インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET- 作:REDALERT
織斑一夏が千冬クローンの手により拉致されてから、更に二年の月日が経過していた。その間に産声を上げたばかりだったGRDもタバネの技術力の恩恵を受けたことで大きく成長し、既に世界のほぼ全てを監視下に置く事に成功していた。彼らは敢えて泳がせていた各地の千冬クローンの動向を全て把握しており、主にクローン同士による内紛や計画阻止に奔走しその数を少しずつ減らし続けている。勿論彼らの当面の目標は千冬クローン達束軍残党の殲滅であり、実行に移すことは何時でも出来た。それをしなかったのは万が一何処かに計画に参加しなかったクローンがいた場合、そのクローンが新たな火種になるかもしれないという危険を防ぐ為だった。そしてGRDの思惑通り、残された束軍の残党が最期の行動を起したのだった。
IS学園が多数のボロボロのISに占拠され、既に四十八時間が経過していた。最初は日本を中心に蜂起した束軍残党だったが、未だ兎の戦争によるダメージから回復し切っていない国連軍との一ヶ月間に及ぶ戦いの末、束軍残党は放置されていたIS学園まで撤退したのである。双方共に傷ついていた戦いは泥沼となり、シャルロットやラウラ、セシリアの所属しているEU治安維持部隊も含めた多数のIS乗り達も学園を包囲するメンバーに入っていた。
「……どうだ、まだ学園側の動きは無いか」
学園から数百メートル程離れた指揮所のテントで待機していたラウラは、戻って来たシャルロットを見つけるなりそう問うた。外は雨が降っており、彼女の金髪は雨に濡れ額に張り付き何とも言えない艶やかさを演出している。そんな濡れた髪をタオルで拭いていたシャルロットは静かに首を左右に振ると、小さくため息をついてみせた。
「今セシリアが黄儷と一緒に部隊を率いて侵入経路を探してるけど、多分見つからないだろうね。向こうは数は少ないとは言え織斑千冬のクローンで、言い方は悪いけど面倒臭い相手だから。それにい……織斑一夏の姿がまだ一度も確認出来てないのも気になるね。撤退していく時には間違いなくあの顔があったから、学園にいるのは間違い無いんだと思うんだけど……」
髪を拭くシャルロットに淹れたばかりのコーヒーを渡し、ラウラは険しい表情で指揮所から見えるかつての学舎を見つめた。その時視界の向こうで閃光が瞬き、赤い炎が空中へと舞い上がる。そして指揮所に置かれた無線機が鳴り響き、シャルロットがそれを手に取った。後ろで交されているやり取りを聞きながら、ラウラはまたかつての恩師と同じ顔をした人間が誰かを殺したか……又は誰かに殺されたかという何度も繰り返してきた何とも言えない想いを胸に宿した。そしてその感情を何時ものように捨て去り、通信を終えたシャルロットに振り向いた。
「今の光は何だ、また戦闘か」
「うん、セシリア達とは別行動の部隊が学園に潜入したらしいんだけど、あの爆発以降連絡が取れないらしいの。これから僕とラウラも前線に出て部隊に組み込まれるって」
飲み干したコーヒーのマグカップをテーブルの上に置いて、乱暴に使っていたタオルを投げ捨てたシャルロットに続き、ラウラも指揮所を飛び出した。雨が容赦なく身体を濡らしてくる中二人はそれぞれ自身のISを展開し、雨粒を吹き飛ばしながら飛び上がる。これから二人は部隊に合流し、再び小競り合いに近い戦闘を繰り返すことになるのだ。
そしてその事を心苦しく思っていた二人の目の前に
「あれは……何だ!?」
ラウラとシャルロットの目に飛び込んできたのは、真っ黒な装甲をした謎の人型のロボットだった。ISでは無く、大きさも8m程で両肩からそれぞれ二本のチューブのようなパーツが垂れている。地面に向けて平行に浮いているその謎のロボットの目はジッと地面を見つめており、シャルロットとラウラは何故かその視線が自分達に向けられているように感じた。そして同時に、その視線から何処か懐かしさをも感じていた。
「レーダーに反応は……?」
「今も……映ってないよ、ラウラ。幻覚って訳でもなさそうだし……これって一体……」
目の前にいるというのに何の反応も示していないレーダーに疑問を抱きつつも、二人はその黒いロボットから目が離せないでいた。そしてまた謎のロボットもまた二人をジッと見つめているようだったが、やがてゆっくりと首を動かすと空中に浮いた姿勢のままその身体をIS学園のある方向へと
崩壊していくIS学園の校舎内から篭城していた束軍残党のIS部隊が一斉に飛び出し、謎のロボットへ向けて攻撃を始めた。その部隊の中には、量産型白式を纏う織斑一夏の姿もある。そして謎のロボットへの攻撃を始めた束軍残党に対して、今度は学園を包囲していた国連軍の攻撃が始まり一瞬にして大規模な戦闘が始まってしまった。数多の火球が瞬き、一人、また一人千冬クローンの乗るISが撃墜されていく。そして崩壊した校舎から黒いロボットが立ち上がった時、ラウラは咄嗟に全味方部隊へと通信回路を開いていた。言葉では言い表せない恐怖に近い何かがその背を撫で、彼女を動かしたのである。
「全部隊に通達! 今すぐIS学園から離れろッ! あの黒いロボットから少しでも距離を取れ!」
「ラウラ!?」
「繰り返す、即座に攻撃を中止! セシリア! 撤退しろ! ヤツは、アレは------」
ラウラの言葉を遮るように、束軍からの攻撃を受け続けていた黒いロボットはその背から複数のパーツを展開させ大型のキャノン砲のようなものを構えた。腹部と両腕でガッチリと固定されたものだ。そしてその両肩からそれぞれ二本ずつ垂れていたチューブのようなものがふいに蛇のように動きだすと、その四本のチューブはまるで本体を固定するかのように
そして砲門から竜巻にも似た渦が放たれたかと思った瞬間、その場にいた全員の視界を太陽のような眩い光が覆う。それは暖かさを持ちながらも全てを吹き飛ばす残虐性を放ち、その光を境に暴風に吹き飛ばされたラウラ達の意識はそこで途切れるのだった。
全てが消し飛んだIS学園の中心部に、J-ISAは膝を付いていた。その下腹部にあるコクピットは開かれており、先程まで操縦者を固定していたチューブが無造作に外気に晒されている。そしてそのチューブに固定されていた人物は、黒い飛行服のようなものに身を包み一人の青年を見下ろしていた。その青年は気を失っているようで、その目は開かれているものの至近距離で見せられた光の所為か真っ白に濁っている。旧友の前でゴースト------浦城京介は何を言うでもなく、気を失っている織斑一夏の額に触れた。一夏一人だけが生き残るようにした自身の行動に苦笑を浮かべながら指先で軽く額に付いていた砂を払い、京介は立ち上がる。そして哀しそうな表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「……俺も、結局のところお前と同じだったってことなんだよ。面白いよな、一夏。俺達はあれだけ憎み合って殺し合って、戦ってきたっていうのに……それは全部俺達の家族の引いたレールの上でしかなかったんだ。そのレールの上をお前は最期まで気付かずに渡って、俺は渡りきれなかった。……けど、もうお前もレールの上なんか渡らなくても良い。残されたお前のレールは、俺が引き継ぐよ。お前がこの後元に戻れたとしても、戻れなかったとしても、きっと世界はお前に優しくはしてくれない。けど俺には……いや、世界には、もう俺はいらない。だから一夏、お前は------」
言い掛けて、京介はバッと身を翻してJ-ISAのコクピットへと戻った。ゆったりとしたシートに背を預けるだけで無造作に垂れていたチューブが一人でに動きだし、京介の着る飛行服の各部へとその先端が接続されていく。それは飛行服越しに京介の神経系をJ-ISAと接続し、京介の視界にメインカメラからの映像を直接投影する。コクピット・ハッチを閉じれば京介はシートの両脇に備え付けられた操縦桿を握り、軽く視界を左右へと振った。それに合わせて視界に映し出される映像が連動し、遠くに倒れている国連軍を中心に捉える。
「……精々頑張るが良いさ」
そして最後にそれだけ呟くと、J-ISAはゆっくりと飛翔し宙へと向かって行く。眼下を見下ろし、さながら舞い降りたはずの天使が戻って行くかのように。地面に倒れているセシリア、シャルロット、そしてラウラの姿を見ても、今の京介には何の感情も浮かんでこなかった。全てが茶番と知らされ、唯一残っていた未練も断ち切った今、彼にとって彼女達自身は差して問題では無い。彼の脳裏にあるのはこれから自身を待っている戦いのビジョンと、長い黒髪と、短い黒髪をした二人の少女のシルエットだけ。ダラダラと女々しい程の自信に嫌気が差しつつも、京介の視線は既に天へと向けられていた。
「J-ISAより全JEに告ぐ。目的は達成した、これより世界は------俺達GRDの監視下に置かれる。各自PLANETAを起動、作戦領域へと展開させろ」
『TERAA、了解』
『JOVIAN、了解』
『URANIAN、了解』
京介の耳朶を三人の女性の声が打つと、飛翔しているJ-ISAと入れ替わるように同じ形をした7m程の
PLANETA、GRDの持つJEの簡易量産型であり、世界を監視する目となるモノ。自律行動により世界から悪を摘み取る存在。その自分達の手駒が次々と
「ゴースト、PLANETAの配備はあと五分で完了する。その後お前は月へと戻り、我々三機がそれぞれの区域の最初の監視へと向かう。それで良いな」
「ああ、頼む。……これでお前らは重力ともサヨナラ、か」
「ふ、そう簡単な話ではないさ。人は何時までも何かに執着していなければ生きていけないものだ。そしてそれは人それぞれだが……地球とその重力だけは、何があっても振りほどけない」
「呪縛って言うんだろう、それは。……行け」
「ああ、それではな。……また会おう、
京介と短い会話を交した後、マドカの乗るTERAAはゆっくりとJ-ISA達から離れて行く。その後姿を見送った後、京介は自身の背後にいる二機と回線を開いた。その目はまだ、TERAAの進んだ方向へと向けられている。
「JOVIAN、URANIAN、後は任せたぞ」
「JOVIAN、了解。なぁに、ただ監視するだけの簡単で楽でクソみたいな仕事さ。心配いらないさ」
J-ISAよりも一回り程大きい体躯のJOVIANのパイロットは、軽口を叩きながらもその巨体を操りクルクルと機体を回転させて見せる。そして右手の人差し指を突き立てる動きをしてから、彼女もまたマドカとは違う方向へと飛んで行った。
「URANIANも了解。観察者になるっていうのも、中々良さそうだし……退屈はしなさそう。それじゃあね英雄さん、運があったらまた会いましょう?」
両腕に大型剣を持っているURANIANのパイロットはからかうような言葉を京介に掛けた後、先に行った二人とはまた違う方向へと進んで行く。これで地球を外側から監視する枠が完成し、あと一つだけ残された仕事を終えればGRDは誰にも気付かれずに地球をその支配下に置くことが出来る。そしてその最後の仕事を終わらせる為に、京介は操縦桿を捻りJ-ISAを本拠地である月へと進ませたのだった。
月にあるGRDの本拠地へと戻った京介はタバネの居るメインルームに到着すると、そこに居た夏希と空中に浮かぶウィンドウに映るタバネに出迎えられた。夏希の目の前には空中投影された世界地図とPLANETAから送られてくる各種映像が投影されており、その目まぐるしく変わっていく映像を眺めながら夏希は京介に声を掛ける。
「お帰りなさい、京介。既に織斑一夏は再起した国連軍に回収されて、束軍の残党の消滅も確認したわ。これで計画の第一段階は終了したわね」
「ああ、すぐに第二段階に移行する。タバネ、準備は出来ているか?」
京介の言葉を受けると、ウィンドウに映っていたタバネは小さく頷いてから京介の前に複数のウィンドウを表示させた。そこには各方向から撮影されているリアルタイム映像が流れており、そこには次に京介が接触すべき人物の姿が映っている。
「彼女はずっとそこで生活している。一日の行動パターンから考えると、計画の第二段階は問題無く進行出来そうだ。それで、何時行動する?」
「行動はまだだ。タバネ、PLANETAとマドカ達が地球の監視について他の実働部隊を各地に配備するのに掛かる時間はどのくらいだ」
「分かりやすく言えば約三ヶ月後、細かく言えば凡そ------」
「いや、良い。……それじゃあ次に俺が動くのは三ヶ月後だ。それまでにJ-ISAの操縦訓練でも行っておくさ」
タバネの言葉を途中で遮ると、京介はそう言ってメインルームから出ようと踵を返す。それに合わせてタバネは回収してあるJ-ISAの整備補給を行うべくシステムを稼動させ、夏希は目の前のウィンドウを指先で弾いて虚空へと飛ばすと、去って行く弟の背に声を掛けた。
「随分熱心じゃない? 心配しなくても貴方に敵なんかいないのに」
「当然だろ? アンタと同じ空間に居たくないからな、少しでも早く離れたい」
そう言ってメインルームから去って行った京介にため息をついた夏希は、タバネが出してくれたのか床からせり出してきた椅子に座るとグデッと頭を垂れた。表面上は反応しないようにしているが、実の弟に暴言のようなものを吐かれると冗談交じりだとしても中々心に来るものがある。
「随分嫌われているようだが……やはり姉弟といっても嫌悪感というのは存在するものなのだな」
フッと夏希の目の前に浮かんだタバネの顔に見つめられると、彼女は乾いた笑みを浮かべながらサッと髪を掻き上げた。諦めと未練がごちゃ混ぜになったような表情を一瞬浮かべた夏希だったが、すぐに頭を振ってみせると何でもないと言うように口を開く。
「そりゃああの子がやって来たことを全部根元から引っくり返しちゃったからねぇ……。表面上は普通に見えても棘が見え隠れしてるし------もうどうにもならないわね」
「やはり人間は難儀なものだな」
「そうね、本当、そう思うわ。……でもこれで良いのよ、あの子は地球にいるべきなの」
最後にポツリと呟いた言葉が霧散すると、夏希はそのまま立ち上がるとまたタバネと共に作業を再開するのだった。
そして何時の間にか
「J-ISA、光学迷彩を解除。その後自律行動モードに切替」
音声認識機能を作動させた京介はJ-ISAを目的の場所へと着地させると、膝を付かせてコクピット・ハッチを開放した。身体を固定したチューブを外し地上に降り立つ京介の目の前には成長した一人の女性がおり、その女性は既にJ-ISAに気付いていたのか降りてきた京介自身にもその視線を向けていた。J-ISAが着陸した場所、篠ノ之神社に住んでいるかつての仲間、篠ノ之箒が。
「京介……?」
立派な女性へと成長していた箒はその瞳から一筋の涙を零すと、ゆっくりと歩み寄ってくる京介へと駆け寄り、そして抱きついた。京介もまたその身体を受け止めると、背中に回された手をそのままに自身の手も箒の背へと回す。手に触れる黒髪の柔らかい感触に懐かしさを感じると、京介は一度箒の肩を持って自分の身体から引き離した。涙で潤んだ二つの瞳に吸い込まれそうになると、京介は一度目を閉じてから再び箒の目を見つめる。
「……久しぶりだな、箒」
「本当に、本当にお前なんだな? お前は京介で良いんだな?」
「ああ、偽者でも誰でもない。俺だよ」
その言葉を聞くと箒は再び京介の胸に顔を埋め、更にギュッと力を込めて彼を抱き締めた。その彼女の小さな震えを感じた京介も、宥めるようにその頭に手を乗せる。
「生きて……生きて、死んだかと……逝ってしまったのかと……私は……!」
「大丈夫だ、俺はここにいるから。俺は、浦城京介はここにいる。だから落ち着け、箒」
小さく何度も頷いて見せる箒に安堵した表情を浮かべた京介の背後で、突如J-ISAが立ち上がり飛び立って行った。宙に浮くなり姿の見えなくなった謎の兵器を目にした箒は、怪訝そうな表情を浮かべてから京介の顔を見やる。それに対して、京介は肩を竦めて見せてから彼女から離れた。
「その、話したいことがあるんだ、箒。聞いてくれるか」
「それは……お前が生きていたことや、あのロボットにも関係していることか?」
「ああ、そうだ。箒、俺はこれから------」
自らの人生を振り回され、人を殺し、かつての友人の未来を叩き潰し、それでも最後には自分が力を手にし世界を振り回す側に回る。この時、支配者は実感した。かつて世界を混乱させた女が感じていた、世界を自分の思い通りにしようとした女が抱いていた興奮を。
------ああ、世界を思い通りに出来るようになるというのは、こんなにも気持ちの良いものだったのか、と。
長い間更新出来ず、申し訳ありませんでした。
気が付けば閲覧数も十万を突破し、お気に入り数も400オーバーと沢山の方に支えられてきたことをとても嬉しく思っております。
この後世界はどうなっていくのか、GRDは何をしていくのか、最後に京介が抱いていた感情は何なのか、それは読者の皆様方のご想像にお任せします。
ただ一つ言えることは、一度壊れたものはもう二度と直らないということです。
そして現在書いているプロットが完成し次第、夏頃には新作を公開する予定です。
更新速度は遅くなるかもしれませんが、GRDとはまた違う世界を歩む京介達を描ければと思っております。
長い間、応援、本当にありがとうございました。