※この作品はR-18です。

インフィニット・ストラトス-GRD/GHOST IN THE BULLET-   作:REDALERT

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デュアル・フェイス

 

夢を見ていた。

 

 

地面も、空も、何もかも真っ黒な空間に何(・)か(・)が蠢いている中、一人歩き続ける夢を。

 

 

煙のようなそ(・)れ(・)は俺の足元に纏わりついて、何処かへ引き摺ろうとしている。それに耐えながら、俺はただ真っ直ぐに歩き続けていた。

 

 

一歩踏み出す毎に、暗闇が身体に纏わりついてくる。一歩踏み出す毎に、身体から力が抜けていく。げっそりとするような感覚が強くなっていっても、俺は歩みを止めない。それが自分の意思なのか、はたまた何者かの意思なのかも分からぬまま。

 

 

すると突然、暗闇の中一面に沢山のテレビモニターが浮かび上がってきた。スノーノイズばかりが映し出されているモニターは、俺が一歩ずつ歩く度に異なる映像を表示していく。何かが映っているはずなのに、俺にはそれを認識することが出来ない。ただ分かるのは、その映像が最期には真っ赤な血で染まってしまうことだけ。

 

 

次第に黒が赤へと染まっていく空間、足に纏わり付いていた何かが徐々に身体を包み込んできている。身体が動かせない。足が、腕が、何かに呑まれていく。胸も首も呑まれていって、顔も少しずつ呑まれていく。

 

 

そうして最期に俺の視界に映ったものは、右目の辺りが酷く焼け爛れ、本来そこにあるはずの眼球を喪失している俺の歪んだ笑みだった。

 

 

 

 

 

伊弉諾、それは世界が生み出した最悪の兵器。白騎士に対抗するだけの為に創られたモノ。原点であり王道に挑む異端にして邪道。人はそれを悪魔と呼び、また誰かはそれをパンドラの箱と呼ぶ。この世に残された最期の希(・)望(・)を砕く為の、この世に存在する全ての善(・)を消す為の。

 

 

薄暗い部屋の中で唯一光を放っているモニターには、ラウラを一方的に蹂躙する漆黒のISが映し出されている。それを眺める女性------織斑千冬は唇を強くかみ締め、まるで親の仇を見るかのような視線をモニターに送っていた。

 

 

「どうする束。事は急を要するぞ」

 

 

虚空に響く千冬の呟き、場所は違えど同じものを見ている兎(・)はしっかりとそれを聞いていた。篠ノ之束は珍しく恐(・)怖(・)している。天才にして天災、邪道にして外道、悪鬼にして悪魔。自らにその自覚無しに悪事を企む彼女でさえ、現状を良しとは出来ない事情があった。

 

 

『う~ん……まだ紅椿は実質60%しか完成してないし、軍隊も足りないし……もしアイツが伊弉諾を覚(・)醒(・)させちゃったら操縦者を殺す方法は通用しなくなっちゃう! どうしよう、ちーちゃん!』

 

「それを考えるのがお前の役割だろう。私は今頭が痛いんだ。厄介なタイミングで悪魔は目覚めるし、目障りなク(・)ソ(・)ガ(・)キ(・)が一夏の命を狙っている。まあソイツをぶっ飛ばしてくれたことに関しては、奴には感謝しなければな。御蔭でスッとしたよ」

 

『ぐぬぬ……いっくんには箒ちゃんと私達以外何もいらないのに……。どうしよう、ダ(・)ミ(・)ー(・)でも創っちゃう?』

 

「私のソレが規定数に達しているのならな。最初の一体を逃がしたのは痛手だったが……奴一人賄うくらい何とかなるだろう」

 

『りょーかい! それじゃあね、ちーちゃん! 次の作戦はまたお知らせするね!』

 

 

ぷつんと途切れた通信に深いため息をつくと、千冬はモニターの電源を落とした。本当に最近は、苛々することしかない。自室の壁に掛けてある大きな一夏の顔写真をうっとりとした表情で撫でると、千冬は自らの頬を写真の中の一夏に擦り付けた。頬ずりを何度か繰り返し、彼女は恍惚の表情を浮かべる。世界にたった一人だけの家族、自らの全てを注ぎ込んで育て上げた最高傑作。成長し切れば自分など足元にも及ばないだろう。

 

 

「そうだ、そうだよ一夏。お前は最高の弟だ、そうでなければお前は何だ? 強くないお前など一夏では無い。ふふ、ふふふふふ、私の全てはお前のものだ。あの女狐の弟のように、白騎士を早く目覚めさせておくれ」

 

 

身体が熱くなる、心が燃え上がる、自分の女としての部分が一夏を求めている。自らを慰める千冬の口から漏れる吐息は写真の中の一夏を汚し、そして一人の男として確立させていった。

 

 

「束もその妹もいらない……。最期には私達二人だけで楽園を作ろう、私と、一夏だけのだ。楽しみだ、ふふ」

 

 

 

 

 

スコール・ミューゼルは歓喜していた。構成員より得られた情報から、浦城京介が伊弉諾を解放したことを確認したからだ。あのISがこちら側に渡れば、それだけで世界の半分は取れたようなものだ。勿論その操縦者も重要ターゲットだ。二つのパーツが揃わなければ、何の意味も無い。

 

 

「なあスコール、他の支部から何機ISを掻き集めればいいんだ?」

 

 

と、彼女の隣で他の幹部と連絡を取っていたオータムがふいに問うた。彼女はスコール率いる実働部隊の中でもかなりの実力者であり、幹部以外でのIS所持を認められている一人であった。そして彼女は、スコールの恋人でもある。

 

 

「そうねオータム、まず操縦者を決めましょう。香港からエムとマリーダを呼びなさい」

 

「あぁ? マリーダは分かるけど、アイツもか?」

 

「ええ、そうよ。サマーズへの恩を返す時が来たとでも言えば、すっ飛んでくるわよ? マリーダもね」

 

「分かったよ、てことは流れ的にシャグラン・アヴェルスが二機か……。あー面倒臭ぇ……」

 

 

頭を掻きながら別の部屋へと消えていくオータムの背を見送った後、スコールは懐から取り出した大切な写真を愛しげに抱きしめた。四年前に最愛の人を失ってから、漸くその人の為に何かを成すことが出来る。それが嬉しくて堪らない。

 

 

(織斑千冬が出て来ようが、何をしてでも彼と伊弉諾は手に入れさせてもらうわ。彼はきっと私のところへ来てくれる、そうでなければ、私は……)

 

 

受話器の向こうを脅すように怒鳴るオータムの声を聞きながら、スコールは一人、窓の外を見やる。夕焼けに染まる空が、とても幻想的だった。

 

 

 

 

 

 

左腕の筋断裂、それが目覚めたばかりの俺に告げられた状態だった。既に手術も行われていたようで、包帯でグルグル巻きにされ固定されている左腕と全身に疎らに貼られた湿布の感覚が気持ち悪い。全身筋肉痛のせいで、少し身体を動かすだけでも難儀する。

 

 

「筋断裂って……俺、一体何したんだ?」

 

 

ボーデヴィッヒに首を絞められたところまでは覚えていたが、そこから先の記憶が全く無かった。目覚めた場所はもう御馴染みになりつつあった保健室で、ボーデヴィッヒの戦いからもう二日経っているらしい。昨日まではセシリアと鈴も保健室にいたらいいけど、今はもう授業を受けているらしい。

 

 

「本当に何も覚えてないのだな、お前は。織斑先生に口止めされているからここで言う訳にはいかないが、すぐに分かるだろう。心配するな」

 

 

「そうは言ってもよ、箒。目が覚めたら左腕の筋肉がブチブチになってましたってのを簡単には受け止めきれないって。左利きの俺にとっちゃ致命的ダメージな訳でな……ハァ」

 

 

見舞いに来てくれていた箒が果物ナイフで林檎の皮を剥いていく様子を視界の隅に捉えつつ、俺は天井に目を向けていた。IS学園の技術なら一ヶ月もあれば完全に問題無く完治するのだろうが、それまで利き腕が使えないというのは心細い。ISにも乗れないし、嫌なことばかりだ。

 

 

「そうぼやいてばかりいるな、男らしくないぞ京介。ほら、剥けたぞ」

 

 

そう言って箒が差し出してくれた紙皿には綺麗に切り分けられた林檎が乗っている。その中の一つに突き刺してある爪楊枝を右手でつまみ、一個ずつ口へと運んでいく。シャリシャリと音を鳴らしながら林檎を食べ進めていくと、ふと思い出したように箒が言葉を発した。

 

 

「そういえば、トーナメントの件だが仕様変更されるらしい。一対一の試合が二対二のタッグマッチになるそうだ」

 

「何でまた急に……」

 

「さあ。だがもしかしたら、クラス対抗戦の所為かもしれない」

 

「また謎のISの襲撃があるっていうのか?」

 

「可能性の話だ。もし何か不測の事態となれば、二人よりも四人でいる方が何とかなるかもしれないからな」

 

 

そうか、とだけ返事を返して林檎を食べることに没頭していると、珍しく箒がため息を洩らした。何事だろうかと首を傾げて見せると、彼女は自嘲気味に口を開く。

 

 

「いや、そのペアを決めようとしてもだな……いないのだ、相手が」

 

「セシリアとか鈴は?」

 

「ISの損傷が酷くてな、参加出来ない」

 

「一夏とかシャルルは?」

 

「既にペアを組まれてしまった」

 

「俺は------」

 

「参加出来ると思っているのか?」

 

「……ごめん」

 

 

全く、と呆れた様子で林檎の無くなった紙皿を片付けると、箒はゆっくりと立ち上がった。

 

 

「兎に角、ペアの方は自分で何とかするさ。最悪抽選になるらしいが……その時はその時だ。お前も少しでも早く怪我を治して、試合を見に来い」

 

「ああ、分かってる。ありがとう、応援してるぜ」

 

「うむ。……そ、そういえば約束の件だが、忘れるなよ」

 

 

釘を刺すように言ってから箒が去って行くと、一人だけになった保健室は当たり前というかとても静かだった。

 

 

「約束、かぁ」

 

 

今になってみると、俺の竹刀を買いに行く為の条件が箒がトーナメントで優勝することというのはおかしいと思えた。俺が優勝するのなら兎も角、剣術を教える側が優勝しなくてはならないのだ。

 

 

「全部終わってから詳しいこと話せばいいか」

 

 

痛みに悲鳴を上げる身体に嫌気が差しつつも、俺は小さな欠伸を一つして目を瞑るのだった。

 

 

 

翌日、保健室を訪ねてきたのは一夏とシャルルだった。見舞い品代わりに授業ノートを携えてやって来た二人は、織斑先生に止められているにも関わらずあの戦いのことを話してくれた。ボーデヴィッヒがセシリアと鈴を撃とうとした瞬間、俺が生身で奴のISを引っ張ったこと。その後、俺が真っ黒な全身装甲のISを纏い奴を叩きのめしたこと。そしてそのISの名が伊弉諾だということ全てを。

 

 

「伊弉諾……か」

 

 

「やっぱり本当なのか? 京介のお姉さんがそのISの事故で死んだっていうのは」

 

 

伊弉諾という単語に俺が反応した所為か、一夏はグッと身を乗り出してきた。それを右手でグイグイと押し返してから、俺は口を開く。

 

 

「前に言ったことなかったっけなぁ……。まあ、本当だよ。もう四年になる」

 

「伊弉諾を造ったのは今京介が所属している組織と同じところ何だよね? 説明とか、何もなかったの?」

 

「無かったからこうなってるんだろ? まだ正式な報告書すら書けるかどうか分からないってのに、どう言えばいいんだか。凱龍が壊れたら中から伊弉諾が出てきたって?」

 

「そっか……。でも本当に凄い性能だったよ、伊弉諾は。あんなの、ISの定義に反してる。完全に戦闘用だよ。あのボーデヴィッヒさんを一撃で倒すなんて……」

 

 

その時の光景を思い出したのか、シャルルがブルッと身体を震わせた。一体俺は伊弉諾でどんな攻撃を繰り出したのだろうか。映像に残っていないのが悔やまれる。

 

 

「けど京介がそんなにボロボロになったのは伊弉諾を動かしたからだろ? 完全に欠陥機じゃないか、操縦者の安全なんて考えられてない」

 

 

「それは俺が正式な登録操縦者じゃないからだ。バイタルも何も登録されてない奴がISを動かそうとしても動かし難いだろ? それの延長線上だ、ここまでとは思わなかったけど……」

 

 

痛てて、と痛む身体にぼやくようにすると、何処か納得のいっていない様子の一夏が再び口を開く。

 

 

「なあ京介、お前は使い続けるのか? その伊弉諾を」

 

「そりゃあ凱龍が二度と戻って来ないっていうんならさ、使うしかないんじゃない? 一応、俺のISな訳だし」

 

「……そうか。無理だけはしないでくれよ?」

 

「分かってるよ。それより、お前らトーナメントでペア組んでるんだろ? こんなとこで油売ってないでフォーメーションの練習でもしてこいって。俺に続いてボーデヴィッヒをぶっ飛ばして来い! な?」

 

「うん、頑張るよ。それじゃあお大事に」

 

 

軽く手を振って去って行く二人を見送り、俺は再び孤独の部屋に取り残される。ベッドテーブルの上に置かれた授業ノートを手に取り、片手でパラパラと捲って行く。内容なんて最初から頭に入れる気すらない。飽きた俺は再びテーブルにノートを投げ捨て、枕に後頭部を押し付ける。

 

 

包帯に包まれた左手に広がる虚無感が気持ち悪い。一時でもこの手にしていた力を感じられないことへの苛立ち。憧れと恐怖が混濁し俺の思考を汚していく。欲しい、俺の意思がある時に。俺自身俺その者の意思がある時に。必要なのは、身(・)体(・)と敵(・)。

 

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ……)

 

 

出来ることなら、あの女を、あの幼いながらも鍛え上げられた体躯を。

 

あのナイフのような鋭い視線を放つ目を、赤い瞳を。

 

あの生理的(ワタシ)に(ノ)受け付けない(好ミジャナイ)思考回路をしている(気 持 チ 悪 イ)女(奴)を。

 

 

------------ぶっ殺してやりたい。

 

 

 

「ふふ、ふふふ……ははははは! はははははははっ!」

 

 

乾いた笑いが保健室に響き、伊弉諾に魅せられた少年は独り右手で顔を覆う。

 

 

「あー……、やっぱり人間っていいわねぇ京(・)介(・)」

 

 

伊弉諾に登録されていた浦城夏希のデータ、それはバイタルのみならず彼女の思考・記憶・口調といった全てが記録されていた。よりISを人に近づける為に、より伊弉諾をISという枠から逸脱させる為に。その記憶回路は伊弉諾の展開と同時に操縦者がコアと同期し、読み込み、より高いポテンシャルを発揮させる。

 

 

だがそれは時に、ヒ(・)ト(・)の(・)精(・)神(・)を上書きしてしまう。登録者以外の人間に、登録者の全てが流し込まれる。それは自己の否定であり、進化でもあった。異端にして邪道にのみ赦された、赦されざる機能。

 

 

左目を隠し、酷く濁った右目で天井を見つめる京介は無表情である。右目を隠し、透き通った左目で天井を見つめる京介は笑っている。

 

 

「早く使いこなしてくれないかなぁ、イ・ザ・ナ・ギ」

 

 

最後にクスクスと笑ってから、京介の顔を隠すようにしていた右手がダラリと落ちた。憑き物の落ちたかのような安らかな表情で眠る少年は、何も知らない。何も知る事は、ない。

 

 

 

 

 

六月も最終週に入り、IS学園は学年別トーナメント一色へと変わっていた。

 

 

腕の怪我もある程度治癒していた俺も授業には参加しており、慣れない右手でノートを取っている。ISの起動をしていない。日本重化学工業共同体からの伊弉諾に対する返答は未だ無く、不用意に使うことは出来ないという織斑先生の判断だった。

 

 

各国政府関係者、研究所員、企業エージェントといった諸々の顔ぶれや学園の生徒達が各アリーナで犇いている。俺はその人混みを左腕の包帯をチラつかせながら掻き分け、一年生の部の試合が行われる第四アリーナの観客席へとやって来ていた。

 

 

「あ、京介―。こっちこっち」

 

 

三人分の席を確保してくれていた鈴とセシリアが手を振っているのが見え、俺は小走りでその空いた席に腰を下ろした。ボーデヴィッヒとの戦いでISのダメージレベルがCを超えてしまった二人は、トーナメント参加を辞退せざるを得なかった。国家代表候補生である二人がその実力を発揮することも出来ないというのは、二人の立場を悪くする原因になってしまうだろう。

 

 

「一夏とシャルルの試合が何時かもう決まったか?」

 

「先程発表されましたわ。Aブロック第一回戦の一組目ですわ」

 

「初っ端から男のIS操縦者コンビの試合なんて、盛り上がるに決まってるわよね。対戦相手が誰かにもよるけど」

 

 

観客席の一番前に座る俺達の前で、タイミング良く第一回戦目の組み合わせが発表される。一夏とシャルルの相手、それはボーデヴィッヒと箒のペアだった。

 

 

「これは……」

 

 

「何で箒があんな奴とペアになってるの!?」

 

 

発表された対戦相手にセシリアと鈴が驚くも、俺は敢えて沈黙を保っていた。恐らく、というより確実に箒は他にペアが組める相手がいなかったのだろう。そしてボーデヴィッヒも誰かとペアを組む気もないから、自然と余る。それが抽選で当たってしまった。多分確認すれば分かることだが、抽選で決まったのはあの二人だけなのだろう。

 

 

「こいつはどっちを応援したものか……」

 

 

俺の呟きは他の観客の歓声に掻き消され、試合開始を知らせるブザーが鳴り響いた。

 

 

 

開幕、一夏はボーデヴィッヒに向けて果敢に突っ込んで行く。だが即座にシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されているAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)、慣性停止能力によりその動きを止められる。そして肩の大型砲を展開、だがそれを放つ前に割り込んできたシャルルのラファール・リヴァイヴカスタムⅡによりボーデヴィッヒは距離を取る為に下がった。すると続けざまに打鉄で斬り込んで来た箒をシャルルが引き付け、再び一夏はボーデヴィッヒへと向かって行く。

 

 

「早いな」

 

 

「一夏さんとシャルルさん、とても息が合っていますわ。個人戦のように見えて、ちゃんと互いをカヴァーし合える位置で戦っています」

 

 

俺の紡いだ小さな感想に、セシリアが言葉を被せてくる。それに頷いてから、俺は再び試合を注視した。

 

 

途中、一夏達と斬り合っていた箒をボーデヴィッヒがワイヤーで投げ飛ばすといった一幕もあったものの、試合自体は一夏達が優勢のように見えた。周囲の観客を見回すと、どうもみんなの視線は一夏とボーデヴィッヒの方に向いていた。今一夏は迫るワイヤーブレードを何とか躱そうとしながらもダメージを受けている途中だ。俺はそこから少し視線を遠ざけ、シャルルと斬り合っている箒の方を見た。

 

 

高速切替(ラピッド・スイッチ)と呼ばれるシャルルの手際の良い武装の切替に箒は翻弄されている。近接武器を持ったかと思えば射撃武器に、射撃武器を取ったかと思えば近接武器に。近接戦が得意な箒とはいえ、そこまで翻弄されてしまっては最早どうすることも出来なかった。焦りからか不用意に近づいてしまった彼女に、シャルルは両手に持った散弾銃の弾丸を容赦無く叩き込む。激しく装甲が砕かれ、エネルギーを失った打鉄がガックリと膝をつく。まだ戦闘が続いていた場合のことを考慮して、装甲を維持出来るだけのエネルギーは残されているのだろう。

 

 

「これで二対一か……」

 

 

箒が負けてしまったことは残念だったが、ペアの相手がボーデヴィッヒだったのだから仕方が無い。買い物については、またゆっくり話し合おう。兎も角今は、二人の猛攻を凌いでいるボーデヴィッヒがどう戦うか見物だ。

 

 

「これは勝てちゃうんじゃないの? 行っけー! 一夏ぁ!」

 

 

隣で鈴が快哉を上げ、セシリアもグッと前のめりになって試合に熱中している。一夏がボーデヴィッヒの注意を引き付け、その隙を突いてシャルルが弾丸の雨を降らせる。ダメージの殆どを一夏が受けているようだが、そのままで零落白夜なんて使えば------案の定、白式の持つ雪片弐型から光が失われ、ガックリと膝を付いた。その足元には、途中でシャルルが投げ捨てたアサルトライフルが置かれている。

 

 

「……?」

 

 

エネルギーの切れた白式を纏う一夏が、何故かそのアサルトライフルを拾い上げた。そしてそれをシャルルと戦っているボーデヴィッヒに向け------放った。シャルルをAICで止めようとしていたボーデヴィッヒの気が殺がれ、その隙に瞬時加速を行ったシャルルのISの左手の盾が弾け飛ぶ。盾の中から現れたのは、巨大な杭を打ち込むパイルバンカー。リボルバー式で複数の杭を内蔵しているそれをシャルルは黒いISに叩き込むと、ボーデヴィッヒの身体が大きく仰け反った。だがまだ終わらぬと、何度もパイルバンカーから杭が打ち込まれていく。決まった、観客席に居た誰もがそう思った。一夏達の勝利だと。

 

 

だがその瞬間、俺の背に悪寒が走った。

 

 

「ああああああッッ!!!」

 

 

アリーナ中に響き渡るボーデヴィッヒの絶叫。そして溶(・)け(・)て(・)いくシュヴァルツェア・レーゲンの装甲。ドロドロと粘土のようになったソレはボーデヴィッヒの身体を包み込み、ISのような何かを形成していく。真っ黒な、少女のようなそれは手に雪片と似た刀を持っている。

 

 

間違いない。俺の身体が断定している。奴は敵だと。

 

 

「あれは一体……京介さん?」

 

 

「ちょ、ちょっと、急に立ち上がってどうしたのよ!」

 

 

後ろでセシリアと鈴が何か騒いでいる。俺はゆっくりと観客席とアリーナを隔てるバリアーで守られた強化ガラスの前まで歩くと、その黒い何かを見つめた。今すぐにでもこれを打ち破って、アイツの首を圧し折ってやりたい。そんな破壊衝動に駆られた俺は、極自然に右腕にカーボンブラックの装甲を展開していた。久しぶりに見る、懐かしい腕の装甲だった。それを振りかぶり、そして------。

 

 

「こんの、馬鹿ッ!」

 

 

背後から跳んで来た鈴の膝蹴りが左腕に直撃し、俺の意識は一気にその痛みへ引きずり込まれた。

 

 

「っ!? う、お、あ……~~~~~~ッッ!!?」

 

 

声に成らない絶叫を振り撒きながら蹲る俺の身体を引き摺り、鈴は無理矢理俺を席に戻した。

 

 

「アンタ大丈夫!? その怪我で何しようとしてたのよ!」

 

 

「っ、ち、ちょっ……痛、本当、痛……!」

 

 

息をするのも辛い程の激痛が左腕から走り、最早俺が何をしようとしていたかすら忘れてしまった。今は少しでも早く、この痛みが引いてくれれば……。

 

 

「え、あれ、これってもしかして相当ヤバイ感じ?」

 

 

「その相当ヤバイ感じに見えますが……大丈夫ですか、京介さん?」

 

 

脂汗やら何やらで左腕の激痛に歯を喰いしばっていた俺は、セシリアの心配する声に首を左右に振ることしか出来なかった。結局そのまま謎のボーデヴィッヒのIS変化は一夏の手により鎮圧され、初っ端から起こった事故によりトーナメントは一時中断を余儀なくされるのだった。

 

 

 

 

 

その日の夕方、ラウラ・ボーデヴィッヒの眠る保健室には二人の人影があった。片や彼女の元上官であり現担任である織斑千冬、そしてもう一人は左腕を包帯で固定されている浦城京介だった。京介の右目が何かで濁っていることに、千冬は気付いている。

 

 

「……それで、態々何の用だ浦城。こいつはまだ暫くは起きないぞ」

 

 

「用があるのはそいつじゃなくて、貴女ですよ織斑先生」

 

 

口調は同じだが何処か違和感を覚えさせるその言葉に、千冬は少しばかり警戒心を抱いていた。伊弉諾を展開したことの記憶は無いようだが、聞くところによるとラウラに異変が起こった時に右腕の装甲を部分展開したという。目の前の少年は、何かがおかしかった。

 

 

「ヴァルキリー・トレース・システム……通称VTシステム、ドイツも中々難儀なものをぶち込んできましたね。やっぱり篠ノ之束も一枚噛んでたりするのかなぁ?」

 

 

「お前……!」

 

 

重要な機密事項であり、今回のラウラ暴走の原因であるそのシステムの名を京介が語った事に、千冬は狼狽した。本来ならば知るはずのない立場にいる者が、そのことを知っている。しかも前々から知っていたかのような素振りだ。

 

 

「まあアイツのことだし、アンタの言葉通りに死傷者を出さずに研究所を潰してる可能性もあるけど……。相変わらず裏で色々コソコソやってるみたいだね、そっちは」

 

「貴様、何者だ」

 

「アンタの生徒さ。アンタらに殺された浦城夏希の弟さね」

 

「ッ!」

 

 

一瞬千冬の顔に動揺が広がると、京介はニヤリと口の端を吊り上げた。歪な笑みが、漸く答えを見つけたと少年の表情を変えていく。

 

 

「へえ、やっぱりアンタ達だったんだ。姉(俺)を殺したのは」

 

「お前……まさか」

 

「覚えておきなさい、アンタ達二人の企みは絶対に阻止してみせる。意外と敵が多いのよ?アンタ達って」

 

「っ、ふん、死人に何が出来る! 亡霊のように弟の身体を借りてまで宣戦布告か?」

 

「いや、ただの牽制よ。私だって自由にこの身体を使いたくはないからね。だけどこれだけは言わせてもらう」

 

 

そう言って京介は千冬の傍まで近づいていくと、その耳元に口を近づけた。

 

 

「お前を殺す」

 

 

そうして千冬から離れた京介の目は、もう濁ってなどいなかった。少しの間茫然自失といったようだったが、少年は突然ハッとしたように目を見開いた。

 

 

「あ、あれ? 織斑先生?」

 

「……何だ浦城、突然来るなりその反応は」

 

「え、あ、いや……何で俺ここに……あ、ボーデヴィッヒ」

 

 

まるで普通の少年に戻ったかのように、京介はベッドに眠るラウラの顔を覗き込んだ。その姿に警戒を解いた千冬は、その背に向けて声を掛ける。

 

 

「こいつは私に任せておけ。お前はさっさと飯を食べて部屋に戻って寝ろ。また勝手に歩き回られてもかなわん」

 

 

「は、はい。失礼しました……」

 

 

腑に落ちない様子で京介が保健室を出て行くと、千冬はふとスーツの懐に手を入れた。そしてそこにあったものを確認すると、彼女にしては珍しく顔を青ざめさせる。懐から取り出されたもの、それは寝ていた京介から没収した待機状態のISだった。

 

 

「どういう事だ、これは……」

 

 

ISを所持していない状態での展開、そんなことがあるはずがない。開発者である篠ノ之束と共にISに長年携わってきた自分に知らないことなどと有る訳がない。幾ら自己進化するように設定してあるといっても、ISは人が持っていなくては起動すら出来ない。

 

 

「早く、出来るだけ早く奴を消さなければ、私達は……一夏……」

 

 

グッと拳を握り締める千冬の隣で、ゆっくりとラウラが目を覚ますのだった。

 

 

 

 

「「あ」」

 

 

何故か訪れた記憶の無い保健室からの帰り、俺は偶然箒と顔を合わせた。どうやらアリーナでのラウラの一件で事情聴取を受けていたらしく、今から夕飯を食べに行くらしい。折角だからこのまま一緒に行こうと話をしながら二人で歩いていると、例の約束の話になった。

 

 

「初戦で負けてしまうとは、まだまだだな。私も」

 

「まあ仕方ないさ、相手とペアが悪かったんだよ」

 

「しかし、それでは折角の約束がふいに……」

 

「別にいいんじゃないか? 俺の竹刀を買いに行くってだけの話だし、次の週末にでも行こうぜ?」

 

 

そう言うと箒は少しばかり考えるような素振りを見せてから、小さな声で「よ、宜しく頼む」と呟いた。俺もそれに短い返事を返してから、右手で頬を掻く。自分で言っておいて何だが、何処か気恥ずかしかった。

 

 

「まあ……その、試合、お疲れ様。箒」

 

 

「うん」

 

 

食堂に着くまでの間、俺の右手と箒の左手が触れ合っては離れを何度か繰り返していた。だが途中で指と指が触れ合うとそのまま手が繋がれ、ギュッと互いに握り合ったまま俺達は廊下を歩き続けるのだった。




漸く二巻までの内容が終わりました、次回より遂に福音編です

今回からR-18タグを外してみました、後々そういう描写が出てくるのですがその時にまたアナウンスさせて頂こうと思っています

原キャラを悪役にする場合はタグに記載するべきか迷っているのですが、それもまた後々追加が必要な場合に追加していこうと思っています


それでは、次回もお楽しみに!
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