主な登場人物:マルチェロ、マロウ(騎士団員、語り手)、マリオン(騎士団員)、コントレック公爵
団長の不在の日々にも少しずつ慣れ、実質上の騎士団団長となったアラン副団長のもと、私たちはまとまってきました。
ククールさんが出ていかれてから、数ヶ月、このマイエラは輝きが半分になっていました。今やマルチェロ団長も不在となり、かつての輝きを思い出しはしても、灯すことはできません。そのもどかしさは闇となって私たちに覆い被さっているのです。
それでも、お二人のお帰りを信じ、残された私たちはマイエラを守っていかねばならないのです。
そんな折、私はアスカンタのコントレック公爵様に呼ばれました。
一人、馬を駆ってアスカンタへ向かいます。
「やあ、マロウくん、久しぶりだね」
公爵様は、恰幅のよい身体を細い杖で支え、私を出迎えて下さいました。
「ご挨拶に伺えず、失礼の段お許しいただきとうございます」
「ああ、いいよ、いいよ。気にしないで」
私は、例の、月の見えるバルコニーに案内されました。とは言え、まだ太陽が中天に達してまもない昼下がり。遠くアスカンタの山脈を望み、青い光と風の中、気持ちのよい空気を胸に吸い、オープンテラスでお茶を振る舞われました。
「……マルチェロはどうやら上手くやったようだね。噂はいろいろ届いている」
「はい、おかげさまで……と申し上げるべきなのですが。……団長の望みがかなったことは、私の本意です。しかし、本当にこれで良かったのか、私は心からの納得がゆかないのです。他にやり方がなかったのかと……」
公爵様は私の話をため息をつきながら聞いて下さいました。
「……うん、マルチェロなりに考えたことだろうが、彼がとったあの手段こそが、最も早く目的にたどり着くものだと思う。私もそう思う……思うがしかし……全くもって、ニノはろくでもない男だ。マルチェロの出世を後押ししながら、大司教長の座を願ったのだ。……あの男、マルチェロが身を犠牲にして承認を得るついでに、各要人に自分の大司教長の承認印も受け取って回ったのだ。卑怯者めが!」
「こ、公爵様、それは本当ですか?」
私は横っ面をはたかれたようなショックをうけました。
「マルチェロ、言わなかっただろう? そんなことになれば、君が止める。君まで身を差し出しかねないからね」
「そんな……ひどい。ニノ大司教……。マルチェロ団長の怪我の半分はあのかたのせいではありませんか!」
涙が止まりませんでした。私はフロレルさんのように美しく泣くことはできません。ほとんど洪水のように節操なく流れ出て、目も鼻も真っ赤にはれ上がっているはずです。
「マロウ、半分じゃない。ほとんどがニノの分だよ。マルチェロは嫌われこそすれ、憎まれることはない。だが、ニノは違う。あいつは非人道的なことを平気で行う。聖職者が聞いてあきれる!」
公爵様は歯に衣着せず厳しいことをおっしゃるかたですが、その内容はいつも優しさが含まれています。しかし、このように激しく攻撃するのはめったにないことでした。
それほど、ニノ大司教の極悪非道な行いに激怒されてらしたのです。
「ニノ……。私ではあの男をどうすることもできない。マルチェロがあそこまで辱しめられたと聞いて、私は涙が止まらなかった。あの美しいマルチェロを……彼の苦しむ顔を想像することもできないというのに……あの男……人間のすることではない……」
公爵様は静かに涙を流しました。公爵様も団長を愛してらっしゃる。団長が受けた数々の凌辱の内容を公爵様はご存知なのでしょう。
「ククールはどうしている? オディロの仇を討ったらしいね。手紙がきたよ」
「はい。マイエラに報告にきて下さいました。……旅のかたと。団長は外出中でしたので、お戻りになってからお伝えしました」
「ククールは元気にしてた?」
「はい。一回りも二回りも大きくなられて。逞しいお姿でした」
「……そう。ちゃんとマルチェロに報告に……」
血の気の昇っていた公爵様のお顔が、すっと優しくなりました。
「……実は、討伐の前もいらしたんです。間もなく討ち入ると。その時も団長は外出中でした」
「その時も旅人と? 一人じゃなかったの?」
「はい。旅のかた……パーティーのリーダーであるエイトさんと」
「エイト……彼はトロデ王の家臣というが……」
「わかりません。小柄ながら、相当力のあるかたのようでした。いつもお二人で……。多分、エイトさんは、ククールさんをマルチェロ団長に会わせたいのです。ククールさんは終始不機嫌でしたが、エイトさんは真剣で……」
「忘れないようにか。いや、忘れさせるためか……」
公爵様は、お見えにならない目を空へ向け、姿のない月の向こうにお二人の姿を探しておられました。
私も目を閉じて、青空の彼方をを見つめました。
日が落ちる前においとまする予定でしたが、夕食のご準備をして下さったと伺い、お断りするのも失礼にあたると思いましたので、お受けすることに致しました。
「つらかったろう? マルチェロの供は」
「はい。しかし、団長のおつらさとは比較になりません」
「強いね。君は」
強い、団長にも言われた言葉です。私は本当に強いのでしょうか?
「……実はね、マイエラの院長に就任しないかという話があったんだよ。この私に」
「本当でございますか?」
「君はどう思う?」
「公爵様が院長になって頂くのは嬉しいことです。マイエラの院長としてお力を頂けるとは光栄ですが……」
「……どうしたね? はっきり言っていいんだよ?」
公爵様はこのような大切なお話を、デザートのソルベに林檎のリキュールを豪快にかけながら、いたずらっ子のようにおっしゃいました。
「公爵様、爵位を放棄しなければなりません。マイエラは、こちらのお屋敷のように居心地よくはございません……。それに……教会に帰依するのは、その……公爵様らしくないと言いますか……あの……」
「ははは! すまないすまない、マロウよ。言わんで良いぞ!」
「も、申し訳ございません! 口を極めました」
「いやいや! 全く!」
公爵様の笑い声があまりに大きかったので、お屋敷のかたが何事かとあわててやって来ました。
公爵様は、よいよい、と制され、ソルベを口に運びました。
「ふむ……。全く、愉快! 君はククールと同じことを言う。この件は以前からオディロにも言われていてね。何かあったら院を頼むと……。サヴェッラからも依頼はあるんだよ。この話をすると、マルチェロは『そのような時は是非公爵様に』と言ったものだが、ククールは『公爵様と毎日会えたら楽しいですけど、公爵様は修道院の院長なんて似合いません。でももし、院長にさせられたら、一緒にドニに飲みにいきましょう』と言いおった!」
「そうだったのですか、お二人らしいお答えですね」
私はそんなやり取りが目に見えるようで、温かい気持ちになりました。
「騎士団はみんなマルチェロを待っているんだろう?」
「はい」
「では待ってやりなさい。彼を信じてね」
「はい」
公爵様は暗いから移動呪文を使いなさい、とおっしゃって下さいました。
高貴な方の前から、瞬間移動でおいとまするのは大変失礼なことでしたが、暗闇の乗馬は慣れておりませんでしたので、お言葉に甘えることにしました。
「何かあったら、いつでも来るといい。私もまた何かわかったら知らせよう。君一人の時は、移動呪文でおいで。道中、危ないからね」
「はい。では……失礼致します」
お屋敷を出たところまで見送りに出て下さった公爵様。私は心からの礼を申し上げ、御前でルーラしました。
* * * * *
「あの、マルチェロ様にお会いしたいのですが…」
騎士団宿舎の入り口には、団長への面会希望者が毎日列を作っています。団長がマイエラに戻らなくなっても、団長の説法を聞きたがる者や騎士団の公開訓練の見学者は後を絶ちませんでした。
「……ったく、マルチェロ、どこに行っちまいやがったんだ?」
ここは団長室。アラン副団長を前にぶつぶつ言っているのは、マルチェロ団長が最も信頼する騎士団員の一人、古参の騎士カミーユさんでした。
「おそらくまだサヴェッラかと」
そう答えたのは、団長に同行していたマリオンさんで、彼はちょくちょくサヴェッラでの警護の仕事に出かけています。今回も2日ほど前に一人で帰ってきていました。
「マリオン、マルチェロは法皇様とはどうなんだ?」
カミーユさんは団長のことを人一倍心配しています。団長の幼い頃から見ていた人ですから。歳の離れたお兄さんのような存在なのでしょう。
「ええ、あの気性ですから、サヴェッラの連中には陰口たたかれていますが、法皇様とはまずまずのようです」
「まずまず……ですか」
アラン副団長も心配そうです。
マリオンさんの言うまずまず、というのは、おそらく「ひどくはない」ということでしょう。
……ほんの少しでいい、団長にお会いしたい。今いらっしゃる場所は、団長の目指すところなのでしょうか……それを確かめたい。
ククールさんたちも、道化師を討ち取った報告のあとはマイエラに訪れることはありませんでした。マルチェロ団長もそれきりマイエラには姿を見せません。修道院では変わらない日々が続いておりました。
そんな折のこと……。サヴェッラの騎士団員がマイエラ修道院を訪れました。
「アラン副団長殿、サヴェッラより急使です」
私は団長室にお連れしました。
「もしや、マルチェロ団長に何かあったのですか?」
サヴェッラの騎士団員は、アラン副団長の問いには答えず、急いで重役を集めるように言いました。私は、マリオンさんとサンソンさんを呼びに走ります。
団長室の扉がしっかり閉まったのを確認すると、サヴェッラの騎士団員は言いました。
「法皇様が崩御された」
「なんですと?」
「いつです?」
「なぜです?」
私たちは同時に質問します。サヴェッラの騎士団員は悲痛な面持ちで静かに続けました。
「……法皇様のお住まいは、サヴェッラの崖の上にある。法皇様は、日課である早朝の散歩中に足を滑らせ、崖から海へ転落なさった。警護の者たちが異変に気付いた時には、マルチェロ殿が法皇様の救助に向かっていたが、既にお亡くなりになっていたということだ」
慈悲深きかの法皇様。私は直接お目にかかることはありませんでしたが、女神の代理人として私たちにあたたかなお言葉を下さった法皇様。オディロ院長様の理解者であられ、マイエラをいつも気づかって下さったあのお優しい法皇様が……。
「他言無用だ。マイエラの他の者にも口止めをしておくように」
「しかし……」
アラン副団長の言葉に、サヴェッラの騎士団員は厳しい目を向けました。
「実は、暗殺かも知れないのだ。事故の前、暗殺未遂事件があった。その下手人は煉獄島に捕らえてある。その詮議が済むまでは他言無用。噂はすぐに広まるだろうが、われわれ教会関係者の口から法皇様が亡くなったことを肯定してはならない」
暗殺未遂事件? この場にいた誰もが唖然として言葉も出ません。
「暗殺者は既に煉獄島なんですよね、じゃあ事故とは関係ないのでは?」
「だが、他に仲間がいて、その者が手を下した可能性がある。その詮議中ということだ」
私たちは、納得いきませんでしたが、サヴェッラの指示に従うより他にありません、
その一か月後、再びサヴェッラから使者がやってきました。法皇様の崩御を、正式にサヴェッラから通知することにしたということです。私たちの箝口令も解かれました。
「ご遺体はしばらく法皇様の館に安置され、一般人が優先で誰でもお別れの挨拶に訪れることができる。それから、次期法皇に、サヴェッラはマルチェロ殿を推挙した」
!!!!!
「何だって? マルチェロを」
「本当ですか?」
「マルチェロ団長が?」
「それは凄い! おい、皆を集めろ!」
法皇様が崩御されたことはもちろんですが、マルチェロ団長が法皇になるという大きな知らせに、マイエラは沸き立ちました。
……なんということでしょう!
……団長の望みがこのような形で遂げられるとは!
……法皇……。教会の頂点。そして女神に最も近い地位!
……世界中の王とて、法皇を侵略することは許されません。
……団長、あなたはついにこの世の高みへかけ上がった!
……今、どんなお顔をされていらっしゃるのか。
……誇り高きマルチェロ団長。
……どうか、運命を奪い取ったのではありませんように。
……私は団長を信じています。
修道院中がお祭り騒ぎのようになる中、マリオンさんが、一人心配そうな表情を浮かべていました。
「マルチェロに会いたい……サヴェッラのかた、何か手伝うことは?」
「今は人数が足りている。まだ未定だが、次期法皇の就任式がゴルドで予定されている。その時に警備として何人か要請することになろう」
サヴェッラの急使はそう告げ、マリオンさんに今からサヴェッラに来るかと尋ねました。
「ああ、様子が見たい」
マリオンさんは急使とともにサヴェッラへ飛び、その日のうちに帰ってきました。
「マリオン、どうだったか? マルチェロは?」
「マルチェロには会えなかった。言伝てだけだ。『マイエラを頼む』と」
「忙しいんだな、あいつ。すごいことになったな、ああ、なんという男なんだ、マルチェロは!」
古参の騎士団員、カミーユさんは終始機嫌良く、団長を誉め称えます。
他の騎士団員、修道士もみな、顔をほころばせては喜びを分かちあっていました。
私は、マリオンさんがそっと修道院から外へ出るのを追いました。
「マリオンさん!」
「ああ、お前か」
「あの……」
呼び止めたマリオンさんの表情は、思ったより暗いものではありませんでした。
「マルチェロに会った」
「……どうしてさっきは会ってないと……?」
マリオンさんはぽつぽつと星の現れ始めた空を見上げ、ふうと大きなため息をつきました。
「あいつ、なんかおかしい。目付きが違う……いや、目付きの悪いのは変わりないが、その……」
「眼の光が違う……?」
「うん、まあそんな感じだな。お前も会えばわかる」
「『マイエラを頼む』と、本当におっしゃったのですか?」
「ああ。アランを団長にしろと……」
「ダメです!」
私の大声に、マリオンさんは、なんだよ、おい! とビクッとしました。
「……ダメです。団長には帰ってきていただかないと……」
「お前なあ、警備と団長なら掛け持ちしてていいが、法皇が掛け持ちなんてありえねえよ。大勢いる名誉顧問の一人とかならいいが」
「違います! 団長は、ここマイエラがふるさと。ここに帰ってきていただかないと……」
「あんな立派な法皇の屋敷があるんだ。なんでこんなちっこい修道院に帰って来るかよ?」
でも、と言いかけ、やめました。
そう、世界の法皇様。世界のマルチェロ団長……。世界の……女神の……。
「心配するな。マルチェロがマイエラを大切にしていることは変わらない。だが、俺はあいつに付いて行くことに決めている。それから……」
「それから?」
マリオンさんは、お前だから言う、と声を潜めました。
「……ククールが捕らわれている。あの旅人たちと。もうひと月にもなるそうだ。ニノ大司教も一緒だ」
「ククールさんが? 何故です?」
「真相はわからん。ニノ大司教と結託して云々という話があるが、信憑性はない。本人に確かめるしかない」
「わかりました。私も行きます。ククールさんを助けに」
「一緒に来い、と言いたいところだが、修道院の他の奴らに知られたくない。俺ならサヴェッラの用事もあるしな。とにかく早く救出したい。それからニノ大司教とマルチェロの関係も暴く。サヴェッラの使者が暗殺がどうのと言っていたからな」
私は、ニノ大司教など救出しなくても、と思いました。団長にあんなに酷いことをした人です。しかし、マリオンさんにそれを話す訳にもいきません。
「……私にできることは……」
「まあ、まず待ってろ。あいつが法皇に就任しちまう前に、ククールから話を聞く」
翌朝すぐに出かけたマリオンさんは、昼過ぎにマイエラに戻ってきました。私はハーブ畑で話を聞きます。
マリオンさんはサヴェッラ警護のコネですぐに煉獄島に渡りました。が、すでにククールさんたちはニノ大司教の機転で牢を抜け、姿を消したということです。マリオンさんはニノ大司教を救出しました。
マリオンさんが、ニノ大司教から聞いてきたことは、にわかには信じられませんでした。マルチェロ団長がククールさんたちを投獄したというのです。それに……。
「ニノ大司教がククールさんたちを助けたというのは本当でしょうか」
「まあ、ニノ大司教の話だけだから、何とも判断つかないが、話し方からして嘘をついているとは思えなかった」
「ニノ大司教は、ご自分の立場を利用して様々なところから金品を手に入れ、またそれを利用し、自身の出世もなしとげるという、いわば贈収賄王ですよ? そんな人の話を信じるのですか?」
「お前、そこまで言わんでも……。確かに、ニノ大司教は『うまいこと』やった。だが、マルチェロも、ニノ大司教のそこを利用しなかったとは言えない。間接的には同じだ」
「同じではありません! 団長は己の望みのために他人を傷つけるようなかたではありません!」
「ああ、そうだな。マルチェロが危害を加えたのは確かに、ニノ大司教とククールだけだ。……少し落ち着け」
温和なマリオンさんに厳しくそう言われ、私は口を閉ざすよりほかありませんでした。
煉獄島……。死罪に値する重刑者が囚われる場所。建設以来、脱獄者など一人もありはしません。暗闇の底。正に地獄の島であると言われています。
「……ククールさんはあの煉獄島の牢の中で……ニノ大司教の口から懺悔でも聞いたのでしょうか」
「どうかな。ニノ大司教は、あいつらがきょうだいだとは知らないだろう。ククールのことだから、自分から言うとも思えないし。大司教は胸のうちを晒したかもしれないけどな」
……そうでしょうとも。ククールさんが団長の弟だと知っていたら、ククールさんたちを欺いて自分が脱出するはず。ニノ大司教にも、少しは女神のご加護があったのでしょうか。
「……それより、おかしいのは投獄の理由だ。発端となったのは、妙な魔物が法皇様を襲った事件だという。ニノ大司教の話では、偶然居合わせたククールたちが、法皇様を助けたというのに、あいつはククールたちを投獄した。ニノ大司教がククールと魔物を入れ、法皇様を亡きものにしようと企てた罪で」
「ククールさんがそんなことするわけがありません!」
私の大声に、マリオンさんは苦笑いしながら、俺だってククールがそんなことするわけないと知っているさ、と言いました。マリオンさんは私を落ち着かせるため、「まあ、座ろうぜ」と言って、腰をおろしました。私はつい、熱くなってしまったことを反省し、黙ってマリオンさんの隣に座りました。
「……それにしても、何故ニノ大司教はククールさんたちを逃がしたのでしょう。何かウラがあるのでは……」
ククールさんたちを逃がしたからと言って、マルチェロ団長にさせた数々の所業は許せません。
「ニノ大司教の話が本心かどうかは、これからわかる……。サヴェッラはククールたちを煉獄島から脱獄した「凶悪な四人組」として各国の教会や王家に手配書を回す準備をしている。もし、ニノ大司教が悪意を持ってククールたちを逃がしたのなら、自分の無実を主張し、あいつらが早く捕まるように騒ぎ立てるはずだ」
「全部ククールさんたちのせいにして、その後で、身の潔白を晴らし、大司教に返り咲くと?」
「ああ。教会上層部がマルチェロとニノ大司教のどちらの肩を持つかはわからんが、あの大司教のことだ、教会上層部にまた手をまわすんだろう。多くの関係者が大司教の味方をすれば、投獄は間違いだった、という話にできる」
そうでしょうね。あのニノ大司教のことです。転んでただで起きるはずがありません。
「もし、ニノ大司教の話、本当に自らを犠牲にしてククールさんたちを脱獄させたというのなら……」
「しばらく表には出てこないだろう。ククールたちと違って、大司教と言う身分だ。公正な詮議が行われるようにきちんと教会に訴えを出せば、あわてて処刑されるようなことはない。なぜ魔物が法皇の館に入れたのかも知らないそうだし。法皇様が亡くなったことで、暗殺未遂の件はもう誰も何も言わなくなっている。まあ、あの人じゃあ、逃げているククールたちを探し出して守ってやるなんてできないだろう。それより、法皇様事故ではなく他殺だったかもしれないという話が出てきたからな」
「暗殺未遂の犯人の仲間が……という話ですね」
「まさか、ククールたちの仲間がやるわけがない。教会は事故だと主張し、ウラではククールたちの仲間がやったことにしたいんだろう」
体面的に事故にしないと、警備がいるのに法皇様が殺されたなんてあってはならないことですからね。
「ニノ大司教は、他殺の線で調べると言っていた」
「マリオンさんはどう思います?」
事故であってほしい。
「ご遺体に刺し貫かれた跡があったのを見たものがいた」
「……」
「事実を知ることは、もしかして苦難の道になるのかも知れないな」
どういうことでしょう。
「……まさか、マリオンさん、団長を疑ってるのですか?」
「俺は、何があってもあいつに付いていく」
「私だって!」
マリオンさんはまた苦笑いをし、就任式には一緒に警護に行こう、と言いました。
それから何日かして、ゴルドで行われる就任式の前に、マルチェロ団長はマイエラにお戻りになりました。
「団長殿!」
「お帰りなさいませ! マルチェロ様!」
騎士団員、修道士たちは、揃って団長を迎えました。
「うむ。留守をよく守ってくれた。……アラン、これからはお前が騎士団長だ。副団長を指名するがいい。マリオンは、団長補佐として引き続き支援をお願いする。修道院はサンソン殿にお任せします。……サンソンさん、誰でもこきつかって下さい。騎士団と修道士間の連絡はメルソーにやらせて下さい……」
お戻りになったマルチェロ団長は、疲れが見えたものの、健康そうでありました。団長は院長の館には行かず、団長室でお休みになるとおっしゃいました。
ああ、伺いたいことがたくさん! 相変わらずお仕事は忙しいのでしょうか、お身体の加減はいかがでしょうか、何か、何か私にできることは……。
夜になり、私はマリオンさんと共に団長室に呼ばれました。
団長室のマルチェロ団長。執務机におつきになり、書類に何か書いてらっしゃいます。見慣れた光景。いつも団長はこんなふうに背を伸ばし、真っ直ぐに座ってらっしゃいました。そこから私たちに向ける眼差しは深く鋭く、座っているのにも関わらず、上段からレイピアを構えているときと同じ緊張感を私たちに与えます。
そんな感覚も、懐かしい。
……やはり、あなたはここがお似合いです。
なのに、気分が晴れないのは何故でしょうか。団長はサヴェッラで何かにとりつかれてしまったのでしょうか?
ククールさんたちを投獄したというのは本当だったのでしょうか……。
得体の知れない違和感。マリオンさんも感じているのでしょうか、口数が少ないです。
「……マルチェロ団長、お帰りなさいませ」
「ああ……」
思い切って私が声をかけると、団長は書類から目をあげました。一瞬、翡翠の瞳と視線が交差します。
……なんでしょう。何か、いる。団長の瞳の奥に。団長を喰らおうとしているような危うい力。
「さて、私がここに滞在するのは最後だ。ゴルドで行われる就任式には警護に何名か来てもらうことになる。……追って連絡する」
「承知致しました」
答えたのは私だけ。マリオンさんは黙っています。
「……マリオン、貴殿にも警護に来てもらいたいのだが」
「ああ、行くさ。なるべく、お前の近くにしてくれ」
「私の側近はサヴェッラの騎士団だ。マイエラからは、礼拝堂の外側の警護を任せる」
真っ直ぐに団長を見つめているマリオンさんの視線を、団長は避けながらおっしゃいました。
「わかった。なら……俺を警護要員からはずしてくれ」
「何故だ? 私の法皇就任を祝ってくれぬのか?」
「お前!」
軽い口調で「祝う」などとおっしゃった団長を睨み付け、マリオンさんは執務机をバンと叩きました。
余韻が月の光をも歪ませます。
何か、嫌な力が団長を喰らっています。これは……。
「貴様、法皇になどなってどうするつもりだ?」
「女神は……死ぬのだ」
「なんということを!」
「団長殿?」
「人の身分とは何だ? マリオン。最高峰に鎮座ましましていた徳高き法皇は、貧困や悪を治めなさったか?」
「法皇は人間だ! 神ではない。しかし、代理人なのだ」
「そうだ。人の上に立ち、女神の名を語る。それは法皇だけに許された地位だ……王や貴族、僧侶含め、法皇に従わなければならない」
「言いたいことは、わかる。今までも、法皇とはそういう位置付けだったろう? お前は何をしようとしているのだ」
いや、と団長はおっしゃり、机から離れて窓を開けました。
団長の端正な横顔を、月光が照らします。ふと、団長に宿っている魔物が震えたように感じました。
「変わらぬ。ただ、女神は死ぬ。人の心の中で巣食っている女神は死ぬのだ。女神はもっと別にいる。それは各々が見いだすもの……自分の意志により、女神は存在するのだ。その道しるべとして、私がいる。正しき教えを説くために」
「……正しき教えとは、何ですか。団長殿」
「お前ならわかるだろう? 私について修羅を見てきたのだから。お前が知り、悟ったことは、正しい」
「そうですね。私が団長殿を信じているのは、私が団長殿を敬愛申し上げているからです」
「マルチェロ、俺だってお前を信じている。お前の望む場所でお前が思うように采配を奮えばよいと思っている。マロウの言う通り、それはお前に対して愛情があるからだ。幼い頃から見てきたお前に」
「騎士団の……マイエラの人間は皆、団長殿を愛しています。団長殿のご出世を誇らしく思っています。……でも」
でも、と言っておいて口ごもる私を、マリオンさんが不安そうに見つめます。団長はゆっくり私の方を向きました。
「遠慮するな、言え」
「マロウ、言えよ。マルチェロに進言できるのはこれが最後かも知れないんだぞ」
「……はい。あの、その前に……あの杖は何ですか?」
「杖?」
マリオンさんが私の視線の先を追いました。
執務机から少し離れた壁に立てかけられた厳めしい杖。団長はあんなものお持ちではなかった。武器にしては異形です。
「団長殿、あれはいけません。操られてはいらっしゃいませんか?」
マルチェロ団長は、少し笑い「操られて……か。法皇の地位という魔物に操られてしまわぬよう、自分を見失わぬよう、戒めのための杖だ。心配するな」とおっしゃいました。
「ならばよろしいのですが……。どうか、団長の……団長を一人の人間として愛している私たちのことをお忘れなきよう、そして……」
私は、マリオンさんが近くにいるので、一瞬躊躇しましたが、思い切って申し上げました。
「……団長の全てを受け止めてくれる方にお会いして下さい。どうか、彼の前でご自分と向き合って下さい。あの方の瞳に団長を映し見て下さい」
私は、団長の否定の言葉を聞きたくなくて、団長室を飛び出しました。
それから数日間をマイエラで過ごされ、団長はお一人でサヴェッラに行かれました。
サヴェッラから法皇就任式のための警護の依頼が来たのは、更に数日経ってからでした。
書類に名前はなく、日時の他、10名を要請する、とだけ書かれた簡単な書類でした。
マリオンさんとアラン新団長が相談し、10名を選出、マリオンさんと私は、無関係を装ってゴルドへ向かいました。
ゴルドは人であふれかえっていました。新法皇の姿を一目見ようと、各国から大勢の観光客が集まってきたのです。私とマリオンさんは、警備の騎士団に顔を見られないようにして、神殿に入ります。始めて入る神殿の中は、コロシアムのような造りでした。私とマリオンさんは、どうにか空席を探し、座ることができました。
神殿中央に巨大な演説台があります。マルチェロ団長はすでにお姿を現しておいででした。私の胸の鼓動は高まる一方です。私たちの団長が、世界の頂点に立たれた。私は昂揚感を懸命に抑えながら、壇上のマルチェロ団長を見ました。そのご様子は、堂々とされていて、でもいつもと変わらぬ落ち着いたお顔をされていました。そして、手には例の杖がしっかりと握られていました。
「なんか、全然緊張してないみたいだな、マルチェロは」
「そうですね」
「……お前の言っていたあの杖、妙だよな。だが、不思議なことにあいつが持つと違和感がなくなる」
「ええ……」
団長のいる演説台からは遠く離れているというのに、あの杖の存在感は別格でした。女神信仰にかかわる道具や聖架とはかけ離れた形。団長は戒めの杖とおっしゃった。まさか異教のものではないでしょうか。だとすると、女神の対極に存在するもの……。
「……ご列席の諸侯もご存じのとおり、亡くなられた前法皇はあまたの祈りと涙とに見送られ、安らかに天に召された。よからぬ噂を立てる者もあるが、まこと天寿を全うされたのだ」
いよいよ始まりました。神殿中に声が響きます。
「しかし私は次の法皇に即位する気はない……いや正確に言おう。これまでのような法皇として飾り物にされる気はないのだ。王とは何だ? ただ王家に生まれついた。それだけの理由でわがまま放題、かしずかれ暮らす王とは? ただの兵士には王のようにふるまう事は許されぬ。たとえその兵が王の器を持っていようとも生まれついた身分からは逃れられぬ。
……そう、私もだ。平民の母を持つような身分いやしき者は、法皇にふさわしくない。教会の誰もがそう言った。良家に生まれた無能な僧どもにしか法皇の冠は与えられぬのだと。いと徳高く尊き前法皇。だが、奴が何をしてくれた? 世の無常を嘆き祈る。それだけだ。神も王も法皇もみな当然のように民の上へ君臨し何ひとつ役には立たぬ。
……だが、私は違う。尊き血など私にはひとしずくたりとも流れてはいない。そんなものに意味なぞない。だが、私はここにいる。自らの手でこの場所に立つ権利をつかみ取ったのだ……」
「これは一体……」
就任の演説……。私とマリオンさんは耳を疑いました。
言葉が過ぎます。前法皇様を「あいつ」呼ばわりする団長。
「……私に従え! 無能な王を玉座から追い払い、今こそ新しい主を選ぶべき時」
演説の内容はかなり過激なものでしたが、普段から団長の主張を伺っていた私には、主旨がずれているようには思えませんでした。
しかし、初めて聞く者には随分と誤解を与える言葉の使い方でした。マルチェロ団長は会場をゆっくりと見回します。そして高らかに言い放ちました。
「さあ、選ぶがいい。我に従うか、さもなくば……」
何ですって? 我?
「……そこにいる侵入者のように殺されるかだ!」
団長の杖が示す先を会場中の人が振り返ります。私とマリオンさんも何のことを言っているのかと目で追うと、そこにいたのは、なんとククールさんたちでした。
「おい、ククールじゃないか。来ていたんだな」
演説の途中、ククールさんと旅の方が騎士団に囲まれています。
私もマリオンさんも、それを助けようと立ち上がりましたが、突然まばゆい光が彼らを包み、次に目を開いた時には、ククールさんたちの姿はありません。
突然のことに参加者は次々会場から逃げ出し、騎士団員も統制を失って右往左往しています。
「マリオンさん、今ククールさんたちが!」
「ああ、わかっている!」
ごった返す会場。逃げ出す人に何度もぶつかられ、私はマリオンさんとはぐれてしまいました。
人々の叫び声の中、私は、マリオンさんかククールさんの姿は見つからないかと探します。
逃げ出す人の大半は、何事かはわからずも、身の危険を感じているようで、口々に「逃げろ!」と叫びながら出口に向かいます。
ようやく会場の混乱が収まった頃でした。
「もうやめて!」
声の方、演説の檀上を見れば、マルチェロ団長が膝をつき、その前で誰かが赤いバンダナのエイトさんを必死で止めていました。
「なんだと……この私が……
……礼を言うぞ……ずいぶん手こずらされたが……今こそ復活の時!」
何を言っているのでしょう、姿の見えない何かが団長を操っています。その声は神殿中に大きく響き、完全に操られた団長は宙に浮かび上がりました。まだ神殿に残っている人々が悲鳴を上げながら出口に殺到します。
「マルチェロ団長!」
私は必死で叫びました。でも……声が! 届かない! ククールさん、団長を助けて下さい!
どんなに声を枯らせても、団長に届いた様子はありません。
「ククールさん!」
まだ壇上にいるククールさんにも届かない!
「……よみがえれ! 我が肉体よ!!」
マルチェロ団長の腕が、あの杖を女神像に投げつけました。
杖は想像もしなかった速さで女神像を突き、ピシピシとヒビを作ります。巨大な女神像はばらばらと音をたてて割れ始め、女神像の中に異様な光がともるのがわかりました。
……崩れる!
足元が激しく振動し、団長が演説していたステージも大きく揺れます。バランスの悪いステージは、支えの柱からボロボロと壊れ始めました。団長が危ない! ククールさんたちもまだ逃げていない!
私の回りにもどこからか石のようなものが降ってきて、バラバラとそこらじゅうを打ちつけながら、床に壁に傷を増やしています。私はとにかく頭をかばいながら、身を低くしました。轟音の中、女神像の内側から、黒い塊が現れました。
次の瞬間、足元が抜けました。私はゴルドの底に落ちながら、巨大な要塞のようなものが宙に舞いあがっていくのを見ました。空は赤紫に染まり、その空もどんどん小さくなって私は闇に吸い込まれました。
お読みいただきありがとうございました。
「マイエラのきょうだい」はここで終わりです。ゴルド崩壊後の話は別の作品になります。続きの話になりますが、シリアスでない系統の話になります。エンディング後はまた別の作品になります。