※この作品はR-18です。

インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET-   作:REDALERT

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未練の歪み

 

「あ……」

 

 

九月のとある休日、凰鈴音が寮の廊下を歩いていると、向こう側から珍しい人物が歩いているのを見つけた。普段はポニーテールにしている黒い髪を下ろし、白い箱を胸に抱えた少女の名は篠ノ之箒。ここ暫くの間、部屋から出て来ることのなかった少女だ。当然の如く、鈴はすぐに箒の名を呼んで駆け寄った。

 

 

「箒!」

 

 

「ん……鈴か、久しぶりだな」

 

 

駆け寄って来た小柄な親友に柔らかな笑みを浮かべた箒は、もう塞ぎこんでいたころの彼女とは違っていた。そのことに鈴は嬉しさと戸惑いが交じり合った表情を浮かべつつ、まず彼女が部屋の外に出て来たことを喜んだ。

 

 

「久しぶりって、もう本当心配したんだからね! ……平気なの、もう?」

 

 

「……ああ、長い間自分の世界に逃げ込んでいたがこれを見つけてな。何時までも塞ぎ込んでいたらアイツに笑われてしまう」

 

 

そう言って胸に抱く白い箱を見つめる箒に、鈴は首を傾げた。

 

 

「その箱、何?」

 

 

「これか? これはな、先日京介の私物を整理していた時に見つけたものだ。待っていろ」

 

 

言うと、箒は慎重に箱の蓋を外して中身を取り出した。中に入っていたのは、それなりの大きさの写真立てだった。白い縁に波の模様が描かれた、中々綺麗なものだ。その中に写真は入っていないものの、代わりに白い紙が入れられている。その紙には少し癖のある字で、「誕生日おめでとう、箒」とだけ書かれていた。

 

 

「これって、もしかして」

 

「京介の奴が、私に渡しそびれた誕生日プレゼントだ。……本当、買っておいたプレゼントを渡し忘れるなどとアイツらしい」

 

「……そうね」

 

 

写真立てを箱に収め、箒は何かを思い出すかのように廊下の窓から見える学園の景色に視線を向かわせた。釣られて鈴も外を見ると、学園の広大な敷地の上に綺麗な青空が広がっている。

 

 

「幾ら私が塞ぎ込んだところで、アイツが帰って来るという道理ではない。なら私はせめて、アイツに少しでも元気な姿を見せ続けてやりたいのだ。……虫の良い話だが、この写真立てに入れられた紙を見て、そう気付いた」

 

「うん……そうだね、それが京介にとっても一番いいはずだよ。好きな人が傷ついているところを見るのは、辛いから」

 

「とは言っても……私はアイツから直接好きだと言われたことはないのだがな……」

 

 

自嘲気味に笑って見せた箒の尻を、鈴は軽く叩いた。そしてそのまま軽いステップを踏みながら廊下を進み、箒に向かってべーっと舌を突き出した。

 

 

「アンタみたいなおっぱい大きい女に傍にいられて落ちない男はいないわよ! って、一人いたか。ま、元気になったのなら良し! 他のみんなにもちゃんと顔見せてやんなさいよ!」

 

 

「ああ、色々心配掛けてすまなかった。これからも、宜しく頼む」

 

 

軽く手を振りながら去って行く鈴の背中を一瞥した後、箒は胸に抱く白い箱を軽く撫でた。愛おしく、愛でる。そして再び歩き出す彼女の頬には、日の光に煌く一筋の涙が光っているのだった。

 

 

 

 

 

「……IS学園に侵入する?」

 

 

同じ頃、日本にあるスコールの隠れ家。そこではゴースト、マドカ、マリーダ、スコール、そしてスコールの恋人であるオータムが揃っていた。普段このスコールの隠れ家はオータムが管理しており、ゴーストが初めて彼女と顔を合わせたのは数日前だった。大きなテーブルの上には拳銃が数挺と空のマガジン、そして弾薬箱が置いてありマドカとマリーダがいそいそとその弾丸をマガジンに入れている。その二人を間に挟むようにゴーストとスコールは対面して座っており、ゴーストの疑問に満ちた声に彼女は笑みを浮かべながら頷いた。

 

 

「ええ、そうよ。来週IS学園では学園祭が開催されるわ、それに合わせて織斑一夏から白式を強奪する。出来れば学園にある訓練機のコアもね」

 

「それはまた思い切った作戦だが、真正面から馬鹿みたいに学園にお邪魔するって訳じゃないんだろう? スコールさん」

 

「当然よ、まずオータムをIS企業の人間として学園に侵入させるわ。そして織斑一夏と接触させ、そのまま監視、タイミングを計って剥離剤(リムーバー)を使用して白式を彼から引き剥がす」

 

「剥離剤か……、上手くやれるのか?」

 

「上手くやるのよ、だから護衛としてマドカと貴方を付けるわ」

 

 

スコールの言葉に、マリーダが驚いたように手にしていた弾丸入りのマガジンを落とした。それが床へと落ちる前に、スコールの右手から伸びた金色の鞭がそのマガジンをキャッチする。

 

 

「どうしたのよマリーダ、危ないじゃない」

 

 

「え、いや、だって……私、留守番?」

 

 

マガジンを受け取るマリーダの表情は戸惑っていて、スコールはその顔を見て漸く何故彼女がそんな表情をしているのかに気付いた。

 

 

「ええ、そうよ。私と貴女はここでお留守番。仮にこちらがオータムのアラクネ以外のISを使用することになった場合、学園の者にシャグランを見られる訳にはいかないわ。その点マドカのサイレント・ゼフィルスならまだ誤魔化しようはあるから」

 

 

「うー……でもぉ」

 

 

まだ納得のいっていないのか、マリーダは頬を膨らませたまま足をばたつかせた。それを隣で見ていたマドカがずいと人差し指を頬に突き刺すと、ぷすっという空気の抜ける音と共にマリーダの頬が萎む。そして、ゴーストがボソッと呟いた。

 

 

「……そういえば、折角日本に帰って来たんだから食べたいものがあるな」

 

 

「あら、何を食べたいのかしら?」

 

 

スコールに聞かれ、ゴーストはわざとらしく息を大きく吐いて天井を仰いだ。

 

 

「色々あるんだが……やっぱり肉じゃがだな。肉じゃがが食いたい」

 

「肉じゃが……」

 

「ただすぐに食べちまうにしても勿体ないからな……一仕事終えた後が良い。しかも飛びっきりデカイ仕事だ。作ってくれるか? マリーダ」

 

「あ、うん、良いけど……」

 

 

決まりだなとでも良うように、ゴーストは勢い良く立ち上がった。肩を回し、手を何度か開閉する。その口元は、少し歪んでいた。

 

 

「練習しておいてくれよ、お前の上手い料理が食いたいんだからな」

 

 

そう言って自室へと消えていったゴーストを一瞥したマドカは、手にしていたマガジンをやや乱暴に拳銃へと装填するのだった。隣に座るマリーダも、近くにいるスコールも、その行為にどんな思いがあったのか気付くことはなく、彼らの夜は更けていく。

 

 

そして、崩壊への序曲はゆっくりと音を奏で始める。

 

 

 

 

 

学園祭当日、変装したオータムを学園に送り込んだ後、ゴーストとマドカもそれぞれ学園から近い場所で別れて待機していた。マドカは変哲のない私服姿、ゴーストは黒いスーツに出来るだけ右目の傷を隠す為のサングラス。髪型も整髪料で変えている。暫くの間は、二人共することが無かった。その為か、外に声が漏れることのないプライベート・チャンネルでマドカがゴーストに向かって声を掛けた。

 

 

『配置についたか? ゴースト』

 

『ああ、問題無い。しかし一般開放がないとは言っても中々の騒ぎっぷりだな、学園は』

 

『何だ、参加したいのか? 学生証を持ってくるべきだったな』

 

『黙れエ(・)ム(・)。本当なら今すぐ突入して織斑千冬をぶっ殺したい気分なんだ』

 

 

マドカの言葉に苛々を隠さず返事をし、ゴーストはスーツの上着、正確には両脇に吊るしてあるホルスターに入れたある拳銃に軽く触れた。ブラジルにある銃器メーカーから仕入れたタウルスPT92、亡国機業傘下の企業から裏ルートを通して日本に輸入させたものだ。ゴーストがスコールから渡された夏希の拳銃は現在隠れ家に置いている。そうさせたのはスコールで、それはゴーストに夏希の銃を持たせたまま学園の近くへ配置すれば、そのまま彼が織斑千冬へ挑むのではないかという不安があったからだった。事実、ゴーストは姉の仇を取るのならば彼女の拳銃でという想いがあった為、湧き上がる復讐心を辛うじて押さえ込んでいる状態であった。

 

 

『そう苛々するな。流石にこれだけの人の目があるところで発砲してみろ。幾ら我々のフォローがあったとしても貴様の正体に誰かが感づくさ』

 

『分かってるさ……織斑千冬は兎も角篠ノ之束は何処にいるかも分からないんだ。下手に行動して奴らの行動が早まっても困る』

 

『本当に分かっているなら良いのだがな』

 

 

暫くの沈黙が続き、ゴーストはふう、とため息をついてから遠くに見えるIS学園の建物を一瞥した。少し前まで自分が住み、学び、戦っていた場所。短い期間ながらも沢山の思い出を作ることが出来たその場所は、今ではあんなにも遠くに存在している。手を伸ばしても掴めなく、近くなく、ただ遠い。

 

 

(奪われて、逃げて、醜いことだな、俺は)

 

 

すっと学園に向けて伸ばされた手は空を切り、閉じられた指は大気を裂く。何もない掌を見つめ、ゴーストは足元に転がっていた小石を蹴り飛ばした。そして再び、プライベート・チャンネルを通したマドカの声が耳朶を打つ。

 

 

『……マリーダとは、どうなんだ』

 

 

『急にどうした、スコールに叱られるぞ』

 

 

自嘲気味にゴーストが言い返すと、マドカはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。顔も見えないのに何故かゴーストには、彼女の表情が手に取るように分かった。心配そうで、不安で、少しだけ前に出ようと頑張っている。そんな歳相応の顔が。

 

 

『大事な事だ。お前はマリーダとは恋人で、何度も身体を重ねている。今のお前にとって、彼女はどういう存在だ?』

 

『マリーダがどういう存在か? それは……勿論、今の俺にとって唯一守りたいと想える大切な人さ。調子の良い話、ヴァリアントで目覚めた日にアイツと寝て……俺は彼女に依存する形になった。それをそのまま恋人同士だなんて都合の良い言葉に当て嵌めて、時が経つにつれて俺と彼女は依存から共存へ移行した。お前にとってマリーダが姉のような存在なのは分かってる。けど今の俺にとっても、無くてはならない存在なんだ』

 

『……そう、か。いや、彼女にとってお前が大切な存在でそれがお前にしてもそうならばそれで良いんだ。ただ……彼女が前より私を見てくれなくなった気がしてな。怖かったのだ』

 

『心配しなくても、アイツはお前を置いて一人で行ったりはしないさ。アイツのことは、俺よりもお前の方が長く知ってるんだろう? 大丈夫さ』

 

『……そうか、そうだな。なら今日の夜くらいは、マリーダと一緒に寝させてくれないか? 久しぶりに、彼女の話をゆっくりと聞きたいんだ』

 

『それくらいなら、何時でもどうぞ』

 

 

通信が切れると、ゴーストはもう一度ため息をついた。マリーダの子供っぽい笑みが脳裏に浮かび、次いでマドカのムスッとした機嫌の悪そうな顔が浮かぶ。そんな対照的な二人が姉妹のように仲が良いというのだから、人間見た目だけでは分からないといことを思わせる。そう、見た目だけでは人の内面など分からない。

 

 

「何を考えているかなんて尚更な」

 

 

呟きが虚空に消えていき、次にゴーストとマドカが動いたのは潜入していたオータムから織斑一夏と接触したという報告が来てからだった。

 

 

『------漸くあのクソガキと接触したっつーのに、撒かれちまった。上手い事引き止めたつもりだったんだが、カタログを出そうとしたのが失敗だったな……』

 

『何でカタログなんか出そうとしたんだ。白式が後付装備を付けられないことは説明済みだったろうに……』

 

『唯の一企業の人間が最初からそこまで知ってたら流石に感づかれるだろうが……。まあまだ接触出来るチャンスはあるから心配するな。上手く一人の時を狙う』

 

『こっちは何時でも動けるようにはなってる、何かあったらすぐに言え』

 

『分かってる、じゃあな』

 

 

乱暴に切られた通信に顔を顰めながら、ゴーストはホルスターの位置を微調整してスーツの上着のボタンを留めなおした。流石に学園内に侵入する羽目になると、ホルスターと拳銃を見られる訳にいかなくなる。幾ら学園内のことは殆ど知っているとはいえ、学園祭ともなれば意外なところに人がいたとしてもおかしくなはい。

 

 

(一夏、か)

 

 

オータムからの報告を思い出し、ゴーストはかつてのことを思い出していた。何も知らない少年と少女の為に姉を殺され、大怪我を負わされ、居場所を奪われた。少年のあの何も考えていなさそうな暢気な表情を思い浮かべると、少しばかり腹が立つ。殺意は無いが、恨みはある。

 

 

「感づかれる訳、ねえだろ」

 

 

再び虚空に言葉を放った後、ゴーストは何も言わずに持ち場を離れた。その足は、IS学園の方へと向いていた。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

ふいに右手に走った悪寒に、篠ノ之箒は首を傾げた。右手に付けている待機状態の紅椿を一瞥するも、すぐに気のせいだと判断してトレイを持って自らを呼ぶ客(・)の元へと向かう。現在彼女達のクラスで行われているメイド喫茶の為に、彼女もメイド服を着用していた。暫くの間クラスから離れていたものの、クラスメイト達は皆優しく箒を迎え入れてくれた。その御蔭もあって、箒は前よりも明るい顔をしていることが多くなった。

 

 

(本当に、有り難いことだ)

 

 

数日前までの自分の状況を思い出すと、自己嫌悪に陥ってしまう。慕っていた少年の死を受け止めきれず、縋るように彼の残された私物をずっと整理し続けていた。その結果彼の残していった自分へのプレゼントを発見し、そして、それがもう彼の手から渡されることが無いのだと思い知らされた。それが逆に彼女を立ち直らせたのだが、一つだけ直らないものがあった。それは------。

 

 

「織(・)斑(・)、四番テーブルからご使命だ。待たせるなよ」

 

 

「あ、ああ、分かった」

 

 

注文を取った後裏の厨房に回り、箒はそこで待機していた執事服姿の少年に声を掛けた。織斑一夏、今や世界で唯一ISを操縦出来る男子となった彼は気まずそうな表情を浮かべ、箒に返事を返す。小学校の頃が同じ幼馴染だったはずの二人だったが、箒の想い人が亡くなってから二人の関係は友人以下にまで冷え切ってしまっていた。正確には、箒の一夏に対する態度が。

 

 

いそいそと厨房を出て行く一夏の背を一瞥し、箒はふんと鼻を鳴らす。その行動に、同じ厨房で待機していたシャルロット・デュノアは不安を隠しきれなかった。箒が自分達の前に姿を現した日、彼女は自分達に向けて迷惑を掛けてすまなかったと謝ってきた。シャルロット達もそれは仕方のないことで彼女が気に病む必要は無いと言ったものの、彼女が一夏を前にした時何と言うのか不安で仕方が無かった。だが意外にも彼女は一夏にも心配を掛けたと頭を下げ、一夏もまた自らの非礼を詫びた。だが一夏が彼女の名を呼んだ時、シャルロットは背筋が凍ったような気がしたのだ。それは箒の冷え切った二つの目が一夏を貫いていて、同じように冷え切った言葉を一夏に投げつけたのだ。

 

 

私を名前で呼ぶな織斑、と。

 

 

その時シャルロットは本能的に悟った。もう自分達の関係はおかしくなってしまったのだと。もう二度と、あの夏の前のようにはならないのだと。

 

 

「……ねえ、箒」

 

「ん、どうした?」

 

「ちょっと気分転換に学校の中を回ってきたら? こっちは僕達でやっておくからさ」

 

 

そんな思いを胸の奥に隠し、シャルロットは品物のお菓子をダンボールから取り出していた箒に声を掛けた。客は未だに多いものの、回しきれない数ではない。他のメイドや生徒達からも賛同を受け、半ば追い出されるように箒は教室から出た。その背を見つめた後、シャルロットは誰にも気づかれない程小さな声で、呟いた。

 

 

「……京介が生き返ってくれたら、全部元に戻るのかな……」

 

 

そしてその耳に、強くドアが開かれる音が響くのだった。

 

 

 

 

 

教室を追い出されるように出て来た箒は、メイド服姿のまま校内を散策していた。他のクラスの出し物にも顔を出し、メイド服ということで複数人と写真を撮る。前よりも増えた交友関係に少しばかり顔を綻ばせつつ、彼女は外の空気でも吸おうと屋上へと足を向けた。階段を昇り、屋上へ続くドアの前に立つ。そしてそのノブに手を伸ばすと、再び右手に悪寒が走った。

 

 

「やはり、気のせいでは……?」

 

 

待機状態の紅椿を見つつ、箒は意を決してドアを開いた。その先には何かがあるのだと、謎の自信を持ちながら。

 

 

「……?」

 

 

意外にも屋上には殆ど人がいなかった。眼下に見える敷地内では楽しそうな生徒達の声が響き、動き回っているのが一望出来る。そして箒の目に映っていたのはそれだけではなく、広い屋上に一人立っている黒いスーツ姿の男性の姿だった。サングラスを掛け、ポケットに手を突っ込んで眼下をフェンス越しに見下ろしている。初めて見るはずのその男性の姿に、箒は何故か懐かしさのようなものを感じてしまっていた。

 

 

と、そこでふいにスーツ姿の男性の顔が箒の方へ向いた。箒を捉えたのであろうそのサングラス越しの目、僅かに開かれた口元、バツが悪そうにその男は頭を掻くと口を開いた。その声もまた、箒に懐かしさを感じさせる。

 

 

「もしかしてここは、部外者は立ち入り禁止だったかな」

 

「え、ああ……いや、そういう訳ではないですけど」

 

「そうか、良かった。……同僚と来ていたんだが逸れてしまってね、ここで待ち合わせようとさっき連絡を取ったところなんだ」

 

 

語る男性の横顔を眺めながら、箒の心臓は激しく鼓動していた。似ていると、彼女は思った。もう死んでしまった想い人に、浦城京介に彼は似ていると。

 

 

「同僚、ですか?」

 

「ああ、【みつるぎ】っていうIS企業の人間でね私は。代表候補生の方達にうちの装備を使ってもらえないか交渉に来てたんだ。名刺を渡したいところなんだけど、それも何処かで落としてしまったようでね。後で捜さないと」

 

「そ、そうだったんですか」

 

 

返事覚束ず、箒は男性から目を逸らして眼下を見下ろした。フェンスを軽く掴み、何とか落ち着こうとゆっくりと深呼吸を繰り返す。隣にいる男性に不審がられないように。と、今度は男性の方から声を掛けてきた。

 

 

「今更ながら、凄い格好だね君。メイド服か」

 

「えっ、あ、うちのクラスの出し物がメイド喫茶なので、それで」

 

「ああ、メイド喫茶か。それだと……君は織斑一夏君のクラスメイトか」

 

 

織斑一夏、その名を聞いた箒は返事に詰まった。外部の人間が一夏に触れる時は、必ず次ぎに何を言うかは決まっているからだ。

 

 

「沈黙は肯定とみなすよ。……そうか、残念だったね、彼(・)のことは」

 

 

「……はい」

 

 

やっぱりだと、箒は内心毒づいた。外の連中は何時も一夏の話題を出せば、次に京介の話題を出す。世界の損失やらベラベラとスケールの大きな話をして、彼自身のことなど何も語らない。それが箒には気に入らなかった。だから目の前にいるこの男も、同じように損失などと言う言葉を使うのだろうと箒は高を括っていた。だが男性の口から放たれた言葉は、箒の予想とは違っていた。

 

 

「無念だろうね、まだ若かったのに。色々やりたいこともあったろう、恋人もいたんじゃないか?」

 

「え?」

 

「世界の損失だなんだって言ってるけど、実際のところそこまで大きな問題じゃない。軍事利用が禁止されているにも関わらず各国軍は軍用ISを開発し、実験を繰り返し、何かに備えている。結局のところ男だろうが女だろうが関係なくなるのさ、ISがまた兵器に戻ればな」

 

 

男はそう言ってフェンスに背を預けると、鼻の頭を掻いて言葉を続ける。箒はまた、その横顔に視線を奪われていた。

 

 

「彼は、浦城京介は君達にとってどんな存在だった? 言うのが辛かったら、別に無理して答える必要はないよ」

 

 

「……いえ、大丈夫です。彼は、京介は何時もクラスの中心にいました。ちょっと適当で喧嘩っ早いところもありましたけど、それでも人の為なら何でもやってくれる人でした。私も色々あって、彼に助けられて……好きだったんです、私。京介のこと、大好きでした。向こうもきっと私のことが好きだった何て分かりませんけど、それでも好き合っていたんじゃないかとは思うんです。結局、告白も何も出来ないまま逝ってしまいましたけどね」

 

 

言いながら、箒は自分の頬が濡れていることに気付いた。目から零れ落ちた涙が頬を流れ、彼女はそれを乱暴に拭った。その様子に触れることなく、男はゆっくりと口を開く。その声が何故か、箒には脅えているような気がした。

 

 

「……君は今でも、彼の事が好きだって言えるのかい? 死んでしまっていても、彼の事が好きでい続けられると」

 

 

「私にも何時かまた、別の出会いがあるかもしれません。だけど、それでも私が彼を好きだっていう気持ちは変わらないと思います。だって私にとって京介は------」

 

 

突然強い風が屋上に吹き荒れ、箒は目を瞑った。スカートが靡き、長い黒髪が暴れる。ほんの数秒の出来事だったが、箒が目を開いた時、すぐ傍にいたはずの男性の姿はなかった。屋上を見回してもあの黒いスーツ姿は無く、残された箒はただ呆然とするばかり。

 

 

「幻? けど、そんなこと……まさか」

 

 

一人呟く彼女の眼下では、何時の間にか殆どの生徒が居なくなっていた。

 

 

 

 

 

一方マドカからの連絡を受けたゴーストは、ステルスモードのダークバレットを展開して屋上から飛び降りていた。マドカから受けた連絡はただ一つ。

 

 

【作戦は失敗、逃走するオータムを援護せよ】。

 

 

両手に荷電粒子砲を握り、ハイパーセンサーで学園を出て逃走しているオータムの姿を捉える。マドカは遠回りする形で移動しており、ゴーストの視界の向こうにオータムを追う二つの影が見えた。それぞれISを展開している為間違えようが無い。セシリア・オルコットとラウラ・ボーデヴィッヒ、ゴーストのかつての友人達だ。

 

 

(どいつもこいつも……)

 

 

先程の箒との会話が脳内で反芻し、ゴーストはギリッと歯軋りする。逸る気持ちを抑え、あくまで第三者という立場からゴーストは箒と言葉を交えていた。出来る事なら正体を証し、全てをぶちまけ、彼女に真実を伝えたかった。だが伝えたところで彼女も仇の妹なのだという事実は変わらず、残るのはゴーストのやりようのない思いだけ。それに彼女の言った言葉はゴーストの心を揺さぶり、戸惑わせていた。

 

 

(俺は何故あんな事を聞いたんだ……!)

 

 

今でも彼(・)のことが好きか。その問いに、彼女はは(・)い(・)と答えた。彼にとって学園にいたころの思い出は復讐心の糧であり、何時か棄てるはずのものだった。それを自分から拾い上げようとし、そして自らの行動に綻びを生み出してしまった。

 

 

(俺も好(・)き(・)だ(・)っ(・)た(・)さ、お前のことは……! けど今は、俺はッ!)

 

 

オータムを追うセシリアとラウラが分かれ、セシリアがライフルを構えた。その銃口の先にはある公園があり、オータムはそこで水を飲んでいた。ずっと走っていた所為で喉が渇いていたのだろう。だがそこにゆっくりとISを展開したラウラが近づいていっている。マドカがどう行動するのか分からないが、AICでオータムが身体を拘束されるには時間の問題だろう。

 

 

「邪魔なんだよ……手前らはよぉッッ!!!」

 

 

ゴーストは叫ぶと、上空から一人銃を構えているセシリアに向けて突進するのだった。

 

 

 

 

 

IS学園から離れた位置にあるとある公園、そこでオータムはISを展開したラウラに追い詰められていた。彼女はAICでオータムの両足を固定している。オータムは抵抗しようにも所有していたIS【アラクネ】を学園での戦闘で失っており、どうにも出来ない状況だった。

 

 

「とうとう捕まえたぞ亡国機業、貴様らの組織について洗いざらい吐いてもらう」

 

「誰が話すかよ、クソが!」

 

「余計なことはしない方がいい、既に貴様の眉間に狙撃手が狙いを定めている」

 

 

怒り心頭といった様子のオータムを前に、緊張感を持ちながらも優位性を握っているとラウラが思っていると、その小さな背中に男の声が投げかけられる。その方向には本来、彼女の味方がいるはずだった。

 

 

「------へえ、その例の狙撃手ってのはこのイギリス人のことか?」

 

 

「何っ!?」

 

 

振り返ったラウラの視界に映ったのは、ボロボロの状態で地面に膝を付いているセシリア・オルコットと、彼女の腕を拘束しその頭部に拳銃を突きつけているゴーストの姿だった。

 

 

「セシリアっ!」

 

 

「だ、大丈夫ですわラウラさん……それよりこの男、ISを……うぅ」

 

 

呻くセシリアに銃を突きつけたまま、ゴーストが口を開いた。

 

 

「今すぐISとオータムのAICを解除しな。じゃなきゃこの公園に死体が一つ転がることになる」

 

 

「くっ……! 貴様ぁ!」

 

 

ラウラが叫んだ瞬間、ゴーストの指が引き金を引いた。銃声が響き、弾丸が掠ったセシリアの左腕から血が流れ出す。彼女の小さな悲鳴が公園に木霊し、そしてゴーストの低く威圧感のある声がラウラに投げ掛けられた。

 

 

「……二度言わせるな、目の前で脳髄を飛び散らせたいか? 早くしろ」

 

 

「っ……分かった」

 

 

仕方なくラウラがISを解除すると、自由になったオータムがラウラの顔を思い切り殴り飛ばした。憂さ晴らしの為に。銀髪を揺らしながら地面に倒れたラウラをオータムは強く蹴りつけ、唾を吐き掛ける。

 

 

「このクソ野郎が……手前のISを分捕ってやろうか!」

 

 

「止せ、それは作戦に無い」

 

 

ゴーストはセシリアに拳銃を突きつけたままホルスターに入っていたもう一つの拳銃を取り出し、オータムへ投げ渡した。オータムはスライド部分を手にすると、そのままラウラの銀髪を掴みその頭部をマガジンの底で殴りつける。呻き声を上げながらラウラはぐったりとした様子で地面に倒れ込み、オータムはゴーストに視線を向けた。

 

 

「どうする、ここで殺すか?」

 

「止せと言っている。気絶させるだけで良い」

 

「ハッ、旧(・)友(・)を殺すのは躊躇いがあるってかぁ?」

 

「黙れオータム!」

 

 

嘲笑の笑みを浮かべるオータムに激昂したゴーストが怒鳴ると、二人の間に突如サイレント・ゼフィルスが出現した。今到着したのか暫く様子見に徹していたのか、兎に角ステルスモードを解除したマドカが二人の間に現れた。その姿を見て驚いたのはオータムでもゴーストでもなく、拘束されていたセシリアだった。

 

 

「サイレント・ゼフィルス……!? どうしてここに、貴方達はやはり------」

 

 

「死にたくなければその口を閉じていろ」

 

 

マドカが取り出したスターブレイカーの銃口を向けられ、セシリアは口を閉じる。IS兵器を前に、後ろには拳銃。そして仲間の一人は気を失い人質として扱われている。最悪の状況の中、セシリアの目はゴーストに向いていた。

 

 

(この男、最初に現れた時ISを使用していた。世界でISを扱えるのは一夏さんと京介さんだけだったはず。勿論三人目がいたという可能性も十分ありますが、彼はあまりにも似(・)過(・)ぎ(・)て(・)い(・)る(・)。それにオータムとかいう女の旧友という言葉……まさか……)

 

 

セシリアが考えを廻らせていると、ゴッという鈍い音と共にその頬にオータムの革靴の先がめり込んだ。顔から地面に倒れ込み、口内が切れた所為で口の端から赤い血がつぅと垂れていく。苛々した様子のオータムはセシリアを見下ろしたまま、声を荒げた。

 

 

「ジロジロ見てんじゃねえよ、このクズが! クソッ、バラすんならとっととバラしな!」

 

 

「……少し黙っていろ、オータム。お前が任務に失敗したのには変わらん」

 

 

ゴーストはそう言うと、手にしていた拳銃の底でセシリアの頭部を殴りつけた。ラウラと同じように呻き声を上げてセシリアは地面に突っ伏し、動かなくなる。その二人の様子を確認した後、ゴーストは最初に発砲した薬莢を回収しダークバレットを展開した。オータムもサイレント・ゼフィルスに抱えられるようにして、青と黒のISは再びステルスモードを起動し、不可視状態となったままその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

隠れ家である高級マンションの一室に戻って来た後、オータムはスコールの部屋で個人的な懲罰を受けてさせられていた。マドカはマドカでサイレント・ゼフィルスの調整の為に部屋に篭っていて、リビングには苛々した様子のゴーストと戸惑うマリーダの二人だけが残されている。ゴースト達が帰って来てからずっと、マリーダは彼に話し掛けることが出来なかった。ゴーストは帰って来てから作戦が失敗したとしか言わず、ずっと何かに怒っている。声に出さずとも、その雰囲気だけで十二分に伝わる程に。

 

 

だがこのままで良い訳がないと、マリーダは意を決してゴーストに声を掛けた。出来るだけ明るく、普段通りに。

 

 

「ね、ねえ、ゴースト。隣に座っても良い?」

 

「……好きにしろ」

 

「う、うん」

 

 

冷たい返答にオドオドしながらマリーダがゴーストの隣に座ると、彼女はそのままゴーストの肩にもたれ掛った。手を彼の手に重ね、握る。だがそれをゴーストは解いて、すっと立ち上がった。

 

 

「……悪いが今はそういう気分じゃない」

 

「え、違うよ! 私はただ……」

 

「今日はもう寝る。お前はマドカとでも一緒にいろ」

 

 

ゴーストの珍しく有無を言わさぬ強い口調にマリーダはうろたえつつも、去って行くその背に向けて叫んだ。ゴーストが棄てたか(・)つ(・)て(・)の名を。

 

 

「京介!」

 

 

それを聞いた途端ゴーストは踵を返し、顔を怒りに歪ませてマリーダの頬を打った。乾いた破裂音がリビングに響き、マリーダの頬が赤く腫れる。その胸倉を掴み、ゴーストは顔を近づけた。

 

 

「俺をその名前で呼ぶんじゃねえ……! いくらお前でもだ、いいな! 二度とその名を呼ぶな!」

 

「ゴースト……、IS学園(あそこ)で一体何があったの? そんなに怒って、らしくないよ」

 

「ッ……クソ!」

 

 

涙目になりながらも自らを心配してくれているマリーダの視線から逃れるようにゴーストは悪態をつくと、壁を強く殴りつけて再びリビングを出ようと一歩踏み出した。するとリビングと廊下を繋ぐドアが開かれ、マドカが現れた。壁を殴った時の音を聞いて慌てて来たのか、手にはドライバーを持ったままだった。

 

 

「これは……マリーダに何をした、ゴースト!」

 

 

「黙ってろ……退いてくれ」

 

 

泣いているマリーダを見つけるや否やマドカはゴーストに詰め寄ったが、ゴーストはその身体を押し退けて廊下に出ると乱暴にドアを閉じた。後に残されたマドカはゴーストを追いかけようかとも思ったが後ろで泣いているマリーダを放っておくことも出来ず、仕方なく持っていたドライバーを放り投げて彼女に寄り添った。マドカに抱き締められたマリーダは肩を震わせながらも、気丈に振舞おうと口を開く。

 

 

「ゴースト、ちょっと疲れちゃったんだよね。ついこの間までずっと作戦に出ずっぱりだったから、ゆっくり休めば……きっとまた優しいゴーストに戻るよね。そうだよね、マドカ」

 

「……ああ、そうだな、マリーダ。きっと休めばまた前のように、お前の大好きなアイツに戻るさ。だから今はそっとしておこう」

 

「……うん」

 

 

 

捨て去ったはずの過去は未練となって絡みつき、手に入れたはずの未来は呪縛となって行く手を阻む。望まぬ再会は思わぬ亀裂を生じさせ、それは後の取り返しの付かない出来事を引き起こす。

 

 

ただそれに気付いていた者は、誰もいなかった。

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