──もう夜の10時に差し掛かろうというのに、この歓楽街が眠ることはない。毒々しいネオンサインがギラギラと光り、笑い声を響かせながら不夜城を歩き回る人々を照らしている。
そのほとんどが成人を迎えたであろう人々ばかりで、スナックやバー、クラブなどに足を踏み入れていく。そんな大人の群れのなかではパーカーにジーンズというラフな格好はひどく目立っているであろう。チラチラと奇異の視線を向けられ、それが鬱陶しくて堪らない。
『ひどい街ね。夜は
「ん、そうだな。あと1週間くらい待ってくれ」
耳元の骨を象ったイヤリング──餓者髑髏であるクロネが《変化》によって姿を変えたものだ──が揺れ、俺の脳に直接語りかけてくる。そんな物騒なことを言い出した彼女に俺は宥めるように言いながら人々を物色していく。
なるべく罪悪感を感じないクズ野郎かつ、一週間以上失踪してもなんとも思われないであろう人物──んー、なかなか難しい。一週間以上失踪してもなんとも思われないであろう人物なんかは簡単なんだ。ホームレスでも狙っておけばいいんだから。でも最初の条件──殺してもなんとも思わないクズっていうのがなかなかに難しい。
目に見えて『自分はクズ野郎です』と認識できる人間がいないのだ。犯罪履歴があるとか、そんな人間が最もいいんだがそんなのは見ただけではわからないし。くっそ、やっぱり《鑑定》でも取得しておくべきだったか。
にしても──やっぱりこういう場所は嫌いだな。
俺は元々夜は静かに過ごしたい主義の人間だ。学校から帰った後にゲームをしたりはしているが、日が沈んでからは買ってきたライトノベルを静かに読んだり、シャープペンシルが紙の上を走る音だけを響かせていることが好きな。何気に夜空を無心で眺めるのも好きだったりする。
故に理解できないのだ。
夜の渋谷に集まってワールドカップなんかを観戦して、わーわー騒ぎたいだけ騒いで人様に迷惑をかけていく腐れパーティーピーポー共の気持ち──そう、この歓楽街でゲラゲラ下品に笑って歩いていくような人間の気持ちが。いや、理解したいとすら思ったことがない。
この煩わしい害虫共をまとめて吹き飛ばせたらどれ程気持ちがいいだろうかと考えたこともある。そこだけで言えば、俺はクロネと同意見だった。
──そんなことをしている人間は社会不適合者だ、などと罵るつもりはない。そんなことを言ってしまえば殺人の練習をするための相手を物色するために街を歩いている俺の方が社会不適合者だろう。ただただ、俺がクソウゼぇなと思っているだけなのだから。
『イツキくんって人を殺すのに抵抗がないの? 正直、もう少し躊躇うかと思っていたけれど』
「ん……別に、かなぁ」
──俺だって不思議なのだ。最初は自分が生き残るためなら人を簡単に殺せるだろうと言えはしても、実際に殺ろうとすれば怖じ気づくかと思っていた。だというのにいざ行動に移してみればこの通り、全く忌避感もなく獲物を物色している。
それ以前に自分は犯罪行為──快楽目的の意味のない行為は除く──にあまり抵抗がある方ではなかった。例えば食べ物を盗まなければ家族が飢えて死んでしまうというのであれば盗んでもいいのではないかと考えるし、家族を殺した人間が刑務所から出所しのうのうと生きているのであればぶっ殺したっていいといったものだ。
要するに『情状酌量の余地あり』と思えるような理由があるのであれば、俺はそれらの行為を犯した人間を軽蔑しない。
──まぁ、この考え方が世間一般で見ればおかしいことは承知しているため公言はしなかったが。
あとこの考え方でもいいのではないかと開き直れるようになったのはここ最近──といいよりはラズーアの《協力者》に選ばれ、《悪夢の綴り手》となってからだが。やっぱりあの職業って保有者の倫理観を変化させる効果もあるんだろうか。それともそれらしい大義名分を得たお陰で鳴りを潜めていた俺のサイコパス的な性格が表に出てきたのか。
どっちにしろどうでもいいが。大事なのは人間を殺す際に躊躇しないことだ。躊躇ったら警察に通報されてブタ箱の中だ。能力のお陰で脱出はできるだろうが、嫌に目立つことになるのでごめん被りたいところである。
「……ん?」
ふと、俺の耳に入ってきたのは声だ。
常に発動させていた《聞き耳》で強化された聴覚でやっと聞こえるほどの小さな声。しかしそれは辺りに満ちているのような、喜びの声ではなくむしろ対極的な──悲鳴というに相応しい女の声。それよりも遥かにか細く、へらへらと不快感を煽ってくるような物が聞こえてきて、それは3人ほどの男の声だ。
歓楽街で女の悲鳴、それにその近くから聞こえる下衆な男達の声……これは、やっと見つけたと思っていいかもしれない。その女には悪いが──俺は自分の口の端が禍々しく歪んだのが理解できた。
「──見つけた」
文字通りのクソ野郎共を。
女の苦し気な声が俺達がたむろ場にしている地下のライブハウスに席巻する。
様々なパーティー用のグッズが備え付けられているここは、正確に言うのなら元ライブハウスというべき物で現在は壁紙がボロボロになってしまっている。そんな潰れてしまい、ろくな保存もされずに放置されたライブハウスになど誰も立ち入らないため、俺達のような不良の絶好の溜まり場になっている。
「にしてもまさかこんな上物が釣れるなんてな」
「だな。まさかこんな街に来ておいて、俺達みたいなのにホイホイついてくる不用心な奴がいるとは思わなかったよ」
はははっ! と俺──
それは当然と言えよう。何故なら俺達は女を犯しているのだから。
潰れたライブハウスなんかでヤっていることからお分かりかと思うが、このセックスは強姦だ。女の精神に大きな爪痕を残し、2度と性交が出来なくなってしまうかもしれない。日本の法律だってこの行為を禁じてはいる。
しかし──そんなことはまるで関係なかった。
俺達が俺達が気持ちよくなれればそれでいい。女を犯したくなったら三人で無理矢理捩じ伏せて、その間に性器をぶちこんでやればいい。今までそうやって何度も繰り返したことなんだから、警察官が巡回しないような時間に経路は知り尽くしている。今さら捕まるようなヘマはしない。
「あぁ──もう出るわ」
「さっさと代われよ。俺だってさっさとヤりてぇんだから」
「わーってる。もうちょっとだから」
「いやぁ! 誰か! 誰か助けて!」
「はぁ……無駄だって、そんなに叫んだってよ。ここは元ライブハウスだったお陰で防音設備は完璧な上に、こんな廃れた場所に来る物好きなんていやしねぇ。よくわかっただろ、これは教育代だと思って受け取っときな」
ここは歓楽街のなかでも治安が悪い方に入る街だ。
ここに訪れる人間のほとんどが欲望のままに暴れまわることを望む人間が集まる。そんなところで知りもしない異性に話しかけるなどという行為は女にとっては自殺行為に近い。現に俺らみたいなのに捕まって犯されているんだから、これでこの名前も知らない女もよくわかっただろう。
さて、百屋根が出そうって言ってるしそろそろ代わってもらおうかね。
──その時だった。
「「「────ッッ!」」」
ライブハウスの扉が大きな音を立てて開かれる。
突然の来訪者。もしや俺達がこの女をここに連れ込むところを警察官に見られてしまっていたのか。そんな危機感が身体を駆け巡り、俺達3人の視線がそこに向けられると──そこには一人の男がいた。
俺達と同年代──高校生ぐらいだろう。男にしては少し長めの、目に掛かろうかという黒髪に黒瞳。なんの変哲もないジーンズにTシャツ、黒のパーカーに骨を象ったようなイヤリングというその格好は如何にも『少し背伸びして不良っぽく振る舞ってみました』と言わんばかりだ。
俺達のように髪も染めていないし、学校では優等生とはいかないまでも俺達のような不良とは縁遠い生活を送っているのではないだろうか。そう思わせるような容姿だった。
だが──奴は俺達を見て、口角を歪める。それは前言を容易く撤退させるような禍々しい笑みで、容姿こそ一般学生の物ではあるが思考は間違いなくこちら側の人間だと思わせるような──否、それこそ俺達のような犯罪者と同じような物を感じさせてくれる。
「おいおい、随分楽しそうなことやってるな。良かったら俺も混ぜてくれないか?」
「ひっ……!?」
彼の言葉に犯していた女の口から悲鳴が小さく漏れた。もしかしたら自分を助けてくれるのではないか──そんな一縷の望みが見事に断たれた形になってしまった。これがわかっていて、彼はわざわざ口に出したのではないか? そうだとしたらとんでもないクズっぷりだ。
「は? なんで、話したこともない奴なんかにそんなこと──!」
だが、彼に噛みつくのは宇治野当真だ。こいつはひどく短気であり、自分の所有物に他人が触れることを嫌う友人ながら非常に厄介な性格をしている。それが彼の乱入に対していい気をもたらさなかったんだろう。
しかしそんな彼の高圧的な態度に彼はへらへらと笑って言う。
「おいおい、良いのか? そんな口を利いて。
まだそこの女をレイプしてない俺は清廉潔白。ここでお前らの行為全部を警察に電話しようが俺としては全く不利益を被らねぇって訳だ。……俺の言いたいこと、わかるよな?」
その言葉に俺達は怯む。
そう、彼はまだ俺達のように犯罪行為に身を染めたわけではない。ここで彼の言う通り、この行為を正義感に駆られるままに警察に報告し、俺達を引き渡そうが彼が罪に問われることは全くない。この場限りの性欲を暴走させた結果、警察に逮捕されるリスクを背負うよりはそちらの方がよっぽど建設的であると言える。
それに引き換え俺達はレイプしているところを現行犯で確認された。今さら逃れることなど不可能で、俺達が警察に逮捕されその話が学校や親にまで言ってしまっては──言い逃れのしようもない。これから何十年と続く人生は現在犯してしまった罪によって滅茶苦茶になってしまう。
しかし、彼は自分にもその女を犯させてくれれば自分達の事を見逃すと言っている。この一瞬のための快楽か、その後に続いていく人生か。どちらを取るべきかは確定的に明らかだ。
「わかった。貸してやるよ。百屋根」
「ちっ。──1発だけだからな」
「ありがとう」
百屋根が女の膣から愚息を引き抜いた。しかし俺達は女が逃げ出さないように全身で彼女を押さえつけたまま、彼が女を犯し終わるのを待つ。
だが、彼は女の前に立つと、何でもないように「あぁ、そうだ」と呟いた。
「お前ら『身体が燃えている』が大丈夫なのか?」
「「「は──?」」」
何を言っているんだと俺達は自分の身体を、そして彼らの身体を視界に収める。すると信じられないものが視界に入った。
紅蓮の炎が自分達の身体を焼き尽くさんとしている、その光景を。自覚したことで発生する身体が皮膚を、肉を焼き焦がしていく痛みが全身に襲いかかってくる。
「あぁぁぁぁ──ッッ!」
「あづい、あづいよぉッッ──!!」
「て、でめぇ、何しやがっだぁ!?」
呼吸をする度に炎が口の中に入り込み、喉を通って身体の中を焼き尽くしていく。いくら転げ回って炎を消そうとしても炎は消えてくれず、俺はなんとか持ってきていた水筒にたどり着き、その中身を身体にぶちまけても──炎が消えてくれない。
「ぢぐじょう、なんなんだよ、なんなんだよっ! なんで、俺がごんなごとにぃぃぃ!」
「──因果応報って言葉、ご存知?」
転がり回る俺を奴は見下して、女を犯そうとしていた時とは比べ物にならないほどに禍々しい笑みを浮かべる。その瞬間に理解した。
こいつは女を犯せるから笑っていたのではない。俺達を殺せる絶好の機会だと思ったから──笑っていたのだと。
「女性を無理矢理犯していたクズ共だ。まさか、死に方が選べるとは思ってねぇだろう? 存分に痛みを味わって死んでいけ」
俺達から視線を離して、女に近づいてぼそぼそと何かをしゃべったかと思いきや、女は何かに駆られたようにライブハウスを飛び出していく。その瞳は焦点を失い、まるで──催眠にもかけられているようだった。
「さて、いつまでも燃えているのも可哀想だろう。今、解放してやろう」
奴の掌から飛び出したのは──骨だ。鋭利な槍を思わせる、その白い骨が眼球に突き刺さったとき──俺の意識は闇に飲まれた。
──眼球を貫き、脳漿に突き立てた骨の短槍を引き抜く。そして同時に大きく溜め息を吐いた。
「お疲れ様、イツキくん」
「……お疲れ」
「あぁ」
俺の着ているパーカーとイヤリングの《変化》が解け、扇情的な装束を纏ったグラマラスな美女と、骸の騎士に抱き締められるように白骨の椅子に腰かけている幼女──シオンとクロネが実体化する。
彼女らと俺はライブハウスのボロボロになってしまった床に転がっている3つの死体を見下ろしている。死体は全身の体毛も皮膚も焼き尽くされ、残っているのは炎で焦げた筋肉や眼球のみという見るも無惨な格好になってしまっている。少なくとも《悪夢の綴り手》となる前までにこの死体を見ていたとしたら間違いなく嘔吐してしまっていただろう。それほどに凄惨な死体だった。
──だというのに、
「何も、感じないな」
俺の目の前で3つの命が消えた。俺が3人の人間を葬り去った。だというのに、俺の胸に巣食っているのは夏に鬱陶しい蚊を潰したような感覚と、『使える兵力を得た』というまともな人間だったら絶対に抱かないだろうものだ。罪悪感や興奮などは微塵も感じない。
「感じない方が精神衛生上いいんじゃないの?」
「まぁ、そりゃそうなんだけど」
女性をレイプするなどという人として最低な行為を行っていた人間共だ。殺したところで罪悪感などは感じたかわからないだろうが、嘔吐するなりするかと思ったんだが──人間を『同族』ではなく、『一個の生物』として見れなくなったからなのか、そんなものは微塵も感じない。恐らくは全身が焼けたことによって、血が溢れ出ていないからかもしれないが。
感覚としては港で丸ごと売られている魚などを見た心境と同じようなものだ。
それにしても──、
「変死体の見本って言えるくらい綺麗に仕上がったよな。これ、警察官が見つけたら頭抱えるぞ」
奴等が転がっていた床どころか、彼らが纏っていた衣服すら焦がさずに彼らの肉体だけが燃えている奇妙な焼死体が完成しているのだが、勿論俺もシオンもクロネも炎を使えはしない。
ならば俺が何を使ったかというと──シオンの能力である《認識操作》《幻術》《催眠術》、そして止めを刺したクロネの《魔力生成・骨》を俺の《能力賃借・悪夢》で一時的に借りて、使用したのだ。
からくり的に《催眠術》によって彼らの身体が燃えていると勘違いさせ、自身の身体を見たタイミングに合わせて《認識操作》と《幻術》でその勘違いを煽り、身体が燃えている感覚を脳に直接送り込んだ。
──プラシーボ効果とよく似たものでノーシーボ効果というものがある。
思い込みによって良い効果が現れる──本来は薬効を持たない薬を投与したにも関わらず、病気が快方に向かったり治癒に成功するというのが例としてよく挙げられる──のがプラシーボ効果、逆に悪い影響が出るのがノーシーボ効果であるのだが、呼称はどうでもいいのでこの辺りにしておくとして。
──こんな話がある。
第二次世界大戦中のオランダにて、死刑囚を使ったとある実験が行われた。
それは『人間は体重の約10%の出血によって死亡するというのが本当かどうかを試す』というもので、その死刑囚は目隠しをされた状態で両手両足を縛られ、台の上に固定。足首を切って徐々に出血させていくという方法だったのだが──実際はほとんど出血などしていなかったのだ。
詳細な話は省略して大雑把に話すが、死刑囚が自分の血管から零れていたと思い込んでいたのはホースから出る微量な水で、死刑囚にわざと聞かせていた出血量の報告もすべてが出鱈目。この実験は死刑囚に自分の身体からどんどん血が溢れ出ていると勘違いさせるために作ったセットだったのである。
そうして死刑囚は自分の出血量が致死量を越えたと勘違いさせられ、命を落としたらしい。
まぁ、それは『通常時では考えられない特殊な環境下での、尋常ではないストレスによるショック死ではないか』という否定的な意見も出てきているんだが──実際に身体が燃えていると思い込み、全身に大火傷を負っていく様を見れば、ストレスで死亡説はひっくり返されたと思ってもいいかもしれない。
俺の視点で見てみれば訳もわからず悶えだし、火傷を負っていって、なんやかんやあって死ぬ一歩手前までいったからな。さすがに途中で見ていられなくなって直接止めを指してやったけど、シオンが同じ方法で能力を運用したのなら俺のような半端なことはしまい。
人間を言葉によって幻影の世界に閉じ込め、そこでその悉くを屠っていくだろう。
『経験値の獲得を確認。
経験値が一定値に到達。
ヒムロ・イツキのレベルが1から5に上昇。
職業熟練度が一定値に到達。
《密偵》のレベルが1から2に上昇。
一定条件の達成を確認。称号《人殺し》を獲得。
能力熟練度が一定値に到達。
能力《殺人術》《急所突き》を獲得。
ステータス値の上昇、SP、JPの取得を確認』
おっ、レベルアップの通知。
にしても人間を殺害したからか、経験値の延びが半端ない。これなら世界が代わってから人目のないところでやろうとしていた、シオン達《SSレート悪夢》に協力してもらうことによって安全マージン以上の敵を打ち倒し、急速なレベルアップを図る──俗に言うパワーレベリングにも期待が高まるな。
まぁ、出来ることなら不意打ちからの一撃必殺、自分一人だけで倒せそうな敵だったら一人で戦うんだけどね。パワーレベリングの弱点は戦闘経験の少なさから来るプレイヤースキルの低さだ。レベルだけ高くても、本人の戦い方が下手くそだったら足元掬われるからな。
さてと、
「シオン。ここに入る前に掛けておいた認識阻害は?」
「問題なく働いているわよ。能力を貸した後も、賃借者が解除しなければ効果は持続するしね。」
「把握」
ならばここでレベルアップ結果を見ても問題はなかろう。
現在はこのライブハウスに通じる路地裏に入ったとしても、無意識に元々来た道に戻ってくるように認識をずらしている。ここにたどり着ける人間は皆無といっていい。
可能性としてあるのは植物型や機械型の《悪夢》を創造可能な《悪夢の綴り手》だが、一ヶ所に《悪夢の綴り手》を固めるなどと言う効率の悪い手段をラズーア──つまりは《執行者》がそんな愚策を用いるとは到底思えない。
のだが──やはり、用心は必要だよな。
「クロネ、ここに転がってる死体に《傀儡屍兵》を使うついでにそこの扉を骨で塞いでくれないか? 開かないようにしてくれればいい」
「ん、りょーかい」
彼女の腰掛けている椅子の足から骨が新たに生成されると、ボロボロになった床を貫き、ドアにまとわりつく。それらは骨で編み込まれたようにガッチリと固定されているのは火を見るよりも明らかだ。
さーて、俺はその間にステータスの確認でもっと。
名前:ヒムロ・イツキ
レベル:5
種族:人間族
職業:《
称号:《人殺し》
HP:21(+2)/21(+2)
MP:22(+2)/22(+2)
物攻:15(+6)
物防:13(+6)
魔攻:4(+0)
魔防:11(+1)
敏捷:25(+12)
器用:20(+7)
JP:23
SP:18
空き職業数:1
《夢幻迷宮創造》《能力賃借・悪夢》《悪夢創造》《悪夢強化》
能力
《隠密行動Ⅱ》《聞き耳Ⅰ》《目星Ⅰ》《隠蔽Ⅰ》《危険感知Ⅰ》《逃走Ⅱ》《ナイフ術Ⅰ》《応急手当Ⅰ》《身体能力増強Ⅰ》《殺人術Ⅰ》《急所突きⅠ》
《人殺し》……人を殺めし者に与えられる称号。これを取得したとき能力《殺人術Ⅰ》を習得する。
《殺人術》……人を殺めることに特化した能力。人間を対象に攻撃を行った際に攻撃系統ステータス値に微弱補正。レベルが上昇する毎に効果は上昇する。
《急所突き》……急所を攻撃し、《悪夢》及び人間を殺害した際に得られる能力。能力保有者が敵対する者の急所がわかるようになる。既知の敵は的中率100%、未知の敵に対しては能力保有者と敵対者のレベル差及び能力のレベルに効果は依存する。
「おぅ…………」
俺は習得した能力、そして称号を見て思わず溜め息を吐いた。
──いや、覚悟はしておくべきだった。しかし、俺は《悪魔の綴り手》だ。この世界に住まう人間達を悪夢の中へ叩き落とす者であり、精神も《悪夢》側のものへ変質していっているのも把握はできている。
ならば──人を殺したところで罪科能力は習得しないのではないか? そんな考えもあったのだが──そんなことはなかったですね、はい。
いや、人間と事を構える──というか俺が《悪夢の綴り手》として本格的に活動を始めた際に邪魔になる人間を処理しやすくなる面では《殺人術》と《急所突き》はありがたいことこの上ない。俺は暗殺者よりのステータスに能力構成だからね。不意打ち、なおかつ一撃で仕留められる可能性が上がったと言うのなら両手を挙げて喜ぶべきなんだろうが──《人殺し》と《殺人術》は不味いって……。
もしもこの世界に異世界物の定番であり、これひとつだけでチートとまで呼ばれた《鑑定》──名称は異なれど、ここでは相手のステータスなどを閲覧することが可能な能力と定義する──持ちの人間にステータスを見られてしまったらどうなるだろうか?
《悪夢の綴り手》は問題ない。どんな能力を使おうが俺がこの職業に就いているということは、俺がヘマをしない限りはバレることはない。
だが、それは《悪夢の綴り手》及びそれに就いた時に習得した能力に限っての話。俺の今の悩みの種である『わい人殺しやでー』と公言しているこの能力共にはまるで働かないのである。はー、つっかえ。
「はぁ……仕方ない」
俺は《隠蔽》のSPを10ほど注ぎ込み、レベルを3にまで上昇させる。
《隠蔽》は物を隠した際に見つけられ難くなるのも勿論であるが、俺が期待している効果は『ステータスを閲覧されなくなること』である。
《悪夢の綴り手》及び就いたことによって《悪夢》関連の能力は閲覧されないということでどちらかと言えば優先度は低め──《夢幻迷宮》が出現してからでレベル上げは十分だろうと思っていたのだが、罪科能力を獲得してしまった時点で優先度は跳ね上がってしまった。早くレベルマックスである5まで能力レベルを上げなければ、人間との交流がごく限られた人間としか出来なくなってしまうだろう。
残りのSPの内3ほどを《急所突き》に使い、残った5ポイントは温存しておく。SPが5ほどあれば新しい能力を習得することができるからな。いざという時のために残しておいた方がいいだろう。貯蓄は大事だ。
そして13JPを《密偵》に使用することでレベルを2から4にまで上昇させる。そうすることで──、
『熟練度が一定値まで到達。
能力《目星》《聞き耳》のレベルが1から2に上昇』
と、この通り能力熟練度を獲得してレベルをあげることが可能なのだ。といっても戦闘をして獲得する熟練度と比べれば微々たる物であるが。
だが、それだけではない。職業のレベルが上がるとそれに関連する能力──俺の《密偵》でいうところの《隠密行動》《目星》《聞き耳》《逃走》《隠蔽》の効力に補正がかかるのだ。同じ能力レベルであったとしても職業レベルに差があるとその効果が増す──《聞き耳》で例えるのなら聞こえる範囲がより広くなったり、具体的にその音がどこから発生しているのかより分かりやすくなるという具合である。
プロフェッショナルな暗殺者を目指すためには、能力と同様に職業のレベルも上げていく必要があるということだ。しかし、《悪夢》が跋扈していない現在の世界ではレベルを上昇させるための経験値元が非常に少ない。今回のような殺しても罪悪感が湧かない──それは大方俺の精神の方に問題があるが──連中を見つけられる事は非常に少ないだろう。
ぬぅん……一体、どうするべきか。
「イツキ、できたよ」
「ん?」
俺が能力のレベルを上昇させたりしていると、クロネが声をかけてくる。そちらの方を見てみると──そこには人間がいた。状況からして俺が焼死に追い込んだ名前も知らないクズ共だというのは理解できる。だというのに火傷痕はどこにも見当たらず、燃え尽きてしまった筈の元のくすんだ金髪が再生したかにように生え揃っている。
これだけ見れば生きている人間だと錯覚してしまいそうだ。
「これが《傀儡屍兵》か。すっげぇ出来だな。人間と寸部違わねぇぞ」
『《傀儡屍兵》は人間に《擬態》することができる』とさらっとは聞いていたが、ここまで人間の姿に寄せられるのか。某ゾンビ映画に登場してくるゾンビ達とは大違いだ。
これならば人間だと思わせておいて、背後から襲いかかって殺害なんて真似も容易に出来そうである。
「今は動かないようにしてるけど、動かそうと思えば生前の行動と同じような行動をとらせることもできるよ。私が記憶を読み取って直接操ることもできる。ただ死んでいることにはかわりないから、触られちゃったらばれちゃうけど」
「──充分だ」
クロネが言うには、彼女が操作していない状態──分かりやすくオートモードだと生前と同じような行動をとる。そして直接操作するなら、《傀儡屍兵》の元となった人物が決してとらないような行動もとらせることができると。
流石『傀儡』の名前に恥じない能力だ。
これならば背後からの不意打ちどころか、各地に《夢幻迷宮》が出現した後に人間社会に潜り込ませることすら容易になる。そして──俺が思い付いた、容易な戦力確保すら可能になる。
「シオン、クロネ。俺は明日の朝から夕方にかけては普通の人間として活動しなきゃならない。その間に今から俺が言うことをやってくれないか?」
「ええ、それは構わないけれど」
「なに、するの?」
「それは──」
──気付けば、私は電車に乗っていた。
終電のひとつ前の電車ということもあって、乗客の数は非常に疎らである。普段ならば使うことのできない椅子のに腰掛けながら私はふぅ……と大きな溜め息を吐いた。
「誰が……助けてくれたんだろう?」
普段ならば行かないような治安の悪い方に入る歓楽街。そこにある居酒屋で飲み会をして、帰宅途中に道に迷い、道を尋ねたら人気のいない場所に連れていかれ強姦されそうになったことは覚えている。しかしそこにやって来た誰かが、私を救いだしてくれたのだ。
何故か顔や服装を思い出そうとしたりすると靄がかかったようになってしまっている。そして思い出そうとする度に頭痛がして、それが二日酔いのように私を苦しめてくる。私を犯そうとしてきた人間の顔は嫌というほど脳裏にこべり付いているのに、私を助けてくれた人の顔や姿は思い出せない。
体格的には線の細い男性ほどに見えたんだけど、それだけで言ったら数多の男性が対象に入ってしまう。それでも男性でありながら女性を無理矢理犯すことはせず、むしろその行為を忌避し自分を救いだしてくれた人がそうそういるはずがない。
きっと私を助けてくれた人は白馬の王子様──馬には乗っていなかったけどそれは些細なことだ──のような素晴らしい人物に違いない。
「あぁ、出来ることならもう一度会ってお礼が言いたいなぁ」
私──
なお、白馬の王子様と幻想する子は人三人殺してもなんとも思わないサイコパスな模様。