いろいろ狂った少年が欲望を満たすために世界を創り、物語を作ります 作:黒椿
転移に成功した僕は目を覚ました。白を基調にした清潔そうなベッドに僕は寝転がっていた。目を開けて、体をゆっくりと起こすと目の前に見慣れない景色が広がっていた。一人にあてがうにはあまりにも広すぎる部屋。茶色を基調にした壁紙にさまざまなアンティーク風の調度品。イメージ通りの景色だ。どうやら、ちゃんと成功したようだ。
何となく分かるかもしれないが、この世界での僕はそこそこ金持ちの息子という設定になっている。本当は大金持ちの子供でもよかったが、それだと物語に支障をきたす可能性もあったのでやめておいた。まぁ、小金持ちでも大金持ちでも大差ないとは思うけど。
そう。家柄などある程度条件を満たしていれば関係ない。何せ、これから僕がやるのは悪の所業なんだから。それをやるつもりなら、小物の成金野郎の方が多分都合がいい。うまくこの設定を生かしきれるかどうかは、僕の手腕と演技力にかかってるから、あまり自信はないけど。ていうか、そもそもこの家は成金と呼べるかどうかも怪しいし。いや、多分成金じゃないな。まぁ、どうでもいいけどね。
きっと、僕はこの世界で救いようのない自分の醜い部分を余すところなく曝け出すんだろう。だけど、それはそれでいい。本当に慣れてきたら、正義のヒーローも悪くないかもしれないけど、最初くらいはそうでなくてはつまらない。
そんなことを考えているとドアがノックされる。
「ん。入って」
僕が答えると扉が開き、中に一人の若い少女が入ってくる。長い黒髪をシュシュでポニーテールにまとめた愛らしい顔立ちの美少女。彼女の名前は
千奈は深々とお辞儀をし、そして、意志のこもった瞳でこちらを見つめてくる。
「おはようございます。創様。朝食の支度が出来ております。ご準備が整いましたら、下にお越しくださいませ」
「うん。分かった。ありがとう」
千奈は僕の返事を聞くと立ち去ってしまう。ちなみに彼女は僕付きのメイドということになっている。いや、実際に僕付きのメイドだな。物語を進化させていきたいのなら、僕自身がしっかりとこの世界のキャラクターになりきらなきゃ。
…… なんて言ってる時点でもうすでにダメなんだろうけど。まあいい。
ちなみに僕の名前は向こうと変わらず空井創だ。この世界のこの空井家はかなりの名家だとでも覚えておいてくれればいい。
それよりも呼ばれた以上は準備だけしておこう。今、僕はそこそこ高級な生地を使ったパジャマを着ている。元の世界では当然のことながら着ていない物だ。この服からこの世界で通っている私立高校の制服に着替えて、身だしなみを整えてから下に向かう。
階段を下りて、廊下をしばらく歩いたところで僕は立ち止まる。両開きのドアを取っ手を掴むと、ドアを開けて中に入る。ここはこの家の居間のような場所だ。基本的にはここで食事を取っている。
僕が中に入ってきたことを確認すると、黒いスーツを着た老紳士が頭を下げてくる。
「おはようございます、創様」
「ん。おはよう。
この老人は
「今日もいつも通りの時間に出るから、車の用意よろしくね」
「かしこまりました」
僕は荒垣に頼み事だけすると、いつも自分が座っている席に座る。目の前には朝っぱらから豪勢な朝食が並べられていた。
「では、いただきます」
それだけ言うと、僕は目の前に並べられたナイフとフォークを手に取った。
○○○○○
朝七時五十分。僕はこの世界で通っている私立高校の校門の前に立っていた。ちなみにこの高校の名前は『
というより、すでに始まってるか。ベタだけど、物語開始の定番があともう少しで起きる頃だ。
それを見るために僕は生徒玄関へと歩く。それが起きるのは校舎の中だからだ。校舎の外じゃないのは少しくらいテンプレを外してみたいという、僕なりのささやかな抵抗だ。まぁ、校舎内で物語が始まるのも定番中の定番だけどさ。
「おはようございます、空井様」
「ん。おはよう。皆」
生徒玄関に向かう途中でいつも僕の周りを固めている女子たちが近付いてくる。彼女たちは僕の取り巻きであり、僕の現時点でのハーレム要員たちだ。といっても、ほとんどが役に立たないと思うけど。
僕が内履きに履き替えて取り巻きたちを従えながら廊下に入ると、あちこちからざわめきが起きる。
「キャー! 空井様よ!」
「今日もかっこいいわねぇ」
「おい、見ろよ。空井だぜ」
「けっ。相変わらず、すました顔しやがって」
おーおー。目立ってる目立ってる。まぁ、金持ってて容姿もよくて頭もいいっていう三拍子揃ってるからなぁ。女子からは羨望のまなざしを向けられ、男子からは嫉妬のまなざしを向けられる。
モテる男は辛いねぇ。もっとも、頭の方はともかく、金と容姿はこっちの世界用に設定した作り物だけど。
それにしても、今にして思うと目立たない男子キャラの方がよかったかな? だけど、それはそれでテンプレくさいしなぁ……。まあいいか。これでも十分楽しめるだろう。
とりあえず、僕は階段の踊り場に向かって歩いていく。僕の教室に行くにはやや遠回りだが、僕がミスってなければこのタイミングでここで事が起きるはずだ。
しっかりとその瞬間をこの目に収めるために、いつも周りにいる取り巻きたちにはついてこないように言った。彼女たちは不満げだったが、適当に笑いかけながら言うと、素直に散っていった。チョロいもんだね。
そんなことを考えていると正面から一人の男子生徒がやってくる。黒髪に強い意志のこもった黒い瞳。ごく普通の容貌をした冴えない男子に見せかけたかなりのイケメン。名を
そして、僕から見て右横。階段の正面の廊下から一人の少女が走ってくる。赤髪をツインテールにまとめた紅色の瞳を持つ美少女。彼女がこの物語のヒロインの一人。イセナ・アッシュだ。
階段までの距離は天一の方が近く、イセナはやや遠い。普通に考えれば何の問題もないのだが、天一が普通に歩いているのに対し、イセナは焦っているのか走っている。そうなれば、どうなるか。普通なら何てことない距離の差も場合によっては交叉する場合もある。
まぁ、イセナよりもさらに階段に遠い位置をゆっくりと歩いている僕には関係ないけどね。ここは高みの見物といくさ。
交差点で死角になっていることもあり、天一とイセナは案の定ぶつかった。
「いった~い! ちょっと! どこに目をつけてんのよ!」
「ご、ごめん。でも、走ってきた君にも……」
「何よ!?」
「いや、何でも……」
こうして見ると主人公弱いな。まぁ、いわゆるフェミニストってやつか。
「っと、こんなことしてる場合じゃない! 急いで職員室に行かないと…… !」
「あの。よかったら、俺が案内しようか?」
「案内なんかなくたって場所くらい分かるわよ! ああ、もう! こんなところで時間潰してる場合じゃないのに!」
イセナは慌ててその場から走り去っていく。とりあえず、これで物語開始ってわけだ。よかったよかった。まだ二回目だから、万が一うまく起動してなかったらどうしようかと思ったよ。
確認はすんだし、このままスルーしてもいいんだけど、ちょっとそれは難しいかな。主人公である天一くんがしばらくイセナの後ろ姿を見送った後、不意にこっちを向き、僕と目が合った。この時点で僕が見ていることはバレたわけだ。
仕方がない。少しばかり、主人公くんに付き合ってあげるとしましょうか。
「やぁ、今日もいい朝だねぇ。天一くん」
「創……」
この世界では僕と天一は小学校の頃からの幼馴染みという設定だ。決して仲がいいわけではないけどね。
滅茶苦茶仲のいい親友同士って設定にして、僕を信じきってるところを裏切ってどん底に落とすってのも面白そうだったけど、今回はあえて険悪という設定でいってみたい。
気にくわない相手に自分の周囲の女の子を奪われるってのもなかなかキツいものがあるだろう?
「やれやれ。あれだけ可愛い女の子とぶつかれるなんて、君の強運っぷりは相変わらず素晴らしいね」
「あれだけ女子を侍らせてる人間の台詞とは思えないな」
「そうかい?」
適当に笑って誤魔化す。ここでは顔と金に物をいわせて数多くの女の子を侍らせてるクソ野郎という設定になってるからね。一見踏み台やかませ犬にしかなれないキャラ設定だが、僕はこれで寝取りハーレムを作り上げてみせる。
「それで何の用だよ。お前の教室はこっちじゃないだろ?」
「何。ちょっと借りてた本を返しに行こうと思ってね。そういう君は何でこんなところにいる?」
「ちょっと、先生に呼ばれたんだよ」
「ああ。また何かやらかしたの? 相変わらずだねぇ。その巻き込まれ体質は」
「決めつけるなよ。否定できないけど」
否定できない、か。というより、肯定しかできないんだよな。そういう風に僕が設定したんだから。
「ま。せいぜい頑張ってあがきなよ。どうせ、どんなに励んだところで僕には勝てやしないけどね」
「言ってろ。俺は必ずお前を越える」
「はいはい。頑張って」
僕は適当に天一の言葉を受け流して図書室に向かう。一応見つかったときのために適当に本を借りておいて正解だった。というより、あの状況で見つからないようにするのは無茶だからね。どのみち、この小道具は必然だった。ちなみに借りたのは適当な歴史小説だ。これを借りたところ、司書の先生に驚かれたのは記憶に新しい。
「まだまだ始まったばかりだ。ちゃんと気を引き締めないとな」
僕は誰にも聞こえないレベルの小声でそう独りごちた。そう。勝負はここからだ。この二つ目の物語が上手くいくかどうかでこの後の大体の動きが決まる。
しっかりと気合いを入れておかないとね。