戸倉ミサキ調教記~強気な彼女のもう一つの顔~ 作:道程ケンヂ
「……ねえ、マスター。ちょっと相談に乗ってほしいことがあるんだけど」
「珍しいですね。ヴァンガードのことなら、私よりもゲンさんたちに聞いた方が良いでしょうに」
「そうなんだけど……今回の相談は、マスターが相手じゃないと駄目なんだ。だから、お願い」
「ミサキさんにそう言われては無下にも出来ませんよ。私で良ければ、相談に乗りましょう」
ある日の午後、『E-ROSS』を訪れたミサキは、いつも通りにゲンをはじめとした客たちと話すのではなく、真っ先に店主である江島へと相談を持ち掛けた。珍しい彼女の行動に目を細めながら、その申し出を受けた江島は、店のカウンター席に腰掛けるミサキの話へと耳を傾ける。ミサキもまた、少し自分の心の中で整理を付けた後、やや戸惑いつつも先日体験した不思議な出来事を江島へと語り始めた。
「変な話だと思うんだけどさ……実は、ちょっと前にヴァンガードのユニットたちの声を聞いたんだよね。それで、デッキ作りとファイトに関する助言を貰えて、凄く助けられたと言うか、何と言うか……」
先日のフーファイターズを名乗る男たちとの一件。その際に経験した、カードの声が聞こえたという摩訶不思議な出来事を気恥ずかしそうに話すミサキ。江島は、そんな彼女の話を一笑するでもなく、ただ黙って耳を傾けてくれていた。
その日の起きた出来事を詳しく話し、一息ついたミサキは、いつの間にか差し出されていたお茶を一口飲んだ後、それらの出来事を総括した思いを述べる。
「今まで、アタシがこの店で経験したユニットたちとのセックスっていうのは、みんなのイメージ上の出来事みたいなものだと思ってたんだけど……でも、あの声を聞いてから、そうは思えなくなったんだよね。アタシに力を貸してくれたのは、『E-ROSS』でファイトして、セックスして、曲りなりにもアタシのことを認めてくれたユニットたちだった。そいつらの声が聞こえたお陰でデッキが作れてファイトにも勝てたってことを考えると、この出来事と『E-ROSS』が無関係だとは思えないんだ」
「なるほど……だから、この店の主である私にその話をしたということですね?」
「まあ、そういうことだよ。……マスターは、このことについて何か知ってるんじゃない? 確証はないけど、なんだかそんな気がするんだ」
「……そうですね。そろそろ、私と『E-ROSS』の秘密について、ミサキさんにもお話するべきでしょう」
「マスターとこの店の、秘密……?」
「……ここでは少し話しにくい。バックヤードに来てください。そこで、ミサキさんの経験した出来事についても納得のいく説明をさせていただきます」
そう、ミサキを手招きながら告げた江島は、背後の扉を開けると店の裏へと消えた。彼の後を追って扉を潜ったミサキは、その先に続く廊下を真っすぐ歩き続け、行き止まりの部屋に辿り着く。
その部屋の中では、既に江島が簡素な椅子に座ってミサキのことを待っていた。ミサキが机を挟んで置かれた椅子に座り、彼と向かい合ってその目を真っすぐに見つめれば、江島はふぅと軽く息を吐き、『E-ROSS』と自身についての話を語り出す。
「まず、ミサキさんの疑問に答えましょう。あなたの考えは当たっています。あなたが体験した性行為は、イメージ上のものだけではありません。ミサキさんは、実際にヴァンガードのユニットたちとセックスを行っているのです」
「や、やっぱりそうなんだ! でも、そんなのっておかしいよね? だって、あのユニットたちは、全部ヴァンガードっていうカードゲームに登場する、架空のキャラクターなんだし……」
「いいえ、そうではありません。ミサキさん、実は……
「えっ……!?」
突拍子もない江島の言葉に困惑を隠せないミサキであったが、現にユニットたちの声を聞いたことや、空想の産物とは思えない性行為を体験していることが彼の話を真実だと思わせるに相応しいだけの重みをもっていた。
今はまず、江島の話を聞いてから判断しようと考え、彼に向けて真摯な眼差しを向ければ、江島は「全てを話してもミサキを困惑させるだけだから、まずは一部分だけ」と前置きした後でヴァンガードの真実を語り始める。
「この地球から遥かに離れた銀河の果てか、もしくは別次元なのか……その正確な位置はわかってはいませんが、惑星クレイは実在しています。無論、ヴァンガードのユニットたちもクレイの中で存在しています。そして、我々の世界と惑星クレイは、お互いに共鳴して繋がり合っているのです」
「地球とクレイが共鳴……シンクロしてるってこと?」
「そうです……私がそのことを知ったのは、人間のイメージの力を研究していた頃でした。趣味であるヴァンガードを通じて、己の想像力を限界まで高めた結果、私はクレイと繋がることが出来た。そこに生きるユニットたちとクレイの存在を認知すると共に、彼らの世界に大いなる危機が迫っていることも知ったんです」
「惑星クレイの危機? それって、いったい……?」
「詳しいことはわかりません。しかし、クレイではその危機にどう対処するかの意見が合わず、国家間での争いが絶えない状況が続いています。我々が行っているファイトは、その戦いの結果に影響を及ぼす。だからこそ、クレイのユニットたちはより強い先導者を探し求めているんです。自分たちを勝利に導く優秀な指揮官を見つけ出すことが、それ即ち脅威への対策にも繋がるのですからね」
にわかには信じられない江島の話は、何故だかミサキには真実としか思えなかった。クレイの存在、国家間の戦争、地球とのシンクロ、それらの情報がすんなりと受け入れられ、不思議と混乱することはない。
されど、まだわからないことは無数にある。それらを尋ねはせず、ただ黙って江島の話を聞くミサキは、更に驚きの情報を知る事となった。
「……この地球と惑星クレイはシンクロしている。惑星クレイに危機が訪れるということは、同時に地球にも危機が訪れるということになる……! そのことを知った私は、その危機への対応策を講じることにしました。その最初の一歩として、
「ってことは、あそこで見た【ダークゾーン】のスタジアムとか、【ドラゴンエンパイア】の荒野とかは――」
「全て惑星クレイから切り取られた本物の土地です。ミサキさんは、実質的に惑星クレイに脚を踏み入れていることになります。そして、想像力を極限まで引き上げる技術によって、ユニットたちと男性客たちのイメージを受け取ることで、自身の肉体とイメージ力を成長させてきたのです」
「……そっか。アタシが押し付けられたイメージが本当のことになるのは、その技術のお陰なんだ。ただでさえ強いみんなのイメージが極限まで引き上げられて、しかもそれが何十人分もある訳だから、どんなありえないことでも現実のものになっちゃうんだ……!!」
「……それについてはまた後で話しましょう。なんにせよ、そういった技術を作り出した私は、地球に迫る危機に対抗するための精鋭部隊を作ることにしました。即ち、強力なヴァンガードファイターを集結させ、いざという時に集団で動けるようにする。そのファイターたちの集まる場所というのが、この『E-ROSS』なんですよ」
『E-ROSS』の存在意義を語る江島は、一度呼吸を置いてからなおもその話を続ける。ミサキは黙って、その話を聞き続けた。
「まず、私は自分のイメージを最大まで引き上げ、【この店を見つけられるのは強大な想像力かその素養を持つファイターのみ】というイメージを押し付けました。その結果、ゲンさんをはじめとした方々が『E-ROSS』を訪れ、通ってくれるようになりました。同じように強くなれる素養を持つ少年たちもこの店を訪れてくれたのですが、彼らは残念ながら常連客とはなってくれませんでした。どうやら、彼らにとっては大人ばかりのこの店は居心地が悪かったみたいですね」
「それでもまだ強力なファイターは店に残ってくれましたが……問題は、彼らの想像力には成長の兆しが見られなかったことです。それも当然のことで、大人になってからゆうに10年以上もの月日を過ごした彼らは、現実というものを知ってしまいました。そのせいで子供の頃のような無邪気な想像力は消え失せ、彼らのイメージは成長する可能性を潰えさせていた。そのことに危機感を抱いた私は、新しい風を呼び込むと共に常連客たちのイメージ力を引き上げるためにまた新たなイメージを店に押し付けたのです」
「……そのイメージって、なんなの?」
「笑われてしまうかもしれませんが、【一定以上の強力な性欲を持った男性】というものでした。人間の三大欲求である性欲には、無限大の想像力が眠っている。ヴァンガードの女性ユニットたちにそういった欲情を向けるファイターたちならば、きっとゲンさんたちの性欲をも刺激して、彼らの成長を促すことが出来ると考えたのですが――」
「上手くいかなかった。何故なら、そういった男性ファイターは強くなることにイメージを割いてて、人並み以上の性欲を抱くことなんてないから……違う?」
「……大正解ですよ、ミサキさん」
江島はぴたりと正解を言い当てたミサキへと苦笑いを見せる。考えてみれば当たり前の話なのだが、当時の彼はそのことにまるで気が付かなかったのであった。
強力な想像力を持ち、ファイトの実力をめきめきと上げる人間のタイプは2つに1つ、アイチのようにヴァンガードを心の底から楽しんでいるか、櫂のようにストイックに強さを追い求めているかだ。そんな人間たちと性欲はどう考えても噛み合わず、江島が求めているような人間はどうしたって『E-ROSS』を訪れなかったのである。
それなりの時間が過ぎてから失敗に気が付いた江島は、そのイメージをを取り消すと共に次なる手を打った。といっても、それは非常に簡単なもので、単に先ほどのイメージの対象を男性から若い女性に変えただけだ。
狙いは単純で、若い才能に対しての成長を促すと同時に彼女へのセクハラを通じて男性客たちの性欲を刺激し、その女性に対しての卑猥なイメージを繰り広げさせることによって男たちの想像力を向上させようというものである。強い性欲を持つ女性ならば、そのセクハラも悦びとして受け取ってくれるかもしれない。そうすれば、また『E-ROSS』へと足を運んでくれるだろう。そうすればまた男たちのイメージが捗り、成長を促せて――という江島の狙いがあったのだが、これもまた困難な話であることも理解していた。が、しかし……予想外にも、その条件を満たす女性はあっさりと『E-ROSS』を見つけ出したのである。
「そう……それこそが、ミサキさんです。あなたは私が望んでいた、女神とでも言うべき存在なんですよ」
「……それって、アタシがとんでもないドスケベだって言われてるようなものなんだけど。いや、現状を顧みると否定は出来ないんだけどさ……」
「そう気落ちしないでください。あなたのその淫乱さは、私たちに大きな恩恵をもたらしてくれました。つまり、ミサキさんは世界を救う変態娘ってことです」
「うぐっ……」
到底褒めているとは思えない言葉だが、江島は大真面目だ。それを分かっているミサキは、小さく呻くと何も言えなくなって押し黙ってしまう。
今さらながら改めて自分の淫猥さを突き付けられたミサキは羞恥に口を噤むも、江島が彼女が来てくれたおかげで得られた恩恵を上機嫌に話し出したことでその恥ずかしさは更に増幅させられてしまう。
「ミサキさんのような若く美しい少女は、私の当初の目的であった性欲をぶつける対象としては最適です。おかげで皆さんの性欲は刺激され、今ではかなりのイメージ力の向上に繋がりました。それに、ミサキさん自身の成長も素晴らしい。この『E-ROSS』で人間的にも、女性的にも、勿論ファイターとしても急激な成長をなさっている。そんなあなたに誇らしく思ってもらえる人間になろうと常連客の皆さんも努力してくれて、いい循環が出来ているんですよ」
「……まあ、みんなの役に立ててるなら悪い気はしないかな。うん、結構嬉しいかも」
ミサキがゲンやタイゾウ、キクオといった自分を成長させてくれた男たちの役に立てているという江島の発言は、彼女に満足感を与えるには十分な一言であった。気恥ずかしさは消えないながらもその言葉に充足感を得るミサキに対して、江島は真剣な表情を浮かべながら口を開く。
「ミサキさん……先ほど、あなたが押し付けられたイメージが現実のものとなるのは、私の作り出した技術のお陰だと仰いましたが、それだけではないと私は思います。あなたは、この店のヴァンガードファイターや惑星クレイのユニットたちの
「イメージの、受け皿……?」
「そうです。ご両親を亡くし、それからずっと悲しみだけを残した心のまま、空虚に生きていたミサキさんは、この『E-ROSS』で経験した様々な出来事と、ここで出会った数々の人たちとの交流を経て、大きく心を成長させたはずです。超一流のヴァンガードファイターと惑星クレイのユニットたちという、2つの世界の住人達から愛と期待と性欲の込められたイメージを一身に受け続けたミサキさんは、自分に様々なことを教えてくれた彼らを心から愛するようになった。その思いとイメージの受け皿となった自分の肉体が共鳴し、彼らのイメージを肉体に反映することが出来るようになったのではないかと私は考えています。そして、ミサキさんや他の皆さんの増大したイメージは、この店にまで影響を及ぼし始めている……まったく、私の想像を超える出来事の連発ですよ」
「店への影響って……もしかして、地下駐車場のこと!?」
「ご名答。元々は存在していなかった地下駐車場がいつの間にか出来上がり、しかもそのことを誰も疑問に思ってはいない。気が付いているのは私とミサキさんくらいのものでしょう。それに、気が付いていないかもしれませんが、店内も少し広くなっているんですよ」
「うそ……!? 本当にそんなことが……!?」
「正直、ここまでくると恐ろしいものがあるのですが、目に見えて皆さんの成長が感じられるというのはいいものです。それに、来たる脅威に備えて、力は出来る限りつけておいた方が良い。ですので、ミサキさんにはこれからも今まで通り……いえ、今まで以上にこの店で活動し、ファイトの実力と想像力を強め、更に身に着けた力を覚醒させてほしいんですよ」
「……現実味のない話だけど、冗談を言ってるようには見えないし……何より、アタシもユニットたちの声を実際に聞いちゃったから、信じるしかないよね。わかった。アタシに何が出来るかはわからないけど、今まで通りに過ごせって言うのなら、そうさせてもらうよ」
「ありがとうございます。そう言っていただけてほっとしていますよ。これからも、この店をよろしくお願いしますね」
差し出された江島の手を握り返してそう答えたミサキは、随分と壮大な話に巻き込まれてしまったなと溜息をつきながらも不思議と気分を高揚させていた。不謹慎ながらも、抱いていた疑問が解決したことや自分自身が思ったよりも凄まじい成長を遂げていることを自覚した彼女は、ついつい口元を緩めて笑みを浮かべてしまう。
そんなミサキとの握手を終えた江島は、何かを思いついたようにポンと手を叩くと、彼女へとある提案をした。
「ああ、そうだ。丁度いい機会ですし、ミサキさんもクレイのユニットたちと交信してみませんか? そうすれば、私の言うことが本当のことだと確信していただけると思いますしね」
「えっ!? そんなことが出来るの!?」
「普通のファイトの時と同じですよ。頭の中で惑星クレイのイメージを固め、意識を飛ばす……それだけです。ユニットたちに手を貸してもらったことのお礼もした方がいいでしょうし、ご自分が関わったクランの面々からどういった目で見られているかにも興味があるでしょう?」
「……まあ、そうだね。それじゃあ、お願いしちゃおうかな?」
「わかりました。ですが、その前に……服は脱いだ方が良いかもしれませんよ。向こうで何が起きるかはわかりませんし、その服を汚してしまったら着替えが面倒でしょう?」
「ん、OK!」
江島からの提案を飲み、惑星クレイへと意識を飛ばすことを承諾したミサキは、彼の忠告に従って服を脱ぎ捨てると一糸纏わぬ裸になった。そうして脱いだ服を江島へと渡し、彼が用意してくれた背もたれ付きの椅子に腰かけると、催眠術を掛けるように話しかけてきた彼の言葉を聞き、徐々に意識を遠のかせていく。
「瞳を閉じて……リラックス、リラックスです……そう、その調子……最後にクレイを強くイメージして……!」
「ん、あ……っっ♡♡♡」
息を吸い、吐く。体を弛緩させ、聞こえて来る言葉の通りにする。そうしていると、心が軽くなるような不思議な感覚がミサキの体を駆け巡り、その快感に甘い声を上げた彼女は、ふわりと自分の体が浮かび上がってどこかに飛んでいくような感覚を覚えた。
同時に、江島の声が聞こえなくなり、周囲が静かになる。完全に周囲の状況が変わったことを感じ取ったミサキが、恐る恐る目を開けてみると――
「……これ、は……!」
――そこには、全く見覚えのないコンクリートで出来た簡素な部屋の光景が広がっていた。