インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
第二の男
『いーい? アンタは将来、誰よりも強くなれる。安心しな、この夏希姉さまよりもだ!』
『無茶言わないでよ姉ちゃん……。そもそも幾ら頑張ったって、姉ちゃんに勝てる訳ないじゃんか!』
『やる前から何言ってるんだいお前は! ……いいかい、京介、将来きっと戦わなければならない時が来る。そうしたら頼れるのは自分の拳だけなんだよ? その時きっと私はアンタの前にいない、だから、だからね、京介。誰よりも強くなって、それが私の------』
「それじゃあSHR始めますよー」
間延びした声にふと現実に戻され、俺は俯いていた頭を元へと戻した。黒板の前では、胸のデカイ眼鏡を掛けた日本人女性がにっこりと微笑んでいる。その後ろ、黒板代わりの大型モニターには彼女の名前であろう【山田真耶】の文字が表示されている。前から読んでも後ろから読んでも【やまだまや】、回文か。
その教師の割りにはやや幼い感じの見た目をチラッと見てから、俺は再び視線を机の下でだらけている両足へとむける。久しぶりに思い出した亡き姉との思い出、それを邪魔されたことに、お門違いと思いつつも苛立たずにはいられなかった。
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
語尾にハートマークやら音符でもついてそうな口調で山田先生は言葉を終わらせたが、クラスの雰囲気は一貫して妙な静けさ(緊張感と言っても良い)に包まれていて誰も何の反応も起さない。
『………………』
その理由は簡単だ。別にみんなが皆不良という訳ではなく、ただ俺と【彼】以外のクラスメイトが全員女子だからだ。
今日は高校の入学式。新しい世界の幕開け、その初日。それ自体は良い、むしろ喜ぶべきところだからだ(おまけに響きも良い)。
だがしかし、現在進行形で自意識過剰でも冗談でもなんでもなく、本当にクラスメイト全員からの視線を感じる。おまけに俺の席は真ん中の列&一番前にに座る【男】の左隣だ。左を見れば綺麗な黒髪のポニーテールなのに髪が左右にぶわぁっと分かれたきつそうな少女が座っている。
唯一の救いが彼女があまりこちらに興味を持っていなさそうなことというのも、哀しいものだ。ただでさえ前の席で背後からの視線が突き刺さるというのに、横からも視られたんじゃたまったもんじゃない。
(?…………あれ、今こっちの方を見た気が……)
一瞬視界の隅で彼女がこちらを見ていた気がしたのだが、俺が見た時には既に彼女の視線は窓の外に向いていた。
(なんだ、気のせいか)
当たり前だ、と自分で言いながら自分でツッコミを入れてみる。
周りが女子だらけだから、俺も心の何処かで自惚れていたのかもしれないな。
いかんいかん、これじゃあ折角の高校生活初日が------。
「------京介君。浦城京介君!?」
「え、あっ、あ、はいっ!」
いきなり大声で名前を呼ばれ慌てて立ち上がると、周りから女子達のくすくす笑いが聞こえてきた。もう最悪だ、このまま窓から飛び降りてくれようか。
恥ずかしさから頭をボリボリと掻いていると、さっきの山田先生が申し訳なさそうな表情で俺の顔を覗き込んだ。
「ごめんね浦城君、いきなり大声出したりしちゃって。お、怒らないでね? けど自己紹介の順番がね、『あ』から始まって今『う』だから浦城君の番なの。だから自己紹介してくれるかな? だ、ダメ?」
「自己紹介拒否するってどんな高校生ですか……」
ほんとに先生なのかなこの人……と思いつつ、俺は黒板の前に立った。
瞬間、全身に突き刺さる女子達の視線、視線、視線。
まるで槍だ、矢だ、針だ。
さっさと終わらせてしまおう、それに限る。
「えーと、浦城京介です。……そのーーーーーー」
ここまできて俺は気づいた。話す話題がないことにだ。
流石によろしくお願いしますだけでは味気ないし、何も喋らないと暗い地味系のレッテルが張られてしまう。
今分かったよ、高校デビュー失敗した奴の気持ちが。
とにかく何かしら考えなければならない。
出来れば迅速に。
だが特にこれと言った内容がパッと浮かんでくる訳もなく、俺は意を決して口を開いた。
「特に言うことはありません!」
次の瞬間、クラス中の女子達が机に顔をぶつけた。微妙な空気のまま俺は席に戻り、そのまま机に突っ伏した。恥ずかしさで死んでしまいたい。何が哀しくて初っ端の挨拶であんなことを口走らなければいけないのか。
(……ちっくしょぉぉ、さらば俺の学園生活)
心の中で涙を流し終えた俺がいざ顔を上げようとすると、突然パァンッ! という甲高い破裂音が教室中に響き渡った。何事かと視線を動かすと、目の前でこのクラスにいるもう一人の男が、黒いスーツとタイトスカートに身を包んだナイスバディの女性の前で頭を押さえていた。女性の手には黒い出席簿のような冊子、あれで叩いたのだろうか。痛そうだ。
その女性は大きなため息をつくとその冊子を持った手をスッと腰へとやった。気のせいだと思いたいが、その動作一つだけでクラスの女子の半分が恍惚なため息をついた。そして空いた方の手で髪を掻き上げると同時に、やれやれと言った表情でため息をつく。
この少しの時間で沢山のため息に包まれた俺もため息をつくと、目の前の女性は未だ頭を抱えている男の制服の襟を掴んで席へと突き飛ばした。
「全く、まともな挨拶一つ出来んのかこの馬鹿者が……」
チラッと、何故か俺は女性に一瞥された。すぐに外されたが、その視線は何処か懐かしいものを見るような感じで、俺にとっても何故か初めて見た気がしない視線だった。
「け、けどよ千冬姉------」
再び出席簿による破裂音。後、頭を抱えて椅子に座り込む男。見ているだけで俺の頭も痛くなりそうだった。
「織斑。ここでは先生と呼べ、馬鹿者が」
男の苗字を呼び、女性は教卓の前へと立つ。そして出席簿を教卓の上へと置くと、そのキリッとした鋭い視線で教室中を見回した。
「そこの馬鹿者は置いておくとして。諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者は出来るまで指導してやる。私は------」
織斑千冬、そう彼女は名乗った。頭を出席簿で叩かれた男と同じ苗字。
その苗字を、俺は知っている。かつてとある企業でISのテストパイロットをしていた姉が生涯一度も勝てなかった存在、織斑千冬。
この世には、【IS】-インフィニット・ストラトス-と呼ばれる宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツが存在する。しかし実際は宇宙進出は一向に進まず、結果的にハイスペックなISは兵器に変わり、最終的にスポーツに落ち着いた。
所謂SFモノに出て来る飛行パワードスーツだ。しかしこのISには一つ大きな問題がある。
それは『女性』にしか扱えないということだ。
どういう原理かは知らないが、このISの御蔭で女が男より優れているという女尊男卑の社会になってしまったのである。
俺は正直言ってこの世の中はあまり好きじゃない。
まあ俺一人がどうこう言っても変わるもんでもないが。
そんな俺がIS学園に入学した……、正確にはさせられた理由は、言葉にすればとてもシンプルだ。
俺がISを動かし、戦ったからだ。しかもとある企業の新型機のお披露目式という一大イベントで、大勢の観衆の前で。
どうしてそうなったのか、まだ俺にも理解出来ていない。
だがその所為で俺はこのIS学園に入学することとなり、【世界で二番目の男のIS操縦者】やら【第二の男】やら【ザ・セカンド】やらと言った一々癪に障るあだ名を付けられることになってしまった。
「どうした【第二の男】、退屈か?」
ふと声を掛けられて視線を上げれば、そこには織斑千冬が出席簿片手に俺を見下ろしていた。下手な受け答えをすればあの黒い面、いや、線が俺の脳天をかち割る。一瞬で状況を理解した俺は、気だるそうに頭を掻いた。
「あ、いや、その……まだクラスの雰囲気というか、視線が気になって、気分が……」
「悪いと?」
「はい」
スパァンッ! と、俺の脳天へ鋭い出席簿の面アタックが直撃した。耳や鼻から脳みそが飛び出るんじゃないかというくらいのダメージに脳裏がチカチカと明滅し、視線が僅かに揺らぐ。小学生の頃何も考えずに鉄棒の下でジャンプして棒に激突したのと同じ、いや、僅かに上回る衝撃だった。
「ヒギィッ!?」
情けない悲鳴を上げて頭を押さえて蹲る俺の背に、織斑千冬の言葉が投げ掛けられる。
「下手な芝居は通じないぞ。だが確かにこれだけの視線を背中に受けるのは大変だろうな、早めに席替えが出来るよう手配する。安心しろ、浦城」
「あ、ありがとうございます織斑先生……」
痛む頭を擦りながら、俺は右隣を見た。そこに座っていたもう一人の織斑------織斑千冬の弟------一夏と目が合う。互いに痛む頭部を一瞥し合い、小さく自嘲染みた笑みを浮かべあう。謎の友情に近い感情が生まれた瞬間だった。
それから暫くして。
「あー……」
隣で一夏が唸る。
「うー……」
それにつられて、俺も唸った。
今は一時間目のIS基礎理論授業なるものが終わっての休み時間だ。
しかし教室内の異様は雰囲気は治まるどころか悪化している。
IS学園はコマ限界まで授業をするらしく、御蔭で一時間目から俺は訳の分からない言葉の嵐に頭を痛めることになってしまった。
おまけに廊下を一瞥して見れば他クラスの生徒や上級生達が窓から中を覗いてきている。
勿論視線は俺と一夏に向いている。
一応俺達二人はニュースで『世界で唯一ISを使える男達』その一その二と世界にその存在を知らされたために、IS学園内での知名度はかなり高いのだ。
初日だけならまだいいが、もし「あなた話し掛けなさいよ、あ、でも抜け駆けは許さないから」という女子同士の冷戦のような緊張感がこれから先続くのであれば心臓がもたないかも知れない。
(早めに二人だけで何とか対処法を考えねえとな……)
思い立ったら即なんたら、俺は思いきって織斑一夏に声を掛けようとした。
「な、なあ織斑。ちょっと------」
「------ちょっといいか」
「「へ?」」
俺が発した声に被さるように、凜とした少女の声が聞こえた。
見れば、俺の左の席のポニーテールの少女だった。
突如教室内外に広がっていくざわめきを俺が不思議がっていると、急にガタッと一夏が立ち上がりポニーテールの少女に着いて何処かに行ってしまった。何事か話していたようだがまったく聞いていなかった。もう少しよく聞いていれば------と考えていたところで、俺は気づいた。
俺の机周囲三百六十度を女子が囲んでいる。学年関係なくだ。ちくしょう、囲まれた。逃げ道は無い。意を決して、俺は震える唇を動かした。
「あ、あ……あはは。な、何か……用すか?」
『あのね------!』
怒涛の質問攻めは、二時間目のチャイムが鳴るまで続いた。
再び暫くして一夏が帰って来た時、俺は既に満身創痍だった。
フィジカルというよりメンタルがもうズタボロなんだ。オデノガラダハドボドボダ!
……誰かこのネタわかるのか?
「……どうかしたか? 浦城」
「どうしたもこうしたもねえよ……こかぁ地獄だぜ、織斑」
俺が机に突っ伏しながら答えると、一夏は苦笑して俺の背中をポンポンと叩いた。
慰めてるのだろうか、クソ、お前も同じ目にあってしまえ!
俺がそんなことを考えているとドアが開き、山田先生と織斑先生が入ってきた。織斑先生は教室の端で止まり、山田先生がそのまま壇上に上がる。
「はい、それじゃあ授業を始めますよー? まずは教科書の------」
そして、地獄の授業が始まった。
「------であるからしてISの基本運用は------」
授業が始まって早十数分、俺の頭は限界を迎えていた。
(初日から突っ込み過ぎじゃないのか……? 基礎中の基礎は叩き込まれたけど、ちょっとでも発展したらチンプンカンプンだ)
理解出来ない言葉の波に飲み込まれて、俺はもう山田先生の口が別の生き物にしか見えなくなっていた。ふと隣を見ると、同じように頭を抱えていた一夏と目があった。
瞬間、言葉、重ねて。
……とか言うのは放っておいて、俺達はそこで再び俺達にしか分からない何かが芽生えたのを感じ取った。
互いに親指を突き立てたグッジョブサイン、真の友情を確認する。
「ん? 織斑君、何かわからないところがありますか?」
と、ここで山田先生が異変に気づいた。視線は一夏に向いている。
「あ、えっと……」
「わからないところがあったら聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」
「なら先生!」
「はい、織斑君!」
「ほとんど全部わかりません!」
やる気に満ちた返事、流石だ一夏。
だがその返答が馬鹿の言う事だと分かるのに、そんなに時間は掛からなかった。
「え……。ぜ、全部ですか……!?」
あまりにも内容がすっ飛んでいたためか、山田先生は確かめるようにもう一度一夏の質問内容を口にした。
「え、えーと、では……織斑君以外で、今の段階でわからないって言う人は他にいますか?」
「あー……はい」
困惑した表情で教室内を見回す山田先生には申し訳ないが、俺も歯切れの悪い返事と共に左手を突き上げた。
「う、浦城君はどのくらい分かってますか?」
「えーと、その基礎的なことは分かるんですけど、発展したとこに行くとちょっと……」
「あー、そうですね。じゃあ浦城君は後で教科書を持って私のところまで来て下さい」
僅かにざわついている他のクラスメイト達の言葉に恥ずかしい思いをしていると、織斑先生がズイと俺達の前に出てきた。
「……織斑。入学前の参考書は読んだか?」
「参考書? それってあの分厚いやつ……?」
「ああ、そうだ。必読と書いてあったはずだが」
一夏がチラッと俺の顔を見てくる。その引き攣った笑顔から察するに、彼はやらかしてしまったようだ。
「古い電話帳と間違えて捨てました」
出席簿一閃、一夏撃沈。
「貴様も勉学が足りん」
再び一閃、今度は俺が撃沈。
「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。出来なければグラウンド百周だ、いいな」
「いや、一週間であの分厚さは流石に……」
「やれと言っている」
「り、了解しました!」
ギロッと千冬さんに睨まれれば、蛙のように縮こまる一夏。今日だけでどれだけの俺の脳細胞が犠牲になったことか、数えても始まらない。
俺達は散々クラスメイト達からの冷たい視線を浴びたあと、結局放課後に山田先生に二対一で教えてもらえることになった。
「ちょっとよろしくて?」
「あ?」
二時間目の休み時間、俺と一夏が談笑していると、いきなり誰かから話し掛けられた。話し掛けてきた相手はロールがかった金髪で、これでもかというほど高貴なオーラを出している。良いところの身分なんだろう。腰に手を当てているポーズが様になっている。
このIS学園じゃあ無条件で多国籍の生徒を受け入れなくてはいけないという義務のせいで、外国人の女子なんてのは珍しくもない……らしい。しかしクラスに日本人が多いのはやはり開発国だからだろうか、いやはや。
「聞いてます? お返事は?」
「あ、ああ。聞いてるけど……どういう用件だ?」
一夏が答えると、目の前の女子はわざとらしく声を張り上げた。
「まあ! 何ですのそのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものも------」
「いや、話し掛けられるだけで光栄ってアンタ誰だよ」
「んなっ!?」
「京介!?」
「っと、今の無しね。へへへっ」
勢いでやってしまったツッコミに慌てて口を塞ぐも時既に遅し。
目の前のお○夫……金髪ロール娘は顔を真っ赤にして両拳を震わせて、刺し殺すかのような視線で俺を睨みつけていた。
「な、ななな、なな、な……!」
「な?」
わなわなと拳を震わせている相手が何か言いたそうにしているため、俺は敢えて耳を近づけてみた。
「な、なんですの貴方は!? わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを……イギリスの代表候補生にして入試首席のこのわたくしを!? 貴方本気でおっしゃってますのぉぉぉっ!?」
「いいっ!?」
キレた!? 何で!?
目の前の金髪ロール------名前はセシリア・オルコット------は大声を上げて、信じられないとか有り得ないとか日本の男性はみんなこうですの? とか典型的な女尊男卑の言葉をマシンガンのように吐き出し始めた。
「大体貴方は何なんですの!?」
「俺? 俺はただの男だよ」
「そんなことは分かってますの! わたくしが聞いているのはですね------」
「名前か? 名前ならさっき言ったぞ、もっかい言ってやろうか?」
「結構です! 浦城京介でしたわね?」
「セーカイっ! さっすがお嬢様っ!」
「馬鹿にしてますのっ!?」
……とまあ、適当に切り上げようと思っていたが売り言葉に買い言葉でダラダラダラダラと会話(?)が続いてしまっている。
周りの女子達は怯えてるのか離れて見てるだけで、一夏も代表候補生を知らないとかでセシリアと一悶着起こしたせいで俺の左席の篠ノ之箒とかいう子に咎められていた。
「……いいですわ。ではわたくしと貴方の決定的な違いを教えて差し上げますわ」
怒り過ぎて逆に冷静になったのか、セシリアは呆れ顔でそう言った。
ほんとに良いとこのお嬢様なんだな、こいつ。殺気まで……いや、さっきまであんなに怒ってたのに。
「決定的な違い? 性別以外にか」
「ええそうですわ。教えて差し上げましょう、貴方とわたくしの違いを。それはわたくしが入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートということですわよ」
セシリアの言葉に、俺は首を傾げた。似たような状況を俺も体験していたからだ。
「入試って、ここのISを動かして戦う入試のことか?」
「それ以外に何があるというんですの?」
「そりゃそうか。……教官なら、俺も倒したぞ」
「……え」
「多分、そこで何故か説教受けてる一夏も勝ってるはずだ」
俺の言葉に、セシリアは口をパクパクとさせて尋ねた。まるで金魚みたいだ。
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「そりゃあ、あれだろ。女子の中ではって奴じゃないのか?」
俺がそう言うと、セシリアがバァンッ! と俺の机を叩いた。突然のことに俺や周囲のクラスメイト達が驚いていると、セシリアの殺意にも似た鋭い視線が俺を射抜いた。その視線に、背中が凍りついた。
「馬鹿にして……覚えておいて下さいな」
タイミング良くなったチャイムに助けられる形でオルコットから開放された俺は、気まずさを感じながらも自分の席に座り直した。気分は悪いが、今からの授業をしっかり聞いておかないと初回から落ちこぼれになりかねない。未だポニーテールの少女に何事か小言を呟かれている一夏を一瞥してm俺はモニターへと向きなおす。
だがこの後起こることを、俺は全く予想出来ていなかった。
「そういえば、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
三時間目の始め、織斑先生の言葉がクラスをざわめかせる。
「代表者、ですか?」
俺が質問すると、織斑先生は頷いて言葉を続けた。
「ああ。クラス代表者とはそのままの意味で、対抗戦以外にも生徒会の開く会議や委員会への出席……つまり、クラス長になるな。分かったか、浦城」
「はい、まあなんとか。それで、クラス対抗戦って何の目的があってやるんですか? レクリエーションみたいなやつですか?」
「いや、クラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないだろうが、競争は向上心を生む。代表者は一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」
「「「はい!」」」
クラス全体が返事をすると、俺は一夏を見た。
……なんか、よく分からない顔してる。
「はいっ。織斑君を推薦します!」
と、ここでクラスの女子が一夏をクラス代表者に推薦した。
やはり物珍しいからか、他の女子もそれに賛同してる。誰も俺に推薦しないのは複雑だが、面倒臭いのは御免なので内心ホッとしてる。
「ちょっと待ってくれよ! 俺はそんなのやらな------」
「自薦他薦は問わん。他薦されたものに拒否権はない。選ばれた以上は覚悟をしろ」
「い、いやでも------はっ!? はい先生! 俺は京介を推薦します!」
「ハァッ!?」
こいつ、俺を推薦しやがった?! ああマズイ、他の女子がそれもいいとか言いだしやがった!
「何考えてんだよ一夏! 俺まで道連れにする気かよっ」
「同じ男子として平等に行こうぜ、京介!」
「ふ、ふざけ------」
「待ってください! 納得がいきませんわ!」
反論しようとした俺を、突然甲高い声が遮った。それと同時にバンッと机を叩いて立ち上がったのは、あのセシリア・オルコットだった。
そういや、確か彼女はイギリスの代表候補生だったはず。彼女がクラス代表者をするのが一番適任だろう。そう一人納得していた俺の目の前で、オルコットはペラペラと饒舌に語りだした。
「そのような選出は認められません! 大体男がクラス代表なんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
あれ、なんかすっげえボロクソ言われてる気がする。
エリート思考の言いたいことは大体同じだから俺はそこまで不快に思わなかった。けど、なんだかなぁ……。
「大体文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で------」
ありとあらゆる罵詈雑言をその口から垂れ流すオルコットに、少しずつクラスの雰囲気が悪くなっていく。すると、後ろに座っていた女子がクイッと俺の袖を引っ張った。視線を向けると、泣きそうな表情を浮かべている。同じ日本人の女の子だ。オルコットのエリート主義のような言葉に傷ついているのか、もう止めて欲しいと言わんばかりに唇を噛んでいる。
「そもそもこのような国際的なエリートが集る場所で、日本人のような謝るしか脳の無いような方々が多数いるというのは私としては我慢ならない------」
カチンッと、俺の中で何かが切れた。目の前で泣きそうになっているクラスメイトの顔と、したり顔して偉そうに能弁垂れるオルコットの顔が重なる。気がつくと俺は立ち上がり、オルコットを睨みつけていた。
「……だったら国に帰れ」
「……はい?」
「帰れっつってんだよイギリス代表候補生!」
急に声を荒げた俺に、何人かの女子は怯えたように身をすくませたのが見えた。
「な、なんなんですの貴方!?」
「ここにいるのが苦痛なら、手前の大好きな飯のマズイ国に帰れって言ってんだ!」
「お、おい。やめろって京介」
「離せ一夏!」
立ち上がった一夏が俺の肩を触ったが、俺はその手を振り払う。目の前には、激昂するオルコットの顔。
「あっ、あっ、貴方ねえ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「先に侮辱したのはどっちだ! さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがってよ! ああ!? イギリスだって同じ島国だろうが! 大して自慢出来るようなもんもねえくせにお高く留まりやがって、挙句に文化として後進的だぁ? ISを開発したのは何人だ? アメリカ人か? イギリス人か? それとも韓国人か? 何処も違えよ、日本人が開発してんだよ! それを後から技術流用してる癖に偉そうにベラベラベラベラくっちゃべりやがって! 確かに俺も一夏もISに関してはド素人だよ、けどな、けどなぁ! ここにいる日本の女の子達はみんなすげぇ努力してここに来てんだよ! 手前みてえな頭デッカチのクソッタレエリートなんかよりも、実力も知識も足りないかもしれない。だけどそれを侮辱することだけは絶対に許さねえぞ!」
シーンとなる教室の中に、俺の荒い息遣いとオルコットのひきつけのような声だけが響き渡る。誰も何も言わない。先生達さえも。
「い、言ってくれますわねぇ貴方……!」
再び怒りに染まっていくオルコットの顔を真正面から睨みつけるようにして、俺は左拳を握り締めた。そこに嵌められている黒い指貫グローヴのようなものが、僅かに震えた気がした。
「ISを操れるというだけでこの私にここまで啖呵を切って、このままで終わると思っていらっしゃるのかしら……?」
「思ってる訳ねえだろうが……!」
「だったら話は早いですわね。------決闘ですわ!」
ビシッと俺に向けて人差し指を向けてきたオルコットを前に、俺は深く深呼吸して気持ちを落ち着けようとした。両拳を握り締めたまま、ニヤリと笑って見せる。
「私が勝利した場合、貴方には今後三年間私の奴隷になって頂きます。そして勝敗が決した後、アリーナの地面にその額が傷だらけになるまで土下座してもらいますわ。日本人には土下座が似合いますものね」
「ああ、やってやるよ。だが俺が勝った場合、手前にはこのクラス全員の前で土下座してもらうぜ」
「私が負けるような事など有り得ませんが……いいでしょう」
「……決まりだな。今から一週間後、クラス代表の座を掛けて浦城、オルコット両名による模擬戦を行う。それぞれ、自分のISの調整をしっかりとしておくように」
今まで沈黙を保っていた織斑先生が口を開き、俺とオルコットの口論は終了した。最後まで怒りに満ちながらも見下した視線のオルコットに少しだけ腹が立ち、俺は徹底抗戦の意味も込めて思い切り彼女の机に向かって左拳を振り下ろした。
普通なら、振り下ろされたのがただの拳だったなら、机は大きな音を立てて揺れるだけだったはずだ。だが俺の振り下ろした拳は一瞬粒子を纏い、そしてオルコットの机を中に入っていた教科書類ごと粉々に粉砕した。舞い上がる粉塵の向こう、完全に虚を突かれ青ざめた表情を浮かべるオルコットの顔が視界に映り込む。
「悪いな、【加減】出来なかったぜ……」
左手をブラブラと振りながら、俺は自分の席へと戻った。頭を抱える織斑先生を前に、俺は小さく頭を下げる。両隣の生徒、一夏とポニーテールの少女が何か言いたそうな表情で俺を見てきていたが、俺は放っておいて欲しいと言う代わりに机に教科書を放り出したのだった。
どうも、第1話です。
ちょっとオルコットさんを悪いキャラにし過ぎたかなぁと思いつつ、反省はしてません←
一夏との決闘はどうしようかなぁと思いつつ、まずは主人公との決着をつけたいと思います。
因みにこの時点で主人公は自分のISを持っています、それらも次の話でちょいちょい出していけたらなと思っているので、宜しくお願いします!