※この作品はR-18です。

【とある魔術の禁書目録】敵役なりのジンテーゼ -Kihara-   作:白滝

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絶望回です。

感想・評価など、気軽にしてくださると嬉しいです。


第八章 『五』を超えた世界 Each_“Five_over”

「そうだよ、遊離お兄ちゃん!えへへ……私、今からお兄ちゃんを殺しちゃうの!!」

 聞き違えだ、なんて現実逃避は許されなかった。

 その喋り方は、紛れもない遊離の妹のもので、紛れもなく木原相殺のものだった。

『ナンデ、オ前ガ……薬味ニ、抵抗シナカッタノカ……?』

 できなくはないはずだ。

 年端もいかぬ少女だろうが、それでも相殺は『木原』なのだ。本気で抵抗しようとすれば、彼女の中に眠る『木原』が薬味に抵抗する術を導いてくれるはずだ。

 しかし、相殺は予想外の返事を返してきた。

「しなかったよぅ?だって、遊離お兄ちゃんを殺せるんだよ!大好きな遊離お兄ちゃんを、殺してもいいんだって!!私、悲しいはずなのに、泣いちゃいそうなのに、興奮が止まらないのぅ……」

 そう呟いた割に、恋査の表情は無表情だった。脳の視床下部以外の臓器を全て機械に置き換えた、サイボーグとして生きる人間の顔だった。

 もはや恋査には、顔も声色も身体も、外見上は相殺との共通点がまるでない。それなのに、目の前のサイボーグは相殺の話し方で喋り、相殺の価値観で物事を思考し、相殺の人生を紡いでいる。

 肺も心臓もないのに、遊離は息が辛くて胸が苦しい気分になった。身体なんて存在しないのに、冷や汗が止まらない気分になった。

 そんな遊離を前にしても、脳だけとなった変わり果てた遊離の姿を目の当たりにしても、相殺はまるで驚いた様子を感じさせない。

 確実に歩みを進め、遊離に近づいて来る。

『ナン、デ……ナンデ………ドウシテ………』

「えへへ……私も『木原』だったって事なのかなぁ?悲しいのに、止められないよぅ。遊離お兄ちゃんは、私が産まれた時から殴ったり硫酸で髪の毛を焼いたりレイプしたり、そんなにも私に愛情を注いでくれたのに………私、お兄ちゃんに恩返しできないよぅ……遊離お兄ちゃんを殺す事が楽しくなっちゃってるよぅ……もう、私、どうしたらいいの……?」

 

 木原相殺は、本物(オリジナル)の木原遊離が生きていた頃、彼が強姦して孕ませた研究仲間の女性の子である。だから、厳密には遊離の妹ではなく、娘と表現した方が血縁上では正しい。

 しかし、本物(オリジナル)の木原遊離は『免疫崩壊(フィードバック・クライシス)』システムを自身の偽物(クローン)に組み込んだ後、自殺している。そのため、本物(オリジナル)より歳が若くなってしまった木原遊離(クローン)は、歳が近くなってしまった娘をまるで妹のように接してきたのだ。

 ……その接し方は、醜悪な『木原』らしい歪んだ愛情であり、暴行や虐待や強姦を強要していた訳だが、彼女も彼女で『木原』であったためか、その価値観を受け入れ、その歪んだ愛情に喜びを感じていた。むしろ、自分からせがむ時さえあった。

 もちろん、遊離だって相殺の事を本当に実の妹のように愛していた。

 例え包丁で背中を斬りつけようと、心の底から愛していた。

 例え風呂場で沈めて窒息させて心肺蘇生のオモチャにしようと、心の底から愛していた。

 例え失神して内臓から血が噴き出すような激しい性行為をしようが、心の底から愛していた。

 そして、相殺はその全ての行為を愛情として受け入れ、不幸(幸せ)を感じていた。

 彼らはどうしようもなく狂っていたが、それでも確かに、固く結ばれた家族愛という絆があった。血族の繋がりに希薄な『木原』にしては珍しく、家族の絆が育まれていたのだ。

 それなのに、

「でも、やっぱり殺すよぉ……興奮が止まらないのぅ。このままじゃ私、お腹から何かが出てきちゃいそうなの、遊離お兄ちゃん!!苦しいよぅ!!だから、だから私、遊離お兄ちゃんを殺してモヤモヤを発散するよぅ……」

『相殺、止メテクレ!モウ、コンナ事ハ辞メヨウ!!』

 ただただショックで、遊離の思考が空回る。思考に空白が生まれる。

 『木原』の武器といえる『思考』が、機能停止する。

 相殺は止まらない。

 ガシャコン!!と恋査の背中が大きく開き、複数の『編み棒』が飛び出す。

 扱う能力が切り替わる。

 遊離は、慌てたように隣の部屋のドアを開けた。中へ飛び込む。

 直後、ズバチィッッ!!と一〇億ボルトの雷撃の槍が飛来した。

 『超電磁砲(レールガン)』を代名詞とする、生体電気を操る第三位の発電能力だ。

 光の速さで飛ぶ電撃は、視認してから躱せる訳がない。それこそ、『免疫崩壊(フィードバック・クライシス)』を組み込んだ五体満足な四肢があった頃ならともかく、既に「脳と眼球と耳」だけとなって警備ロボットに繋がれた現在の遊離では不可能だ。

 当然ながら、遊離の警備ロボットは完全にドアに隠れる事ができなかった。それでも、鉄製のドアノブが避雷針のように雷撃の槍を吸い付けたおかげで、運よく回避に成功する。

 しかし、高圧電流の抵抗熱でドアは焼け焦げ、留め具も外れてドアが廊下に倒れた。

 部屋が丸見えになってしまった。遮蔽物はなく、逃げ場もない。

 遊離は部屋を見回した。

 思った以上に広い。小学校の体育館ぐらい、であろうか?

 だだっ広い空間には、壁一面に冷却器が完備されたロッカーが敷き詰められている。

(遮蔽物がねえッッ!?)

 部屋には何もなかった。

 椅子もベッドも机も手術台も、どころか、無機質な蛍光灯ぐらいしか特筆すべき特徴がない空間だった。

 ショックで鈍る頭を必死に揺り動かし、遊離は必死に状況の打開策を講じる。

(部屋の様子から見て、ここは霊安室。仏教関係の祭壇がないのは、ここが宗教に頼りたがらねー学園都市だからか……。まぁ、どのみち死者を弔うなんて行為は、俺達『木原』にとっちゃあ自己満足の延長線でしかねーけどな)

 通常の病院は、霊安室は最下層に配置しているのだが、この病院は対テロ用の特殊な構造であるため、通常とは異なる構造をしているのだろう。

「あははははは!!遊離お兄ちゃん!私はこんな事もできるんだよぅ!!」

 しかし、それ以上の考察をする余裕はなかった。

 部屋に飛び込んできた恋査の背中には、既に先程とは違った編み棒が展開されていた。

 その不気味な編み棒が織りなすラフレシアの中心から、真っ白な六枚の翼が現出する。

 この世に存在しない物質を生み出す、第二位の『未元物質(ダークマター)』だ。

(くッ!!)

 とにかく警備ロボットを走らせて距離を取っていた遊離だったが、この遮蔽物のないこの空間では意味がない。

 とっさに方針を変更する。警備ロボットからアームを伸ばし、壁一面に敷き詰められた死体ロッカーの棚を力技で引っ張り出した。鍵ごと破壊し、無理矢理に遮蔽物を作り出す。

 しかし、

「死体で遊ぶつもりなの?だったら、相殺がもっと面白い事をしてあげる!!」

 直後だった。

 

 恋査の背中に展開された白い翼が二〇メートル近く肥大し、両壁の一面を削り飛ばしてロッカーを破壊した。

 ゴリゴリゴリゴリッッ!!と、金属が削り取られて火花が散った。

 それは壁を狙った攻撃であったため、遊離の警備ロボットに損傷はない。とはいえ、壁の瓦礫が床に撒き散らされ、警備ロボットが走行し辛くなってしまった。

 いや、それは些細な事でしかなく、『木原』という悪魔の頭脳を搭載した恋査の狙いは、別の所にあった。

 肥大した真っ白な翼が突如形を変え、液体とも個体ともとれなくなった『未元物質(ダークマター)』が両壁の一面を覆った。

 いや。

 より正確には、破壊されたロッカーの中に安置されていた数百体にも及ぶ死体を、『未元物質(ダークマター)』が包み込んだ。

 真っ白な壁面が波打ち、盛り上がり、新しい形を持って仮初めの産声を上げる。

 白い壁面から、何百体もの真っ白な人形が産まれて出てきた。

『コ、レハ……ッッ!?』

 真っ白な人形に囲まれ、遊離の逃走経路が断たれた。

 機関拳銃(マシンガン)がひしゃげ、一回限りの捕縛用ネットも使用してしまった警備ロボットには、既に人垣を強硬突破する力を失っている。

 その上、

「死体の残留思念をレコーデイングして作った、『未元物質(ダークマター)』の人形だよ!!……でも、やっぱり『未元物質(ダークマター)』の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』は理解しにくいなぁ。『噴射点』である私程度じゃ、感覚的にしか応用が利かないや……」

 それでも、起きた現象は死者を蘇らせた事と相違ない。

 恋査の性能が本物(オリジナル)のスペックに近い証拠だ。

 科学を悪用してしまう『木原』の性としてなのか、『恋査』という超能力者(レベル5)を悪用するシステムに相殺の思考はハマり役だったのかもしれない。

「さぁ、みんな!!遊離お兄ちゃんと遊んであげて!!モタモタしてると死んじゃうから、殺したいなら早い者勝ちだよぉ!!」

 恋査の一声を引き金に、死者の人形たちが遊離の警備ロボットに襲いかかってきた。

 ただのゾンビのような挙動ではない。

 その速度はオートバイに匹敵するほど早く、天井や壁を蹴って襲撃のコースを変則的(アクロバティック)に確保していく。振るわれる拳は壁面破壊用の大型ハンマーよりも重い鈍器となり、その爪は指と同じ太さのワイヤーを軽々と断ち切るワイヤーカッターよりも強く獲物を引き裂く刃と化す。

 人垣に囲まれ退路を断たれた今、遊離を乗せた警備ロボットは紙屑のように引き裂かれるだろう。そのままガラスケースまで砕け散り、脳も潰されて床の染みとなってしまう。

「(殺(や)ったぁ!!これで遊離お兄ちゃんが死ぬぞぅ!!)」

 内心で喜ぶ恋査であったが、しかし、顔に浮かぶのは依然として無表情だった。そこには『木原』としての恋査ではなく、サイボーグとして恋査だった。表情も人生も価値観も。

 一方で、遊離は焦っていた。

 絶対絶命。

 いつもに比べて、加速度的に思考が回ってはくれない。

 あの、悪魔に取り憑かれたような天災的な閃きが全く浮かばなかった。

 

 それもそのはず。

 部屋に入った段階で、遊離は部屋の状況を推測するのが精一杯だった。肝心な命題(テーゼ)である「恋査を殺すか否か」という問題を先送りにしている。「とりあえず死なないように攻撃を回避する」という思考しか行えていなかった。

 本来のコンディションならば、推測だけに留まらず状況の打開策を考察し、起死回生の一手に辿り着いていたはずだ。

 明らかに本調子ではなかった。

 彼の『木原』を、十分に発揮できていなかった。

 

 だからこそ、それに気付いたのは偶然だった。

 脳に辛うじて繋がれている遊離の眼球が、ロッカーから漏れ出す白い蒸気を視界の隅に捉えた。

(ロッカー内の空気が、常温の外気に晒されてるせいか……ッッ!?)

 そう。

 通常、霊安室の死体はマイナス一五度からマイナス二〇度で保管されている。これら死体ロッカーはアイスボックス状になっており、冷却方式として電子式を取り入れていた。

 遊離は、とっさにそれに干渉する。

 『未元物質(ダークマター)』がレコードやCDのように死体の、より具体的には死体表面の分子構造や凹凸から残留思念を読み取ったというのならば、読み取り情報を書き換えてしまえばいい。

死体の残留思念からリアルタイムで出力されたこの人形は、言い換えれば、冷凍した完璧な状態で死体が保存されていなければ、人形の形が維持できない事を裏付けている。

 そして、遊離が操るこの警備ロボットは、病院内の過剰な防衛機能によって、施設のプログラムにある程度干渉できるのだ。

 冷凍を解除する。

 死体が少し解凍され、その分子構造がほんの数ミクロ変化した。

 しかし、それでいい。それだけで十分だ。

 遊離の警備ロボットへ襲い掛かっていた真っ白の人形たちの身体が、不自然にボロっと崩れた。そのまま地面に躓き、ドミノ倒しのように人垣が倒れていく。

『残念ダッタナ!タッタコレシキノ変化ニ予測演算ガ追イ着カナイナインテ。本物ノ第二位ナラ影響ナカッタダロウガ、「噴射点」デシカナイ「恋査」ジャア、ソノ程度ノ応用力ガ限界ダロウゼ!!』

 そう警備ロボットに喋らせて、遊離は人形の人垣を飛び越える。

 そのまま、部屋の奥にあるもう一つの扉に全力で警備ロボットを走らせた。ドミノ倒しのように積み上がった人形の人垣に警備ロボットの本体が隠れるよう、低い姿勢で走らせる。

「やっぱり遊離お兄ちゃんはスゴいよぅ!!もっと一緒に遊ぼう!!」

 恋査は編み棒を再び展開し直す。能力が切り替わった。

 その指から、真っ白な光球が揺らめく。

「だから、逃げないでよぅ!!扉の方に行っちゃ――――駄目ぇええええ!!」

 

 ゴバッ!!と、純白の閃光が放たれた。

 

 もはや人形の人垣で遊離の操る警備ロボットが見えていなかったが、先程まで遊離がいた位置と扉との延長線上に向けて、続けざまに三発の『原子崩し(メルトダウナー)』を炸裂させた。

 いくら『この世に存在しない物質』であろうが、『存在しないはずの物質がこの世に存在できてしまった』時点で、粒機波形高速砲の餌食となる。曖昧なままに固定された電子は、あらゆる物を拒絶する壁となり、人形の人垣を紙屑のように吹き飛ばしながら部屋を蹂躙した。

 遊離の逃走先を予測し、的確に放たれた破壊の光が警備ロボットを襲う。

「わぁーい!!すごーーい!!」

 無表情のまま興奮した声を荒げる恋査は、しかし、

 

 

『――――アリガトヨォ!逃ゲ道ガ増エタゼ!!』

 

 警備ロボットの人工音声を聞いて、硬直した。

「(死んでないのッッ!?)」

 遊離は、恋査が予測した逃走ルートなんて進んでいなかったのだ。

 警備ロボットが扉を目指して人垣を飛び越えたのは、恋査に「今から扉に向かって一目散に逃げます」と印象付けるための演技に過ぎなかった。

 人垣を飛び越えて警備ロボットに身を屈めさせた遊離は、進行方向を急転換するような挙動で、扉と反対方向へ警備ロボットを走らせていた。

 また、『未元物質(ダークマター)』の人垣を無視できる程の貫通力を発揮できる『原子崩し(メルトダウナー)』が、この場面で使われる事もピンポイントで予測できていた。『木原』の思考は常人には理解できないと言われるが、同じ『木原』なら容易に想像できる。

「やっぱりスゴいよ、遊離お兄ちゃん!!私も、いつか遊離お兄ちゃんみたいな立派な『木原』になるからね!!」

 恋査の言葉を最後まで聞いている余裕はなかった。

 部屋の奥の壁には純白の閃光によって無数の大きな穴が空き、隣の部屋へと続く新たな逃走経路が生まれてしまっていた。

 そこに向かって、遊離は今度こそ全力で警備ロボットを走らせる。

 敢えて『原子崩し(メルトダウナー)』を使う状況に恋査を誘導し、その強大過ぎる破壊力を逆手に取って逃げ道を作り出したのだ。第四位の『原子崩し(メルトダウナー)』は、思わず生存本能がリミッターをかけてしまう程に強力な、超能力者(レベル5)随一の破壊力を誇る。

 この攻撃を誘導し、壁に穴を開けさせ、逃げ道を増やす。

 そうすれば、逃げ道が扉一つしかなかった先程までの場合に比べ、圧倒的に生存確率が上がる。

 遊離は諦めない。

(まずは隣の部屋に逃げ込む!!何とか距離を取って、どうにかしてあのクソババアを人質に取る。そうすりゃ、恋査を牽制でき――――――)

 

 

 しかし、

 

 ガシャコン!!と再び編み棒が展開された。

 編み棒が織りなす不気味なラフレシアが、新たな超能力(レベル5)に切り替わる。

 

 

 ―――――――『一方通行(アクセラレータ)』。

 

 

 轟ッッ!!と。

 直後、突風が部屋を蹂躙した。

 風速一〇〇メートルを超えたハリケーンが、瓦礫を、人形を、ロッカーを、警備ロボットをも、全てを巻き上げて席巻する。

 それは、回避不能。

 空間そのものをまとめて引き裂くかのような一撃だった。

 恋査は軽く手を振っただけだった。

 たったそれだけで、地下五階の半分が天井も床も含めて崩壊した。

 遍くベクトルを操作する第一位の『一方通行(アクセラレータ)』。

 ベクトルの概念は『力の向き』と『力の大きさ』。これを操るという事は、あらゆる攻撃を跳ね返し、あらゆる攻撃の威力を変更できる、という事。

 手で仰いだだけの風の流れが、天災規模のハリケーンとなって世界を破壊する。

 恋査の眼前には、破壊の爪痕に刻まれた崩壊寸前の病院が広がっていた。

 一瞬で、一手で、一撃で、全てを破壊し尽す力。

 世界を塗り替える程の脅威。

「あは、」

 彼女は、無表情な顔で笑った。

「あはははははははははははははははははははははははははははははははっっ!!」

 

 

 

 

 圧倒的だった。

 学園都市二三〇万人の能力者達の頂点に君臨する、この世界における最強の能力。

 それまでの超能力者(レベル5)とは格が違った。

 もはやこれまでの戦闘が茶番にしか見えない、圧倒的な絶望を突き付けられた。

 だからこそ。

 遊離の脳と目と耳が何とか形を保てていたのは、奇蹟でしかなかった。ただの偶然だった。いや、死んだ方が楽になれたかもしれない。そういう意味では、生き残ってしまった不運とも取れる。

 空中に巻き上げられた際、遊離の脳に接続された警備ロボットも当然のように突風に呑まれていた。

 ガラスケースが揉みくちゃになって吹っ飛ばされた影響で、中の生理食塩水も泡立ってしまい、遊離自身も眼球の視神経が耳の聴覚神経と絡まって訳が分からなくなる。ガラスケースの中で、遊離の脳が浮き沈みする。

(――――ヤベぇッッ!!)

 警備ロボットは、もはや遊離の命令に従って動く身体と同義。遊離の脳に突き刺さっている電極コードが警備ロボットから引き千切られたら、遊離は動く事すらできなくなってしまう。植物のように、信号の受信のみしかできなくなってしまう。

 突風に呑まれた極限状態の中で、三脚状の警備ロボットの足をプロペラのように振り回し、遊離は必死で空中での姿勢制御を行う。流体力学上で最も力学的ベクトルを受け流せる姿勢を維持する。

 そうすれば、少なくとも『空気の壁に衝突して身体を引き千切られる』という最悪の展開は回避できる――――――

 

 

 

 ―――――――のは、理論上での話でしかない。

 

 必死で姿勢制御を行い『生』にすがりつこうとする遊離の警備ロボットへ、巻き上げられた瓦礫が衝突した。

 ハリケーンに巻き上げられた瓦礫は、もはや散弾銃(ショットガン)に匹敵する。

 

 バギッッ!!と、脚の一つがもげた。

 

 バランスを失う。

 突風に呑まれた。

 空気の壁にまともに叩き飛ばされ、警備ロボットの機体がゴガギギギ!!と悲鳴を上げながら大きくひしゃげた。

 それでもガラスケースへの瓦礫の被弾を免れたのは、『木原』たる遊離の思考がこの最悪のケースを想定して姿勢制御を行っていたからだった。ガラスケースだけは死に物狂いで守り通す。

 が、全てを無に帰す『一方通行(アクセラレータ)』の前では、そんな些細な幸運などまるで意味を成さなかった。

 そのまま、

(――――――、ヤバ――――!?)

 グシャッッ!!、と。

 『原子崩し(メルトダウナー)』によって空いた大穴の端へ、突風に呑まれた警備ロボットが衝突した。

 決定的な破壊音と共に、警備ロボットの機体が真っ二つに砕けた。

 大穴を通過する際、同様に吹き飛ばされてきたロッカーの角が鋭角に警備ロボットを削り取り、遊離の脳と繋がっている電極のコードをブチブチと引き裂いた。

 ズキリ、と痛みで視界が明滅する。一二本あるコードの内、九本を切断された。

 半壊した警備ロボットは、それでも辛うじて遊離の脳の入ったガラスケースを死守しながら隣の部屋へと突っ込む。

 運が良かったのは、後を追うように吹き飛ばされてきた数百体もの『未元物質(ダークマター)』の人形が大穴へ突っ込み、大穴が詰まって栓となった事だった。ハリケーンの防風堤となり、大穴から遊離を後追いする瓦礫の雨に、グチャグチャにすり潰される事は回避できた。

 それでも、突風に呑まれた警備ロボットの勢いは止まらない。

 その部屋は危険薬物保管室であった。この部屋も霊安室と同様の広さであったが、霊安室とは違い、遮蔽物が多かった。

 具体的には、部屋中に無数の薬品棚が鎮座していた。ガラスで四方を囲まれ、どの角度からでもガラス戸を引いて、棚の中にある薬品ビンを取り出せるように工夫されていた。

 その、薬品棚の一つに突っ込んだ。

 遊離の脳を入れたガラスケースが、ガラスを突き破って薬品棚を滑っていく。

 並べられた薬品ビンをバリバリと砕きながら薬品棚の反対側まで到達し、そのままスキーのジャンプ台のような軌道で床に落下する。

 床に、落下する。

 

(――――――――ぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?)

 

 誰にも伝える事のできない悲鳴が脳内で響く。

 薬品ビンを弾き飛ばしながら進んでいたため、遊離の脳を収めたガラスケースには、亀裂が走っていた。

 

 それが。

 

 床に落ちた際に、亀裂が広がりヒビとなる。

 

 バリン!!という食器が割れたような音と共に、ガラスケースが砕け散った。

 

 生理食塩水が漏れ出て、床に水溜りを作る。

 遊離の脳が、床に放り出された。

 床を転がりながら滑っていき、ようやく止まる。

 生理食塩水という生命線を失った。

 生命維持装置を、失った。

 

(ぁ、ぁ、ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!)

 

 

 

 




遊離と相殺のマジキチ具合を、あーだこーだうんうん唸りながら何度も修正しながら書いてましたww
割とすごいキチガイになったなーと、個人的には満足です。

次回は、残り数十秒の寿命となった遊離のお話です。
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