インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
ゴースト達が戦っている時、IS学園内部では武装した大勢の千冬クローンが慌しく動き回っていた。大量のIS軍を送り込んだものの、敵の力が思った以上に強くギリギリのラインまで押されていたからだ。総司令官である篠ノ之束は地下特別区画にいるもののこれといった指示を出すことは無く、状況は思考能力を持ったクローン指揮官に任されている。
「各小隊は速やかに配置につけ! 例の黒いISが単機でこちらに向かって来ている、オリジナルを殺した男だぞ!」
同じ顔を持つ女達に指示を出していた指揮官は、窓から見える戦場を見つめ、そして舌打ちをした。何故篠ノ之束は自分達を駒として生み出しておきながら、その指揮を執ろうとしないのかという意味を込めて。
「各小隊、準備完了しました!」
「そのまま待機しておけ、私は姫様の様子を見てくる」
指揮官は部下にそう指示を出すと、一人篠ノ之箒のいる部屋へと向かうのだった。彼女の部屋は地下特別区画の隅にあり、そこは指揮官と彼女の世話役、そして篠ノ之束と織斑一夏だけが入ることが出来る。織斑一夏は戦闘に参加することもせず何処かで油を売っており、篠ノ之束は自分の部屋で何かをしている。大した連中だと指揮官は内心彼らを軽蔑しつつ、その指令に従うしかない自分すらも嘲笑した。
地下へと通じるエレベーターの中で持っていたM4カービンを肩に掛け、腰のホルスターに収めていたM9を引き抜いた。スライドを引いて初弾を装填し、再びホルスターに収める。篠ノ之箒を攻撃するつもりは無いが、彼女が抵抗し逃げ出そうとする場合に備えてしておかなければならない処置だ。
(囚われの姫君を助け出す王子はいるのだろうか……)
地上に人員を回した所為で人気の無くなった廊下を、今日はやけに雑念が入ると頭を振りながら歩いていた指揮官が箒の部屋のドアをノックし中に入ると、何故か部屋の中は真っ暗だった。不審に思った指揮官が電気のスイッチがある辺りまで進むと、突然腰の辺りに強い衝撃が走り彼女は壁に叩きつけられた。
「うっ!?」
そして腰のホルスターから拳銃が抜き取られたかと思えば、乾いた銃声と共に指揮官の頭部が破裂し彼女の思考はそこで終わった。暗闇の中で拳銃を構えていた箒は、鼻にツンと来る鉄の臭いから逃れるように部屋を飛び出した。廊下から人気が無くなったのを確認していた彼女は、ある目的の為に脱出を決意していたのだ。それは、自らの手で篠ノ之束を殺害すること。
(あの人は……、あの人は何処にいる!?)
見慣れない区画を全力で走りつつ、彼女は先程殺してしまった千冬クローンの僅かに見えた死体を思い出してしまっていた。生まれて初めて人を殺してしまったことに緊張していたものの、既に自分の所為で沢山の人が死んでしまっている現実を見せられた彼女にとって、自らの手を汚す行為は然程難しいものではなかった。だが実際手を下してみると、それはとても怖く、恐ろしいものだった。
(京介も、あんな感覚を味わっていたというのか……何度も、何度も、私の所為で!)
グッとグリップを握る手に力が入り、箒は一度立ち止まって呼吸を整えた。胸に手を当てて深呼吸をしつつ、周囲への警戒は忘れない。呆気ないほどに脱出は出来たが、ずっと監視されているとも限らないのだ。だが何処を見てもカメラのようなものは無いし、人の気配もない。
(見つかっていない……のか? なら、このまま進めば必ず------)
「箒」
突然背後から声を掛けられ、箒は大きく身体を震わせた。その声、その男の声は、今の箒が絶対に聞きたくない、会いたくなかった男のもの。背を向けたまま拳銃を服の中に隠した箒は、何時でも銃を抜けるようにしながらもゆっくりと振り返った。少し離れたところに立っているその男の姿に、箒は生唾を飲み下す。
「い、一夏か……どうした、敵が来ているんだろう? 戦わなくて良いのか? 私を守るんだろう……?」
「何で俺が行かなくちゃならないんだ? 変な事言う奴だな。------それより」
ゾッとするような悪寒を感じた箒の目の前に、一夏は一瞬にして現れる。思わず後ずさろうとした彼女の腕を一夏は掴むと、満面の笑みのままグッと握り締めた拳を振り上げた。
「何 や っ て ん だ よ テ メ ェ ッ !」
ゴッという鈍い音と共に箒の左頬に衝撃が走り、彼女の身体はそのまま壁に叩きつけられる。脳震盪を起したのか箒の視界はユラユラと揺れ、伸ばした手は何も無い空を掴んだ。そんな箒の身体を掴んで無理矢理立たせると、一夏はその身体を激しく壁に叩き付けた。
「部屋に居ろって言ったよなぁ! あそこを出るなって言ったよなぁ! 何で俺の言うことを聞いてくれないんだよお前はぁ! なあ箒! 何とか言えよ!」
叫びながら何度も何度も壁に身体を押し付ける一夏を前に、箒は少しばかり回復しつつあった視界の隅で服の中に入れていた銃に手を伸ばそうとした。だがその前に再び一夏に床に投げ飛ばされ、箒は肺の中の空気を一気に吐き出してしまい激しく咳き込んだ。そんな彼女を前に、一夏は言葉を投げ掛ける。
「……お前の為を思って言っていたのに聞いてもらえないなら、束さんの言う通り箒には全てが終わるまで眠ってもらう」
「眠、る……?」
ゲホゲホと咳き込む箒を立たせ、一夏はその腹部を思い切り殴りつけた。うっと呻き声を上げて気を失った箒を肩に担ぎ、一夏はゆっくりと歩き出す。その鼻からは何時の間にか鼻血が出ており、服を遠慮無く汚しているそれに気付いた様子もなく、彼はただ束の下へと向かうのだった。
「薬……、薬を貰わないと……もう期限が過ぎて……薬を、俺に、束さん……」
不穏な呟きが、虚しく廊下に響いていた。
学園の外で繰り広げられていた戦闘は、学園への侵入を阻止する白式、紅椿、そしてゴーレムⅠ・Ⅲ含む大量の無人機が圧倒していた。亡国機業側もノーラが戦死し、その戦力は更に半分にまで減ってしまっている。そして楯無達専用機持ち達にも、遂に脱落者が出てしまった。
「セシリアッ!?」
目の前でその蒼い装甲を四散させながら爆発したブルー・ティアーズを前に、鈴は思わずその操縦者の名を叫んだ。黒煙を噴出しながら墜落していくブルー・ティアーズを救出しようとするも、鈴の行く手を阻むように現れた白式と紅椿が邪魔をする。
「こいつら、退きなさいよっ!」
激昂した鈴はブレードを両手に持つと瞬時加速を行い、一気に距離を詰めると手首を回転させ大きく腕を振り回した。高速回転する高周波ブレードの刃が白式のブレードを弾き上げ、紅椿に距離を取らせる。その隙に白式の胴体を横様に切り裂くと、鈴は紅椿に背部衝撃砲を連射しながら降下してセシリアを追った。途中衝撃砲の直撃を受けた紅椿が爆散する爆音を聞きそちらを一瞥するも、鈴は手を伸ばしてブルー・ティアーズの腕を掴む。
「セシリア!」
「……っ、鈴……さ……」
呼び掛けに反応したセシリアに鈴はホッとした顔をしたが、刹那、視界一杯に広がった警告にその緩んだ顔を引き締める。セシリアの身体を抱くとスラスターを噴かして身体を捻らせ、背部衝撃砲を辺り構わず乱射。警告の原因であった無人機の塊が分散し、黒い悪魔が鈴とセシリアを囲い込む。
「セシリア、死ぬんじゃないわよ」
「え、ええ……」
額から血を流しながらもキッと敵を睨みつけるセシリアと、彼女を庇うようにしていた鈴の二人の姿は、無人機達による怒涛の攻撃による閃光の中に消えるのだった。
「オータム!」
スコールの絶叫と共にオータムのシャグラン・アヴェルスが短い悲鳴と共に火球と消えると、彼女は右腕から伸ばした黄金の鞭を振り回して恋人を殺害した紅椿の四肢をもぎ取った。その背後ではマドカが数少なくなったシールド・ビットを使い負傷した味方を守り、ミラージュとエキドナがタッグを組んで敵を引き付けている。そしてそのタッグと入れ替わり立ち代りにアキラと楯無のコンビも敵を引き付けていたが、二人のISもボロボロで武装も殆ど残ってはいなかった。
そしてラウラとシャルロットの二人は少なくなった弾丸を温存する為に近接戦に移行しており、ラウラのAICをフル活用したヒット&アウェイで少しずつ敵の数を減らしている。そんな中、クラウは一人敵陣中央で只管敵を切り刻んでいたが、彼には一つ気掛かりなことがあった。途中から押し寄せる敵の大群に押された所為か、真と分断されてしまったことだ。レーダー上は敵の反応ばかりで味方を探すのも一苦労。だが白式の首に突き立てた刃を引き抜いたクラウは、その時自分に向けて誰かから通信が来ていることに気がついた。機体を飛び上がらせ追撃を躱し、クラウはその誰かに応える。
「こちらクラウ、誰だ、味方か!?」
スピーカーから聞こえてくる雑音塗れの音に顔を顰めつつ敵を切り払って行くクラウの耳朶を、息も絶え絶えな様子の少年の声が打った。真の声だ。
『ク、クラウ……俺だ……』
「真、無事だったのか! 今何処にいる、援護に向かうぞ!」
『いや……援護には来なくて良いぞ。もう、持たないからな……』
「何を……っ!?」
苦しそうな真の声にクラウが眉をひそめると、その視界にあるモノが映った。自分達とIS学園の間を通せんぼするように並んでいる無人機の壁に向けて、黒いISが猛スピードで突っ込んでいる。真の天照だ。だが天照には三機の半壊した無人機が組み付いており、そして天照の脾腹を巨大なブレードが突き抜けていた。
「真ッ!!」
『へへっ……悪ぃ、クラウ。あれ程離れるなって言われたのに、離れちまって……御蔭でこのザマだ……』
素戔男尊のハイパーセンサーが、急上昇していく天照の機体温度を表示した。全身に荷電粒子砲を備えている天照が、その全てをわざと暴走させている。その意味を、クラウは知っていた。真のやろうとしている事が何なのか、それがクラウには分かってしまった。
「自爆する気か! 止せ、真!」
『どのみちもう助からねえんだ……なら、お前らの為に何かしてやらなくちゃならねえ……。なあクラウ、俺が今からあの壁に穴を開けてやる。お前はその穴を通って、お前のオリジナルに着いて行け。……戦いを、お前達の手で終わらせてくれ』
「真っ!」
壁を構成している無人機によるビームの嵐を潜り抜け、天照は肉薄する。その姿が眩い閃光に消えてしまう前に、クラウは真が最期に呟いた言葉をしっかりと耳にしていた。彼が故郷に残してきた、たった一人の妹の身を案じる言葉を。
『ミリィ、お前は……自由に、生きて------』
大きな爆発と共に生まれた巨大な穴、その穴を吹き飛ばされていた無人機が再び壁を構成し直す前に、クラウは瞬時加速を行いながら有りっ丈の炸裂式クナイを投擲してその壁を抜けて見せた。両手に刀を握り締め、彼は追って来る敵を切り捨てる。その目は、真っ直ぐIS学園へと向けられている。
(待っていろ篠ノ之束、貴様は……貴様は必ず俺達がッ!)
先に突入していたゴーストの手によるものか至る所で火災が発生している学園に突入したクラウは、そこで目の前に広がる光景に言葉を失った。建物内の通路にはバラバラに切り裂かれたり押し潰された死体が散乱しており、クラウにはその死体がすぐに織斑千冬のクローンのものであると理解出来ていた。だがそれにしても、多すぎる死体の数に彼は暫し呆気に取られてしまっていた。
「全てゴーストがやったのか、それにしても……」
かつては校舎として機能していた建物を進んで行くにつれて、クラウは死体以外にもISの破片を多く見つけるようになった。無人機ではなく、クローンが使用しているものと同じものだ。ということは、彼は単機で多数のISと戦いながら突き進んでいるということになる。
「マズイな」
唯でさえ突入前に大規模戦闘を行い消耗しているというのに、彼は単機で補給も休憩も無いまま戦い続けている。そうなると途中で力尽きるか、束のところに辿り着けたとしても敗北してしまうだろう。クラウはグッと拳を握り込むと、先に進むべく通路に広がる
「ハァーッ……ハァーッ……ハァッ……ハァ……」
視界が明滅する。思うように身体が動かない。装甲の中がやけに生暖かく、気持ちが悪い。
ゴーストはボロボロのダークバレット/マクシムスを纏い、最後のゴースト・ビットを手にして学園の中を進んでいた。突入前の戦闘で対ビームマントは効力を失った為パージし、学園内部での戦闘でエネルギー切れや破損によりゴースト・ビットの殆どが稼動しなくなっていた。受けたダメージにより体力は消耗し、流れ出ている血により思うように身体に力も入らなくなっている。頭部もほぼむき出しで、荒い息が彼の疲労を表していた。
「ハァ……ハァ、もう少し……もう少しで……うっ!」
ビチャッ……とゴーストが口から血の塊を吐き出すと、ゴーストは悪態を付きながらも再び歩み始める。ビットを引き摺り、ただ真っ直ぐ先を見つめて進んで行く。向かうべき場所は分かっている。IS学園地下特別区画、そこに篠ノ之束はいるはずだ。そこまで辿り着けば、後は殺すだけ。織斑一夏もいるのならば、同じようにその場で叩き斬る。
クラウから得た情報を下に地下へと降りるリフトを発見すると、ゴーストはそのリフトを作動させて一息ついた。ゴウンゴウンと大きな音を立てて下降していくリフトの上で、ゴーストは残りのシールドエネルギーや機体の状態を確認していた。途中遭遇した敵は生身だろうがISだろうが全て倒してきたが、これから降りた先でも同じようなことになるかもしれない。そうなった時の対策を考えつつ、ゴーストは激痛に悲鳴を上げる身体を無理矢理抑え込んでいた。
(箒も……ここにいるのか?)
ふと浮かんだ少女の横顔を振り払うと同時に、ゴーストを載せたリフトは最下層へと到達した。薄暗い明かりに照らされた通路が真っ直ぐに伸びており、ハイパーセンサーでスキャンしても人やISの反応は無い。そもそも通路自体がISの通れる大きさではなく、ゴーストは仕方なくダークバレットを解除しボロボロの飛行服のようなISスーツ姿で廊下を歩き始めた。腰のホルスターに収めている拳銃を何時でも引き抜けるようにしつつ、彼は壁に手を突きゆっくりと歩いて行く。その進む道の先にあるのは、地獄の入り口だ。
五分か十分か、或いはそれ以上か歩き続けたゴーストの視界に飛び込んできたのは、広大なスペースを持つ部屋だった。中央にはガラス張りのカプセルのようなものが安置されていて、冷気が何かで曇っていて中身までは見ることは出来ない。そのカプセルを警戒しつつ部屋の中央へと歩いて行ったゴーストだったが、突如鳴り響いた銃声と腹部を貫いた鋭い衝撃にガックリと膝をついた。
「ッ……ぐぁ……!?」
穴の開いた腹部から流れ出る赤い血に混乱するゴーストに向けて、聞き慣れない女の声が投げ掛けられる。その声の主は、ゴーストが今最も会いたい人物のもだった。
「漸く会えたね。……ゴミの癖に、この束さんをここまで手こずらせるなんて……。それにちーちゃんを殺してさ------ゴミが人を殺すな!」
叫びと共に再び鳴り響いた銃声と共にゴーストの右肩を弾丸が貫通し、ゴーストはうっと短い呻き声を上げて仰向けに倒れ込んだ。見たことも無い形をした拳銃を持った篠ノ之束は、カプセルの前に立ちジッと感情の無い目で地面に倒れているゴーストを見下ろしている。
「お、俺がゴミか……ハハハッ! だ、だったら……俺からも言わせてもらうが……お前達がゴミで人は俺だろう?」
右肩をダラリと下げながら腹を押さえた状態で、ゴーストはゆっくりと痛みに耐えながら立ち上がった。目の前に、自らの手で殺す時を待ち焦がれた仇が立っている。全てを奪い去った諸悪の根源、世界を大きな玩具にして弄ぶ大罪人、篠ノ之束。
「ゴミが喋らないでよ、臭いから」
束が手に持った拳銃をゴーストの額に向けると、ゴーストもまた腰のホルスターから拳銃を抜いて束に向ける。ゴーストは一歩ずつ束に向けて近づいていたが、束は何てことないように引き金に掛けた指をグッと引き絞った。三度目の銃声が響くも今度はゴーストの身体に当たることなく、彼の後ろにある壁から金属がぶつかる甲高い音が響く。そしてゴーストは右目のハイパーセンサーの機能を使って狙いをつけており、四発目の銃声が響くと束の手から拳銃が飛んで行った。
「……チッ」
わざとらしく舌打ちしてみせる兎の耳をつけたドレスの女の額に銃口を向けたまま、ゴーストは再び彼女との距離を詰め始めた。確実に急所を捉え、殺害出来る距離に移動する為だ。
「お前を殺す」
「殺す? おかしなこと言うね、この大天才の束さんを------」
挑発するように手を広げながら何事か語ろうとした束を黙らせるように、ゴーストは引き金を引いた。乾いた銃声が響き、束の頭にあるウサミミの片方が吹きと飛ぶ。そしてゴーストは、再び底冷えするような声で呟いた。
「お前を、殺す」
余計な事は何も言わず、ただ身体を苛む激痛に只管耐え、ゴーストは束の額に銃口を向けなおす。そしてその引き金が引かれようとした時、ゴーストの目の前に真っ白なISが現れた。細長い刀を持ったそのISは頭部以外を装甲で包んでいて、操縦者の顔がむき出しになっている。その顔を見た途端、ゴーストは即座に拳銃をホルスターに収めてダークバレット/マクシムスを展開しなおした。
「京介ぇぇぇぇ! 俺が、お前を、討つ!」
「織斑……!」
真上から振り下ろされる雪片弐型をビットで受け止め、ゴーストは思い切り一夏の身体を蹴り飛ばした。そしてすぐに束へと視線を向けるも、見つけたのは背を向けてこの場を離れて行く彼女の姿。
「っ、待------」
「うおおおおおおおお!!」
追いかけようとするも横から突っ込んできた一夏に機体を押され、ゴーストは再び彼の相手をせざるを得なくなってしまった。叩きつけるように刃を振るってくる一夏に、束を逃がすまいと焦っていたゴーストはそのむき出しの顔を思い切り殴りつけると、地面に倒れた一夏の顔を思い切り踏みつける。脳裏にマリーダの死に顔が浮かびつつも、ゴーストは何度も脚を一夏の顔面へと叩き付けた。やがて一夏の手から力が抜けて雪片を取り落とすと、気を失ったのかその白い装甲は粒子へと消えて行く。
「力押しで負けんじゃねえよ、クソが」
暫くは一夏の意識が戻りそうにないことを確認したゴーストは束を追うべく、彼女が通った通路へと足を向けた。途中部屋の中央に置かれているカプセルが気になった彼は、そのカプセルを調べた。側面に端末とモニターが設置されていて、表示されているバイタルデータを見る限り何か生き物を強制的に眠らせている。
「また誰かのクローンか……?」
もしそうならばここで殺しておかねばならないとゴーストが端末を操作してカプセルを開放すると、一人の少女が中から開放され地面に倒れ込んだ。その長い黒髪を一房にまとめた髪型に、IS学園の白い制服、見覚えのある顔に、ゴーストは息を呑んだ。
「箒……」
すぐに首筋に手を当て脈を確認すると、彼女は眠っているだけのようだった。彼女がクローンという可能性もあるが、戦力として期待出来る千冬は兎も角大事な妹を束がクローンにする意味は無い。恐らく彼女は随分前に拉致された本物なのだろうとゴーストは判断すると、何とも言えない心境のまま彼女の身体を抱え上げた。そのまま先に進み通路横の壁に彼女の身体を寄り掛からせ、ゴーストは拳銃の残弾を確認し束を追う。
(一夏程度なら何時でも殺せるんだ、だからまずは……奴を!)
先へと進むその傷だらけの身体は、決着の時を近づいているのを喜んでいるようだった。
掠れた視界の向こうで、懐かしい匂いがした。不規則に揺れる身体にぼやけた思考、ふと薄目のまま視界を上げれば、そこには最愛の人の険しい顔があった。
(京介……?)
顔の近さから彼が自分を抱えて歩いているのを判断すると、箒は自分が夢でも見ているのだと微笑んだ。記憶もあやふやでよく分からないが、それでも京介が傍にいる。それが箒には幸せなことだった。
(……どうして……私は……)
その時ふと思い出した記憶に、彼女はバッと跳ね起きる。その時彼女の身体は壁に寄り掛かるように座っており、見たこともない広大なスペースを持つ部屋を見回した。そしてその中で誰かが仰向けに倒れているのを確認すると、箒は上手く力が入らない足に気合を入れて近づいた。
「織斑……!? 死んではいないようだが……」
胸が僅かに上下していることから彼が生きていることを確認するも、彼女には何故こうなっているのかが分からなかった。まるで誰かと戦った後のようで------と、ここで彼女は地面に点々と落ちている血の跡を見つけた。それは最初に自分がいた場所から更に先へと繋がっていて、箒はまさかと疑った。
「さっきのは……夢じゃ……」
すぐ服の中に入れていた拳銃がまだあるのを確認すると、彼女は一夏をどうするか悩んだものの結局そのままにして血の跡を追った。もし本当に彼が来て先に進んでいるのなら、これ以上彼に人殺しをさせる訳にはいかない。
「ダメだ、京介……あの人は、私が!」
廊下の壁に手をつきながら急ぎ足で進む彼女は拳銃を握り締め、この先にいるであろう彼と彼の仇を追う。もう自分は迷わない、そう覚悟した彼女の目からは、大粒の涙が流れていた。
「私が、殺す!」