インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
放課後、俺は与えられた寮の自室へと足を踏み入れた。出迎えてくれた恐らく良いものであろうベッドに早速腰を下ろし、届いていた荷物を一瞥する。事前に聞いていた話によると俺の部屋は一人用らしく、他の部屋より狭いらしいが、十分だ。シャワールーム、PC、テレビ、冷蔵庫に簡素な台所等十分過ぎる程だ。
「金が掛かってるんだな、本当」
そう独りぼやいてみて、俺はベッドに寝転んだ。そして思い出す。自分がイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットに啖呵を切ったことを。ああいった他人全てを見下し、自分の優位に自惚れるような人間は大嫌いだ。
「負けたら奴隷か……馬っ鹿みてえ、何時の時代の人間だよ」
それに対して激昂し、オルコットの机を殴り潰した自分にも呆れてしまう。その場の勢いだけで本来アリーナと呼ばれる場所以外での使用を禁止されているISを一瞬だけ使ってしまったことに。
「結局俺も同じ穴の狢ってことなんだよな……反省しないとな。……しかしっ」
バッと上体を起して、俺は思考する。どうすれば奴に勝てるのか、何の策も考えずに戦うのは避けたい。幸い、奴の使用するISは調べればすぐに分かる。細かい装備までは流石に公開されていないだろうが、得意な戦闘距離が分かるだけでも策は立てれる。
「仮に奴の機体データが手に入ったとして、それをどう使うか。一人で自主練するにも限度があるし……」
独り言をある程度続けてから、俺はベッドから立ち上がって荷物を手に取った。今ここで一人でボソボソ喋っていても仕方ないし、一先ずやらなければならないことから済ませようと考え直したからだ。細かい対策等は、明日改めて考えれば良い。
「まずは部屋の整理だな」
翌日の朝、一年生寮の食堂に俺は来ていた。昨晩は部屋の整理を終えた後ご飯も食べずにシャワーを浴びてさっさと寝てしまった為、ここに来るのは初めてだ。相変わらず右見て左見てもう一度右を見ても女子、女子、女子。職員も全員女性だから恐れ入る。まあ場所的に当然といえば当然なんだが。
一先ず無難に和食セットを選び、渡されたトレイを持って何処に座ったものかとキョロキョロしていると、少し離れたテーブルに一夏が座っているのを発見した。向かい側には俺の左側に座っているあのポニーテールの女の子も座っている。昨日の感じからして、二人は知り合いだったのかと考えていると、目が合った一夏が手招きしてこちらを呼んでくれた。それに頷いて一夏の隣に座らせてもらうと、反対側に座る女の子が若干ムスッとしているのに気付いた。
「おい、一夏。お前この子になんかしたのか?」
こそっと聞いてみたが、一夏は俺も分からないと言った様子で頭を振った。仕方ないと割り切って料理に箸を伸ばした。ご飯、納豆、鮭の切り身に味噌汁と浅漬け。これが血税で作られているかと思うと、全国のサラリーマン達には頭が下がる。しかしパクパクモグモグと食事を続けては見るも、目の前の少女の醸し出す険悪な空気にたじろいでしまう。
「あ、あのさ……えと、何かあったの?」
「何か、とは何がだ?」
凛とした物言い、鋭く刺すような視線。思わずビクついてしまったが、昨日オルコットに啖呵を切ってしまった手前、オドオドしているところを見られるのは非常にマズイ。何とか表情を切替え、再び口を開く。
「いや、何か機嫌悪いようだったからさ。何かあったのかなって」
「ああ、確かにあったな。そこにいる男が、色々とやってくれたからな」
「やっぱり何かやってんじゃねえかよ、一夏」
「いや、本当に別に俺は何も……箒ぃ」
「名前で呼ぶな!」
一喝を受け、ため息をつきながら項垂れる一夏。その武人のような口調をした少女は、ふと気付いたかのように俺に視線を合わせてきた。
「そういえばまだ私の名前を言っていなかったな、篠ノ之箒だ。宜しく頼む」
「お、おう。浦城京介だ、宜しく。って、知ってるよな流石に」
「ああ、中々の啖呵の切り方だった。机を破壊したのは頂けないがな」
うっ、と言葉に詰まった俺を見て、箒はクスッと笑う。その初めて見た笑顔に、俺の心は僅かに高鳴った。先程までのツンケンした態度とのギャップだろうか、彼女は俺の内心に気付く訳も無く言葉を続ける。
「まあ、あのセシリア・オルコットやらの言動には私もカチンとくるものがあったがな」
「あーっと、ほう……篠ノ、ほう……篠ノ之箒さん。少しよろしいでしょうか」
「箒でいい。何だ」
名前で呼ぶことの許可を得た後、俺はやれやれと言った感じで箸を進めている一夏を一瞥してから口を開いた。少し気になっていたことが、今なら聞けそうに思えたからだ。
「一夏と箒はさ、昔からの知り合いだったりするのか?」
「ん? ああ、箒は俺の幼馴染でさ、通ってた剣術道場の子なんだ。昔からこんな感じの奴でさ」
「む、昔の話はいいだろう! 全く、私は先に行くぞ一夏。……また教室でな、浦城」
「京介でいいって。俺も箒って呼ばせてもらってるしさ」
「む、そうか。ではな、京介」
そう言って箒がその肩下まである長く黒いポニーテールを揺らしながら食堂を去っていくのを見届けると、一夏が俺の肩をトントンと叩いた。視線を向けると、少し険しい表情を浮かべている。
「ところで、大丈夫なのか? 昨日の話」
「決闘のことか? 大丈夫だ、まだ6日もある。対策は立てれるさ」
「けどISの操作練習だってしなきゃいけないだろ? 機体だってどうするんだ?」
そこまで言われて初めて、俺は一夏が【ある勘違い】をしていることに気付いた。彼はこう思っているのだ、最初にISを起動した時以外は試験の時にしか乗っていないはず。だとしたら代表候補生のオルコットの動きについていくにはとてつもない練習が必要になるのではないのかと。
そう考えると何処か可笑しくて、俺はクックッと声を押し殺すようにして笑った。怪訝そうに見てくる一夏の背を叩いて、俺は大丈夫だと言ってやった。
「こう見えても俺は日本重化学工業共同体っつー組織がバックについてるんだ。企業代表って奴だ、自分のISも持っているし必要最低限の機動が出来るくらいの指導は受けてる。お前が心配してくれんのは有り難いけど、俺は大丈夫だ」
左手に嵌められている待機状態の俺のIS。黒い指貫グローヴ状のそれを目の前に掲げて見せてから、俺は急かすようにして一夏と残った飯を掻き込んだのだった。
そして再びオルコットとの激突を起しつつも何とか放課後を迎えた俺は、奴への対策を立てるべくとある人物を探していた。
「いねえなぁ……何処行っちゃったんだろ」
空き教室、グラウンド、職員室等色々なところを回ったが未だ目当ての人物は見当たらない。こうなるのだったらSHRで突っかかってきたオルコットを無視して声を掛ければ良かったなんて考え出していると、校舎から学生寮までを繋ぐ道の途中で漸くその人物を見つけることに成功した。このチャンスを逃すまいと俺はその人物の名を呼び、一気に駆け出した。
「山田先生!」
「あら? 浦城君」
振り返り首を傾げる我らが副担任の前で立ち止まり、俺は肩で息をしながら口を開いた。
「良かった、ちょっと……先生に、頼みたい事があって……ふう」
大きく息を吐いて呼吸を整えようとする俺を前に、山田先生は一瞬考える素振りを見せてからハッとしたように手を叩いた。
「頼みたい事……? あ、もしかして決闘のことですか?」
「そ、そうです。それで、あのスシ……サシ……」
「セシリア?」
「そう、そのセシリア・オルコットの対策を立てたいんですけど、ご協力頂けないかと思って」
俺のいきなりの提案にも関わらず、先生は二つ返事で了承してくれた。それに感謝しつつ早速学園内にある情報室へと向かい、そこにある端末で公開されているオルコットに関する情報を閲覧する。
「オルコットさんは元々イギリスの名門貴族のお嬢様なんですね。あんまり大きな声では言えませんが、ご両親が列車事故で亡くなってからは家を守る為に尽力されている努力家でもあるんです」
「子供の時から?」
「ええ」
「そうですか……」
端末の画面に写るその自信たっぷりといった表情をジッと見つめた後、俺はISに関する情報を写すよう先生を急かした。今は相手の家庭事情なんて気にしている場合じゃないからだ。とは言っても、家族を事故で失ったという点に関しては共感出来るものがあるが。
「彼女のISはイギリスの第三世代型【ブルー・ティアーズ】、射撃を主体とした機体で主にレーザー兵器を使用します」
「レーザーか。入学試験の時に相手をしたのは?」
「残念ながら私では無いので肝心の戦法などは分かりません。ですが第三世代兵器として何か通常とは違う武器を装備しているはずです。一方的な射撃行うものか、若しくは苦手な近距離戦を補う何かが」
「結局肝心のところは分からず仕舞いか……。けど中遠距離が得意ってことは確実ですよね。俺のISの射程距離を考えても何とか懐に潜り込まないと……」
考える為に適当な椅子に座って俺を前に、山田先生は俺に対して質問をしてきた。
「浦城君のISは、何か射撃武器は搭載しているんですか? 恥ずかしながら、まだ専用機についての情報は織斑先生が一部秘匿しているものですから分からなくて……」
「ああ、えっと……はい、これどうぞ」
俺は左手にある待機状態(展開される前のISの状態)のISを操作して、甲部分から基本データの投影を行った。表示される名は【凱龍】、日本重化学工業共同体という組織が開発した第三世代型ISだ。そのデータにザッと目を通した山田先生は驚いた様な視線を俺に向け、それに向かって俺は笑って見せた。先生が何に驚いているのか、予想はついている。何故ならその理由は一つしかないからだ。
「こんな機体でオルコットさんに勝とうとしているんですか、浦城君は!?」
「勿論、だから先生を頼ったんです」
「わ、分かりました。あと5日程で何処までやれるか分かりませんが……頑張りましょう」
グッとガッツポーズを取る山田先生に深深と礼をして、俺はホッと胸を撫で下ろした。向こうがこちらのことをどれだけ調べているのか分からないが、こっちは知れるだけ向こうのことを知るつもりだ。奴隷になることも土下座することも構わない、ただあんな思考回路をした奴をそのままにしておく事が一番嫌だからだ。
(見てろよセシリア・オルコット、必ずお前のその顔に一発叩き込んでやるからな)
グッと拳を握り締めるも、この時俺に確かな勝算は無かった。
そして決闘の日、IS学園にある第三アリーナ・Aピット。そこに居たのは俺と一夏、箒、そして織斑・山田両先生だ。薄暗い空間の中央で、ISスーツと呼ばれるISを効率的に運用するための専用衣装を身に纏った俺は念入りに柔軟を行っていた。
「本当に勝てるのか、京介」
足を平行に開いて床に座り込み上体を前へと伸ばしていると、箒が不安げに訊いてきた。決闘が決まったあの日から、俺は箒や一夏達に一度も自分の戦いを見せていない。山田先生とみっちりマンツーマンで行っていたからだ。彼女達が不安に思うのも無理は無い。
「心配すんなって、よっ、少なくとも、ほっ、負ける気は更々ねえよ」
念入りに足の筋を伸ばしていきながら俺が答えると、織斑先生の懐から電子音が鳴り響いた。その場にいた全員の視線を受けた織斑先生は懐が喧しく鳴る小型端末を取り出し、それを耳に当てる。短い問答を繰り返した後端末を再び懐に戻し、その鋭い視線を俺へと向けた。まるで待ち望んでいたものがやっと来たかのように。
「向こうの準備が完了したようだ。既にオルコットはアリーナに出てきている、お前もさっさと出ろ、浦城」
「了解。……っと、それじゃ一発ぶちかまして来ますかな!」
「頑張れよ京介! 応援してるからな!」
「特訓の成果、見せて下さいね。浦城君!」
「気をつけてな。勝って来い」
みんなからの激励を受けた俺は、閉ざされた金属扉の前に立つ。床にあるカタパルトの進路を塞ぐようにしている扉が、ゴゴゴ……と重い金属の駆動音を上げながら開いていく。向こう側から差し込んでくる明るい太陽の光に思わず目を細め、俺は両腕を前へと突き出した。その手は開いたままで、掌同士を向ける。その手と手の間の空間には、青い色をした【何か】が遠くに浮いている。それを潰すように手をパチンと閉じると、俺は自分の相棒------ISの名を叫んだ。
「行くぞ! 凱龍ッ!!」
左手の黒い指貫グローヴから眩い光の粒子があふれ出し、俺の身体を包み込むように渦を巻いていく。やがてその粒子は一本の線となり、そして碧い龍となる。両足が、両腕が、その龍に包まれていく。そして身体の奥底から湧き上がってくる様な力の奔流に鳥肌が立ち、粒子から構成され身体に装着されていく装甲の僅かな重さに筋肉が緊張する。何度やっても慣れない、慣れたくない工程を経て、俺の身体は鋼鉄の鎧に包まれる。黒をメインとした装甲に、所々碧いラインが走っている。余分な装飾は一切なく、有るとすれば鱗を思わせる棘々しい可動式放熱板が腕部脚部両方に大量にあることくらいだ。そして両手を覆うマニピュレーターは灰色で、甲の部分に黒い水晶のようなパーツが嵌め込まれている。脚部は脹脛の部分に複数のスラスターが並べられ、背中には三基のスラスターが装着されている。
機械でありながら、凱龍は人のような形を保っていた。装甲は丸みを帯びており、打鉄のズングリとした見た目と比べれば一目瞭然だ。まるで人が龍を模した鎧を纏っているかのように人の目に映るだろう。
俺はその両足をカタパルトへ接続すると、頭部を覆う龍の頭を模したフリップアップヘルメット方式のそれを軽く指先でトントンと叩いた。すると額部分に重なるように上がっていた龍の下顎の模したパーツが下がり、顎周りをガードする。そしてカシャッという音と共に、上顎を模したパーツから黒いバイザー型の風防が降りた。
そのバイザーを通した視界には、ハイパーセンサーと呼ばれるISに搭載されている高性能センサーを通して自分のみならずその他周辺のあらゆる情報が表示される。注意を向ければ、本来死角であるはずの背後まで見ることが出来るのだ。
機体の最終チェックを終えた俺がグッと親指を突き立てると、連動して足を接続していたカタパルトが俺の身体をアリーナへと弾き出した。パッシブ・イナーシャル・キャンセラー、略してPICというISの基本システムの効果により俺の身体は地面に落下することなく空中へと留まる。
「漸く出て来ましたわね、土下座の練習でもしていたんですの?」
空中での姿勢制御に少しばかり気を取られている俺の耳朶を、甲高い女の声が打った。誰が言ったかなぞ確認する必要も無い。少し視線を上に上げれば、セシリア・オルコットがその自慢のISを身に纏い俺を見下ろしているのが見える。イギリスの第三世代型実験機【ブルー・ティアーズ】、凱龍と違い青を基調とした一色のカラーリング、機体側面には左右合計四枚のフィン・アーマー、背面には二基のスラスターが装備されている。王国騎士の気高さとでも言うべきか、それを纏ったオルコットはやはり見た目の良さもあってよく似合うと素直に思ってしまう。しかし相手の中身を知っている分、唾でも吐きかけてやりたい気分になるが。
「いや、そんな無駄な事に時間は費やさないさ。どうすれば手前のその高慢ちきな顔に拳を叩き込めるのか考えてたんだよ」
【戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備有り】
凱龍のハイパーセンサーが既に知っている情報を視界にウィンドウパネルとして表示する。それを端に寄せて、やはり奴には何か隠している武器があることを再確認した。出来ることなら、それを使われる前に勝負を決めたいところだ。
「私に一撃を加えるですって? まず貴方が私に近づけるかどうかの問題だと言うのに、一体何処からその自信が来るのか不思議でたまりませんわ」
大げさに肩を竦めてみせるオルコットを前に、俺は両手のマニピュレーターをゆっくりと動かした。凱龍に装備されている唯一の攻撃武器、それを使うには限界まで奴に近づく必要がある。俺はゆっくりと両手足を広げて、戦う姿勢を取った。
「御託は良いからさっさと掛かって来いよ、机をぶっ壊した時より加減出来ねえからな」
アリーナ中に開戦を知らせるブザーが鳴り響き、俺とオルコットは同時に行動を開始した。
「無様にアリーナの土と化しなさい!」
オルコットの右手に光の粒子が走ると、巨大なライフルが現れた。すぐさま凱龍のハイパーセンサーが照会し、情報を表示する。六七口径特殊レーザーライフル【スターライトmkⅢ】、その銃口が俺へと向けられると同時に、オルコットがその引き金を引く動作が【視えた】。銃口が瞬き、青い光が放たれる。
「旋回------ッ!!」
直前に機体右側のスラスターを全て噴かしていた俺は空中を錐揉み回転しながら身体を捻り、ギリギリそのレーザーを回避することが出来た。凱龍は他のISと違い全身のスラスターの数が極端に多い、それにより複雑な機動が可能になってはいるのだが、それでもレーザーを避けるには注意が必要だった。
「甘いですわよッ!」
回避直後のバランスを崩していたところへの第二射、それは咄嗟に上げた右腕の装甲を掠めただけだったが、それでも凱龍の装甲とシールドバリアーにはそれなりのダメージを与えてきた。ISには、シールドバリアーと呼ばれるISの周囲に展開されているバリアーがある。シールドエネルギーによって発生するそれは通常兵器は勿論IS用のミサイルやレーザー・ビーム兵器類の攻撃を殆ど完全に受け止めることが出来る代物だ。IS同士の戦いではこのバリアーに攻撃を当て、シールドエネルギーを先にゼロにした方が勝ちとなる。エネルギーの総量は機体によって違う為、そのことも頭に入れておかなくてはならない。
「流石に直撃はマズイか……早めに突っ込まないと」
このまま一方的に撃たれたままでは、勝負も何もない。俺は意を決して四射目のレーザーを避けると、一気に上空------正確にはアリーナを覆うバリアーギリギリの高さ------へ機体を飛び上がらせる。勿論その動きを追う様にスターライトmkⅢの銃口は向けられ、連続で青いレーザーが放たれてくる。
途中、左脚に当たりそうになったレーザーを無理矢理右脚のスラスターを噴射して体勢を崩して避ければ、ピタッとオルコットからのレーザー攻撃が止んだ。
「小賢しい真似を……!」
悔しそうな奴の声が耳朶を打つ。上空へと移動した俺は、太陽を背にしたのだ。勿論IS自体がすぐに遮光フィルターを作動させ視界を確保するのだが、そのフィルターが作動する一瞬が欲しかったのだ。太陽の光でこっちの姿を眩ませることに成功した俺は、すぐさま全身のスラスターを噴射させて一気に降下する。目標は、未だ遮光フィルターが作動せず左腕で目の部分を覆い視界を確保しようとしているオルコット。
「ッッけええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
凱龍の左手の甲にある黒い水晶が大きく輝くと、左手の灰色のパーツに刻まれていた線がカシャカシャと音を立てて開いていく。それを強く握り締めると、雄たけびと共にオルコットに向けて振り下ろした。
そこで漸く遮光フィルターが作動したのか、オルコットが接近する俺に向けて再びスターライトmkⅢの銃口を向ける。だが既に、俺は俺の最も得意とする距離への侵入を果たしていた。
振るわれた凱龍の拳はオルコットの右頬をぶち抜き、その青い肢体を振り回しながらアリーナの地面に激突、横転した。だが流石代表候補生と言ったところかすぐに身体を浮かび上がらせ、体勢を立て直した。しかしその表情は、驚愕に染められている。
「エネルギーが一度に三割も……。ただ、ただ殴られただけで……っ、貴方、一体何を!」
「俺のことは調べたか? そうしたら出てくるはずだぜ。この凱龍には射撃武器も格闘武器も無い。あるのはこの拳だけだ、そしてこの拳が最大の武器なんだ!」
【叢雲ノ拳】、凱龍の両手には溶断破砕機構と呼ばれる強電磁波発生装置が内蔵されている。電磁波によって発生した高熱を手の装甲部分に蓄積させ、対象にぶつけることで一気に熱を放出しダメージを与える。相手の装甲との接地面から輻射された高熱は周囲の装甲へと伝わり、場合によってはシールドバリアー越しに装甲を内側から破裂させることも可能だ。
今ぶん殴ったのは顔の部分、シールドバリアーを直接殴っただけに過ぎない。だがダメージは十分だったようだ。激昂し顔を真っ赤に染めたオルコットの鋭い視線が俺を貫く。刹那、俺が跳び上がると同時に立っていた地面が【焦げた】。
「男のくせにっ、下等なくせにっ、この私の顔を殴るなんて……絶対に赦しませんわよ、貴方!!」
「少なくともISに乗れる時点で俺とお前は平等だぜ、オルコットッ!」
空中で身体を二、三捻り、狂ったように乱射される青いレーザーを掠りながらも避け、俺は再び接近するべく全スラスターを噴かした。上空からやや斜めに降下するように飛ぶ俺を狙い、オルコットの銃口がこちらを向く。ロックされたと回避運動を勧めるハイパーセンサーを無視し、両手の叢雲ノ拳を作動させる。
「馬鹿正直に突っ込んで来るだなんて……これで墜ちなさい!」
奴の言葉と共に放たれる青いレーザー、通常ならば間違いなく直撃するであろうそれは、開いて伸ばされた掌の手前で【曲がった】。連続で何度も何度も放たれるレーザーは凱龍に直撃することなく、その手前で偏向しあらぬ方向へと向かっていく。
(理論上は可能って話だったけど、何とか成功したか……けど、調節が難しい!)
叢雲ノ拳に搭載されている電磁波発生装置を利用した強電磁バリアー、レーザーの出力に合わせればレーザーの偏向・反射は可能という話は山田先生との特訓で何回かしていた。だが実際やってみると、これが中々調節が難しい。
「この……っ! 銃身が!?」
連続でレーザーを発射し過ぎたからか、ブルー・ティアーズのスターライトmkⅢが突然沈黙した。銃身が過熱したのだ。再び出来た隙を突くべく脚部スラスターを噴かして、俺はそのライフルに手を伸ばした。
「このっ!」
「弾けろォッ!!」
自棄になったのか、オルコットは手に持ったライフルを【振るった】。その銃身を左手でしっかりと握り、俺は叢雲ノ拳を作動させる。生み出された熱は銃身からライフル全体へと伝わって行き、やがて銃そのものが【沸騰】した。ボコボコと形を変えていくライフルを呆然と見つめているオルコットの目の前で、その右手に握られた武器が破裂し小規模の爆発を起こす。
「うっ!」
小さな呻き声にも似た悲鳴が耳朶を打ち、再び射程距離に入ったオルコットに向けて拳を振りかぶる。だがそれは、奴の背後から放たれた四つのレーザーによって妨害された。肩を、腹を、脚を焼いたそのレーザーに俺の身体は吹き飛ばされ、大ダメージを負った凱龍が警笛を喧しく鳴り響かせる。
「ッ……が、あぁ!!」
撃たれた腹が酷く痛む。シールドバリアー越しだと言うのに、何と言う威力だろうか。そもそもあのレーザーは一体何処から放たれたものなのか。脚の装甲をレーザーで焼かれつつ飛び回る俺の目の前に、奴の装甲にあったはずのフィン・アーマーの一部が四基現れる。
自律兵器だ。
「クソッ------」
偏向をと手を伸ばす俺をあざ笑うかのように、四基のビットは回り込むように俺の死角へと移動、そして放たれた青いレーザーは俺の背中を焼いたのだった。
漸く主人公機登場、名前はガイリュウと読みます
そして叢雲ノ拳は、ムラクモのケン、コブシじゃないです
次話で遂に決着、そしてセシリアとの和解は可能なのか
なるべく早めに三話を更新したいと思っています、お楽しみに!