──《悪夢創造》時に発生する黒い霧。それは発生した瞬間に吹き飛んだ。
次いで襲いかかってきたのは、その場だけに嵐が発生したのではないかと勘違いしてしまうほどの風と目を焼くような光。それが俺の視界を白で埋めつくし、さらに熱風が密室内で猛威を振るう。
骨に閉ざされたこの工場内の気温は、加速度的に上昇していく。衣服を焦がし、レインコートは熱のせいか融解し、皮膚まで焦がそうとしたそのときだ。
「ほら、さっさとその熱と風どうにかしい。このままじゃここがサウナみたいになって敵わんわ」
光の先。白で閉ざされたそこからそんなのんびりとした、関西訛りの声が聞こえてくる。瞬間、その熱風は鳴りを潜め、そこにいたのは──3人の美女だった。
「──ねぇ、イツキ」
「わかってる。何も聞くな、俺だって聞きたいわ」
背後に控え、この工場を熱と風の被害から守っていた骨の椅子に座っている幼女──クロネが俺に尋ねてくる。振り替えれば俺を咎めるような、擬音で表すのであれば『じとー』というものが相応しいようなそんな視線を向けてくるに違いあるまい。
『なんでそんなに女性型の《
もっと異性と触れ合いたかったという俺の潜在意識がそうさせるんだろうか? まぁ、そんなことを言ったらシオンは兎も角クロネはさすがに引きそうだから言わないんだけれども。
「とりあえず──ようこそ、とでも言っておけば良いのかな?」
「まぁ、間違っとらんのちゃう? とりあえずは自己紹介でもしとこか」
そう言ってあっけらかんと笑うのは光の奥から聞こえた声の主だ。
俺を含めても俺達の陣営の中では最も身長が高い。俺が170センチ前半だったから、大体170センチ後半から180センチといったところだろうか。
流れるプラチナブロンドの長髪は地面に付きそうな程で、その髪を押さえつけるかのように瓶を背負い、彼女の右手には彼女の身長ほどある漆黒の戦斧が握られている。髪には彼女が纏っている着流しの模様と同じ桜花の髪飾りがつけられ、それがざっくばらんとした彼女に良い意味でギャップを与えている。
「ウチは《酒呑童子》の《
「《酒呑童子》──!?」
《酒呑童子》。
ライトノベルや漫画などの類いを読んでいなくとも、学校の個展の授業なんかで度々登場する──最強と名高い『鬼』だ。妖怪を殺す有名な話には数多く出てくる源頼光によって討伐されたのだが、その方法は神便鬼毒酒という毒酒を盛った後に騙し討ちで倒すという卑怯極まりない方法。妖怪殺しのプロフェッショナルである頼光が真正面から戦わなかったという時点でその強さが窺えようものだ。
「そーや。でもウチに負けんくらい名高い化け物がここにはおるよ。……ウチと一緒に出てきた2人もな」
そうやってラルルは瓶の中身──おそらく酒だろう、《酒呑童子》だし──を瓶の中に突っ込まれていた柄杓で掬いながら、親指で彼女らを指す。
──1人目は穢れなき純白だ。
腰に辺りまである白銀の髪に処女雪のような穢れなき白い肌。こちらに向けられる瞳は
そして何より目を引くのが──、
「…………狐、か?」
そう、彼女の頭から生えている耳。そして臀部の辺りから生えているであろう3本の白銀の毛並みを持つ尾。非常に美しく、許されることなら一度思いっきり触らせて貰いたいと思わせるそれらはすべて狐を彷彿とさせるものであった。
──狐で3本の尾?
その特徴に俺は心当たりがあった。そしてそれに彼女自身が首肯する。
「主様が考えていらしているとおりでしょう。私は《天狐》。名をフランと申します。以後お見知りおきを」
あ、やっぱりですか。
《天狐》とは狐が千年生き、天に通じることで変異した個体である。それは妖獣とも神獣であるとも伝えられている。
狐の妖怪といえば某漫画のお陰か九本の尾を持つ狐──九尾が有名どころであるが、九尾は妖狐の中では下から2番目に辺り、妖狐の中では言い方は悪いが弱い方の部類に入る。狐は九本まで尾が増えると、段々と尾の数が減り最終的には尾が零本になる。そのときには身体もなくなり、その個体は《空狐》と呼称されるのだが、それは横に置いておくとして。
兎も角、神の獣と形容されるほどには強い妖怪だと思っておいてくれればいい。それにしても《酒呑童子》に《天狐》と大妖怪のオンパレードで、非常に頼もしい限りである。
そして最後に──、
「最後はアタシよね。《大天狗》のティフォン。よろしく、イツキ」
山伏の装束に天狗下駄、手には2つの羽団扇が握られ、背中からは彼女の身体をすっぽりと包め込めそうなほど巨大な翼を持っていることからなんとなく察してはいたが彼女の種族は大天狗らしい。
天狗という名前は聞いたことがあるだろう。真っ赤な顔をして立派な鼻を持っているあの天狗だ。その中でも《大天狗》というのは最も高位に位置すると名高い。
そんな彼女──テュフォンはボブほどの長さに整えられた金髪を揺らしながら、にひーと人懐っこい笑みを浮かべている。
さて、これで俺のSSレート悪夢が全員揃ったわけであるが…………。
「《陰神刑部》に《餓者髑髏》、《酒呑童子》《天狐》《大天狗》か……凄い面子が集まったもんだな、おい」
シオンは様々な能力を組み合わせることによって看破不可能な幻術で猛威を振るい、クロネはその防御力と『死体を強化しながら蘇生し、完全な支配下に置く』という強すぎる能力によって亡者の軍勢を作り出す。
そんな化け物──彼女らはその表現を嫌がっているが──ばかりが存在するSSレート故に彼女らの強さにも期待が高まる。
俺は彼女らに許可をとってから全員のステータスを閲覧した。
種族 鬼族 酒呑童子
レート SS
個体名 ラルル
状態 従属『主・ヒムロ・イツキ』
物攻 EX
物防 S
魔攻 F-
魔防 D+
敏捷 B
特殊 C-
能力
《鬼神の威光》《精神異常無効化》《接種強化・酒》《超身体能力増強V》《超直感V》《狂化V》《咆哮V》《戦斧術V》
《狂化》:『精神異常『狂気』となる代わりに全ステータスを向上させる。レベルに応じて効果上昇』
《咆哮》:『吼えることによって一定範囲内の能力保持者よりも戦闘力に劣るものを一定時間硬直させる。レベルに応じて効果上昇』
《接種強化・酒》:『酒を摂取することによって全ステータスを向上させる』
《鬼神の威光》:『敵対するものすべてに精神異常《恐怖》を付与する。敵対者が鬼族であれば従属させることが可能になる』
種族 妖狐族 天狐
レート SS
個体名 フラン
状態 従属『主・ヒムロ・イツキ』
物攻 A-
物防 D+
魔攻 EX
魔防 S
敏捷 B+
特殊 C-
能力
《概念魔法・燃焼》《天眼通》《炎の支配者》《炎属性無効化》《魔力制御V》《変化V》《槍術V》
《概念魔法・燃焼》:『魔力を使用し『燃焼』という概念を世界に発現する魔法』
《天眼通》:『距離、障害物ありとあらゆる物に干渉されず、自在に見通す能力』
《炎の支配者》:『炎を司る者に与えられる能力。自身及び自身の支配下にある者の炎属性攻撃に補正(特大)』
《炎属性無効化》:『炎属性攻撃を能力のレベルに関係なく無効化する』
《魔力制御》:『魔力を巧みに使用することができる能力。魔力使用時に魔力使用量を減少させる。レベルに応じて効果上昇』
種族 天狗族 大天狗
レート SS
個体名 テュフォン
状態 従属『主・ヒムロ・イツキ』
物攻 B
物防 C+
魔攻 S
魔防 B+
敏捷 EX
特殊 A
能力
《神足通》《山神の加護》《嵐の支配者》《狂飆魔法V》《飛翔Ⅴ》《魔力制御V》《二刀流Ⅴ》
《神足通》:『ありとあらゆる障害を無視し、自在に転移を行う能力』
《山神の加護》:『山で活動を行う際、全ステータスを向上させる』
《嵐の支配者》:『風を司る者に与えられる能力。自身及び支配下にある者の風属性攻撃の威力を向上させる』
「……能力多くないか?」
俺が彼女らのステータスを閲覧して思った感想はそれだった。
シオンとクロネの能力の数はそれぞれ6個ずつだ。そのためSSレートの悪夢の能力の数は6個で固定されているのかと思ったんだが、フランとテュフォンの能力の数は7個、ラルルに至っては8個もある。
尤も誰も彼もが能力が一点に極振りされているため特には気にならないし、SSレートだからかその能力のひとつひとつが強力であるため能力の数など問題にはならないんだが。
「あぁ、それは私達と彼女らでは想定された目的が違うからね」
「目的?」
俺の何気ない呟きに答えを返してくれたのは、俺が最初に創造した《悪夢》であるシオンだ。鸚鵡返しになってしまった俺に「そう」と前置きしてから続けた。
「私とクロネは最初から戦うことは想定されていないのよ。能力の使い方とステータスで強引に押しきれば可能だけどね」
「でもウチらは最初っから《悪夢》や人間をぶっ殺すことが役割なんさ。脳天かち割るか、魔法でぶっとばすか、ぶった切るかの違いはあれどな。そんで能力は非戦闘型の《悪夢》より戦闘型の《悪夢》の方が多い傾向があるんよ。ま、あくまで傾向やから例外はあるんやけど」
「これは蛇足にはなりますが、我々《悪夢》は新たに能力を習得できることは非常に稀で、能力のレベルを上昇させた際に習得できる派生能力と上位互換である能力が主な戦闘手段です。しかし《悪夢》特有の能力や身体能力が人間よりも遥かに優れているために人類の脅威となるのですよ」
「へー……」
確かに人間である俺は《悪夢の綴り手》となった補正もあるかもしれないが、ぽんぽんと能力を取得できたもんな。JPやSPも使用できるために能力のレベルをあげやすいかもしれないが、見たところ《悪夢》にはそのどちらも存在しないし、能力を除きレベルも存在していない。
その分レベルが存在する能力はそのすべてが上限まで上げられている上に、効果も自分以外のものにまで効果をもたらすものもあれば、非常に強力な効果を及ぼす。
能力の取得が容易であるために数が多くなる人間と、能力ひとつひとつが非常に強力であり身体能力も大幅に優れてはいるものの能力の取得が非常に困難である《悪夢》……か。
初見ならば《悪夢》が大幅に有利であるが、逃げられ対策を講じられてしまっては能力が少ない《悪夢》は純粋なスペックで押し切るしかなくなるか。『人間は絶対に逃がすな、殺せ』ってことだな、非常に分かりやすい。
それにしても……、
「フランのこの、《概念魔法》って何なんだ? 普通の魔法とは違うんだよな?」
わざわざ別表記されている時点で通常の魔法とは異なるんだろうが、説明を見てもいまいちわからなかった。『《燃焼》という概念を世界に発現する』という説明が想像しにくいんだよなぁ。猿でもわかるように魔法の説明は書いておいてくれよ、こちとら魔法初心者だぞ。
「そうですね……実際に見ていただいた方が分かりやすいでしょう。クロネ、申し訳ありませんが骨を一本作り出してはくださいませんか? 魔力による硬化を最大限込めて」
「ん、いいよ~。ちょっと待ってね」
フランの足元から骨が一本、床に張り巡らされた骨から枝分かれするようにして生える。しかしその人骨は今まで見たなかでもぶっちぎりの太さを誇っている。30センチくらいはあるんじゃないだろうか?
「比較対象があった方が分かりやすいよね。フラン、ちょっと下がってて」
そう言ってテュフォンが前に出る。彼女は羽団扇を構えたかと思うと──。
「──《妖刀・天狗風》」
その羽団扇に可視化できるほどの魔力──だろうもの、間違いなく魔力だ──が集い、羽団扇に纏わせる。
それは風の剣だ。人体を切り裂き、斬鉄すら容易いであろう暴風の剣が彼女の羽団扇に形作られ、それを骨に向かってアルファベットの『X』を描くように振るう。
クロネの骨とテュフォンの風の剣が交錯するが──。
「……やっぱり、こうなるよね」
──そこには少しの傷も付いていなかった。
羽団扇の周りにだけ台風が発生したと勘違いしても過言ではないであろう風が集まり、それに明確な殺意が込められ振るわれたというのに、だ。改めてクロネの操る骨の強度を確認させられた。やはり物理魔法防御に特化したステータスは伊達ではない。
「とまぁ、この通り。普通の魔法じゃこんなもんだけど。……ラルルはそれ、どうにかできそう?」
「んー……多少手間やなぁ。
ステータス的に言えばラルルの方が物攻の方が高いが、それは能力無しでの話。《魔力硬化》に《死の支配者》などの能力で現在のクロネの防御ステータスはEXを上回っているだろう。まぁ、ラルルも同じく能力によってステータスを強化すれば、元の方が優れているラルルに軍配が上がるだろうが。
……というか魔攻のステータスSも充分凄い部類に入るんだからな? テュフォンは攻撃はあくまでサブであり、特化しているステータスは敏捷であるし。確かにクロネの防御力には敵わないかもしれないが、人間相手なら全く攻撃が当たらず自分達の防御をまず間違いなく掻い潜ってくる敵とかどうしたらいいのかわかんねぇよ。
「じゃあ交代ね。フラン」
「えぇ」
フランの蒼い炎が彼女の持つ槍を覆う。瞬間にテュフォンがフランを除く全員の周りに真空の膜を作り出すことによって、炎から放射される熱を防ぐ。……魔法って使い勝手いいな、俺も覚えたい。相手の影に忍び込んで、死角から攻撃する魔法系暗殺者になりたい。
俺が馬鹿なことを考えているうちにフランはクロネが作り出した骨にそっと、蒼炎を纏わせた槍を押し当てる。その動作はまるで結婚式のケーキ入刀のように優しい。俺が想像していた薙ぎ払いも刺突もなにもなかった。
「──なっ!?」
だというのに、クロネの全霊を込めた骨の柱は容易く焼き切られた。骨と骨がぶつかり合い、小気味いい音をたてる。その様子に俺の開いた口が塞がらない。
お世辞にも彼女の炎がテュフォンの暴風の剣よりも威力があるとは思えなかった。いくら彼女らの間で魔攻のステータスに2ランクも差があるとはいえ、ただ槍を当てただけでクロネの全力の防御が貫かれるものなのか。
「ね、凄いでしょ。これが通常の魔法の1ランク上にある魔法──《概念魔法》だよ」
「私の操る概念は《燃焼》。『物が燃える』という概念を炎という形で顕現しています。この魔法は世界に存在するすべての物質を燃やすことができ、それを攻撃に使用すれば最強の矛となり、防御に使用すればありとあらゆる攻撃を燃やし尽くす最強の盾となるのです」
フランの説明で何となくわかった。
フランは《燃焼》という概念を操るが、仮に《凍結》という概念を操る魔法があるとするのなら炎を凍らせるといったような、物理的にあり得ない現象を引き起こすこともできると。そういうわけか。
つまり彼女の炎は超簡単に言うのなら『何でも燃やせる炎』というわけだ。それを攻撃に使用すれば彼女が言った通り最強の矛に、防御に使えばあらゆる攻撃を燃やし尽くす最強の盾となる。
のだが……
「魔力消費量は? やっぱり馬鹿多い?」
「魔法は効果に比例して魔力消費量も多くなっていくからね。具体的な量はわからないけれど、テュフォンの《狂飆魔法》より消費量は多い、良くてトントンぐらいじゃないかしら」
「となると……瞬間火力はフランが上で、継戦能力はラルルに軍配が上がる、か」
同じ攻撃能力に特化した《悪夢》であっても物理と魔法の違いがあれば、運用方法もまるで異なってくるのか。随分と分かりやすい。
「よし、大体の能力の把握ができたところで……これからの計画について会議を始めたいと思います。が、その前に皆には分かっておいて欲しいことがある」
「……何?」
クロネが首をかしげる。
そりゃそうだ、今まで全く言っていなかったことだからな。SSレート悪夢が集まってから話そうとしていたことだし。
「まず最初に言っとくぞ。──俺に完全無欠のリーダーとか、微塵も失敗しない完璧超人を求められてもそれに答えることはできない。悪いな」
──仲間との間でリーダーが何でもできると勘違いさせないために何が重要かと言えば……最初っから見栄を張らずに出来ないことは出来ないってはっきり言っておくことだと思う。
そうすれば一人でうじうじ悩む必要なんてなくなり、相談だってしやすくなる。結果ミスは減る。
部下を失望させないために見栄を張り続けた結果、知ったかぶりを何度も何度も繰り返す最悪の愚行を俺はライトノベルで学んだのだ。
「《悪夢の綴り手》なんて仰々しい名前をつけられたが、俺は所詮17のクソガキだ。人生経験も少ないし、頭だってお世辞にも良いって言えない。だから馬鹿なこともやらかしかけると思う。だからその時は……お前達に頼らせてほしい。戦闘だけじゃなく、お前らにも色々手伝って欲しいんだ。……迷惑かけるな」
戦闘も彼女達に比べたら非常に弱い。
少しはレベルを上げることはできたが、未だに人の範疇に収まってしまっている。……というか自分で言ってて情けなくなってきたわ。
「……その程度の事ならいくらでも手伝ってあげるわよ」
「うん。当然」
「もうちょい肩の力抜きぃ。そんなんじゃ疲れて堪らんやろ」
「微力ではございますが、私もお力添えさせていただきますので」
「すっごい真面目だね、イツキは。大丈夫だって、アタシらSSレートの悪夢が五体もいるんだよ? なんとかなるって」
──それぞれ言葉は違えど、そこに込められていた想いは同じだった。やっべ、ちょっとうるって来た。
それを彼女達に悟られないように、俺は大きな声をあげた。
「はい、というわけでこれからについて話し合いたいと思いまーす。
……とりあえず今は、戦力増強中ってところだ。といっても
「ウチいい?」
「ええで」
彼女につられて関西風に訛ってしまいながらもラルルに許可を出す。
「数を整えるっちゅーんはわかった。でも、何で性格を限定しとるん? 非効率的ちゃう? 手っ取り早く調達するんなら性格なんて気にしとる場合やあらへんやろ」
「ん、うーん……そりゃ、そうなんだけどな。まだちょっと抵抗があってな……まぁ、単に俺の問題ってのがひとつ。
あとクズ寄りの人間──というか屍兵にした連中は以前に一週間以上行方が知れなくなった連中を集めてるんだ。つまり《夢幻迷宮》が出現する6日後まで連絡がとれなくなろうが騒ぎになり難いんだ。もし騒ぎになったら警察が巡回を始めてしまって、色々動きづらくなってしまう。そうなりゃ……なんとか出来ないこともないがクッソ面倒くさいことになる。それを避けるためってのが主な理由だな。……心配しなくても五日後の夜からはしっかり暴れてもらう。頼んだからな」
「ん、任しとき。口挟んで悪かったな」
「いや、いい。わからないことをわからないまま流す方が問題だ。テュフォンもフランも質問はないか?」
二人が首を横に振ったところで、俺は説明を続ける。
「さっきさらっと言ったが本格的な屍兵の材料調達は五日後の22時から翌日の2時を予定している。0時を過ぎれば野良の《悪夢》も出現するから、それを過ぎたら《悪夢》狩りを積極的に行ってくれ」
現在は《悪夢》が出現していないため、人間を屍兵に使用しているが元のスペックは《悪夢》の方が断然上だ。一部例外はあるが。
……っと、そうだ。確認しとかなきゃいけないことがあるんだった。
「テュフォン」
「ん、どうしたの?」
「お前の能力に転移する能力があっただろ。あれって複数人の転移は可能か? それとも自分だけか?」
「自分と接触があるなら人数に制限はないよ。魔力で糸を作って、それに接触させておけば簡単に済むと思う」
「わかった。じゃあ材料調達の時間を2時間延長する。4時までだ。そこでできるだけ死体を調達してきてくれ。
とまぁ、これが《夢幻迷宮》が出現するまでの流れだ。じゃあ次は各自の仕事分担についてだ。まずはシオン」
「ええ」
「シオンはこれまでの流れと基本同じだ。材料にした人間のSNSから同族を探って、ソイツをハニトラで引っかけてくれ。ただしこの二日間で暴れすぎたから、ここらでの材料調達はやめようと思う。もし離れたところに交遊関係がなかったら……いい感じのクズを引っかけてくれ。
ただし無理はしなくていい。基本1人、多くても2人までに抑えろ。そこに俺以外の《悪夢の綴り手》が入っている可能性もないとは言えないからな」
「わかったわ」
シオンは相変わらず屍兵の材料の調達だ。というか人間社会に紛れ込むという事ができる奴が俺の陣営には少なすぎるのだ。
ラルルは額に3本の小さな角があり、こめかみからは後ろに向かって角が2本生えている。明らかに人外の容姿なのでアウト。同様の理由でテュフォンもアウトになる。
クロネは見た目だけならば問題ないが、座っている椅子に方が問題になる。骸の騎士を模した移動する椅子などアウトにもほどがある。
フランは完全人外の容姿であるが、妖狐に相応しく《変化》を保有している。問題ないように思われるが、不採用にした理由があるのだ。
それは──間違いなく浮くからだ。
ああいった手合いが集まるのは、廃墟となった場所やこういった繁華街が主になると思われるが、その空気の中では絶対に悪目立ちしてしまうだろう。それに彼女は非常に真面目だ。
彼女以外が俺に向かってフランクに話しているにも関わらず俺の事を『主様』と呼んでいるのが証左だろう。正直悪くないが、彼女の一切の穢れのない白は穢れの巣窟であるところとは非常にミスマッチだ。
それとは逆にシオンはああいった場所に非常によく馴染む。フランとは対極的な妖しさで男共を惹き付ける事が可能である。それに多少ボロを出そうが《幻術》や《催眠術》でどうにかできるというのも大きなポイントだった。
「次にクロネ。お前がこの計画のキーパーソンだ。調達した死体を片っ端から屍兵に変えてくれ。それから屍兵に水や食料なんかの調達に向かわせる」
「お金はどうするの?」
「ここにあるだろ?」
クロネの疑問に俺は倉庫の外──正確に言うのなら待機させてある屍兵を親指で指した。
当然ながら《夢幻迷宮》が出現してからもしばらくは足りるような量の食料や水を調達するのに、苦学生の俺の貯金ではまるで足りない。しかしここには13つもの財布があるではないか。
「どうせカツアゲなりしていっぱい持ってんだろうよ。折角だからその金……俺達がしっかりと使ってやろうじゃないか。なぁ?」
「うわ。イツキ、ゲスいよー。人のこと言えないよ?」
「誉め言葉として受け取っとく。それにもう屍兵はクロネの物だろうよ。クロネの物が持ってる金を俺達が使って何が悪い?」
俺がニヒルに口を歪めると、テュフォンが茶化しながら言ってくるがそれに俺も軽口を返す。それにちょろまかしてこないだけ真面目だと思う。とりあえず店員との接触があったときに体温で違和感を感じられるかもしれないから、自分でレジができるスーパーを見つけなければ。
「わかった。とりあえず明日の朝に一旦家に返して、お金を持ってこさせておく。なるべく多く持ってきた方がいいよね。親のところからも引っ張ってくる?」
「いや、それはやめておいた方がいい。というか親と出会さない方がいい。できるなら親がいない時間帯……そうだな、朝の9時ぐらいに家に返して財布を持ってこさせてくれ」
「ん、りょーかい」
親ってものは子供が思っている以上に子供のことを見ているものだ。故に異変にも気づきやすいため、息子がすでに死んでいると看破される可能性もある。精神的ショックで発狂でもすればいいが、近所中に『息子が死んでいるのに動いている』とでも言われたら、屍兵の存在が《夢幻迷宮》が出現する前にバレてしまうリスクがある。そんなもの抱えていられるか。
「そんで次は……テュフォン」
「はいはーい、何でも言って」
「お前は死体調達もやってもらうが大体は運搬係だ。シオンが殺害した材料をクロネの所に運んだりしてもらうが……主に働いてもらうのは死体調達が終わったあとだ」
「と言うと?」
「ラルルやフラン、そしてお前が調達した死体をクロネの元に運搬し、屍兵にした後、俺の指定するポイントまで屍兵を転移させ設置してもらう。そしてそれによって人間が集まってきた時に学校──避難場所を襲撃し、こちらまで誘導する。そのための下準備だ。なにか質問は?」
「特にないよ。問題なし! ちゃんとこなすね」
「結構。そしてラルルとフランは──」
「死体の調達、ですね」
「あぁ、ただし条件がある。ラルルは徒手空拳で、フランは《概念魔法》を使わず死体を調達して欲しい。人間共に異変を察知されないようにしたいんだ」
「確かにこんな斧振り回しとったら音凄いし、フランの炎も夜じゃめっちゃ目立つしな」
ラルルの言葉に頷いて続ける。
「それから俺は夕方は屍兵と同じように食料調達。明日の夜は屍兵の隠し場所の吟味、そして5日後の夜からはラルル達と一緒に死体の調達に入る。死体の隠し場所は──フラン、一緒についてきてくれないか?」
「了解しました」
「よし…………んじゃ、次は初日の行動だ。とりあえず屍兵を用いての人間の誘導だが──クロネ」
「『人間を殺さないように所定の位置まで誘導』だよね。それくらいなら事前に命令しておけば放っておいてもできると思う。ただ敵対する人間は殺しちゃうかもだけど……」
「死体ができたらまた屍兵にすればいいさ。5人や10人くたばろうがそれは誤差だ」
「わかった」
「まぁ、その人間の誘導がひとつだがメインイベントはそれじゃねぇ。なぁ、ラルル、フラン。お前ら──戦い足りねぇって思ってないか?」
ラルルとフラン。
彼女らは純粋な戦闘型《悪夢》。シオンやクロネのような事前準備の方で輝く非戦闘型《悪夢》や、テュフォンのようなサポートも戦闘もこなせるような者達とは違って、この6日間で活躍できるとは言い難い。
「──確かに主様に尽くせぬ自分を歯痒く思ってはおりましたが……」
「まさか最初っから戦えるん?」
ラルルはともかくとしてフランは超がつくほどに真面目だ。故に適材適所という言葉で納得しないだろうとは思ってはいたが案の定か。そんでラルル、お前笑っただろ。やっぱり戦闘狂か。
「あぁ。お前たち二人には破城槌の役割を果たしてもらう。前日にどうやるかは話すが、作戦の大雑把な概要は──鏖殺だ。真正面から敵地に侵入し、生存者を皆殺しにしてもらう。……期待してるからな」
「──任せときぃや」
「──必ずや成し遂げてみせます」
彼女らの決意を聞いたところで今回の会議はお開きとなった。