればこちらに呼び寄せて戦力として運用する事が出来ると思います。レベル上位の存在ですから、戦力を合流できればそのまま押し切れる部分もあるかと……」
「うーん」
それもそれでアリなんだよなぁ、と思える。潜伏魔人に対する防備が低下するからあんまりやりたくはない手段でもあるのだが。それでも防衛力を落とすというのは迷いどころだ。
ぶっちゃけた話、
魔人たちには未来まで人間を舐め続けていて欲しいのだ。人間が特別なのではなく、ウル・カラーが特別なのだ。あの女だけどうにかすれば人間は糞だな、という風に思っていて欲しいのだ。そうすれば人間に対する警戒心を落とす事が出来る。その為にも俺がトップで働いているし、注目を集めたし、
魔王になる事を狙った女、として。
そうすればククル解体後、その技術や俺を求める様な人間が消える筈で、魔人側の警戒も俺にだけに絞られる様にする。魔王戦争終了後は確実にククルを解体しなくてはならないし、その技術の多くを闇に葬らないとならない。これはALICEに言われた事でもある。だから大半は始末しつつ、俺に対する恐怖を後世に記録し、その上で魔人にも俺の印象でなるべく上書きしたい。
だけど自分の展望ばかりで物事が進むとも限らないのだ。
となると、確実に勝てる手を選ばなきゃならないのだ。そこがまた、難しい話になってくる。ラ・バスワルドほどの相手となってくると、後の事を考えても、選べる手段は限られてくる。その事を考慮して動かないとならない。
プレゼンテーションを終えたレビンは此方に判断を任せ、黙っている。
そう―――俺が今の人類の総大将だ。何時の間にか先導していたらそうなってしまった。俺が人類のトップなのだ。だから人類を導かなくてはならない、勝利へと。そしてその事を考え、自分に選べる選択肢を思案する。
「……」
自分の都合だけではなく、ジルの都合も考慮するのだ。
何故、ラ・バスワルドはポンコツなのか。何故女神として破壊しないのか。何故人格を保っているのか。そもそも何故、ジルはラ・バスワルドに人格なんてものを生んだのだろうか? それが無ければただの殲滅兵器として運用する事も出来ただろう。明らかに自分に不利になる事をやっているのだから。
陸、海、空。
領地。
徘徊する魔人。
引っ込んで動かないトップ。
討伐する為の人類エリート。
選べる敵と会話できる魔人。
「―――いや、まさか、そういう事か? 本当に予行演習のつもりか?」
「……ウル様?」
「……」
本当に【第二次魔人戦争】の予行演習のつもりか? となるとアレなのだろうか?
だがこれが事実なら―――この絶望的な戦力差も、どうにかできる可能性がある。
可能性だけが。
「―――よし、どうするか決めたぞ」
その言葉に全員の視線が此方へと向けられた。それを受けて、頷いて次の行動を口にする事にした。慎重に、しかし確実にここでは勝てる手を打ちたい。そして前へと進む必要がある。ここが、この魔王戦争における一つの、分岐点かもしれない。そう、判断しながら口を開く。
さて、どのルートかな!
赤が困難! 緑が順当! 青が特殊選択肢!
なお特殊を選んだから良いという訳ではなく、そのままバッドエンドに突っ込むのもランス。