インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
少年が目を覚ました時、その隣には一人の老人が座っていた。皺くちゃの白衣に皺だらけの顔、白髪は所々抜け落ちていて薄くなっている。だが目だけは鋭く光っていて、その鋭い眼光が少年を見つめていた。
「やっと起きよったか。
「ここは……貴方の研究所ですか?」
自身が入っている布団と、それが敷かれている畳張りの部屋をそれぞれ一瞥した少年は突如、そう老人に向けて問うた。胡坐をかいていた老人は突然のことに虚を突かれたが、すぐにため息のような息を吐いて小さく頷いた。
「まさかとは思うとったが貴様、ワシのことを知っておるな? ISも持っておるが男のようじゃし……何者かの」
「貴方に助けを求める者です。貴方に、篠ノ之束と織斑千冬を止めるための力を貸して頂きたいのです」
「篠ノ之?」
首を傾げる老人に、少年は布団から飛び起きると捲くし立てるように言葉を吐き出し始めた。自身がとある少年のクローンであること、生み出したのが篠ノ之束であること、彼女と織斑千冬が考えていること、そしてそれがもうすぐ実行に移されようとしていること。その全てを吐き出し終えた時、老人は少年の話を疑うのでも信じるのでも無く短い質問をぶつけた。
「何故ワシに力を貸してくれと頼みに来たのか」と。
その言葉に、少年は当然とばかりに身を乗り出して答える。その目は真っ直ぐ、純粋で、老人にとって直視出来ぬ程決意に満ち溢れたものだった。そして放たれた言葉もまた、老人が逃げ続けていた過去を再び目の前に突きつけるものであった。
「貴方が
「伊弉諾……そうか、伊弉諾か。また懐かしいものを思い出させてくれたな、貴様は。ワシにまた、人の命を奪うものを造れと言うのか」
老人、敷島は辛そうな表情を浮かべるとそう少年に向けて言った。かつてISと呼ばれるものが一人の天才によって生み出される前、彼はロボット工学の権威として米軍主導による戦闘用無人ロボットの開発に勤しんでいた。だがISが発表されその圧倒的な力を世界に誇示した途端、開発計画は中止され彼の栄光は地に伏し表舞台から姿を消したのである。そして彼は自らを陥れた女に対抗する為に自らの英知全てを注ぎ込み、伊弉諾を開発したのであった。
それが、一般的に知られている事実の
「テストパイロットをしていた女性が死んでしまったのは知っています、ですがそれも篠ノ之束と織斑千冬が引き起こしたこと。貴方の造った伊弉諾は、まだ誰も殺してなどいないのです!」
「どちらにせよ、もうワシには伊弉諾のような機体は造ることは出来ん。諦めろ」
「何故です!?」
興奮気味の少年を宥めようと、敷島はその両肩に手を置いた。そしてポンポンと肩を叩くと、ゆっくりと語り掛ける。その声色は、まるで親が子供に言い聞かせているかのようだった。
「確かに伊弉諾はワシが開発した。だがの、あれは本来当時の技術では絶対に造り上げる事の出来ないものじゃった。白騎士に対抗しようとするばかり、ワシはありとあらゆる知識・経験から機能を考え、装備を考え、機体を考えた。だがそれらを詰め込もうとするのは不可能で、少しでも削げばそれはただの第二世代型と変わらんものになってしまう。アレが出来た頃は、ようやっと第三世代型の話が出てきたころじゃったからな。そしてその時、奴がワシに接触してきたのじゃ」
「奴、とは?」
敷島は少年から手を離すと、その寂しい頭を撫でた。言うべきか言わないべきか、そう悩んでいるかのように少年は感じた。そして敷島は再び口を開く。
「ワシは奴のことを【月の兎】と呼んでおる。姿を見たどころか声すら聞いたことのない奴じゃったが、月に兎が描かれた絵のマークをよく使っておったからそう呼ぶようにしたのじゃ。……兎に角、悩みに悩み抜いていたワシにその月の兎はあるデータと鉱物を送ってきた。それが伊弉諾を完成させる為に必要なものじゃった」
「それは一体……?」
「白騎士なぞ足元にも及ばん程のスペックを誇る
話の内容に少年は少しの間呆然としていたが、すぐに頭を振ると敷島の手を両手で力強く掴んだ。その目の輝きは、一つも変わっていない。
「そっ、それでも、貴方の造ったISがいるんです! 俺は、俺には奴らと戦わなくちゃならない理由があるんですよ!」
「何故、貴様がそこまでせねばならんのじゃ? 貴様はクローンとして生み出され、奴の言う事だけを聞いていればよい存在じゃったというのに。何故その創造主の皮を被った者に反旗を翻す?」
「それは……それはまだ、俺が十分に生きちゃいないからだ! 俺は自分のやっていることが、良いことか悪いことかすら分からない。ただあのまま居たんじゃダメだっていう自分の直感を信じて奴から逃げたんです。生きていれば、何時か自分のしたことが何だったのかが分かるはず。だから俺は生きたい! 奴に造られたレールの上を歩くだけの人生じゃなく、俺は俺であるための人生を造りたい! 自分の力で運命を切り開くのが人間ってものでしょう!?」
少年の言葉に敷島は少しの間考え込む様子を見せると、ふいに立ち上がって部屋の出口へと足を向けた。そして少年に背を向けながら、敷島は呟くように声を掛ける。
「まずはゆっくり怪我を治すと良い。言い忘れておったが、貴様は既に四日程眠っておったからの。そのISに関しては、貴様の様子を見てからじっくり考えるわい」
ピシャリと締められた襖を前に、少年はガックリと項垂れた。声を荒げすぎた所為か喉が熱く、痛い。そして、酸欠で頭がクラクラして視界が僅かに揺れる。
「俺は浦城京介じゃない。けど、やってやるさ……俺がやらなきゃいけないんだから……」
搾り出すような声を出した後に、少年の身体はゆっくりと布団の上に崩れ落ちた。そして窓から差し込む夕日がその顔を優しく照らす。それはまるで、彼の頬を撫でているかのようだった。
同じ頃、IS学園第三アリーナでは白式を纏った織斑一夏の身体が宙を舞っていた。飛んでいるのではなく、吹き飛ばされている。地面に頭から激突した一夏をセシリア、鈴、シャルロット、ラウラの四人がピットから見つめている。だが彼女達は誰一人として、彼を助けに行こうとはしなかった。正確には、止められていた。
「ほら、早く立ちなさい。みんなを守ってみせるんでしょう? そんなんじゃ誰一人守れないわよ」
凛とした少女の声がアリーナに響き、一夏は歯を喰いしばりながら立ち上がった。そしてすぐ、その腹部を水を纏った槍で殴られ無様に地面を転がっていく。空中を蛇のようにうねる水の先には、水のドレスのようなものを纏った少女が立っている。
更識楯無、IS学園生徒会長にしてロシア代表。自由国籍権と呼ばれる権利を有することの出来る生徒会長はIS学園最強の存在であり、現に彼女は一歩も動くことなく一夏を攻撃し続けていた。小さく表面積の少ない装甲、だが生身の部分は透明な液体のようなものがカバーしており、背部に浮かぶ二つのクリスタルのようなパーツからは水のヴェールのようなものが展開されている。ロシアの第三世代型IS【ミステリアス・レイディ】、その神秘的な姿に触れられる者はいない。
「うっ……ぐ、どうしていきなりこんな……」
「ええ、そうね。私もそう思うわ。どうして貴方のような弱い人にここまで本気を出しているのだろうって」
「何を……うわあっ!」
楯無は手にしていた大型ランスを手の中でクルクルと回転させると、その先端を一夏へと向けた。するとヴェールから溢れ出た水がランスの表面を通り、先端からまるで破裂した水道管のように吐き出される。その水の小さな濁流は白式の脚を取り、PICで離脱する間も無く一夏の身体は楯無の方へと運ばれて行った。それといった抵抗の素振りを見せない一夏の顔を、楯無は思い切りランスの先端で殴りつける。地面に叩き付けられた一夏の身体が、ISごと大きく跳ねた。
「ぐぅ!?」
「けどやっと分かった。知りたい?」
絶対防御越しにやってきた痛みを堪えるようにする一夏を睨みつけながら、楯無はゆっくりと口を開く。放たれたのは、一夏を否定する言葉の濁流だった。
「貴方の行動には実力と覚悟が伴っていないの。守るという言葉だけ、自分の力で何も成し得ていない、なのに貴方は何処か満足そう。酷い偽善だわ。いい加減な言動にいい加減な態度、それなのに文句だけは一人前。だからつい実力行使に出たくなる」
ランスを肩に担ぎ、楯無は一夏へと近づいていく。その表情はとても冷ややかで、遠くから離れてみていたセシリア達の背筋すら凍りつかせた。
「貴方は優しいわ、誰よりもね。それはとても素晴らしいこと。けど優しいだけ、その言葉で誰かを傷つけていることに気付かない愚か者。何時か自分が傷つけられることにすら気付いていない哀しい人。他人が自分にどんな感情を向けているか考えたことはある? 気付いたことはある? 無いでしょう、そんなことは。目の前にいる友人が何を考えているか考えたことはある? 友人の気持ちを一度でも察せれたことはある? 無いでしょうね。今私が何を考えているか分かる?」
「わ、分かりますよ。貴女が俺のことが嫌いだっていうことくらい------」
「分かってないわねぇ、そういうことじゃないのよ。私は別に貴方が嫌いなんじゃないのよ? 寧ろ逆……う~ん、この言い方はおかしいわね。無関心よ、貴方みたいな偽善で塗り固まった中身の無い男なんて気に掛ける価値も無い。犬に喰わせる肉すらないわ」
「だったら何でこんな酷いこと……っ」
一夏の言葉を遮るように、楯無はランスの先端を一夏の顔面に突きつける。その氷の微笑みには、慈悲など無い。
「酷い? 当然でしょう? 今まで無関心だったけど、さっきの守ってやるって台詞にお姉さんカチンと来ちゃってねぇ……大人気なく一回ボッコボコにしてあげようかなって」
「そんなことで……」
「そんなこと? そっか、君にとって誰かを守るっていう台詞はその程度のものなんだね、おかしいとは思ってたんだ。口先だけの優男が覚悟も無いのに誰かを守るなんて良く言えるななんて、けどそっか、そっかそっかそっか……あんまりふざけた事ばかり口から垂れ流してるんじゃないわよ屑野郎。もし私がこのままピットにいる子達を攻撃しても、貴方には何も出来ないくせに」
「っ……!?」
突如として怒りの形相となった楯無に、一夏は一歩も動くことが出来なかった。その脳は、何故こうなってしまったのかという原因を必死に探そうと働いている。だが楯無の言葉は止まらない。
「この学園に入ってもう五ヶ月は経ったのかしら、それで貴方は何を学んできたのかしら? 答えられる?」
「ISの操縦技術とか、各種専門技能とか色々……貴女もやってきたことでしょう!?」
「それは前提よ、そ・れ・以・外・の・こ・と。例えば……貴方、心の底から敗北したことはあるかしら」
「……は?」
楯無の言葉に、一夏は思わず反応してしまった。相変わらず氷の微笑みを浮かべている彼女の表情からは、もう何も感じ取れない。
「どうしても負けたくない相手はいる? その相手に敗北して、その相手に勝とうと努力したことはある?」
「それは……!」
「守るという自分の言葉に責任を持てる程の努力はしてきた? 誰の力も借りず自分だけの力でやってみせるという気概はある? 何を守る? 何で守る? 貴方は何をどうやって守るというの? それは物? 記憶? 仲間? 友人? 恋人? 家族? ねえ、貴方は何を守るっていうの?」
「うわあああああああああっ!!」
突然、一夏はその手に雪片弐型を取り出して楯無へと振りかぶった。混乱の極みに達した上での、本能的な行動。だがその斬撃はランスに受け止められ、逆にヴェールから溢れた水の鞭で四肢の動きを固定されてしまう。つつつ……と、ランスの先端が一夏の剥き出しの腹部を下から上へとなぞっていく。
「質問しただけなのにいきなり斬り掛かって来るなんて酷いじゃない、泣いちゃうわよ私? ねえ答えてよ、守るって何を?」
「お、俺は……箒や、みんなを守------」
「ああ、そういえば篠ノ之さん、大好きだった浦城君が亡くなった夏休み前から、深く傷ついていたんですってね。知ってた?」
「え……」
突然楯無に言葉を遮られた一夏は、遮られたことよりもその内容に耳を疑った。浦城京介が死んだことと、箒の元気がないことがどうして繋がるのかと。そして箒が京介を大好きだったという言葉も。
「オルコットさんも凰さんもデュノアさんもボーデヴィッヒさんも彼の死を深く嘆いていたけど……貴方は彼の死をどう思っていたのかしら? この学園で出来た同じ境遇のたった一人の友人が死んで、貴方は何を思ったの? 良かったらお姉さんに教えてくれないかしら、趣味悪い自覚はあるから気にしなくて良いわよ。さあ」
「俺は、京介が死んで……何を……何を……」
何を思ったのか、一夏にはそれが思い出せなかった。哀し
「聞いたわよ? 貴方授業中に突然教室を出て行った篠ノ之さんを追いかけて、屋上でビンタされたそうじゃない。何で彼女が苦しんでいるのか分からなかった?」
「それは、箒が京介を好きで……? そんな……」
「まさか、気付いていなかったの? あっきれた……上級生の間でも噂になってたのに」
「だ、だって箒は俺の……俺の幼馴染で……」
カタカタと震える一夏の顔は蒼白で、既にまともな思考は出来ない程に追い込まれている。自分が今まで直視してこなかった問題を無理矢理目の前に突き出され、答えを求められ、そして答えを否定されていく。楯無のやり方は、正に容赦が無かった。
「幼馴染だったら全部貴方のものになるの? それじゃあ鈴ちゃんは貴方のものね」
「俺の指導を……」
「指導してくれたら貴方のものか、じゃあセシリアちゃんも貴方のものね」
「秘密、も……」
「二人だけの秘密なんて、女の子同士でも普通にあるようなものだけどね。ま、重さが違うってことか。でもそれじゃあシャルロットちゃんも貴方のものね」
「俺が守ってやるって……」
「浦城君に守って貰いたかったのよ、彼女はね。まあそれでもラウラちゃんも貴方のものになるのかしらね」
「う、あ」
パクパクと口を動かし言葉にならない声を発する一夏を前に、楯無は水を動かして一夏の身体の向きを変えさせた。その正面には、ピットにいるセシリア達の姿がある。彼女達は皆一様に、不安そうな顔を隠せずにいた。
「後ろを見てみなさいな、全員貴方のものよ。あんなに可愛い子ばっかりなのに、何か不満でもあるの? もしかして自分の知っている女の子は全員自分のものにしないと気が済まないタイプ? あらやだ、意外と貴方って肉食系なのね。気持ち悪い」
黙り込む一夏の拘束を解除し、楯無はちょいちょいと手招きしてセシリア達をアリーナ内へと呼び寄せた。それぞれISを展開した彼女達は皆楯無と距離と取ることはすれど、一夏に駆け寄るようなことはしなかった。それは僅かに、想い人に疑念を持っているから。
「それでどうだったかしら、貴女達の好きな一夏君がどういう人か分かったの?」
「う……、確かに一夏さんの鈍感さがここまで酷いものとは思いませんでしたが……これはやり過ぎでは」
「人の本性ってのは極限まで追い詰めないと出て来ないものよ。けど箒ちゃんの事に全く気づいてなかったっていうのはお姉さんも予想外だったなぁ……」
セシリアの言葉に返事を返しつつ、楯無は小さな欠伸をした。ミステリアス・レイディを解除し、グッと身体を伸ばす。まるでさっきまでの戦闘(と言う名の一方的攻撃)がただの準備運動にもならないという風に。そんな楯無に対し、今度はシャルロットが問うた。
「あの、生徒会長。どうしていきなりこんなことをしたんですか? 一夏を一方的に痛めつけてその上言葉でも否定するなんて……流石に酷過ぎる気が……」
「あら、私はきちんと依頼通りにしただけよ? ね、鈴ちゃん」
「えっ、鈴!?」
楯無の笑みと仲間達からの驚愕の視線を向けられると、一人他のメンバーとは離れて立っていた鈴は気まずそうに頭を掻いてそのツインテールを揺らした。辛そうな一夏の顔も、彼女に向けられている。
「……そうよ、アタシが生徒会長に頼んだの。一夏が何を考えているか確かめる為に力を貸してくれって」
「どうしてそのようなことを……」
「だって、箒が可哀相じゃない! 京介が死んで一番辛いのはアイツなのに、一夏はそんなことにも気付かないで余計に箒を傷つけた! 今の箒がどうなってるかみんな知ってるでしょ!? 部屋の引き篭もって、授業にも出ないで、京介の残った私物をずっと独り言言いながら整理してる! あんなの見てられなくて、なのに一夏はそれに触れるようなこともしないで……アタシの知ってる一夏が、本当の一夏なのかが分からなくなったのよ! みんなだってずっと思ってたことでしょ!? 最近の一夏はおかしいって、何かが変だって!」
「それは……」
鈴の言葉に、セシリア達は何も言えなかった。確かに京介が亡くなってからというもの、一夏の言動に小さな違和感を覚えていたのだから。普段通りに優しくも今一つ理解の足りない言葉、行動、だがその影に見え隠れする冷たさ。そして時折発する浦城京介など最初から居なかったかのような発言。その全てが、篠ノ之箒という一人の少女を壊していったのだ。それを彼女達は目の当たりにし、そして止められなかった。
「アタシ達を守るって言った男が、どうして傷つけるようなことをしているのかが分からなかったの! アタシの、箒の知ってる昔の一夏のままならきっと何とかするはずだって信じて! 信じて……それがこれよ! 自分勝手な言い分かもしれないけど、今の一夏は一夏なんかじゃない! こんな、こんな弱っちい惨めな男を好きだったのよアタシは! ……どうせ、こっちの気持ちなんか微塵も感じ取れてなかったんでしょうけどね」
「鈴さん……」
ぎゅっと拳を握り締め肩を震わせる鈴に、セシリアはそっと近づいてその背に腕を回した。ぎこちなくも優しい手がその背を撫でて、鈴は無言でセシリアの胸元に額を押し付ける。次にシャルロットが鈴に駆け寄り、肩と同じように震える頭を優しく撫で始める。最後にラウラが、一夏と楯無を一瞥してから、鈴の元へと駆け寄った。
「あの子達はみんな貴方のことが好きだったの、本当に気が付かなかったの?」
その光景を呆然と見つめていた一夏に、楯無はそう問うた。その声色からは、既に敵意は失われている。言いかえれば、興味を失っている。その言葉を受けた一夏は、ゆっくりと頭を振った。
「そんなこと、俺は全く……頭に浮かぶことも無くて……」
「みんな貴方の行動と、守るという言葉に惹かれたのよ。そして箒ちゃんは、京介君の言動に惹かれた。……今まで貴方がやってきたことがどんなことか、理解出来た?」
「俺は……」
「荒療治にも程があるけど、これを気にじっくり考えなさいな。今まで貴方が軽々しく口にしてきた「守る」という言葉にどんな意味があるのかね。……色々とやり過ぎたとは思うけど、私は貴方に絶対に謝らない。その理由も、ちゃんと分かるようになりなさいな」
そう言って楯無はミステリアス・レイディを解除すると、口元を扇子で隠しながらその場を後にした。それは少しずつ歪んでいく口元を隠す為で、また自らの内にあるドス黒い感情を外に出さない為でもあった。
(そうよ、ちゃんと理解してもらわないと困るのよ織斑一夏。軽い気持ちで吐き出された薄っぺらい守るという言葉を、私は絶対に認めない。守るという言葉を発して良いのは、真に自らを犠牲にして誰かを守ってみせた者だけなの。そして京介君は、十分にその資格を得ていた)
アリーナを出た楯無は、夕暮れに染まりつつあった空を一瞥した。そしてまた視線を前へと戻すと、何かを振り払うように走り出すのだった。
(アキラ君を再起不能にし京介君を殺した織斑千冬、その弟である貴方もまた、彼女の為ならばこの資格を得ることが出来るのでしょうね。だって貴方は、姉がしていたことをただ表面をなぞるように真似しているだけだもの)
己の力により様々な情報を楯無は仕入れていた。だがそんな彼女でさえも、まだ気付けていないものがある。彼女らの頭上に広がるこの空だけが、この先の未来を見ているのだった。
ドイツにある広大な敷地内にあるイゾルデの自宅。その地下には秘密の会議場があり、亡国機業幹部会の会議は何時もそこで行われていた。時には全身が直接顔を合わし、時に何名かは映像を通じて。その会議場に一人でいたイゾルデは、八角形のテーブル上に大型の端末を置いていた。そのモニターには、ダークバレットの詳細なスペックが表示されている。
(スコールとゴーストの報告通り、伊弉諾を流用した御蔭でダークバレットの機動力は我々の中でも特にずば抜けている。翼の装甲を何とか加工出来て良かったが、そもそも伊弉諾に使われているこの装甲材質……地球上のものではない)
モニターに目を通しながらイゾルデは思考する。伊弉諾の開発者はどうやって当時両立不可能とされていた技術を両立させたのか、どうやってこの謎の装甲材質を手に入れ加工したのか。一人の技術者として、イゾルデはその知識を欲していた。翼の加工自体は何とか行えたものの、元々どうやってあの翼を造ったのか。それがイゾルデの思考の殆ど占めている。
(世界各国のISと照らし合わせても当たる所か掠りもしないなど……クソッ、この装甲さえ量産出来るようになれば我々はより高みへ行けるというのに……!)
少しイラついた様子で、イゾルデはコーヒーでも飲もうと一度端末に背を向けた。すると、背後でピピッという甲高い電子音が鳴り響く。何事かと振り向いたイゾルデは、目の前の光景に思わず言葉を失っていた。先程までダークバレットのスペックを表示していたはずの端末のモニターが切り替わり、見たことも無いISの設計図のようなものが表示されている。それは二、三回点滅すると消えてしまい、真っ黒な画面にイゾルデの顔が映り込む。
そして次の瞬間、モニターには月の絵に兎が描かれたマークが浮かび上がるのだった。
少しずつ各陣営が動き出していきます。
世界が壊れ始めた時、ゴーストは、一夏は、箒は、どう動くのでしょうか。