インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
翌日、臨海学校二日目。今日は完全な自由日だった昨日と違い、朝から晩までミッチリISの操作練習と各武装運用データを取ることになる。専用機持ちは各企業・軍から送られてくる大量の新装備のテストをしなければならないから、大忙しだ。本来なら俺も凱龍の新装備等が送られてくるはずだったんだろうが、今は伊弉諾の稼動データを取ることが目的になっている。
試験場所は四方を高い崖に囲まれたビーチだ。その中の一つ、まるで滑走路のように延びている崖の上に俺は立っていた。後ろには、一夏達もいる。
「一々見送りなんていいってのに、好きだなお前らも」
本来、みんなは少ない時間を有効利用しなくてはならないはずだ。だというのに、俺が伊弉諾の飛行試験を行うと聞いた途端態々崖の上まで上ってきたのだ。箒なんか一夏の白式に抱えられてまで上って来ている。
「別にいいじゃない、アタシやセシリアなんかはまだちゃんとアンタのISが動くところ見てないんだから興味あるしさ」
「それに一度飛んでしまえば暫くこちらには帰って来られないのでしょう? でしたらお見送りくらいはさせて下さいな」
「夕飯までには帰って来い、気をつけてな」
「お前は俺のカーチャンかっつの、分かってるよ」
鈴、セシリア、箒から次々に言葉を受けると、俺は右手をプラプラと揺らしながら左手を握り締めた。ほんの少し意識を傾けるだけで、左手に付けている黒い指貫グローヴから黒い粒子が溢れ出ていく。目の前で大きな渦となっていく黒い粒子の奔流をジッと見つめていると、やがてその渦の中から片膝を付いた黒いISが姿を現した。
他のISと比べても大きめのサイズのそのISは、カーボンブラックの全身装甲で胸部装甲を開き操縦者を受け入れる体勢を取っている。翼は無く、まるで置物のようだ。俺がその開いた胴体に身体を入れると、操縦者を認識した伊弉諾が自動で胸部装甲を閉じた。システムが作動し、PICが発動、腕や足が正常に動くかどうかの確認、良し。機体状況を確認する為のウィンドウを数枚視界に表示させながら、俺は伊弉諾に何の問題も無いことを確認した。
「飛べるのか?」
俺の表情を見ていたのか、一夏がそう聞いてきた。俺は伊弉諾の左手を動かして親指を立ててみせると、一夏は笑いながら敬礼の真似をして見せる。その後ろでは、箒が何処か心配そうな表情を浮かべていた。
「ほんの数キロ飛んで帰って来るだけだからよ、そう心配しなくてもいいって。何だったら、誰か一緒に飛ぶかい?」
「私のストライク・ガンナーであれば大丈夫そうですが生憎時間が無くて、残念ですわ」
「そうは見えないけどな、はははっ」
髪をサッと手で流したセシリアに笑い、俺は頭部装甲を閉じた。視界が一瞬暗闇になり、ゴーグル型のカメラ・アイが起動すると同時に視界が一気にクリアーになる。ハイパーセンサーが周辺の状況を確認し、視界にウィンドウとして表示していく。その一つひとつを丁寧に確認しながら、俺は翼を呼び出した。背中のユニットを基点に黒い粒子が流れ出し、それが翼を形取ったかと思えば鋼鉄の翼が伊弉諾の背から生えている。広げれば6mを越すその翼の動きを確認し、俺は一夏達に叫んだ。
「伊弉諾を出すぞ! 下がってろ!」
そうして一夏達が自分のISを展開し距離を取ったところで、俺はグッと足を踏ん張り思い切り地面を蹴った。
刹那、瞬時加速のような現象と共に視界がグニャリと曲がり、そして元へと戻った。背後の映像を呼び出せば、飛び立った崖はすでに遥か後ろにある。大した加速性能だと感心した後、俺は翼を身体の正面で閉じた。そのまま海面スレスレを飛行し、水飛沫を巻き上げながら直進していく。
凱龍の時には感じられなかった空を飛ぶ快感と、少しでも気を抜けば身体がバラバラになってしまいそうな力強さを感じながら上体を上げ、一気に上昇する。空気を切り裂き、あまりの加速度に装甲越しに身体がガタガタを震える。翼を広げて急停止、そして後方へと一回転。そして両手の平を海面へと向けると、掌に搭載されている荷電粒子砲の砲門が開き、閃光が迸り黄色い光条が迸る。凱龍に装備されているものよりも遥かに高出力のそれは海面から大きな水柱を打ち上げ、人工の雨が伊弉諾の装甲を叩く。
「それなりに動かせるようにはなってきたな……。慣れて無くても凱龍以上の機動力が出せるってことは、やっぱ元々のスペックが高いってことか。けど誰がこんなもん造ったんだ?」
疑問を口にしながらも企業側から提示されていた必要なデータを取る為の飛行を続け、エネルギーもそれなりに減ってきたところで帰ることにした。既にビーチから飛び立って一時間以上は経過している。まだ必要なデータは幾つか残っているが、それはビーチでエネルギーを補充してからだ。そうやって帰ろうとしたところで、目の前に通信用のウィンドウが開いた。
『浦城君! 聞こえますか!?』
「聞こえてます! 一体何です?」
【SOUND ONLY】の表示の向こう側から聞こえてくる山田先生の声は、かなり慌てているようだった。何を伝えたいのかが全く伝わってこないまま、俺は首を傾げた。
『落ち着け山田先生。浦城、今いるポイントが何処か分かるか』
「え、と、ビーチから三キロ程離れたところです。それがどうかしたんですか、織斑先生」
急に切り替わった声は、織斑先生のものだ。珍しく、言外にピリピリとした雰囲気を纏っている。俺は視界に地図を広げると、レーダーの索敵範囲を最大に広げた。すると何かが高速でこちらに向かって飛行してきている。ISだろうか。
『現在お前のいる方向へ向けてアメリカ・イスラエルが共同開発した軍用ISが向かっている。名は
「軍用IS? 何だってそんなものが……って、レーダーのこいつか!」
『既に捉えているのか、なら話は早い。こちらから織斑と篠ノ之を送る、それまで何とか銀の福音をその場に止めておいてくれ』
「箒を!? どうしてアイツを------」
『詳しい話は後だ! 兎に角奴の足を止めろ! いいな!』
「っ、了解!」
何が何だか分からぬまま、俺は通信を切って例の銀の福音とやらが向かってきている方向へと向きなおした。レーダー上に反応はあるが、未だ視界には映らない。
「せめて銀の何とかがどんなISかってのだけは教えてもらいたかったもんだけどな……来たかッ!」
刹那、空の向こう側が煌いたと同時に大量のエネルギー弾が飛来した。それを横へと回転して躱すと、銀色の輝きを放つ装甲と同じく銀色の頭部から生えている大きな一対の翼を持ったISが俺のすぐ傍を通過して行った。あれが銀の福音か。
「逃がすかよッ!」
すぐさま体勢を立て直し、加速。ハイパーセンサーが表示する情報だと、福音は最大マッハ2程のスピードを出すことが出来る。まだ伊弉諾の最高速度は確認していないが、恐らくコイツなら------。
「背中は
大きく開かれた翼を見下ろしながら、俺は思い切り拳を振り下ろした。だが福音は拳の当たるギリギリのところで器用にその身を捩り、入れ替わりに俺の背後を取った。銀色の翼が輝いたかと思えば伊弉諾が警告を発し、俺は急停止・急降下を行いわざと海に飛び込んだ。大きな水飛沫が福音に降りかかり、遅れて発射されるエネルギー弾の雨が海面を吹き飛ばす。海中にいた俺の身体は大きく揺らされ、喧しい警告音が耳朶を打った。
「ッチィ!!」
海中から翼を大きくはためかせながら脱出すると、既に目の前では福音が次弾を撃つ準備を終えていた。銀色の翼が輝き、再びエネルギー弾が放たれようとしている。それに対し、咄嗟に俺も右手の平を福音へと向ける。即座に放たれた二つのエネルギーの塊はぶつかり合い、派手な爆発を起こした。沸き起こる黒煙を切り裂くように飛び出すと、目の前には反応が遅れ同じ場所に留まっていた福音の姿が。すぐさま攻撃を加えようと左腕を振りかぶると、突然ガクン、と俺の動きが重くなった。
(何だ!?)
その間に福音は俺から離れてしまい、再びエネルギー弾を放とうと翼を広げた。まだ伊弉諾の動きは重くなったままで、回避が間に合わないと判断した俺は翼を正面に閉じる。放たれたエネルギー弾の雨が翼の盾に直撃し、激しい振動が俺の全身を揺らした。視界一杯に警告を示すウィンドウが開き、エネルギーをごそっと持って行かれたことを俺に知らせてくる。元々少なかったエネルギーだ、翼の装甲を犠牲にしたとはいえ消耗は免れない。
「ぐっ、う……! いきなりどうしたってんだ!?」
飛ぼうにも先程までの軽さも力強さも何も無くなってしまい、エネルギー弾で僅かに表面が焼けてしまった翼を福音の前に向けたまま、俺は焦りながらも相手の進路を潰すように機体を動かした。勿論このまま同じことをずっと続けていける訳はない。と、伊弉諾のレーダーが新たに接近してくる二つの反応を捉えた。一つは一夏の白式、もう一つは知らないISだ。
『下がれ、京介!』
突然オープン・チャンネルから響いた箒の声が耳朶を打ち、俺はスッと機体を後方へ下がらせた。すると、俺と福音の間を刃のような形をしたエネルギー弾が通過していった。そして福音へと襲い掛かる紅いISと、その背に乗っかるようにしている白式が視界に入り込んだ。一瞬だけ見えた紅いISの操縦者の顔は、箒のものだ。ということはあの機体は、箒のものなのだろうか。一体何時あんなものを用意したのか。
距離を取った福音を追いかけて行く箒を他所に、一夏の白式が俺の隣に並んだ。その手には雪片弐型の他に、緊急用のエネルギー・パックが握られている。
「待たせて悪い、京介! これを使ってくれ」
「それは構わねえ! けど一体どうなってやがんだ!? それにあの箒のISは何だ!?」
「あの紅椿は、束さんが箒の為に開発した第四世代型ISなんだ。それより、千冬姉の作戦で京介と箒が福音の気を逸らしている間に俺が零落白夜で斬り掛かることになってる。大丈夫か?」
「篠ノ之束……? あ、ああ、作戦は分かった。ただ伊弉諾の調子が急に悪くなりやがった、上手くやれるか分からんぞ!」
エネルギーのチャージを終えた俺は、未だ動きが重くなったままの伊弉諾を動かして福音とエネルギー弾の応酬を行っている箒の援護に回った。今は細かいことを一々気にしている暇はない。両掌の荷電粒子砲が問題無く使える辺り、まだ何とかなる。閃光が数度瞬き、銀色の羽が舞う。紅の軌道が縦横無尽に動き回り、時折白い光刃を携えた武士が翼に向けて刃を振り下ろす。だが決定打を与えられぬまま、伊弉諾の調子が更に悪くなった。正面に閉じたまま、翼が動かなくなったのだ。
(さっきから本当にどうしちまったんだ、伊弉諾!? システム上に問題は無しって、思いっ切り問題だらけじゃねえかよ!)
表示されるウィンドウに内心苛々しながら福音の動きを目で追っていると、一際大きく上昇した福音がその翼を更に輝かせた。広範囲にエネルギー弾をばら撒くつもりなのか。
「チャンスだ、一夏!」
箒の叫びと共に福音からエネルギー弾の雨が撒き散らされ、俺は翼でガードし、箒はその機動力を持って雨を回避する。後は箒が牽制のエネルギー刃を放ち、更に上空から接近した一夏が福音を斬れば俺達の勝ちだ。シールドを無効化出来る零落白夜なら、一撃で勝負を決められる。
だが、一夏は突如身を翻し福音とは全く逆方向へと向かっていってしまった。視線の先には、外れた福音のエネルギー弾がある。グン、と白式が瞬時加速を行い加速すると、一夏は零落白夜を発動してそのエネルギー弾を切り裂いた。
「アイツ、何を……!」
エネルギーが尽きたのか、白式の持つ雪片弐型からスッと光が消えて行く。これで福音へ大ダメージを与える方法は失われた。オープン・チャンネルで箒が一夏に何事か怒鳴っているが、動き出した福音を前に視線を外し話に耳を傾けられる程俺に余裕は無かった。一撃で勝負を決められる可能性が無くなった今、三人で何とかして勝つ方法を模索しなくてはならない。
「箒! ボサッとするな! まだ終わってない!」
「……っ」
箒に怒鳴りながら、俺は福音の前へと躍り出た。既に次の攻撃態勢を整えている福音を前に呆然としているのは、単なる的になってしまう。なら、少しでも装甲があり硬さもある伊弉諾を盾にするのが良策のはず。開こうとしても微動だにしない翼を忌々しげに睨みつつ、俺は福音を睨み上げた。放たれるエネルギー弾の雨が翼を穿ち、絶対防御を貫通した熱波が僅かに装甲内の俺の身体を焼いていく。
「ぐぅっ!!」
黒煙を噴いている翼を一瞥すると、俺はそのまま福音へ向けて突っ込んだ。背後にいる箒は、何事かブツブツと呟いている。
「一夏! 箒を引っ叩いてでも動かせ! 死ぬぞッ!」
「どうするつもりだ、京介! ぶつかるぞ!?」
「ぶつけるぞーッ!!」
無理矢理にでも止めを刺そうとしていたのか、発射体勢のままだった福音に思い切り機体を叩きつけるようにすると、どうにか福音の体勢を大きく崩すことに成功した。これで一夏が箒をちゃんと動かしてくれていれば、また何とかこちらの体勢を立て直せる。福音は伊弉諾を掴むと、鋭い蹴りと共に一夏達の方へと俺を吹き飛ばした。衝撃が全身に広がり、動きの制限された機体でバランスを保つこともままならない。
【------適応率が20%まで低下、生体ユニットの安全確保を第一に】
すると、突然伊弉諾の装甲が輝きだし黒い粒子が俺の生身の身体を包み込んだ。粒子は新たな装甲を形成していき、俺の目に見慣れた青い色の装甲を映させる。
「凱龍!? 何で今更……ッ!」
ある日突然伊弉諾へと姿を変えた俺の愛機、その装甲が再び俺の身体を包んでいた。だがそれは完全ではなく、ボロボロだった。まるでラウラと戦った時から修復されていないかのように。
目の前で再び福音の翼が煌く。もう何度目かも分からないその輝きから逃れるように、俺は身を捩った。だが降りかかる雨は広く、背中に強い衝撃を受けた俺は右側の荷電粒子砲が一瞬スパークを起したのを視認する。次の瞬間、爆発した荷電粒子砲の衝撃に全身を貫かれた俺は、海面に叩きつけられるのだった。
何処か遠くから、誰かが俺を呼んでいるような気がした。手足をダラリと垂らしているような感覚で、まるで飛んでいるようだ。背中や顔の右側が熱くて痛い。怪我でもしたのだろうか。殆ど覚醒し切っていない頭を動かしていると、ぼやけた視界が少しずつ開いて行った。青い、水の上を飛んでいるようだった。時折赤い液体が垂れていっては、身体の何処かがズキッと痛む。
「------介! 京介、頼むから返事をしてくれ!」
背後から涙声で誰かが俺を呼んでいる。女の子の声だ。俺の知っている中で、こんな声をしたのは一人くらいしかいない。やけにパサパサした唇を動かすと、何故か口の中から赤い液体がポタポタッと垂れて行った。
「ほう、きか? ……俺、何して……」
「っ、無理に喋るな! すぐに助けてやる、それまで我慢するのだ! 一夏、一夏もしっかり!」
俺は箒に抱えられているのか、ふと首を横に向けると反対側に一夏が見えた。脇に抱えられているようで、気を失っているようだ。それを見て漸く、俺も箒に抱えられているのだと理解した。何故抱えられているのか、何故箒が海の上を飛んでいるのか。少しずつ、俺の頭が覚醒していくにつれて思い出してきた。
(そうか、負けたのか……俺達……)
銀の福音との戦いで決定的なチャンスを一夏ガ何故か潰してしまった後、俺は急に不調になった伊弉諾が急に凱龍に戻るというアクシデントに見回れた。撃ち落されたのだろう、福音に。とういことは、一夏も俺がやられた後にやられてしまったのだろうか。元々エネルギーは殆ど無かったようだし、仕方ないとも言える。
やけに右側の視界が暗い中、俺は箒の腕の中で遠くに見える旅館を確認した。その手前にあるビーチでは、幾つかの人影が見える。ハイパーセンサーが無いから誰が誰かは全く分からないが、俺には彼女達が友人であるだろうという自信があった。
(だっせぇなぁ……畜生……!)
力の入らない手足をどうすることも出来ないまま、俺はただ運ばれていく。大きな敗北を経験した俺達には、既に戦える力は残っていないのであった。