※この作品はR-18です。

前略、人類の敵になりました。   作:bear大総統

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《悪夢の綴り手》の慟哭

 絶望とは突然やって来るものだわかっていたつもりだった。

 ──しかしまだわかっていなかった。敵に誘い込まれたとわかっていてもまだ時間的な猶予は残されているのではないかと考えてしまったがゆえに。

 

 比較人の少なかった出入り口のひとつが吹き飛ぶ。細かく砕かれた礫が避難していた何人かの頭部に命中する。しかし幸いなことに重傷には至らなかったが──俺を含む避難場所にいた全員が顔を蒼白に染めた。

 

 ──そこにいたのは緑色の肥満体の人間の身体、それに豚の頭部を結合させたような2メートルを越える怪物だ。そしてその足元からそれの4分の1ほどの大きさの醜悪な小人。それは体長からすれば大きめなナイフを威嚇するように振るっている。

 

「キシャシャシャシャ──」

 

「ぶひゃひゃひゃひゃ──」

 

 汚い嗤いの混声合唱が静寂に支配された体育館内に響いた。次いで響くのはカチカチという、体育館の中に留まっている人間達の歯のぶつかり合う音。

 

「なんなのよ、これ! 聞いてないわよ!? なんで化け物がここに来るのよ!」

 

「ママ、助け──」

 

「うるさいわね!! あんたは黙ってなさいよ、何も使えな──」

 

 たまたま化け物達が破壊した扉──俊哉達が入ってきた扉とはちょうど対角線が結べる位置にある──の近くにいた子連れの母親が錯乱する。そしてその親にすがる事しかできない無力な子供は、母親の剣幕によって黙らされる。

 たとえ震災や豪雨などの自然災害に巻き込まれていたとしても、彼女の行動を誰か一人は咎めようとしただろう。今の行動はたとえ自分に余裕がないとしても、産んだからには子供を育てることが義務である母親がとってはならないものだ。

 しかし彼女の行動を止めたのは人間ではなかった。

 肥満体の人間の身体に豚の頭部を結合させたような化け物が『お前が黙れ』と言わんばかりに手に持った、人間が使うにはあまりに大きすぎる棍棒を振るい──母親の頭部を吹き飛ばした。

 骨の欠片と脳漿、そして血液が混じった液体が絵の具のようにぶちまけられる。首から血が噴水のように吹き出し、床を鮮血で染め上げていく。体育館の中に吐き気を催す鉄の臭いが充満した。

 

「ママ……? ねぇ、ママってば!!」

 

 子供が母親の身体を揺さぶる。母の状態から返事が返ってこないことは薄々察しているのであろう。それでも残酷な現実から逃げるように涙を溢しながらも、母親に呼び掛けることをやめない。

 それもまた鬱陶しく感じたのか、小人達──醜小人(ゴブリン)達が子供を押し倒し、身体を貪り食っていく。

 

「いだい、いだいよぉ! まま、まま、たずげ──」

 

 ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり。

 ばりぼり、ぼきぼき。ばりばり、ぼきぼき。

 子供の泣き声に混じって肉を咀嚼する音が響く。その激痛が身体を襲う度にその声は大きくなる。

 肉を喰らいながら醜小人はまるで玩具を使うように、子供の骨を折っていく。指の骨、腕の骨、足に骨──1本ずつ懇切丁寧に嗤いながら折っていく。

 

 俺は気付けば立ち上がろうとしていた。あまりにも呆気なく奪われた命。そして奪われようとしている、刹那よりも小さい子供の命が今貪られようとしている現実に耐えきれなかった。勿論、怖くないわけはない。むしろ怖い。歯はカチカチとなっているし、膝は笑っている。

 それでも、それでも俺が助けなきゃ──!

 

 そこで自分の服の裾が掴まれ、俺は尻餅をつくようにして再び倒れ込む。

 

「待ちなさい、進藤くん!」

 

「篠宮!? やめろよ、この手を離せ! 俺が、俺が助けなきゃ──!!」

 

「助けてどうするの!!」

 

 あの化け物達の興味が向かないように、その声はひどく小さい。しかし俺の行動を止めるのには充分すぎるほどの一喝だった。

 

「仮に君の言う通りに助けられたとしましょう。けれどその後は? 間違いなく致命傷を負ったであろう子供を背負って、あの化け物達の行動を掻い潜れる? いえ、できたとしても自分達の行動を邪魔されたことによって、あの化け物たちが怒り狂い、周囲の人に牙を向いたらどうするの!? あなたの行動は徒に被害を増やすだけよ!」

 

「それでも!」

 

「──あなたには刹那ちゃんがいるでしょう!?」

 

 その言葉で、俺は黙らされる。俺の左手を痛いほどにまで握り締め、目には大粒の涙を溜め、自分よりも恐怖しているであろう妹の存在を改めて自覚したから。

 

「あなたがあの子を助けようとして死んでしまったら、刹那ちゃんにどれだけの悲しみを背負わせるかわかっているの!? あなたはご両親とは違って確(・)実(・)に(・)生(・)き(・)て(・)い(・)る(・)大(・)切(・)な(・)家(・)族(・)なの! 助けられる保証もない! 助けられたとしてもその後生き延びられる保証もない! そんな愚行を犯して大切な妹を天涯孤独にするつもりなの!?」

 

「──!」

 

「私達はすべてを助けられるような漫画のヒーローじゃない! ごくごく普通の一般人! だから優先順位をつけなさい! あなたに大切なのは名前も知らない子供!? それともあなたの大切な家族!? どっちなの、あなたが本当に助けるべきなのは!」

 

◼️ ◼️ ◼️

 

「……全く、あの馬鹿たれども」

 

 俺は《目星》《聞き耳》《危険感知》などの索敵系能力(スキル)と同時に《隠密行動》を発動して、先程まで醜豚人や醜小人などの屍兵を待機させていた場所に伏せていた。

 《隠密行動》によって野良の悪夢から発見され難くなっているのに加えて全身をギリースーツのように木々の葉などで覆うことによって、上空からの索敵にも備えている。

 

 そんなことをやって何をやっているのかというと、何体かの屍兵の操作である。

 このままではクロネの負担が大きすぎると考えた俺が一度《能力賃借》で彼女の《傀儡屍兵》を借り、ラルルを除く俺を含めた5人に指揮権を譲渡したのだ。彼女の能力にはこんな機能はなかったが俺の能力で一度借りれば、こんなルールの穴を突いたような真似ができるようになっていた。まさか能力の一部譲渡ができるなんて思ってもみなかったが。最初っから説明に書いておけよ。

 

 ともかくそうやって全員に屍兵の指揮権を与えたことによって、クロネとシオンを除くメンバーには自分が担当した地域の人間を襲わせる屍兵の指揮を。

 クロネには人間達をルート通りに目的地まで誘導する、人間のリーダー格を務める屍兵の操作。

 シオンには現在クロネとシオンがいる廃工場にて《認識操作》と《幻術》を発動することによって、《悪夢》と人間に目から逃れるための安全地帯(セーフティゾーン)を作ってもらっている。

 

 そして俺がなぜそんな呆れたような溜め息を出していたと言えば、俺が指揮していた屍兵のやらかしたことである。

 俺の操る屍兵はこの地区の人間が集まった施設のすべてに同時に襲撃をかけた。その中のひとつ──クロネから報告があった、俺達の動きに勘づいている奴らがいる場所の醜悪人や醜小人が俺の予想だにもしなかった行動に出たのだ。

 

「あいつら、屍姦なんてするなよ…………」

 

 まさか人間の死体を犯すとは。しかも頭が胴体と泣き別れして首から血が吹き出す死体を、だ。全く、チンコ突っ込む穴があれば何でもいいのかよ。所詮は畜生だな。

 まぁ、《傀儡屍兵》特有の屍兵を俯瞰する視界になれなくて制御を手放した俺が悪いんだけれどもね。やっぱり使える事と使いこなす事は別物だと理解しました。

 

 あとは──。

 

「なんか感動的な展開が繰り広げられてるなぁ」

 

 クロネが忍ばせておいた屍兵の近くの高校生達が何やらドラマみたいな展開が起こっている。声を極限まで小さくしており、なおかつ他の人間は俺の操る屍兵を注視しているから気付いていないが、クロネの《死の支配者》によって全ステータス及び聴覚などの五感が強化されているため、醜豚人の耳にはその会話が筒抜けである。

 

 というかあれ、ウチのクラスメイトじゃね? 進藤俊哉に篠宮怜奈。たしか陸上部のエースにマネージャーだった気がする。そのうえ美男美女と来たもんだ。もしこの世界線が漫画だったら間違いなく主人公クラス張ってる二人だろうな。そこに昔結婚の約束をしたみたいなヒロイン格が登場してきて──みたいな。

 

 おっと話がそれた。

 にしても進藤の行動はさっぱり理解できないな。まさか自分の命を犠牲にしてでも他人を助けにいこうとするとは。自分の命こそが一番大事、その他の有象無象はどうでもよろしいが俺の考え方なんだが──まぁ、正直言って不愉快である。

 反対に篠宮の考え方は俺の考えに近い。行動理念が他人のためというのが違う点であるが、それでも自分の命を無駄に危険にさらさないというのは共感できる。あんな化け物に歯向かったところで勝機はゼロ、助けられたとしても醜豚人の棍棒で頭がポポポポーンするだけであるし。まぁ、「さっさと逃げないとこうなるぞ」という見せ付けも終わったため、殺す気は微塵もない。それ故この押し問答は無駄以上の何物でもないのだが……そんなことは知ったこっちゃないよな。

 

 彼女の言う通り自分達はヒーローでも神様でもないのだ。何でもかんでも助けるようなことはできないし、自分の思っていることが何でも叶うわけでもない。もし叶うんだったら俺はシオン達と異世界転移してスローライフ送ってるわ馬鹿たれ。

 故に優先順位をつける必要がある。進藤にとっては妹の命、そして俺は──俺及びシオン達の命。

 そのためには《夢幻迷宮》の発展が不可欠であり、そのためには発展に必要なDPをかき集める必要がある。だからこそ──。

 

「追撃の一手を開始せよ、屍兵」

 

 俺は屍兵に新たに指令を下した。

 

◼️ ◼️ ◼️

 

「ぶぉぉぉぉぉ──!!」

 

 豚面の怪物が一吼えし、体育館の床に棍棒を叩きつける。轟音が体育館の中を席巻し、そしてしれに負けないような爆音を立てながら一歩を踏み出す。床の木々がへし折れ、醜豚人の足が埋まるもののそれを意に介さず、奴は進撃する。

 それはまるで『次はお前たちだ』と宣告するようで──。

 

「──逃げるぞ!!」

 

 その時俺の側にいた、20代前半ほどの男性が叫ぶ。

 

「このままいれば次に殺されるのは俺達の番だ! 逃げろ! 逃げなきゃ死ぬぞ!! 死にたくなかったら全力で走れ!!」

 

 その声は醜豚人の進撃に負けない声量で、避難してきた人間の耳に入る。死にたくない、あんな風に死にたくないという恐怖が絶望を上から塗り潰し、避難民達の足を必死に動かす。

 そして全員が一気に入り口に殺到した。醜豚人に破壊された入り口と、同じ方向にある出口を除くふたつに彼らは走り、誰もが誰よりもこの危機的状況から脱したいというその思いのみで足を全力以上に動かす。

 

「ぎしゃしゃしゃしゃ!」

 

 背後から醜小人の嘲笑が聞こえる。死から逃れるために足掻く人間達にすべては無駄だと告げるように。

 俺達の後ろで誰かの悲鳴が聞こえる。恐らく誰かが切りつけられたのだろう。しかし背後を振り返っている暇はない。自分の手には守るべき妹がいて、自分の横には共に逃げる友人がいるのだから。

 

「周りに化け物はいない! このまま一気に走り抜けるぞ!!」

 

 逃げる俺達の先頭で顔もわからない男性が力強く叫んだ。

 都合のいいことに俺達が来たときと同じく周囲にも、俺達が逃げる先にも怪物の姿は見受けられなかった。

 

 ──おかしい。

 

 俺の頭に懸念がよぎる。もし自分達を一ヶ所に集めまとめて殺すつもりだというのなら、学校からの逃走路は全方位しているはず。否、包囲していなければおかしいのだ。俺達が現在そうしているように逃走してしまったら、体育館のような避難場所に人間を集め、皆殺しにするというメリットを台無しにしてしまう。

 俺達は俺達を体育館に誘い込んだ化け物は人間と同程度の知能を持つと予想していた。ならなぜ逃走可能なルートを用意している?

 

 ──この襲撃自体が奴の想定していないものだったとしたら?

 

 ならば色々と納得が出来る。

 学校周辺に俺達を逃がさないための包囲網を形成していなかったのも、逃走に適切なルートが残されていることも。

 適切な逃走ルートが用意されているということはそれ即ち学校に来ることも容易だということ。そして道中も安全が完全に確保されている──先頭を走っている男性が安全なルートを見極め、俺達を誘導してくれているからかもしれないが──ことから奴はまだ人間をあの場所に誘導するつもりだったのではないか。

 

 なら今回の襲撃は一体なんだ?

 ……考えられるのは部下に置いている奴の独断専行。または奴とは別の同格が集まっている人間達の存在に気付いて襲撃を仕掛けてきたか。

 どちらにしろ敵側も一枚岩ではない。出来ることなら敵同士で潰しあっていて欲しいところではあるが、今はこんなことを考えている余裕はない。

 

 俺は刹那の手を引きながら走っているため決して全速力というわけではない。篠宮も決して運動が得意と言えるようなタイプではないため、俺よりも少し前を走っているほどであり、俺達はあそこに誘導されていた人間の中でもほとんど最後尾に位置している。

 

 そしてそれを追いかけてくる化け物達の動きはひどく鈍重だ。豚顔の化け物は俺達に比べ歩幅も大きいはずだというのに、その取り巻きである醜悪な顔を持つ小人たちとほぼ同じ速度で追ってきている。

 間違いなく全身にある脂肪のせいなのだろうが、ならば何故自分達を追跡する役割がこの化け物なのか。

 今回の襲撃を行った奴の知能が低いのか、それともこの種類の怪物しかいないのか。そんなことはどっちでもいい。ともかくここはなんとか逃げ切らなければ。

 

「きゃぁぁぁぁ──!!」

 

 後ろから悲鳴が聞こえる。その直後にぐちゃりという水音。一人の人間がただひとつの肉塊になってしまったのだと理解するには十分すぎた。

 

「おにいちゃん、助けてあげてよ……!!」

 

「刹那──!」

 

 俺の手を握る小さな手に更に力が込められる。視線をそちらに向ければ今にも泣き出しそうな妹の顔がそこにはあった。

 ──俺だってできることなら助けたい。

 そうだよ。本当なら助けたいんだ。それでも俺にはお前がいるんだよ。俺が今無謀にもあの化け物たちに挑んでいって勝てる要素がどこにあるっていうんだよ。

 俺が何かの武術や格闘技でもやっていればその可能性はあった。それでも俺がやっているのは陸上。そんな荒事とは無縁の部活であるし、喧嘩をしたことだってほとんどない。

 そんな俺が向かっていて勝てなんて無謀にも程がある。あの化け物達を倒せなんて不可能だ。それに俺が目の前で死んでしまえば刹那は心が壊れてしまうかもしれない。そんな愚行──犯せるわけがない。

 

「お願い……おにいちゃん!」

 

 ──それでもどこか吹っ切れた自分がいた。

 それは刹那から見た俺の姿だ。他人を見捨て、自分の命を優先する。確かに生き延びるという点ではこれ以上ない正しい行いだろう。それでも人間としては?

 助けられたかもしれない人々を切り捨てて逃げることが正しいのか? 助けられる可能性があるのならば助けにいくのが人間として──そして妹に胸を張れるような兄の行いとして正しいのか?

 

 ──正しい、わけがない。

 

「……篠宮。刹那のこと頼む」

 

「ちょっと進藤くん!?」

 

「おぉぉぉぉぉ──!!」

 

 俺は刹那を篠宮に預け、反転。今にもナイフを突き立てようとしていた醜悪な小人の顔面を蹴り飛ばした。骨が砕ける音がした。それは小人の顎の骨が砕けた音だったのか、それとも俺の足の指の骨が折れた音だったのかはわからない。アドレナリンが大量に放出されているからか痛みが鈍かった。

 

「ぁぁああああぁ──ッッ!!」

 

 突如としての反撃、玩具が突然自分達に抗ってくるという事実が信じられなかったのか呆けたように固まっている。

 正直、ありがたいことこの上なかった。

 俺は蹴り抜いた化け物の顔面を更に踏む。何度も何度も踏むと次第に水音が響いた。それでも関係なく踏む。化け物の命が消えるまで幾度も幾度も。

 ──そんなことを繰り返していたときだ。

 

『経験値の取得を確認。

 経験値が一定値に到達。

 シンドウ・シュンヤのレベルが1から2に上昇。

 職業経験値の取得を確認。

 一定条件の達成を確認。

 称号《最速の英雄(アキレウス)》《勇者見習い》を取得。

 能力熟練度が一定値に到達。

 固有能力《無限加速》《英雄》《疑似不死》を習得。

 能力《蹴術Ⅰ》《韋駄天Ⅰ》《勇者見習いⅠ》を習得。

 ステータス値、SP、JP、MPの取得を確認』

 

 そんな声が頭の中に響いたのは。

 

◼️ ◼️ ◼️

 

「テュフォン、転移頼む」

 

『うん』

 

 俺が豆狸が変化した連絡用のアイテムに向かって言うと、即座にテュフォンが転移してくる。いつもならば陽気な彼女が短く答えたのは、俺の並々ならぬ雰囲気を察しての事だろう。

 彼女が俺の手を握り、仮拠点である廃工場に転移する。

 

「テュフォン、フランとラルルを迎えに行ってくれ」

 

「いいの? まだ誘導が済んでないけど」

 

「いい。緊急事態で今はそんなことをやってる場合じゃねぇ。早く」

 

「わ、わかった!」

 

 緊急事態という言葉が彼女を急かし、彼女は転移する。

 

「……イツキくん? 何があったの?」

 

「……詳細はまだわからねぇ。だからわかるだろう奴に聞く。シオン、クロネ。まず起こらねぇと思うが戦闘が行えるように準備だけはしておいてくれ」

 

 ──落ち着け、俺。

 リーダーである俺が慌てふためいてしまえば、俺の仲間である彼女達まで慌てることは必至。確かに想定外の事態だった。この事態を招いた奴に対する怒りで目の前が真っ白にもなったし、今も怒りが消えていないわけでもない。

 それでも俺は冷静にならなくてはいけないんだ。そして対処法を練り上げる。

 

「イツキ、なにがあったん? 緊急事態や聞いたけど」

 

「ともかく皆、念のために戦闘体勢を。──ラズーア、見てんだろ? 出てきてくれ」

 

 ──瞬間、空間が歪む。それは黒い渦潮のようで、その中から天使のような白い衣装を纏ったビスクドール──《執行者》ラズーアが出現する。

 それに俺とラズーア以外の全員が動いた。シオンは即座に《幻術》を展開し、クロネは俺を庇うようにして白骨の壁を作り出し、フラン達戦闘型悪夢は俺の前に立ちふさがり、各々がラズーアに向けて武装を向けた。

 

『──随分ト熱烈な歓迎デスね。イツキ』

 

「俺の心を常に読んでるんだったら、こうなるのも当然だったとは思わないか? なぁ?」

 

『……』

 

「──《最速の英雄》という称号に《英雄》という固有能力。お前が知らないわけないよな?」

 

 《最速の英雄》とは《英雄》の素質がある者のなかで最も敏捷値が高いものに与えられる称号で、敏捷の上昇値が倍加するという効果を持つ。

 そして《英雄》という固有能力は『世界を救うことを義務付けられたものに与えられる能力。《悪夢》に対する与ダメージ補正(特大)。加え《世界怨敵(ワールドエネミー)》との戦闘時全ステータスに向上(特大)。ステータス上昇値・経験値・職業経験値・能力熟練度取得量に補正(特大)。なおこの能力は《世界怨敵》は取得できない』というチート能力。

 しかしこの能力には見過ごせない点が二点ある。

 一点目は《悪夢》に対する与ダメージ補正及び《世界怨敵》との戦闘時に全ステータス向上という能力の効果。

 二点目は《世界怨敵》は取得できないというもの。

 

 ──《世界怨敵》というものが何に対応するかというのはわかるだろう。この世界から見た侵略者及びそれに協力する者──つまり《執行者》であるラズーア達と俺達《悪夢の綴り手》だ。

 それに対する与ダメージ補正に全ステータス向上、そして俺達は取得できないときた。

 つまりこの能力は《悪夢の綴り手》に対抗するための能力。俺達をぶち殺すために考案されたとしか考えられない能力なのだ。

 

「だから聞きたいんだよ、ラズーア。お前達《執行者》はこの能力がある事を最初から知っていて、あえて見逃したのか? だとしたらそれは何のためだ? お前が俺の事を《協力者》だと言ったことは嘘だったのか?」

 

 もしラズーアの目的がこの世界の侵略であり、俺達を《協力者》に選んだというのならこんな固有能力を残しておくことはなんの得にもならない。それどころか目的を妨げる目の上のたんこぶだ。

 そんな能力が今、発現してしまっている。《悪夢の綴り手》の天敵である《英雄》がこの世界で産声をあげてしまっている。

 

「俺はお前が信じられないんだよ。お前は俺の味方なのか、それとも敵なのか。判断がつかねぇんだ」

 

『──コれは全て私達《執行者》の落ち度デス。我々はこの世界を、我々の世界に書き換えるためにステータスや能力というシステムを世界に適用させタ。その段階デ《英雄》及びソレに類する称号は完全に排した……ハズだったのデス』

 

 本当なら人間側にはステータスを適用させない、というのが良いのだろうが《協力者》達は全員人間を元にした《悪夢の綴り手》であったがゆえに人間が取得可能な能力を排除することはできなかったらしい。しかし固有能力であるならある程度の数ならば排除は可能らしい。

 《協力者》はある程度システムに関する情報は閲覧可能なため、そこで得た情報だ。それによって取得する能力の詳細を《鑑定》なしに見られたり、進藤に《英雄》が発言したときにそれを確認することができたのだ。

 

「つまり……お前達は決して故意に《英雄》を残したわけではないと?」

 

『ハイ。我々に類スル敵対勢力が暗躍しているようデ、完全に想定外の事態デス。ソレが我々《執行者》の中に紛れ込んでいるのか、それとも外部から干渉しているのか、未だ不明デス。現在、我々はコレ以上の《英雄》取得者を増やさぬため、そしてシステムに干渉した者の特定を急いでいマス』

 

「なら……これ以上《英雄》取得者が増えることはないんだな?」

 

 ラズーアは首肯した。

 ……なら俺がとやかく言う必要はないか。

 

「悪いがそれと平行して日本国内にいる《英雄》取得者の情報も集めてくれ。さしあたっての強敵は把握しておきたい。それに関しては…………まぁ、現場の俺達が頑張ろう。確実に英雄を殺すため長い目で見てもらうことになるが……構わないな?」

 

『無論デス。しかし我々はしばらくその作業にかかりきりになってしまうため、瞬時にそちら側に行けなくなりマスが……』

 

「別にいい。それよりもこれ以上《英雄》をばらまかれる方が迷惑だ」

 

 それでは失礼します、と言ってラズーアの周囲の空間が再び捻曲がり、ラズーアは虚空に消えていく。それを見送ったあと俺は深く溜め息を吐いた。

 

「……イツキ、大丈夫?」

 

「大丈夫じゃねぇ…………」

 

 ──現在ラズーアはシステムに干渉してきたクソ野郎の特定及び、二度と干渉を許さないためのメンテナンスに忙しい。それに加えて俺が日本国内にいる《英雄》の特定まで頼んだもんだから、《執行者》達は修羅場を迎えている頃だろう。

 なら好き勝手言っても問題ないよな?

 

「あぁぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉ──!!」

 

 正直限界だった。頭プッツンだった。今までシオン達の前で冷静だった俺自身を誉めてやりたい。でももう無理だ。

 

「経験値取得量その他もろもろに特大補正に《悪夢》陣営全てにダメージ特攻! それだけなら不意討ちとかでどうにかできんのに、《最速の英雄》のおかげで敏捷値が伸びまくって攻撃が当たらねぇ! 加えて《疑似不死》のおかげでただ攻撃をぶちこむだけじゃ殺せねぇ! しかもあっちはほぼノーリスクで仲間を増やせるとか!! それにこっちは《英雄》もそうなのに野良の《悪夢》も相手にしなきゃいけない上に《協力者》だって味方かどうか判断つかねぇ!! 馬鹿じゃねぇの!? なんでこんな状況になってんだよ!! こっちはシオン達とそこそこの生活をしながら生きていたいだけなのに! クソが! お前生存罪で死刑なってか!? やかましいわてめぇが死ね!!」

 

◼️ ◼️ ◼️

 

「うわぁ……イツキ、すっごい荒れてる」

 

「荒れたくもなるわこんな状況やったら……」

 

 目の前で荒い息を吐いている威月を横目に、彼の仲間達は彼と同じくらいに深く溜め息を吐いた。

 それは彼の思いを知っているがゆえだった。

 彼は別に好きで《悪夢の綴り手》になったわけではない。ただ自分が何事もなく平穏に明日を迎えられればそれでよかった。しかし自分が強制的に《悪夢の綴り手》になってしまったことで状況が一変した。

 

 自分が戦いを望んでいなくとも周囲が戦いを間違いなく仕掛けてくる。だから彼は致し方なく防衛するための戦力を整えた。シオンの能力によってまず本拠地に辿り着けず、辿り着いたとしてもクロネの骨の壁によって完全な要塞を完成させ、それでも侵入してきたのならフランやラルル、テュフォン達で殲滅すればよかった。

 

 そんな状況にならないために威月が住む都市内の学校に《悪夢の核》を仕掛け、そこに人間を集め保護することによってDPをほとんどノーリスクで回収する手段だって構築した。

 

 だというのに進藤俊也という《英雄》がその状況を根本からひっくり返した。

 《英雄》という強大な戦力を得た人類は希望を持ち、現在の状況を打破しようと《夢幻迷宮》の攻略に乗り出すだろう。そしてその対象には今まで彼らを保護しようと動いていた彼も当然のごとく含まれる。

 おまけにその敵は《疑似不死》持ち。特定の弱点を突けば一時的にその能力は効力を失うものの、充分に凶悪な能力である。

 

 ただでさえ人類を敵に回すというだけでも彼のストレスはマッハだった。そこに圧倒的な力を持ったスーパーヒーローが現れたなど、高校生のキャパシティを超えている。

 

「──大丈夫よ」

 

 ならばどうすればいいか。

 それを五人は知っていた。

 

「あなたは一人じゃない。私達がいる」

 

 ──彼が頭を悩ませるのであれば自分達も同じく頭を悩ませよう。

 ──彼が勝てない敵がいるのであれば自分達も一緒に打ち倒そう。

 

 一人だけで背負えばいい荷物でも、五人で背負えばきっと軽くなるはずだから。

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