【とある魔術の禁書目録】敵役なりのジンテーゼ -Kihara- 作:白滝
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(――――ぎ、ィ、ァ、ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!)
生理食塩水を失い、血液の循環を断たれた遊離の脳が激痛による悲鳴を上げた。
半壊した警備ロボットの破片から伸びる電極コードが辛うじて三本だけ遊離の脳に刺さったままであったが、それでも何の意味もなかった。
脳に酸素を供給していた生命維持装置を失い、首が切断されたあの状態に再び戻ったという訳だ。
(あああああああああああああああああ、ぁ、………ぁえろ。考エろ、かんガえろ!!)
死が近づいてきた。
脳内の思考すら、言語化機能がおかしくなっていく。
首が切断されてから人が生きていられる時間は、せいぜい三〇秒程度だと言われている。中には五分近く生存できた人間もいたらしいが、木原遊離の人生にそんな幸運などなかった。
寿命は残り三〇秒。
命懸けの、最期の思考が始まる。
眼球の片方が潰れていたが、視神経が絡まったせいで、もはやどちらの眼球か分からない。耳に至っては、左耳の聴覚神経がぷっつりと切れて、三半規管から先がなくなっていた。
それでも必死に目を回す。
それでも必死に耳を研ぎ澄ます。
絶望に暮れる余裕なんてなかった。
一秒が惜しい。
残り三〇秒の寿命の中で、藁にも縋る思いで必死に『生』へとすがりつく。
(床が、突風ノ
しかし、もはや遊離には目玉をキョロキョロと動かす事すらできなかった。
ガラスケースの生理食塩水の中に漂っていた時は、ガラスケースが透明だった事も幸いし、視界を確保できた。眼球を動かす筋肉がなくても視界を確保できていたのはそのためだ。
しかし、ひび割れた床の亀裂の隅へと転がった自分の眼球では、視界に収められる範囲もたかが知れていた。真正面を見る事は辛うじてできるが、部屋を見回す事ができない。
部屋を必死で観察するが、倒れた薬品棚や粉々に砕け散ったガラス片や薬品ビンが落ちているだけだった。
手掛かりが、何も、ない。
絶望だった。
暗闇に突き落とされたような、奈落の底に沈みこむような絶望感が心を蝕む。
思わず視線を下に落とした。というより、視界の下に注意を向けた。
そこで、
(………………ぁ?)
信じられない物を見た。
視界の隅に、驚くべき光景を目にする。
ある訳がない、存在しないはずの物を目撃する。
それは、
(………………『Five_over』………?)
あった。
確かに、あった。
あり得ない、誰がどう考えた所で、あるはずのない不自然な存在が、そこに鎮座していた。
ひび割れた床の亀裂から見えた、遊離の真下の部屋。
それは、機材倉庫だった。
(幻、生……!?)
そして、決定的な証拠を目にする。
――――――生命維持装置であるオレンジ色の生理食塩水の入ったガラスケースが埋め込まれていた!!
それ以上は考える事は止めた。
決定的だった。
都合が良過ぎる展開だ。
あまりにも遊離に都合が良過ぎる。
明らかに誰かに仕組まれた状況だ。
そうとしか考えられない。
そして、もう陰謀論などどうでもよかった。
もう、言及している時間はない。
急げ。
既に一五秒近いロスがある。
激痛が脳を蝕む。
――――――残り十数秒。
遊離は死に物狂いで考える。
(何とかシて、目ノ前の亀裂niスべり込む!!)
もう少し。
あと三センチ。
たったそれだけ移動できればいい。
それで、その
だが。
遠い。
遠すぎる距離だった。
たった三センチの距離を、遊離は移動する事ができない。
移動するための筋肉がない。
―――――――残り一〇秒。
(ちkuショう!!)
言語機能が崩壊してきた。
早くしないとマズい。
必死に考える。
―――――――残り九秒。
(――――爆発で、俺をうgoかスしかねェ!!)
遊離の脳を収めたガラスケース内の生理食塩水には、ショック死を防ぐために強心剤も投与されていた。この強心剤には、ニトログリセリンが含くまれている。ニトログリセリンは、硝酸還元作用を有し血管拡張効果をもたらすため、挟心剤として医療分野に利用されている。
しかし、ニトログリセリンの最も有名な利用法は、ダイナマイトだ。ニトログセリンは摩擦や火花により、爆発性に非常に富んだ性質を発揮する。
そう。
生理食塩水の水溜りに沈んでいる『半壊した警備ロボット』が火花を散らせば、爆発によって転がされた遊離の脳は床の亀裂に落ちる事ができる。辛うじて電極コードが三本だけ遊離の脳に繋がれたままだった事が幸いした。
(急ゲ!!)
―――――――残り七秒。
電極コードに信号を送る。
半壊した演算装置が起動する。
警備ロボットが壊れた身体を無理矢理に動かそうとする。
スパークが弾け、火花が散った。
しかし。
生理食塩水は爆発しなかった。
(――――――――――――――――――は?)
―――――――残り五秒。
確かに、ニトログリセリンは爆発性に富み、些細な衝撃で爆発を引き起こす程に不安定なエネルギーを内包している。その爆発の反応性は相当なものだ。
しかし、当然ながら医療利用などの薬品に含まれるニトログリセリンは意図的に感度を下げられている。ましてや、『生命維持用の生理食塩水』なんてデリケートなものには、尚更に低感度に薬品を調製されているのだ。
つまり、火花が散った所で、爆発なんて起きない。
絶対に。
爆発なんて、起きない。
―――――――残り四秒。
(イsoげ!!急ゲええエえeえええeええええeえええええエええエえええeeええええええええeええエえeえええええエえええええeえエえeえええeええええeえええええエええエえええeeええええええええeええエえeえええええエえええええeえ!!)
思考を回せ。
打開策を考えろ。
部屋を観察しろ。
何か見つけろ。
何か考えるんだ。
落ち着け。
冷静になって周りを注意深k―――――――――
―――――――残り三秒。
(急ゲええエえeえええeええええeえええええエええエえええeeええええええええeええエえeえええええエえええええeえ!!)
部屋を観察する。
薬品棚。
机。
椅子。
蛍光灯。
ゴミ箱。
滑車。
エアコン。
ダンボール。
洗面台。
(―――あっタ!!)
遊離は警備ロボットに信号を飛ばす。
火花が散った。
同時。
信号が制御室のシステムに干渉し、エアコンを起動させた。
しかし、エアコンは突風でひしゃげて機能していなかった。
それでも強引に起動した結果、エアコンのエバポレーターから冷媒が漏れ出してきた。
―――――――残り一秒。
その冷媒が、生理食塩水の水溜りに垂れる。
ビキキィ!!と、生理食塩水が瞬間凍結した。
そう。
二〇二〇年に代替フロンの生産を世界規模で中止されて以来、学園都市では冷却ガスではなく、気化熱を利用した原始的な冷却方式を採用していた。
例えば、液化エーテル。エーテルは有機合成が比較的容易で、『外』が環境保全用に開発した新たなガスよりもコストがかからなかったためだ。
液化エーテルは常温ですら数秒で蒸発する揮発性を有し、その気化熱で水銀を凍らせる事までできる事が立証されている。
よって、生理食塩水はひとたまりもなく気化冷凍された。
そして、
――――――残りゼr
ニトログリセリンには、凍結すると反応性が上昇し感度が高くなる性質がある。
爆発が起きた。
爆風が遊離の脳を叩いて、床を転がった。
拍子で電極コードが千切れた。
転がった脳が、床の亀裂に滑り込む。
落ちる。
堕ちる。
オチる。
そして、
じゃぽん、と。
オレンジ色の生理食塩水に遊離の脳が着水した。
直後、十数本もの電極コードがガラスケースから飛び出してきて、遊離の脳に接続された。
生理食塩水に遊離の脳が着水した事で、
視神経も聴覚神経も
ドラム缶状の開閉扉が閉まり、『Five_over』の各種操作説明が脳内にアナウンスされる。
と、音声データが再生された。
『やぁ、遊離君。「
木原幻生の声だった。
録音データなので返答しても意味がない。
しかし、それでも遊離は呟かざる得なかった。
激痛に襲われる脳を必死に動かし、感謝と殺意を込めて木原遊離は木原幻生に恩返しを希望した。
『最高のタイミングで最高の位置にコイツを用意してくれてアリガトウ!!あまりに嬉し過ぎて俺の怒りが沸点をぶっ千切ってるからよォ、薬味諸共、テメェも一緒に殺戮刑をプレゼントやるぜェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
爆発音が隣の部屋から聞こえた。
「へ?」
恋査は無表情のまま、驚きの声を漏らした。
てっきり死んだと思った遊離だったが、どうやら生き延びていたらしい。
「遊離お兄ちゃーん!生きてたら返事してー!」
無邪気な声を出す。
反応はなかったが、それでも恋査はドアへ向かう足を止め、満足気に振り返る。進行方向を変え、人形が栓となった穴へ歩き出す。瓦礫が積み上がり隣の部屋の様子は分からないが、そんなものは破壊してしまえばいい。
ガシャコン!と背中から現れた編み棒が、再び不気味なラフレシアを織りなす。
切り替えられた能力は、第三位の『
鉄製の死体ロッカーを、死体ごと射出する。
轟ッッ!!と大気が唸った。
大質量の
オレンジ色の軌跡が一直線に空中に描かれた。
「かっこいー!!」
そんな風に無邪気に喜びながら、恋査は部屋に足を踏み入れる。
『さて、「
ここにきて、ようやく遊離は幻生の企みを理解した。
木原幻生の企み。
遊離を
自分だけひっそりと『Five_over』プロジェクトから手を引いて雲隠れした理由。
それは今、この現状をセッテイングするためにあった。
幻生の新兵器『Five_over』と、薬味の新兵器『恋査』との実戦データを取る事。
本来であれば対立する研究同士。
こんな実験データは絶対に得られない。
それを実現させるために、この今の舞台をお膳立てするための計画。
『遊離君も、ようやく私の計画の全容を知る事ができたのではないかな?まぁ、知ったところで君のやる事は変わらないだろう。さぁ、薬味君の
『相も変わらずクソつまんねぇ長ぇ前置きだな、ジジイ。さっさと要点だけ言って死ね』
もちろん録音データなので返答しても意味はないのだが、幻生はまるで遊離の呟きを予知できているかのように会話の間に沈黙を挟む。
『「Five_over」には君の音声データも積んでおいたから、ちゃんと喋れるだろう?いやはや、どうでもいい事だったが、思いの外苦労したよ』
『そりゃどーも。テメェの苦労を知る事ができて、俺は満足だぜ』
苦労した、なんて冗談を真に受ける遊離ではなかった。
人を正確に駒のように扱う巧みさ。
計画の前準備として、雲隠れしたり、この病院内にこの『Five_over』を積み込む作業の裏工作。そして、対照実験が成り立つよう、ご丁寧に演算コアは幻生側の兵器も薬味側の兵器も、同じ『木原』の人間が使用されている。
あまつさえ、『
『
学園都市が誇る世界最高の
人工衛星『おりひめⅠ号』に搭載されて宇宙へ打ち上げられ、表向きは天気予報を行うために作られた、とされている。
しかし、その主な目的は研究の予測演算にある。正確なデータを入力すれば未来予知すら可能と評するこの演算機器は、日々、学園都市内の研究所から依頼された莫大な実験予測結果を演算している。その重要度は、学園都市統括理事会の認可がなければ演算の許可が降りないというレベルにまで至る。
それを使用してまでの、幻生の計画。
小さな歯車を数百枚も噛み合わせるような緻密なこの計画に、無駄な要素なんて存在しないだろう。木原幻生は、そんな誤差を許容する人間ではないのだ。
『さて、そろそろ話が長いと文句を言われそうだから、この「Five_over」について説明しようかね』
そうだ。
木原幻生がここまで大掛かりな計画を仕組んだのだから、普通に実験をするだけでは得られないクラスの、特殊な兵器である事が伺える。
『君が今搭乗している
『第七位、だと!?………ありえねぇな』
ありえない。
第七位の能力の再現なんてものは不可能だ。学園都市で第七位の能力を解析できた研究者は一人もいない。
例え『木原』である、遊離であっても。数時間前に、身を以て体験した事実だ。
『君は第七位の再現なんて不可能だ、と言うだろう。もちろん、私も同意見だ。私が再現するといったのは、「能力」ではなく「ランダム性」だよ』
『意味が分からねぇな』
『私が削板君を裏路地へ誘導して君と戦わせた時、君は彼の能力をどう思ったかね?私は初めて彼の能力を目の当たりにした時、「なんて不安定な力なんだろう」と目を丸くしたよ。あれほど「
確かに、そうも感じた。
戦闘を続けながら第七位の能力を分析していた時、どれだけ現象に共通項を観察しても変幻自在に能力が変化する印象を受けた。
『だから私は、「擬似的に」彼の能力を再現するんだよ。
………君の脳をグチャグチャにかき混ぜて、「
『なん…だと……ッッ!?』
その時、遊離は薬味を罵倒した自分の言葉を思い出していた。
(「んだ、こりゃ?『
(実現させやがったってのか!?あんな無茶苦茶な理論を!?『
それはつまり、脳を壊すという事だ。
脳に新しいシワを刻まれるのならまだ優しい。
最終的に、ミキサーのようにグチャグチャの液状化する可能性すらある。
記憶を失うだろう。
人格が崩壊するだろう。
脳が壊れるという事は、自分の全てを失うという事だ。
『クッソジジイがァぁぁあああああああああああああああああああああああ!!端から俺を使い潰す予定だったって事かよ!!』
つまり「Five_over_Modelcase_“No.7”_Prototype」とは、演算コアとなる搭乗者の脳を壊しながら、能力の多重発現を擬似的に再現させる人工『能力開発』機、という事だ。
搭乗者の脳が書き換える事のできなくなる程すり潰されるまで、この『Five_over』は動きを止めない。遊離が死ぬ直前まで暴れ続ける。
『だから言っただろう?「君のやる事は変わらない」って。君はどの道死ぬんだ。今君が取れる選択肢は、「薬味君の兵器と戦って死ぬ」か、「薬味君の兵器と戦わずに殺される」か、だよ』
怒りが込み上げてきた。
どこまでいっても自分は盤上の駒でしかなく、どこまでも幻生の指から伸びる糸に縛られたピエロだった。
しかし、怒声を喚く暇はなかった。
ドガッッ!!と頭上で壁の壊れる音が聞こえてきた。
オレンジ色の軌跡が空中に描かれている。
恋査が第三位の『
『さて、ちょうどこのタイミングで薬味君の兵器が乱入してくると、「
そこでブツリと録音データが途切れた。
「遊離お兄ちゃーん!!どこに隠れてるのーぅ??」
上の階から、恋査の声が聞こえてくる。
時間がない。
(クッソ野郎ォ……クソ!!畜生がァぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!)
文句は山ほどある。
やるせない思いで胸がはち切れそうだ。
しかし、もはや、遊離にはそんな比喩表現を使える身体すらない。
恋査と戦闘を行えば、遊離は脳が潰れて死ぬ。
そうだ。
どうせ、死ぬ。
死ぬのだ。
例え恋査に勝っても、負けても。
(何しても、意味ねーのか……)
恋査と戦闘をすれば死ぬのなら、薬味を殺す事も敵わない。死ぬ前に、薬味に一矢報いる事さえも敵わないじゃないか。
何も、意味がない。何をしても、死んでしまえば意味がない。
ふと思った。
(だったらいっその事、このまま何もせずに殺されてみるか……)
逆に、このまま何もせずに恋査に殺されれば、戦闘データを観測できなかった幻生は悔しがるだろう。ここまで綿密に組まれた奴の計画を、最後の最期で崩壊させる事ができるかもしれない。
「遊離お兄ちゃんだ!!……何その姿!!カッコいー!!」
恋査に見つかった。
床の亀裂からこちらを見下ろす恋査を捉える。
『……、………………』
何かを言おうとして、しかし、遊離は何も話す事ができなかった。
どうせ、意味がないのだから。
「どうしたの、遊離お兄ちゃん?元気ないの?殺し合いたくないの?……あ、そうだ!私が遊離お兄ちゃんを元気にしてあげる!!そうすれば、一緒に殺し合いできるよね?」
ガシャコン!!と編み棒が蠢く。
不気味なラフレシアが織りなすのは、第五位の『
それは記憶の読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植など、精神に関するあらゆる事に干渉できる、十徳ナイフのような能力だ。
精神系では最強、と謳われるその能力で、遊離を洗脳して人格を変更し、無理矢理に恋査と戦わせようとしているのだろう。
いつの間にか手にしていたエアコンのリモコンを握り、遊離へ銃口を向けるかのように狙いを定める。
反射的に、遊離は洗脳攻撃から身を守ろうとする。
『俺は死にてーんだよッッ!!ゲスい洗脳なんてしてんじゃァねえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!』
「遊離お兄ちゃんはそんな事言わないもん!!元気がないからそんな事を考えちゃうんだよ!!私が治してあげるから、早く殺し合いしようよぉ!!」
遊離は『Five_over』の能力を起動させた。
グチャグチャと電極が脳を掻き回し、脳構造の崩壊が始まる。
激痛と寿命を引き換えに、自分に持ちえないはずの能力を手に入れる。
恋査は無表情だったが、その頬をぷくーっと膨らませ、地団駄を踏みながら耐えかねた声で、
「もう!!……遊離お兄ちゃんを元気にしちゃえーー!!」
ポチっと、小さな親指がリモコンの電源ボタンを押した。
しかし。
バチィッッ!!と電波が弾かれた。
恋査は訳が分からないといった顔でこちらを見つめ返す。
遊離からしても、自分がどんな能力でどういった原理でどういう現象が起こしたのか理解できていなかった。
しかし、弾くだけでは留まらなかった。
跳ね返された脳波は恋査自身にも被弾する。
「や、ぁ………っ」
小さな悲鳴と共に、恋査が呆けた状態になる。その場で棒立ちになる。
『これは……』
なんと遊離は、恋査の脳内に干渉する事ができていた。第五位の『
同じサイボーグであり、脳波リンクを起こし易かったのかもしれない。
そこで、
(助けて……)
遊離は、思いがけない声を聞いた。
(本当は喧嘩なんてしたくないよぅ……遊離お兄ちゃんと殺し合いなんてしたくないよぅ……)
泣いていた。
木原相殺は、心の奥底で泣いていた。
(相、殺……お前……)
本当は、遊離と戦いたくないのかもしれなかった。
おそらく今、遊離が覗いているのは相殺の深層心理だ。表面上には浮かび上がらない、偽りなき本音。
もしかしたら薬味は、相殺の脳を恋査に組み込む際、その思考を戦闘へシフトしやすいよう恋査を調整していたのかもしれない。
だとしたら、幻生の企みに操られた遊離と同様に、相殺もまた薬味の悪意によって操られているのかもしれない。
踏み出したくない歩みを進め、欲しくもない能力を振りかざし、傷つけたくない人を殺す。
木原相殺は確かに虐待じみた異常な愛を遊離から受けていた。しかし、二人は確かにそれを『愛情』だと信じたし、家族の絆を大切にしていた。
どこまでも、どこまでもイカれ狂った醜悪な感性を持っていようと、そこには確かに『愛』があり、『絆』があったのだ。
(もう、何もしたくないよぅ……助けて、遊離お兄ちゃん……)
ならば、遊離が取るべき選択肢は『死』ではない。
自殺して幻生に一矢報いる事でも、薬味を殺す事でも、恋査から逃げ延びる事でもない。
(……恋査を
一度でも恋査の演算コアとして組み込まれたら、もう元の姿には戻れない。脳だけの姿になっては、元の身体には戻れない。このまま薬味の言いなりに操られ、壊れるまでやりたくもない殺し合いを一生やらされ続けるのだろう。
だから、相殺を救うためには、恋査を破壊して相殺の脳を殺すしか方法がない。
早く楽にしてやれる事しか、できない。
例えそれが、木原幻生の思惑通りになろうとも。奴の欲しがる実戦データをくれてやる事になろうとも。
それでも構わない。
もしかしたら他にもっと賢明な方法があるのかもしれないし、ハッピーエンドで丸く収まる奇蹟のようなご都合主義がどこかにあるのかもしれない。
でもそれは、きっと『
木原遊離は覚悟を決める。
決意を固める。
腹を括る。
意地を張る。
悪役みたいな彼ができる事は、壊す事だけだ。相殺を、一刻も早く楽にしてやる事しかできない。
それが、相殺を救いたい、と願う遊離の必死で純粋な思いだった。
そう。
誰かを救う。
そんな発想が『木原』たる彼から生まれるとは、遊離自身でさえ思いもよらなかった。
(『木原』には壊す事しかできねぇって周りの連中は言いやがる。でも見てろ!!俺は相殺を救う!!救ってみせる!!例えそんなキャラじゃなかろうが、例え身の程知らずのクズだろうが、そんな悪役でも、『木原』でも、誰かを救えるんだって事を俺が証明してやる!!
遊離の残り30秒の寿命を書くだけで、この章の半分を使ってしまったww
次回は「行間」で、その次が終章となります。
行間は、私の作品では恒例のアイタタ哲学回なので、読まずに飛ばしてもらっても構いません。
投稿は本日の晩を予定しています。