※この作品はR-18です。

DQ8 マイエラのきょうだい   作:ぽんぽんペイン

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マルチェロが団長になります。初めてサヴェッラへ行きます。
主な登場人物:マルチェロ、ククール、オディロ院長、法皇、メルソー(騎士団員)


団長昇格

1

ガルシア団長がマイエラ修道院を去り、数日が経ちました。修道院はいつもと変わりなく、時間が流れています。

 

「なあ、ククール……」

「ん?」

一年先輩のメルソーが声をかけてきました。

 

「いよいよマルチェロさんは団長だな。誰も反対しない」

 

──そりゃそうだ。他に誰がなる?

 

「ガルシア団長、結局何があったんだ? メルソー、何か知ってるか?」

「わかんねえ。ただ、院長様は文書偽造……とか言ってた」

「ガルシア団長、今どうしてんだろうな」

「それもわかんねえ。俺たち下っぱは何もわかんねえよ」

 

──つまんねえな……。

 

ククールは兄が急に遠くなった気がしました。

 

──でもよく考えれば、もともと遠い人なんだよな。きょうだいなのに。上司と部下っていうだけなんだろうな。オレたちの関係って……。

 

修道院では何事もなかったかのように、マルチェロが団長に、アスカンタの貴族出身のロジエールが副団長に就任しました。

マルチェロ24歳、ククール16歳の誕生月の少し前のことでした。

そしてニノは大司教の職を得ました。

 

院内改革はガルシア体制のときから続いて行われ、免罪符も発行することとなりました。ガルシアが最後の仕事が、免罪符の発行許可をサヴェッラの要職についたニノ大司教から得たことでした。

 

マルチェロは団長室で大量の書類を整理しながら、今回のことについて考えていました。

 

──私とククールがコントレック公爵の屋敷で過ごした二日間で、ガルシア前団長はニノ司教と取引をしていたのだ。ニノ司教が大司教になったのと、ガルシア前団長が辞職したのと一緒だ。おそらく、退職金を全てニノに渡し、妹御も引き取ったのだろう。マイエラの免罪符の発行の許可は、販売価格の1割をニノに納めることで合意している。しかしその際、ニノは5年という縛りを設け、2割を要求してきたが、5年で済むはずがないとガルシア前団長は考え、免罪符にはニノの許可であることを明記することとし、その要求を退けた。そしてこの印税は10年という約束を法皇庁と取り付けることができた。

結局、修道院などは理不尽な事でも高位の聖職者には逆らえない。どれほど祈り、女神の教えをしらしめようと、世の道理に逆らえるはずもなし……。

 

しかし、ニノのような者の影で泣く者を憂う気にはなりませんでした。ガルシアはなぜ、戦わなかったのか……。

 

「兄弟を売るような真似か……」

マルチェロは思わず口にしていました。忘れもしない、ガルシアの言葉。

 

──私は売った訳ではない。仮に売ったのだとしても、私には直接の利益はない。

浄罪か……いい加減な言葉だ。人が人の罪を浄めることなどできまい。

 

しばらくの間、マルチェロ、今回のことをはガルシアに相談を受けていたら、どんなことができただろうかとあれこれ考えていましたが、最後はオディロ院長やコントレック公爵の力を借りなければという結論に達してしまい、ガルシアの取った措置は、最善であったのだろうと思うようになりました。

 

 

 

騎士団長の仕事は、副団長の時と比べて対外的なことが多く、ゴルドやサヴェッラの騎士団、他国の教会上層部、王国の管理職などとも渡り合わなくてはなりませんでした。そして、三大聖地であるマイエラの騎士団長になるには、教会の最高位である法皇に報告しなければなりません。幼い頃からドニとマイエラ、その周辺しか知らないマルチェロにとって、法皇に会うことは一大事でありました。

 

マルチェロが正式に団長になることを報告するため、サヴェッラに出かける前の日のことでした。珍しく、騎士団の情報屋カミーユが団長室を訪れました。

 

「団長殿、少しよろしいか?」

「はい、カミーユ殿、団長などと呼ばないで下さい。これまで通り、マルチェロで……」

「まあ、そうもいかないだろうが……。団員がいるときは団長と呼ばせてもらうよ。で、マルチェロ、明日だな、サヴェッラは」

「はい」

「ニノ大司教には気をつけろ。あれは相当な黒だ。コントレック公爵様から聞いてはいるだろうが、あの人に関わるとろくなことにならないぞ」

「ええ、そうでしょうね」

マルチェロは表情を全く変えないで返事をしました。

「司祭のカッサンドラにも気をつけろ。あそこは癒着するぞ。カッサンドラはシセル王妃様の親戚だ。そういうつながりをニノは強固に守る。……我々は」

「……我々は?」

カミーユは、目の前のオークの執務机につき、真っ直ぐに自分を見つめているのが、15年前、ボロボロの出で立ちでマイエラ修道院にやってきた少年だったことを思い出し、ふっと笑みをもらしました。

「いや、マルチェロ団長。俺が進言することでもないな。我々は、オディロ院長の愛し子だ」

 

* * * * *

 

三大聖地の一つ、マイエラ修道院の聖堂騎士団長に就任したマルチェロは、その報告のため初めてサヴェッラ大聖堂に訪れました。オディロ院長に伴われ、マルチェロは少し身を固くしながら司教、大司教の面々に挨拶をして回ります。

 

「ほほう、こちらが優秀なマルチェロ殿ですか」

何人目かに挨拶をした小柄な大司教は、隣にいる司祭と話すのを止め、オディロ院長をちらりと見やってそう言いました。大司教の小さな目はマルチェロを値踏みするように、しつこくねめつけてきます。

「マルチェロ、ニノ大司教とカッサンドラ司祭じゃ」

「マルチェロにございます。ご指導ご鞭撻のほど、どうぞ宜しくお願い申し上げます」

 

ニノは、マルチェロの挨拶には返事もせず、隣に立つ貴族に声をかけます。

「カッサンドラ様、マイエラ修道院も新しい風が入ってきているようですな」

「そのようですね。若いのになかなか大したものでございます。オディロ院長もご安心でございましょう」

ニノとカッサンドラは、まるで興味なし、と言わんばかりでその場を離れて行きました。

 

あれが、あの小男がニノ……。ガルシア殿を手玉にとり、わがマイエラを踏みつけた男……。

「さ、マルチェロ、まだご挨拶の済んでいない方々がおいでじゃよ」

ニノの去った後を知らず知らず睨み付け、足が止まっていたマルチェロを、オディロ院長は優しく次へと促します。

 

サヴェッラに集まった司教、大司教、司祭の面々。どの人物も腹に一物ありそうな顔で、互いの地位を欲しがっているようにマルチェロには見えました。そんな中、オディロ院長を除いてはただ一人、中央の祭壇に立つ法皇だけが、女神に仕える本物の代理人なのだろうとマルチェロは思いました。

マイエラ修道院は、三大聖地の一つであるとはいえ、他の聖地、ゴルドやこのサヴェッラとは意味合いが違います。ゴルドは巨大な女神像があり、小さな島そのものが信仰の対象になっています。サヴェッラは法皇の住まいがあり、王族の結婚式や王位継承の儀式などが行われる大聖堂があります。マイエラは僧侶の学びの場。現法王もオディロ院長もマイエラで学んだのです。マイエラで学んだ者たちが各地へ教えを広めたので、今ではわざわざマイエラで学ぼうと思う者は少なくなりました。聖堂騎士団もマイエラ以外にサヴェッラが大きな組織ですが、サヴェッラの騎士団は貴族出身でコネのある者が集まるようになったので、マイエラにやってくるのは、サヴェッラにコネのない者……上級の司教への付け届けができない貴族の子息でした。もちろん、マルチェロが副団長になってからはそういった人間は少なくなってはいました。

 

この日、サヴェッラでは、法皇庁の新役員の顔合わせを兼ねたミサが行われる予定です。世界各地から地位の高い僧侶が集まっています。本来は、一聖堂騎士団の団長が参加できるものではありませんが、オディロ院長は高齢。いつも騎士団長を伴って参加していました。

「どうせわしが法皇に報告せねばならんのじゃ。お前さんもついで法皇に会うがよい」

「私などが……。いくらオディロ院長様のご学友でいらっしゃるとは言え、法皇様が私など……」

「案ずるな。今の法皇になってから、サヴェッラは随分開かれてきた。それにわしも奴に会うのは久し振りじゃからのう」

マルチェロは気が進みませんでしたが、院長の言葉に従うよりありません。小さな声ではい、とだけ返事をしました。

「それにの、マルチェロ。地位の上下にこだわってはならない。上の地位だからと、威張り散らしてはならん。よく見ておくのじゃ。徳高き者と地位のみ高き者の違いをの」

 

このような地位の高い人物ばかり集まる場に来たことがなかったマルチェロ。普段と変わりない態度をとっていたつもりでしたが、気分的に萎縮していることを院長に隠すことはできませんでした。

法皇に謁見するために、オディロ院長と法皇の館への昇降盤を待つ間、いつになく落ち着きのないマルチェロを見て、院長は思いました。

 

──このような場にマルチェロを連れてきとうなかった。ゴールドと欲にまみれた偽り集団の中に。しかし、マルチェロなら、道を踏み外さずにいられるはずじゃ。上手に渡るのじゃ、マルチェロ。人道に反することはしてはならん。甘んじよ、とは言わぬ。しかし、望み過ぎてはならん。そのことを、今日、心に刻むのじゃ。

 

マルチェロは、光射す法皇の部屋、威厳に満ちあふれた法皇の前で、ただただ頭を下げていることしかできませんでした。

 

「騎士団長の地位に臆することはない。マルチェロ。だが、傲ることもあってはならん。マイエラと騎士団を次の世代へ引き継ぐという責務を、そなたが担うのだ。そして、オディロと共にあれ。教えを絶ってはならぬ。それが女神によりそなたに与えられた試練だ」

「御意に……」

「……まあよい。オディロとわしは旧知の仲である。オディロの後ろ楯があれば……。そうだ、アスカンタの公爵もそなたを誉めていたぞ。よい人脈を持ったな」

「……」

 

──後ろ楯、人脈……。そうだ。ドニの子、メイドの子、そして孤児……。生まれながらの地位も家柄も……何もない自分……。オディロ院長様の庇護、公爵様のお名前がなければ、マイエラ聖堂騎士団長という地位さえ、肩書きにならない。なんという理不尽。いくら剣の腕が立ち、学問に長けていても、私に足りぬところ、どう足掻いても得ることのできないもの……。心から叫び、この身を粉にして祈り、求めても、永遠に手に入らないもの……。それを、目の前の聖職者……二人がかりで私に解らせようとしている。

これ以上望むな、と。

それが試練だ、と。

わかっている。

地位も家柄も、求めて得られるものではない。

誰かにゴールドを積み、誰かから奪い、誰かを利用しなければ、私には手に入らない。

さっき大聖堂の中で私に好奇の目を向けた者……私を蔑んだ者……無関心を装った者……あの輩たちのように……。

女神よ、徳高き者とはどのような者ですか。法皇ですか? オディロ院長様ですか? 私に浄罪の行為をさせた貴族たちですか?

私は……私は……。功徳を行えば救われるのですか……。この汚れた身が潔癖となるのですか?

馬鹿な。私の女神はいない。祈りはいつも通じない。オディロ院長様に拾われて、生き延びた命……オディロ院長様の元で共に祈り、救われたはずだった。それなのにあっという間にこの身は汚され、自らの貞操を弟に……。もう、救われることなどないのだ。

 

2

マルチェロが正式にマイエラの聖堂騎士団団長になって数ヶ月。

マルチェロ24歳、ククールは16歳になりました。

 

前団長、ガルシアが最後に行った免罪符の発行は、ガルシアが横流しした分のゴールドをあっという間に取り返すことができました。

免罪符を購入した貴族や大商人からの評判を聞き、免罪符は黙っていても売れるようになりました。しかし、マルチェロは大々的に宣伝することはせず、いわゆる「口コミ」効果を狙い、敢えて隠しながら売る、という方法を続けました。修道院の財政は次第に安定し、そろそろもっと安価な、子供の小遣いで買える程度の免罪符も発行したらどうかなども考えはじめていました。

 

 

「マルチェロや、ちょっとよいかのう?」

ある日、マルチェロは、オディロ院長に呼ばれました。

 

「院長様……」

「まあ、おかけ」

 

──何も悪いことはしていない、私は修道院のために免罪符を売っているだけ。祈祷の布施も無心しているわけではない、騎士団の鍛練もきちんとやっている……。

 

院長がまだ何も言っていないのに、なぜかマルチェロは、そんな風に心の中で言い訳を探しました。院長の目の前に座る、立派な聖堂騎士団長は、まるで幼な子のようでした。

 

「マルチェロ、本当によくやってくれておるのう」

まず院長の口から出たのは、ねぎらいの言葉でした。

「滅相もございません、まだまだ不徳の致すところのどれだけ多いことか……」

「いや、前任のガルシアが開けた穴は、もうふさがった。お前さんのおかげじゃ」

「院長様……私は特に……」

「いやいや、謙遜せんでもよい。このマイエラの財政は火の車じゃ。大貴族の子息たちが修行に来なくなったからのう」

「やはり皆、サヴェッラに流れているのでしょうか」

「そのようじゃ。……のう、マルチェロ、しばらく騎士団員の訓練に力を入れてはくれまいか?」

「仰せとあらば。しかし、何故……」

「ふむ。サヴェッラに貴族の騎士団が集まるのは構わん。全くもって問題ない。じゃが、そのかわりに、このマイエラには血の気の多い者が増えているようじゃからな」

 

──そうだ。先日、院長様と訪れたサヴェッラでそのような話を耳にした。結局、ゴールドのない貴族や、身の振り方に困った者たちがこのマイエラに集まってくるのだ。本人の意志があればまだよい……。箸にも棒にもかからぬ愚息たちを、厄介払いのようにこのマイエラへ連れて来る親どもがいるのだ。そういう者に限って、嫡子はサヴェッラに入団させている。だからマイエラに来る者たちは、妙な被害妄想家や、荒んだ心の者が多い。以前より、ひどいではないか……。

 

そんなマルチェロの危惧を読み取ったかのように、オディロ院長は優しく言います。

 

「マルチェロ、どんな事情があるにせよ、ここマイエラに来たということは、我らと同じ女神に仕える身。……お前さんと一緒じゃよ」

下がってよい、と短く言われ、マルチェロは院長の御前を辞しました。

 

 

深夜の団長室。

マルチェロは夜風を肌に受けながら、院長の言葉を反芻していました。

 

──院長様は騎士団員の教育に力をそそげと。それは、少し修道院の経営から離れろ、ということだ。院長様は、私に何をさせたいのか。いや、初心に帰れということなのだろう。これから入団して来る、どんな者たちにも、正しき神の道を示し、修道院を守れと。

 

ふっ、と灯が消えました。風が強くなったようです。

 

──風、か。

 

マルチェロは、ククールのことを思いました。風のような、つかみどころのない弟。その存在を忘れていた頃にふっと現れ、自分をざわつかせる……。

いや、とマルチェロは首を強く振りました。

 

──何でもない。あんな男は……。

 

 

翌日からマルチェロは、騎士団の訓練を見直し、訓練のリーダーにマリオンを据え、自分は新たな副団長のロジエールと監視にあたりました。

 

日に日に激しくなる訓練に、いい加減な気持ちでマイエラにやって来た者たちは次々逃げ出して行きました。

本当にここに残りたい者だけが残って行き、騎士団のレベルも上り調子でした。

 

そんな厳しい訓練の噂はすぐに近隣諸国に広まり、安易な気持ちでマイエラの門を叩く者は減りました。それでも、ゴールドを積んで入団を申し込む者は後を絶たず、騎士団上層部はその扱いに手を焼くのでした。

 

「団長殿? お呼びと伺いました」

ある夜更け、ククールが団長室を訪れました。

久しぶりのきょうだいの対面でした。それでなくても間近で兄の姿を見ることの少ないククールにとって、マルチェロはやつれ、痩せたように見えました。

 

「団長殿……お疲れなのでは? 顔色が……」

 

マルチェロは、ククールの言葉など聞こえなかったかのように振る舞いました。そして、翡翠の瞳を一瞬、ククールに向けると、何やら書類を出しました。

 

「明日、祈祷に行け」

「了解しました。……どちらへでしょうか」

「アスカンタのフェロー子爵だ。王室とは遠い親戚だ。粗相のないように。……私も同行する」

 

──フェロー子爵か。コントレック公爵とは無縁の人だ。ということは、またこの身を投げ出すのか……。

 

ククールは、アスカンタの実力者コントレック公爵に可愛がられていますので、公爵に関係する貴族からは、いわゆる夜伽をさせられずにすんでいました。しかし、今回はフェロー子爵。

 

──以前、祈祷に行ったことがある。夫婦仲が悪く、祈祷の最中に喧嘩が起きた。あの時は、カミーユさんが一緒で、どうにか場が収まった。オレがサービスすることになったから……奥方に。兄貴も一緒って、どういうことだろう。

 

ククールは考えました。

子爵に犯されるマルチェロ、奥方にサービスするマルチェロ……。どちらも耐え難く、身も心も震えました。

 

「……準備をしておけ。午後一番に出発する。夜には帰る」

兄貴、と言おうとして、ククールは言葉を飲み込みました。兄のやるせない表情。それは、まだ幼い頃、先輩の騎士団員に犯された兄の顔。地下室で見せた、あの顔でした。

 

「用はそれだけだ。消えろ」

マルチェロに冷たくそう言われ、ククールは挨拶もせずに団長室を飛び出しました。

 

──兄貴、兄貴、どうするんだよ! オレがヤられるのか、兄貴がヤられるのか。奥方にサービスするのはどっちだよ!

 

ククールは狭い寝台の上でのたうち回りました。

 

──兄貴がヤられるのは耐えられない、でも、兄貴がオレ以外の人間に「挿れる」なんて、もっと耐えられない。

ククールは自慰に耽りました。オレの兄貴、オレの兄貴……と繰り返しながら。

 

3

「遅い」

「すみません」

ククールが祈祷の知らせを受けた翌日の午後のことでした。

外出用の糊のピッチリとかかった団長服に身を包んだマルチェロが、修道院を出た橋の上で待っていました。

ククールは睨み付けたい気持ちを抑え、しかし、まともに兄の顔を見ることもできず、磨きあげられた兄のブーツの先に目をやりました。

 

「騎馬ですか」

「そうだ。ゆっくり着いてこい」

「了解しました」

 

雨上がりのマイエラ地方は、じっとりと空気が重く、馬の並み足もベシャベシャと不快な音を立てています。

 

二人が目指すフェロー子爵邸は、マイエラからアスカンタ領に入ってほどない森の入り口にありました。門のすぐ奥、趣味の悪い獅子の置物の口から水が噴き出しています。

 

「お待ち申し上げておりました」

出迎えたのは、フェロー子爵でも、奥方でもなく、一人娘の子爵令嬢でした。

「父が待っておりますわ」

令嬢は遠慮なく、マルチェロの腕をとり、屋敷の中へ入って行きます。

ククールは激しい嫉妬に身を焼かれそうでした。

 

──この娘、こんな小娘が兄貴に抱かれるってのか? 兄貴、兄貴はどんな顔してこの小娘とヤるんだ? 優しい、愛みたいな言葉をささやくのかよ! オレには冷たいことばかり言うその唇から……。その翡翠の瞳に、その小娘の茶色の瞳を映すのか? 許せねえ、許せねえ! そんなこと、許せねえ! 殺す……殺してやる! レイピアの手入れをきちんとしておいてよかった。……兄貴はオレのモンだ。誰にも触らせない。

 

「……くん? ……ククールくん?」

「えっ、あっ、はい、あの、子爵様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」

「よいよい。まあ、すまなかった。マルチェロ殿。ククールくんを呼ぶには君の許可が必要と聞いているが、何故ですかね? 今までは、そんな決まりはなかったと思いますがね」

「子爵様のようなおかたには大変失礼かと存じますが、どうにも品のない貴族様やお役人様には、我がマイエラも大変な被害を被っているのです」

「被害とは、それは聞き捨てならない」

「はい。我がマイエラ都合にも関わらず、フェロー子爵様が決まりに応じて下さったということは、下級の方々のお手本となるのではと。おそれながら、ご爵位ない方々の祈祷は基本的にはお断り申し上げております」

「何と! 断っていると?」

「はい。もしも、子爵様に我々の祈祷を気に入って頂けたら、どうぞ、ご紹介下さい。子爵様のご紹介とあらば、我々も敬意を持って祈祷させて頂きます」

「……ふむ。もっともな言いぐさ。あなた方は何様のつもりですか。神に仕えし聖堂騎士団は、客を選ぶほどのお立場ですか?」

「お父様、やめてください。マルチェロ様、ごめんなさい。……お父様、オディロ院長様はご立派な方です。先日、マクシミリオン様のお茶会に参りましたところ、マルチェロ様とククール様のお二人が揃って祈祷に来て下さることは滅多にないとおっしゃっていらしたの。特にマルチェロ様は団長様におなりよ。お忙しいのにわざわざ……」

子爵令嬢は、父の機嫌を直そうと必死にマイエラ聖堂騎士団をかばいます。

「それが気に入らん。気に入らんが、仕方がない。さっさと祈祷を初めてもらおうか」

マルチェロは静かに頭を下げ、詩編を読み進めました。

 

──なんだよこいつ。今日は奥方はいないんだな。強気に出やがって。こんな奴にオレは……。

 

ククールは、夜伽とは言え、大切に扱われたことしかありませんでしたので、今日は嫌な予感がしていました。

2時間後、説法が終わると、二人はダイニングに案内されました。

 

「今日は母が外出しております。母には、お二人が来ていただくことは内緒ですのよ」

「それは何故ですか?」

「だって、きっとすごく怒りますもの。母はマルチェロ様の大ファンですから」

うふふ、と愛らしく笑い、子爵令嬢はアペリティフのグラスを持ち上げます。

「恐れいります……」

マルチェロもそれに合わせ、グラスを上げ、令嬢の瞳を見つめました。

 

──兄貴……。あんな優しいカオ、見たことない。婦女子にはいつもあんな優しい表情してんだな。

 

「いや、マルチェロ殿。先ほどは失礼しました。マイエラのやり方は、我々の間でもちと噂になっておりましてな。その、ニノ様が認めた免罪符を販売していると。爵位を持つ方々はお持ちの方が多くてですね。できれば我が家にも分けていただけないかと」

マルチェロは、免罪符のことは敢えて言わずにいました。説法の終わりに、免罪符の話をするのが常でしたので、ククールもおかしいと思っていました。だから、ここへきて、子爵から免罪符のことを言ってきたのは、マルチェロの思惑通りだったのだ、と気づきました。

 

「免罪符、ですか」

「分けてはもらえないだろうか。ニノ様お墨付きとあれば……」

「おそれながら、フェロー様、ニノ大司教の銘は入っておりません。販売の許可をニノ大司教より頂いた、ということのみですが」

「よいよい。ニノ様には個別で銘を頂ける」

 

──何だって?

ククールは思わず立ち上がりかけました。マルチェロの眉も微妙に動きます。

 

──ニノ大司教はまるもうけじゃねえか!

 

「ほう、ニノ大司教が銘を入れて下さるので? それはそれはありがたいことですな」

マルチェロは涼しい顔でアペリティフのグラスを空けました。

「おい、食事を……」

「いえ、お構い無く。我々は祈祷に参りましたので」

 

──立場が逆転した。免罪符欲しさに、子爵が下手に出るようになったな。

 

「ククール、お持ちして」

「はい」

ククールは、準備してきた免罪符をテーブルに並べました。

 

「お父様、私失礼しますわ」

令嬢はゴールドの話が出る前に退出しようと席を立ちました。

「ククールくんをご案内しなさい。私は団長殿と話がある」

「はい。……ククール様、どうぞ」

 

ククールは、令嬢に屋敷の中を案内され、中庭のパーゴラの下でお喋りをすることになりました。令嬢は19歳。来月結婚するそうです。

「それはおめでとうございます」

「ククール様は16歳なんですよね? お若いのにしっかりなさってらして……」

令嬢はふと目頭を押さえました。

「どうされました?」

「いえ、ごめんなさい、来月のお式を控えてちょっとナーバスになっているのかもしれないわ。……ククール様、懺悔をしたいのです。聞いてくださいますか?」

「もちろんですよ」

庭先では誰かに聞かれてしまいます、と令嬢は言い、ククールを自室に連れていきました。

 

「ククール様……」

部屋の扉が閉まると、令嬢のアメリアはククールにしなだれかかりました。

「アメリア様?」

「メロと呼んで」

「メロ様……」

「メロ」

「……メロ」

「……結婚したくないんです」

「何故ですか? おめでたいことではありませんか」

「……サザンビークへ行くの」

「遠いですね。でも、北のオークニスよりはずっと近い」

「……お歳を召したかたなの」

「ご立派なかたなのでございましょう」

「……好きな人がいるの」

「……」

「……マルチェロ様」

予想通りの答えではありましたが、やはりククールはショックでした。

 

──兄貴、このことを知っていて……。オレにこの娘の相手をしろと? 自分はあのジジイにサービスを? あのジジイにヤられるのか、兄貴! 兄貴がヤられることないだろう? 今から行ってオレが……。

……いや、そうすれば兄貴はこの娘を慰めてやらなきゃならない。オレなら、この娘を満足させられるし、その上、もし訴えてきてもたかがオレだ。処分はどうにでもなる。でも兄貴は団長だもんな……。

 

「メロ、マルチェロ団長は……」

「わかっています。マルチェロ様は団長様。地位のあるお方。今まで優しくして頂いてました。でも、でも、ただの一度も抱いて下さらなかった。接吻さえも……メロは淋しゅうございます」

「……そのために、私、ククールが参りました。団長殿の命をうけて。さあ、メロ、私を信じて……」

 

夜更け間近、アスカンタのフェロー子爵邸を訪れていたマルチェロとククール。それぞれに役目を果たし、帰路に着きました。

 

──結局、子爵ご令嬢はオレのテクでイキまくって、お婿殿を裏切る真似をさせずにすんだ。まあ、あのアバズレがバージンかどうかなんてオレには関係ねえが……。それより、兄貴。あのジジイに何されたんだ……。酷いことなら許さねえ。

 

ククールは前を行くマルチェロの背中をじっと見つめ、一人、嫉妬の炎に包まれていました。

 

──兄貴、オレの兄貴。やっぱりダメだ。どうしても、確かめたい。

 

聞くべきではない、と自分を納得させようとすればするほど、兄の妖しい姿が脳裏に浮かび、ククールはイバラのムチで全身を縛り上げられたかのような苦しみに耐えなければなりませんでした。意を決し、団長どの、と声をかけようとしたときでした。

「駈け足っ!」

マルチェロの馬が走り出しました。あわててククールも馬を駈ります。どうやら魔物のようでした。マルチェロは馬上からレイピアを左右に振り回し、次々に魔物を倒していきます。ククールは身を伏せながら、兄の後ろを必死でついて行きました。

 

森を抜けたところで、マルチェロが言います。

「もう大丈夫だ。降りろ。馬の状態を見るぞ」

マルチェロは、何事もなかったかのように、するりと馬から降り、自分とククールの馬を丁寧に触診します。

かなりの魔物の数だったのでしょうか。返り血が馬の足元を汚していました。

「団長どのは……」

「……何だ?」

「お怪我などございませんか」

「ない」

マルチェロは、無表情のまま馬の状態をチェックし終わると、ククールの馬のクツワをとりました。

「お前は私の馬で先に帰れ。お前の馬は足を少し傷めている。私が引いて行く」

「イヤです。オレも歩きます。修道院まではもういくらでもありません」

暗闇に美しいサファイア色を見てしまったマルチェロは、目をさっとそらせました。

「勝手にしろ……」

「はい。そうします」

 

──修道院まであと少し。子爵邸でのことを聞くなら今しかない。でも、口の固い兄貴のことだ。普通に聞いたんじゃ何も答えてくれそうにないな。

そう考えたククールは、まず、自分のことから話すことにしました。

 

「団長どの、オレはあの令嬢を満足させればよかったんですよね?」

「そうだ。粗相はなかったな?」

「嫁入り前と聞きました。オレは、婿殿への裏切り行為はしていません。懺悔を聞き、浄罪を行いました」

「それでいい」

 

ククールは、マルチェロの無反応なのに苛立ちました。

──わかってる、わかっちゃいる……兄貴がオレに無関心だって。くそっ……だったら、無理やり想像してもらうだけだ……オレとあの娘が具体的にどんなことをしたのか……それを言えば……。

 

「団長どの、令嬢は団長どのに懺悔をしたかったらしいです。もちろん浄罪も」

「そうか」

「知らなかったんですか?」

「知っていた」

「なら、なぜ?」

「私は子爵に話があったのだ」

「そうですか。オレの方は、ご令嬢が色っぽい声で『マルチェロさま』とか言うのを一生懸命なだめて、『団長だと思い、身をお任せください』とか適当なこと言って、兄貴の代わりに何回も昇天させてやりました……簡単なものでした。あの娘、だらしなく身体を広げて、『マルチェロさま、マルチェロさま、ください』とか言ってました。もちろんオレは汚れなき童貞だから、そんなことしませんけど」

「そうか。ご苦労だったな。では今からお前の知り合いの女の所でも行け」

女の所だと? ククールの腹の底から怒りが沸き上がりました。

「そんなんじゃねえ! オレは別にあの娘に欲情した訳じゃねえ。それより、兄貴のほうはどうだったんだ?」

ククールは想いの伝わらないもどかしさから、つい口調が乱暴になってしまいます。

ところがマルチェロは、一瞥をくべただけで、無言のまま歩を進ませます。

「なあ、団長どの、あのジジイに何されたんだ? サービスしたんだろう?」

マルチェロはぴたりと立ち止まり、ククールを睨み付けました。

「貴様には関係ない。口を閉じろ!」

「ああ、閉じるさ。オレの聞きたいことを聞いたらな。あのジジイは団長どのに何を……」

「別に変わったことはない」

「ヤられたのか? それともくわえたのか?」

「……私は免罪符をいくばくかのゴールドと引き換えにした。そのあとは奥方に関する懺悔を聞いた。そしてご令嬢の婚儀に関しての話もした。それだけだ」

「じゃあ、何もされなかったんだな? ジジイのを触りもしてないな? 懺悔が寝物語になってねえだろうな!」

「うるさい! お前は令嬢の懺悔を聞いた、私は子爵の懺悔を聞いた、それでよかろう! もう黙れ!」

 

マルチェロは先ほどより速い足取りで再び歩き始めました。

月明かりのない夜。

 

──わかる、オレにはわかる。兄貴はまちがいなく、何かされている。そうでなきゃ、なんで石鹸のニオイがするんだ?

 

ククールが尚も問い詰めようとしましたが、もう二人の目の前には修道院が見えていました。

 

「私は馬の手当てをする。お前は夜の祈りをして部屋に帰れ」

修道院入り口でマルチェロはぴたりと止まり、ククールにそう言い捨てると、川沿いの厩舎に向かって行ってしまいました。

 

「オレにはわかる……」

ククールは、闇に消えていく兄の背中に小さく声をかけると、礼拝堂へ入って行きました。

 

「おお、ククール。マルチェロは一緒ではないのか?」

「院長様!」

「お帰り、ククール。辛かったか? 顔色が悪いぞ」

礼拝堂でククールを迎えたのはオディロ院長でした。院長は膝まづくククールの頭を優しく撫でます。

「院長様、オレ……オレは……」

「うむ。わしは皆に酷いことをさせておる。ククール、お前さんとマルチェロには特にのう。すまないのう……。だから、マルチェロを恨まないでおくれ。恨むならこのわしを恨むがよい」

「なんで、なんで院長様を恨むなんて! そんなこと全然ありません。兄貴のことだって何にも恨んじゃいない。それに、オレは我慢できる。オレはどうなっても絶えられる。でも、兄貴が、兄貴がひどい目に会ってるなら、それは絶えられない。オレの兄貴なんです……兄貴の悲しい顔を見たくないんです」

 

オディロ院長は、優しくククールを抱きしめ、背中をぽんぽんと叩きました。

「お前さんは優しい子じゃ。いい子じゃ。……さあ、疲れたろう。湯を浴びて眠りなさい。明日朝の礼拝は出ないで、ゆっくり眠るとよい」

院長に促され、ククールは自室に戻りました。しかし、すぐには身体を清めに行く気がせず、マルチェロを追って厩舎へ向かいました。

しかし、厩舎にマルチェロの姿はもうありませんでした。さっき足を傷めた馬は、きちんと手当てされいて、ククールを見ると嬉しそうに鼻面を寄せてきます。ククールは、よしよし、と軽く撫で、再び礼拝堂に行きました。

深夜の礼拝堂は人の気配がなく、灯りも落とされていました。

 

「団長室か……」

団長室に行ってみると、警護の団員もおらず、鍵もかかっておりません。しかし、マルチェロがいる気配もありませんでした。

「湯を浴びているんだろうか……」

ククールは次に浴室へ向かいました。温かそうな湯気の匂い……。誰かが使用しているようです。

「ビンゴだ」

ククールは無遠慮に扉を開けました。

「誰だ!」

石鹸の匂いの中、マルチェロが固いスポンジでごしごしと自分の背中を洗っていす。

「オレも入ります」

ククールは全裸になり、兄貴の隣で湯を浴び始めました。

「たわけ者め。待てんのか?」

──兄貴の身体……久しぶりに見る裸体。

 

ククールは思わず背中にすがりつきました。よほど強くこすったのでしょう、背中、肩、腕が赤くなっています。ククールは兄の肩をつかみ、背の痕をそっと指でなぞります。

「兄貴、そんなにキツくこするなんて……赤くなってるじゃねえか! やっぱりジジイに舐められたんだな! 罪の証をかけられたのか? ヤられたのか? くわえたのか!?」

「いい加減にしろ!」

マルチェロは、ばっと身体をはがし、ククールにスポンジを投げつけ、身体の泡を落とすと、浴室から出て行ってしまいました。

 




メルソー>ククールと仲の良い、一つ年上だが同期の騎士団員。マルチェロに憧れている。

マルチェロに野心が生まれてきました。団長室には窓がある設定です。

次もいろいろもやもやするマルチェロです。
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