インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
仕組まれた茶番
兎の戦争が終結してから暫く、生き残った亡国機業のメンバー達はまだ辛うじて残っていた隠れ家に分散して潜伏していた。そして崩壊した世界から数少ない情報を集め、唯一生き残った幹部であるスコール・ミューゼルはこれからどうするべきかを思案していた。篠ノ之束を殺害し世界の脅威は去ったものの、自分達も甚大な被害を受けそう簡単には行動を起せそうにない。唯でさえ少なくなっていた精鋭が更に少なくなってしまったのだ。
(ゴースト……せめて、せめて貴方が生きていてくれたら……)
戦争が終結したその日、ゴーストと別の仲間がIS学園に突入したものの、帰って来たのは篠ノ之箒を連れた学園側の人間だけだった。その戦士は途中IS学園から飛び出していった飛翔体が衛星兵器を破壊しに宇宙へと向かったゴーストだと説明し、スコールは荒れて彼らを攻撃しようとしたマドカを抑えてその場から撤退したのだ。
現在マドカは冷静にはなったものの、ゴーストが帰って来なかったという現実にやや疲弊しているようだった。ヴァリアントは奇跡的に生き残ったタンカー船として復興作業に当たらせている為、移動手段もままならない。首が右にも左にも向かない状況にスコールが頭を悩ませていると、ふいに彼女の居た部屋の電灯が短く明滅した。
「……? 発電機の調子がおかしいのかしら」
少し様子を見てこようとスコールが席を立った途端、部屋の電気がパッと消えてしまった。そして次の瞬間には、謎の気配を感じたスコールは右腕にゴールデン・ドーンを展開しその黄金の鞭を飛ばしていた。
「あだっ!」
そして暗闇の中スコールの鞭に叩かれたのであろう侵入者のふざけた悲鳴が聞こえてくると、パッと部屋に電気が戻った。少し目を細めていたスコールは、その侵入者の姿を目にした瞬間一気に目を見開く。そんなことがある訳ないと、こんなことがあって良いのかという驚きと共に。
「貴女は……どうして!?」
同じ頃、何処かにある真っ白な手術室のようなところで一人の少年が目覚めた。載る人の体勢によって形が変わる特殊なベッドの上で、少年はゆっくりと上体を起こすと自分の身体を見回した。傷一つ無い筋肉のある上半身に両腕、彼自身の記憶が正しければ数え切れない程の傷痕があったはずだった。腹部や喉元にはナイフで裂かれたような傷があり、他にも銃で撃たれた傷もあったはず。身体の何処にも傷痕が無いことを確認すると、少年はベッド傍のテーブルに置かれていた服を手に取った。それは最後まで意識があった時に彼が着ていた特殊なもので、こちらも新品同様になっている。
「どういうことだ……?」
自分が今いる特異な状況に困惑しつつ、少年------ゴーストはその黒いISスーツに袖を通した。覚えている限りでは、篠ノ之束が使おうとしていた衛星兵器を破壊する為にわざわざ宇宙まで飛び出した。そこから先の記憶はあやふやだが、少なくとも誰かに救助された覚えは無い。
「現在位置の特定を……? 何だ、コアが反応しない?」
そして彼の頭を余計に混乱させたのが、身体に埋め込んであるはずのコアが全く反応しないということだった。ハイパーセンサーの起動も出来なければ、右目の機能も発動しない。そして何よりも、右目の柔らかさがおかしかった。
「柔らかい、何で……」
新しく埋め込んだ右目は硬く、弾力も何も無かった。だというのに瞼の上から触った右目は柔らかく、目を開けば通常の眼球のように触って所為で眩んだ。まるで本物の眼球のように。と、その時ゴーストの目の前の床が突如せり上がった。正方形の形をした台座のようなものが彼の腰の部分まで上昇し、そしてその面が開くとその中から拳銃が現れた。ゴーストの使っていた拳銃だ。
「俺が使っていたやつだ、弾も入ってる……」
残弾を確認した後、ゴーストはそれを持ったまま部屋の中を見回した。真っ白な部屋の中には何も無く、気付けば最初に眠っていたベッドも無くなっている。目が痛くなりそうな環境下で頭を悩ませていると、ゴーストの耳に不愉快な電子音声が響いた。
「被験者の覚醒を確認。これより誘導を開始します」
その言葉と同時にゴーストの目の前で壁が開き、黒いドアが現れた。ドアは一人でに左右に開き、その先に広がる真っ白な廊下の上を青い光点が点々と続いている。ゴーストは首を傾げつつも銃を構え、その点線に沿って進み始めた。真っ直ぐに進み、途中で右へ左へ、そして二十メートルはある長い廊下に出た時、再び電子音声が響く。
「こちらに敵対する意志はございません。そのままドアの前まで御進みください」
「……どうだか」
銃まで渡しておいてよく言うと内心愚痴りながら、ゴーストはその長い廊下を進んだ。そしてドアに近づいたところでドアが自動で開き、その先に広がる空間が彼を出迎える。その空間にゴーストが足を踏み入れた途端、部屋の中央から大きなガラス製の板のようなものがせり上がってきた。それと連動するように部屋中にウィンドウが展開され、見たことも無い文字の羅列が表示されていく。そしてゴーストの目の前でそのガラス製の板の中に何か液体が満たされ、
「お前は……どうして!」
ゴーストの目の前に現れた者、それは液体の中で眠る篠ノ之束の姿だった。一糸纏わぬ姿で、足元まで延びている髪が液体の中で広がっている。その目は閉じられていて、眠っているのか死んでいるのかすら分からない。だがその姿は間違いなく、IS学園の地下で篠ノ之箒が射殺した束本人だった。
「どうなってるんだ、こいつ……本物か!?」
混乱するゴーストはガラス板に取り付き、その眠っている束に被せるように手を置いた。冷たい感触のするガラスの向こうで、その女は眠っている。一体どういうことだと、何故ここにコイツがいるのだと考えるゴーストに答えるように、再び電子音声が響いた。
「観察者の凍結解除。前凍結解除時から24年と108日、更に13時間42分10秒が経過しています」
その言葉と共に、ガラス板の前に新しいウィンドウが開いた。そしてそこにはガラスの中の束と同じ構図の映像が表示され、そのウィンドウの中の束がゆっくりと目を開く。そして彼女は、映像の中からゴーストに声を掛けた。
「……初めまして、浦城京介」
「お前は……篠ノ之束なのか」
死んだはずの束と全く同じ声をした彼女の言葉に、ゴーストは銃を構えながら問うた。死んだはずの彼女が、あの時最愛の妹に殺されたはずの女が
「貴方にとってそう見えても、私はその彼女じゃない。彼女は確かに私と同じ遺伝子配列をしているけど、彼女自体は私ではない」
「何だ、お前は何を言っている!」
「彼女は私が地球に送り込んだクローンだった。だが私の予想に反して思考を歪ませ、そして暴走した」
淡々と機械のように語る束を前に、ゴーストは銃を突きつけたまま必死に脳を働かせていた。目の前の映像の女が何を言っているのか分からない。地球に送り込んだとは何か、予想とは何なのか、そして暴走はあのIS開発から始まる彼女の計画のことを指しているのか。
「説明しろ……俺に、俺に何のことか全て説明しろ! 貴様は誰なんだ!」
「私に名前は無い。意識を持った時からここで眠り、そしてこの地から全てを観察していた」
映像の中の束の目に見つめられ、ゴーストは後ずさった。その間に新しいウィンドウが開き、ある映像が流される。それはゴーストが戦ってきた戦争を何処かから撮影したものだった。ゴーストの目の前で、彼が織斑千冬の喉を引き千切った映像が再生される。
「私はこの
「ちょっと待て。俺が理解出来ない話になってきているから幾つか質問させてもらう。まずお前はれっきとした人間なのか? そしてDOMEと言ったが、ここは何処かの施設ということだな? そして地球の歴史……一体何なんだ?」
「それを知るには、まずここが何処かを知ってもらう必要がある」
そうして映像の中の束が一度目を閉じると、ゴーストの目の前で周囲の白かったはずの光景が段々黒く変わっていった。いや、黒くなっているのではない。外が元々黒いのだ。足元にはでこぼこの地面が広がり、遠くにはテレビや本でよく見る青い惑星が浮かんでいる。この段階だけなら、どんな馬鹿でも現在地が月だと言うことは分かるだろう。だが問題は、そこでは無い。
「このDOMEは月の表面に造られている。光学迷彩処理を施している為肉眼で発見されることは無く、ここには現在の人類の科学技術を遥かに凌駕する知識と設備がある。そして私はこのDOMEを基点にこの太陽系の全てに存在する施設を管理している。そしてその質問に答えよう。私が人間なのかどうかは分からない、遺伝子上は人間なのだが……誰が親でどうして生まれ、何故ここに居るのかは私にも分からない。ただここで自らのやるべき事を自然と理解し、そうしているだけ。そして二つ目の質問は実際に目にしてもらったから分かるだろう、ここは月だ。三つ目の質問には漠然としか答えられないが、少なくとも私が目覚めた時点で覚えているのはローマ帝国という単語だけだ。今ならデータバンクから呼び出せば全てを思い出せるが、そうしようとする興味すら湧かない」
「冗談も大概にしてくれよ……。それじゃあお前は何千年も前からこの月の上で地球を監視してたって言うのか!? ずっとそのガラスの中で眠り、自分が何なのかも分からないまま!」
「そうだ」
「ふざけんなよ! そんなふざけた話があってたまるか! ……じゃあさっき言っていた篠ノ之束がお前のクローンって言うのも!」
「ああ、彼女は私があの世界で不妊症治療を行っていた夫婦に生ませたクローンだ。その妹は間違いなくその夫婦の子供だが」
何でもないと言う風に語る映像の中の束を前に、ゴーストは激昂してガラスに向けて引き金を引いた。放たれた弾丸はガラスに命中したが、傷一つ付けることなく拉げた弾丸は床へと落ちる。荒れた様子のゴーストを前に、映像の束は淡々と言葉を続ける。
「勿論彼女が貴方に何をしたのかを、私は全て知っている。彼女が行った愚考も、罪も、末路も。全て知っている。知った上で、私は宇宙を漂っていた貴方を回収し治療を行った」
「治療? じゃあお前が俺を助けたって言うのか」
「そうだ。私と同じ人間が引き起こした事に巻き込まれ、全てを捨ててまで戦い、そして彼女を止めた貴方への精一杯の謝罪だ」
映像の中の束を前に、ゴーストは床に座り込んで拳銃を置いた。そして頭を抱え、疲れ切った顔を彼女に向ける。
「……なら教えてくれ。今まで俺達がしてきた事が、一体何だったのかを」
映像の中の束は、ゆっくりと頷いた。
「------そもそもの始まりは、自分が監視していた地球の中での生活に憧れを持ったことだった。沢山の人間が暮らす中で、もし私と同じ頭脳を持った人間が生まれれば一体何をするのだろうかと。長い間生き続けていた私にとって、初めての疑問だった。その疑問は何千回ものシミュレーションを行っても私を満足させることは出来ず、私はダメだと分かっていながらも地球に潜伏させていた人間型端末……人の形をした機械人形を使って私のクローンをある夫婦に生ませた」
「それが篠ノ之束か」
「そう、それから問題なく生まれた私のクローンは予想通り天才的な頭脳を持っていた。そしてその才能を持て余すようになったのも予想通りだった。だから私はこちら側の存在を隠した上である兵器の情報を彼女へと送りつけた」
「兵器?」
ゴーストが聞き返すと、彼の目の前に新しいウィンドウが開かれる。そこには見たことも無い文字の羅列と、ある人型をした兵器の設計図が描かれていた。両肩からそれぞれ二本ずつ尻尾のようなものを垂らしたその姿は、何処となく伊弉諾の姿を思い出させる。
「私の頭の中に入っていたその兵器の名は【JE】。木星の高重力下で開発された理想的な殲滅戦術論兵器、Jovian under high gravity has been developed ideal Extermination tactics theory weapons.……地球での一般的な言葉で言い換えればこういう表現で良いのだろうか。兎に角この設計図の一つ前の機体のデータを私は彼女へと渡したのだ。その結果彼女は地球上で可能な全ての項目を満たし、JEのジャンクとも言えるインフィニット・ストラトス……ISを創り上げた」
「ジャンク? あれだけの力を持っていたISがコイツの前じゃゴミ屑同然だって言うのか?」
「言い換えれば、地球の環境ではよくてジャンク以下のものしか開発出来ないのだ。それを私のクローンは何とかジャンクレベルまで再現した。コアに関しても、本来は少しの傷でも付けば半径十キロは消し飛ぶ代物だ。それを不完全ながらも再現してしまった」
「希望通りの大天才だったんじゃねえか」
「そうだ、だが一つの問題が生じた。私のクローンはその頭脳が良過ぎるあまりに自らが生きる世界に飽きてしまい、更に自分が開発したISを一度否定されたことで歪んだ思考を持つようになったのだ。その結果私のクローンは織斑千冬という女を唆し、白騎士事件を引き起こした。それは私にも予想出来なかったことで、私はすぐに対策を立てた」
JEの設計図が消え、新しく伊弉諾の設計図が目の前に表示されると、ゴーストはそういうことかと納得した様子で頷いた。
「自分のクローンにそうしたように、敷島博士にもJEの設計図を送って伊弉諾を開発させたってことか? 何故自分で直接手を下さなかった? 自分でレベルの違う技術力を持っているって言えるくらいなら、自分でやった方が早かっただろうに」
「私自身が手を下せば、不必要に未知の存在を明かす危険性があった。だから地球上で私のクローンに次ぐ才能を持った科学者と、織斑千冬に次ぐ戦闘能力を持った二人を探す必要があった。その結果敷島博士と貴方の姉である浦城夏希の二名を選び、私は彼らが私のクローンを止める抑止力となるよう干渉した」
「だが亡国機業の一員だった姉さんはその組織と伊弉諾を使って篠ノ之束を止めようとして失敗し、自らの命を犠牲にして伊弉諾を守ると同時に奴を止める使命を俺に背負わせた。その結果俺はアウトローに落ちた挙句世界規模の大戦が勃発し、織斑千冬と篠ノ之束、ついでに連中に道具にされた織斑一夏も死んで俺はこんなところに連れてこられたって訳だろう」
呆れたように言うゴーストに対し映像の束はあくまで冷淡な様子を貫いていたが、再び開かれたウィンドウに流れる映像を出した時、その表情が僅かに曇った。その映像には、ベッドに眠る織斑一夏の姿が映されている。
「貴方は織斑一夏を殺してはいない。彼は確かに脳の一部を失いはしたものの一命を取りとめ、今も尚貴方の仲間によって監視されている」
「何? ……そうか、死んでなかったのかアイツ」
ウィンドウに映る恋人の仇を見つつ、ゴーストは頭を抱えた。結局のところ自分のしてきたことはただの茶番で、本当に果たしたかったのかどうかすら分からない復讐すら完遂出来ていない。それなら自分は一体これから何をどうすれば良かったのか、それだけを考えてしまう。そして目の前にいるこの謎の女も、そのスケールの違う存在にどうすれば良いのか考えたくもなかった。
「私は貴方に私のクローンを止めてくれた礼と、私と私のクローンの所為で深く傷つけてしまった責任がある。だから私は貴方を回収し、治療を行い、体内にあったISのコアを取り出して身体を元に戻した。これで全てを無しに出来るとは思っていないが、私は貴方に頼まなければならないことがある」
「……ああ、お前は篠ノ之束とは違うっていうのは何となく分かったさ。俺が突然訳の分からない状況に押し込まれて頭が混乱してるっていうのも原因かも知れないが、少なくともアンタに対して恨みとか復讐とかそういう感情が湧いてこないのは確かだ。だから俺を治してくれたことに関しては礼を言うよ。……それでアンタのお願いを聞くかどうかは別問題なんだがな」
疲れた表情のまま立ち上がったゴーストの目の前に更にウィンドウが開き、彼は首を傾げた。そのゴーストに映像の束が見せたものは、最初に見せられたJEと同じ形をした黒い機体が格納庫のようなところで安置されている光景だった。その光景を見せながら、映像の束はゴーストへ説明する。
「この機体は【木星の高重力下で開発された理想的で安定した抗体】、
「託す? 俺にか? 一体何と戦えって言うんだよ」
「ただ戦うだけでなく、貴方には自分の復讐への想いを果たして欲しい。まだ私のクローンの蒔いた火種は燻っている。それを一つ残らず、貴方の手で刈り取って欲しい」
「やるんだったら、最後まで徹底的にやれっていうことかよ」
「……そう捉えてくれて構わない」
初めて言葉を濁した映像の束にゴーストは不意を突かれると、彼はそのまま床から拳銃を拾い上げた。そして目の前に映っているJ-ISAの姿を前に、乾いた笑い声を上げる。短い間に色々なことを頭に詰め込まされ、もう自分が誰で何をして来たのかすら分からない。自分の復讐劇はただの茶番で、果たしたはずの復讐は果たせてなく、挙句の果てには超常現象の塊のような存在に再び戦えと力を与えられた。
「だったら……やるしかねえじゃねえか」
J-ISA、自分に与えられた最強の力。戦う道に進んだ時から引き返すことなど忘れてしまった自分にとっての、新しい相棒。
その姿に、ゴーストは覚悟を決める。
「……お前、名前は?」
そして彼は、映像の束に対してそう問うた。彼女は何を今更と言わんばかりに目をぱちくりさせると、そんなものは無いと答えた。ゴースト自身もその回答は分かっていたのか、そうだろうなとでも言うように頷いてから映像の束と向き合う。そしてその手に持つ銃を再び、彼女の映るウィンドウへと突きつけた。
「なら、お前の名前は今からタバネだ。アイツと同じ漢字じゃない、カタカナでタバネ。お前の下で動く代わりに、お前は俺の前ではタバネで居続けろ。お前の生み出した最悪の人間と同じ名前を背負って、俺の前に居続けろ。いいな」
「貴方がそれで良いのなら、私は私の名前をタバネとする。それで構わない」
「……じゃあタバネ、俺がこれから戦っていくに従って何をすれば良いのか。全部教えてもらおうか」
この日、兎の戦争終結から一夏の戦争の終わりに掛けて暗躍したある組織の基盤が生まれた。それは人知を超えた存在と戦いに疲れた少年の契約に始まり、影となった彼らの更に背後にいる女が戦力を集める。【世界を安定させうるモノ】を持つ彼らは、この
復讐を果たした幽霊は成仏するのか、否か。
少なくともその身体は、未だ戦うことを強いられていた。