ちょっと殴ったり蹴ったりする描写があります。
秋葉原で防犯グッズを扱う店を見て回っていた。タクティカルペンや防刃グローブなどに中二心を刺激されたが、タクティカルライトと単眼鏡だけ買った。
それからメロンブックスで薄い本を買い、その足でアニメイトやビッグカメラが並ぶ大通りに向かった。アニメイトやドンキでウィッグを物色していると、小腹が減ってきたので帰る前に秋葉原駅近くの鶏の死骸を揚げて売る店に寄った。
注文を済ますと出入り口が見えるテーブル席にどかりと座った。屋内では人が入ってくるたびに怪しいやつではないか確認したり、屋外では尾行が無いかを確認してしまうのはヤクザの職業病だ。無職だけど。
一人でテーブル席に陣取ってチキンを食っていると、見覚えのある黒髪の女が店舗に入ってきた。その女も俺の視線に気付いたようで、やあ、と言うように軽く手を挙げ、注文を済ましたらこっちにやってきて俺の向かいに腰かけた。女は白いシャツの上に色の薄いデニムジャケットを羽織り、下は深緑のロングスカートを履いていた。頭には漫画家みたいなベレー帽をちょこんとかぶっている。赤いフレームの眼鏡ごしに、海老名姫菜は真っすぐ俺を見てきた。
「こんなとこで会うなんて奇遇だね、ヒキタニくん」
「ヒキガヤだよ、海老名さん」
「ああ、ごめんごめん。滅多に無い名前だからさ」
「オタクならそういうの得意だろう」
「う~ん、好きなキャラクターならどんな難しい字をしていても覚えられるんだけどね~」
海老名は言いながら視線をずらした。俺のリュックを、ちら、と見てから俺に視線を戻した。
薄い本をはじめ、他の購入物もすべてリュックに入れているので中を見られるおそれはない。材木座のようなでしゃばりクソ野郎ならともかく、わきまえたオタクは
「でも意外だね。アキバに比企谷くんが来るなんて」
「ん?それは俺が陽キャっぽいってことか?」
「いや、そうじゃないけど。てか今時インキャじゃなくてもアキバくらい来るでしょ」
俺が陽キャに見えないって否定必要あった?と思っていたらカウンターの人間が番号を呼び、海老名は取りに行った。鶏だけに。なんちて。海老名はハンバーガーとドリンクを乗せたトレイを持って戻ってきた。ハンバーガーならすぐそこにマックあるのに。
「ハンバーガーならすぐそこにマックあるのにって思ってるでしょ」
「このオタク、人の心を読むのか!?」
「そんな顔でバーガー見られたらわかるよ。今は分厚いチキンを挟んだバーガーの気分だったわけ」
海老名は腰をおろし、ハンバーガーの包み紙を広げる。姿を現した、分厚いチキンをバンズで挟んだハンバーガーに豪快にかぶりついた。肉汁がぴゅっと跳ね、キャベツの破片が二つ三つこぼれた。咀嚼したものを飲み込み、ストローを咥えてドリンクをちゅ~っと飲むと、満足げに頷いた。
「やっぱりバーガーとコーラの組み合わせは最高だね。これが嫌いなオタクなんていないんじゃないかな」
「ああ。俺も好きだ」
「え、なんだって?」
「急に難聴系主人公になるのやめろや」
「だって急に好きとか言うから。大胆な告白は男の子の特権」
「あほくさ」
俺は視線を落としてチキンにかぶりついた。チキンとコーラ。これもすき。というか揚げ物ならだいたいすき。コーラの代わりにビールにしてもすき。
「比企谷くんてさ、目がこわいんだよね」
「なんだって?」
今度は俺が難聴系主人公をやる羽目になった。いきなりなんだこいつは?
「さっきの話だよ。こわいっていうのは目付が悪いとかじゃなくてさ、箍の外れた人間の目をしてる。普段はそうでもないけど、時折ね」
「へえ」
「だからさ、人との距離を測れなかったり危険を嗅ぎとれない人間がうようよいる街にのこのこでかけてくるのがイメージ無かっただけ」
「ふうん」
否定はしなかった。肯定もしていないが。あたりさわりのない上辺ばかりの付き合いをしている連中の中でも、海老名はひときわ自分を隠しているイメージがある。そんな女がいきなり、あたりさわりのあることを言ってきたのだ。言わせたいことがあるなら言わせてやればいい。そう思った。
「結衣の入った部活、比企谷くんもいるんでしょ。結衣ったら比企谷くんや雪ノ下さんのことを随分楽しげに話すんだよ。知ってた?」
「自分のいないとこでされる自分の話は、知らんわな」
「……まあ、そうだよね」
海老名は視線を落とした。
俺は海老名を見た。見ながら考えた。こいつは俺に箍の外れたの外れた人間の目をしていると言ったが、過去にもそういう人間を見たことがあるということだ。腐女子の海老名がどこでそんな人間を見たのか考えてみたが、三秒程考えてからどうでもよくなった。
「だからさ」海老名は視線を落としたまま言った。「結衣を危ない目に遭わすのは、やめてね」
「……なに?」
「結衣や雪ノ下の間で比企谷くんの取り合いになったとき、それ言ってみてよ」
海老名の戯言を無視した。
「俺が由比ヶ浜をどうこうするって言いたいのか」
「その目だよ。自分も他人も、トラブルに引きずり込むのを厭わないって目」
「……俺自身は面倒が嫌いだし、面倒な思いをさせる人間は選ぶつもりだ」
「そう。なら、いいけど」
それで会話は終わった。俺はチキンを、海老名はハンバーガーを黙々と食べた。
総武線に乗り、千葉に戻ってきた。
海老名とはケンタッキーの店舗を出てから別れた。「私はまだこっちで用事があるからさ」とのことだったが、ソッカー、意外の感想は無かった。
電車を降りてアニメイト千葉に向かった。アニメイトなら勿論秋葉原にもあったが、目的のCDのシリーズ購入特典のスタンプカードをアニメイト千葉で作っていたからだ。
メイトに向かう足が速い。
気が立っているのがわかる。海老名に自分がどういう人間か指摘されたのが気に食わないらしい。海老名に腹を立てているのか、あんな小娘に見抜かれた自分に腹を立てているのかはわからかった。人通りの少ない裏路地を通ってアイメイトを目指した。
どん、と人とぶつかった。俯いて歩いていたとはいえ、人とぶつかるような進路どりはしていなかった。向こうからぶつかってきたということだ。
「おいこら、なんだてめえ」
「ぶつかっといてあいさつも無しか」
「なんか言えよ、こら」
三人組。ずいぶんとコテコテなやり方だった。三人とも歳は俺と変わらないくらいだが、一人は身長180センチほどで、ほどよく筋肉もついている。あとの二人は上背は俺と変わらないが、片方はいくらか肉付きがよく、もう片方はほっそりしていた。
でかいのが一人、もしくはあとの二人だけなら今の俺でもやれるが、真正面から三人同時に叩き潰すのは難しいものがある。
「くそ、いてえな」
俺とぶつかった中肉中背が肩を押さえた。
見回したが、周りに人気は無い。
「金が欲しいのか、おい?」
面倒だったので手っ取り早く訊いた。大人しくカツアゲされてやってもいい、そう思えた。どうやら俺が腹を立てているのは海老名ではなく自分だったようだ。
「ああん?」
「なんだよ、その口の利き方」
「俺らが
三者三様の反応だったが、ひょろいのが聞き捨てならないことを言った。南高はこの辺ではバカ高校──ヤンキーの巣窟として有名だ。どう見ても一番弱そうなやつが看板を出した。
気が変わった。大人しくカツアゲされるのはやめだ。看板を出していいのは、看板に貢献し、看板に見合う人間だけだ。腹の底に熱いものを感じた。面倒事を起こす気になってしまった。
半歩下がり、リュックを下ろした。
「まあ落ちついて。話せばわかる」
すごむ連中を前に、ひきつった笑顔を作ってみせながら財布を取り出した。連中の視線が財布に向いた。
俺は中の札を抜いて、財布をリュックに戻した。万札が二枚、五千円札が一枚、千円札が三枚。
こいつ、けっこう持ってるぜ。でかいのがそんな顔をした。
その瞬間、札を上に放った。
あっ、と三人の視線が宙の札に向く。
素人のガキめ。
でかいのの左脚に全力で右のローキックを叩きこんだ。牽制でも崩しでもない、角度も重心の移動も、破壊を目的としたものだった。
蹴りつけた脛下部に猛烈な痛みが走った。それもそうだ。この肉体はろくすっぽ苛めていない。筋トレとシャドーばかりしている。
俺がそう考えている間に、でかいのの顔面が俺の胸の位置まで下がっていた。でかいのの痛みは俺の比では無かったようで、今の一撃で姿勢を大きく崩した。
その顔面に、フックの軌道で右の肘を撃ちこむ。ぐしゃりとも、めぎりとも音がしたがそのまま振り抜く。でかいのはラッキースケベに遭遇したラブコメ主人公のように鼻血をばっと巻き上げながら仰向けに倒れていく。いや、この時代のラブコメでは、いちいち鼻血など噴き出さないものだったか。
「てめっ」
俺の思考を遮る声。
中肉中背が俺の顔面めがけて右腕を振ってくる。素人特有の効き腕の大振りだった。
曲げた左腕を頭部にあてがいガードする。殴られた箇所のみが痛みを感じた。ガードした腕越しに頭部をぶっ飛ばすような威力はかけらも無い、雑魚の拳だ。
中肉が右腕を引くより速く、相手の腹に右拳を下から打ち込む。当てる瞬間に肘と手首を捩り、抉るように突き立てた。
中肉は目を剥き、大口を開け、涎を垂らしながら掴みかかってきた。動きがのろい。
つかんできた腕を払い、左腕を頭部に回す。そのまま引き寄せ、顔面に右膝を突き立てた。下顎を突き飛ばした感触があった。
中肉は重力に従うように力無くもたれかかってきた。膝蹴りの衝撃で意識を弾き飛ばされたらしい。その身体を横に押しのけると、顔面からアスファルトに崩れ落ちた。
ふう、と息を吐いて、ひょろいのを見た。表情には怯えが浮かんでおり、腰も引けている。横槍を入れる機会はいくらでもあったのだが、生粋の口だけ野郎のようだ。
「おい。見てるだけかよ、お前は」
「まっ、待てよ!お前俺らにこんなことしてただで……」
声が震えている。
右の脇腹に左の拳を打ちこんだ。肝臓打ち。
腰を入れてないない、手打ちのパンチだったがそれでもひょろいのには十分効いたようで、苦悶の表情と呻き声をあげてうずくまろうとする。その鼻っ柱に軽く頭突きをした。ひょろいのが鼻血を噴き、両手で鼻を押さえながら尻もちをついた。
俺は左手でひょろいのの襟を掴んで立たせ、今度は腰から上半身ごと反らし、反動をつけて鼻を押さえた手ごと頭突きを見舞った。ぐしゃりという音と共に、手越しに何かが潰れる感触があった。
俺が半歩下がる頃には、顔面を押さえたひょろいのの手の間から大量の血が流れ落ちていた。
ひょろいのは幼児退行したように、ああ、ああ、と呻きながら、膝まずいてうずくまった。俺は近付いて、言った。
「で、お前はどこの誰なんだよ」
「ま、待っへ。やめてくれ」
「誰だつってんだろうが!」
顔面を蹴り飛ばした。血と一緒に白いものが飛んだ。歯だ。
ひょろいのは顔面を押さえ、喚きながら転がる。
俺が近付くと身を丸めて縮こまった。その体を何度も蹴りつける。
何度も蹴っていると、その体から身を縮こめる力すら失われ、ぐったりした。
「おい」
つま先で押すと、力無く体を広げるように仰向きになった。その目は白眼を剥いていた。
「カスがっ!」
脇腹を蹴飛ばしたが、それは意志のないサンドバッグのように揺れただけだった。
「……チッ」
荒い呼吸を整えると、放った札を拾ってからリュックを背負い、駅に向かって歩き出した。ところどころ返り血が付いており、外を出歩いていると職質される。
駅に向かう途中、空車のタクシーを停めて家に帰ることにした。
タクシーの後部座席で、俺は手を握ったり開いたりしていた。
シャドーと筋トレだけでは拳足を鍛えることはできない。もっと実戦的なトレーニングをする必要を感じた。
人間を上手く殴れるようになるために直近の目標を設定している間に苛つきはどこかに消えていた。
実を言うと、最初はエビちゃん主人公のラブコメSSを書こうと思ってたんですよ。