主な登場人物:ククール、マルチェロ、メルソー(騎士団員)、コントレック公爵
1
「随分楽しんでいるようだな。……カミーユ殿から全て聞いている」
ククールはある深夜、地下室に呼ばれていました。呼び出したのはマルチェロ。何の仕置きかとふてくされておりましたが、マルチェロに冷たくそう言われ、少し目が泳ぎました。15歳で既に「飲む・打つ・買う」の三拍子がそろったことに、自分でも後ろめたい気がしていたからです。
──だって、しょうがねえじゃん。オレの居場所なんてどこにもないんだから。
そう自分に言い訳をし、兄の背中を睨みました。
「カミーユ殿はサンソン修道士にお願いするのがよいと言っているが」
その話か、とククールは今度はぎゅっと目を閉じました。再び目をあけると、兄がこちらを向いています。
「……祈祷準備ですか?」
ようやくそれだけ言い、床に視線を落としました。
「他に方法があるとすれば……。お前を男色の奴等に渡すか、または先方に任せるか、だが。祈祷先で粗相があっては困る。ここはサンソン修道士に祈祷準備をお願いしてやろう。肉体と精神を切り離す術を学ぶのだ」
「待って下さい」
今度こそ、兄の目をまっすぐ見据え、ククールは姿勢を正します。
「サンソン修道士では不満か? ならば祈祷先で開いてもらえ」
「いえ……」
「……では、誰か望む相手がいるとでも?」
「はい」
弟の答えに、兄は少し驚いたようでした。
「貴様、そっちの気もあるのか。女遊びに興じているだけでは足りず……あのロラン以下の下半身のしつけの悪さだな。……相手は誰だ?」
「……殿です」
「何だと?」
「……マルチェロ副団長殿です」
「ふざけるな! なぜ私が貴様などを……」
「肉体と精神を切り離すところを、オレに見せて下さい」
ククールは視線を外さすに言いました。
──兄貴がオレを憎んでいることなど知っている。でもオレは……兄貴に触れたい、あの憎らしい言葉をすらすらと吐き出す唇に。あの冷たい翡翠の瞳にオレの姿を映したい。あの力強い腕がどれほど優しいのかを知りたいんだ。
「できないんですか? 憎しみの感情がまさって、肉体と精神を切り離せないんですか? てゆーか、兄貴、童貞?」
バシッ! 薄暗い地下室に乾いた音が響きました。
「……殴ればいいさ。副団長殿は意外に感情のコントロールができないんですね」
ククールのその言葉に、マルチェロはかなり気を悪くしました。弟を睨む目は冷たく燃えていました。それとは反対にククールは、小躍りしたいくらいの気持ちになりました。自分の言葉に翻弄される兄。ほとんど無視されてきた毎日も、この瞬間でチャラにできるくらいだ、とも。
──怒れよ、オレのことでイライラすればいい。でも、今はただ兄貴の身体に触れたかった。どんな形でもいい。全身をぴったりくっつけて、そうして時を過ごしたい。甘い時間でなくていい。どんな痛みを伴ったとしても、兄貴とオレがここに存在している事実を肌で感じたい。どうせ男に抱かれる経験をするなら、初めては愛する人に……女のようだが、兄貴、夢見させてくれ。……肉体と精神を切り離すなんて、オレはもうとっくに覚えたよ。何とも思っていない相手とやらなきゃならない、そんなこと。
ククールは再び真っ直ぐに翡翠の瞳を睨みました。一方マルチェロは更に蔑むような視線を向け、言いました。
「……そうまで言うならやってやろう。後悔するなよ」
* * * * *
(マルチェロ)
成り行きとはいえ、妙なことになってしまった。なぜ私が……。売り言葉に買い言葉とはこのことか。
……私はロランに無理やり犯されてから、何度も「浄罪」と言う名の行為をしてきた。男だけでなく、女性にも浄罪を行ったことがある。しかし、私は間違いなく「汚れなき童貞」である。誰が「夜の祈祷」と呼んだのか。夜伽というのがはばかられるからか。
馬鹿げていると思うが、貴族というものは、教会に余計に布施をするのを好む。そしてより強固な結び付きを求めるのだ。だから、15歳の時からついこの間まで、浄罪という尤もらしい理由で祈祷を続けた。身を売る女だってこんなことをするんだろうか、という夜もあった。
湯を浴びながら考える。果たして肉体と精神を切り離し、あの馬鹿な弟を抱くことができるのか。
「途中で殺してしまいたくなるかも知れないな」
思わず言ってしまってから、鏡に映った自分の顔に笑みが浮かんでいるのを認め、気分が悪くなった。……これでは私が興奮しているようではないか。
弟が、団長室で待っていた。既に全裸になって私の寝台に座っている。
「さ、肉体と精神を切り離して下さい」
弟は髪をほどき、青い瞳をじっとこちらに向け、そう言った。
「飲め」
強めの酒を飲ませた。酔いは身体を熱くし、抵抗を少なくする。
一口でククールはむせた。私は残りを口に含み、馬鹿な弟の口に流し入れた。唇を合わせたその瞬間、意に反して全身に鳥肌が立ち、身体の中心から熱い波が全身を駆け巡った。
ククールは苦しそうに、しかし全て飲み込んで、私の口腔に舌を入れてきた。手慣れたものだった。私たちの舌は爬虫類の交尾のように絡み合った。ククールの冷たい肌はみるみる熱を帯び、頬は薔薇色に染まる。サファイア色の瞳がキラキラと瞬き、私の目をのぞき込む。私は、ククールのうなじに左手を差し込み、右手で銀の髪をすいた。ひんやりした髪がまとわりつく。このまま私自身がこの銀の糸にぐいぐいと締め付けられていくようだった。
「くるし……」
私ははっとしてククールの唇を解放した。与えているつもりが、いつの間にか夢中になっていたのだ。ククールは、ハッハッと浅い息をして、私の首に腕を回してきた。
「ウブな女のようにしていればいいですか?」
「黙っていろ……」
「はいはい」
これでは、余裕のないのは私の方だ。もう一度、うるさい口をふさぎ、首筋を指でなぞり、私の寝台に横たえた。
* * * * *
(ククール)
ああ、兄貴の肌って気持ちいい。すべすべしてしっとりと吸い付くようだ。その辺の女よりもずっと滑らかで、綺麗だ。オレはいつまでも包まれていたかった。このまま眠りたい。
……でも兄貴の右手はどんどん動きが怪しくなっていく。指先でなぞった跡を追うように、唇が続く。ゾクゾクして思わずのけぞると変な声が出た。ホント、女みたいだ。自分で声を上げてみて、女がいかに演技しているか、わかる。
* * * * *
(マルチェロ)
「あっ……ん……んふっ……」
ククールの声は私を昂らせた。快感と言うよりは、くすぐったさに耐えている様子に違いないのに、小刻みに震えるしなやかな肢体、薄く開いた朱色の唇、流れる銀の髪……。
15歳の身体はまだ少年らしく、ほっそりしている。修道院の質素な暮らしと厳しい訓練により、無駄な肉はなく、身体全体から若い熱が放出されている。私の背に絡みついてくる長い腕をほどき、両手首を寝台に縫いとめた。
白く透き通る肌。細い首。薄い胸板。腰骨に続く脇腹のラインは未熟な少女のようだろう。これは……好き者の貴族に可愛がられる身体だ……そう思うと、増悪が腹の底から沸き上った。次の瞬間、私は随分前からいきり立っている自分の物を、薄い唇の分かれ目に押し込んでいた。
* * * * *
ククールに跨がり、マルチェロは腰を振った。
突然の激しい行為にククールは一瞬怯んだが、目を閉じてされるがままになっていた。
──苦しい……。オレだってここまでしない。いいよ、って言ってくれる人はいるけど、こんな喉奥まで入れたら吐いちまう……。
苦しくて何度もえづくククールに構わず、マルチェロは動き続けた。一度大きく「ぐっ」と吐き戻しそうな音がして、やっと止めた。
解放しなければと腰を引きかけると、ククールはマルチェロの腰をそっと寄せ、自分の口腔を荒らした兄の物を愛撫し始めた。優しく包み込むククールの愛撫をマルチェロは怖れた。この弟に溺れる輩はどんな行為を強要するのだろうかと。
自分自身の昂りを押さえるため、腰を遠慮がちに支えている弟の手を振り払った。
「好き者めが……」
一度乱暴に喉の奥へ差し込み、ククールを解放した。
二つの激しい息づかいが暗い部屋に低く潜む。
獣が二頭、互いの気配を感じて身を震わせているようだった。
「うつ伏せになれ」
兄の言葉に素直に従うククール。マルチェロは弟の乱れた髪を整え、言った。
「肉体と精神を分離するのだ」
無言でうなずくククール。
──オレは今日、兄貴を心で感じる。身体を差し出すんじゃない、オレの心を差し出すんだ。痛みとか、そんなんはどうでもいい。
マルチェロは弟がそんな考えで臨んでいることなど露ほども知らずに、シミひとつない白く輝く背中の流線型を見下ろしていた。
──あの貴族、あの司祭、あの大臣……。
自分が浄罪した罪人が目の前の白い弟を犯す場面が見えるようだった。
マルチェロは弟の華奢な肩口からうなじ、脇腹をなぞり、一面に花を散らした。小さくまとまった丸い双丘まで降りてきて、再び弟の背中を見下ろした。
──この弟はドニで女たちと関係をもった。
うつ伏せた弟の下から、爪を赤く塗った女の腕が背中に絡みつく光景が見えるようだった。
マルチェロは勝者の心持ちがした。それは一瞬、嫉妬に似た感情が沸き上がるのを抑えることに成功した。
──この白い弟は頭ではわかっていても、これから先の痛みを知るまい。始めてのあの痛み……望まぬ行為を今から知ることになる。真っ白な新雪を、私の靴が汚す……。
支配的な欲望と同時に、自分の罪をこの弟が浄罪する、そんな意識もがマルチェロの脳裏をかすめた。
──違う、私は罪など犯してはいない!
全て神の名の元に……。
だが今、私は自らの肉体と精神を分離できているのか……。
マルチェロは大きく息を吸った。
──いや、分離させなければならないのは今はこの男だ。私は機械的に浄罪の排出される扉を開くだけだ。私の唇を与えずとも良かったのだ……。
マルチェロは小さな小瓶を取り出し、中身の香油を指先に伸ばした。
いつの間にか白い弟の身体は冷えきっている。
「冷たいな」
「オレ、冷え性なんです。上掛けかけてもいいですか」
ククールはそう言って兄の寝具にくるまった。
──兄貴の匂いだ……。オレは胸の疼きに耐えた。このまま包まれていたい、もう何もしないで眠りたい。オレははっきり言って怖くなっていた。兄貴の愛撫に身体が溶けてしまいそうで。このあと待っていることを想像し、恐れ以上に、兄と繋がりが持てることに心も身体も震える。しかし、祈祷先で誰と知れぬ人々に同じことをされるのかと思ったら、心が挫けた……。
「副団長殿、すみません。できません。オレ、怖くなった」
──兄貴のふっくらした唇も、力強い腕も、鋭く光る眼差しも、もうオレには刺激が強すぎる……。
「怖いだと?」
──ええ、兄貴の身体から離れられなくなりそうで、怖い……。
「はい、もう……」
「甘えるな!」
マルチェロは、自分自身が萎えたのを感じた。そして、自分の寝具にくるまっている弟を引きずり出し、床に乱暴に落とした。
白い弟は、ゆっくりと立ち上がった。まだ力一杯欲を孕んでいる弟の中心がマルチェロの目に入った。
「怖いと言った癖に……。若さというものか」
マルチェロはククールの怖さの真意を知らない。
「……もう、祈祷先でいいです。サンソンさんにも迷惑かけられませんから」
そう言い捨て、白い弟は身支度をいい加減に整えるとマルチェロの部屋を出て行った。
その晩、弟の残り香の中でマルチェロは珍しく深い眠りに落ちた。
一方、兄の所業を身体中に刻まれたククールは、寝台の上で一晩中苦しむことになった。
2
「な、ククール? お前、サンソンさんにやってもらわなかったんだって?」
兄との一件から数日後のことでした。
ククールの身体には兄の所業がまだ激しく残り、眠れない夜を過ごしていることなど知らない、同室のメルソーが話しかけます。
「……ああ。メルソー、お前はどうだった? 肉体と精神は分離できたのか?」
「ああ、まあな。サンソンさん、笑わせるから……」
「カマ掘りに何で?」
「カマ掘りって言うなよ」
ククールと同期で一歳上のメルソーは、ククールの気のおけない仲間。そして、祈祷デビューも同時期であり、互いが抱えている不安は痛いほどわかります。
「ククール、お前もう祈祷に行ったのか?」
「いや。だってオレたち一緒に行くんだろう?」
「それがさ、どうやら先輩とペアで行くらしいんだ。俺、カミーユさんと行くんだぜ? あの人はもう騎士団でも上の人だから祈祷ったってホントの祈祷だけだよ。あ~あ、夜伽デビュー決まりだな」
「いつだ?」
「明日だ。だから今日は非番なんだ。特別にな。多分明後日も休みだぜ。腰が立たねえよ」
ククールは何と返事してよいかわからなかったので、そうかもな、とだけ言いました。
ククールが次にメルソーに会ったのはそれから三日後のことでした。
「よう、メルソー。一人前の女になったんだって?」
口の悪い団員が声をかけます。
「うるせえ。ほっとけ」
「メルソー?」
「おっ、ククール。ちょっと来いよ」
メルソーは普段よりゆっくりした足取りで噴水のある中庭に向かいました。
メルソーは何か吹っ切れたような、しかし切なげな影を隠したまま、ククールに笑顔を向けました。
「……キツかった。まじで」
「そうか」
「一度や二度練習したからって、いてえのには違いない」
「……そうか」
ククールは、目を合わせているのがなぜか申し訳なくて、メルソーの後ろの噴水に視線を移しました。
「まあいいや。ククール、お前、準備もなく祈祷行くなよ。どんな変態がいるかわかんないんだから」
「ああ、そうだな……」
「……俺さ、あの準備……? その、してもらうのを、サンソンさんじゃなくて、マルチェロ副団長殿にってお願いしんだ」
「えっ?」
ククールは血の気がさっと引いたのを感じました。思わずメルソーを見ると、今度はメルソーが視線をはずします。空を仰いでから、ゆっくりと自分のブーツの先を眺めました。
「でもさ、あっさり却下されたよ」
「あに、いや、副団長殿に直接言ったのか?」
「ああ」
「……ダメって?」
「いや、ダメっていうか、じろりと睨まれただけ」
ククールはマルチェロに抱かれた記憶が全身によみがえって、ピリピリとした冷たい疼きを感じました。
「ククール、震えるなよ。……俺さ、マジ、マルチェロさんが好きなんだ。気がつくとあの人を見てる。もっと近くで仕事したいから出世しなきゃな」
マルチェロはかつて騎士団員であった男色のロランにいたぶられた時期がありましたが、ロランのように実際に手をつけたがった騎士団員は他にもたくさんいました。マルチェロがたくましく成長してくるころには、メルソーのように「抱かれたい」と思う団員のほうが増えてきましたが。
「あに、いや、副団長殿はもう夜の祈祷には行ってないんだよな?」
「ああ。たぶん」
「……オレ、今度副団長殿と行くんだ。祈祷に」
「そうか。……お前もデビューだな」
──オレはまだ未経験だ、どうしたらいい? まさか祈祷先で泣いて、兄貴に代わってもらう訳にいかない……。
「ククール、まさかお前、できないってダダこねるつもりじゃ……。マルチェロさんに恥かかすなよ」
──わかってる! オレは腹くくってんだ、もうどうでもいいんだ。
とうに覚悟を決めているのに、メルソーに念を押されて、ククールは少しムッとしました。
ところで、ククールには一つ気になることがありました。
「な、メルソー? まさか、カミーユさん、お前のその……、見てた訳じゃないよな」
「ああ。でも、隣の部屋で待ってたぜ。粗相のないように。いつでも代われるようにって。まさかカミーユさんに代わって下さいなんて言えねえよ。マジでプレッシャー感じた」
「なあ、それって、メチャメチャ嫌じゃねえか? ほら、……声とか」
「ああ。まる聞こえだからな。でも、痛くてそんなこと気にしてられないよ。……お前だから言うけど、カミーユさんにほめられたぜ。合格だって。先方の貴族もまあ満足したんだとよ。すげえ寄付金と、俺にも特別に俸給が出た」
「……合格ってか」
マルチェロに、自分のいやらしい喘ぎ声を聞かれる……マルチェロは涼しい顔をして、合格とか不合格とか言うんだろうか……。ククールはメルソーと宿舎に帰りながら、抱かれた夜に向けられた兄の冷たい視線を思い出していました。
3
「聖堂騎士団員ククール、明日はコントレック公爵様の祈祷に同行しろ」
冷たい雨の降る夜のことでした。終業の鐘の音と共に耳に入ってきた兄の言葉は、ククールの背筋にズキズキとした痛みを与えました。
「遠方ゆえ、朝食後すぐの出立だ。そのつもりで準備しておけ」
準備……。ククールは、ついに来たか、という衝撃で返事もろくにせず、走って兄の目の前から逃げ去りました。
──兄貴、兄貴は、オレがなんとかいうおっさんにヤられるのを隣の部屋で待ってるのか? オレがちゃんとヤられたかどうか、確認するのか? くそっ、明日、どんな顔をして行ったらいいんだ!
焦りか不安かわからない感情が腹の底から込み上げてきて、ククールは祈祷前夜、自分の寝台の上で何度も吐き気をもよおし、一睡もできませんでした。
2日程降り続いている雨は、次の朝も変わらぬ風景を見せていました。礼拝堂では準備を終えたククールをマルチェロが待っていました。
「乗れ」
「馬車ですか?」
「コントレック公爵邸は遠いのだ。アスカンタの山中にある」
「そうですか」
「途中で迎えの馬車に乗り換える」
馬車は二人を乗せて山へ向かいます。
聖堂騎士団の移動は主に徒歩。普段馬を使えるのは、騎士団上層部の者。
余程の事態でなければククールのような下っ端の団員は馬に乗ることさえ許されませんでした。それが、今日は二人揃って馬車の中。兄の隣は嬉しいはずなのに、キリキリと胃が痛くなるような空気しか感じられません。兄の様子をこっそり伺うと、兄は目を閉じ、腕を組み、なにやら考え込んでいるようにも、リラックスしているようにも見えました。
アスカンタ山麓で、コントレック公爵の簡素な馬車は、雨の中を幻想のように待っていました。霧深い山奥を目指し、車輪は山道をゆっくりと登って行きます。馬車の硬い揺れは、寝不足のうえ、極度に緊張しているククールをあっと言う間に酔わせました。公爵邸についた時は、誰が見ても顔面蒼白、すぐに部屋を用意され、ククールは心地よい羽布団にくるまり、昨夜の分まで眠りました。
* * * * *
(マルチェロ)
「おい、起きろ。日が暮れる」
全く、いい気なものだ。
「……うっ」
「水だ。飲め」
普段と違う、青い制服のククールは、白い顔が病的に見える。
まだ気分が悪いのだろう。試しにホイミをかけてやったら、少し良くなったようだ。
「あに……」
「公爵様にご挨拶するのだ。粗相のないように。それから、私のことを兄と呼ぶな」
「わかりました。副団長殿」
寝台から降りかけたククールがよろめく。私はとっさに身体を支えてしまった。
「すみません……」
ククールは私の腕からさっと抜け出すと、身なりを整えた。
「挨拶が済んだら食前酒が出る。お前は私の言う通りにしろ」
「わかりました」
* * * * *
(ククール)
兄貴の後をついていく。さっきはよくわからなかったけれど、相当でかい屋敷だ。それにここは別宅だっていうんだから、貴族の資産というものがどれほどなのか、オレには見当がつかなかった。まあ、なんにしてもオレには関係ないことだけどな。
乗り物酔いからようやく復活したが、これからのことを考えると別の気持ち悪さがこみあげてくる。盛大につきたいため息を、どうにか飲み込んで兄貴の背中だけを見て廊下を進んだ。
兄貴は開いている扉から中に入った。オレも続く。そこはだだっ広いバルコニーのある大きな部屋だった。ダイニングルームなんだろうか……だが、壁際に天蓋つきのキングサイズの寝台が視界に入った。ものすごく気になるが、じろじろ見るのは失礼になるので、オレはひたすらに兄貴の背中を見ている。
「公爵様、大変失礼致しました。これが、ククールにございます」
「申し訳ありませんでした。ククールと申します」
「よいよい。顔をあげなさい。少しは良くなったかね?」
顔をあげると、公爵らしき人物が杖をつきながら近づいてきた。
「あっ、お目に、かかれて光栄でございます」
オレは膝まづき、公爵の着衣の裾に口づけた。
公爵は、白髪で、上品な顔立ち、胸板厚く、武芸をたしなんでいる雰囲気があった。しかし……。
右足が、なかった。
「驚いたろう? 落馬してしまったのだよ。膝からポッキリ折れてしまった」
そう言う公爵の表情は明るい。
「公爵家としては、跡継ぎもいることだし、3年程前からここで隠居暮らしだ。気ままなものよ」
「公爵様、何をおっしゃいます。隠居されたとはいえ、アスカンタのご生家は公爵さまのお力あってこその公爵家。地域の教会も公爵家のお膝元で大事なく日々暮らしてゆけるのでございます……」
「いいんだよ、マルチェロ。先ほど話したね、私は隠居しているんだ。力などない。いや、いつまでも私がのさばっていてはいけないんだよ……」
その後、兄貴と公爵はアスカンタの経済についてなどの話を熱心に始めた。オレは余程間抜けな顔をしていたんだろう、公爵は会話の切れ目で、今日オレたちを呼んだ訳を話した。
「不治の……?」
「そうなのだよ、ククール君。すまないね、こんな話は。君はまだ15歳なのだろう? 死など身近にあるまい」
公爵はなんとかいう難しい名前の病で、いずれは目が見えなくなるのだと言った。
「よく見えるうちにね、美しいものをこの脳裏に焼き付けたい。それでマルチェロ副団長にわがままをきいてもらったというわけだ。マルチェロが選んだのが、君なんだね。本当に美しい。マルチェロに負けないくらいの美しい肌だ」
公爵はオレの顔を穴の開くほど眺めた。
「……愚弟でございます。腹違いの……」
「何と! ではドニの?」
「左様でございます」
オレの素性を知ると、公爵は更にオレに顔を近づけ、目をのぞき込んだ。
「……サファイアの瞳……。そうか……。彼が……。マルチェロ、ありがとう、良い思い出になりそうだ」
三人でシェリーを飲み、やがて前菜が運ばれた。兄貴は優雅に制し、立ち上がる。
「では、そろそろ準備して参ります。ククール、来なさい」
オレは黙って兄貴に従った。
行き先は、湯殿だった。
* * * * *
(マルチェロ)
「湯を浴びてこい」
「はいはい」
この弟は自分の置かれた状況を自分なりに解釈しているのだろう。軽口を叩きながらも、緊張の色は隠せない。
そろそろ半時になろうかという頃、長い髪を拭きながら、バカな弟が浴室から出てきた。湯上がりの弟は肌色が戻り、先ほどのシェリーのせいか、薄い唇と白い頬がほんのりと桃色に染まっていた。
……全く、女のようだ。
「そのローブを着て、応接間へ行け」
「さっきの部屋?」
「そうだ。行けばわかる。そこで待て。女のようにしていろ」
「はいはい」
「いいか、黙っていろ」
はいはい、と再び口にしてククールは去った。
* * * * *
(ククール)
さっきの応接間へ行くと、公爵が待っていた。
「湯上がりは蒸すだろう? バルコニーに椅子がある。しばらく涼みなさい」
……ヘンだ。公爵に祈祷サービスするんじゃないのか? でも、黙っていろ、と兄貴が言ったから、オレはうなずいて、用意された椅子に座った。
空は雲が途切れ、糸のような雨が降り終わるところだった。入れ替わるように、ちらりちらりと雲の間から姿を見せはじめている月が、細い光を投げかける。
……女のようにしていろ、か。
オレは自慢の髪を背中にバサリと流した。洗い髪は重く、女がよくするように、髪を乾かすような仕草をして見せた。
公爵は部屋にいるのだろう。背中に視線が刺さるようだ。
ほどなくして、兄貴が戻ってきた。
* * * * *
(マルチェロ)
……私はぶどう酒の瓶とグラスを3つ、シルバートレイにのせ、公爵の座る安楽椅子の側に運び入れた。
「一生の思い出になるよ」
……私は2つのグラスにぶどう酒を注いだ。
* * * * *
(ククール)
──マルチェロはワイングラスを持ってバルコニーに入って来た。
サイドテーブルにグラスを置き、膝まづいてククールの髪を手ですく──
耳の辺りから指を入れてくるからくすぐったい。兄貴の指が首筋に触れる。鼓動の速まるのを抑えられない。すると兄貴が耳元で囁く。
「初心な女のようにしろ。公爵様に魅せるのだ。今夜は肉体と精神が分離できずとも良い。私に身体を任せろ」
言い終わると同時に、耳たぶを柔らかく噛まれ、思わず声が出る。兄貴が、オレを……? 兄貴はぶどう酒を口に含み、オレの口に流し入れた。わずかな量だったが、同時に入ってきた兄貴の舌が、オレの全神経を酔わせた。
──マルチェロは唇を合わせたまま、ゆっくりとククールを立ち上がらせた。
耳の下から髪を後ろへすく間も、尖った舌先で弟の舌裏をなぞる。
ゆっくりとした兄の舌の動きは、ククールの胸の鼓動を急速に早める。
ざわざわと波打つ自分の肌の変化に、ククールは思わず強く目を閉じる。
そしてのローブの合わせ目に手が入れられ、両肩が湿っぽい空気にさらされた──
身体が……立っていられない……腰に力が入らねえ……。
──もうダメだ、倒れる、とククールが思った瞬間、兄の左手が力強く腰を引き寄せた。耳元から髪をすく右手の温かさ、規則的なその動きに、だんだんここが公爵様の邸宅で、自分と兄の睦事が見られていることなど忘れていくようだった──
兄貴は唇をゆっくり離し、オレの目を真っ直ぐ見て囁いた。
「私だけを見ていろ……」
* * * * *
(マルチェロ)
……唇を解放してやった。目の前の弟は息が上がり、白い肩が小さく上下している。背中の真ん中あたりまで下げたローブを、一気に取り去った。白いローブがぱさりと床に落ちたその瞬間、公爵が身を乗り出す気配がした。
細い身体をもう一度引き寄せ、こちらを向かせたまま部屋の奥へ向かった。
弟を寝台に腰掛けさせ、私は床に膝をついた。
弟の中心は先ほどから上を向き、愛撫を待っている。左手でゆるりゆるりと上下させ、その先端に唇を寄せると、頭上で切ない息づかいが溢れる。
「あ、……んっ……」
呼吸が速まってきたところで、寝台に仰向けに寝かせた。
弟は、向かい合う私に唇を求め、起き上がりかけて私の首に腕を伸ばす。
私はそれを許さず、両手を押さえつけた。
組み敷いた弟の抵抗は長く続かず、やがて身体をゆるめた。
公爵様によく見えるよう、私は寝台の奥側に身をずらし、再びククールの中心を手で上下させた。弟の若い身体は快感に耐えかね、
「ああっ……もう……だめです」
と、すぐに欲望を放出した。
それは勢いよく飛び散り、胸の辺りまで汚している。
公爵様は小声で何か言い、身を乗り出してククールの身体を見つめる。
……私は弟の精を拭ってやった。弟は一瞬で熱も放出し、その肌は急速に冷めていく。
「冷たいな」
ククールはサファイアの瞳を潤ませ、放心した表情を向けてくる。顔と手足がもう冷たくなっている。桃色だった頬は透き通るように白くなり、色素の抜けた朱色の唇も艶を無くしていた。
私はククールに見せるように、ゆっくり騎士服を脱ぎ去った。
静かに覆い被さり、唇を合わせると、ククールは待ちきれないように首に手を回し、身体の重みを求めた。
放出したばかりの弟の欲望は、私の腹の下でまた力をため始める。
「私を全身で受けとめろ」
耳元で囁くと、細い顎が小さく上下した。
私は深く口づけ、弟の舌を奥の方から何度も舐め上げる。
高揚感と息苦しさから唾液が口の端から顎へ伝う。
……私に溺れろ。今日は私のすべてをお前にやる。
全身で受け止めろ。そしてこれから祈祷の度に今日のことを思い出し、悶絶するがよい。いたぶられ、辱しめられ、死にたくなるような惨めな思いをしながら、今日のようなことは二度と起こらないのだと絶望するのだ……。
……私がお前に与えるのは今日が最初で最後……。
私はこれ以上ない、と自分でも思えるくらい丁寧にククールの身体を愛した。細い首筋も、胸の小さな突起も、指先に至るまで、口づけていった。
用意してあった香油に手を伸ばしかけ、やめた。代わりに、ククールの腰を持ち上げ、反転し、もぐり込んだ。
見上げるところにはククールの中心。ククールの見下ろすところには私の中心。
私たちはお互いを口に含んだ。
──寝台のギッギッと言う音、二人の息づかいの他、時おりなまめかしい甘い声と愛撫の音が、広い部屋にさざ波のように静かに広がる。公爵は、美しすぎる二人の愛の行為に我を忘れ、魅入った。腹違いとはいえ、兄弟だ。弟は今夜がはじめてと言う……。公爵の胸は締め付けられる。自分が望んだこととは言え、今夜がこの兄弟の暗い運命の始まりのように思えて……。
私は身体をずらし、筋を舐め上げてククールの後孔に唇を寄せた。
まだ誰も知らぬそこは、固く締まっていた。柔らかく刺激を与えていると、徐々に私の舌を受け入れ、人差し指を受け入れ、少しずつ開き始めた。
私はククールの下から抜け出し、うつ伏せで膝をつかせ、中指も入れた。
「ゆっくり息をしろ」
ククールは涙をにじませ、しっかりうなずいた。私は髪をすいてやりながら、奥を探る。
「あ……はうっ……」
痛いのに間違いない。なんとも形容しがたい異物感が全身を支配しているはずだ。しかし弟は涙を滲ませ、こらえる。痛みは表情に表れない。私は弟の中に入れた指を、かき混ぜるようにゆっくりと動かした。弟の後孔は、時折しめつけたり緩んだりする。痛みを逃すためのその動きが、私を煽る。様子を窺いながら更に奥へ指を進め、特に感じる部分を探り当てた。
「あうっ! ……う……んっ!」
弟の身体が跳ねる。そこに触れながら、再びククールの下に潜り込み、勃起を口に含んだ。
「あっ!……ん……ああっ!」
喘ぎ声が高くなっていく。同時に聞こえるはあはあと言う荒い呼吸。私は余裕がなくなってきた。祈祷に行っても、射精してしまうことなどないのに。これからこの弟にすることを考えると、自分がどうかなってしまいそうだった。一度全ての行為を止め、改めて白い弟をまっすぐに寝かせた。
* * * * *
(ククール)
今までとは違う、兄貴の唇。口づけを交わしながらも、浅くて速い呼吸が聞こえる。兄貴の身体はさっきより熱をおび、じわりと汗がにじんでいる。オレは兄貴の身体の匂いに包まれた。
兄貴の、手と唇は快楽を与え続ける。足を持ち上げ、足先から内腿までゆっくりと舌が這う。苦しい程の快感に気が遠くなる。内腿を吸われながら、必死で意識を手繰り寄せていると、兄貴の指が再び入れられた。指がある部分に触れると、今まで感じたことのなかった感覚がオレを溶かす。もう、声を押し殺すことができない。呼吸も荒くなるのも抑えられない。
「あっ……ん……マルチェロ副……」
副団長殿、と言おうとしたところで口をふさがれた。
なかをかき回され、痛みに耐えていると、兄貴の唇がオレの涙をぬぐった。
「マルチェロ……ふ」
副団長殿、と言おうとして、また口をふさがれた。続けてあの部分を刺激され、痛いのと気持ちいいのとで全身がしびれる。片方の足を兄貴の肩に上げさせられ、ついに兄貴の先端が差し込まれた。
* * * * *
(マルチェロ)
「うあっ! ……あっ、ん……」
ククールは小さく悲鳴を上げたが、私は構わず進んだ。腰を抱えながら、空いている方の手でククールの手を握った。ククールは指を強く絡めてきて、後ろの痛みに耐えている。
私のすべてを受け入るのに、どれほど時間が要ったのだろうか。私はこの痩せた白い弟に最小限の痛みしか与えなかったと自負できる。弟の中は熱く、きつく、私を迎えた。
* * * * *
(ククール)
兄貴の動きが止まった。オレは繋がった場所のことを考えずに、痛みを逃した。ゆっくり息を吸い込み、兄貴が痛くないように力を抜いた状態を保った。兄貴だって痛いはずだ。しばらく兄貴の息づかいが落ち着くまで、と背中をなでていたが、落ち着くどころか、時折息をつめ、苦しげな呼吸に変わっている。
兄貴が、オレの中で、登りつめようとしている!
懸命に、こらえている!
そう解ったら、早く兄貴を楽にしてあげたくなった。
「オレ、ちゃんとできて……」
兄貴はうつむいたまま、わずかにうなずいた。
オレは、無性に愛おしくなり、両手で兄貴の頬に触れ、こちらに向かせた。
閉じていたまぶたからすぐに翡翠の瞳が薄く現れ、オレが映った。
これが見たかった。
……兄貴のきれいな瞳に、オレが……。
今、見てくれてるんでしょ? 身体がつながって、限界を迎えているのをこらえながら……。
翡翠の瞳は少し細くなり、近づいてきた。唇が重なりあう間も、オレはその瞳を見つめ続けた。きっと……今日しか見てくれない……そんな想いに苛まれて。
* * * * *
(マルチェロ)
「痛いか……」
耳元で囁くと、弟の首は横に振られ、涙が一粒こぼれた。
「……きて」
サファイアの瞳を私に向けたまま、小さくそう言った。
──ゆっくりと、本当にゆっくりと……まるで壊れ物を扱うように、マルチェロは動き出した。ククールの目尻からは涙が、15歳のまだ経験の少ない物の先端からは快感の印が寝具を濡らす──
「……あっ……ん……マルチェロ……ふ……ん」
──マルチェロの我慢強い優しい動きに合わせて、細い弟は、切なくも満ち足りた声を上げる。マルチェロもまた、欲望を抑え、衝動を抑え、苦しげな声を発する。
雲が晴れ、月光が二人を照らす。背徳……いや、むしろ神聖な儀式のように、二人の行為は静かに続いた──
コントレック公爵>アスカンタの実力者。マルチェロ、ククールのことを気に入っている。今後もよく登場します。
次は汚職事件です。