【とある魔術の禁書目録】敵役なりのジンテーゼ -Kihara- 作:白滝
ここら辺は、書いていて楽しかったですww
「あ?」
木原遊離は、その青年を特に気にも止めなかった。
ただ単に、
(あー、見られたー。また殺さなくちゃなんねー。くっそ面倒ィ……)
と、やる気ない眼をジロっと青年に向けただけだった。
一方の青年はと言うと、
「俺は今、猛烈に怒っているぜ!キレていると言ってもいい!!今の俺ならば、おそらくコンクリートの柱だってぶった斬れるぜ!!………あ、それは無理かな?いや、だが、それは比喩だ!!もちろん、俺が言った『キレる』って言葉は、本気で怒っているという意味であってだな、つまる所、何かを『斬る』という字義通りの意味ではないんだ!!要は根性だと思ってくれれば問題ない!!」
意味が分からない。
どうみても先の結論と根性がイコールになっていない。
字義通りの意味を推測するのならば、それは『堪忍袋の緒が切れる』の『キレる』が当て嵌まると思われる。
が、そんな事はどうでもいいのだ。『木原』の性というべきか、つい論理的なツッコミをしたくなってしまったが、どうでもいい事だ。
この目撃者が偶然、空気の読めないギャーギャーと喚き散らすタイプの騒がしい人間だったというだけの話。今から殺してしまえば、皆と同じように静かになる。
死んだ男の傍に屈み、再びナイフを手に取った。ライターを懐にしまう。
「何だ、その目は!!反省の色が全く見えねぇ!!お前は人の眉間を銃で撃ち抜いて、悪い事をしたという自覚がねーのか!?…ったく、学生の手本となるべきお前ら大人がそんな根性のねえ生き方してるから、今時の若者もお前らを真似して根性のねえ奴に育つんだ!!もしこの人が眉間を撃ち抜かれた程度で死んじまう、か弱い一般人だったらどうするつもりだったんだ!!………って、あれ?この人死んでね?……あれ?…………ぎゃあああああああああああああああああああああああああ死んでるぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううう!???」
(ウっゼぇ。マジでウゼぇ……)
と、遊離の怒りが沸点を超えかける。
そんな遊離の内心にまるで気付かず、青年はポロポロと涙を流す。一方で、そんな風に涙を流しながらもバキバキとコンクリートの路地をヒビ割れさせながら遊離に歩み寄って来る青年の姿は、言いようのない迫力を放っていた。外見から想像できる体重から推察しても、どう考えてもおかしい重低音が足音として裏路地に反響する。
「お前……お前だけは絶対に許さねえ!ここまでの根性なしは初めて見たぜ!!実に三年振りくらいだッッ!!」
「あぁ?……んだコラァ!?―――それ、初めてじゃねーじゃねーか!!」
ツッコミと同時。
遊離は手にしていたナイフを、ダーツを投げるような姿勢で青年に投げつけた。
投擲速度が決して早い訳ではなかったのだが、しかし、対する青年の反応は驚くほど遅かった。不自然過ぎる程に反応が鈍すぎる。
いや、その実、青年は反射神経を狂わされていたのだ。
先の会話の最中、遊離は手にしたナイフを男の血液でベッタリと濡らし、消火器の炭酸水素ナトリウムの粉末をびっしりと付着させていた。刃や柄を含めて、ナイフ全体がまるで衣揚げされる前の天ぷらのように真っ白になっていたのだ。
投げ放たれたそのナイフは、裏路地に差し込む僅かな光を反射させる事もなく、投擲者である遊離自身の白衣がナイフの保護色として機能する。
つまり、結論を言うならば、青年には遊離の投げ放ったナイフが見えていなかった。
視認できていなかった。
先程まで手に握られていたナイフが、一瞬で手品のように空気に溶けたかのような印象を受ける。真っ白なナイフが、遊離の白衣の色に紛れる。
また、それだけではなく、白色の背景は対象物の距離感を掴み辛い色として
錯覚トリックの二重掛け。
疑問を浮かべる青年の左目に、
グサッ!と。
あまりにも呆気なく、遊離の放ったナイフが深々と突き刺さった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!痛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……………くない?あれ、痛くない?」
「あ?」
疑問を浮かべたのは遊離の方だった。確実に左の眼球を射抜いたはずだ。眼球が貫かれ、間違っても痛くないなどと余裕そうに楽観できる状態にあるはずがない。
遊離の放ったナイフは、実は青年に気付かれない形で三重目のトリックまで仕掛けられていたのだ。
脊椎動物の眼球は、その構造上、網膜の僅かな点から円錐上に広がる生理的死角が存在する。マリオット暗点と呼ばれるこの盲点を、青年の左目に目がけて遊離は的確に投げ放ったのだ。
だからこそ回避不能。
死角から襲い掛かる視認しづらく距離感の掴みにくいナイフ。
見えない刺突。消える魔刀。
現に、青年は左目にナイフを深々と突き刺し、悶絶している
――――はずなのだが、
「痛くないぞ?何だこれ?………あ、そっか、根性か。そりゃそうか!俺の溢れんばかりの根性が、この程度の傷の痛みなど吹き飛ばしてくれたのか!?これは所謂アレだな、ピンチで覚醒する主人公のようなお約束だな?よし、ならば名前をつけなくてはなるまい!!………よし、奥義『痛いの痛いのマジ根性』と名付けよう!」
と、ふさげた調子で笑いながら、青年は潰れた眼球から何気なくブシュッ!!とナイフを引き抜いた。
遊離の顔が驚愕に染まる。
(ば、馬鹿なッッ!?あれだけ痛覚神経を刺激しておいて、そんな余裕があるだと!?科学的にありえねぇ!!)
ありえる事ならば、既に遊離は予測できていただろう。
目の前で起きる現象の理屈が理解できない―――――これほどまで『木原』としてのプライドが逆撫でされる事はなく、逆に解釈するのならば、ここまで『木原』に好奇心を刺激させる事もない。
「まぁ、根性さえあれば人は片目が潰れても不自由はないって巷じゃよく聞くしな。問題はないだろう。ほら、ちゃんとバッチリ両目が見えてるし……って、あれ、治ってる!?」
そう。
次の瞬間には、青年の眼球は元通りになっていた。
超常現象だ、とはこの街の住人は安易な結論を下さない。この街にはオカルトを解明する先進技術が溢れているのだ。
すなわち、超能力。
遊離の双眸に、闇のようにドス黒い光が蠢いた。既にその顔つきは驚愕で疑問符に呑まれる困惑した表情ではない。
研究対象を発見し、好奇心に飢え舌舐めずりする学者の狂気。それは死ぬまで満たされる事のない際限無き知的欲求。
獲物を前に血に飢える鮫の如く、木原遊離はその瞬間、幻生の指示も薬味の依頼も全ての目的を忘れて、目の前の
「とりあえず、白衣のお前!怪我がなかったからいいようなものの、人に暴力を振るったんだから、言うべき事があるだろう!!」
「根性か?」
「そうだ!!……………あ、じゃなくて、謝罪だ!!ごめんなさいと謝罪するのが礼儀だろうが!!」
木原遊離は興奮を隠し切れなかった。
空腹状態の鮫は、血の匂いを嗅ぎ取ると自我を見失うほど獰猛に興奮すると言うが、今の木原遊離を形容する比喩はまさしくそれであった。
身体が熱を持って興奮し、一方で身体とは対照的に頭脳が冷静に冴え渡っていく。五感で観察できる程度の情報から、科学的な考察が目まぐるしく彼の脳内で乱立していく。
「テメェ、何の能力者だ?」
「俺か?ああ、言われてみれば、自己紹介がまだだったな!俺は
(
最後まで聞くのも面倒だった。
だが。
削板軍覇。
聞いた事がある。
第七位の
原石。
学園都市のような人工的なオカルト開発に依らず、天然で発現させた超能力者。偶発的に周囲の環境が『開発』と同じ効果をもたらした場合に発生するとされるが、その詳細な原理は未だ解明されていない謎が多い。
学園都市の開発によって作られる超能力者を人工ダイヤモンドとするならば、天然のダイヤモンドにあたる存在。その総数は世界に僅か五〇人ほどしかいない希少な存在で、その能力自体も、学園都市製の超能力者と比べて方向性が異なる希少なものが多い。
そんな希少な原石の中で、尚且つ削板が『最大』と評される理由。
それは、能力の原理がひどく繊細かつ複雑で、それ故に研究者が手を出す事もできなかったという背景がある。
どういう原理で何が起こっているか分からない。
そもそも、能力者に分類していいのかさえ本来は不明。
そんな削板の能力を前にしても、遊離の姿勢が揺らぐ事はなかった。
「カカッ……面白れーじゃねーか!!最ッ高の研究課題じゃァねーかッッ!!」
言って、しかし遊離の取った行動は最初と変わらない。
一貫しての攻撃姿勢。
それは『木原』の性。彼らに取って、研究とは壊す事であり、学習とは壊す事であり、生きるとは壊す事である。
『
遊離は、破裂して粉々になった消火器の鋭利な破片を拾った。破片にはホースが繋がったままであり、まるで擬似的な
遠心力を利用した大振りなスイングで、遊離はシュパッッ!!と鞭がしなるように空気を裂きながら消火器片をボーラの如く投擲した。
それは木原遊離が原始的に行える選択肢の中で、最も威力の高い攻撃だ。
そう。
爪も牙も筋力も捨てて不恰好な二足歩行へと進化した人類が、純粋に戦闘行動において進化した唯一の骨格構造とは、『投擲』への特化である。
腕の稼働域がより広範囲になるよう関節が発達し、さらに、強靭な肩の靭帯や腱により大きなエネルギーを蓄える事が可能となった。また、チンパンジーに比べて長く柔軟な腰は、胴の回転を可能とし、物体を投げる前にエネルギーを蓄積させる。
こうした骨格構造への進化によって、人類の腕はより効果的で強力なカタパルトとして機能するようになった。
その原始的な人体の構造を理解しているからこそ、遊離はわざわざ真正面から敵前に突進して格闘戦に持ち込むような非効率な野蛮で頭の悪い戦闘をしない。それは格闘対戦ゲームにおいて、満タンになった必殺技ゲージを意味もなく温存しているようなものだ。
放たれた消火器片が空を裂く。迫る凶器。誘う凶器。
しかし、削板はただ腰を低く落とし、右拳を後ろに引いただけだった。回避行動に移る様子もない。
「マジで反省がねえ野郎だな!!言葉が通じない根性なしには、鉄拳制裁が必要だ!!……ああ、体罰はもちろん反対だけどな!!だからこれは、根性制裁ってヤツだぜッッ!!」
もはや眼前に迫る消火器片。遊離は自らの攻撃の着弾を確信した。
しかし。
次の瞬間、音速を超える一撃が繰り出される。
削板軍覇が、右腕を振り回し正拳突きを繰り出した。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!と。
その瞬間、裏路地という狭い空間が、削板軍覇によって蹂躙されていた。
それはもはや
眼前に迫る消火器も、裏路地の隅に乱雑に積み上げられた置物も、そして木原遊離も、産業スパイの男の死体も、全てが為すがままに天災ともいえる攻撃の余波に呑まれた。文字通り、消し飛ぶ。
そう、消し飛んだ。
辺り一面の雑貨類が、人間が、ノーバウンドで空を舞う。
衝撃に叩き飛ばされた遊離が、口から血を吐いて軌跡を描く。錐揉み上にぶっ飛んだ彼が再びアスファルトの地面に落下した時には、同じように吹き飛ばされたゴミや置物と一緒くたになっていた。
「ご、――――――ァ――――――――――――――ッッ」
衝撃で肺が押し潰され、呼吸がままならない。もがき苦しみ必死で天へと伸ばされた手が、虚しく空を彷徨った。
一瞬にして、一発にして、一手にして形成を逆転した削板は、スゥーーーーーッッ!と細く息を一筋に吹くように深呼吸した。
そして、一言。
自らの能力を語る。それが彼の一撃必殺の奥義にして代名詞。
己が力を象徴する名。
「―――――――――すごいパーンチ」
第一三学区。
遊離が削板のおざなりなネーミングの一撃に吹き飛ばされた、その頃。
薬味久子は、暗部組織『ブロック』から事後報告をちょうど聞き終えたところだった。いや、正確には彼ら『ブロック』の上役である男と電話で話していたところであった。
内線用に偽造された病院内の特殊な固定電話の受話器を置き、彼女はふぅ、と溜息を吐いた。
「やはり、私設の部隊が欲しいわね……」
自然と言葉が漏れる。
彼女のような統括理事会レベルのVIPともなると、命を殺し屋に狙われる事も少ない。うっかり業務の一環として講演に向かったら、ステージの上で狙撃されました、なんて末路を遂げる事も十分にあり得る事だ。もはや彼女は、陰謀論を冗談として笑えない立場にある。
そういった輩からの自衛組織として、
そのための『新兵器』開発だ。肩に力が入るのも無理はない。
と、コンコンと院長室のドアを叩く音が鳴った。
「はぁい、いいわよ」
「失礼します。『セキナガ社』の件はどうなりましたか?」
と、院長室のドアを開けて、看護師が顔を出した。
「ええ、先程雇った暗部から、事件の解決の報告を受けたわ。事件の背景が気になるけど、今はとりあえずAIM拡散力場の受信アンテナ機材の搬入を優先しましょ」
「はぁ、分かりました。あと、先程トマス・プラチナバーグ様から緊急の通信がありまして、できれば早急に会見を取り付けたいとの事なんですが」
「……トマスが?ええ、構わないわ、繋いで頂戴」
言って、看護師は部屋のパソコンに回線を繋いだ。
繋がった瞬間、導入も何もなく、捲し立てるように画面の向こうの男が話始めた。
『薬味さん!お久し振りです、という挨拶は省かせてもらいますよ』
「あら、若者は性急ね。私はどんな案件でも、お茶を飲む余裕くらいは持つよう心掛けているのだけど。実は最近、気の持ちようが健康に影響す――――――」
『あなたが今、主導している計画についてです』
ゴクリ、と息を呑む音が聞こえた。
薬味の表情が一変した。張り付くような微笑が剥がれ、まるで化粧を落としたように剥き出しの警戒心が露わになる。
「……あら、私の実験の詳細についてご存じなのね?理由を聞かせてもらおうかしら?」
『それも話しましょう。ですが、ひとまずはこの映像をご覧ください』
言って、モニターに映像が映し出される。
まるで鳥観図であるかのように、真上から学園都市の裏路地を撮影したもののようだ。防犯カメラでは不可能な角度だ。
(衛星でも使ったのかしら?でも、なぜ……?)
映像には音声も付いていた。別途に盗聴した音声データを、編集してすり合わせたのだろう。
映像には、白衣の青年が映し出されていた。
「これって………」
自分で書いておきながら、削板さんが主人公にしか見えないww