※この作品はR-18です。

【とある魔術の禁書目録】敵役なりのジンテーゼ -Kihara-   作:白滝

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第六章 事実は小説より奇なり Central_Dogma

 学園都市統括理事会の一人、薬味久子は第一三学区の例の病院で寝泊まりしている。この施設が、彼女にとって最も安全なシェルターなのである。

 例え拘束した木原遊離が同じ建物の中にいようが、厳重にセキュリティが組まれたこの施設では心配に値しない。

 そもそも、今の遊離は身体を失い脳だけとなった生物の残骸だ。

 明日になって脳波を測定し、直接情報を引き出せば何かしらの手掛かりが見えるはずだ。表情を誤魔化し脈拍を誤魔化そうとしても、脳波まで偽る事のできる人間なんて、この世には存在しない。わざわざ宣言するまでもない、誰がどう見てもチェックメイトだった。

「まったく、手間をかけさせてくれるわねぇ。『木原』ってのは本当に面倒な人種だわ」

 入浴後の火照った身体が湯冷めしない内に、布団の中へ潜った。

 薬味の個室のベッドには、酸素吸引用のマスクもあった。これによって質のいい睡眠を得られるようになっている。

(さて、トマス氏からの提案の裏はこれで取れるでしょう。懸念すべき案件は大方片付いたかしらね)

 そんな風に、薬味は遊離の事など気に留めず、悠々と眠りについたのであった。

 

 

 

(許さねぇ!!)

 木原遊離は殺意に溢れていた。

(殺してやる!!)

 もはや身体を失い、力を失ったかように見えた。

(諦めねえぞ!!俺は絶対ぇに諦めねー!!ここから、この状態から、この地獄から、必ず這い出てテメェをぶち殺してやるッッ!!)

 そうだ。

 遊離は力など失ってはいない。

 例え身体を失おうが、例えクローンで自分を作り直した『免疫崩壊(フィードバック・クライシス)』を失おうが、彼には『木原』の頭脳がある。

 思考する事ができるという時点で、それはもう『木原』にとっては凶器を振り回しているようなものだ。

 まだ自分の武器が残されている。

 だからこそ、

(目の前の警備ロボットは俺の脳と電極で繋がれ、終始俺を監視している。つまり、俺の脳波信号を受信するシステムがあるって事だ。用意周到なあのババアなら、万が一俺が逃走する素振りを見せた場合に備えて、この警備ロボットに俺を妨害するようプログラムを組み込んでいやがるはずだ。だからこそ、搭載している演算装置も通常の物よりハイスペックなはず。そこに付け入る隙があるッッ!!俺に残された唯一無二の突破口ッッ!!)

 まぁ、歩く足もない脳ミソだけのこんな姿ではありえない事だが―――――――

 

 

 ――――――と、常人なら思う。

 

 しかし、『木原』は違う。

 彼、木原遊離は、根本的に違う。

 逆に、自らが機械のプログラムを乗っ取りにかかった。

 精神コントロール。

 スポーツ医学や鬱病治療などで注目が集まる精神コントロール法には、自覚的に感情を制御する方法がいくつも研究されている。それはミュージックセラピーであったり、自分の成功するイメージを常に思い描く事だったり、様々な方法がある。

 いずれにしても、「想像によって記憶をフラッシュバックさせ、その時の感情を思い起こす」といった自己暗示やプラシーボ効果に関する手法が多い。

 ここで遊離が取った行動も、その一例であった。

 過去のトラウマや先程首を切断された記憶を、脳内の映像として必死に呼び起こす。吐き気を催すような嫌悪感が湧き上がる。幸いだったのは、吐くべき吐瀉物も臓器も口も自分にはもう既になかった、という事だった。

 ピクリ、と警備ロボットが動くのが分かった。

(……チィッ、思い出すだけでもクソ疲れんなぁ。まぁ、だが、成果ありだぜ)

 警備ロボットは基本的には自立稼働しているが、施設内の巡回の際の移動ルートが変更される場合などはパスワードを入力してプログラムを書き換える必要がある。

 しかし、脳に電極を刺して直接的に演算装置に繋がれた遊離は、そんなセキュリティなど気にする必要がなく脳内信号を警備ロボットに伝える事ができる。

 問題は、自分がどんな感情を抱くと、どのような信号を警備ロボットが受け取りどのような反応を示すのか、という点だ。今からそれを数百パターン程度試してみて、把握さえできれば目の前の機械を乗っ取る事ができる。遊離の抱いた感情を〇と一の行列に変換し、警備ロボットの演算に干渉する。自分の感情さえも、〇と一の数式に置き換える。

 いや、理論上は不可能ではないはずだ。

 情報を記憶として脳内の海馬に刻み込む『学習装置(テスタメント)』という装置が学園都市にはあるのだから、感情の数式化だって不可能ではないはずだ。いや、むしろ、遊離は本物(オリジナル)の木原遊離に『学習装置(テスタメント)』で情報をインプットされているので、常人に比べればそういった〇と一の発想へ思考が慣れているはずである。不可能では、ない。そのはずだ。

 物事の見方を変える。

 世界の捉え方を変える。

 思考の仕方を変える。

(これから俺、木原遊離はッッ、この世の万物を、夢も希望も現実も、遍(あまね)く全てを〇と一で見つめ直すッッ!!)

 この世の物質を構成する最小単位は原子である、と主張した科学者がいた。しかし、遊離はそうは思わなかった。

 この世の物質の最小単位とは、〇と一という数字の概念だ。全ては〇と一の積み重ねで成り立ち、その結晶が世界となっている。

 ならば、今から始まる遊離の挑戦とは、この世界の真理との邂逅だ。

(できんのか……?………いや、やるしかねーんだ!!できなければ未来なんてねえ。俺が『木原』なら、これくらいできて当然のはずだァ!!)

 次の脳波測定は明日の朝。具体的な時刻は分からないが、残り一二時間もあればいい方だろう。  刻々と迫るタイムリミットが、ゆっくりと下りてくるギロチンの刃を連想させる。

 己が絶望からの起死回生をかけて、木原遊離の、死に物狂いの機械との対話が始まった。

 

 

 

 木原幻生。

 学園都市のSYSTEM研究分野の元老。

 SYSTEM――――――『神ならぬ身にて天上の意志に辿り着くもの』への真理を探究し、その手段を選ばない研究姿勢は数多の能力者と研究機関を破滅させてきた。

 そのマッドサイエンティストぶりは、『絶対能力者進化(レベル6シフト)』計画の提唱者にして『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の主導者だった事からも推察がつく。

 先進教育局の木原研究所所長、胤河製薬の特別顧問、鎚原病院の木原研究室教授、U.E.G.Fの特殊客員教授、特殊学問法人RFOの会長、学園都市の脳科学特別研究員………挙げればキリがない程の数々の肩書きを持ち、非人道的な研究を繰り返しては雲隠れするという神出鬼没なSYSTEM研究界の首領(ドン)である。

 そんな「超能力者(レベル5)を超える」事に執着する彼が『Five_over』プロジェクトに目を向ける動機は、推察するまでもなく至極当然の流れといえた。

 

 時刻は数時間前に遡る。

 木原遊離が軍用無人兵器『六枚羽』によって薬味久子に拘束された、ちょうどその頃。

 木原幻生は自分の研究室の腰かけ椅子に身を沈め、コーヒーを飲みながら『とある別件』について考えを巡らしていた。

 ドアを叩く音が響き、息を切らしながら研究員が部屋に飛び込んできた。

 「失礼します!!只今、薬味久子が遊離室長を拘束した模様です。薬味久子はこちらの計画通り、トマス・プラチナバーグ氏へ流した情報に釣られて行動を移したものと思われます」

「おお、順調みたいだねぇ。薬味君も納得できたそうだし、一件落着というところかな?」

「遊離室長も時機に死ぬと思われるので、計画に問題はないと思われます。……それで、ですね。あの、室長の件に関しては……?」

「ああ、そうだったね。よく頑張ってくれた、ありがとう。計画の成功が確認でき次第、直ぐにでも遊離君の後任を君に指名するよう取り謀ろう。いや、君には感謝しているよ」

「いやいや、滅相もありません!!私がこうして学園都市の先進の研究に携わる事ができたのも、こうして木原先生のご厚情あってこそです!!本当にありがとうございます!!」

「いやいや、君の実力があってこその事だよ。私は君の実力をきちんと評価しているし、その才能を開花させてあげたいと常々思っていたよ。いや、謙遜はいいから、今日は帰ってゆっくり休息を取りたまえ」

 失礼します!!と希望に満ち溢れた顔をしてながら、その研究員は部屋を出て行った。

「………ああ、評価しているよ。扱い易い駒の一つとしてねぇ」

 幻生の呟きが、静寂な室内に響く。

 木原幻生はいつもと変わらない笑みを顔に浮かべていた。

 何を考えているのか、何を企んでいるのか分からない不気味な笑みを顔に張り付け、彼はただ、いつもように笑っていた。

 

 

 

 あれから約七時間が経過した。

『ヤット解析ガ終ワッタゼ!!』

 警備ロボットから機械音声が漏れる。それは、遊離が脳内信号を巧みに操って発せられていた。

 遊離が、警備ロボットの演算を完全に掌握した証拠であった。

(死ぬほど疲れたぜぇ!!……このオレンジ色の生理食塩水も段々と色が濁ってきてやがる。血液が腎臓で透析されてねーんだから、脳内疲労物質FFが上手く排泄されてねーのか。だが、これはしょうがねえ事だ。濁りきる前にあのクソババアをぶっ殺す)

 タイムリミットまで時間がない。

 生理食塩水に溶けるATP含有量も限りがあるし、いくら酸素ボンベの供給量が足りていようと、エネルギーがなくなってしまえばお終いなのだ。そのうち、考える事さえできなくなってしまう。

(まずは……)

 警備ロボットの内臓時計に侵入し、現在時刻を把握する。

 午前二時一〇分。まだ間に合う。

 遊離は警備ロボットへ信号を送り、自分の脳を収めたガラスケースを警備ロボットに括りつけさせた。椅子に放置されていた自分の胴体から、ズボンのベルトを引き抜き、無理矢理縛りつける。

これで、ある程度の速度で警備ロボットが走行しても、ガラスケースが振り落されて脳が生理食塩水からぶち撒けられるといった最悪の事態からは回避できる。

 さらに、脳内測定結果を改竄してダミー情報を送信しておいた。まさか看護師達もこんな状態の遊離が脱走できると思っていないだろうし、眠らず脳波の監視なんてしていないとは思うが、念には念を押す。

 警備ロボットを動かし、ドアのセキュリティにコードを差し込む。そのままロックを解除し、廊下に躍り出た。

 予想通り、廊下は真っ暗であった。人のいる気配はない。

 まさか遊離が脳だけになってまで逃走できるなど、誰も思わなかったのだろう。

(ラッキーだぜ。ここにきてようやく俺にも運が回ってきやがった。タイミングは遅すぎるけどなァ)

 施設からの脱出は当に諦めていた。こんな姿で街を移動したら、一発で警備員(アンチスキル)に通報されてしまう。

 となると、まずは制御室などにある外部と通信が可能なPCと接続し、幻生とコンタクトを取らねばならない。薬味を殺す事も、脳だけとなった自分に別の身体を用意する事も、まずは幻生と連絡を取らない事には始まらない。

 警備ロボットの演算装置から巡回ルートのデータを引き出し、病院内の案内図を読み込んだ。幸いな事に、薬味が寝泊まりしてあるだろうと思われる院長室からは離れたエリアに制御室があった。とはいえ、さすがに制御室にもなると研究員や看護師の一人や二人はいるだろう。

 潜入経路や制圧方法に思考を巡らせる。現在の遊離の姿、現在の装備、現在の病院内の状況を分析する。

(―――――さァて、始めるとしますかァ!!)

 三分もかからなかった。

 警備ロボットと一体化した木原遊離が、反撃の狼煙を上げる。

 

 

 制御室には三人の男達がいた。

 テーブルに雀卓を広げ、麻雀に興じている最中だった。

 時折り警備ロボットから送られてくる脳波測定の結果をパソコンを覗いて監視していたが、異常な変化はみられない。感情が逆立つ様子が度々見受けられたが、おそらく、薬味に対して怒りを感じているのか、現状に咽び泣き悲しみに打ちひしがれているのかのどちらかだろうと適当に結論づけた。

 ………あろう事か、それが遊離に改竄されたダミー情報である事に彼らは全く気付かなかった訳だが、しかし、ここでその油断を指摘するのはあまりにも酷であった。まさか脳だけになってしまった人間が、悲しみに暮れる事なく真っ先に殺意を燃やし反撃の術を考えていたとは思うまい。そして、まさか本当に脱出する事ができたとは誰も想像できまい。

 だからこそ男達は、部屋に訪れた突然の異変にもそれほど警戒心を抱く事ができなかった。

「ん?……何だこりゃ?」

 ふと、男の一人がパソコンの画面に目を落とした。

 モニターに表示される脳波の大きさは、心電図のように規則的に脈を打つ振幅によって表示されていた。

 それが、不規則な乱れを計測する。ガタガタと異常な振幅が計測されたのだ。

「あん?多分アレじゃね。例の男の脳ミソが、自暴自棄にでもなってパニック症状を引き起こしたんじゃねえの?普通、あんな状態で延命されたら、気が狂っちまうもんだろう?」

「馬っ鹿!?そしたら脳波測定に支障が出るかもしれねえじゃねえか!?つか、パニック症状にならないための強心剤の投与じゃなかったかよ。おい、笹部。さっきお前が麻雀でビリだったんだから、ちょっと様子を見て来いよ」

「はぁッッ!?っつか、俺の捨て牌に限ってお前らが上がりをもらうのは何でなんだよッッ!?」

 笹部と呼ばれた男は、渋々といった具合に腰を上げる。

 念のために拳銃を懐にしまい、メンテナンス機材を両手で抱えながら部屋を出た。

「ふぁあ~……ったく、薬味さんはさっさと自分だけ寝ちまうし。あんな状態で脱走なんてできる訳ねーだろ。俺らだって寝てもいいじゃねえか」

 ボソボソと愚痴を零す。

 部屋を出て最初の曲り角。

 階段に差し掛かる、その直前。

 

 

 笹部の背後から、捕縛用ネットが襲いかかった。

 

「なッ!?」

 身体に覆うようにして雁字搦めになった笹部は、足がもつれて転んでしまう。

 メンテナンス機材の重量に引っ張られながら、階段を転げ落ちた。

「(うっ、ぐッ―――!?)」

 激痛に顔をしかめる。

 転がり落ちる過程でメンテナンス機材が段差に引っ掛かり、跳ね上がるように段差から浮いた。

「ひっ!?」

 そして同時に、その顔が真っ青になった。

 階段から跳ね上がって踊り場にノーバウンドで転落する笹部の真下。

 そこに、待ち構えていたかのように鎮座している椅子があった。

 それは拷問部屋で遊離を拘束し、ワイヤーで胴体を括りつけておいたはずの椅子であった。

 しかしそれは今、背もたれを下にして上下逆さまになって階段の踊り場に置かれている。

 つまり。

 

 四つの椅子の足が、まるで落とし穴に仕込まれた竹槍のように笹部を待ち構えていたのだ。

 

「あ、ぶグゥ!!」

 直後、転落した笹部の身体が、椅子に突っ込んだ。

 鈍い音と共に、笹部の喉へ椅子の足の一本が突き刺さっていた。

 激痛により絶叫を上げようとした笹部だったが、ひゅーひゅーと喉から空気が漏れ出て声が出なかった。

 その上、

(く、苦しい。息が――――ッッ!?)

 椅子の足の一つが笹部の肋骨をへし折り、身体の内側へ折れた肋骨が肺に突き刺さり穴を空けていた。

 ガクガクと身を震わせる笹部は、喉に突き刺さった椅子の足を引き抜く事さえできず、悲鳴を上げて助けを求める事もできなかった。雁字搦めに巻き付いた捕縛用ネットが、彼の行動を封じている。 ガクリ、と力なく項垂れた際に、階段の上の様子が視界の隅に移った。

 そこには。

 ガラスケースが括り付けられた、不恰好な警備ロボットがあった。

 

 

 階段で笹部が転がり落ちる音は、制御室の男達にも聞こえていた。

「何だ何だぁ、あいつ。階段でコケたのか?」

「さすがに一人でメンテ機材を運ぶのはキツかったか?」

「面倒臭ぇ。薬味さんが起きて説教喰らう前に、アホの笹部を手伝ってちゃっちゃと作業を終わらせるか」

 そう言って、男二人が制御室から出てきた。

 

 

 直後だった。

 ぴちゅちゅちゅちゅっ!!と肉を裂く音と共に、男達の身体に無数の銃創が空いた。

 

 悲鳴を上げる余裕もなく、ドサリと男達が床に崩れ落ちる。

 

 原因はもちろん、遊離の脳に操られた警備ロボットであった。

 この病院は、対テロ用のトラップ施設として統括理事会の重鎮である薬味久子が生活している。だからこそ、一見すると普通の病院施設と変わらない警備システムに、多大で過剰な防衛処置が施されている。

 例えば。

 警備ロボットには、一つ一つの端末が独立の思考演算によって防火扉やシャッターなどの防衛プログラムに干渉できたり、捕縛用ネット以外にも、本来は搭載されていない機関拳銃(マシンガン)などが増設されていたりする。

 しかしだからと言って、発砲音まで消せる装備まで施されていた訳ではない。

 なんと遊離は、自分の死体の腹を抉り開いて機関拳銃(マシンガン)を包み込み、まるで消音装置(サプレッサー)のように銃口から漏れる火薬の燃焼ガスが外へ漏れる事を抑え込んでいたのだ。通常、機関拳銃(マシンガン)は排莢口から音が漏れるため消音器(サプレッサー)を付けても効果がないが、銃身全体を死体に埋めて包み込んでしまえば、その心配も必要ない。その上、発射炎(マズルフラッシュ)まで抑える事ができる。

 また、この病院施設には研究機材などが多く、それらを傷つける事のないよう弾薬には粉砕式弾頭が用いられていた。この粉砕式弾頭は紙粘土のような材質でできており、標的に当たると即座に粉々に砕けて跳弾しないようになっている。

 こういった事情を、全て視野に入れての遊離の行動だった。

『アバヨ。「木原」ヲ甘ク見タ、オ前ラガ悪インダゼェ?』

 警備ロボットに台詞を喋らせ、脳(遊離)を乗せた警備ロボットは制御室に入った。死体を移動させる時間は惜しかった。

『サァーテ、イッチョ始メマスカァ!!』

 警備ロボットから電極コードを伸ばし、端末から外部通信を試みる。

 遊離の現状を、幻生の研究所のアドレスへメールにて送信した。

 

 が、その過程にて。

(……ん?何だこりゃあ?)

 とある通信記録の音声ファイルが見つかった。

 日付は今日。しかも、統括理事会専用のアドレス――――主に襲撃者の知らせ(メッセージカード)などの際に使用されるメンバー間の直結の連絡手段だ。

(……トマスの野郎から話を聞いた、とか言ってやがったよな、あのクソババア)

 幻生へ救援を送り終えた今、優先すべきはこの病院内で身を隠す事なのだが、このファイルには事件の真相を明かす鍵が眠っているかもしれない。時間に余裕はあまりないが、探ってみる価値はありそうだ。

 音声ファイルには暗号化処理が仕組まれていたが、AES、ブロック暗号(DES)、ストリーム暗号(RC4)、ワンタイムパッド、RSA、楕円曲線暗号(ECC)、ElGamalなどの方式を片っ端から暗算計算した結果、五分程度で暗証番号を自力で発見し、解除する事ができた。

 音声ファイルを開く。

 通信記録が始まった。

 

  『薬味さん!お久し振りですという挨拶は省かせてもらいますよ』

  『あら、若者は性急ね。私はどんな案件でも、お茶を飲む余裕くらいは持つよう心掛けているのだけど。実は最近、気の持ちようが健康に影響す――――――』

  『あなたが今、主導している計画についてです』

  『……あら、私の実験の詳細についてご存じなのね?理由を聞かせてもらおうかしら?』

  『それも話しましょう。ですが、ひとまずはこの映像をご覧ください』

  『……、これって………』

 

(……あ?モニターの映像は別ファイルに保存されてんのか!チッ、検索する時間はねーぞ!?)

 こうなれば、モニター映像の音と二人の会話の脈絡から事情を推測するしかない。

 

  『ええ。これが、薬味さんが先程雇った木原遊離君の現状です』

 モニターからは、青年の掛け声が聞こえてくる。紛れもなく、遊離自身の声だった。

 聞こえてきた爆発音から察するに、遊離が『科学結社』の男達を殺している最中の様子であった。

(この辺は問題がねえはずだ。薬味の命令通り、ちゃんと任務をこなしてる。幻生のスパイとして怪しまれる事なんざ、全くしてねぇ。………が、)

 携帯電話の音が鳴った。それは、遊離が幻生から連絡を受けた時のものであった。

(……まずい。だとするとこの後の展開は――――)

 

 

  『ああ、幻生。テメェの言った通りでいいならな』

 

 

  『なん、ですって……』

 薬味の驚きの声が上がった。

  『木原遊離が、木原幻生の、スパイ……ッッ!?』

 

 

 

 

 




なんかちょっとだけ主人公っぽくなってきたけど、相変わらずクズな事に変わりない遊離君です。

次回で、真相の真相の迫ります。
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