死体を埋めた。
煙草を咥え吸いつけ、煙を吐く。ひと息ついた。腕に巻いたミリタリーウォッチを見ると二時半過ぎだった。
隣に立つ
「ツァ~、腹減ったワ。寒いしだるいし眠いし。どれから潰しゃアええんじゃ、おい」
ユンボから降りてきた
四月の初旬。日中は暖かい日が増えたが夜は冷える。神奈川との県境付近の八王子山中は尚更だ。相模湖で冷えた空気が山間から風に乗って流れてくる。
俺は照明代わりに使っていたハイエースにもたれながら答える。
「焼き鳥食おうぜ」
「あァ?今から焼き鳥食いに行くんかい。山降りたら何時になるんや。日の出からやっとる焼き鳥屋なんざあらせんぞ」
「冷蔵庫に鶏肉があるんだよ。ししとうと茄子もある」
「なんじゃそのチョイスは……」
俺がスクラップ場の隅にあるプレハブ建てのチンケな事務所を指し示して説明すると向田が呆れた。八王子山中にあるスクラップ場。この施設は俺の兵隊たちが盗難車の仮置場として使うこともあるが、俺も時折死体を埋めに来る。今がまさにその時折だった。
「土山、お前その辺で木の枝とか葉っぱ集めてこい。事務所の中、新聞紙くらいしかねぇから燃やせるもんが要る」
脇に立つ土山は目を丸くした。
「ま、まじで食うんですか。今から」
「誰のせいでこんな時間に死体埋める羽目になったと思ってんだよ。早くしろ」
土山は俺と視線を合わせることなく俯いたまま敷地から出ていこうとした。
「土山~。お前そのままどっか消えたりとかしたら、お前の母ちゃんや妹が困るぞ~」
間延びした声を投げた。土山は立ちどまり肩を震わせたが、そのまま燃やせるものを探しに行った。
コンクリートブロックを正方形の形に並べ、その中に燃えるものを放り込んで火をつけた。金網をそこに置いて鶏肉を焼き始めた。焼くのは土山に任せて俺と向田は缶ビールを飲んでいた。ビールが入ると向田は上機嫌でしゃべりだしたが、日々の
「土山。今日のこれ、千万円な」
「は!?千万!?」
俺が告げると土山の表情が驚愕で歪んだ。向田はゲラゲラ嗤った。
「俺と向田に五百万ずつな。向田の五百万は俺が建て替えとくからよ。お前は俺に千万払えばいい」
「そ、そんな金無いですよ!」
知っている。土山のような馬鹿丸出しの若いヤクザには千万円どころか五百万円すら都合することはできない。
「だったら貸しだ。利子もとらねえし期限も設けないからよ。ちびちび俺の仕事を手伝って返してくれりゃいい」
俺のやり方を知る土山は絶句した。自分の人生を永遠に失った者の顔。土山は喧嘩しか能のない馬鹿だが、俺と向田に喧嘩を売れるほどの馬鹿でも喧嘩が強いわけでも無い。ついさっきまでは死体のような顔をしていたくせに、人生を担保に取られた途端に生き生きと絶望しだした。
「なァ土山くん。そんな悪いハナシでもあんめェが」
ビール片手に話を聞いていた向田が口を挟んだ。
「君もキョーダイも同じとこの組員やんか。キョーダイが組の弟分をそこいらのカモと同じように扱うわけなかろうが。俺かて組が
向田は北九州の超武闘派組織の組員だった。組長や幹部が軒並み重罪で逮捕され組が解散し、手持無沙汰になっていたところを俺が呼び寄せた。普通に考えればこんな時間に死体遺棄に付き合わされることを"よくしてもらってる"とは言わないが、土山は黙って聞いている。
「なんにしろ看板とは関係ないコトで殺しなんてしたのが親分にバレたら破門やろうが。パクられたら軽くても20年は喰らうやろ。それをキョーダイがうまいことしたったんやないか。それを利子も期限も無しで貸しにしちゃるて、そんな優しい極道おらんやろ。金はともかく恩返しせなバチが当たるで」
殺人に死体遺棄。既にバチ当たりもいいところだが、土山はうなだれるように「はい」と頷いた。
肉が焼けはじめ、香ばしい匂いに食欲をそそられた。土山が嗚咽を漏らし、吐いた。
* * *
「なんでこんなとこに居るんですか」
俺の顔を見るなり、
「こんなとこってのはなんだ。ここを俺に売ったのはお前だぞ」
「明日でしょう。組事務所にいなくていいんですか。なんかくまもひどいですけど」
俺の言葉を無視して自分の言いたいことだけ言ってきた。失礼なやつだ(数秒ぶり二回目)。寝ずに死体を埋めていたとは言わずに答える。
「こっちの段取りはもう決まってんだからいいんだよ」
世田谷区と渋谷区の境のあたりにある雑居ビルの一画。俺の所有する会社のひとつ、『紳士服のユージェン』のちんけな応接室で座ったまま大和を迎えた。会社と言っても経営実態は有って無いようなものだが。「座れや」と促して向かいのソファに座らせた。
「それよりそっちだろ。
「ウチの総長をじじい呼ばわりですか。あの人が信用できないってのはわかりますけど」
俺が煙草を咥えると、大和が懐からシルバーのオイルライターを取り出し火を点けた。オイルライターには鯉の絵柄が彫り込まれている。
明日は池袋の高級中華料理店──綾瀬の所有する店で会合がある。馬鹿が揉め事を起こした始末の為に俺の組の上部団体の長が駆り出される。俺はその護衛として同行する。大和も綾瀬の組の枝の一人として店の警護をやらされる。
「あのじじい、ドンパチあったらお前を弾避けに使いそうだな」
「それ。ありえそうだからやめてほしい」
大和が肩をすくめた。綾瀬の組織は多くの組員がいるが、大和はその中でもひときわ優秀な弾避けになれる体格をしている。
「わざわざこっちに呼んだのはよ、わかるだろ」
「物騒な噂はなにも耳に入ってきてないですよ」
「なら大丈夫じゃねえか?」
「マジでなんかやろうってやつなら、そもそも嗅ぎ付けられるようなマヌケはせんでしょう」
大和は煙草を咥え、自分で火を点けた。煙草を持つ左手は小指が欠けている。
大和は日本語のほかに英語、韓国語、中国語(普通話と広東語と台湾語)が話せる。日本と世界の橋渡しをしたいという夢をもって名の知れた外国語大学に進学したらしいが、今は日本のヤクザと不良外国人の橋渡しをしている。組のシノギ以外でも、ヤクザだけでなく多くの外国人コミュニティと付き合いを持っており下手な情報屋より耳聡い。
「逆にお前に明日のこと訊いてくるやつはいないのか」
「探りを入れてくるやつすらいませんでしたよ。このタイミングで商売付き合いしてない日本のヤクザに話をしようなんてガイジンはいませんて」
「四つの組織の人間が目を光らせてるんです。馬鹿なことを考えるやつはいませんて」
「だといいがな」
四つの組──揉め事を起こした二団体に俺のとこと大和のとこ。
俺が灰皿に煙草を押し付けると、大和が「それよりも」と言いながら背もたれに身を沈ませた。
「この前
大井は仙台拘置支所に収容されている死刑囚であり、俺の五分の兄弟だ。大和には組の兄貴分でもある。
「なんか言ってたか?」
「懲役暮らしと違って暇で死にそうつって笑ってたみたいです」
「ツッコミどころしかねえな」
二人とも笑った。
* * *
翌日。
会合はつつがなく終わった。
綾瀬の中華料理店の奥、VIPルームから四人の組長が出てきた。揉め事を起こした馬鹿のとこの組長二人。仲裁人の
「ほな失礼します」「今日はありがとうございました」「お気をつけて」
組長や付添で来た幹部たちががちらほら挨拶をしている。
「おい、車出せるようにしとけ」
「はい」
俺が声をかけると若い組員たちが外に出て行った。
首をかしげると、こき、と音が鳴った。何もしてないけど疲れた。とっとと帰ってビール飲んで寝たいんだが、どうせすぐは帰れないんだろうなあ……。親分衆を眺めていると鶴巻が俺の方に歩いてきた。俺は歩み寄りながら小さく頭を下げた。
「肩こったわ、まじで」
「御苦労様でございました」
「綾瀬さんが会食を提案したけどよ、それはまた今度ってことになったから。とりあえず俺らで飯食いにいこうや」
「わかりました。今
結局この面子で食いに行くのか。ガードを連れているとはいえ、Vシネだったら絶対襲撃されるパターンだ。
三人ずつ乗せた現行のベンツSクラスが三台連なって走る。
中野。中央本線沿い。小洒落たカフェの前で車列が停まった。え、ここにヤクザがわらわら入るのか?ここから歩いて渋い和食屋とか割烹に行くんだよな?
「お~~、ここだここ。パフェがうめーんだよ」
ここだった。俺も甘いもの好きだし、懲役経験のあるヤクザなんて大概甘いもの好きになるが。……もっとこう、あるやん?
だがしかし、ここのパフェは実際美味かった。甘いものを食うと幸せな気分になる。この幸せ欲しさに糖尿病になるヤクザも少なくない。俺はみっともない身体になどなりたくないから気をつけてはいるが。
「おねーさん、コーヒーも人数分頼むワ」
鶴巻が追加注文すると大学生バイトと思われる若い娘が震えながらコーヒーを六人分(三人は駐車場で待機)持ってきた。この子、たぶんこの店辞めちゃうだろなあ。バイトへの申し訳なさもほどほどに、甘味に舌鼓を打ちながらヤクザトークに花を咲かせていると時間が経っていた。鶴巻はさっきの子が一年間バイトしても買えないような腕時計で時刻を確認し、口を開いた。
「けっこう時間食っちまったな」
とりまきの俺たちは視線を合わせて肯いた。若いの二人が店から出て行った。車を回させるべく先に駐車場に行ったのだ。鶴巻が万札を二枚テーブルに置いて立ちあがったので俺たちもそれに続く。バイトのねーちゃんがくそ真面目に釣り銭を払おうとしたので、次に若いのに相手をさせることにして店を出る。俺、鶴巻、もう一人の順で店を出ていく。
「すぐに車きますんで」
「おう」
言っている間に視界の端、交差点からベンツが出てくるのが見えた。
やっと帰れる。鶴巻を自宅に送り届ける役目は事務所にいる誰かに押しつけよう。本部事務所に戻ったら理由をつけて帰ろう。ああ、オヤジに自分とこの事務所に顔を出せと言われていた。めんどくせえなあ。
ベンツが細い路からのろのろ出てくるのを見ていると、ベンツの脇から単車がするりと飛び出してきた。フルフェイスの二人乗り。ヘルメット越しに俺たちを意識しているのが感じられた。
まずい。直感した。
警察の目もあるので護衛は誰ひとりとしてチャカも匕首も持っていない。勿論俺も。ベンツが来るまでの数秒さえ、店内に退避すればいい。
鶴巻と後ろのもう一人も感じたのか、店の中に戻ろうとする。戻れない。間の悪いことに会計を済ました若いのが出口に突っ立っている。押し込め──目でもう一人に告げる。
バイクの排気音が大きくなった。振り向いた瞬間には急加速して接近されていた。後ろに乗っている男が手に何か持っている。アボカドのようなもの。こちらに投げた。瞬間、左肩と右腕を掴まれ、身体を動かせなくなった。
鶴巻が俺を盾にした。
理解した瞬間、アボカドのようなもの──手榴弾が音と共に爆ぜた。