次は解説回のため割りと長くなる予定。
──今まで、度肝を抜かれた経験は誰にだってあるだろう。
お化け屋敷で不意に立つ物音や物陰から飛び出してくるお化け役の人だったり、まぁまず無理だろうと思って受けた高校に合格してしまった時などが俺──
そして今日、新たに度肝を抜かれたことが追加された。
──俺は今日も今日とて正常に生命活動を行い、目を覚ました。その瞬間に視界に飛び込んできたのは、高校に通い始めて二年間連れ添ってきた六畳一間のボロアパートの部屋。それは今、買いに買いまくったライトノベルやエロゲーを収めるための本棚によってほぼほぼ埋め尽くされているのだが、それは話にはあまり関係しないため置いておくとして。
そうやって当たり前で退屈な日常が始まるんだと、そう信じていたんだ。だというのに、いざ布団から身体を出した瞬間に──、
『突然の訪問、お詫びシマすデス』
突如として喋る人形が俺の目の前に出現したのだ。その時の俺は最高に傑作だったと思う。人間って本当に驚いたときには声すら出ないんだってその身で痛感したわ。
そして現在に時は戻り、その人形はスペース確保のためにしまっていた
『どうイう原理で動いてイルのカ、ということデスね』
人形の首がぐるりと回り、朝食の用意をし終わった俺に向けられる。その動きはホラー映画ものだが、さりげなく俺の心を読んできた方が怖かった。何、自然と心読んでんのよ? 馬鹿なの?
──確かビスクドールというんだったか。天使を彷彿とさせる白いロリータ調の衣装を纏った少女型の西洋人形。西洋人形自体がかなり人間に近づけられて作られているため、精巧であればあるほどに俺の恐怖心を煽ってくる。
そこまでだったら『気持ち悪いな~』程度で済むのだが、この人形は糸も付いていないのにマリオネットのように動き、俺が腹話術をしているわけでもなく喋りだし、なおかつ何もない空間から突然出現した。うん、不気味ってレベルじゃねぇぞ。
『その前ニまずは自己紹介デスね。はじめましテ、氷室威月クン。私ノ名前はラズーア。君ノ知識で言うトコロの……異世界人、というヤツなのデス。ソシテ、この人形ハ、この世界デ活動するタメの仮初めノ身体なのデス』
カタカタと身体を震わせながら、片言で説明してくる西洋人形──ラズーア。
あー、異世界ね、アイアンダースタンド。ちゃんと理解できましたとも。
……いや、正直に言えば理解が追い付かないというか、もう納得するべき事象が多すぎるというか、正直思考を放棄したい所存でございますれば。本人が『そう』言ってるのなら『そう』なんだろう、ということで納得した。
にしても、なんで俺のところに異世界人が来てるんだ? 俺は昨日トラックに轢かれることなく帰宅し、無事に目覚めたはずだ。ようするに異世界に転生もしくは転移できるような事は特に起こっていないのだ。
それなのに異世界人であるラズーアはわざわざ仮初めの肉体──まぁ西洋人形だが──を使ってまで俺に会いに来たのか。
「……俺の聞きたいこと、わかってる?」
『勿論デス。何故ワタシがこノ世界ニ来たのカ、という事デスね。それハ、貴方をワレワレの《協力者》とシて、選定したカラなのデス!』
んん~? まーた、よくわからない単語が出てきたぞ~? 《協力者》とな?
「つまりはあなた方は俺に自分達の目的を手伝ってほしい……という認識でいいのか?」
『ソノ通りデス。物分かりの良い子は嫌いジャないデス。まぁ、正確にイウのならこの国に住まう8人の人間に依頼シ、ソノ一人が貴方でアルという事なのデスが。そして貴方ニハ──』
「…………」
ラズーアが黙りこむ。その並々ならぬ雰囲気に、俺も固唾を飲まざるを得ない。何か重要なこと、彼女──人形が少女型なので暫定的に少女と呼称──は言うに違いない。そうだったらプレッシャーで俺の胃が胃薬とベストフレンド化してしまう可能性があるので、拍子抜けしてしまうような依頼であってほしいという気持ちもある。
『この世界にて出現すル、《
「そっちかーい!」
ラズーアの言葉に俺は思わず突っ込みを入れてしまった。
…………もし《夢幻迷宮》というのが俺の想定通りのダンジョン──モンスターが跳梁跋扈し、金銀財宝ザックザクという物なんだとしたら、ラズーアがこの世界でやってほしいこととはつまり……この世界でモンスター版パンデミックを引き起こせということなのだろう。
まぁ、パンデミックは違うかもしれないがこの世界の人間を駆逐するべく動くという所は完全に一緒だ。それがモンスターかウイルスかの差があるだけである。
──現代社会にモンスターやゾンビが突如として出現する。
それは某小説投稿サイトだったり、既に世に解き放たれた作品の中でも多い──悪く言えばありふれている。しかし現実世界でダンジョンを運営し、人類を滅ぼすために動く……といったものは案外少ない。
そういうものの多くは主人公が異変に巻き込まれ、生き残るために奮闘するといったものだ。そういう展開になるのでは、と心の中では思っていたがまさか自分が人類滅亡の尖兵として動くことになろうとは誰が予想しようか。
「ちなみに……断ったらどうなる?」
──瞬間、形容しがたい激痛が俺を襲った。
まず最初に来たのは、全身が鎖で縛り上げられるような骨が軋む感覚。全身の骨がへし折られそうなのだが、当然ながら俺の身体の周りには衣服だけ。透明な鎖で締め上げられているというわけでもない。
次に身体にかかる重力が十倍以上に跳ね上がったような身体が押し潰される感覚。次いで水中で息が出来なくなったような息苦しさ。全身の血が沸騰したような灼熱が身体を駆け巡る。全身を鈍器で叩かれ続けられるような鈍痛が響き──それが数分ほど同時に続いた頃だろうか。
ふっ、と今までに感じていた苦痛の一切が消え失せる。
先程のあれは嘘だったのだろうかと思うも、着替えたばかりのカッターシャツは冷や汗でびちょびちょになってしまっている。それが先程のものが夢の類いではないと証明していた。
『この通リ、ワタシが貴方の前に現れた時点で生殺与奪ノ権利は握っていマス。…………物分かリがいい君はわかっているでしょうが、率直に言いまショウ。
──黙っテ、ワタシの言うことに従エ。ヒムロ・イツキ』
「……オーケー、わかった」
──今の出来事で確信した。
目の前の西洋人形は蝋燭の火を消すような容易さで、俺の命を奪うことができる。
ならば反抗などできるか。してたまるものか。
ただ仮定の話をしただけでこれなら、明確に人間を助けるような動きを見せた瞬間にどうなるかは想像に難くない。今のが警告だとするのであれば、今度は本気で俺を殺しに来るだろう。
その時、俺は抵抗できるか? いや、できるわけがない。
いや、それ以前にだ。
ラズーア曰く『《協力者》として選定した』と言った。選定──つまりは俺以外の候補者おり、その中で一番命令に忠実に動きそうな俺を自分の願いを叶えるための道具として使用したということになる。
なら俺がここで死のうが、彼女は別の人間の元へ行って俺にしたような話をして《協力者》に仕立てあげるのだろう。なら、俺がここで死ぬことは完全なる無駄死にだ。俺は勿論、この世界にもメリットなんてまるでない。否、俺が死ぬことになるんだからデメリットしかない。くそったれだ。
──まぁ、仮に俺がここで死んだとして彼女の思惑通りに事が進まないとわかっても俺は死なないんだが。
ここではっきりと明言しておくが、俺は善人ではない。トロッコ問題に対する回答は『自分は何も関与しない』と答えるし、自分が死ぬことで多くの人間が助かるのだとしても俺は絶対に死にたくないのだ。
俺の命と顔も知らない人間の命100だったら俺の命の方が大切だと答えるし、知り合いの人間10人の命と自分の命だったら自分の命をとるような人間である。
クズだとでもなんとでも罵るがよろしい。それでもお前らの意見なんてどうでも良いので、俺は『自分の命を大事に』のコンセプトで生き続けます。
そんな俺がダンジョンの運営に携わり、俺の想像通りであるモンスターを使っての人間の虐殺に乗り出さねばならないというのなら俺は気乗りはしないでも殺します。だって死にたくないもの。
文句があるなら同じ立場になって首でも掻っ切って勝手に死んでください。そうすればあなたの意見に耳を傾けましょう。
「それで? 俺は何をすれば良い?」
俺が乗り気──にはなっていないながらも、自分の思い通りに動くと確信したのだろう。彼女は目を輝かせ──といっても人形のため雰囲気なのだが──ながら、感嘆の息を漏らす。
『ほう、流石はワタシが《協力者》ニ選んだ男、話が早ク進んで助かるのデス。……とイっても、貴方が想定している事と大差ないのデス。モンスターを生み出し、この世界ノ人間の命ヲ収集するのデス!
と言っても、何をすれば良いのか、分からないでショウ。しかし、説明したくてもワタシの活動限界時間ガ近づいてきたのデス。マタ明日、この位の時間ニ訪ねマス』
「ちょっと、待ってくれ。手早く済ませるから質問をひとつだけしても良いか?」
『何デス?』
徐々に姿が薄くなっていくラズーア。そんな彼女に最も重要な質問を投げ掛ける。それは俺が自分の命惜しさに他者を殺す覚悟をするのに必須のものだった。
「俺──いや、俺達か。ダンジョンの運営をすれば良いんだよな? それは一体、いつから始めれば良いんだ? それによってこれからの動きが異なってくるから、これだけは聞いておきたいんだ」
『ナルホド! 意欲的で感心しますヨ! あなた方に《夢幻迷宮》の運営を任せるのは一週間後からなのデス。それまでに《特殊能力》の使用の仕方や、あなたの忠実な兵隊を揃える手段をお教えしマス。──のですが、ワタシが1から説明するのが面倒くさいデス。ナのでそれらについて纏めた本をお渡し致しマス。これを読んで予習をしておくのデス!』
そう言って、ラズーアは光の粒となって完全に消えてしまう。そして先程まで彼女がいたところには一冊の黒い装丁の本が置かれている。
サイズはB6版ほどで厚さは某週刊少年漫画程だろうか。それが彼女の言っていた予習用の本──題名が見当たらないため、『ダンジョン運営本』とでも呼称しようか──が置かれている。それは後々目を通す──というか通さなければいけない──のだが、
「………………疲れた」
とりあえず、学校には休むと連絡しておこう。はぁ……どうしてこうなったし。
毎度の事ながら主人公のエロシーンが遅いけど、今回はエロ描写は比較的早く出てくるよ