インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
スコール隊による白式強奪作戦失敗から数日後、ドイツ・イゾルデ邸。傘下PMCによる警備兵で囲まれた豪華な屋敷には沢山の部屋があり、屋敷の一番奥には主であるイゾルデ・ゲルトラウト・ヴィクトーリア・シュヴァルツの寝室がある。真夜中の寝室は薄暗く、キングサイズのベッド脇にあるランプの明かりが点いているだけ。
そのベッドの中では全裸のイゾルデがシーツで身体を隠しており、眼鏡を掛けてISに関する資料に目を通していた。ぺら……と紙を捲る音だけが寝室に響いていると、ガチャッという音と共に寝室の扉が開かれた。現れたのは暗闇に紛れそうな黒い服装に身を包んだゴーストで、右目の傷が明かりの中で僅かに浮かび上がっている。
「漸く到着か、時間が掛かったな」
「色々と仕事が立て込んでいたからな、すまない」
言いながら肩に掛けていた黒いボストンバッグを床に置いて、近くにあった椅子にゴーストは腰掛けた。イゾルデの聞いた話では、ゴーストはここ最近各国を飛び回り各隊のIS強奪作戦に参加していたという。御蔭で手に入れたISの数は十にも上り、亡国機業の戦力増加に役立っているようだった。何故彼が所属している隊以外の作戦に参加するのか詳しい理由をイゾルデは知らなかったが、スコールから深く追求しないように釘を刺されている為に今それを聞く気にはなれなかった。その代わりイゾルデは妖艶な笑みを浮かべてシーツを捲くり自らの裸体を彼に見せ付けるようにすると、トントンと空いているベッドの白地を叩く。
「謝るくらいなら、別の方法で埋め合わせをしてくれないか。マリーダ以外の
勿論イゾルデにとってこの挑発行為はあくまでからかう為の冗談であり、ゴーストも当然の如く断るものだと思っていた。だが意外にも彼は上着を脱いでショルダーホルスターも外すと、そのまま上半身をはだけてベッドの中に潜り込んで来た。イゾルデの手を押さえ上から覆い被さるようにし、その首筋に唇を這わせる。
「っ……ぁ……」
思わず漏れたイゾルデの嬌声にも構わずゴーストはイゾルデの眼鏡を外してやると、そのまま後頭部に手を沿わして額と額を当てた。その開かれた左目は虚ろで、疲れきっている。そう感じたイゾルデは自らの両腕でその背を抱くと、子供をあやす様に自らの胸の間にその顔を埋めさせた。今は日本にいる遺伝子上の娘にもしてやらなかったことを目の前の少年にしている、自分にもまだ母性の欠片というものがあったのかと自嘲気味に笑うイゾルデの腕の中でゴーストは眠る。過去と未来の間で雁字搦めにされている哀れな少年は、誰にも何も内心を吐露することなく戦うことを選んでいた。
翌朝、ゴーストが目覚めた時には既にイゾルデは灰色のスーツに身を包み寝室のテーブルにコーヒーと新聞を広げていた。カップは二つあり、イゾルデは目を覚ましたゴーストに蒸したタオルを渡すとそのまま席につくよう促した。言われた通りに顔を拭いて席についたゴーストは差し出されたコーヒーを啜り、昨夜の非礼を詫びた。それに対してイゾルデは黙って首を振り、昨夜目を通していた書類をゴーストの前に投げた。
「これは?」
「今回お前を呼び寄せた理由だ。是非目を通しておいて欲しい」
クリップで留められた十枚に満たない紙の束の表紙に書かれている【生体同期型IS開発計画】の文字。首を傾げながらも書類に目を通しているゴーストに、イゾルデは補足説明を行った。
「簡単に言えばISのコアを一種のデバイスとして人間の身体に埋め込み、同時に神経系を接続し生身でもISの機能を有効かつ迅速に使えるようにするものだ。現在のISはどうしても展開までにラグがある、これはそのラグを極限まで切り詰める為のものだ。それだけじゃない、生身のままISの機能が使用可能になることでその者はより強い力を得ることが出来る」
「言い方は悪いが改造人間みたいなものだろう。そもそも神経系の接続なんて出来るのか?」
「理論上は可能だ、だが大事なコアを使うのならば腕の立つ操縦者を選ばなければならない。そこで最初の被験者に選ばれたのが------」
「俺という訳か。要は体の良いモルモットになってくれと頼みに来たんだろう?」
ゴーストは自嘲気味に笑ってみせると、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。書類をイゾルデに突き返し、席を立つ。
「残念だがお断りだ。俺が亡国機業に参加したのは俺自身の復讐を果たす為であって貴様らの人体実験に付き合う為じゃない」
「その右目を取り戻すことが出来るぞ。全ての神経を繋ぐより、貴様の右目を新たに作ってハイパーセンサーとして嵌め込む方が簡単なのだからな」
寝室を去ろうとしたゴーストの背中にイゾルデが声を掛けると、彼は僅かに反応する素振りを見せた。そして首だけを動かしイゾルデに横顔、しかも右目側を向けて静かに言い放った。
「他の誰かの実験が成功したならば、俺も考えておいてやる。邪魔したな、コーヒーご馳走様。後でダークバレットの整備と新装備の取り付け、宜しく頼む」
ゴーストが部屋を出て行った後、イゾルデは突き返された書類を胸にベッドに横たわった。長い銀髪を乱し、右腕を顔の上に載せて光を遮る。その口元が妖しく歪むと、彼女はそっと服の中に自分の手を差し込むのだった。
日本に帰って来たゴーストを出迎えたのは、スコールからの新たな指示だった。ゴーストがドイツに行っていた間に行われていたマドカによる【銀の福音強奪作戦】が失敗したこともあり、三度目の失敗は許されないとしたスコールを除く幹部会はある決定を下した。スコール隊全兵力を持ってIS学園のISを可能な限り強奪せよと。
「それで選ばれたのが、キャノンボール・ファストとかいうイベントか?」
「そうよ、そこは学園ではなく市の大型アリーナで行われるから警備は干渉出来る。今回はより多くのコアを強奪することが目的だから、専用機持ち以外の訓練機のコアも積極的に狙って行くわ」
隠れ家である高級マンションの一室でスコールの説明を受けていたゴーストは、キャノンボール・ファスト開催を告げるチラシを眺めていた。キャノンボール・ファストとは秋頃に開催されるISの高速バトルレースだ。本来は国際大会として行われるが、IS学園があることから市の特別イベントとして学園の生徒達が参加する催し物となっている。今回は一般生徒が参加する訓練機部門と専用機持ち限定の専用機部門とに学年別に分かれて競うようになっており、会場は2万人以上収容可能な市のISアリーナで開かれる。
確かに訓練機も全て出すのであれば、それも狙わない手はない。仮に全ての訓練機のコアを奪えたとしたら、亡国機業の持つコアは軽く五十は越えるだろう。そしてゴーストにもこのキャノンボール・ファストは、ある意味魅力的なイベントだった。チラシ下部に書かれている開催日時、九月二十七日。この日は織斑一夏の誕生日なのだ。
(大事な弟の誕生日に乱入騒ぎを起されれば、流石に手前も出て来るかな? 織斑千冬)
一夏の誕生日に、一夏の大事な白式を------若しくはコアだけでも------強奪する。想像するだけで興奮し、早く戦いたいと身体が疼く。嬉しそうに口の端を歪めたゴーストを前にその思考を察したスコールは、作戦の打ち合わせをすると言って他のメンバーを呼び寄せた。学園祭に侵入した際にオータムの使っていたアメリカの第二世代型IS【アラクネ】は更識楯無によって破壊されてしまった為、マドカが使っていたシャグラン・アヴェルスがオータムに与えられている。
「チーム分けを発表するわ。まず突入タイミングは一年生の専用機持ちによるレース中、ここでゴースト、マドカをメインにサポートにマリーダを付けて専用機持ちに対応して頂戴。その間にオータム率いる別働隊が訓練機のコア強奪に動くわ。私は客席から状況によって指示を出すわね」
「専用機持ち相手だと時間を稼いだ方が良いか? 奪えるのなら簡単な方を多くした方が良い」
「ええ、そうね。出来るだけ専用機持ちを引き付けておいてくれると有り難いわ、マドカ」
「なら専用機持ちの中でも誰を相手にするか決めておいた方が良いだろう。上級生組が来る可能性も踏まえると、織斑一夏と篠ノ之箒の相手をゴーストにしてもらう」
マドカの発言にゴーストが怪訝そうな顔をすると、彼女は腕を組みながら言葉を続けた。
「正直に言えばあの二人の操縦技術はまだまだ未熟だ。ゴースト一人で二人を相手にして消耗させた方が負担は少ない。私とマリーダならば仮に上級生組が来たとしても、残りの専用機持ちと対等にやり合える」
「それでも専用機持ちのISを奪うことも頭に入れておいて頂戴ね、マドカ。マリーダは今の流れで大丈夫かしら?」
スコールに話を振られたマリーダは最初こそ若干戸惑っていたものの、すぐに大丈夫と返事を返してマドカに向かって親指を立てて見せた。
「なら各自作戦までに自分の機体の調整は完璧にしておいて頂戴ね。今から私はオータムと会場の下見に行って来るから」
「ああ、分かった」
そう言ってスコールがオータムを連れて出て行くと、途端にゴーストは大きな欠伸を一つしてソファーに寝転んだ。首を傾げるマリーダとマドカを一瞥し、彼は面倒臭そうに口を開く。
「機体はイゾルデのところで整備されて来たばかりなんだ、俺は良いよ。それよりお前らの方が色々考えなくちゃならないんだろう? 俺は寝るから、話しとけ」
「ちょっ、ゴースト……」
マリーダが軽く抗議しようと立ち上がった時、既にゴーストは眠っていた。その寝顔は青く、まるで病人に近かった。普通に起きている時には気づく事のなかった異変にマリーダは何も言えず、ただ毛布を掛けてあげる事しか出来ない。そんなマリーダを励ますようにマドカは彼女の背を擦ってやり、ゴーストを起さないように部屋を出て行った。
(お前が勝つのが先か、壊れるのが先か。一体どっちなのだろうな……)
マリーダに余計な心配を掛けないよう心の中で独りごちると、マドカはそっと部屋の扉を閉めるのだった。
そして訪れた九月二十七日、キャノンボール・ファスト開催日。既にレース自体は始まっており、三年生、二年生と順調に進んでいる。そして次が、いよいよ一年生の専用機持ちによるレースだ。既に会場へ入り込んでいたゴースト達は天井の開いた広大なアリーナの屋上に出てきており、オータムからの連絡を待っている。
「新装備のビット、使えるのか?」
眼下で進められているレースの準備を眺めながら、マドカはゴーストに問い掛けた。ゴーストは空中にウィンドウを開いて何かのシステムを調整しているようだった。イゾルデ社によってゴーストのダークバレットは更なる改造が加えられ、新装備として新型の試作ビット兵器を搭載している。
「ぶっつけ本番で破壊されることはないだろうが、積極的に使う訳にはいかないな。よくて牽制程度だ、このゴースト・ビットは」
ゴースト・ビット、ゴーストと同じ名を冠したそれはサイレント・ゼフィルスのシールド・ビットを参考にして開発された新たな遠隔操作兵器である。楔形をしたそれはビームカノン、ビームシールドの他に表面にエネルギーを纏いソードとしても使用出来るようになっている。現在試作品として四基がダークバレットの腰部に装着されており、一基一基に操縦者の思考を読み取り、ハイパーセンサーからのデータを受信し自動で行動する事を可能にする観測機が内蔵されている。これはブルー・ティアーズやサイレント・ゼフィルス共通とも言えるビットの使用に意識を割く所為で、他の攻撃が疎かになってしまうという弱点を補うものであった。コアから直接供給されるエネルギーをチャージする為のコンデンサーも大きく、ゴースト・ビット一つひとつが1mを越すサイズになってしまっている。
「シールドとしての機能だけでも使ってみれば良い。中々大変だぞ、遠隔操作というのも」
マドカの言葉を聞きながらもゴーストはシステムの確認を続け、やがてそれを終えると僅かに身を乗り出してアリーナ内部を覗き見た。既に出場者はISを展開して準備しており、後は開始の合図を待つのみとなっている。その中に白式と紅椿の姿を見つけると、ゴーストは苦い表情をしながら身体を戻した。それを見ていたマリーダは彼の傍に寄り、久しく交わしていなかったキスをその場で行った。やや強引に、自分から求めるように。唇が離れると彼女はそのままゴーストに抱きつき、その後頭部に手を回して耳元で囁いた。
「大丈夫だよゴースト、貴方の帰って来る場所はちゃんとあるから。私がずっとそこで貴方を待ってるから。だからもう、棄てた過去に囚われて自分を追い詰めないで。ね?」
「……分かってる。最近お前に冷たくし過ぎたっていう自覚はあったんだ、お前は何にも悪くないっていうのにさ」
「私はそんなの気にしてないよ。だって本当に辛いのはゴーストだったんだから。今回の作戦はきっと上手く行くから、一緒に頑張ろうね! それに……ちゃんと肉じゃがも練習したから、絶対食べてね」
「ああ」
一度マリーダの身体を強く抱き締めてから、ゴーストはマドカを一瞥した。アリーナを覗いていたマドカが軽く手を上げると、ゴーストとマリーダはそれぞれ移動し突入ポジションに着く。既にレースは始まったようで、歓声が上がっていることにゴーストはその時初めて気付いた。そしてマドカが上げていた手を下ろすと、ゴースト達三人はそれぞれ自分のISを展開しアリーナへと突入するのだった。
突如先頭を飛んでいたシャルロットとラウラが飛来したビームに撃ち落されると、一夏はすぐにビームが飛んで来た方向を向いていた。アリーナの開かれた天井、その向こう側に見える青空に三機のISが浮いている。一機は黒く禍々しい印象を与え、一機はシルバーと黒のカラーリングが映える異形のIS、そして最後の一機は鮮やかな青い装甲が空に馴染んでいるブルー・ティアーズに似たISだった。
「
一夏はその手に雪片弐型を取り出すも、セシリアと鈴が一夏を庇うように前に出て来た。セシリアは青いISに銃口を向け、鈴は残る二機を牽制する姿勢を取っている。
「一夏さん、
「アンタは箒と一緒にラウラ達を助けに行って!」
「けど!」
「うっさい! 良いから行け!」
鈴の罵声を浴びせられた一夏は渋々地上へと降りると、既に地上に降りてやられたラウラを助け起そうとしていた箒に近づいた。
「箒! ラウラ達は!?」
「シャルロットが向こうにいる。早く行ってくれ、私はラウラを壁際まで運ぶ」
「あ、ああ!」
声色の冷たい指示を受けながらも一夏は倒れているシャルロットの元へと飛んで行き、その間に運ばれていたラウラは痛みに顔を顰めながらも箒に問うた。
「嫁に名前で呼ばれるのは……っ、嫌だったのではないか……?」
「私とて状況くらい考えて行動出来る。もう自分勝手なことで場を乱すようなことはしたくないのだ」
「そうか……。しかしあの黒いISはセシリアを一撃で倒す実力者だ、その他に二機もいるとなると……くっ、軍人が聞いて呆れる」
絶対防御を簡単に貫通する攻撃を受けたのか、ラウラは時折苦しそうに息を吐いて顔を歪ませている。そのまだ黒い装甲に包まれている身体をアリーナの壁に寄りかからせるようにすると、箒はすぐにその手に二本の刀を取り出した。
「案ずるな。先輩達か先生方が出てこられるまでの時間稼ぎなら我々でも出来る。お前もある程度回復すれば援護射撃でも行ってくれれば良い」
「……っ、ふふ、すまないな……」
「気にするな。織斑がシャルロットを運んできたら、彼女の傷の状態によって奴を護衛につけておけ。前線に出てこられても奴に与えるエネルギーは無いからな」
言うが早く箒は紅椿を飛翔させ、鈴を攻撃していた黒いISへ果敢にも攻撃を仕掛けて行った。その姿を見上げながら、ラウラは箒がまるで別人のようだと思っていた。決して前に出過ぎず、かといって下がり過ぎず常に誰かの援護に回れる最適な距離を維持している。攻撃方法も闇雲にエネルギー武器を使うのではなく、独断でインストールした実体剣等を活用して消耗を押さえている。極めつけは一時期使えなかった単一能力【絢爛舞踏】を今では自由自在に扱えていることだ。あの能力がある限り、前線で戦っているメンバーのエネルギーが無くなってしまうことはないだろう。
(何がアイツをそこまで成長させたのか……)
親友を担いで飛んでくる白いISを一瞥すると、ラウラはグッと歯を食いしばりながら肩のレールキャノンを展開した。視界にレティクルが表示され、セシリアと撃ち合っているサイレント・ゼフィルスを捉える。照準が赤く切り替わった瞬間、勢い良く砲弾が放たれるのだった。
突如警告を発した機体に合わせてマドカが身体を捻ると、地上から飛来した砲弾がその装甲を掠った。見れば最初に撃ち落したドイツ人のISがこちらを狙っている。すぐに手にしているスターブレイカーの銃口を向けようとしたがブルー・ティアーズのビットが視界に映り込み、マドカは舌打ちしながらシールド・ビットのエネルギー・アンブレラを展開した。ビットから放たれたレーザーを防ぎ、シールド・ビットはそのまま内蔵されたレーザーガトリングをブルー・ティアーズへばら撒く。
「マリーダ、頼む」
「了解!」
呟くようにマドカが言えば、返事と共にブルー・ティアーズの周囲を八基のビットが取り囲んだ。操縦者の焦った表情が見え、マドカは口の端を歪める。ビットから放たれたレーザーがブルー・ティアーズの装甲を焼き、青い機体はそのまま下へと落ちていった。
「やったの?」
「まだだな。私はこのままゴーストの援護に向かう、お前はアイツと地上にいるメンバーを牽制しておいてくれ」
「分かった!」
シャグラン・アヴェルスの腰部テール・ユニットに八基のビットが収納され、マリーダは両肩のビームガトリングから弾幕を張りながら降下していった。そしてマドカはバッと振り返り、ゴーストと戦っている甲龍と紅椿に向けてスターブレイカーの引き金を引いたのだった。放たれたレーザーは甲龍の背中を焼き、注意を自分に引き付けたところでマドカはシールド・ビットを放出し甲龍に向けて一斉射撃を行う。甲龍はダークバレットの相手をしている紅椿に一瞬視線を向けるものの、すぐにマドカに向けて衝撃砲の砲門を向けた。
(倒すのは簡単だが……オータムを待たねばならんのがな!)
大きな刃を手に斬り掛かってくる甲龍を前にマドカはビームナイフを取り出しながら、思い切りその刃を敵に向けて叩きつけた。
謎の黒い機体と戦っていた箒は、別の敵に引き付けられた鈴を心配しながらも健闘していた。黒い機体の持つ荷電粒子砲の威力は絶大で、しかも時折背中から飛び出してくるビットのような兵器が攻撃を防いだりビームを放ってきたり、挙句その尖った先端を武器として襲ってくる。それを何とか躱しながら刀の先端からビームを撃ち返すも、黒い楔型のビットが盾のようになって防がれてしまう。
「くっ……この、貴様達は何が目的だ! 我々の持つISか!」
「そうだ」
「男? ------っぐぅ!?」
突然聞こえてきた男の声に思わず動揺した箒は、楔形のビットから放たれたビームの直撃を受けてしまい、そのままバランスを崩して落ちていった。それを黒いISは追撃しようと降下し、突然真横から飛んで来た白いISの体当たりを受けて吹き飛ばされた。右手に刀を持ち左手にクローを展開している白式、それを操る織斑一夏は決意を秘めた眼差しで黒いISを睨みつけていた。
「もう、お前らの好きにはさせない。俺が……俺がこの手で、みんなを守ってみせる!」
黒いISはその一夏の言葉を聞くと、両手の荷電粒子砲を構えて白式に向けて突撃した。スラスターを煌かせビームを乱射しながら近づいてくる黒いISを正面に捉えながら、一夏は雪羅のシールドを使いながら雪片を片手で構える。そして黒いISを攻撃可能範囲まで引き付けると、一気に雪片を振り下ろした。
だが黒いISは切っ先の届くギリギリのところで急制動を掛けており、両手の荷電粒子砲のみならず四基の楔形のビットの砲門まで白式を捉えていた。そしてその全ての砲門が煌き、白式は破片をばら撒きながら地面に叩きつけられる。そんな一夏を見下ろすようにしていた黒いISは、誰に聞かせる訳でもなく呟いた。
「お前がみんなを守るんだったら、お前を真っ先に潰せば良いだけの話だな」
そしてアリーナの壁際に立っているラウラとシャルロットに向けて荷電粒子砲の砲門を向け、防御の体勢を取っている二人を一方的に撃ちまくった。レース用に装備を変更されたISでは十分な防御力が無く、砲身の過熱を知らせる表示が出る頃にはラウラとシャルロットは生身のまま倒れ込んでいた。
(これで二人確保か。向こうの援軍がまだ来ないということはスコールが何かしているな? 兎も角マリーダとマドカがそれぞれセシリアと鈴の相手をしているなら、俺はとっととあの二人を------)
と、ゴーストの思考を遮るように紅椿が両手に刀を持って斬り掛かってきた。放熱が終わっていない荷電粒子砲を腰のアタッチメントに固定し、ゴーストは二基のビットを手に持って斬撃を受け止める。表面にエネルギーを纏ったビットは近接武器としても有能であり、ゴーストは見事に紅椿と斬り合っていた。
(斬り捨ててみせるさ、過去は全て。
紅椿を蹴り飛ばしたゴーストが持っていたビットを投げつけると、その背中に突然高出力のビームが直撃した。絶対防御を貫通した激痛が全身に走り、ゴーストは思わず振り返った。そこにいたのは左手の雪羅を構えた一夏であり、どうやら直撃したビームはそこから放たれたもののようだった。
「この……ッ!」
激昂するゴーストだったが今度は紅椿が再び接近し、腰につけていた荷電粒子砲を一つ斬り裂かれてしまった。小規模の爆発に腰の装甲を焼きながらゴーストが紅椿から距離を取ると、そこに追い討ちを掛けるように白式が瞬時加速を行い接近してくる。紅椿に投げつけたビットを呼び戻すも間に合わず、ゴーストは先に紅椿の腕を掴むことによってその動きを止めた。だがそこへ白式が雪片弐型を構えながら突進し------。
「これで終わりだッ!!」
「ダメぇーーーーーッ!!」
ゴーストと紅椿を突如現れたシャグラン・アヴェルスが突き飛ばし、そしてその腹部を雪片弐型が貫いた。零落白夜を発動していたのか、絶対防御も何もかも貫いた刃の先端には真っ赤な液体が大量に付着している。身体をくの字に曲げたシャグラン・アヴェルスから苦しそうな呻き声が漏れた時、ゴーストは目の前に紅椿がいるにも関わらず叫んだ。
「マリーダぁぁぁぁぁぁ!!」
ゴーストの絶叫が響く中、一夏は自らの手に残る感覚に恐怖していた。目の前には腹部を貫かれたISがいて、その腹部からは血が流れ出ている。シルバーと黒に赤が混じり始めたISは雪片の刃を掴むと、グッと僅かに一夏に向けてその顔を近づけた。
「ぁっ……ぐ……アンタが、生きてるだけで……みんな不幸になるんだ。アンタが……ぅぅ、いなければ、アンタさえいなければ……マドカも……ゴーストも、みんなっ……不幸にならずに済んだのよ……!」
「っ……あ、ああぁ……」
「死んじまえばいいんだ……アンタなんか……。っ、おぇ……アンタは生きているだけで人を不幸にするんだッ!! 死んでしまえ! 織斑一夏ァ!」
「うああああああっっ!!」
叫ばれ、混乱の極みに達した一夏は雪片を思い切り引き抜いた。再び鮮血が装甲の隙間から溢れ、シャグラン・アヴェルスの全身からスッと力が抜けて落ちて行く。それを受け止めたのは、一瞬で紅椿を吹き飛ばしたゴーストのダークバレットだった。ゴーストの腕の中でシルバーと黒の装甲が粒子と消えていき、ISスーツを真っ赤に濡らしたマリーダの小さな身体が外気に晒される。
「女の……子」
その姿を見た一夏が紡いだ呟きに反応するように、ゴーストの目が白式に向けられる。カメラ・アイ越しでも分かる程の憎悪に一夏はたじろぎ、そしてその背から放出された楔形のビットがビームを乱射しながら白式の装甲に突き刺さった。突き刺さったビットは装甲を砕きながら回転し、一夏を地面へと叩きつける。激痛に顔を顰める一夏の目に飛び込んできたのは、アリーナ中に倒れている仲間達の姿だった。箒が、セシリアが、鈴が、シャルロットが、ラウラが、みんな傷つき倒れている。
『身の程知らずが』
何時か言われた更識楯無の声が脳裏に響き、一夏は空中に浮かぶ黒いISが飛んで行くのを見上げながら、意識を失うのであった。
アリーナから逃走したゴーストはマドカに状況を説明し、スコール達の用意したバンに乗り込んでいた。後部座席を動かしスペースを作り、そこにマリーダを寝かせ止血の為に様々な事を行っている。ゴーストはマリーダに顔を近づけ、必死に彼女に声を掛けていた。
「マリーダ、しっかりしろ。俺が分かるか? 俺の目を見るんだ、ほら、しっかりしろ」
頬に手を沿え服が血で汚れるのも構わず、ゴーストは必死にマリーダに声を掛け続ける。だがマリーダの腹部から溢れる血は止まらず、徐々にその顔は青ざめていっている。マドカもまたどうにもならない現状に、珍しく声を荒げてタオルを傷口に押し合てていた。
「何やってんだマドカ! 早く何とかしろ!」
「分かっている! だが血が止まらないのだ! 血が! 止まらないんだ……!」
「クソッ!」
声を荒げるゴーストの頬に、そっとマリーダが手を当てた。見れば僅かに目を開きながらもマリーダがゴーストを見つめており、ゴーストはすぐにその手を取って彼女に声を掛け直す。
「マリーダ、大丈夫だ。もうすぐ病院に着く、頑張れ!」
「もう……ダメだよ、私。分かるんだ……」
「何言ってんだよ、諦めるな! マリーダ!」
「ごめんね、私……私、貴方が辛かった時、支えて上げられなかった……」
頬に当てられたマリーダの手が震え、ゴーストはしっかりとその手を包む。彼女の死がすぐそこまで近づいているという事実を、彼は受け入れられなかった。
「違う! お前は、お前は俺の支えにずっとなってくれてたじゃないか! それを俺が……馬鹿みたいに過去を引っ張って……」
「その時に傍に居られなかったなら……それは私の所為だよ。……京介って、呼んでも良い?」
「ああ、お前になら、お前になら呼ばれても良い! だからしっかりしろよマリーダ!」
マリーダは目尻から涙を流し目を真っ赤にしながら、今度はマドカにその目を向けた。マドカもまた目を真っ赤にし、マリーダのことを見つめている。
「ごめん、マドカ。私……迷惑ばっかり掛けて……」
「そんなことない、そんなことないよマリーダ! マリーダは私にとって……本当の、お姉ちゃんで……。私の方こそ、マリーダの両親を……!」
ふるふると力なくマリーダは頭を振ると、虚ろな目でゴーストを見上げた。その目はゴーストの左目を見つめていて、ゴーストは思うままに彼女に唇を重ねた。その唇が離れた時、マリーダは最後の力を振り絞ったのか弱々しい声で言葉を紡ぐ。
「肉じゃが……作って上げられなくてごめんね……京介。だけど、最期に貴方の目に映ってたのが…………私、で……良…………」
「……? お、おい、マリーダ? 目を開けろよ、まだ助かるぞ! だから目を開けろよマリーダ!」
「…………」
「マリーダ……う、うう……ぅあああああああああああ!!!!」
叫ぶゴーストの手から息絶えた少女の手がするりと抜け落ち、床に当たって鈍い音が響く。溢れていたはずの血は、もう止まっていた。