【とある魔術の禁書目録】敵役なりのジンテーゼ -Kihara- 作:白滝
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私の不手際で、予約投稿した章がなぜか投稿されてしまっていたようです。ルビも振られていなかったようで、申し訳ありません。
空を彷徨っていた木原遊離の手が、彼の携帯電話に伸びる。そのまま、震える指でパネルを操作した。
直後、ビクッ!と大きく跳ね上るように痙攣した。
ぶはっ!と息を吹き返す。
ペースメーカーのように自らの心臓に埋め込んでおいたAEDを携帯電話で遠隔操作し、電気ショックで無理矢理に不整脈を治したのだ。このように、遊離は遠隔操作で自らの心拍を意図的に操る事ができるように自分の身体を手術している。
「……の野郎ォ…………!!」
殺意を剥き出しにした視線が、削板に向けられる。
「ほう、俺の
遊離は削板の攻撃と同時、危険を察知して自ら後方に跳んでいた。それで逃がせる力学的ベクトルなんて微々たるものであったが、しかし、この早逃げが木原遊離を敗北の二文字から救った。
この悪足掻きにも似た回避行動がなければ、遊離は軽度の脳震盪で身体を動かせなかっただろう。不整脈を治す事もできず、削板の追撃に為すがままになっていた。
「だが、俺の根性はまだまだこんなんじゃ終わらないぜ!お前が俺に謝罪し、そして死んだ
「あぁ?そりゃ何の冗談だっつーの。なぜせっかく殺害してあげた側の俺が、わざわざテメェやコイツらに謝罪とかいう下らねー同情なんてしなきゃあいけねーんだ?常識的に考えろよ、
ブチッ!と削板のこめかみの血管が切れるような音がした。というか、事実、本当に切れていた。
「……なぜ、だと?常識的に考えろ、だと?……なぜってそりゃあ――――――常識的に考えりゃあよぉ、お前が人を殺したからに決まってるじゃあねえかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ドカーン!!と、削板の背後で突然に爆発が起こった。赤・青・黄色のカラフルな煙がもくもくと昇る。怒りが爆発となって突風が吹き荒れた。
「信じられねえッッ!!吐き気がするような野郎だな!お前は根性がないんじゃあねえ!根性が腐って、性根が腐ってやがる!!ちょっと本気で潰すから………いっぺんぶっ倒れろ」
怒声と同時、削板の身体が音速を超えた。
スタートダッシュが始まった時点で、第一歩目を踏み出した時点で、既に音速の三倍に達する。もはや空気が壁として移動を妨害する異常な世界を、突き抜けるような力任せのゴリ押しで削板が突進する。
踏み潰され後方へ抉り飛ばされたアスファルトの残骸は、空気を突き裂いて進む彼の背後に生じた乱気流に呑まれた。よって、大量のアスファルト片の雨が第二波として遊離を襲う事になる。
第一波として、削板軍覇の突進がミサイルように遊離を襲う。
第二波として、突進で巻き上げられたアスファルトの残骸が、裏路地を埋め尽くす弾幕のカーテンとなって遊離を追撃する。
それはもはや、オーバーキルとも言える。
音速を超えた時点で、常人には反応ができない。
銃撃よりも早いのだ。反射神経や動体視力といった概念はとうに通り越していた。
次元が違う。
それが
だからこそ、次の瞬間、木原遊離は削板軍覇の攻撃を――――――
―――――ひらりと容易く躱し、続く破片の豪雨も弾幕の隙間を縫うようにピンポイントで回避した。
空振りしてブレーキの掛けられない削板が、そのまま瓦礫の山に突っ込んだ。
ドバッッ!!と。
瓦礫の山を蹴散らして転倒し、七転八倒する。アスファルトが数十メートルも削れて、削板の転倒の軌跡を描いた。
「だああああああああああああああああッッ!!畜生ぉ!!」
ガバッ!!と削板が起き上がる。
瓦礫の山に突っ込んだ際にゴミ箱のポリバケツを被ってしまったらしく、底をぶち抜いて頭がポリバケツの底からニョキっと顔を出すシュールな絵面になってしまった。
むきゃあああ!!と猿のような怒声を上げ、ゴミ箱が引き千切られる。
あの速度で転倒したにしては、不自然過ぎる程に軽傷だ。
いや、それも観点の一つであるが、今はそれよりも、注目すべき点は、木原遊離の方である。
「その猿並みの知能を察して、ネタバレでもしてやろうか?」
そう言って、遊離はいつの間にか手にしていた注射器を投げ捨てた。
「俺の『
動物は、体内に入り込んだ異物を殺す免疫機能として、自然免疫や獲得性免疫といったシステムを有している。これらは免疫グロブリンによるシグナル伝達により、マクロファージやNK細胞などの食細胞を調節する事で機能されているのだが……
しかし、この免疫グロブリンを、生まれつき持っていないのが木原遊離という人間なのである。
いや、正確には、受精卵のDNA配列の一部を
木原遊離は自分が四〇歳だった時、『
そうして産まれた
すると木原遊離は、満足したように自殺した。次の瞬間から、その体細胞クローンが木原遊離として生きていた。
彼が木原遊離と名乗り、彼が木原遊離の人格を纏い、彼が木原遊離の人生を紡いだ。
それが木原遊離の正体であった。
人生を入れ替わった、名前をバトンタッチした人間。
それが木原遊離である。
それはつまり、自らの進化を望んだために自殺した、とも取れる。
発想がおかしい。もはや、単細胞生物の無性生殖と発想が近い。
彼は狂っていた。
彼ら『木原』は、どうしようもないほど狂っていた。
「そんな俺は、そりゃまぁ、免疫グロブリンがねーんだ、病弱になっちまうだろ?だから、普段は特注のナノデバイスを血液に注入して、免疫グロブリンの代替機能を担ってもらっている」
そんな風に自分の境遇に気を落とす事なく講釈する彼は、ただただ引き裂くように笑っていた。まるで既存の種を遺伝子交配させ、新たな
「しかし、この注射液に含まれる電解質溶液を注入する事で、その免疫グログリンの
それはつまり、『薬の効き具合を操作できる身体になる』という事だ。
例え少量のアヘンを吸引したとしても、免疫グロブリンの
そんな風に、身体の
忘れてはいけない。
木原遊離は生命工学分野に特化していたという点。
そして、彼ら『木原』にとって、生きる事とは壊す事であるという点。例えそれが自分自身であっても。
「んで、それがお前に何の影響があるって言うんだよ?」
削板がもぞもぞと立ち上がる。羽織った白ランから、埃をバサバサと払った。
「あるじゃねぇか。ここまで言っても気づかねえのかよ?…ったく、全身の免疫グロブリンの活性を自在に調節できるっつー事はよぉ、ドーピングが自由自在って事だろうがッッ!!」
木原遊離が先程自分に刺していた『
それが示すのは、超反応。
音速を超えた世界を知覚し、音速を超えた世界で自らの身体を動かす事が可能。脊髄反射さえ置き去りするその圧倒的な神経伝達速度は、機械すらチャチな玩具に見えるレベルに達していた。
もはや遊離の反応速度は、削板軍覇を超えていた。
「まぁ、筋肉組織や骨密度は変わんねーから、負荷を鑑みると一瞬しか動けねーが……今はそれで十分だ」
遊離は、懐からさらにもう一本の注射器を取り出す。
「させるかァッ!!」
バン!!と削板が地団駄を踏んだ。彼を中心に、地響きが起こる。
地中の水道管が断絶し、まるで狙ったかのように遊離の足元の地盤が浮かび上がる。
「……ッッ、テメェ!?」
間欠泉の如く、漏れ出た水道水が吹き上がった。遊離の足元の地盤が、直径四メートルほど抉り飛ばされた。
まるで活火山の噴火で巻き上げられる火山弾のように。アスファルトの地盤そのものが、そのまま間欠泉のような水道水によってグイグイと空へと吹き上げられ、八階建てのビル屋上よりも高い、上空へと押し飛ばされた。
だが、おかしい。
水道管が破裂した程度で、これ程の規模の、こんな都合のいい攻撃が生じる訳がない。
そもそもが、力学的に不可能な現象だ。
科学的にあり得ない。
「……科学的にあり得ねぇだとー!?調子に乗るんじゃあねえええええええええええ!!」
叫ぶ遊離を追いかける削板は、まるでその水の柱を駆け上るような姿勢で地上から走り上ってきた。いや、見た目通り、彼は本当に水の柱の壁面を駆け上っていた。
重力を無視した体勢で、水道水の間欠泉を垂直走りして登って来る。
まるで意味が分からない。
「んなごちゃごちゃした小難しい理屈なんて分かんねーよ!!この薬物依存症ヤローが!!そんな軟弱で面倒臭ぇモンなんかより、お前にはなァ―――――」
削板が跳んだ。その右拳を振りかぶる。
「――――根性が足りてねえんだよッッ!!」
音速を超える正拳突きが炸裂した。
零距離まで接近してからの攻撃。当たれば即死レベル。
しかし、超反応を得た遊離に、そんな真正面からの馬鹿正直な攻撃が当たる訳がなかった。
首を振って、顔面パンチを躱す。
大振りの攻撃を躱した直後、この隙を見て新たなる注射器を首筋に突き刺した。
「『
どうやら『
「オラァ!!」
削板の左拳によるフックが、続けざまに遊離を襲う。
それを、遊離は難なく受け止めた。
そう、足の裏で。
「なッッ!?」
削板が驚愕する。
無理もない。顔面に向けて放たれた拳をわざわざ足の裏で受け止める程の余裕にも、確かに驚かされた。しかし、そんなアピールなどする必要がある場面でもない。純粋に困惑する。そんな余裕があれば、攻撃を腕で受け止め、蹴りで反撃を行えばよかっただろう。
攻撃のチャンスをみすみす逃したようなものだ。
しかし、もちろんそれは理由あっての行動だった。
遊離は両手を自由にしておきたかったのだ。攻撃を焦らず、着実にドーピングを重ねる。殺意を剥き出し笑う表情とは裏腹に、どこまでも慎重な姿勢を貫く。万全に万全を重ねる。
新たな注射器を取り出し、三度目の注射が行われる。
「『
ゴキゴキゴキ、と気味の悪い音が、靴を通じて削板にも伝わった。
遊離の骨が強化されたのだ。つまり、膨れ上がった筋力に、耐えうる骨格を得たという事。超反応を持続させる超筋力と、超筋力に耐えうる超骨格を得た、という事。
攻撃のターンが切り替わる。
遊離が削板の左腕を掴み、
「げ!?」
「――――――ッ、らァッッ!!」
背負い投げにも似た挙動で、振りかぶるように上空二〇メートルから地上へ向けて削板を投げ飛ばした。
轟ッッ!!と。
突風が駆け抜けた。
人間が人間を投擲するという、離れ業をやってのける。
アスファルトへ頭から墜落し、削板を中心にクレーターができた。
「『
続けざまに遊離が注射器を使った。攻撃の手を休めない。
空中から落下する際に水道水を口に含み、一度は飲み込む。
次に、喉に手を突っ込み、ゲロを吐くように吐き出された水が、地上の削板に向かって水鉄砲のように襲う。
それは、pH変化によって強酸性の胃液となった溶解液だ。
触れたら最期、肉が溶かされ骨のみになってしまう。
「ぬんッッ!!」
ボコッと地面から頭を引っこ抜き、削板は迫る溶解液を視界に捉える。
「スゥーーーーーーッッ………
―――――――ばァッッッッ!!」
深呼吸からの、砲声。
人間の肺活量では不可能なはずの
溶解液は吹き散らされ、その雫が落下中の遊離にも被弾する。
「ぐゥ、ッッ!?」
ジュウジュウと肌が焼ける嫌な感触が走った。
まるで濃硫酸に焼かれたかのように、皮膚が焼け焦げ炭化する。
しかしそれだけは済まず、続く砲声の
裏路地から飛び出し、遊離は表通りの車道に落下した。走行中の車の屋根に、うまく姿勢制御して着地する。
「……っ痛ぅ―!!あんの野郎ォ!!」
驚かされたのは運転手の方だろう。訳も分からず、クラクションも鳴らす事ができずにいた。
遊離は後方を振り返る。畳みかけるように裏路地から表通りへ飛び出してきた削板が、車を体当たりで弾き飛ばしながら突進してきた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「チッ……『
新たなる注射を取り出して打つ。
直後、血管とは違う不気味な線がブクブクと全身の皮膚下に浮き上がり、ふっと、背景に溶けるように遊離の姿が消えた。まるで、カメレオンの擬態のように。
そう。
身体強化のみなら、学園都市には既にサイボーグ技術や電磁波刺激による
その結果、存在してはいけない組織が当たり前のように一つの身体を共存していた。免疫というパワーバランスの均衡を崩した上で。それはまるで、ノートパソコンに人間の心臓を接続させたような異様な光景だった。共通項の存在しない異物同士が、一つの生物として生きている。
「見えねえからって、なんだってんだァーー!!」
ビシッと削板が人差し指を天に突き上げた直後、まるでスポッライトに当たるかのように太陽光が削板の周囲だけ不自然に色づいた。真昼間にも関わらず、七色に輝く太陽光が彼を照らし出す。
周囲の屈折率が歪み始めた。色が歪み、景色が歪む。
「見つけたぜ!!」
(……はァ!?嘘だろッッ!?)
訳の分からない能力で、削板は透明になっていた遊離を発見した。
七色の不自然な太陽光の照り返しを、遊離の肌が透過できなくなったのだろう。いや、科学的にあり得ない現象だが、事実、そのような結果が眼前に突きつけられるので、そう判断せざるを得ない。
「すごい―――パーンチッッ!!」
削板の正拳突きから、
「ふんッッ!!」
遊離は自身が今乗っている車の窓ガラスを叩き割り、運転手の首を掴んで削板の放った
「うっ、わ―――――あ!?」
運転手の悲鳴が聞こえた。
直後、運転手が
そのおかげで、遊離は削板の攻撃から身を守る事に成功した。
「おいおい、どこ狙ってんだァ?あんまりテキトーに狙ってると、謝らなくちゃいけねー死体の数が増えるぜぇ?」
「クソッタレがあああああああああああああああ!!」
遊離は運転手のいなくなった車のハンドルを握り、強引にハンドルを回す。
車線を変更した。右側通行をし、逆走を始める。
対向車の運転手の顔が驚愕に染まる。
正面衝突の一瞬前、遊離は車のボンネットを思い切り踏み潰しながら上空へジャンプした。街灯や街路樹を壁として蹴り上げ、さらに上へと跳ねる。
直後だった。
ボンネットがひしゃげ、ガソリンが漏れつつある車が、対向車の車と衝突した。
ボガッッッッッッッッッッ!!と、紅蓮の爆炎が視界を覆った。
玉突き事故のように次々と車が巻き込まれて引火し、爆風がうねるように拡大していく。
「ぐ、ぉ―――――――ッッ!?」
遊離に向かって突進していた削板が、爆風の余波に呑まれた。
しかし。
「―――――ぉ、……負けるかァァァぁぁぁぁぁああああああああああああああああッッ!!」
叫ぶ。
ただそれだけで、削板を中心に局地的なハリケーンが巻き起こった。
爆風が吹き散らされ、一般人も含め、全員が一命を取りとめた。
(なんだコイツ!?さっきから能力がまるで意味分からねぇ!?)
もちろん遊離は、戦闘中も常に削板の能力に関する科学的な分析を続けている。しかし、まるで意味が分からなかった。
雲を掴むかのように、組み立てた式がモヤモヤと消えていく。
分析不能。理解不能。
「……っの野郎ォ!!」
遊離は街灯を引っこ抜いた。そのまま槍投げのように削板に投げつける。
そう、『投擲』だ。
現在の遊離の最大攻撃力。
しかし、
「―――――超すごいパーンチッッ!!」
グオッ!!と、空間が軋んだ。
「――――――――――――――、ぃ――――――――ッッ!?」
空間を抉る、
いや、その表現さえも陳腐だ。
もはや音を超え、空気を消滅させ、この世界を押し飛ばすような破壊力。
この世の科学法則が、削板軍覇という異常に追いつけていなかった。
街灯は弾き飛ばされ、間にある駐車中の車も巻き込み、『
四つ目の建物に激突し、ようやく遊離の身体が動きを止めた。
「が、―――――――ぁ――――――――――」
呼吸ができなかった。
それどころか、脇腹には投擲した街灯が深々と突き刺さっており、貫通した背中から血液が溢れ出てきた。
(ヤベ、ぇ………)
激痛で意識が眩む遊離は、一緒に巻き込まれたビルの住人が横たわっている事に気付いた。二〇代の新米OLいった外見の女性だ。骨折でもしたのか、ガクガクと身を震わせている。
遊離はニヤリと笑った。
傍にあったガラス片を拾ってメス代わりとし女性の胸を引き裂いて開腹し、心臓を引きずり出す。そのまま、自分の手首にも傷をつけ、強引に自分の静脈へ女性の血液を流し込み始める。
要は、輸血である。
遊離とその女性の血液型は異なったが、免疫機能が生まれつき存在しない遊離には、拒絶反応が起こらない。
(これで、何とか出血死は免られる。けどよー……)
脇腹に貫通した街灯が、背中のビルにも突き刺さっており、引っこ抜けなかった。無理矢理に身体を動かすと、内臓を傷つける可能性もある。
いくら内臓の増設が可能だからといっても、それは致命傷になりかねない。
と、そんな風に窮地に陥った遊離の前に、ビルに空いた穴から削板が歩いてきた。
「無様だな。反省はできたか?」
「ハッ、まだそんな事を言ってたのかよ。じゃあテメェは、口に運ぶ食い物に対して、毎回土下座でもしてるってのかよ?あァ?弱者が死ぬのは当然の摂理だ。そこに慈悲はねえ」
「反省する気はないって事か?」
「ねーな。そんな事より、テメェの能力が気になるねぇ、一体全体、ありゃ何だ?」
遊離は絞り出すように呟いた。
悔しいが、全く分析ができない。ただ、関連性のない不規則なデータが溜まっていくばかり。経験値が積み上がらないのだ。
「根性だ」
「あ?」
対する削板は、真っ直ぐな目を向けて真剣に呟いた。
「研究者のおっさん達には解析不能なんて呼ばれるが、俺から言わせてもらえりゃ簡単だ。『根性』だよ。きっとお前らの頭は小難しい理屈や科学で凝り固まって、そんな目の前の大事な物まで見失っちまってんだよ。だから俺の、この溢れんばかりの根性が理解できねぇ!!」
「ハッ……」
馬鹿にするような嘲笑を遊離は浮かべた。
学園都市は、そんな精神論が通じるような甘い世界ではない。
そんな人間が
しかし、彼にとってはそれがこの世の摂理なのだろう。
『
彼にとっては、世界は根性で回り、人々は根性で繋がり、現象は根性によって生じる。
『木原』の思考が誰にも理解されないように、
(クク……こりゃあ、その辺の研究者に解析不能って匙を投げさせるだけの事はあるぜ。まさか『木原』たるこの俺にまで白旗を上げさせるとはねぇ)
「で、最後の忠告だ。お前が根性尽き果てるまで全力で遺族の人達に謝罪をするってんなら、
「チッ……しょうがねえ。分かった、分かりましたよ。謝りゃいいんだろう。それに、さすがに殺すのはやりすぎたかなー、とは思ってたんだよ。ちょいと焦って、過剰防衛し過ぎたぜぇ。反省はしてやる。申し訳なかった。言葉じゃ信用に足りねーってのも分かってるから、後日、謝礼金でも遺族に払ってやる」
削板の表情が驚きに染まった。しかし、すぐに顔に明るい笑みが浮かんだ。
「なんだなんだ!腐りきってると思ったが、新たなる根性の芽がちゃんと息吹いているじゃねえか!よし、なら、遺族の方には俺からも一緒に頭を下げてやるよ!」
「あ?余計な事はしなくていいっつーの。俺が一人でやるからよぉ、いいからお前は――――――
―――――とっとと死ねぇ!!『
突如、遊離が二本の注射器を自分に突き立てた。
削板は不意を突かれ、反応が遅れる。
遊離は胸ポケットからタバコに使うライターを取り出し、火を起こす。
そこに、口から吐き出した多量のガスを吹き付けた。
ボンッッッッッッッッッッ!!と。
低く唸るような爆音の正体は、ガス爆発。
ライターの火が口から吐き出された放屁に引火し、火炎放射となる。
爆風を纏う火の粉が削板を叩いた。
「あああああああああっづゥぅぅぅううううううううううううう!!ぐ、ぁあああああああああああああああああああああああああ!!」
顔を焼かれ、削板が地面をのたうち回った。
「ぎゃハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!謝るゥ?俺がァ?……だーーれーーにーーだーーよッッ!!ブァーーーーカッッ!!」
馬鹿にするような調子で遊離が笑い出した。
あくまでも悪足掻きだ。遊離自身も、これで削板に致命傷を与えられるとは思っていない。馬鹿にするためだけに、こんな演技を装ったのだ。
「っつか、マジで俺の言葉を信じんのかよォ、お前!!ククク、こりゃあ笑えるぜぇー!!まさか本当に信じるとは思わなかったからさァ、俺もどうしようかと慌てて頭が真っ白になって、思わずぶち殺そうとしちまったわー!!ぎゃハハハ!!」
「……てんめぇ………ッッ!!」
「あァ?そりゃ殺意か?なら殺せ。テメェにそれができるってんならなァ!!言っとくが俺は、テメェにどんな言葉をかけられようが反省なんてしないぜぇ!!説得の余地なんかねーーんだよ、偽善者が!!さァ、殺してみろ!俺を!!その手で!!殺してみせろよォ!!」
遊離は笑う。
引き裂くように笑う。
悪魔のように口角を吊り上げ、倫理の外へ善人を誘うように、笑う。
笑う。
「……てめぇは、やはり
「あ?ビビってんのか?その手が汚れるのが嫌なのかァ?……冗談だろォ!!
確かに。
削板軍覇は、理想を抱いて地道な努力で能力の向上を夢見る『表』の
この街の本質を知っている。この街に蠢く『闇』を知っている。
人権すらドブに埋もれる、吐き気を催すような科学の果てを知っているのだ。
知っているのと知らないのとでは、明確に違う。
『闇』を知らない
では、『闇』を知っていながら日常を過ごす
正気の沙汰ではない。まず、『闇』を知ってそれでもこの街で暮らそうとする神経がおかしい。血と屍の山の上に成り立つこの科学に、支えられながら生きる事が恐怖にならないのか?
もしこの街の『闇』に目を逸らして日常に戻ると言うのならば、そいつは人格が狂っている。まともな精神でいられるとは思えない。
きっと日常に戻ったら、そいつは周囲の人間の笑顔に裏を感じて、誰も信用できなくなっていくだろう。その笑顔を、その善意を、きっと信じられなくなる。
「……だからどうした。今は関係ねえだろ。てめぇに根性がねえって事は変わらねえ」
「変わるだろォが!!それこそ、口うるさくテメェが引き合いに出す『根性』って指針に関わるんじゃねーのか?あ?お前は根本的な『闇』から目を逸らしてやがる。行き当たりばったりな正義を掲げ、肝心な悪意と向き合っちゃいねえ。だから!ここで!この場面で!俺を裁く権利を
「そうかよ。俺には、お前の掲げる根性の方が理解できねえな」
そう呟いて、削板は右拳をゆっくりと後ろに引いた。
(痺れを切らしたか……)
削板も、会話が通じないと諦めたのだろう。一撃で昏倒させるよう、攻撃の姿勢を構える。
遊離は未だ腹に街灯が貫通しており、身動きが取れない。
そんな絶体絶命の窮地の中、
バタバタバタバタと、空気を叩く爆音が近づいてきた。
「ククク……時間稼ぎの甲斐があったぜぇ!!」
遊離は何も、ヤケクソになって削板と会話していたのではない。救援に心当たりがあり、時間稼ぎという明確な目標があったのだ。
削板は音のする方向へ振り返る。
それは、アパッチやらの、胴体の左右からミサイルがくっついた羽が伸びる軍用ヘリコプターのように見えた。
しかし、違う。
ゴチャゴチャした羽はそれぞれ三対に分かれると、ガシャッ!!という音と共に六枚の羽となり、まるで人間の腕のように関節を動かしてウネウネと照準を合わせてくる。
HsAFH-11。通称『六枚羽』。
学園都市の誇る、無人戦闘攻撃ヘリである。
赤外線センサーによる照準が削板を捉えた。
「ッ!?すごいパンチガード!!」
削板の腕に、何かが収束した。屈折率を歪めるそれを拳に纏わせ、六枚羽の掃射を迎撃しようと削板が構える。
しかし、放たれた弾丸は、鉛弾ではなかった。
爆発と共に、閃光と甲高い音が炸裂した。
「ぐっ―――――――!!」
削板の視界が潰れ、音が消えた。酷い耳鳴りに襲われる。
それでも削板は、残された嗅覚を頼りにヘリコプターに闇雲に立ちはだかろうとした。
しかし、
ドムッッッッ!!と、ミサイルが直撃した。
膨れ上がる爆風に、全身が叩かれた。
あまりの衝撃に、ノーバウンドで吹き飛ばされる。
訳も分からず削板が地面を転がった。
それでも五体満足でいられる所は、さすが
一方、そんな削板に対して、遊離は全く焦っていなかった。
今の遊離は、『
ミサイルの爆風で、背中に寄りかかっているビルの壁がヒビ割れた。
(チャーンス!!)
そのまま力任せに身体を動かし、街灯から身体を引き抜いた。
ゴボッと、口から血が溢れた。
だが、痛みで足を止めている時間はない。そのままジャンプして六枚羽のランディングギアに掴まる。
そのまま、ふわっと風に乗り、行動不能な削板を地上に置き去りにしたまま、六枚羽と共に上空へと逃走に移る。
下から見上げられれば一般人に丸見えだろうが、幻生が事件を揉み消してくれるだろうと期待する。
(じゃあなァ、第七位。能力を分析する事はできなかったが、俺が指摘した一線についてテメェ自身が向き合えるようになりゃあ『
ライディングギアからよじ登り、ドアを強引に開けて、機体に乗り込む。
無人だと思っていたが、意外な人物が座席に座っていた。
てっきり、遊離は幻生の救援かと思ったのだが、
「随分暴れたそうじゃない?」
「………薬味久子?どうしてこんな所にテメ―――――」
言葉は続かなかった。
バチィィィッッ!!と、真後ろからの不意打ちで、首筋に高圧電流を喰らった。
「が、ァ―――――――――――!?」
(何だ!?何を、しや、が………)
薬味以外の何者かが、遊離の後ろに立っていた。
遊離の意識が暗闇に落ちる。
(く、そ………がァ……………)
救援ではなかった。
むしろ、削板によって
しかし、そこまで思考が至る前に、完全に意識を失った。
座席に座りながら、薬味は笑う。
「ふふふ……助かったと安堵した表情が、絶望に染まる瞬間。いいものを見れたわぁ」
手にした紅茶を啜る。
「想像の外に出てこそ『木原』、なんて言われるけど、そんな言葉を自分が受けるとは皮肉よねぇ、木原遊離君?」
どうみても削板が主人公だww
免疫崩壊についてはまだまだ秘密があるのですが、そういった小話などは終章のあとがきで話したいと思います。
次回は、ちょっとグロイ展開があります。