※この作品はR-18です。

インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET-   作:REDALERT

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今回よりR-18設定となります、ご了承下さい。


慰めの関係

俺の叫びが虚空へと消えていくと、スッとスコールさんの手が俺の肩から離れて行った。

 

 

「そう、それが貴方の決断なのね。なら私は何も言わないわ、それを受け入れて背中を押してあげることしか出来ない」

 

 

「それで十分なんです、スコールさん。貴女が居なければ、俺はあの病室で呪いを吐きながら死んでいく道しか無かった。真実を突きつけられて、混乱して、無様に死んでいくなんて嫌だった。それが生き延びて、未来を選ぶ権利を与えられた。こんなに嬉しいことはないんです」

 

 

グッと両腕に力を込めて、俺は車椅子から立ち上がった。僅かに震える足に渇を入れて、青空を仰ぐ。両腕を天に伸ばせば、左手に付けた待機状態の伊弉諾が視界に映りこむ。切り札はまだ残っている。奴らが必ず邪魔になると恐怖していた伊弉諾は、まだ俺が持っている。

 

 

「俺は生きてる、生きてるんだぞ! 手前らにとって邪魔な伊弉諾を持ったままなぁ! どうだっ! ざまあみやがれ!! うあああああああッ!!」

 

 

思い切り叫び飛ばすと、少しだけ気分が軽くなったような気がした。背後からスコールさんがクスクスと笑う声が聞こえてきて、俺も少し笑いながら振り向いた。そして気付く。スコールさんの遥か後ろ、船への出入り口の部分に一人の少女が立っていることに。彼女は黒いマントのようなもので身体を隠しているが、頭は剥き出しだった。その顔は歪な笑みを浮かべていて、短い黒髪が風に靡いている。

 

 

「スコールッ! 止めて、早く!」

 

 

と、頭上からスピーカー越しにマリーダの声が響いた。俺の表情の変化とその叫びで漸くスコールさんも背後へ振り向く。そして少女の姿を見るや否や、叫んだ。

 

 

「やめなさい! マドカッ!」

 

 

そして同時に、謎の少女------織(・)斑(・)千(・)冬(・)に(・)そ(・)っ(・)く(・)り(・)な(・)そ(・)の(・)女(・)はその身を白く輝く粒子で覆い隠した。現れたのはシルバーと黒を基調としたカラーリングの、ひし形のカメラレンズに独特の形状をした頭部を持つ全身装甲のISだった。両肩には大型の物理シールドがそれぞれ装着されていて、首を挟むように左右それぞれに六本の銃身を持つガトリング砲が伸びている。腰にも長方形状のテール・ユニットが付いており、武器か何かのようだった。

 

 

そのISはスッと構えると、その両肩のガトリング砲の砲門を俺へと向けた。刹那、計十二門からビームが連続で放たれ、同時に俺の身体はスコールさんによって空中に投げ飛ばされていた。右手の先から黄金に輝くバリアーのようなものを張っていたスコールさんはそのビームを受けきると、そのまま右足を軸に身体を回転させ、バリアーを黄金の鞭のようなものに変えて右手から謎のISに向けて伸ばす。

 

 

その鞭を謎のISは飛んで避けると、再びその砲門を俺の方へと向けた。撃たれる、そう思った瞬間俺の左手から黒い粒子が放出される。粒子は竜巻のように俺の身体を覆い隠せば、飛来するビームを弾いた。そして懐かしいカーボンブラックの装甲が俺の身体を覆うと、俺はグッと拳を握り締める。翼を開き、エネルギーが全身を満たしていく。千冬(奴)にやられた時とは違い、今はもう動けるようだ。ならば。

 

 

「伊弉諾、最初から全力だ! 殲滅形態で行くぞ!」

 

 

【了解。総エネルギー数87%、伊弉諾、殲滅形態へ移行】

 

 

装甲に亀裂のような模様が走り、そこからエメラルドグリーンの光が漏れていく。謎のISが再びガトリングからビームを放ってくるも、正面に閉じた翼がそれを防ぐ。俺はそのまま飛翔すると、一気に機体を加速させて謎のISへ肉薄した。

 

 

「何者だよ……手前は!!」

 

 

振りかぶった左拳がその腹部に突き刺さり、同時に伊弉諾の装甲が亀裂に沿って一気に展開されていく。光と共に黒い粒子が周囲に撒き散らされ、両拳が腕部装甲が変形したカバーに覆われる。そしてその右拳で、敵の顎を殴り上げた。仰け反るように上体を反らすISの頭部を両手で掴み、そのまま引き寄せると同時に膝を顔面のカメラ部分に叩きつける。上空へと吹き飛んでいく敵を追いかけて捕まえれば、俺はその敵に向けて叫んだ。

 

 

「手前は俺の敵なのかよ!」

 

 

一瞬だけ見えた織斑千冬に似た顔が脳裏にちらつく。それだけで腸が煮えくり返り、全身に力が漲り、形容し難い怒りが込み上げてくる。首元を覆う装甲を引き千切り、肩のシールドもガトリングも無理矢理外してへし折る。そしてグッと右手で剥き出しになった生身の首を掴むと、謎のISはジタバタと足を動かし始めた。両手は俺の右手を引き剥がそうとしていて、動かしている足はどうこうなるものでもない。

 

 

と、腰に付けられていた長方形状のテール・ユニットがふいに展開した。そこから上空に向けて十二個の板状の何かが打ち上げられる。あれは------そう、ビ(・)ッ(・)ト(・)だ。十二個のビットは空中でその身を反転させ、一斉に砲門部分を俺へと向けてくる。どうやら首を絞められながらでもあれだけのビットを同時に操作出来る程、千冬似の女は余裕があるらしい。

 

 

「ふっ!」

 

 

そこから緑色のレーザーが放たれると同時、俺は謎のISの首を右手で絞めたまま機体を反転させ、開いた翼でその光を防いだ。そのままゆっくりと右手に力を込めていくと、謎のISの暴れ方がより激しくなっていく。流石に限界が近いのだろうか。そう思っていると、先程見たばかりの黄金の鞭が謎のISの身体をグルグル巻きにして固定した。そしてスコールさんの声が俺の耳朶を打つ。

 

 

「そこまでよ、京介君。もう止めておきなさい」

 

「……敵じゃないんですか、コイツは」

 

「そうよ、敵じゃないの。詳しい話は追々していくとして、まずは帰ってらっしゃい」

 

 

甲板上からゆうに数百メートルは離れているというのに、スコールさんはその甲板上からここまで鞭を伸ばしてきていた。最初に見た時から黄金の何かは彼女のISのものなのだろうと予想はついていたが、ここまで凄いものとは思わなかった。首から手を離すと、黄金の鞭で身体を固定された謎のISはそのまま甲板上まで引っ張られていく。その甲板上では、走って降りて来たのか肩で息をしているマリーダの姿もある。俺も伊弉諾の殲滅形態を解除すると、そのままヴァリアントの甲板へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

「何を考えているの、貴女は!」

 

 

甲板に戻るなり俺の耳に届いたのは、スコールさんが千冬似の少女の頬を叩く音だった。千冬似の少女は俺とほぼ同年代のようだったが、それにしてもよく似ている。叩かれた頬に手を当てて、彼女は何かを言いたそうにしながら説教するスコールさんを見上げていた。

 

 

「なあ、マリーダ」

 

 

その様子を眺めながら、俺は何故か隣で寄り添うように立っていたマリーダに声を掛けた。彼女は最初に見た時と服装が違い、今は黒いキャスケット帽とかいうものを被っている。声を掛けられた彼女は、首を傾げながら俺の方へ顔を向けた。

 

 

「なあに?」

 

「あの、織斑千冬に似た女の子、一体誰なんだ? どうしてあんなにもアイツに似てるんだ、あの子は」

 

「あの子はね、マドカって言うの。織斑マドカ」

 

「織斑……じゃあアイツは……!」

 

 

グッと握り込んだ俺の拳に、マリーダはそっと自分の両手を重ねて解いてきた。そして俺に向かって頭を振って、やめてとでも言うような視線を向けてくる。

 

 

「待って! あの子は違うの、あの二人とは関係無い。あの子も京介みたいに、あの二人に人生を狂わされたようなものなの、だからあの子を憎しみの目で見ないであげて。京介」

 

「けどよ、あんなに似てるんじゃ……嫌でも思い出すに決まってるじゃないか!」

 

「分かってる、私もそれは分かってる! けどあの子は、あの子はね、織斑千冬の……あの女の------」

 

「クローン人間だ」

 

「ッ!?」

 

 

マリーダの言葉を遮るように、突然織斑マドカが口を開いた。スコールさんも神妙な面持ちで彼女を見つめていて、マドカはゆっくりと俺に歩み寄ってきた。近くで見れば見る程、織斑千冬に似ていることが分かる。いや、というよりも------。

 

 

「クローン、だって?」

 

「ああ、そうだ。私は織斑千冬(ねえさん)の細胞から生み出されたクローン人間だ。つまり私は、貴様が憎んでいる織斑千冬その人ということになる」

 

「マドカ……!」

 

 

間に入ろうとしたマリーダを片手で制すると、マドカはジッと俺の顔を見上げてきた。俺も不思議とその仇に似ているはずの顔から目が逸らせず、やがてマドカが口を開く。

 

 

「貴様もあの人に良く似ている。本当にあの人の弟なのだな」

 

「あの人……姉さんかよ、何でお前まで知ってるんだ」

 

「私をあの二人から助け出してくれたのが、あの人だからだ。私だけではない、そこにいるマリーダもかつてあの人の命を救われている」

 

 

その言葉に、俺の頭の中は真っ白になった。俺の知らないところで、俺の姉さんは一体どれ程危険なことをやってきたのだろうか。

 

 

「あの人は何時もお前のことを私達に話してくれた。可愛い弟だと、たった一人の家族だからと。……だから自分のやっていることの全てを教える訳にはいかないともな」

 

 

「それで……?」

 

 

声が震える。

 

 

「あの人と同じ道……いや、それよりも険しい道を行こうとしているのなら、貴様の実力を知りたいと思ったから攻撃した。……だがやはり、伊弉諾とは怖いものだな。手も足も出なかった」

 

 

「何で、お前が……」

 

 

脳裏に姉さんの笑みが浮かび、消えていく。

 

 

「あの人は私の恩人だ。その家族が危険なことをしようとしているのなら、それを止めるか全力でサポートしなければならない。それが義務なのだ」

 

「マドカ……」

 

「私を仇と同じ顔として見るのは構わない。だがそれでも、私がお前の敵になることは無いというのを伝えておく」

 

 

それだけ言って、マドカはスコールさんに連れられて行った。そして残された俺を労わるように、マリーダの腕が背後から俺の首に回される。過度な触れ合いだと思ってはいても、その暖かというものを振り払える程俺は強くなかった。脳裏に千冬に刺された時の状況が思い返されながら、その腕に自分の手を重ね、俺は少しずつ言葉を紡いでいく。

 

 

「姉さんに、命を救われたんだってな……お前も」

 

「……うん。ずっと昔にね、住んでた家にマドカが逃げ込んできたの。追われている、助けてくれってね。パパもママもすぐにマドカを私と一緒に地下の倉庫に隠して、警察を呼んでくるって出て行ったの。あの時は……まだ私も10歳にもなってなかったかな、だから一日経ってもパパとママが帰って来ない理由が分からなかった。不思議に思って怖がるマドカを引っ張って倉庫から出てみれば……」

 

「みれば……って、まさか」

 

 

ギュッと首に回された腕の力が強まる。マリーダの身体が震えているのを、背中で感じた。脳裏を駆ける嫌な記憶が、少しだけ和らいでいく。だがまだ、不十分。

 

 

「ママはリビングから玄関に通じる廊下の真ん中で、額を撃ち抜かれて死んでいた。見開かれてた目がじっとこっちを見つめていて……凄く怖かったよ。そしてパパも、玄関から出たすぐそこで身体中を穴だらけにされてた。頭も破裂したみたいで、今も目に焼きついてる」

 

「それから……?」

 

「一日経ったとは言っても、まだ早朝で辺りも暗かったの。だから私もマドカも私(・)達(・)の(・)家(・)からそいつが出てくるのに気付くのが遅れてしまった。あの頭に兎の耳をつけたふざけた女に」

 

 

兎の耳をつけた女……臨海学校の途中、一夏達から聞いた覚えがある。篠ノ之束の外見は、兎の耳に青いドレスを着たおかしな服装であったと。ということは、その女は------。

 

 

「あのふざけた服装に、ふざけた兎の耳。昔からあの格好だったなんて、趣味悪いわよ本当……篠ノ之束は」

 

「やっぱりそうか……。それで、家から奴が出てきて……お前らはどうなったんだ?」

 

「私を殺して、マドカを連れ去ろうとしたの。けどその前に夏希さんが警察を連れてやってきた。銃声が聞こえたって言うんで無理矢理引っ張ってきたらしいわ、それで奴は逃げ、私とマドカは秘密裏に夏希さんに保護されて亡国機業の保護下に入った。それが夏希さんやマドカとの馴れ初めで、マドカが自分の秘密を喋ってくれたのは数年先の、二人同時に亡国機業の一員になるのを決めた時だったわ。自分の所為で私の両親が死んでしまったって、ずっと後悔してたみたいだから……」

 

 

マリーダがすっと腕を解いて俺から離れていくと、彼女はこっちを向いてと俺を呼んだ。振り返れば、どこかすっきりとした表情を浮かべたマリーダが俺を見つめていた。そして彼女は、自分が被っていた黒い帽子を指で示す。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「このキャスケット帽ね、昔夏希さんが被ってたものなんだ。ねえ、似合ってるかな、私」

 

「……その帽子を姉さんが被ってたところ、俺は見たことないけど……似合ってるよ」

 

「うん、ありがと。ごめんね、外寒いのに勝手に話込んじゃって。中、戻ろっか」

 

 

心にしこりのようなものを残されてから、俺はマリーダに連れられてヴァリアント内の医務室へと戻った。その時初めて気付いたのが、今がまだ時間が朝の九時にもなっていないことだった。ドサッとベッドに座り込み、軽く戦闘をこなした疲れもあってか俺はそのまま寝転がる。するとベッドの縁にマリーダが腰掛けて、俺の前髪をその手で軽く梳いてきた。ひんやりとした指の感覚が額に当たって心地良かったのだが、最初に目覚めた時から俺はマリーダに関して疑問に思っていることがあった。額に触れる彼女の手を掴んで、俺は問う。

 

 

「なあ、マリーダ。お前もあの織斑マドカも昔姉さんに助けられて恩があるってのは分かったよ、だけど、それにしたってお前が俺にここまでべったりと言うか……その理由は何なんだ? 正直、スコールさんみたいに前から知ってる人なら兎も角------」

 

 

「女の人が怖い? あんなことされたばかりだと」

 

 

言葉を遮るや否や、マリーダは俺の身体に覆い被さってきた。垂れた髪が鼻先を擽るも、その細い両腕で押さえられた俺の身体は全く動かせない。見た目とは違って、凄い力だった。

 

 

「お前、いきなり何をっ!?」

 

「ねえ、答えて?」

 

「っ……そりゃあ、信頼していた人にあんな裏切り方をされたんだぞ! 全部がそうじゃないってのは分かってるつもりだけど、それでも怖いものは怖いんだよ! 俺だって信頼したいけどな、すぐに誰かに何もかも曝け出せる程俺は------ッ!?」

 

 

すっとマリーダの顔が降りてくると、そのまま彼女の唇が俺の唇に重ねられた。黒い帽子がずれてマリーダの頭から落ちていき、乱れた栗色の髪の一本一本が鮮やかに映る。僅かに開いていた唇の合間からマリーダの舌が捻じ込まれると、俺の頭は思考を停止した。舌同士が絡み合い、マリーダが何かを求めてくるように身体を抱きしめてくる。それに対して俺も自由になった両手を彼女の頬に添えると、一度顔を離させてからまた舌を絡ませにいった。

 

 

互いの口の端から鈍く光る液体が垂れていく程まで舌を絡ませあうと、息も上がって頬を紅潮させたマリーダが俺の胸板に縋りつくように額を押し付けてくる。同じように息が上がっていた俺はその長い髪を手で梳くと、マリーダはギュッと俺のシャツを握った。震えた声が、胸元から弱々しく放たれていく。

 

 

「京介が女の人を心の何処かで怖がってるのは分かってた。それを考えないようにしてたのも。だから私は、貴方に私の全てを知って欲しかったの。私は貴方を決して裏切らないって、絶対貴方の味方で居続けるからってことを。私は京介のことが好きだから! だから、だからね------」

 

 

ぎゅっと俺の左手とマリーダの右手が繋がれ、彼女は上体を起こして馬乗りの姿勢になった。さっきのディープキスのこともあって、その姿に俺は情欲をそそられていた。頭の中から嫌なことを全て捨て去って、目の前の快楽に身を沈めたかった。今だけは、この瞬間だけは。誰に許しを乞うているのか分からぬままに。

 

 

「私は、貴方に私の全てを曝け出すよ。だから貴方も、少しで良いから私に自分を曝け出して」

 

 

彼女の左手に誘導されるように動かされた俺の右手は彼女の肢体に伸び、そして脳裏を過ぎる黒髪のポニーテールを振り捨てて、俺は慰めを受けた。繋がれた左手と右手が、俺達の全てを現しているかのようだった。

 

 

 

 

 

「嫌っ」

 

 

同じ頃、出火事件により若干夏休みに食い込んだ授業中だったIS学園の一年一組では、篠ノ之箒が突然悲鳴にも似た声を上げて立ち上がっていた。ある出来事が原因で一週間程寝不足だった彼女は授業中であるにも拘らず船を漕いでいて、そして脳裏に彼女の嫌悪する映像が過ぎったのである。

 

 

当然他のクラスメイトや教師からの視線を一身に受けた彼女はすぐに正気に戻り、クラス中を見回した。そのどこにも、今脳裏を過ぎった光景は欠片も存在しない。すぐに心配そうな表情を浮かべた副担任の山田真耶が教科書片手に箒の前まで駆け寄った。

 

 

「篠ノ之さん、一体どうしました? 大丈夫ですか?」

 

 

「え、あ、う……その、ごめんなさい!」

 

 

その心配そうな先生の視線から逃れるように、箒は教室を飛び出した。当然クラス内はざわついて、あたふたし始めた山田先生を置いてもう一人の生徒が立ち上がった。織斑一夏だ。彼はセシリアやシャルロット、ラウラに視線をやると、すぐに箒の後を追いかけて行く。廊下に飛び出すと、丁度箒が階段の方へ駆けていくのが見えた。

 

 

「箒!」

 

 

彼女を呼び、一夏もまた階段の方へと向かった。階段を駆け上り、揺れる黒いポニーテールを追っていく。そして無理矢理開かれた屋上への扉を発見すると、一夏はその扉を開けて屋上へ出た。一瞬強い風が吹いて顔を顰めるも、すぐに一夏はフェンスを掴んで項垂れている箒を発見する。

 

 

「箒」

 

 

名前を呼んでも、彼女は反応しない。

 

 

「箒!」

 

 

少し声を荒げると、箒もまた声を荒げて返事を返した。

 

 

「放って置いてくれ! 私は大丈夫だ!」

 

 

「そんな状態で大丈夫って言われても、はいそうですかって帰れる訳ないだろ……。どうしたんだよ、箒。一人で考え込むなんて、もっと俺達を頼って------」

 

 

優しい口調で声を掛けながら一夏が箒の肩に手を乗せると、彼女はそれを強く振り払って一夏から離れた。その目は赤く腫れていて、今にも涙が零れてきそうだった。

 

 

「分からないのか? 私は放って置いてくれと言ったのだ!」

 

「放って置ける訳ないだろ!? 今にも泣きそうになってるのに、そのままにしておけるかよ」

 

「鈴の時はそのままにしていたではないか! 何なのだお前は、何故私が悲しんでいるのか分からないのか!?」

 

「分からないからこうやって聞いて------」

 

 

パシンッと乾いた破裂音が響くと、一夏は呆然とした表情で打たれたばかりの左頬を押さえた。目の前にいる箒は、大粒の涙をポロポロと零しながら一夏を打った右手を左手で擦っている。気まずい沈黙が二人の間に流れると、一夏が口を開こうとして------箒がそれを遮った。

 

 

「最低だ、お前は。何も知らないというのに、よくも……よくもそうやって人の心に土足で入ろうとして……! お前は最低だ!」

 

「そんな、俺はただ、箒が、お前には誰かが必要じゃないかって思って……こうやって……俺が!」

 

「お前は私には必要ないっ! ここからいなくなれっ! 何処かに行ってしまえっ! 馬鹿者! 馬鹿者ぉ!」

 

 

絶叫し、ドサッと座り込んで泣き始めた箒を前にして、一夏は顔面蒼白になっていた。生まれて初めて受ける明確な拒絶の意。それは彼の心に鋭く突き刺さり、苦痛を与えた。幼馴染に言われたという事実が、仲間から放たれた言葉が、一夏の心を深く傷つける。そしてフラフラとした足取りで、一夏は屋上を後にした。そして一筋の風が箒の頬を撫で髪を揺らすと、消え入りそうな、悲痛な声が彼女の口から零れる。

 

 

「う、ぅぅ……京介、助けて……助けてよ……ぅぁ……」

 

 

脳裏に流れた想い人が見知らぬ女と交合う幻想を振り払うように伸ばされた手は、誰にも取られることはなかった。今の彼女は、独りだった。

 

 

 

 

 

「------ねえ、京介。京介は、学園に好きな人っていたの?」

 

「何でそんなこと知りたがるんだよ、マリーダ」

 

「だって、もう貴方は私だけの大切な人だし……気になるじゃない」

 

「そうか、そうなるよな。俺には……っ、どうだったかな。もう覚えてないや」

 

「思い出したくないんじゃなくて?」

 

「苛めるなよ、マリーダ。居なかったよ、そんな人は……な」

 

 

繋がれた手と手、重なる肌と肌。その身を全て自分に預ける少女を胸に抱いて、少年は自分の世界が変わっていくのを実感した。その心に、魂に、助けを求めている者がいることをしらないまま。

 

 

黒い少年の左手を取るのは、赤い少女の右手ではなかった。




年が開けましたね、今年も宜しくお願いします。

過去に縋るのも振り払う方法をどうするかも、人それぞれと思います。


次回、本当の意味での亡国機業編が始まります。お楽しみに
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