いろいろ狂った少年が欲望を満たすために世界を創り、物語を作ります 作:黒椿
さて、僕の仕込みと設定が間違っていなければ今夜辺りが山場になるはずだけど……どうしたものかな。
関わらないという選択肢はない。仕掛けたのが僕である以上、動かないわけにはいかないだろう。そうでなくとも、どういう展開になったのかこの目で見届ける必要がある。さすがに世界にアクセスして結果を知ったのでは味気ないしね。
となると、どう動くかな。ていっても、動き方なんてほとんど決まってる。裏で反感情喰いと共謀してしまった以上やるべきことは限られてくる。
けれど、なるべく僕自身が天一と関わるということは避けたい。ここで
まぁ、そうなったらそうなったで適当なところで切り上げればすむ話ではあるけれど。
「とりあえず、僕はここでフェードアウトしておこうかな。今しばらくは天一とイセナの物語を楽しもうじゃないか」
僕は静かに笑い、その場を去った。ひとまず、僕はここで落ちる。女の子の放尿姿の一つくらい見せてあげてもよかったのかもしれないけど、それじゃ臨場感を台無しにしちゃうかもしれないしね。
まぁ、この台詞の時点ですでに台無しだけど。
○○○○○
創から衝撃的な話を聞いた天一は焦っていた。反感情喰い。それはいつの世も存在する感情喰いを目の敵にする者たちのことだ。
「頼む! 間に合ってくれよ!」
天一は可能な限り速く走った。一人でも多くの感情喰いを助け出すためにあちこちを駆け回った。当然、そんなことをすれば目立つ。反感情喰いの連中に道中何度も絡まれたが、天一はその全てを一蹴していた。
天一はいい。天一はいくらでも戦う力を持っている。けれど、他はそういうわけにはいかない。感情喰いは戦闘集団というわけではない。もちろん高い戦闘力を持っている者もいるが、一般人程度の力しか持っていない者は山のようにいる。というより、そちらが主流だ。
そんな彼らが今まで生き残れてきたのは、その容姿と話術、戦略を積み重ねて権力者や実力者に取り入ってきたからに他ならない。そうでなければ、こんな異端な連中はとうに皆殺しにされているだろう。
そして、それが、今、行われようとしている。いや、すでに半感情喰いの毒牙にかかっている者は大勢いるかもしれない。
とにかく一人でも多く救わなくてはならない。もう二度とあんな犠牲者を出してはならないのだ。あんな犠牲者をもう二度と出さないと心から誓ったのだ。
そう決意を新たに天一はとある建物に入っていく。少々小さな建物だ。こういう建物にひょっとしたら身を潜めている感情喰いがいるかもしれない。もし、そうなら一刻も早く保護をしよう。そう考えての動きだった。
普段なら間違えることなどなかったはずだ。しかし、視野が狭まり、焦っていた天一はその建物が何なのかすらよく分かっていなかった。仕込みの面もあるのだろうが、それを差し引いても避けようがないくらいに天一は何もかもが見えていなかったのだ。
天一は正面に見える閉められた扉に一直線に進む。そこに隠れている感情喰いがいるかもしれないと考えたからだ。もう大丈夫だと声をかけるつもりで扉を開けた先に広がっていたのは――大股開きの状態で洋式便所で用を足すイセナの姿だった。
○○○○○
時は少しだけ遡る。帰路についていたイセナは急ぎ足で周囲を見渡しながら小走りで進んでいた。
その様子で想像がつく人間がいるかもしれないが、イセナは困っていた。それも普段ならば喜ばしいはずのことでだ。
「はーっ。こんな時に限って、尿意が襲ってくるんだから……んっ!」
イセナは悩ましげに体を震わせながらも目的の場所を見つけ出すべく走る。ここは郊外。トイレはそうそう見つからない。こんなことなら、今日は車で送り迎えをしてもらうべきだったか。
括約筋はすでに限界に近い。おそらく、あと数分は保たないだろう。当初はプライドから真っ先に切り捨てていたが、今の彼女には野ションも視野に入れる程度には追い詰められていた。
そんな彼女に奇跡とも呼べる現象が起きる。公衆便所目当てで入った公園に彼女にとっての聖地があったのだ。
「あった!」
少々寂れた古い建物。それは確かに公衆便所だった。こういうところのトイレは汚いと相場が決まっているものだが今の彼女に迷っている時間はなかった。それに多少古かろうが、そこはトイレ。清掃は行き届いているだろう。それよりも個室が空いているかどうかの方が問題だ。
急ぎ足で中に入ると三つある個室には誰も入っていなかった。イセナはそれに一瞬安堵のため息をこぼしかけるもすぐに体を大きく震わせる。今の一瞬、気を抜いただけで一滴下着にこぼれてしまったのだ。
一刻の猶予もないことなど分かりきっていたイセナは大慌てで個室の一つに入り、扉を閉める。そして、鍵をかけることを忘れ、鞄を床に置くと大慌てで水色の下着を下ろし、便座に腰かける。
次の瞬間、イセナの性器から黄色い聖水が大量に吐き出された。
「はぁ……」
深いため息が出る。極太の尿線が便器に叩きつけられる度にイセナを快感が襲う。ついに解放できたのだ。これ以上の悦びはない。
イセナは下着を足首まで下ろすと両足を大きく広げる。だいぶ我慢していたのだ。誰も見ていないことだし、こういうはしたない姿を晒しても問題はないだろう。
「それにしても気持ちいいわね……。これほどの快感はあまり記憶にないわ……」
蕩けきった顔でイセナは排泄する。安心しきったその姿は見事に無防備だった。
ジョボボボボボボボボボボボボボボボボ。
個室に大きな水音が響く。けれど、イセナは音消し流しをすることをしない。そんな暇があるなら、この快感を堪能した方がいいからだ。
永い永い快感がイセナの神経を支配し、麻痺させていく。今の彼女の頭にあるのは気持ちいいという言葉だけだった。
けれど、その幸せな時間も長くは続かなかった。ふとイセナは鍵を閉め忘れたことに気付く。便器に腰かけているため、鍵にはギリギリ届かなかった。イセナは失敗したと思いつつも、限界だったのだから仕方がないと自分に言い聞かせる。
だが、それが結果的に失敗だった。いや、もうどうしようもなかったと言ってもいい。これだけの大放尿となれば途中で止めるのは難しい。ましてや未来を予測することなどできない彼女からすれば止める理由もなかった。
そのツケがすぐに彼女を襲う。放尿中に珠方天一が個室の中に入ってきてしまったのだ。
しばし、静寂が場を支配する。その場に響くのはイセナの排泄音のみ。二人とも完全に硬直している。
やがて、イセナは状況を把握する。快感に身を委ねながらもこの絶望的な状況を把握する。そして、把握すると同時に――。
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ご、ごめん!!」
大きな悲鳴を上げる。一拍遅れて天一が慌てた表情で謝る。
「何、入ってきてんのよ! この変態! スケベ!」
「ご、ごめん! すぐに出るから!」
天一はそう言って即座に個室から出て扉を閉める。イセナはそれを呆けた顔で見つめていた。
それから数分後。放尿が終わった。だが、中盤からはイセナは快感などどうでもよくなっていた。異性にはしたない姿を見られてしまった。その事実が彼女の胸に重くのしかかっていたからだ。
とりあえず、トイレットペーパーで秘部を拭き、下着を上げて水を流す。そして、建物を出たところでイセナは天一の姿を目にする。
「あんた……。まだいたの……?」
「あ、その……」
しどろもどろになりながらも何やら弁解しようとする天一をイセナはキッと睨みつける。
「もう二度と私の前に姿を見せないで!」
忌々しげに吐き捨てイセナは去っていく。天一はその後ろ姿をばつの悪そうな顔で見ていた。
イセナは先ほどとは違った意味で急ぎ足で帰路についていた。放尿を見られた恥ずかしさからか、怒りからか、イセナはずんずんと肩をいからせるように進んでいく。
一刻も早く帰りたかった。早く帰って、今日の醜態を忘れてしまいたい。そんな思いで歩き続ける彼女の背後に魔の手が迫っていた。
「感情喰い、みーっけ」
イセナが声のした方を振り向くと下卑た笑みを浮かべている数人の男たちがいた。彼らを見てイセナは思わず舌打ちをする。
「さぁ、悪いがここで沈んでもらうぜ。嬢ちゃん」
「なぁ、こいつ相当な上玉じゃね? なら、殺すよりも楽しんだ方が得じゃね?」
「そうだな。なら、そっちで動くか」
男たちは身勝手なことを言いながらイセナを取り囲む。イセナに逃げ場はない。男たちは醜悪な笑みを浮かべながらジリジリとイセナに近付いていく。
圧倒的不利な状況。このままではイセナは彼らに犯される。それは間違いなかった。一人、二人ならともかくいくらなんでも数が多すぎる。この数を打倒できるだけの戦闘力をイセナは持ち合わせていなかった。
本当にどうしてこうなってしまうのか。自分の無力さを心底呪ってしまう。いつだって、そうだ。いつだって、こういうどうしようもない試練がイセナを襲う。その絶望感はイセナに過去の出来事を去来させる。
彼女は両親の愛情に恵まれて育てられた。両家が勝手に決めた許嫁同士という立場でありながら夫婦仲は良好でイセナは幸せな幼少期を過ごした。父親からも母親からも時に厳しく、時に優しく、大事に大事に育てられ、イセナはよく笑う明るいいい子として育てられた。
けれど、それはすぐに終わってしまった。発端は母親が感情喰いだとバレたことだった。いや、正確に言えば母親に感情喰いの
バレたきっかけは母親がさりげなく隠し続けていたとある手記が父親が見つかったことだった。動揺した父親はそれを元に母親とイセナの遺伝子調査を行い――母親には因子があり、イセナは因子どころか感情喰いそのものだということが判明してしまったのだ。
その後の父親の行動は異常に早かった。それまでの母親や娘への溺愛ぶりは何だったのかというほどに冷酷に彼は対処した。まず最初に母親を鬱という名目で病院という名の研究所に無理矢理入院させた。そして、
父親なりの慈悲だったのか。住む家と生活費は与えられた。けれど、父親からは離縁同然に別居を申しつけられ、病院に送られてしまった母親は戻ってこない。当然父親ともロクに話していない。
本当にどうして自分はついていないんだろう。そう呪ったところでもう遅い。魔の手はもうイセナのすぐそばまで迫っていた。
「さて、じゃ、楽しませてもらうぜ。嬢ちゃん。恨むんなら……がはっ!」
両手を胸の辺りまで上げて今にも襲いかかろうとしていた男の言葉は最後まで続かなかった。男たちの一人を吹き飛ばした人物の正体。それは珠方天一だった。
イセナは目を大きく見開いて天一を見る。だが、天一はイセナを見ていない。鋭い眼光で男たちを睨みつけている。そのあまりの鋭さに男たちは背筋を凍らせる。
「誓ったのさ。もう二度とあいつのような犠牲者を出さないと!」
天一はそう言って近くにいた男たちを殴り飛ばす。十メートル以上吹き飛ばされた二人を見て、他の男たちは小さく悲鳴を上げる。
「な、何だ! てめえは!」
「……」
天一は答えの代わりに殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
あっという間に終わった。当然だ。徹底的に鍛え上げた肉体を持つ天一と人数に任せることでしか粋がれない男たち。どちらに分配が上がるかなど火を見るより明らかだ。
「大丈夫だったか?」
「あんた……」
「ごめん。姿を見せるつもりはなかったんだけど、どうしても見逃せなかったんだ」
頭を掻きながら申し訳なさそうに言ってくる天一にイセナは恨めしそうな目で見上げながら問う。
「どうしてアタシを助けたの?」
「……さっきも言ったけど、二度とあいつみたいな犠牲者を出したくない。それだけだよ」
「あいつ?」
「……こっちの話だ」
どうやら、あいつが誰なのか、答えてくれる気はないらしい。表情からして相当深刻な話なのだろうと判断し、イセナはそれ以上問い質そうとはしなかった。
それよりもこの少年は自分を助けてくれた。おしっこを見られたとはいえ、散々罵った自分をだ。そちらの方がイセナにとっては重要だった。
今まで自分を助けてくれる人間などいなかった。母親が病院に送られたときも、父親に家を追い出されたときも、誰も助けてくれなかった。誰も感情喰いと判明した自分を見ようともしなかった。
けれど、この少年は助けてくれた。罵倒した自分を助けてくれた。この事実がイセナをどれほど救ったのか。きっと目の前の少年は分かっていないのだろう。
イセナは小さく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がると照れくさそうに口を開く。
「その…………ありがと」
突然の礼に天一は面食らった顔になる。だが、すぐに小さく笑みを浮かべ――。
「どういたしまして」
とスマートに答える。それにイセナはわずかに頬を赤らめるが天一が気付くことはない。イセナは一言二言告げると、そのまま家へと帰っていく。天一はそれに慌てて追従し、彼女を家まで送ると提案し、イセナはそれを了承する。
かなり強引だが、これで第一段階は成った。それを見て創は小さく笑っていた。