もう去年の話になってしまうのですが、クリスマスイベントでのピックアップを回していたら、不夜城のキャスターのお招きに成功しました。すり抜け、棚ぼたです。
その少女は、ご機嫌よう。という可憐な挨拶と共に、私達のテーブルに椅子を寄せて座った。昼食後の茶会の最中に居た私達は、当然を装った余りにも突然の衝撃に、只々、呆けるしかなかった。深緑色の小さなワンピースの傍らでは、白いドレスの褐色の指先がコンパクトを開く、刹那、迸った光が辺りの喧騒を眩ませた。原理は分からないまでも、常日頃からキャスターのそれに囲われていたおかげか、彼女が何をしたのかは察せられた。
「こうしてお会いするのは初めてになりますわね。お察しの事とは思いますが、わたくしは此度の聖杯戦争の参加者。つまりは貴女方の敵です」
結界の完成を言祝ぐように、少女は透き通った声で、淀みなく言い切った。キャスターが蒼褪めた顔で茶器を取り落とす。
「とは言え。今日、こうして参りましたのは戦う為ではありませんので、そう身構えないで下さいましね?」
対する少女は、どこまでも落ち着いた様子で、花がほころぶように笑んでみせる。まだあどけない彼女の纏う雰囲気は淑女のそれだった。
「――……なぜ、話し合いの席を設けようと?」
恐怖に震えるばかりのキャスターの様子に、かえって冷静になった私が尋ねれば、少女の瞳が交渉相手を見定めるように動く。
「……どうやら、貴女方は戦う意思というものに乏しいご様子ですし、こちらとしても無駄は省きたいのです」
「――……ええと、つまり?」
「単刀直入に申します。我々と協力する気はございませんか?」
瞬間、開示された思いも寄らない提案に、私とキャスターは互いに視線を交わし合う。
「勿論、直ぐにお返事いただかなくて構いません。お二人で話し合いたい事もおありでしょうから」
すると、私達の困惑を前に少女は涼し気な表情を崩す事なく、事態を静観するように口を噤んだ。居心地の悪い静寂の支配下で、キャスターの怯えは最早、音を立てそうなほどに高まっていく、だから、咄嗟に席を立った私は、彼女の隣に並んで、机の下で震えるその手を握った。途端、暗い碧の瞳が見開かれる、私は頷いた。
「私達が貴女達に協力する事で得られる利は何かしら?」
キャスターと手を繋いだまま、答える。少女が目を細めた。
「……そうですね。何がお望みですか?」
泰然と返される言葉、それに見合うだけの要望は元よりたった一つ。
「……わ、我々の身の安全です。可能であるならば、貴女のサーヴァントにそれを……」
「――……わたくしのサーヴァントに?」
「…………はい」
少女の傍らでコンパクトを広げ持つ、虚ろな美少女を仰ぎ見てキャスターが乞い願う。
「――……いいでしょう。ですがその代わりに、当面のご協力を頂けると、今、ここでお約束頂けますか?」
「それは……」
「――……一つ、助言を。貴女方の願いが、ただ、生き残るだけならば、方法はあります」
「――え?」
展開の速さに追い付けずにいる。歯切れの悪い私たちを諭すように、少女は続けた。
「青を取り溢した冠位の魔術師にして、稀代の人形師がこの国に隠棲しています。彼女であれば、サーヴァントを疑似的に受肉させる事も可能でしょう」
「――……聖杯へ願うのは止めろ。と仰るのですね」
「ええ、天秤の上に乗せた命と充分につり合いが取れるのでは?」
「何よ、それ、意味がわからない。そんな情報をちらつかせてまで私達を欲するのはなぜ!?」
どこまでも淡々とした言い様に焦れた私の語気が荒くなる。少女はやはり、鷹揚と答えた。
「手強い敵が現れてしまったからに決まっているではありませんか」
「――……セイバー、の事ではなさそうですね?」
「……敵のクラスは恐らくランサー、残念ながら真名までは絞り切れてはいませんが……」
ふと、逡巡するように言葉を途切って、少女は己の顔色を窺うキャスターを試すように瞳を眇めた。
「ランサーのサーヴァントが放ったブラフマーストラという単語から得られるものは大きいでしょう?」
「――……ブラフマーストラ……インド神話に謳われる超自然的な武器、ですね。使用者は考え得るだけでも、トリムルティが一柱ブラフマー本人は元より、ヴィシュヌ神が第六の化身であるパラシュラーマ、武芸師範ドローナ、パーンダヴァ五兄弟のユディシュティラ、ビーマ、アルジュナ、ナクラ、サバディーヴァ、カウラヴァの百人兄弟が長兄ドュルヨーダナ、その友にして悲劇の英雄カルナ、などが挙げられるでしょうか?」
同調を誘うような言葉はその実、答えを欲した問いかけ。それに応じたようなキャスターの語りに呆気にとられる私をよそに、少女は口角を上げる。
「――……貴女からは確かに教養の深さを感じてはおりましたが、予想以上の才媛のようですね」
「――……神話に謳われる英雄ともなれば、それが誰であろうと、強大な敵であることはまず間違いないのでしょう」
「ええ、だからこそ、真名の特定が急がれます。対抗策は多ければ多いほど良いでしょうから」
称賛の言葉を意識的に無視した様子のキャスターの心情を汲むように続けて、少女は椅子を引いた。
「ひとまずは、有意義な語らいとなったようで何よりです。では我々はこれで――」
「ッ!!その前に、どうか約束を果たしてください。後生です」
立ち上がり、背を向けた少女の後ろ姿に、キャスターの縋りつくような声がかかる。
「――……それは、我々と同盟を結ぶ。というお返事と受け取っても宜しいでしょうか?」
「――……はい」
唾を呑むような肯定に、少女はゆったりと向き直った。
「――……いいでしょう。では、キャスターのマスター」
「私?」
榛色の瞳が私を射抜く、次の瞬間、発せられた文言に私の瞳孔が縮んだ。
「
*
決して絶世ではないけれど、それゆえに高値過ぎず、手を出す事に不安や躊躇を覚える程に醜くはない。少女と女の狭間を揺蕩うくらいには半端な魅力を振り撒く、丁度いい女。それがあたし。
「ん~、いいんじゃない?やっぱりイメチェンは思い切った方がいいわね」
自分の腕と客を、同時に褒めるような美容師の感嘆に、あたしも姿見に映る自分を見た。
「頭、軽い」
首を振って、合わせ鏡の自分を確かめる。清楚が売りだった長い黒髪は、肩に付くくらいの長さの朱を帯びた茶髪へと変わっていた。
「満足かしら?」
「――……はい。いきなり無理を言ってすみませんでした」
「いいのよ。寧ろ気を遣わせちゃったかしらね?」
そう言って彼女は肩を竦める。あたしは苦笑した。優しくされる事に慣れていないのは事実だから。でも――
「違います。あたしがあたしを変えたくなったんです。お姉さんに会って、そういう気持ちになれたんです」
「あら、そう?お手伝いが出来たのならよかったわ」
照れ隠しもあるのだろう。あたしから代金を受け取った彼女は、茶目っ気たっぷりなウィンクをくれた。
「――……何から何まで、お世話になりました」
外へ出る前に振り返り頭を下げる。短くなった髪が頬を掠めた。視界の端に映り込んだ色味も慣れ親しんだものではない。自分なりに思い切った事をしたものだ。という実感が湧く。
「……別に、大した事はしてないわ、あとこれ」
「え?」
瞬間、呆れたような嘆息とともに、彼女は迷彩柄のジャケットを私に羽織らせた。
「あげるわ、
「でもっ――」
反射的なあたしの言葉は、眼前に立てられた長い人差し指に阻まれる。
「作業着にしてたヤツだから、気にするほどのもんじゃあないわよ。家に帰ったら今日あった嫌な事と一緒にして捨てればいいわ。遅かれ早かれ、そうするつもりだったしね」
そうして、あたしの遠慮を押しとどめ言い含めるように彼女は笑った。あたしは少しだけ逡巡して、けれど、結局は頷く他なかった。
「――……分かり、ました。あ、でも。ポケットに何か入って……」
「ああ、それ。まだ一杯あるから持ってっていいわよ」
袖を通したジャケットから微かに香る匂いと、手の中で転がる棒付きキャンディ。
「……禁煙、してるんですか?」
「そ、狙ってる男が嫌煙家なのよ」
問いに返る答えは、あまりにあっけらかんとしていて、冗談か本気かの判断はつけがたい。でも、だからこそ、あたしは知りたくなったのかもしれない。
「――……あの、最後に一つ聞いても良いですか?」
「ええ、いいわよ?」
店の扉に手をかけながら、今一度振り返れば、相も変わらず、穏やかな笑顔があたしを優しく促していた。
思わずと深く息を吸う。
「――……こっ、恋と愛の違い。って何だと思いますか?」
途端、緊張で上ずった声が出た。我ながら、なんて質問をしているのだろう。と、得も言われぬ羞恥心に顔が熱くなる。そんなあたしを前に、彼女は笑うでもなく、どこか遠く目を細めて、難しい事を聞くのねぇ。と呟いた。
「――……でも、そうね。上手くは言えないけど。恋は憧憬で、愛は信仰。ってところかしら?」
「恋は憧憬で、愛は信仰……」
「――って、やっだ、そんな真面目に捉えないで頂戴。なんとなく、そう思っただけってお話よ?あんたはあんたなりに答えを見つければいいわ」
答えを復唱するあたしに、彼女は焦り弁解するように続けて、やっぱり、笑ったのだった。
***
「じゅ、呪術、契約?」
その言葉が持つ不穏な響きに慄いたのか、頓狂な声を上げて後ずさった主に、キャスターは不安げな視線を送った。
「ええ、制約を破った違反者には死の呪いが科せられる。といった束縛術式です。得体の知れぬ魔術師を懐に入れるには、これ以上ない安全策であると提言いたします」
「そんなッ!!私はてっきり令呪を使うんだとばかり」
「――無論、その手もありますが。わたくしが命令の上書きをしないと言う保証はないのでは?」
「それは――」
突如として弱気になったキャスターの主を前に、流れが変わった事を理解しながらも、少女は淡々とした姿勢を崩さないまま、話を進めていく。
「さて、それでは制約乃至、条件の確認を致しましょう。こちらからの誠意と致しましては、わたくしが従えるサーヴァントによる、貴女方、キャスター主従を対象とした殺害・障害の意図、及び行為を永久に禁則とします。そして、こちらからの条件は聖杯戦争に於ける全面的な協力です。ご了承頂けますね?」
最後通告とばかりに、卓上に広げられた誓約書を一瞥して、八千夜は断言した。
「――……いいえ、まったく。と言うほどに了承できないわ」
「――……条件にご不満が?」
明らかな抗戦の構えに、少女の眉が跳ねる。
「それ以前の問題よ。同盟それそのものは良くても、魔術的な知識のない私では、貴女の言葉を何処まで信じていいのか、その線引きが出来ない」
「――……一般人と魔術師の価値観の違い。ですか、なるほど?」
契約内容ではなく、
「――……分かりました。ひとまずは引きましょう。ですが、只立ち去るだけでは、貴女方からの信用を得る事など不可能といえるのでしょうから、一つ、置き土産を差し上げます」
「置き土産?」
怪訝な鸚鵡返しに、少女の表情にはどこか、邪悪なまでの無邪気さが宿ったかのようだった。
「――……令呪を以て、我がサーヴァント、
「そんなッ――!!」
柔らかそうな唇が紡いだ文言に、キャスターが悲鳴をあげる。交渉の要、その
「キャスター主従を対象とした殺害・障害の意図、及び行為を原則的に禁止とします」
果たして、制約は正しく施行された。暴挙にも等しい少女の命令は、八千夜達の善性に付け入る形で、大きな貸しを作る事に成功した。その事実を前に絶句するしかない両者を前に、少女は賭けの勝利を確信したように、微かに口角を上げて別れの言葉を告げる。
「お互いに有意義な語らいとなったのなら何よりです。さ、帰りましょう。アサシン」
去り際、釘を刺すかのように明かされた暗殺者の存在に、八千夜達の肝が冷えきった事は言うまでもない。
*
チャリン、チャリンと子気味良い音を立てて、小銭が吸い込まれていく。聞き慣れたその音が指定の回数に達したところで鍵を回せば、ガチリという振動が指に伝わった。
「――よいしょっと」
開いたコインロッカーの中から、大型のキャリーケースを取り出したあたしは、そのまま駅前の多目的トイレに立ち寄って――
(あー、やっぱり)
個室内の鏡に映った自分の姿に苦笑した。黒髪ロングのセーラー服に暖色のネイルの時点で、それなりに目を引いていたけれど、黒髪じゃなくなったうえに迷彩が加わった今や、セーラー服が完全に浮いてしまっている。似合う、似合わない。と言うよりも、目立ちすぎるのは、あまり好ましくない。
(いろいろと持ち出しておいて良かった)
キャリーケースを広げながら、思わずとため息をつきそうになる。
多分、母の教えもあったのだろうが、あたしは制服への依存度が高い。制服はある種、没個性的で、それでいて価値が高い。でもだからこそ、制服から読み取れる情報も多かったりする。
仮初の逃避行が本物のそれとなった暁には、制服は着られなくなる。
(……それが早まっただけだけど、なぁんか憂鬱だな)
結局、ため息は抑えられなかった。
*
「お客様ッ!!お召し物が!!」
コンパクトが閉じられる軽快な音と共に、周囲の喧騒が戻ってくるが、私達の心は此処に在らずだった。
「――……だ、大丈夫です。お気遣いなく」
衣服に広がる紅茶の染みに慌てる店員に、どうにか言葉を返すキャスターを意識の外側に捉えながらも、私は誰もいない対面から視線を逸らせずにいた。
キャスターが訴えていた通り、外に出たのは間違いだったのかもしれない。拭いきれない恐怖と後悔に、震えそうになる唇を噛む。自分よりも、うんと小さな女の子に出し抜かれた事実が悔しくて、それ以上に、浅はかな自分が恨めしかった。けれど――
「!!」
そんな私を見透かし、宥めるように手を握ってきた存在を知覚して我に返る。思わずと移した視線の先では、おしぼりを手渡す店員に、キャスターが穏やかにお礼を述べていた。
「――……キャス、ター」
仮初の名を呼べば、黒絹の頭部がゆったりと私を仰ぎ見る。
「………………折角、戴いたお洋服でしたのに、汚してしまって申し訳ありません」
幾分か間のある逡巡を経て、いつも以上に物憂げで、いつものように謙った物言いをするものだから、こちらから更に弱音を重ねるような愚行は犯せなかった。
(……ズルいなぁ)
叶わないなぁ。と思う。彼女は恐怖との戦い方を知っている人だ。
「――……あの、八千夜様?」
おずおずと私の名を呼ぶキャスターに応える。
「折角だから、貴女の洋服も買い足しましょうか」
私の咄嗟の機転に、キャスターの顔には、先ほどと異なった動揺の色が浮かぶ。
「そっ、そのようなつもりで言ったわけでは……」
「分かってるわよ。でも今後の事を考えれば無駄にはならないでしょう?それに、女友達とのショッピングなんて久しくしてないから…………その、私の娯楽に付き合ってもらえると嬉しいのだけど?」
駄目?と小首を傾げれば、キャスターは言葉を探すように視線を彷徨わせて、結局、気圧されるようにして頷いた。
「――……ありがとう」
心底からの感謝が口をついて出た。どんなに取り繕ったって、どうしようもない事柄はある。だからこそ、少しでも気持ちを切り替える必要があった。きっと、今の私達に、深く考えて良くなる事なんて、殆どないだろうから。
*
「よし!!」
落ち込みそうになった気分も、着替えを終える頃には復活してきていた。我ながら打たれ強いとは思う。
(騎士様のご飯を、見つけなきゃ)
気合いを入れる為にも頬を叩く。大丈夫、あたしはまだまだ頑張れる。
多目的トイレを後にしたあたしは、何を思ったか、幾分か軽くなったキャリーケースを引き摺ったまま歩き出した。コインロッカーを利用するお金がなかったわけでもないけど、暫くは
けど、一つあたしは失念していた。これまで自分が咄嗟に選択した事で、良い結果が出たことなどなかった。という残酷なまでの現実を。
「何、これ……」
その事実を前に頬が痙攣する。目の前に広がる不吉な赤は、この数週間で見慣れたものには違いないのに――
「――ッ」
思わずと胸元を抑える。心臓が壊れそうに速い。今更、揺らいでしまえる自分の卑しさには戦慄すら覚えた。
「――……騎士、様」
自然と、此処にはいない男に縋る言葉が零れた。
命の価値に優劣などなく、死は誰にとっても平等だというのなら、いずれ、こうなるかも知れない。という事は、覚悟して然るべきだったのだろう。
「――……許して、くれる、かなぁ?」
弱気なあたしを嘲るかのように、またも、降り始めた雨に、条件反射とばかりに傘の柄を掴めば、ずっと握っていたらしいそれは、生暖かくて鳥肌がたった。
弓&殺陣営は術主従というよりは、術主従が霊脈の上に築いた工房が欲しい。という感じです。拠点としての戦力を買っている。という感じでしょうか?