【とある魔術の禁書目録】敵役なりのジンテーゼ -Kihara- 作:白滝
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目が覚めると、遊離は真っ白な部屋の一室にいた。
部屋には物が何一つなく、あまりに特徴がないのでここがどこで今が何時なのかも推測できない。いや、監視カメラとスピーカーと盗聴器が部屋の天井の隅にある事を除けば、だが。
(……『
本来働くべき免疫機能を壊し、薬が効き過ぎる状態を維持していたのだ。長時間もその状態が進めば、身体がみるみる崩壊していく。もはや激痛に激痛が上塗りされ、内臓のどこが悲鳴を上げているのかも分からなかった。
いつもは後遺症が始まる前に、免疫グログリンの
「………チッ!!」
椅子にワイヤーで雁字搦めにされており、身動きが取れない。両手両足が手錠によって拘束されている。転倒防止対策でもあるのか、椅子の足は釘で床に繋ぎ留められていた。
脱走は無理だろう。
おまけに、舌を噛み切って自殺できないよう、顎に金属製のマスクまで接続されていた。
「拷問のイロハが分かってるじゃねえの……」
吐き捨てるように呟いた。
と、部屋の隅に取り付けられていたスピーカーから、声が聞こえてきた。
『目が覚めたようね。元気がなさそうで何よりだわ。まず始めに、あなたの働きに対し、社交辞令として感謝を述べておきましょう』
「薬味ィ……」
唸るような声が遊離の口から漏れる。
「やってくれんじゃァねーか。どういうつもりだァ、こりゃあ?」
『あら、身に憶えがないとは言わせないわよ。むしろ、アナタの頭のキレの良さを考慮したら、「なぜアナタが殺されずに今私によって生かされているのか?」って論点まで話を二、三段階飛ばしてもいいじゃないかしら?』
「ハッ、高く買ってくれてるじゃねえの。いくら褒めた所で、俺ら『木原』は壊す事しかできないぜ?」
もちろん、薬味の言う通り遊離は現状を正確に把握していた。
幻生ではなく、薬味が救援に来た。
その時点でおおよその推測がつく。
(俺が工作員って事がバレたか……)
そうなれば当然、情報を隠蔽するため遊離を殺すのが自然な流れだ。あのまま削板に
だから、救援を装って遊離を拉致しに来た。
そして、椅子に縛り付けられるという現状から、薬味が拷問を想定している事がひしひしと伝わってくる。スパイ元の組織の情報を、遊離から引き出そうとしているのだろう。
問題はそこからだ。
(工作員って事はバレたかもしれねえが、幻生と繋がっている事まではバレてねーはず。最悪、それさえ隠し通せればあのクソジジイが何とかしてくれるだろう)
だからこそ、ここで遊離に考察の余地がある論点は次の二つだ。
拷問をどれだけ引き延ばして時間稼ぎできるか、という点。
なぜ薬味久子に遊離の背信行為がバレたのか、という点。
まず一つ目。
拷問を耐え切る事など不可能。そんな精神論が通じるレベルの拷問器具など用意しないだろう。だからこそ、薬味が裏を取れそうな本当の情報を少しずつ漏らし、できるだけ拷問の時間を長引かせる。そうすれば、幻生が薬味を突き止めて殺しにやってくるだろう。そのどさくさに乗じて逃走できる。この方法は、拷問が実際に始まるまで考えようがないので、保留とするしかない。
では、二つ目だ。
(なぜバレた!!どうやって掴んだんだ!?薬味に盗聴されるようなヘマはしてねぇ。監視カメラに俺が映らないよう街の裏路地を移動した。確かに第七位と殺り合った際には表通りにも被害が出ちまったが、それにしては薬味の対応が早過ぎる。……となると)
味方の裏切り。
遊離の味方であった人間、すなわち幻生サイドの人間が薬味へ情報を流したとしか考えられない。
(幻生が俺を裏切るとは思えねえ。奴は俺と一蓮托生、同じギロチン台の上にいる。だとすると、乱数の野郎がまた遊び始めたのか?いや、アイツは割と『Five_over』プロジェクトに肩入れしていたはず……。なら、以前に出資金を出して被検体に立候補した、シルバークロースとかいう――――――――――)
『トマス・プラチナバーグ氏から、アナタについて報告があったの』
「――――――ほぅ」
身に憶えのない名前が出てきた。
トマス・プラチナバーグ。
一二人しかいない学園都市統括理事会の内の一人。
三〇代後半という驚異の若さで統括理事会の役員となった男。
過去に一度の失敗もせず、またこの先もしないだろうという程に順風満帆な人生を送ってきた成金小僧として界隈では有名である。
そう、有名ではあるのだが。
遊離と全くと言っていいほど面識はないし、関係のあるプロジェクトに携わった記憶もない。そもそも、コイツは若造なので、『木原』なんていう危険因子に関わりたがるような肝が据わっているとは思えない。
………若造とは言ったが、実年齢はもちろん遊離より高い。ただ、
そんなトマスが、この場面で『木原』と関わってくる理由。
(幻生の言ってた、『とある別件』ってヤツか……)
思えば、急なタイミングではあった。
盗聴を避けるため説明は後日直接会ってから、といったケースはこれまでも度々あったため疑いもしなかったが、スパイ先の標的を目の前にして作戦変更の命が下るのは、さすがにおかしかったか?
だとすると、推測の余地がない。会話術で薬味から情報を引き出す他に手掛かりはなさそうだ。
「トマスか。懐かしい名前だぜ。いつぶりかねぇ……」
『あら、鎌をかけたつもりかしら?彼はアナタとは面識がないって言ってたけど』
(チッ……バレてやがる)
だが、収穫はある。
薬味はトマスと直接コンタクトを取ったらしい。
誰にも会話を聞かれたくなかったからだろう。だとすれば、トマスは幻生が裏にいる事を知っていて、介入を恐れた可能性が浮上する。
逆に言えば、幻生との協力関係まで知られている可能性も浮上した、という事だ。
「……冗談だよ、焦んなババア。で、トマスは俺について何て話してたよ?イケメンだとか?天才を超越した頭脳の持ち主だとか?思わず自分の愛人を差し出してセックスさせてあげたくなるほどの漢の色気があるとか?死ぬ時は俺に殺されたいって金まで払ってまで頼みたいレベルにカッコいいとか?俺の研究の礎になりたいって、自分の身体を生贄に差し出すほど尽くしたくなるオーラがあるとか?それとも―――――――」
そこで遊離は一拍置いた。
じっくりと舐め回すような視線で監視カメラを睨む。
「―――――俺が『Five_over』プロジェクトの研究チームの実験
そこまでバラしていいのか迷ったが、どうせ薬味なら推測できていると割り切って一か八かにかけた。これは、「俺はお前の考えている事が予測できているぜ」と威圧の意味を含めた演出だ。会話の主導権を奪う一手。外れたら一気にボロが出る。
『………………』
沈黙があった。薬味が唾を飲み込んだ音が薄らと聞こえた。
『………あら、拷問前だというのに、随分と早く白状したのね。ノコギリで自分の性器を切り落とされるのがそんなに怖かったのかしら?』
「笑えねえジョークだな。そんな経験は、俺が産まれた時にはとっくに経験してたぜ。
『……気持ち悪い感性ね。反吐が出るような男だわ』
薬味の表情が容易に想像できる。こういう時に遊離を見る人間は、ゴミを見るような嫌悪感に塗れた視線を向ける。
だが、それでいい。
忌避されてこその『木原』、理解不能が『木原』である。端から共感される事を期待してなんかいない。
「で、どうなんだよ?なんなら、黙秘権って便利な言葉を使わしてやろうか?」
『巧みに話題を逸らして会話の主導権を握ろうとするその姿勢、さすがと褒めておく事にするわ。情報量じゃ勝てないから、嫌悪感を演出して自分と対話する作業を苦痛と感じさせる。常套手段ね』
「あ?チンコを移植したのはマジな話だっつーの」
とはいえ、遊離も焦っていた。会話の主導権を奪ったとも思えたが、
(思った以上に流されねえな。そうそうに会話を打ち切るかと思ったんだが……対話じゃ勝てねえ、さっさと拷問に移ってもらわねぇとボロが出るぞ)
『話を戻しましょうか。トマスは私に有力なとある情報をくれたの。アナタの推測通り、それはアナタ自身の身の上の事だったわ。「Five_over」に纏わる件よ』
そこで薬味は、不自然な間を一拍置いた。
『………第一七学区で研究で行われているのかしら?』
「―――――やっぱりそうかよ」
遊離は溜息をついた。想像していた通りだ。
具体的過ぎる質問内容。
鉄製の拘束具。
YESとNOで答えさせようとする意図ある問い。
(嘘発見器みてーなもんか。椅子から微弱な電流でも流して俺の脈拍でも探ってんのか?いや―――――)
遊離は自分の心臓にAED装置を埋め込んでいる。
携帯電話を奪われ、それを使って脈拍をモニターしているのだろう。
これでは、YESだろうがNOだろうが沈黙しようが、僅かな脈拍の変化を隠し切れない。誘導尋問のように立て続けに質問を浴びせられ、幻生の情報が特定されてしまう。
「用意周到じゃねえか。ったく、テメェのニヤニヤしてる顔が目に浮かぶぜぇ」
『質問に答えなさい』
「だがよォ、ちょっと『木原』を舐め過ぎじゃねえのか?」
『?』
薬味が沈黙したのと同時、遊離は思い切り歯を食いしばった。
バリッ、という歯が割れる嫌な音が響いた。
『な!?まさかッッ!?』
盗聴器にも音が伝わったのだろう。
「ぐ、ゥゥゥうううううううう、う、キキ、ぎゃハハハハハッハハハハハ!!」
激痛で呼吸がおかしくなる遊離は、それでも笑っていた。
『奥歯に何か仕込んでいたのね!?答えなさい!!』
「ぐゥゥゥ……へへ………トリカブトの、毒を、仕込んでたのさァ!!ぎ、ゥゥゥ……」
『……ッ!?信じられないわね。自殺でもするつもりかしら?』
そんな訳がない。
現在はトリカブトに含まれる有毒成分アコニチンへの解毒剤は見つかっていないが、奥歯にはトリカブトの毒以外にも『
例えば、本来は「心臓発作で心停止」レベルの症状を、「脈拍が荒くなる」レベルの症状まで軽減できる。
そうなれば、微弱な電流で遊離の脈拍を測り、嘘発見器の要領で情報を引き出す事はできない。
「へ、へへ……どうするよ、薬味ィ?尋問は無理になっちまったなァ、おい?」
『やってくれたわね……もう、同情の余地はないわ。自分から拷問の道を選ぶなんてね。人の情けを無為にすると、後で後悔するわよ。……やりなさい』
と、薬味はスピーカーの向こうで誰かに指示を出した。
数分と経たず、扉を開けて看護師が四人ほど室内へ入ってきた。
彼らが運んできた物を見て、思わずギョっとした。
「……おいおい、外見に似合わない物を握っちゃって、それ、ホントにテメェらで扱えるのかァ?」
彼らが手に握っていた物。それは通常の拷問器具ではなかった。
電動チェーンソー。
高温補助式シザー。
エタノール溶液。
ドラム管型の警備ロボット。
そして、外見だけでは判断がつかない半透明なオレンジ色の液体の入ったガラスケースと、それに接続された巨大なボンベ。
(おいおいおいおい………こりゃ下手したら死ぬんじゃねぇか?内臓を抉り出す程度じゃ済まねーレベルの器具を揃えてんだろォ……)
「ショック死されても困るので、強心剤を打ちます」
「……おいおい、効き過ぎねーように注意しろよ?」
言って、看護師たちに強引に注射を打たれた。首筋の静脈ではなく、後頭部に直接だ。
麻酔ではなくショック死を防止するだけ、というのが悪趣味過ぎる。
顎に装着されていた金属マスクを、乱暴に外された。
「まさか『木原』の俺よりゲスな奴がいるとはねぇ、薬味ィ。誇っていいぜ。ロクな死に方しねーぞ、テメェ」
『あらそう。心待ちにしてるわ。じゃあね、木原遊離。アナタが死なない事を祈っているわ』
そう言い捨てて、スピーカーの通信が切れた。
それを合図に看護師の一人がチェーンソーを起動させる。
けたたましい音が室内に反響する。
「……で、何してくれちゃうのよ、テメェら?」
「説明の必要などない。百聞は一見に如かず、だ」
そう言って、その看護師はいきなり―――――――――
―――――――チェーンソーで遊離の首を切断した。
「ギャぁ、―――――――――――――ッッ!!」
悲鳴は最初の一瞬だけだった。
すぐに喉が潰れて、声どころか呼吸もできなくなる。
痛みなんて概念が超えていた。
激痛という表現が陳腐過ぎる。もう、神経が悲鳴を上げて痛みという感覚が飽和していた。気絶してもおかしくないのに、なぜか死ぬ事ができなかった。いっそ死ねた方が楽になる地獄のような一瞬を味わう。
そんな風に白目を剥いて失神しかけた遊離の生首を、看護師はオレンジ色の液体の中に突っ込んだ。まるで魚を飼う際に水槽に設置するエアーポンプのように、接続されたポンプからボコボコと泡が噴き出していた。
おそらく、このオレンジ色の液体は生理食塩水なのだろう。これに酸素を溶かして、脳内へ強引に酸素を回しているのだ。遊離が死なないように、浸透圧まで調節済みであった。
(……俺をどうやっても生かす気か、コイツらッッ!!確かに、人間は脳に血液が通い続ける限りは生き延びる事ができる。いや、だとしても、こいつはイカれて過ぎてんだろォ!!)
もはや生首だけとなった姿で、遊離は思考を巡らした。痛覚神経が切断されてしまったので、もはや痛みはない。
しかし、それで終わりではなかった。
看護師の一人が、遊離の口に高温補助式シザーを差し込み、まるで魚を捌くかのような手際で、遊離の頭を解体していった。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!」
絶叫。
しかし声は出なかった。
下顎が切り落とされ、鼻から下を切り落とされ、頭蓋骨を切り開かれた。
看護師は、目と耳と脳だけは傷つけないように慎重に遊離を解体し、残りを全て切り落とすと、床に投げ捨てた。
(……ぁ、………あ、………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?)
ガラスケースに反射した姿を、遊離は視界に収めた。
絶句した。
それは、両目と両耳と脳だけになった自分の姿。
クラゲのように液体の中で浮き沈みする自分の脳が見えた。目や耳がクラゲの足のようにユラユラと漂っている。
『顔』というものを構成していた骨や筋肉は、バラバラに切り刻まれて床に捨てられていた。そして、椅子には血を噴き出す自分の首から下の胴体があった。
(く、そ、野郎ォ!!)
絶望だった。
もはやそれは、人間とは呼べない『物』だった。
(クッソ野郎がァぁぁぁぁぁぁぁァぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!)
怒りは、しかし看護師達には通じない。
もはや今の遊離は、怒りを訴える声も、怒りを表現する顔も、怒りを行動に移す身体も、何一つないのだから。
「今は激痛で脳波が乱れているだろうから、測定はしない。だが、警備ロボットを配置して、お前の脳波を常時監視させてもらう」
そう言って、看護師は警備ロボットの上蓋をこじ開けた。
その警備ロボットには、脳波を測定できるよう高度な演算装置が組み込まれていた。中身から電極のコードを引っ張り出し、遊離の脳に突き刺した。
ズキリ、と視界が明滅した。
「これでお前の脳波を常に監視できる。具体的な尋問は明日になる予定だ。と言っても、脳波を測定すればすぐに分かってしまうがな。お前の脳波が安定するそれまでの時間を、せいぜいその姿で余生として楽しむんだな」
(待ちやがれ!!)
遊離の思いは届かない。
看護師達は道具を抱えて部屋から出て行く。
(待ちやがれ!!)
最後の一人が、ちらりと看護師がこちら振り返った。
「お前みたいにキチガイじみた悪党には、お似合いの末路だよ。薬味院長に裁かれるといいさ。それがこの世のどこかにある『正義』とやらの、天誅ってヤツさ」
捨て台詞なような言葉を残し、部屋から出て行く。
看護師が扉の向こうに消えた。
(待ちやがれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!)
ガチッ、と鍵のかかる音が聞こえた。部屋の明かりが落とされた。
部屋が静寂に包まれる。
彼に同情する者はいなかった。手を差し伸べる人間はいなかった。
それは、正義に敗けてしまった『悪役』の、慈悲なき無残な末路だった。
という訳で、遊離は脳と目と耳だけの姿になってしまいました。
目と耳からは神経がびろーんと伸びて、脳とくっついてる感じです。
……次回こそ、物語の真相に迫ります(汗)