『──素晴らしイ! 素晴らしいデスよ! ヒムロ・イツキ!』
「……もう来たのか、ラズーア」
俺が自分の朝食の用意をしていると、突如として俺の肩の辺りの高さに出現した、白い衣装を纏った喋るビスクドール──《執行者》ラズーアが俺に話しかけてくる。昨日、確かに来ると言っていたから不意打ちにはならなかったが、それでも腹話術もしていない西洋人形がカタカタと身体を動かしながら話しかけてくる光景というのは、二日目ではまだ慣れない。
はぁ、と溜め息混じりを吐く。
そして淹れたコーヒーを啜りながら、俺は彼女の横を通り抜け卓袱台に座って朝食を食べながら彼女に用件を尋ねる。
「それで? 今日は何をしに来たんだ?」
『取り敢えず、キミが私に歯向かっていないかを確認ヲしに来たのデスが……それは杞憂だったようデスね』
「当たり前だ」
初日で味わったあの激痛。あれを警告だと発したラズーアに
それに俺は自分の命が惜しい。俺はまだ17歳、思春期真っ盛りで彼女いない歴=年齢、すなわち17年間童貞を貫き続けた。そんな純潔な命がそんな道半ばで潰えていいわけがないのである。
俺の命1つは顔も知らない人間1000人の命よりも、知り合い100人の命よりも、友人10人の命よりも重いのだ。立場を弁えろ、愚図共め。
『ハハハッ! 素晴らしい、相も変わらず素晴らしいクズデスね! それでこそ《
「…………それ、誉めてるのか?」
『無論デスよ! 人間としては最低最悪のクズであり、究極の利己的主義者ではありマスが、《悪夢の綴り手》としては最上の部類に入りマス!』
やっぱり、罵ってるだろ? いや、自覚はあるから反論なんてしない──というか出来ないんだが。
自分が自己中心的な発想をする人間であることは知っているし、それをどうこう言われようが俺は知ったこっちゃではないのである。自分を犠牲にして他人を助けるという聖人のような発想ができる人間は反吐が出る──などとは言わないが、そんなことをできる人間の頭の中など理解したくもない。
俺から言わせてみれば、自分を犠牲にして他人を助けて喜べる人間など狂人の類いにしか思えない。ただの頭のおかしい集団だよ、アイツらは。
『しかし、SSレートの《
「……それが世界に《
『だからこそ、称賛しているのデハないデスか。《悪夢の綴り手》となり、倫理観が《悪夢》側に染まっていくトハいえ、人であることを捨てられない者も少なからずいるのデス。ワタシからしてみれば、そこまで古き価値観にすがりつくなど理解できないのデスが』
「まぁ、気持ちはわからないでもないけどな」
いざ覚悟を決めて人を殺してみたら、自分はその行為に忌避感もなにも覚えていない。後悔に蝕まれることもないとなれば『殺人を犯しても何も感じない自分』に恐怖することは普通の事ではないのだろうか。
しかし、俺はそんなことはまるで感じなかったな。そうなることを察してもいたかもしれないが。やっぱり、元から犯罪者の適正があったのかもしれない。
「そういえばラズーア。お前って常に俺を監視しているのか?」
『…………どういう意味デス?』
──この部屋の温度が下がったような錯覚を覚える。現在は廃工場にいる俺の最高戦力──シオンとクロネに頼りたくなってしまうが、彼女が思っている事は何となく理解できる。
つまり彼女は自分が見ていない間に彼女を殺す手段を考えるのではないのか、ということだろう。無論、俺はそんなことのために聞いたのではない。
「勘違いしないでくれ。お前が俺を常に監視しているのなら、いざというときにお前に相談することができるのではないかと考えただけだ。お前に反抗しようなんて無謀なこと、俺がするわけがないだろう?」
『──ナルホド。確かにそれは可能デス。明日からはこうやって早朝に訪ネル必要もなくなるデしょうシ』
「そうか、それは助かる。それじゃあ早速、やっておいた方がいいことはあるか?」
『ワタシが口を出す必要ハほとんどないように思えマスが。
……各地の人の集まる場所に《
よかった、どうやら現在できるなかで最適な行動をとることができていたようだ。あとはクロネによる《傀儡屍兵》の軍勢を整えることであるが──これは俺がまだ人間であることを捨てきれない事と、警察の連中に動きを察知されたら厄介なことになるという理由で、遅々としてしか進んでいない。
できることなら50人──できることならその4倍ほどが望ましいが──は確保したい。だがそれは5日後の夜から会社帰りの人間でも襲えば容易に集まるのではないだろうか。俺達、《執行者》によって選定された《悪夢の綴り手》の管理下にない《夢幻迷宮》──区別をするために野良の《夢幻迷宮》と呼称するが──出現するのは今日から6日後の零時から。
そうなれば《悪夢》が自然と闊歩する世界になるため、屍兵の確保が容易になるし、人間の死体に拘る必要もない。人間が眠る深夜に屍兵をできるだけ確保し、この街から少しだけ離れた地区の人が集まりそうな場所──町民センターや、スーパーマーケット、学校などというところに襲撃をかけ、この街の学校まで誘導するというのが《夢幻迷宮》出現1日目の主なプランだ。
あとはその後──俺が《夢幻迷宮》を作り出す予定のあるショッピングモールに襲撃をかける主な戦力となるSSレート悪夢の創造だ。
俺が望むのは正面からの戦闘を得意とする《悪夢》である。
シオンは《幻術》を代表とする搦め手、クロネは《魔力生成・骨》や《魔力吸収》などという『魔法使い絶対殺すマン』のような能力構成をしているものの、基本的には防御に特化した種族であり、俺の現段階の戦力には真正面からの殺し合いに秀でた《悪夢》がいないのである。
無論、能力を有していない人間──不意打ちならば能力持ちの人間を容易く葬り去ることのできる力は十分に有している。しかしながら《悪夢》同士の戦闘となれば同格──下手をすればSレートの《悪夢》にすら戦闘能力が劣っている可能性は否めない。
だからこそ今の俺達には『物攻』もしくは『魔攻』に特化したSSレートの悪夢が必要だ。弱者による策を真正面から叩き潰し、踏み越え、蹂躙する絶対強者が。
「なるほど、ためになったよ。ありがとうな、ラズーア」
『構いまセン。キミに生きてもらわネバならぬのはコチラも同じ。この程度ノ助言でアレばいくらでもしマス』
ソレデハと言って、消えていくラズーアを見送った。
そうして俺はスクールバックのチャックの隙間から顔を出し、こちらによってくる焦げ茶色のもふもふ──シオンの眷族である豆狸を肩に乗せた。
「普通に喋ればいいのか?」
『はいっす。シオン様の眷族である自分達とシオン様は魂の深いところで繋がってるっす。だからイツキ様が言うようなけーたいでんわ? の役割もシオン様に連絡するぐらいなら果たせるっすよ!』
「わかった。──シオン」
『──ええ、わかっているわ。手筈通りに、ね。クロネも了解しているから心配しなくていいわよ』
「あぁ、しっかり頼むぞ」
そう言って、豆狸を携帯電話がわりにした連絡は終了する。
──シオンもクロネも、SSレート悪夢ということもあってか非常に賢いため、俺が昨夜話した計画をし損じる心配はあまりしていない。むしろ心配なのはブレーンである俺が何か見落としていないかという事のみだ。
──くっそ、なんで異世界転生者でダンジョン運営をやって来た連中はこんな心配に苛まれないんだ、ちくしょう。
そんな誰に訴えかけているでもないぼやきを内心で溢しながら、俺は残された平穏を享受するべく学校に向かうのであった。
「──おい、府屋。本当にここなんだろうな?」
「それ以前に本当なんだろうな? 廃工場で女を待たせてるってのは? 嘘だったら承知しねぇぞ」
「……わかってるさ。大体、こんなことで嘘を吐いて何になるってんだ?」
歓楽街の毒々しいネオンサインの光が届かない廃工場近くの細道。普段ならば人が通る事の方が珍しいほどの道であるが、今夜は違っていた。
不良だ。
制服を着崩したもの、そもそも着ていない者、校則を違反しているであろうピアスを無数につけた連中──そんな男達が十数名、細道を占領するように広がって歩いているのだ。
彼らの顔に浮かぶのは疑念──されどそれを補って余るほどの歓喜と、これからする事への興奮。それを彼らの下半身にある槍は服越しでもわかるほどに屹立し、その感情を知らしめている。
──彼らは宇治野当真、百屋根信忠と集まってこの歓楽街で過ごしていた不良である府野諒に呼び出された近隣の不良達だ。普段はここではない、別の歓楽街を根城にしている彼らではあったが日付が変わった頃に彼に呼び出されたのだ。
『すげぇ、美人も見つけて犯した。お前達も明日一緒にやらないか』というメールと一糸纏わない豊満な美女の写真付きで。その写真からは事後であるというのが容易に窺えた。
発情期の猿、とも形容されることのある高校生男子──その中でも自分の欲望を抑える術を知らない彼らはすぐにその話題に食いつき、現在に至るというわけである。
「それにしても……よくあんな美人見つけてきたよな。襲ったのか?」
「いや、声をかけたら乗ってきたんだよ。それでその女が不倫してるってことがわかってな。脅したら、まぁ、この通りだ」
「マジかよ。こんな美人な奥さんが不倫してるなんて事知ったら旦那さん、泣いちまうぜ」
下衆な笑いを浮かべながら彼らは、府屋が呼び出したという廃工場の扉を潜る。
廃工場、というだけあって中は滅茶苦茶になっている。流石に器具は別の工場に売り渡したのか、それとも廃棄したのか、工場からは撤去されているものの、残された段ボールや穴が開き月光が差し込むような天井から、潰れてから数年程度では済まないだろうというのは容易に察しがつく。
「──おい、もう来てるんだろう? さっさとこっちに来い」
一緒に着ていた百屋根が工場全体に聞こえるように声を張り上げた数秒後──彼女が姿を現した。
空に点在する輝きを軒並み吸い込もうとでもしているような闇色の髪は三つ編みにされ、人間離れした美貌──その瞳はこれから起こることを理解したのか歪んでいるものの、それさえも美しいと思わせる。
彼女の纏うセーターは、豊満なボディーラインを強調しているようで否が応にも彼らの興奮のボルテージを引き上げていく。
「お、お願いしますから……この事は──」
「わかってる。心配しなくてもやることやらせてくれたら、俺達は何にも言わねぇ。だから──あんたもわかってるだろう?」
「は、はい……」
彼女が自身の着ている服に手をかけたとき、誰かが生唾を飲み込んだ。これから自分達の視界に飛び込んでくる淫靡な光景に期待を隠せなかったのだろう。
しかし次に彼らが認識したのは、
「「「──は?」」」
──闇に紛れて彼らを襲撃した、レインコートを纏った兇手の存在だった。
どちゃり、と不良達の最後尾に立っていた男が廃工場の床に顔面から倒れ込む。そうしたことで彼らの目に入ったのは、深々と切り裂かれた彼のうなじ。そこからどす黒い血が溢れだし、埃だらけの床を染め上げていく。
男がレインコートを着た何者かに殺害された。そう彼らが認識した瞬間に、白い何かが廃工場の入り口を塞ぐ。──それが巨大な人骨だと認識するのにはさらに数秒かかった。
その数秒の中で兇手は呆然としている不良に襲いかかり──また、喉元を掻き切った。呼吸をしようとするものの、喉に穴が空いているせいかひゅーひゅーと間抜けた音が響く。
数秒と経たぬうちに、また彼も倒れ伏す。
そこでようやく自分達が置かれている状況を理解したのだろう。兇手の手から逃れようと少しでも奥へ、奥へと逃げようとするもののそれは叶わない。地面から生えた人骨が彼らの足を絡めとり、そして府屋や百屋根、宇治野に三人の男が拘束される。
「クソッ! クソッ! どうなってんだよ、これはぁぁぁぁぁ──!!」
「なんだ、なんだってんだよ!? おい、テメェら、ちゃんと説明し──!?」
人骨に拘束されたものは気付きはしないだろうが、三人に羽交い締めにされた三人の不良は理解した。原理はまるでわからない。理屈なんて知りたくもない。だが、理解してしまった。
──3人は自分達と話していた段階で死んでいた。自分達は死体と一緒に歩いて来て、ここに誘い込まれてしまったのだと。自分達は殺されるためにここまで来させられたのだと。
「おい、どうなってんだ!? 説明しろよぉぉぉ!!」
不良達は吠える。
既に殺されてしまった二人。彼らと一緒の目には遭いたくないというその一心で叫ぶ。
死にたくない。そんな生物の根本にある絶対的な本能から来るその行動をレインコートを纏った兇手──《悪夢の綴り手》氷室威月はフードの舌で嘲り笑う。その行動の全てが無駄に終わると知っているがゆえに。
──《傀儡屍兵》が生前の行動をなぞるようにして行動する。つまりは死んでしまったとしても生前の記憶は残るのではないかと推察した威月は、クロネを通じてスマートフォンのロックを外し、彼らの交遊関係を漁った。
そうして同類と思われる人間すべてに、シオンのあられもない姿を送り彼女を犯したければこの場所に来るように、という内容のメッセージをラインで送り彼らと同じような犯罪者及び犯罪者予備軍を呼び出し、まとめて自身の戦力するついでに自身の経験値源にしようと画策したのである。
その結果はこの通り、大成功を収めたと言っても過言ではあるまい。10を超える不良達を呼び寄せ、その悉くを屍兵へと変えられることは火を見るよりも明らかだ。
「──うるせぇ、死ね」
彼の口から吐き出されたのは、明確な死刑宣告。言葉と同時に彼はナイフを振り、頸動脈を切り裂いた。噴水のように血が吹き出し、威月の纏うレインコートの黄色が赤で染まっていく。
鉄の臭いが工場内を席巻し、彼らが立っていた周辺の床のほとんどがどす黒く染まった頃には威月とシオン以外の生物は確認できなかった。
「ふぅ、なんとか上手くいったな。サンキュー、シオン」
「いえ、この程度ならいくらでも」
先程殺した犯罪者共の血で染まった鉄臭いレインコートを脱ぎ捨て、半袖になった俺は大きく溜め息を吐いた。手には首を切った安物の包丁が握られており、そこから伝わってきた料理に使う肉を切り裂いたときとは比べ物にならない不快感が俺の腕を通して未だに伝わってきている。
できることなら今すぐ座り込んでしまいたいくらいだが、ズボンが汚れてしまうためそんなことはしない。
俺はズボンのポケットに突っ込んでおいた、精巧な装飾が施されたガラスのような材質の瓶──その中に入っている毒々しいとすら言える青色の液体を一滴だけ垂らす。すると床を穢していた赤が、この場所を満たしていた鉄の臭い、そして廃工場特有の埃臭さまでの一切までが消え失せ、この場所に相応しくない清涼さがこの場所を支配する。
これは俺が学校から帰ってきたあとに貯まっていたDPで購入した、《清め液》というアイテムだ。簡素な名前ではあるが驚くなかれ、一滴垂らすだけでこのように一定範囲の汚れをすべて掃除できるという非常に便利なアイテムなのだ。これで血液の掃除もバッチリ、殺人者も愛用すること間違いないマジックアイテムである。
「クロネ──」
「もうやってる」
シオンの《幻術》によって姿を隠していた、ベビードールに身を包む褐色肌の幼女──餓者髑髏のクロネが自身の能力のひとつである《傀儡屍兵》を発動させたのだろう。事切れた不良達の身体がびくん、と大きく跳ね、立ち上がる。
見慣れなければいけないはずなんだが、先程首を掻き切った者達が動き出すというのはなんとも不自然でグロテスクだ。殺した俺が言うのもなんだけども。
『経験値の獲得を確認。
経験値が一定値まで到達。
ヒムロ・イツキのレベルが5から12に上昇。
職業熟練度が一定値まで到達。
職業《密偵》が4から5に上昇。
能力《ナイフ術》《殺人術》《急所突き》がレベル1から2に上昇。
能力《隠密行動》のレベルが2から3に上昇。
能力熟練度が一定値に到達。
能力《追跡》を取得。
ステータス値の上昇、SP、JPの取得を確認』
十数人も殺したからかレベルの上がり幅が凄い。しかも今回はシオンの《認識操作》を使用せず、俺の《隠密行動》だけで奴等を追ってきたからか、《隠密行動》とは別の《追跡》という能力を取得することに成功した。なんかさくさくと能力を習得できているが、これが普通なのか? それとも《悪夢の綴り手》の精神改変のような明文化されていない効果なんだろうか。後者だったら非常に嬉しいところなんだが。人間全員にこんなにポンポン能力を取得されては堪ったものではない。
さて、ステータスなどはあとで確認するとして──。
「纏めてやってしまうか」
SSレート悪夢の創造を。
これまでは一人ずつ《悪夢》の創造をしてきたが、それはもしかしたら創造した際の余波──ソシャゲで例えるのならガチャ演出という奴だ──で俺が吹き飛んでしまうのではないかという懸念から。
しかし物理魔法防御力ともに特出したクロネがいるのであれば、大抵の攻撃は防ぐことが可能。それに日にちも一人ずつしか創造してはならないという縛りもない。
ならば創造された《悪夢》の能力などをいち早く知ることは重要なことだといえるだろう。
「クロネ、SSレート悪夢をまとめて創造する。この工場を覆うようにして骨を展開、防護してくれ。念のために屍兵達は外に出してな」
「ん、わかった」
クロネが屍兵に命令を下したのを確認して、俺は三度目となる《悪夢創造》を使用する。
『《執行者》ラズーアの《協力者》ヒムロ・イツキの固有能力《悪夢創造》の使用を確認。
《執行者》からの
それを俺はまとめて使用する。
瞬間、今までの《悪夢創造》とは比べ物にならない黒が周囲を埋め尽くした。