インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
深夜、IS学園の地下特別区画では織斑千冬が一人コーヒーを飲んでいた。椅子に座る彼女の前には、タッグマッチトーナメントの際に一機だけ残ったゴーレムⅢの残骸が保管されている。更識楯無の自爆特攻とも言える攻撃で破壊されたそれは、コアも含めて使い物にならなくなってしまっていた。
「聞こえているか、束」
ゴーレムの残骸を見下ろしながら、千冬は虚空へ呼び掛ける。そしてその呼び掛けへの返答は、すぐに返って来た。
『はいはーい、束さんだよー! どうしたの? ちーちゃん』
「篠ノ之は無事に回収出来たようだな。白騎士の封印も一部開放し、一夏も順調に染まっているぞ」
『うん、ちーちゃんの御蔭だよ! でも良かったのちーちゃん、いっくんじゃあ白騎士は絶対に使いこなせないよ?』
顔が見えなくとも束が首を傾げている姿を想像し、千冬はクスッと笑った。当たり前のことを言われて、それがどうしたと言わんばかりに。
「奴が覚醒し白騎士の操縦者登録を変更出来るまでになれば良いだけの話だ。浦城の男に出来て一夏に出来ない道理は無いさ、どうしても出来なければお前が白式に搭載していた強化薬物を投入すれば良い」
『え、知っていたの……?』
「私が何年お前といると思っている、そのくらい予想は付くさ。このままだとその薬物に頼るようになるのは間違いないだろうがな」
『い、何時でも使えるようにしておくね、ちーちゃん!』
「ああ、頼んだぞ。束」
一度会話を終えると、千冬は持っていたマグカップを置いてゴーレムの装甲破片を拾い上げた。本来研究の為という理由で保存した無人IS数機により学園を内部から攻撃し占拠するという計画だったが、予想に反し亡国機業の乱入と生徒側の善戦によって全ての無人ISが破壊もしくは強奪されてしまった。これで千冬側の持っている戦力は、暮桜一つだけ。
「既に戦争の準備は始めているのだろう? 後必要なものは一体何だ?」
『んー、そうだねぇ。本当は送り込んだゴーレムⅢとちーちゃんの暮桜で学園を占拠するつもりだったから……早めにいっくんを引き込んでちーちゃんといっくんの二人でやるしかないね』
「なら白式のプロテクトを解除しろ、一夏には悪いが正気に戻った時には笑顔になっているはずさ」
『結局使っちゃうんだね、まあ仕方ないか。なら一週間以内には行動を起こした方が良いよ、ちーちゃん。一回お薬使っちゃうと暫くは定期的に服用しないといけないから』
「ああ、分かった。……なあ、束」
『何? ちーちゃん』
「いよいよだな」
『うん、頑張ろうね。ちーちゃん』
通信を終えると、千冬は持っていた破片を握りつぶした。手の中で砕けた破片が皮膚に突き刺さり、ポタポタと赤い血が指の間からポタポタと零れ落ちていく。
「一夏、何故お前は白騎士に認められないのだ……何故」
白騎士、それは世界で一番最初に生み出されたIS。世界中の誰が使っても反応するコアを搭載したそれは、束の手により千冬だけが最大限の力を発揮出来るよう操縦者登録されていた。登録されていない者が使っても半分以下の力すら出せず、逆に機体側の拒絶により肉体に多大な負荷を掛けてしまう。この機能は伊弉諾にも似たような形で搭載されており、そして白騎士と伊弉諾の共通している所は両機共全く別のISとしての姿を与えられていたことだった。
白騎士は白式として、伊弉諾は凱龍として。
両機共新しいISとしての姿を与えられたことでどんな人間でも扱えるようになった。だがコアが反応するナノマシンの誤作動で凱龍を起動させた京介と違い、白式のコアは白騎士のまま誰が触れても起動する。だから千冬と束は欠陥機を改修したものと偽り、一夏だけがそれに触れるように手を回した。誰が使っても起動出来るISは、本来ISを扱えない少年を偽りの存在へと昇華させる。男で唯一ISを扱える貴重な存在だと。千冬と束は固執した、自分達の弟妹が世界で唯一の存在となることに。だから二人には第四世代型のISを与え、その力を世界に示させた。それが二人のとって災いを齎す切っ掛けを増やす事になるなど考えずに。
だが千冬と束にとって予想外の事態が多数起こってしまった。コアの秘密に気付いた幾つかの研究所が男にも反応するコアの調整に成功し、一夏以前に何人もの男のIS操縦者が誕生してしまったのだ。彼らを研究所ごと千冬と束は潰し、何百人もの人間を死に至らしめた。そして時が来ると共に一夏の存在を世界に公表し、二人は満足し少しばかり気を抜いてしまった。その時に出て来たのが、浦城京介だった。かつて一夏を攫い千冬のモンド・グロッソ二連覇を阻止した亡国機業、そのメンバーの内一人の弟。一夏が世界で唯一の存在では無くなってしまったことで千冬は憤慨し、同時に一夏の傍にいる箒以外の人間も消す目的で様々な妨害工作を試みた。ゴーレムとの戦闘、銀の福音の暴走、だが邪魔者は消えることなく生存し続け、有ろうことか浦城京介が凱龍の封印を解き伊弉諾を目覚めさせてしまう。
形振り構わなくなった千冬は彼を自らの手で始末し、一夏に押し付けていた肩書きを再び復活させた。箒が京介に好意を抱いていたことは予想外だったが、千冬にとっては箒もまた邪魔者の一つでしかなく、彼女の最終目的からすればそれは好都合だったのだ。そうして次の計画を練っていたところで、亡国機業が本格的に表舞台へと足を踏み出してきた。そのメンバー内に浦城京介がいたという事実を知らされ、千冬は酷く狼狽する。一夏に真実を語った京介に更なる怒りを募らせる千冬だったが、自分に最大の信頼を置いている一夏を説き伏せることはそれほど難しくなかった。だがこの事件により、千冬と束は計画の前倒しを要求されることとなる。その為に必要だったのが、一夏が白騎士を扱えるようになることだった。
白騎士は千冬以外ではまともに扱うことは出来ない。少しでも機能を開放し白式で扱えるようにしても、それは操縦者への負担を悪戯に増やすだけだ。現に白騎士の機能の一部であった雪羅が開放されても、一夏はそれを使いこなせず身体への負担を減らす為により大量のエネルギーを消費するハメになっている。とてもじゃないが、白騎士を全て解放したとしても一夏では五分も動かせず全身がボロボロになって死ぬのは目に見えていた。そうならない為に必要だったのが、京介が伊弉諾でやったようにISコアそのものに自分を認めさせることだった。登録操縦者以外の操縦者をコアに認めさせることで登録させ、その力の全てを手に入れる。そうすれば一夏もまた、白騎士の力を手にすることが出来るはず。
だが雪羅を開放し白騎士と接する機会を増やしても、一夏が白騎士のコアと通じ合うことは無かった。その理由は千冬にも束にも分からず、どうすることも出来ない。コアをわざと暴走させ自己進化機能を手放した束の頭脳でも、その答えは導き出せないのだ。だから千冬と束はある劇薬を一夏に投与し人工的に肉体を強化した上で、白騎士を解放することにした。その薬物は下手をすれば一夏を廃人同然にまで変えてしまうリスクを持ったものだったが、束ならばそうならないように調整が出来る。全ては一夏がアダムとなる為、全ては一夏と自分だけの楽園を創る為。二つの思惑に挟まれたまま、一夏はゆっくりと変化の時を迎えさせられていたのだった。
一方、束の下から逃げ出した京介のクローンもまた戦いの準備を終えていた。新たに与えられたISと同じ真っ赤に髪を染め上げ、彼は自らをクラウ・アガトラムと名乗る。その隣には、傷ついていた彼を見つけ助けてくれた一文字
「本当に良いのか、真。俺達がやろうとしているのは戦争で、人を殺すっていうことなんだぞ」
「何度も聞いたよその話はさ。良いんだよ、俺はただ世界とかそんなデカイもんじゃなくて、大事な妹が笑顔で暮らせるように出来れば」
特注の飛行服のようなISスーツを身に纏った二人の前には、真っ赤な装甲をしたISと真っ黒な装甲したISが並んでいる。クラウは真っ赤なISに乗り込み、真は真っ黒なISに乗り込む。身体を固定した二人はそれぞれ装甲を装着し、その顔を無骨な装甲で覆った。
「
「
二人が自らのISを身に纏い対峙すると、互いに手に武器を取り出し構える。日に何時間も行われる訓練という名の殺し合い。初心者である真を鍛えるにはこの方法しかないと、クラウは自分も新たな機体に慣れる為にこの戦いを何ヶ月間も行い続けていた。
たった二人の秘密兵器もまた、舞台へと上がる時がゆっくりと近づいてきていたのだった。
そして亡国機業でも、篠ノ之箒誘拐事件を受けたスコールやイゾルデによって新型ISの配備や強奪した無人ISが搭載していた機能の流用等といった準備が進められていた。中でもゴーストのダークバレットの改造は急ピッチで行われている。イゾルデ社の地下施設を丸々使い、スラスターやビットのコンデンサー変更、新装備のテスト等が行われている。そしてゴースト自身は、久しぶりに用意されていた自宅で休養を取っていた。その隣には、マドカの姿もある。
「心配か? 篠ノ之箒が」
「心配かって? まさか。何で俺がアイツを心配しなきゃならないんだよ」
同じソファーに肩を並べて座り、二人は同じ飲料を飲んでいた。時刻はもう午前零時を回っており、部屋の電気も消してありあるのはソファー脇の小さなテーブルに置いてあるランプの明かりだけ。静かな空間には二人の息遣いだけが響き渡り、マドカはスッとゴーストの肩に頭部をもたれた。その甘えるような行為を、ゴーストは拒まない。
「初恋だったのだろう? あの女は。人間初恋の相手というものは、中々忘れられないものだと聞くぞ」
「それは浦城京介の初恋だろ。俺はゴーストだ、そんな感情なんぞ持ち合わせていないさ」
「ならマリーダは? 彼女のことはどう思っているのだ、お前は」
「愛しているさ。これまでも、これからも、変わることは無い」
「そう、か。……幸せものだな、マリーダは」
何処か寂しそうな口調のマドカに、ゴーストは持っていたコップをテーブルに置いてその頭を撫でた。自分よりも長くマリーダと過ごし、彼女をマドカは姉のように慕っていた。その姉のように慕っていたマリーダは、ゴーストを庇い織斑一夏に殺されている。その負い目もあり、ゴーストはマドカを特段気に掛けていた。
「……すまない、マドカ。マリーダが死んだのは、俺が弱かったからだ。俺が弱かった所為で隙を突かれ、アイツは俺を庇って殺された。全部俺の所為だ」
「そんなことはないさ、お前は十分に強い。……マリーダの死はもうどうすることも出来ない、だから私は彼女の分まで生きて生きて生き続けてやるのだ。その時、私の隣には……ゴースト、お前が居て欲しい。ダメか?」
頭をゴーストの胸に押し付け、マドカは伏し目がちにゴーストに問うた。その黒髪を梳いていたゴーストの手が止まると、マドカはギュッと目を瞑る。だが彼女の予想に反し、ゴーストの手は優しくマドカの背を撫で始めた。そして普段聞いた事がない程優しい声で、彼女に語り掛ける。
「ダメじゃないさ、マドカ、ダメじゃない。だが俺にはまだやらなければならないことが沢山残っている。それを全て終わらせた時もし俺がまだ生きていれば、何時までもお前に付き合ってやるさ」
「生きていれば……などと、お前は死ぬつもりなのか?」
「俺にも分からないさ、生きていたいのか死んでしまいたいのか。だが亡霊が成仏するには相応の対価がいる、俺の場合は復讐の遂行だ。それを果たさない限り、俺は絶対に死なない」
「篠ノ之束、織斑姉弟の抹殺。お前は何時もそう言っているが……篠ノ之箒はどうするつもりなのだ? 奴はまだ何も知らないかもしれないし、お前から何かを奪った訳でもない。だがその存在がお前から大切なものを奪った理由となっている。お前は奴も、殺すのか?」
マドカの問いにゴーストは黙り込んでしまうと、そのまま彼女の背から手を離してソファーから立ち上がった。そしてそのままゴーストはその場を去ろうとしたが、マドカがグッとその腕を掴む。
「質問に答えろ、ゴースト! お前は篠ノ之箒をどうするつもりなのだ! 殺すのか、殺さないのかハッキリ答えてもらうぞ!」
「殺さないさ、アイツは! アイツは殺さない、生き延びさせて、自分の所為で世界がどうなろうとしていたのかを見せ付ける、見せ続けさせる!」
「そうするのだな、お前は。お前は今言った通りにするのだな!?」
「それ以外に何がある!? お前は俺が今更アイツと一緒に居たいとでも思ってるのか!」
「不安なんだ! 全てが終わった時、お前が居なくなってしまいそうな気がして……不安んだ、私は……」
マドカはゴーストの両腕を掴み、訴えかけるようにその身体を揺らした。自身を見上げるその二つの瞳に、ゴーストは思わず目を逸らす。疚しいことも無いし考えを的中させられた訳でもないのに、ゴーストの心にはマドカの言葉がやけに引っ掛かっていた。確かに織斑千冬や篠ノ之束との戦いで自分は死んでしまうかもしれない、だが死ぬとしても奴らを道連れにするつもりではある。だが生きて全てを終えた時、自分は本当は何がしたいのか。それが出てこなかった。言葉ではマドカの傍にいてやると言えるが、その時自分はどうなっているのか。
「俺は……何時か、マリーダのところに……」
「っ! 約束してくれ、ゴースト。全てが終わってお前がまだ立っていたのなら、必ず私のところに戻って来ると! マリーダのところへ行くのは、その後でも良いだろう?」
「……あ、ああ、分かった。約束するよ、マドカ」
要領の得ない返事をしたゴーストにマドカは抱きつくと、胸に顔を埋めたままその小さな身体を震わせる。自分がそうさせてしまったのだという感覚だけは理解出来ていたゴーストは何も言わず、ただ彼女を宥める為に自らの腕でその身体を包み込む。家族を奪われ、右目を失い、傷だらけにされ、自分を捨て、愛する人を奪われ、人を捨て、機械の右目を得て、人を捨て、力を得た。そうして歪んでしまった自分の為に泣いてくれている少女が目の前にいることに、ゴーストは感謝していた。
「ありがとう、マドカ。それで……ごめんな」
返事は無く、代わりに彼の背中に回された腕の力が、グッと強まった。
全ての始まりは、束の下を逃げ出したマドカがマリーダと共に浦城夏希に保護されたことからだった。亡国機業幹部会の一人だった夏希は元々自らの感に従って織斑千冬や篠ノ之束を監視しており、篠ノ之束の不審な動きを追っていた。その結果彼女の手から助け出した二人の内一人から重大な真実を聞かされ、彼女は親友のスコールと共にその計画を阻止しようと行動を始める。だが夏希はスコールに束達の本当の目的を伝えてはおらず、ただ千冬達の行動を妨害するようにだけ伝えていた。そして第二回モンド・グロッソの際夏希は独自の考えからドイツ軍内にいた亡国機業構成員を利用して織斑一夏を拉致し、千冬を誘き出して始末しようとした。だが結果として夏希は敗北し一夏は奪還され、仕方なく利用したドイツ軍を更に利用し千冬を日本から引き離したのである。
そしてこの時夏希の正体は束に見破られており、表の顔であるテストパイロットをしている時に何度も暗殺者を仕掛けられるようになってしまった。その時彼女は千冬達と唯一対等に戦えるであろうIS【伊弉諾】のテストパイロットをしていた為、何としても完成させ自分のものにする必要があったのだ。だから自らの危険を顧みず戦っていた夏希だったが、遂に束の手が大事な弟である京介にまで伸びようとしていることに気付いた。絶対に必要となる戦う為の力と世界で唯一の家族の生死を天秤に掛けることを強要された夏希は、ある決心をする。スコールに自分に何かあったら京介の事を頼むと託け、ある筋から手に入れた情報を元に伊弉諾を全く別のISに偽造し束達から隠す方法を作り出したのだ。
そうして彼女は敢えて伊弉諾に細工をさせ、実験中の事故により死亡し伊弉諾を凍結。予め仕込んでいた人員を使い、束達に回収される前に凱龍としてその姿を変えさせたのである。そしてスコールにその伊弉諾のコアを使ったこのISを強奪するようにと偽のスペックデータを残し、彼女は自らを犠牲に機体も家族も守った。この夏希の計画は殆ど上手く行っていた、だが彼女の計画には二つの大きな誤算があった。一つは事故の所為で京介が巻き込まれ重傷を負い、夏希の心臓を移植したこと。そしてもう一つは凱龍を強奪する際に会場に来ていた京介が夏希の心臓によりISを起動出来るようになっており、亡国機業が手に入れるはずだった伊弉諾を京介が手にしてしまったことだった。結果として京介は世界で二番目にISを操れる男子として注目され、千冬のいるIS学園へと送り込まれてしまった。
そのまま京介が凱龍の封印を解くことなく、伊弉諾を目覚めさせることが無ければ彼は平和な三年間を送れるはずだった。しかし彼は千冬と束の起した数々の事件で逞しく成長し、伊弉諾を解放してしまう。その結果千冬達は行動を早めることとなり、京介はその命を失い掛けた挙句夏希と同じように亡国機業の一員となった。弟の為に行った姉の行為は結果として弟を過酷な戦いの道へと引き摺り込んでしまうこととなり、唯一の救いは親友が自らの遺言を守り彼の命を救ってくれたことだけだった。だが果たせなかった姉の意志は弟が継いでおり、その意志が今果たされようとしている。
数奇な運命に巻き込まれた戦士達は自らの意志と見えない何かに吸い寄せられ、ぶつかり合おうとしていた。姉は弟を想い、姉は弟を案じ、姉は妹を見失っている。弟は姉を知らず、弟は姉を誇り、妹は姉を恨んでいる。弟は奪い、弟は奪われ、妹は奪い奪われる。
全てが歪んだ中で、
場所は戦場で、敵として、味方として、殺し殺される為に。
幕が今、開く。
次回より、