※この作品はR-18です。

インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET-   作:REDALERT

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決戦-後編-

 

伊弉諾の装甲に走る亀裂から光が溢れ、装甲が亀裂に沿って開いていった。肩の装甲がスライドすれば、そこから輝く粒子が溢れ出ていく。前腕部の装甲が下へスライドすれば、それは拳を守るように形を変える。足が、腰が、胴体が、翼が開いては粒子を放出し光り輝いている。最後に頭部に二本の角のようなアンテナが立ち上がると、バイザーの形をしていたカメラ・アイが真ん中から二つに分かれた。バイザーから双眼へと切り替わったカメラ・アイは強く発光し、そして右目の部分が京介の眼と同じように亀裂が入りその光を失う。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【伊弉諾/エクスターミネーション・モード(殲 滅 形 態)への変形完了。残りエネルギー量63%、戦闘続行は可能です。現在操縦者への強制的痛覚遮断及び止血機能がONになっています。また現在操縦者とのリンクによりハイパーセンサーに一部障害が発生していますが、このまま戦闘を継続しますか?】

 

 

視界に表示されるは伊弉諾からの現状報告、そして目の前に浮かぶ福音をロックオンしていることを示す赤いマーカー。意思を持っているかのように問う愛機の言葉に、俺は拳を強く握ることで返事をした。

 

 

「もう一押しだ、最初で最後の一撃に全てを掛ける。必要最低限のエネルギー以外、全部左腕に回せ! 行くぞ!」

 

 

右腕から、右半身から、粒子の放出が止まる。全てのエネルギーが左腕へと集中し、装甲の隙間から夥しい量の碧輝く粒子が溢れ出す。光り輝く拳を前に、俺は目の前に浮かぶ福音を睨みつけた。装甲の殆どを破壊され、操縦者のISスーツが所々剥きだしになっている。エネルギーもそれなりに減っているのか、エネルギー弾を撃ってくる様子は無かった。本当に、次が最後の攻撃になりそうだ。

 

 

刹那、福音が動いた。エネルギー翼を消滅させ、その全身を一気に俺の方向へと飛ばしてくる。硬く握り締められた拳を見る限り、奴も最後の一撃を放とうとしているのだろう。俺さえ倒せば、あとは倒せるという自信の表れなのかもしれない。最もその思考が操縦者のものなのか、福音のものなのかは分からないが。俺は敢えて動かず、ただ福音を待ち受ける。拳を握ったまま、目の前で福音が左拳を振り上げた。真正面から振られるその腕をギリギリまで待ち、俺は開いた右手をスッと顔の右側に掲げた。瞬間、凄まじい衝撃が右腕に走り、俺はそのまま右腕を上へ引っ張るようにして上げた。福音の振るった左手を掴み、そのまま上へ。そうすれば眼前に晒されるのは無防備な腹部。

 

 

「ッ!!」

 

 

その腹部へと左拳を叩き込めば、凱龍から得た【叢雲の拳】の効果により胴体に残っていた装甲に熱が輻射され、ボコボコと沸騰するかのように膨れ上がる。エネルギーの殆どを集中させているため、熱量も桁違いだ。今接触しているのは前腕部の装甲から出来た拳のカバーのような部分だけ、そのまま俺は五本の指を開くと、その先を突き立てた。悶えるように身体を動かす福音を前に、俺はそのまま左手を真上へと動かしていく。ボコボコになった装甲を上に上にと引き裂いていきながら、俺は掴んでいた福音の左手から力が抜けていくのを感じた。

 

 

「おおおおおおッ!!」

 

 

その左手を基点に福音の身体を振り回すようにして、俺は原型を失いかけていた福音の胴体を思い切り蹴り飛ばした。最後の力も振り絞れないのか、福音は思い切りその背を岩山にぶつけると、その四肢をダラリと垂らして光と消えていった。残されたのは、気を失ってISスーツに身を包んでいる福音の操縦者だけ。

 

 

最後の攻撃を終えた伊弉諾が開いていた装甲を閉じると、ドッと疲労感が俺の全身に押し寄せてきた。PICの御蔭で空中に浮いては居られているが、今までの疲労は無くすことは出来ない。痛みも無いし出血も止まっているが、それでも俺は横になりたかった。

 

 

「終わった……ああー、クソ……」

 

 

両腕をダラリと下げ、俺は空を仰ぐ。空はもう、真っ暗になっていた。

 

 

 

 

 

帰還後、俺達を待っていたのは織斑先生の説教だった。更に俺は戦闘中に傷口を開かせてしまったのもあり、山田先生からもこってり絞られてしまった。それでも最後には二人共無事に帰って来たことを喜んでくれたのもあって、俺達は傷の手当を受けて開放された。連れて来た福音の操縦者については、織斑先生に任せた時に詳しい話は後日するという説明を受けた為、また誓約書でも書かされるのだろうと俺は思った。

 

 

それはみんなも同じように思っていたようで、一度経験のある鈴はやれやれと頬に貼られた湿布を上から指でなぞっていた。シャルロットも最初にやられたもののダメージは俺達よりも少なかったようで、ラウラとセシリアの世話を焼いてくれてる。そんな中俺が気になっていたのは、箒と一夏のことだった。

 

 

箒はまだ俺や一夏のことで負い目があるのか、処置が終わるや否や逃げるように部屋を出て行ってしまった。そして一夏も、何故か俺が福音を倒してからは思い詰めるような表情をしたまま一言も発しようとしていない。そして何故か怪我も回復していた為、奴もまた処置が終わるや否や部屋を出て行っている。

 

 

「一夏の奴、どうしちまったんだ? 援護に来た時は、まだ元気そうだったのに」

 

「拗ねてるんじゃないの? 自分が助けるつもりで態々来たのに、あんまり役にも立てないでアンタが福音を倒しちゃったもんだから」

 

「拗ねるって……そんな子供みたいな」

 

「詳しくは知らないわよ、私も。ただ、一夏は何かを守るっていうことに固執してる感じだから、自分の不甲斐無さってのを感じてるのかもしれないのかもね」

 

 

ああ、眠い眠いと欠伸をしながら寝転がった鈴を尻目に、俺は交換したばかりで動かし難い包帯だらけの身体で部屋を出た。夜風が身体を撫でて身体をブルッと震わせると、俺はそのまま自分と一夏の部屋へと歩き出す。一番酷い怪我を負っていたのは俺だったのだが、伊弉諾が痛覚を遮断していた所為か身体が何処か麻痺しているような感覚で殆ど問題無く動けた。

 

 

(けど、片目かぁ……)

 

 

唯一の問題は、無くなってしまった右目のことだった。上から巻かれた包帯を軽く指でなぞるように撫で、俺は大きなため息をついた。失明してしまったものはもうどうしようもない、諦めるしかないのだ。だが人間割り切ろうとしても割り切れないこともある。暫くは慣れない生活と周りの視線に耐える日々になるんだろう。

 

 

そう独り内心ぼやきながら自室の襖を開けると、いきなり中から飛び出してきた腕に胸元を掴まれ俺は部屋の中に引き摺りこまれた。壁に強く押し付けられ、背中の傷が痛む。痛みに顔を顰めながらも、俺は目を開いて俺を壁に押し付ける誰かを見た。部屋の電気は点いておらず薄暗いものの、相手が誰かを判断するには十分な明るさだった。

 

 

「一、夏……?」

 

 

俺を壁に押し付けていたのは、先程部屋を出て行った一夏だった。俯いていて表情は見えないが、俺を押し付ける腕の力は相当なものだ。腕を放そうとしても、びくともしない。

 

 

「……して」

 

「な、何だ?」

 

「どうしてお前なんだよ!」

 

 

ドンッ! と再び背中を強く壁に押し付けられ、俺は背中に走る痛みに意識を持っていかれそうになった。一夏は血走った目に怒りに染まった顔で俺を睨みつけている。初めてだった、一夏がこんな顔をしているのを見るのは。

 

 

「どうしてお前がみんなを守ったんだよ! 死に掛けてたくせに、無様だったくせに、俺が、俺がみんなを守らなきゃならないのに! 何でお前みたいな奴が守っちまうんだよ!」

 

「は……はぁ? おいおいおいおい、落ち着けよ一夏! 何言ってんだよおま……ぐっ」

 

「ふざけんな、ふざんけんなよ京介……。俺が守らなきゃ、みんなを守らなきゃダメなんだよ、それを……お前がぁ!」

 

 

グッと俺の胸倉を掴んでいた一夏の手が首に掛けられた途端、俺は咄嗟に一夏の股間を思い切り蹴り上げていた。嫌な感触が足に広がったが気にしている場合じゃない。そのまま股間を押さえて俺から離れる一夏の頭を掴んで、顎を横から殴り抜く。脳が揺れたのか一夏はそのまま倒れ込み、気を失ったようだった。

 

 

「何だったんだ、こいつ……」

 

 

今起こったばかりの出来事を信じられず、俺は暫くの間呆然とするしかなかった。だが途中で一夏が小さく呻きながら身を捩らせるのを見て、すぐに奴を布団でグルグル巻きにして床に転がした。目が覚めてまたすぐに襲い掛かられても、困る。

 

 

「俺が守らなきゃって、何訳の分からないこと……。壁にでも喋ってろよ、そんなことは」

 

 

言い知れぬ不安を覚えつつも、俺は一夏に背を向けるようにして自分の布団に入り込んだ。壁に押し付けられた背中が僅かに痛むも、戦闘の疲労もあって俺の意識はすぐに消失していった。翌日の朝目が覚めると一夏は既に起きていて、昨晩のことは何も覚えていないようだった。何故布団に包まれていたのかと首を傾げる一夏に若干イラついたものの、あれは疲れてどうかしてしまっていたのだろうと自分を納得させて、何も知らないと返事を返した。そしてそれからの流れは早いもので、傷だらけの俺達七人は他の一般生徒達に連続で質問をぶつけられながらも、気付いた時には朝食を終えて帰宅する準備も終えたところだった。

 

 

俺は昨晩のこともあって、一夏から距離を取るように行動していた。荷物も纏め終えればすぐに部屋を出て、バスに乗り込む時も奴を先に乗らせてセシリアを嗾ける。上機嫌にバスの中へと消えて行ったセシリアを見送ってから一人荷物を預けてバスに乗り込むと、すぐに隣の席が埋まった。嗅ぎ慣れた良い匂い、視界の隅に映り右手を撫でる毛先。見なくても分かる、箒だ。

 

 

「よう」

 

 

「ああ」

 

 

短く言葉を交したものの、それからバスが発車しても学園に着いても俺と箒が言葉を発することは無かった。今は交さなくても良い、また全てが落ち着けば喋れる時が来る。そんな想いが俺の胸のうちにはあった。バスに乗っている間に繋いでいた手の感覚が、そう思わせてくれたから。

 

 

 

 

だが世界は、俺が思っているより優しいものではなかった。

 

 

 

 

 

学園に帰って早々、俺は保健室で一週間程の入院扱いとなった。怪我の治療や回復に専念する為だ。右目が見えなくなったこと以外に大きな障害も無く、時折見舞いにやってくる鈴達との会話を楽しみにしていれば、既に六日が過ぎていた。明日が終われば退院となり、俺は学園に復帰出来る。

 

 

「案外早いもんだよなぁ一週間って言うのも。明日で終わりだぜ? これなら自分の部屋で寝てても良かったよ」

 

 

ベッドに寝転がり、両手を後頭部で組んでいた俺の言葉に、枕元に座っていた箒がクスクスと笑った。入院六日目にして漸く、彼女は見舞いの林檎を持って俺のところにやって来てくれた。それが嬉しくて、俺は少し浮かれていた。理由は分からないが、ただ彼女が傍に居ると気分が良くなるのは確かだ。

 

 

「何を言っている、もしもの事を考えればここが一番良いはずだ。お前を一人にしておくと、何を仕出かすか分からんからな」

 

「ひっどいの。信用ないのね、俺ってば」

 

「そうは言っていないだろう。それにお前の部屋だと、どうも訪ね難いからな」

 

 

手の中にある林檎の皮を果物ナイフで剥きながら、箒はそう呟いた。ばっちり聞こえてはいたものの、俺は敢えてその言葉に反応しなかった。

 

 

「そういや、銀の福音の件は一体どうなった?」

 

「織斑先生からはまだ何も。そろそろ何かあるだろうと山田先生が仰っていたのだがな」

 

「そっか」

 

 

紙皿に載せられた切り分けられた林檎を手づかみで一つ取り頬張ると、箒はすぐに呆れたような表情を浮かべながら残っている林檎の一つに爪楊枝を突き立てた。紙皿を俺に手渡した箒は一度窓の外に視線を向けてから、不意に表情を曇らせる。

 

 

「どうした?」

 

「え? あ、ああ、何でもない。……いや、何でもなくはないか」

 

「ん?」

 

 

首を傾げる俺に箒が打ち明けて来たのは、最近一夏の様子がおかしいという話だった。福音との戦いを終えて学園に帰り、俺が入院となってから時折乱暴な素振りを見せるようになったという。鈴に冗談交じりで弱い等とからかわれた際には本気で怒ったようで、初めて鈴が涙目になったところを見たという。あの夜の一夏と似ている。箒の話を聞いた俺はすぐにそう思った。あの夜も、一夏はやけに暴力的でおかしかった。

 

 

「一夏の奴、一体どうしてしまったというのか。最近は向上心というより、嫉妬や妬みのようなものを感じるのだ。一夏には無縁のようなものだというのに」

 

 

「福音の件で色々あって疲れてるんだろう。変に刺激しない方が良いぜ、アイツもアイツで思うところがあるだろうしな。すぐに元に戻るって」

 

 

違和感を拭いきれない様子の箒だったが、すぐに「そうだな」と自分を無理矢理納得させたようだった。俺としても、その話題に関してはあまり関わりたくは無かった。すると、突然ガチャッと保健室のドアが開かれる。

 

 

「おっと、先客がいたか」

 

 

現れたのは、織斑先生だった。何時もと同じ黒いスーツに身を包み、手には紙の入ったクリアファイルを持っている。先生は箒と俺の顔をそれぞれ一瞥してから、再び口を開いた。

 

 

「悪いが篠ノ之、少し席を外してくれるか。浦城と話さねばならないことがある」

 

「え? は、はい、分かりました。ではな、京介」

 

「おう、また学校で」

 

 

軽く手を上げて彼女を見送ると、さっきまで箒が座っていた椅子に織斑先生がドカッと座り込んだ。その時俺は何故か、先生がイラついているように感じた。だがすぐに何時もの様子に戻った為、俺は気のせいかと頭からその考えを捨て去った。

 

 

「それで話って何ですか、織斑先生」

 

 

「ああ、まずこれを渡しておく。お前の所属企業からの伊弉諾に関する報告書だ」

 

 

そう言って手渡されたクリアファイルの中から紙を取り出すと、確かにそれには伊弉諾に関する詳細が記されていた。半分は既に知っている内容で、もう半分は俺も知らないものだった。

 

 

「後でじっくり読むといい。時間も掛かることだしな」

 

 

「ありがとうございます、先生」

 

 

書類をクリアファイルに戻しベッドテーブルの上に置くと、織斑先生は急に立ち上がって窓際へと向かった。何故かブラインドを下ろして、部屋を薄暗くする。

 

 

「先生?」

 

 

突然のことに首を傾げていると、ふとベッドテーブル上に置いていた紙皿に視線が向いた。特に何の考えもなく、ただ自然に。紙皿の上にはまだ食べていない林檎が残っていて、その内の一つに爪楊枝が刺さったままになっている。そしてその横には箒が使っていた果物ナイフが------無かった。

 

 

「っ!?」

 

 

刹那、背後から殺気のようなプレッシャーを感じ、俺はベッドから転がり落ちるようにして飛び降りた。遅れてドスッという鈍い音が響き、振り返れば織斑先生が手にした果物ナイフをベッドの上に突き立てていた。

 

 

「な、何を、何をしてるんですかアンタは!?」

 

 

「下手に動くな。死ぬのが辛くなるぞ」

 

 

冷たく刺すような視線を俺に向ける織斑先生は、まるで別人のようだった。果物ナイフを構え、ゆっくりとこちらに近づいてくる。その全身から発せられる殺意に、俺は全く身体を動かすことが出来なかった。いや、正確には動(・)く(・)こ(・)と(・)が(・)出(・)来(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。まるでA(・)I(・)C(・)に掛かっているかのように。

 

 

一瞬俺は左手にある待機状態の伊弉諾を一瞥するも、福音との戦いで色々とコアを弄くったりダメージを受けた愛機は自動回復中で使えない状態であった。ゆっくり、ゆっくりと織斑先生は俺に向かって歩み寄ってくる。手の中で果物ナイフをクルクルと回しながら。

 

 

そして織斑先生はまるでゴミでも見るかのような目つきで俺を見下ろすと、胸倉を掴んで思い切り壁に叩き付けた。衝撃で背中が痛み、思わず肺から空気が吐き出される。そして続けざまに、俺の腹に果物ナイフが突き刺さった。激痛が走るも、一瞬うっとした声が出ただけで叫び声を上げることが出来ない。俺の口を押さえるようにしながら壁に押し付けてくる織斑先生の顔は近く、その冷たい視線が恐ろしい。

 

 

「本当なら監視するだけに留めておこうかと思っていたのだがな、お前はやり過ぎた。私と一夏の邪魔になってしまうのならば、もういらない存在だ」

 

 

腹に刺さった果物ナイフがグリグリと動かされ、痛みと血が溢れている感覚が腹部を突き抜ける。逆流してきた血が口にまで上がってきて、手で塞がれた唇から赤い液体が噴出す。血で汚れたというのに、織斑先生は歪な笑みを浮かべていた。

 

 

「ふふふ、何が起こっているのか分からない様子だな。良し、最後の授業だ。心して聞け」

 

 

織斑先生は突然そう口走ると、ニタァ……と口の端を歪めた。悪魔にでも乗り移られたかのような、初めて見るその表情から俺は視線を逸らせなかった。傷が痛み、腹部や口の周りに生暖かい嫌な感触が広がっている。

 

 

「伊弉諾は私と束の計画にとって、最も邪魔な存在となり得る存在だった。封印しあのまま凱龍とかいう二流の機体のままでいれば良かったものを、お前が目覚めさせ、今回の事件で進化させてしまった。そうなると後々お前は我々の前に立ち塞がることになる。だからここで殺す、邪魔になる前に」

 

 

束とは、篠ノ之束のことだろうか。計画とは、一体何のことなのか。疑問が痛みと交じり合って脳内を駆け巡り、俺は混乱の極みに達していた。グッと織斑先生に顎を上げられた俺は、そこで更に苦痛に顔を歪ませる。織斑先生のナイフを持つ手が、ゆっくりと動き出した。

 

 

「殺すついでだ、全て教えてやろう。我々の計画も、何もかも」

 

 

グッと果物ナイフが少しずつ横に動かされ、俺は全身を震えさせた。痛みが痛みと認識出来ず、声一つ出せない。初めて感じる、福音との戦いですら感じなかった死の恐怖が全身を支配していた。

 

 

「楽(・)園(・)を創るんだよ、我々だけの楽園をな。私にとっても束にとっても、自分達の大切な弟妹以外は必要無い。世界には我々四人だけいれば良い、だから他の人類を皆抹殺し、新たに生まれる命を支配し、服従させる。全ては一夏の為に、束は妹の為に。至極単純な理由だろう? 我々は本気だ、それを実現する力もある! ISを自由に開発出来る束に、世界最強の私。誰も勝てない、計画にすら気づかない。何も知らずに世界は死んでいく」

 

 

ジワァ……と、下半身がズボンごと濡れていく嫌な感触が広がっていく。織斑先生も気付いたのか、俺の下半身を一瞥したかと思えば小さく鼻で笑う。そしてそのまま、果物ナイフを一度抜いていった。引き抜かれたことで一瞬身体がビクッと震え、血と小便で汚れたズボンが徐々に重みを増していく。

 

 

「何だ、血を吐いて小便を垂れ流すのに涙は流さないのか。本当に面白い奴だな、お前は。ならもう少し面白い話をしてやろう」

 

 

果物ナイフの先端で俺の濡れた股間を撫でるようにした後、織斑先生は再び、更に強く俺の腹にそれを突き立てた。更なる激痛が走り、大量の血が口に回ってくる。ガクガクと足が震え、寒さがやって来た。出掛かった悲鳴は、手で防がれて外へ出ることは無い。

 

 

「お前の姉……確か浦城夏希か、名前なぞどうでも良いが。あれが死んだ四年前の事故、本当のことを言えばあれは事故では無い。私(・)と(・)束(・)が(・)殺(・)し(・)た(・)の(・)だ(・)。機体に細工をし、奴が死ぬように仕向けた。結果はお前も知っているように大成功だったな。つまり私と束は、お前の姉の仇ということになる。どうだ、驚いたか?」

 

 

次第に掠れていった俺の意識を、その楽しそうに放たれた言葉が一気に現実に引き摺り戻した。姉さんを殺した? 織斑千冬と篠ノ之束が? 目の前にいるこの女が? 俺の姉さんを、たった一人の家族を? 殺した?

 

 

「おっ、やっと泣いたな。そうだ、その顔が見たかった。何時も能天気に澄ました顔をしていけ好かないと思っていたんだ。これで漸く------っ!」

 

 

目の前にいる織(・)斑(・)千(・)冬(・)が、僅かに表情を歪めて俺の口から手を離した。俺が噛み付いたからだ。そのまま噛み付かれた手で奴は俺の頬を殴ったが、俺はそのまま腹にナイフを突き立てている奴の手を両手で掴み、それをゆっくりと引き抜こうとした。抜けていく力を必死に押し留めながら、奴の腕を絞め殺すように。

 

 

「手前が、姉さんを……! 手前らが姉さんを、殺したのか……!」

 

「そうだ、奴は我々の計画に気付いていた。気付いていて伊弉諾を我々に対抗する切り札にしようとしていた、だから殺した! 邪魔だったのだからな! その結果伊弉諾は封印され、我々の計画を知る者はいなくなった。全く、お前が伊弉諾を目覚めさせなければこんな茶番を起さなくても済んだのだがな!」

 

「手前、殺して、殺してやるっ! 俺が必ず、必ず復讐してやる……! 姉さんの仇だっ!お前も、篠ノ之束も、俺が必ず殺す!」

 

「ああ、やってみろ。やってみせろ! だが、お前には無理だ」

 

「殺してやる、殺してやるっ……! 絶対、絶対、手前を------」

 

 

一閃。腹部を真横に切り裂かれた俺はそのまま胸と首も同様に切り裂かれ、吸い込まれるように床に倒れ込んだ。鮮血が噴出していくのが視界に映る。生暖かい血が身体の下に広がっていき、グッと頭を踏まれる。目の前が霞んでいく中、真上から奴の声が響いた。

 

 

「殺せるものなら殺してみるが良い、死人に何が出来るかは知らないがな。まあ安心するが良い、すぐにお前の友人達も送ってやる。誰から最初に送ってやろうか、ボーデヴィッヒか? そうだ、アイツにしよう。奴め、一夏の顔を叩くなどと……VTシステムの暴走時に殺しておけば良かった……全く……」

 

 

カランという音と共に目の前に血でべっとりと赤く染まった果物ナイフが落ちてくると、鼻をつんと突くガソリンの臭いがした。そして頭を踏まれていた感覚が無くなっていき、これは手足の感覚が徐々に失われていくのと同じ感覚なのだろうかと思う中で、視界の端で煌く何かが映り込む。それが炎なのかとボンヤリとした思考で考える俺の耳に最後に響いたのは、織斑千冬の邪悪な笑い声だった。

 

 

「まあ、最後には束も妹もまとめて始末してやるがな。一夏には私だけがいれば良い、あんな得体の知れない姉妹なぞ何時までも近くに置いておけるか。ふふふふ、はははははは!」

 

 

次第に遠ざかっていく声と比例して、熱量を持った輝きが視界の向こうに広がっていく。そしてゆっくりと目の前に広がっていった黄金の輝きに飲み込まれ、俺は意識を失った。

 

 

「……う……き」

 

 

 

 

 

 

夜、IS学園の保健室からの謎の出火事件により、全ての生徒は寮での自室待機が命令されていた。一部の教師達が消防や警察と共に厳重な警戒態勢を強いており、外部から混乱に乗じて侵入するのは不可能な状況を作り上げている。

 

 

そんな中、織斑千冬は一人薄ら笑いを浮かべながら中庭を歩いていた。現場での指揮を山田真耶に任せた彼女は、達成感に浸りたかったのだ。遂に目下最大の障害となり得たものを消すことが出来た、それが彼女にとって最も喜ばしいことだった。織斑千冬にとって、世界とは弟の一夏のことである。一夏が居なければ、親友の篠ノ之束がそうであるように、世界になぞ何の興味も無い。ただ一夏がそこに存在しているから、それを維持する世界が必要だったのだ。だがその世界ももう、新しく作り変えることが可能になった。そうすれば大事な弟を惑わせる英国人の淫売も、規則違反を犯してISで一夏の命を狙う中国人の猿も、会社の道具として一夏の身辺を探ろうとした嫌らしい妾の子も、指導してやったというのに一番大切なものを壊そうとした出来損ないの試験管ベビーも、全て消し去ることが出来る。

 

 

一夏には私が必要で、私には一夏が必要なのだ。

 

 

(そうだ、そして新しい世界には束もあの古臭い妹も必要無い。新しい世界が完成するのを見届けてから、殺してやる。ふふ、ふふふふ)

 

 

アダムとイヴ、一夏と私。歪んだ愛情が千冬の全てを構成している。かつて生まれたばかりの一夏に手を上げた両親をその手(・)に(・)掛(・)け(・)て(・)から、ずっと。

 

 

そんな邪な考えを浮かべていた千冬の前に、一人の少女が立ち塞がった。少女はIS学園の制服に身を包み、口元を開いた扇子で隠している。その姿を見るなり、千冬は険悪な表情を浮かべるも、すぐに何時ものような無表情に近い表情へと戻った。

 

 

「……生徒は全て自室待機だと命令したはずだが? 更識生徒会長」

 

 

「ええ、ですが個人的に織斑先生とお話がしたかったもので。宜しいでしょう? 今ここには私達二人しかいませんので」

 

 

IS学園生徒会会長・更識楯無。IS学園最強の名を欲しいままにしている二年生であり、自由国籍権としてロシアの代表を勤めている。そして一つ下の妹が、日本代表候補生として学園に入学している。最も千冬にとってその情報は全く必要の無いものなのだったが、一夏の白式を開発した倉持技研がその妹とやらのISも開発していたようなので、圧力を掛けて白式のみに注力させるようにしたのだ。千冬が考える素振りを見せていると、その容姿端麗という言葉を体言するかのような見た目の楯無は、扇子をぱちんと閉じて口を開いた。

 

 

「今回の出火事件で哀しくも、一人の生徒が犠牲になりました。浦城京介、焼死体も発見されています」

 

「その情報は……。まあいい、で、それがどうかしたか?」

 

「やけに冷たい言い方をするんですね、ご自分のクラスの生徒だと言うのに」

 

「そうかな、そう見えるか。……これでも結構堪えているんだ。まさかアイツがあんな無残な死に方をするなんてな、今でも信じられんよ」

 

 

わざとらしく髪を掻き上げる仕草をする千冬を前に、楯無は再び扇子を開いて口元を隠した。扇子の面には、【邪悪】の二文字が何時の間にか描かれている。

 

 

「その浦城君の焼死体は酷く焼けていて、身元確認が不可能だそうですね。そして現場からは、血だらけの果物ナイフが発見されました」

 

 

果物ナイフ、その言葉に千冬が一瞬、それも常人では確実に気付かないように反応したのを、楯無は見逃さなかった。そのまま彼女は、言葉を続ける。

 

 

「何とかナイフに付着していた血液が浦城君のものと判明したそうですが、遺体には何処にも切創や刺創の類は無かったそうです。何故彼の血がそんなにベッタリとついていたのでしょうか、何処にも傷なんかないのに」

 

「何……?」

 

「まあ焼けてしまったことで傷口が無くなってしまった……なんて、有り得ない話ではないでしょうから何とも言えませんが。織斑先生としては幾分気が楽になるのではないでしょうか?」

 

「……そうだな。話はもう終わりか? いくら生徒会長といえど、これ以上は------」

 

「勿論、部屋に戻ります。ですが最後に、一つだけお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

「何だ」

 

 

イラついた様子の千冬に楯無はクスッと笑い、底冷えするような、聞く者全てに威圧感を与えるような低い声でこ(・)う(・)問うた。

 

 

「白鷺アキラという名に……聞き覚えは?」

 

 

一瞬、二人の間に張り詰めた空気が漂った。だがすぐにそれは千冬のため息によって弛緩する。千冬は再び髪を掻き上げると、頭を左右に振ってみせた。そんなものは知らないとでも言うように。

 

 

「残念だが知らないな。白鷺か、珍しい苗字だとは思うが……そんな子(・)供(・)のことは聞いたこともない」

 

「そうですか……すみません、突然こんなことをお聞きして。では私は部屋に戻ります、織斑先生」

 

「ああ、気をつけてな。今回のことは見なかったことにしておいてやる」

 

「どうも」

 

 

一礼した後、楯無は踵を返して中庭を後にした。初めは歩きながらも扇子で口元を隠していた楯無だったが、やがてそれを強く閉じるとギリッという音が鳴るほど歯を喰いしばり始めた。その目は怒りに染まっており、まるで親の仇でも見つけたかのようだった。憤怒の感情を曝け出し始めた楯無は、足早に寮の自室へと戻る。そして部屋に入りドアを閉めるなり、自らの拳を強く壁に叩き付けた。そして、大きく口を開けてまるで獣のように彼女は呻く。

 

 

「う、うううぅぅぅう! ううううああああっ! やっぱり、やっぱりアイツだった! あの時のISは、アイツだったんだ! 漸く確信したよ、浦城京介を殺害したのも……アキラ君をあんな目に合わせたのも! 全部! アイツだった……アイツだったんだ……うっ、うう……あああああッッ!!」

 

 

大声を出したかと思えばそのまま膝から崩れ落ち、楯無は嗚咽を洩らした。大粒の涙を流しながら壁に背を預け、彼女は懐から一枚の写真を取り出した。半分程血で染まり、ボロボロになってしまっているその写真には一組の男女が写されている。一人は更識楯無その人であり、彼女は写真に写るもう一人の少年の背に寄り掛かっていた。その少年の姿は、血で隠されている。その血で隠された少年を見つめる楯無の目は、まるで恋人を見つめているかのようだった。彼女はすぐに写真を懐へとしまい直すと、グッと胸の上で拳を握り込む。

 

 

「必ず私が罪を償わせてあげるから。覚悟していなさい、織斑千冬……!」

 

 

一人の少女の憎悪が燃え上がり、今巨大な復讐の鬼となった。人間はそれぞれがそれぞれの思惑を持ち、我侭を唱え、それを叶えようとする。そして幾多の人々の想いは交錯し、交じり合い、そして分離していく。

 

 

 

破滅への序曲は、ゆっくりと始まろうとしていた。

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