妙に長くなったので前後分割しました。
何故か高校生に戻って日数を重ねた。
ヤクザとして生きていた生活や何故高校生に戻ったのか考えるのをやめた俺は、それなりに真面目に高校生をやっていた。遅刻もあんまりしないし授業だってちゃんと受けている。色々と不便を感じたり苛つくことはあるが、今のところちゃんと高校生をやっている。やる必要があるのかはわからないが。
それで気付いたのだが授業が意外と楽しい。いや、授業が楽しいというのは正確ではない。つまらない教師の授業は何を喋っていてもつまらない。前の席の相模もうとうとしている。だが判らないことが判るようになったり、知識が増えるというのはそれだけで満足感がある。新しいシノギに手を出す上で知識を得るのとはまた違う。この感覚、高校生の頃に欲しかった。
あっ、今高校生でした。
「"恥の多い生涯を送ってきました"──」
現代文の授業、前の席の相模が直立しながら太宰治のアレを音読させられている。こいつが人間失格を読んでいる時点で面白い。スカートに覆われた相模のケツを見ながら彼女の音読を聞く。
しかしこいつに恥という意識はあるのだろうか。いや、文化祭でマイクがキーンとなったりしどろもどろなスピーチで涙目になっていたのでそれについては恥をかいたという意識があるだろう。俺が思うのは、他人に迷惑をかけたり約束を破ることを恥と思うか、ということだ。
極道は面子を気にする。なによりも。
他人に恥をかかされたときは殺すし、自分で無様を晒した時にはもう指を詰めて引退するか行方をくらましたりする程だ。自分で自分の男を下げない為にも外聞を気にし、時間厳守に始まり、口約束に命を張る。契約書は破って捨てるけど。
こいつは他人に自分の顔に泥を塗られるのは大層嫌うが、自分で自分に泥を塗るのは気にしないのだろうか。元々の未来では相模はどんな大人になっていたのだろう。
「比企谷、サンキュね」
「ああ」
自分が中てられたぶんを読んだ相模が着席し、俺に教科書を返してきた。こいつは国語の教科書を忘れてきており、後ろの席の俺に借りたものを読んだのだ。わざわざ教科書とか持ち帰ってんのかよこいつ。意外すぎるわ。
相模の隣は女子なのでそっちの方が借りやすそうなものなのだが、他の女に文字通り借りを作るのは癪なのか、インキャの俺に借りてきた。「インキャの比企谷は教科書にうちの手垢をつけてもらえるだけでも感謝しなさいよね!」みたいな感じなのだろうか。俺などには借りを作ったという意識すら持たないのだろう。
俺が教科書を返してきた相模の顔をじっと見ていると、うっとたじろいだ。
「ちょ、なにそんな凝視してんの」
「気にすんな」
「え、う、うん……」
俺は構わず見続けた。
「こらーそこ。相模と比企谷。教科書の貸し借りはともかく、私語は慎めー」
国語教師の平塚先生に注意され相模は慌てて前を向く。前向いてもお前教科書持ってないだろ。相模が前に向き直っても見続けた。教科書は見向きもせずに相模の後頭部に視線を送り続けた。
「き、気になる……」
ぼやく相模を見ている間も他の奴らが続きを音読していく。
「"自分には、禍いのかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負ったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました"──」
ここにきて自分本位に犯罪を重ねてきた、禍いのかたまりそのもののようなヤクザもんが女子高生を恥知らず扱いするのはどうなんだと思い至った。相模にも前科持ちのおっさんに蔑まれる謂われは無いだろう。
* * *
「比企谷、また明日ね~」
「おつかれ」
授業がすべて終わり、部活動の始まる時間になった。馴れ馴れしく声をかけてくる相模に適当に返し、由比ヶ浜の方を見た。昼休みに由比ヶ浜が「ヒッキー、今日一緒に部室いこうよ!」と言ってきたので待っているのだが、肝心の由比ヶ浜が三浦たちと長々と駄弁っている。何を話しているかは知らんが随分盛り上がっている。なんじゃあいつ。女子トークで盛り上がってるとこにおじさんが割りこんで強制終了させてやろうか。
由比ヶ浜はほっといて一人で行くか、と思い始めたところで携帯が震えた。ディスプレイに表示される発信元は雪ノ下だった。いつまで経っても誰も部室に来ないからおかんむりなのだろうか。
「はい比企谷」
「比企谷くん?今どこにいるの?」
「教室でおしゃべりする由比ヶ浜を見ている。」
「ああ……。道理で由比ヶ浜さんが電話に出ないのね」
どうやら俺より先に由比ヶ浜にかけたらしい。今の会話で由比ヶ浜が電話に出ない理由と俺たちが部室に行かない理由を察したらしい。
「でも貴方が女子高生をじろじろ見てると不審者として通報される可能性があるからあまり見ない方がいいわよ」
「クラスメイトなんだが?由比ヶ浜が一生くっちゃべってるようなら適当に引っ張り出して連れてくわ」
「そういえば貴方も高校生だったわね。それはそうと、この際由比ヶ浜さんはいいわ。とにかく部室に来てほしいのだけれど」
「どうした、寂しいのか?そんなに俺に会いたいのか」
「部室に変な人が来たのよ。とりあえず中には入れてあげたけど、気持ち悪くて。私は今部室から離れたとこにいるの」
「そうですか」
「待っているから、早く来て」
雪ノ下は俺の冗談を華麗にスルーし、用件だけ言って通話を終了してきた。なんじゃあいつ(数分ぶり二回目)。
由比ヶ浜を置いて一人で特別棟まで来た。階段脇のトイレを通り過ぎようとしたら声をかけられた。
「来たわね」
「うわっ何おまえ」
トイレ前の洗面所から雪ノ下がヌルリと姿を現した。なんでこんなとこに隠れてんだこいつ。
「言ったでしょう。気持ち悪い変な人が来たのよ。あまり同じ空間に居たくなくて」
「ひどい言いようだな。奉仕部に来たってことはなんか困ってて相談に来たんだろ」
「それならなおさら私だけで話を聞くことではないわ。奉仕部はチームなのだから。問題解決にはみんなで当たるべきよ」
だったら由比ヶ浜も待ってやれよ、チームだろ。と思ったが口にはしないでおいた。自分の城である部室に気持ち悪い変なデブが来たのだ。女子高生なら不安になってしまうのは何もおかしくはない。
いや、おかしくね。雪ノ下ではなく俺が。雪ノ下は来客がデブなどという情報は一言も発していない。つまり俺が察してしまったのだ。察したというか思い出したというか。う~ん帰りたくなってきた。家に。
雪ノ下と並んで歩いて部室の前まで来た。入りたくねえなあ。開けたくねえなあ。逡巡する俺を雪ノ下が怪訝な表情で見やり、早く入れと言わんばかりに俺の鞄を小突いてくる。お前それ美少女だから許されるのであってブサイクならブン殴ってるからな。
俺が意を決し戸を引こうと手を出した瞬間、由比ヶ浜が廊下を走ってきた。
「も~!ヒッキー、なんで先に行っちゃうかな!一緒に行こうって行ったじゃん」
腰に手をあててプリプリ怒っている。お前それ美少女だから許されるのであってブサイクならブン殴ってるからな(数秒ぶり二回目)。
「いや~、悪い。部活が楽しみすぎて我慢ができなくてな。でも折角由比ヶ浜も追いかけて来てくれたんだ。部室に一番に入る権利をやろう」
我ながら意味不明な受け答えだが、由比ヶ浜は何も考えてないのか「そ、そう?」とウキウキ顔で戸に手をかけ、引いた。バカな女などヤクザにとってはいい食いもんだが、由比ヶ浜を盾にするのには罪悪感を感じた。許せ由比ヶ浜ェ……。
戸の向こう、部室にはコートをはためかせながら変なポーズをとっているデブがいた。
風が強いなら窓を閉めろ窓を……。
* * *
帰宅後、俺は自室でう~んと唸っていた。
目の前には
由比ヶ浜は露骨に嫌がり、雪ノ下も原稿だけいつもの長机に置かせると材木座を部室から追い出した。あいつら結構酷いよね。
しかし材木座の書いたラノベの原稿だが、なかなか量がある。
俺は読書自体は嫌いではないのだが、何故こうも唸っているかというと材木座───剣豪将軍を自称する中二病を拗らせ芝居がかった挙動が鬱陶しいオタクが書いたこのラノベは読みづらく、要らない方向にくどいのだ、怖ろしいほどに。
材木座のラノベの出来があんまりすぎて俺まで材木座を説明するのにダッシュを多用してしまい、無駄に倒置法を使用してしまった。いかん、毒されている。ちょっとした精神汚染だ。
"朱に交われば赤くなる"という言葉があるが、交わってもないのに毒されるのは困りものだ。電車に乗ったらうんこ臭いやつがいて、違う車両に移動しても自分にうんこの臭いがついてしまったような感じだ。
しかし読むのがこんなにも面倒だとは。俺は目頭を揉んで布団に寝転んだ。気晴らしにまだ読んでなかった剣豪小説を手に取る。
剣豪小説と言っても材木座が自称する剣豪将軍とは無縁だ。チャンバラシーンを目玉に実在非実在問わず剣士の活躍を描いた小説のジャンルだ。
文庫本だが、上下巻を合わせると600ページ弱はある。少しだけ読み進めて、また材木座の原稿を読もう……。
俺は表紙をめくり、読み始めた。
材木座回なのに本人台詞無し。