インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
「------ねえ、ねえ、それってもしかして寝てる?」
「あ、ああ、最近ISの調整で遅くまで起きていたようだからな。出発して五分も断たずに寝てしまった」
「へー、怒ると怖い浦城君も寝てる時は可愛いもんだねえ。そ・れ・と・も、篠ノ之さんが隣にいるからかなー?」
「うっ、うるさい。起きてしまうだろう!?」
「あははっ! ごめんごめん、それじゃごゆっくり~」
何処かから微かに話し声が聞こえてくる。不規則な揺れが時折身体を揺らし、その度に柔らかい感触が側頭部に広がる。甘いというか、安心感のある匂いが鼻腔を突いて、俺は思わず鼻から強く息を吸い込んだ。ふと鼻先に細い何かが当たり、少しムズムズするも心地良い感覚が気に入った俺は、そのままその感覚を求めるように鼻筋をそれに押し付ける。
「んっ」
と、何故か頭上から聞こえる押し殺したような声。疑問に思いながらも再び顔を動かすと、再び「んんっ」という声がする。ここに来て漸く、俺は寝惚け眼から覚醒した。目の前にはバスの座席、左側には窓、右側には女子生徒の足が見えて、角度的に俺はその女子の肩に首を預けている。確か俺達は臨海学校に向かう為のバスに乗っていたはず。それは目の前の座席を見れば分かる。では、俺の隣は一体誰だったか。最初は一夏と隣同士で座る予定だったはずだが、セシリアやボーデヴィッヒが自分が一夏の隣に座るのだとすったもんだしたのも覚えている。そうしたら何時の間にかシャルロットが一夏の隣に座ることが確定していて、あぶれた俺は一人ぼけっとしていた箒に声を掛けて------。
「うおおおっ!?」
思わず身体を跳び上がらせると、俺の隣に座っていた箒もまた身体をびくつかせた。やはり今俺が変態みたいな行為を行ってしまったのは箒で間違いなかった。俺が急に起き上がったのに驚いているのか、窓側に背中を押し付け距離を取ろうとしている俺を呆然と見つめている。
「ど、どうした? 急に変な声を出して」
「え? あ、いや、その……何か変なことしなかった? 俺」
恐らく、というか多分、いや絶対、俺は箒の肩に頭を載せた状態で首筋に鼻を押し付けた挙句思い切り匂いを嗅いだと思う。完全に変態だ、現場はバスの中という密室、一度糾弾されれば目的地に着くまで精神的ダメージは免れない。脳内で様々な選択肢が表示されては消えて行く中、コホン、と箒が咳払いをした。思わず口内の唾を飲み下す俺を前に、彼女はクスクスと笑う。
「寝惚けているのか? 静かに眠っていたぞ、お前は」
「え? そ、そうか?」
「何だ、私に変なことでもしたかったのか? 不埒者め」
「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ! ったく、慌てて損したぜ……」
珍しく箒にからかわれるように言われた所為か、俺は内心ホッとして座席に座りなおした。何が可笑しかったのか、未だクスクスと笑っている箒から目を背けるように、俺は窓の外に広がっている海原へ視線を動かした。最近伊弉諾の調整作業でよく眠れていないから、寝不足気味だった。だから寝惚けて変な感覚になっていたのかもしれない。
「そんなに大変なのか? 伊弉諾の調整は」
「ん? ああ、そうだな。どうやって造ったのか知らないけどシステムにブラックボックスが大量にあってな、企業の方もお手上げだ何だって言いながら解析に躍起になってるよ。自分とこの開発したISが全く別の物になったっていうんだからお笑いだよな」
「大丈夫なのか? そんなもの使って。お前は覚えていないが、ラウラとの戦いを見る限りあのISは危険だ。お前も相手も、両方共だ」
「分かってるよそんなことは。やっと左腕が治ったっていうのに、また大怪我なんてしたくない。だから調整してるんじゃないか」
少し口論に近くなってしまったところで、俺は後頭部で手を組んで座席にもたれ掛った。ボーデヴィッヒと戦った時の話はもう何度も聞かされてる。現行で最先端のはずの第三世代型を、たった一撃、しかもただのパンチで倒した。しかもエネルギー切れでも装甲の全破壊でもなく、操縦者の気絶という形で。そしてそのたった一発のパンチで俺の左腕の筋肉はズタボロになり、暫くの休養を余儀なくされた。
(……危険だっていうのは、俺が一番良く分かってる)
伊弉諾が開放されたから、俺は何処かおかしい。病気とか、体調不良とかそういうものではなくて、ふと気付けば違う場所にいたり、整備室で伊弉諾を展開していたり、記憶に無い行動を起している。酷い頭痛がする時もあれば、飯も喉を通らなかったり下痢や嘔吐で一日まともに動けなかったこともあった。勿論このことを一夏達に言う訳がない。余計な心配をさせたくないというのもあるし、何より、俺自身が伊弉諾のことについてアイツらに首を突っ込んで欲しくないというのが大きい。
(というより、俺が関わって欲しくないと無意識に思ってるってことなのか? 俺自身が俺の考えることに疑問を持たないようにして)
一瞬、まるで眠気に襲われた時のように視界がブラックアウトし掛けた。ハッとして顔を動かすと、特に時間は経っていないようだった。まだ寝足りないのか、それとも……と頭を悩ませていると、暫く静かにしていた箒がおずおずと声を掛けてきた。俺の様子がおかしいのを察したのか、こっちの顔を覗き込むようにしている。
「大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
「いや、大丈夫。ちょっと酔ったのかもしれない」
「そうか、なら外の景色を見ておくといい。海しかないが、遠くを見た方がいいぞ」
「ああ、そうするよ。悪い」
そう言ってから俺は、窓枠に肘を置いて手の甲に頬を載せ、バスが旅館に着くまでの間ずっと外の景色を眺めていたのだった。
そして旅館に到着後、俺達は女将さんへの挨拶を済ませると早々にそれぞれ宛がわれた部屋へと荷物を運び込んだ。俺は一夏と同室で、海へ行こうと誘う一夏をバス酔いが酷いからと断って一人畳の上に早々と布団を敷いて寝転んでいた。実際気分の悪さは抜けてなくて、瞼が重い。右腕を額に載せたまま電灯をジッと見つめ、遠くから聞こえる他の女子生徒達のワイワイとした騒ぎ声に耳を傾ける。距離が近ければ雑音に近いそれも、遠く離れていれば子守唄とまではいかないが大分眠気を誘ってくれた。
(寝てばっかりだなぁ、俺)
などと独りごちり、俺は再び布団の上で眠りに落ちるのだった。
「ん……?」
気がつくと、部屋の電灯は消されていて窓からは夕焼けが入り込んでいた。備え付けの時計に目を向けると、既に時刻は五時を過ぎている。少し寝すぎたか。そう思って上体を起こすと、ボトッと半分乾いた濡れタオルが額から掛け布団の上に落ちた。
「何だ、これ」
タオルを手にとってみると、そこで俺は漸く部屋に入って寝転んだ時と今の部屋の様子が違うことに気がついた。俺は部屋の電気を消していないし、濡れタオルも用意していない、更に言えば掛け布団を被った覚えもない。誰かがこの部屋に入って来たのだ。
(一夏か? けどアイツが何も言わずに全部やってくとは思えないし……)
キョロキョロと周囲を再び見回すと、枕元に水の入ったプラスチック製の桶が置いてあった。指を入れてみると、まだかなり冷たい。ここに持ってきてからまだそんなに時間が経っていないようだ。と、ここでガラッと部屋の襖が開かれた。
「何だ、起きていたのか」
「お、本当だ。大丈夫か、京介」
やって来たのは箒と一夏で、一夏はその手に栄養ドリンクと清涼飲料水のペットボトルを数本持っていた。箒が部屋の電気をつけ俺の手からタオルを取ると、桶に浸して何度か水を絞り始める。その間に一夏から栄養ドリンクの瓶を一本受け取ると、俺は取り敢えずそれを飲んだ。
「んぐ……っと。にしても、どうしたんだ二人して?」
「二人してって、京介が何時まで経っても海に来ないから心配して戻ってみたら箒が桶に水とタオル入れて歩いててさ、聞いてみたらお前がかなり調子悪そうだったって言うから色々買ってきたんだよ。最近疲れてるんだろ? ISの調整で」
言いながら空き瓶を俺の手から受け取った一夏は、備え付けの冷蔵庫に買ってきていた残りの飲料を入れ始めた。その間にタオルを絞り終えていた箒に無理矢理ベッドに寝かされ、額に濡れタオルを載せられる。ヒンヤリして気持ちの良い感覚が額に広がり、少しだけ安心したような気持ちにさせられた。
「それは否定しないけどさ、だからってこんな病人みたいな扱い……」
「夕飯の時間になれば、また起こしに来る。それまではちゃんと寝ていろ、こういう時に寝ておかないと明日が大変だぞ」
そう言って箒が立ち上がると、一夏は自分の荷物の中から文庫本を取り出した。どうやら、夕飯の時間までは一夏が傍に居てくれるらしい。これ以上ウダウダ言うのも色々してくれた二人に申し訳ない為、俺は渋々部屋を出る箒を見送ってから目を瞑った。勿論今まで散々寝た所為か寝られる訳もなく、俺は夕飯までの二時間を一夏が本のページを捲る音を聞きながら、額のタオルが乾いていくのを感じていた。
そうして夕食時は、一夏の隣に座っていたセシリアが足を痺れさせたりシャルロットが山葵の山を食べて涙目になったりと普段とはまた違う騒ぎで盛り上がった。その後一夏と二人で露天風呂に入り、俺は浴衣にタオルを首に掛けたまま一人旅館の通路をブラブラと歩きながら夜空を見上げている。夜風が気持ち良く、月も綺麗だった。
「あ、居たいた。京介―」
と、突然後ろから名前を呼ばれた。振り返ってみると、浴衣姿のシャルロットが手を振りながらこっちに向かって歩いて来ていた。その後ろにはボーデヴィッヒも居て、シャルロットが反対側の手で彼女の手を引っ張っている。笑顔なシャルロットとは対照的に、ボーデヴィッヒの表情が少し暗かった。遠慮がちに俺を一瞥すると、すぐに彼女は視線を下へと逸らす。
「何だよ、二人揃って珍しいな」
「うん、ちょっと話があるんだ」
俺に? と聞き返すと、シャルロットは頷いて自分の影に隠れるようにしていたボーデヴィッヒの身体をズイと俺の方へと押し出した。彼女は銀色に煌く髪を揺らめかせながら、何かを言い出したそうに手を身体の前でモジモジとさせている。一体何なのだろうか。
「おいシャルロット、本当に話なんてあるのかコイツ」
ボーデヴィッヒを前にすると、何故か俺は機嫌が良かろうが元々悪かろうが必ず不機嫌になってしまう。理由も特に思い浮かばない、まるで子供がダダを捏ねて拗ねている時のようにムッとしてしまうのだ。もう彼女が俺達に危害を加えることが無いのは理解しているし、彼女が一夏に助けられたから
「そういう言い方しないの、京介。ほら、ラウラ」
軽くシャルロットに窘められると、促されたボーデヴィッヒはゆっくりと口を開いた。その小さな口から放たれる声はとても細く小さく、初期の軍人らしさは全くと言って言い程感じられなかった。
「そ、そのだな、浦城。その……やはりお前は、私のことを許してはくれないのか?」
「何?」
「その……シャルロットと同室になり、他の連中とも一緒に特訓をするようになった。お前は療養中だったから一緒ではなかったが、昼食を取る時などは一緒だった。だから私は、お前も他のみんなのように私を許してくれたものだと思っていたのだが……」
「だが、何だよ」
「京介!」
「分かったよ、悪い」
シャルロットに珍しく怒鳴られた俺は肩を竦めて、ボーデヴィッヒの言葉の続きを待った。何に苛々しているのかが分からなくて、余計苛々してしまう。本末転倒だ。首に掛けていたタオルで顔を拭い、なるべく黙ったまま彼女の話を聞こうと集中する。
「お前は何時もいるメンバーの中で唯一私のことをボーデヴィッヒと呼ぶ。それに偉く他人行儀だ、それを責める訳ではないのだが……その、たまにお前の私を見る時の眼が怖い時がある。まるで虫を見るような、何の興味も持たれていないようなその目が怖いのだ私は。頼む浦城、教えてくれ。お前は私のことをどう思っているのだ!?」
「友達の友達だ」
半ば絶叫に近いラウラの言葉に対して俺自身、何故即答出来たのか分からなかった。ただ気がつけば勝手に口が動いていて、そしてシャルロットの右手が俺の頬を捉えていた。バシン! という破裂音が響き、ジンとした鈍い痛みが広がっていく。打たれた頬にタオルを当てようとすると、シャルロットが俺の手から引っ手繰るようにタオルを奪った。そうやって初めて、彼女は自分が何をしたかに気付いたようだった。
「あ……、ご、ごめん京介。でも酷いよ、そんな言い方ないじゃない!」
「じゃあどう言えって言うんだよ! 俺にとってボーデヴィッヒは友達でも仲間でもない! 俺の視線に気付いてる奴に友達だなんて言って誤魔化せるなんて思ってるのかよお前は!」
「そ、それは……でもそんな簡単に突き放すような言い方!」
「引き寄せた覚えも無いよ俺は! それにそもそも、俺はお前らと違ってそいつと接した時間が少ないんだよ、だから俺の中じゃお堅い軍人が学生になった程度の認識でしかないのよさ!」
「ないのよさって……そもそもラウラのことを知ろうとしたの!?」
「その知る時間が足りてないって言ってるんだよ! そもそもトーナメントが終わった瞬間一夏一夏ってベッタリでこっちには見向きもしなかった奴と、どうしてそんなに早く打ち解けると思ってられるんだ!? 奴は俺を撃ったんだぞ、しかも鈴とセシリアをズタボロにして、俺の首を絞めて更に二人を撃とうとした。その事について奴は謝罪したのか!?」
「謝罪って……」
「悪い事したら謝るのが当然だろう? 悪戯程度ならまだ良いさ、けどコイツは人を殺しかけたんだぞ! それを簡単に許せる程俺は出来た男じゃない!」
「一夏は許したよ!?」
「俺には無理だ、現時点で出来る訳がない」
「そんなの……っ」
「もう止めてくれ!!」
俺とシャルロットの言い争いは、間にいたボーデヴィッヒの叫びによって中断させられた。声が大きかった所為か、そこかしこの襖が僅かに開いていたり複数人の目がこちらに向けられている。視線を移すと、脅えたように襖が閉まった。
「もういい……私の所為で二人の仲が悪くなるところは見たくない」
「けどラウラ……」
「良いんだ。そもそもの原因は私にある、寧ろ浦城の反応が普通なのだ。それだけのことを私はしたのだから」
ギュッと拳を握り締めているボーデヴィッヒを慰めるようにしていたシャルロットは、今度は涙目で俺の顔を見上げてきた。俺にどうしろと言うのか。殆ど関係の無いはずの彼女に怒鳴ったという後ろめたさもあり、俺は髪を掻き上げた。
「……さっきも言った通り、俺はそいつと接した時間が極端に少ないんだよ。だからこれからも放課後の特訓には参加しといてくれ、俺もその内復帰するからよ」
「京介……」
「お前がどういう奴かは、これから知っていく。取り敢えずはまあ、名前で呼び合うことから始めるか……?」
肩を震わせていたラウラが小さく頷くのを確認すると、急に俺の心に罪悪感のようなものが圧し掛かってきた。今まで感じたことの無かった感覚に内心焦りながらも、俺はやけに重く感じる口を開く。
「ラウラ、ラウラ・ボーデヴィッヒな。ああ、ちゃんと許せるように努力するよ」
「すまない、京介。私は、ちゃんとお前にも私を知ってもらうよう努力する」
それじゃあ、とシャルロットが差し出させたラウラの右手を、俺は握り返した。ギュッと握手を交した後、騒ぎを聞いて駆けつけた教師の相手を俺が受け持って、シャルロットとラウラは何処かへと逃げて行った。その背に揺れる金と銀の長髪を視界の隅に捉えながら、俺は怒る教師を宥めることに神経を使うのだった。
『京介があの娘と仲良くなりたいのなら、私は止めやしないよ。歯ごたえも無かったし、最近は別のことを考えるので忙しいからね。だけど私の優先順位は京介の身を守ること、危険を感じたらすぐに身体を
【------現在の適応率、48%】
今回は少し短めです。
遂に臨海学校編になりました、この後物語りが大きく変化していきます。
お楽しみに!