ジブンの青春は白鷺千聖の手をつかんだことで始まり、白鷺千聖の死を持って終わった。
「あれからもう、六年…早いのか、遅いのかよく分かんないや」
八月の終わり頃、蝉の鳴き声とかんかんに照らす太陽の光を弾く白い墓石は丸山彩に何も返さない。
私のお墓の前で泣かないでくださいという歌があるが、こうして物言わぬ墓の前にするとその意味が分かるような気がしてくる。
「千聖ちゃんがいなくなってパスパレすっごく大変だったんだよ、るんってしなくってさ…」
白鷺千聖が死んでから程なくしてパスパレは解散した。
誰から言い出したということはなかった。私達は五人そろってPastel Palettesであり、新しいメンバーを招聘するということは考えられなかった。
そのことを発表したあの会見は鮮明に私達の中にいやな思い出として残ってしまうほどに。止まないフラッシュと質問、怒号だって浴びせられたし炎上するSNSには酷い誹謗中傷もあった。
それでも私達は元Pastel Palettesのメンバーとしてこの芸能界で生きている。
「チサトさん、前の日まであんなに元気だったじゃないですか…」
千聖の死因は突発性の不整脈だった。学校に仕事、他にも考えること不安なことなんか星の数ほどあっただろう。その小柄な身体にかかるストレスは相当なものだったのは想像に難くない。
そのストレスが溜まりに溜まって、最後に最悪な形で決壊した。そしてジブンたちの誰もが彼女から重荷を取り払ってあげられなかった。
ジブンの胸の中に黒くてもやもやした重い何かが溜まるのを感じる。あんなにも見ていたのに、あんなにもそばで支えられるように努力していたのに。アイドルとしての憧れは彩さんだったが、人として憧れたのは、人として惹かれたのは千聖さんだった。
「千聖さん、ジブンは千聖さんがいたからパスパレに出会えました。千聖さんがいたからジブンは芸能界でも道を見失わずに…」
胸が詰まって言葉が続かない。開いた口からは痙攣する喉の震えが漏れるだけで意味ある言葉を発することが出来ない。
「麻弥ちゃんっ!!大丈夫!?」
身体から力が抜けて思わず膝を突いてうずくまってしまう。
駆け寄ってくる彩さんの瞳にも今にも溢れそうなものが見えた。
あぁ、貴女はこんなにも、誰からも愛されていたのに、その活躍を、栄光を望まれていたのに。まだ、貴女に……
「早すぎですよぉっ!!まだ千聖さんに何も返せてないのにっ!!」
彩さんの手が優しく背中をさする。
いつでも彩さんは優しく、千聖さんは厳しかった。
子供みたいに泣きじゃくるジブンを大粒の涙を湛えた彩が慰める姿を日菜さえもが笑ったりしなかったのは大切な仲間をなくした悲しみを共有しているからだと、後から思った。
その後なんとか落ち着いたジブン達は誰もなにも言わないまま、彩さんが運転する車でそれぞれの日常に帰って行った。
お盆の墓参りから一週間ほどたった頃、プロドラマーとタレントの二足の草鞋に過ぎたことを思い返す余裕はなかった。
「明日も朝早いですし、もう寝ましょうかね」
明日持って行く機材をチェックする手を止めてはっとした。そういえば早寝早起きの習慣をジブンに仕込んだのは千聖さんだった。美容に悪いわ、麻弥ちゃんはアイドルなんだからと言いながら化粧の仕方や肌のケアなんかを日菜さんと一緒に教えてもらったのだったか。
人一倍ストイックで自分にも他人にも厳しい人だったけど、誰よりも優しくて世話を焼かずにはいられない人だった。
思い出して、また涙がでる。お盆の墓参りは毎年欠かしていないがどうして今年ばかりこうなるのか。お酒でも飲んで忘れてしまおう。きっとそれがいい。
そうなれば善は急げ、冷蔵庫から適当な缶チューハイを取り出して一気に呷った。
「どうすればいいっすかねぇ、もう六年たつのに」
もう一度缶を呷った。
時間が色んな事を気に止めさせなくなった頃、薫さんから食事に誘われた。
高校の演劇部の仲間と今でも芸能界を立場こそ違えど身をおいている。そんな偶然、いや類稀なる演技力を持つ彼女がこの世界に足を踏み入れたのは必然か。
そんなことはともかくとして千聖さんの墓参りの後で少し感傷を引きずりすぎていたジブンには少し気分を切り替える必要があることはジブンが一番分かっていた。
だからジブンはほぼ迷うことなく誘いを受ける旨を返信した。
そして当日、待ち合わせ場所に現れたのは高校の時から変わらずキザな仕草が似合ういつもの薫さんだった。
「ひさしぶりだね、麻弥。今日も綺麗だね」
「薫さんも変わらず綺麗っすよ」
「あはは、君も言うじゃないか」
笑顔にはあのときの影はなかった。
ちーちゃん、ちーちゃん 肺から振り絞るように、その場にいる誰の目も人目を憚ることない慟哭を、常日頃から演じることを極め続ける瀬田薫がそこまで生の感情を剥き出しにしている姿を私達は初めて見た。
「ちーちゃ、千聖の葬儀が終わって、それでも泣き続けてやっといろいろなことが手に付いたのは一週間程後、その日にハロパピのライブがあると思い出したときさ」
組んだ指を机で上で微動だにしないまま、薫は語り続ける。
「花音とは、とても情けない話だけど目すら合わせられなかった。それでも私達は世界を笑顔にするハローパッピーワールドだ、必死に笑顔を作ってステージに立った」
言いにくそうに彼女が口を閉ざして目をそらす。
「で、ステージで倒れたと」
「あははは、お恥ずかしい限りだよ」
気恥ずかしいのか頭を掻きながら照れたように笑う。そんな仕草すら絵になるのだから女優というのは本当にずるい。
「私にとって千聖は幼なじみであり、同じ道を進む親友であり……初恋の人だった」
こんなにも格好良く情けないことを言えるんだからやっぱり女優はずるい。
「亡くして初めて大切さに気付くなんて、やっぱり大切なものを亡くすまで気付かないものさ」
お互いにそうだっただろう?瞳は言外に告げていた。
この人は人を見ている。高校の時から自分のファンの子達に的確に欲しがっているものをプレゼントしていた。恐ろしいまでの観察眼。
「っ、……。」
澄んだ瞳が恐ろしく思えて最近伸ばしている前髪で目線を隠した。
「麻弥」
前髪のカーテンを飛び越えて目が合う。無理矢理こじ開けられたような感覚。
「まだ割り切れないのかい?」
「薫さんは?」
「割り切ったわけではないさ、そんなでは千聖に笑われてしまう気がして進むしかなくなった。後ろから鬼の形相で追いかけられたら走るし以外他がない」
情けなく笑うその姿は高校のときそのままで。
高校のときとは一つだけ違うところがあって。
「あの噂、本当だったんっすね」
「これかい?あぁ、本当さ。もうすぐ私は結婚するんだ。信じられないだろう?高校で子猫ちゃんたちに囲まれていた私が男の人と結婚して家庭を持つんだ」
愛おしげに左の薬指にはめられた指輪を撫でる。
「逆にこうしなけれないけないと思う自分がいた。彼を愛していないわけではないけど、私が添い遂げるべき相手だと確信しているが……。ちーちゃんに、合わせる顔がないような気がしていたんだ。」
「ジブンはそれで、いいと思います。うまく理由は言えませんけど」
薫さんは救われたような、腫れ物が落ちたような表情を浮かべる。ずるい、ジブンを置いて勝手に救われるなんて。邪なジブンが少し嫌になった。
「麻弥、私は君に渡すべきものがある」
運ばれてきた食事を一通り食べ終えたころに急に薫さんが改まった。
「ど、どうしたんですか?急に改まって」
懐から取り出した小箱を机の上に置いてすっと前に差し出される。
「千聖のお母さんから遺品としてもらった物だ。君が持っていてくれ」
箱を開けてみる、入っていたのは腕時計。よく付けていたのを覚えている。
時間にうるさい千聖さんの細腕につけられた細くて赤い革の時計にはいつも泣かされた。
「今度は君の番さ麻弥。千聖に存分に追いかけられるといい」
「ジブンの番っすか?」
「そう、君の番。どうしても前に進めないなら尻に火でも着けるぐらいしなければいけないだろう?」
使い込んで鈍い輝きを放つそれを腕に着けて感触を確かめる。
「お尻に火、ですか」
確かに、こんな身近に千聖さんを感じるようなものがあれば滅多なことは出来ない。
少し理解できた、薫さん。意図が。
「こんな火の付け方、ないですって……」
もういちど ルミナス パスパレの最後の曲を思い出す。ジブンの中で見ていてください。ジブン、もっと頑張ります!Pastel Palettesと共に一度終わった輝きをもう一度!大和麻弥の憧れに、貴女に追いつくために!
腕に軽い重みを感じながらジブンの中の千聖さんが少しだけ微笑んだ気がするのを感じていた。
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