---四葉真夜----
作戦前夜、アレの引き取りついでに、凪が寄ってくれた。彼の表情は、とてもつらそうである。不完全で不安定の細胞が限界に達したようだ。
本物の凪には本来入っていない遺伝子が入っていた。そのことに気づかずにクローン化した為、彼の細胞は不完全で不安定な物になってしまった。
「どうせ、もう長くないよ。だから、そんなに哀しまないで、叔母さん…」
こんなに素直で、真っ直ぐに育ってくれたのに…クローン作成時に気づいていれば…
「これは神様が決めたことだと思う。存在しちゃダメな俺に、存在してはいけない技術を消すこと…これをする為に産まれたんだと思う」
たぶん、内臓が分解し始めているのだろう。血色が良くない。保って、後1日か2日だろうか?
「勝算はあるの?」
凪が1本のアンプルを見せてくれた。無色透明な液体が入っていた。
「エンジェルダストの原液だよ。やっと組成と製造方法がわかってね」
ぎこちない笑顔を向ける凪。表情筋もやられているのか?あの笑顔は、二度と見られないのか…
「無理やり、活性化なんかしたら…あなたは…」
「どうせ、もうダメなんだから、最期くらい限界まで活性化してみるよ。うっ!」
バシャバシャ
凪の口から何かが出て来た。血液と内臓の破片のようだ。既に、彼の身体では、内部崩壊が始まっているようだ
「終わるまで、保たせるよ」
何かの薬を首元へ撃ち込む凪。
「これは細胞分裂の遅延薬だ。崩壊へ加速している細胞の分裂を、鈍らせる効果がある」
そんな物を何時の間に…まさか、それで延命をしてきたのか?
「叔母さん…ナミを頼みます。ガールフレンド達も…蘭と子供達も…はぁ~」
話すのもつらいようだ。肺をやられているのか、呼吸もおかしい。
「希望する者には、僕の精子を作って…受精させてあげてください」
研究所に凪の細胞は保管してある。いや、もう精子にして保存してある。きっと来るであろう、この日の為にだ。
「テッサとかなめには宗介のを、クラリスと不二子にはルパンのを、冴子と香にはリョウの受精卵をセットしてあるでしょ。あれのメンテもお願いします」
凪のお願いをメモに書いていく。全て叶えて上げたいから。
「後、なんだっけ?最近、記憶力が落ちてきて…」
既に脳の崩壊も始まっているのか…そんな状態で、他人の心配なんかしないでいいのよ。
「そうだ…これを、渡しておかないと…」
首に手をやり、ぶら下がっているネームプレートを引きちぎり、私に手渡してきた。『ジョン・スミス』と名前、そして識別番号が刻まれている。裏を返すと『四宮凪』と彼が削ったと思われる痕跡があった。
「叔母さんが持っていて…それしか、僕が存在した証拠は無いから…」
彼の目には涙が…そのうちの1滴が私の手に落ちてきた。
「じゃ…叔母さん…僕を作ってくれて、ありがとう…」
今の彼にとっての満面の笑みを私に向け、部屋を出て行ってしまった凪。私は何も出来無いのか?凪の為に…
凪から出て来た物を、保存容器へと移していく。凪の身体の一部…無駄にはしたくない。これで、再クローン化もしくは、健康だった頃の凪の保管細胞でiPS細胞化しての再建。私は、人間がやってはいけない領域へ再び、足を踏み入れる覚悟をした。
これしか、凪を復活させる方法が無いから。問題は記憶の継承が出来ないことだ。作った凪が真っ直ぐだとは限らない。記憶が無いから…イチから育てないとダメだから…
迷っていても始まらないので、私は保存容器を手にして、研究棟へと走り出していた。