※この作品はR-18です。

やはり俺が人生をやり直すのは間違っている。   作:ハコ

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 翌日、俺は授業を聞き流しながらずっとペン回しに集中していた。一点にのみ集中していないと、由比ヶ浜のほうばかりを見てしまいそうだったからだ。ひたすらペン回しをしているといつの間にか昼休みになっていた。

 由比ヶ浜がチラチラ見てくる。それを無視して独りで部室に行くのは意識しすぎにも程がある。以前、自意識の化け物とか言われたことがあるがいい歳こいて自意識過剰なのはみっともない。目を合わせながら頷くと弁当を持ってぱたぱたと子犬のように駆けてきた。

「いこっか」

「いや、戸塚置いてってもいかんでしょ」

「あ、そっか!さいちゃーん!」

 弁当を持ったままぱたぱたと戸塚のもとへ駆けていった。中身大丈夫?

 

 

 戸塚を交えて三人で奉仕部の部室に着いたら既に雪ノ下がいた。相変わらずお早いことで。

「来たわね」

「おう」

「やっはろーゆきのん!」

「こんにちは。よろしくね、雪ノ下さん」

 この面子のあいさつ、統一感が皆無だ。

「上品ではないけれど、食べながら話しましょう。時間も限られているのだし」

「あー!それいいね」

 雪ノ下の提案でランチミーティングの体をとることになった。とはいえ俺が口火を切らないことには始まらない。昼に集まれと言ったのも戸塚のトレーニングメニューを考えると言ったのも俺だ。俺は懐から四つ折りにしたA4のルーズリーフを取り出し、広げた。

「戸塚、これを見てくれ」

「えっと……」

「きんとれめにゅー?」

 弁当を食っていた由比ヶ浜が声に出して読み上げ、口をぽかんと開けている。そこをすかさず雪ノ下が咀嚼中に口を開けたままにするなと嗜(たしな)めた。雪乃ママは躾にきびしい。

「そうだ。曜日で部位別に身体を鍛える。一週間で全身を鍛えるわけだ」

 続けて俺は個々のトレーニングメニューの詳細について説明した。正しいフォームで高い負荷を少ない回数で限界が来るようにこなすと筋肥大が、低い負荷だ多い回数で限界が来るようにこなすと筋持久力がつく、というのもざっくり説明した。これがまるっと正確と正確というわけではないが、プロアスリート目指すわけでもないならスタートはこんなんでええでしょ……。興味持ったら自分で調べるだろ。

「まあこんな感じか。筋肥大と筋持久力のどちらを求めるかは戸塚の判断に任せるが、フィジカルの強化にかまけてテニスが疎かになってもいけないし、筋肥大は程々でいいと思う」

 筋肉はそう簡単につくものではないが、もし戸塚がゴリゴリのマッチョになっても俺は嫌だ。やんわりと過度な筋肥大はしないように釘を刺した。

 だがこれを語る俺もまだ肉体強化に努め始めてからまだ一ヶ月足らずだ。脱いで力めば多少は筋張るが、世間的にはまだまだ貧相な部類だ。あまりえらそうなことは言えないし説得力も無い。

 と、そこで戸塚が口を開いた。

「でも比企谷くん、ぼくダンベル持ってないんだけど……」

「スポーツ用品店行けば売ってるから。戸塚の体格なら軽くて安いやつからでもいいからなんか買っといて」

 俺が答えると戸塚は「うん、わかった」とにこやかに微笑んだ。かわいい。食べちゃいたい。

「このメニューを自宅で筋トレ、あとテニス部が休みの時は俺が監修しながらテニスコートで一緒に筋トレ。フィジカルの増強については当面はこんなとこか」

 しれっと戸塚と一緒になる時間を挿入した。戸塚に挿入?するのもされるのもいいぜ。

「雪ノ下、どう思う。なんか意見あったら言ってほしいんだが」

「いいんじゃないかしら。というか私の方から筋肉云々で意見を出すことは無いから。でも戸塚くんのフィジカルはそれでいいとして、肝心のテニスはどうするの」

「あ、ぼく今はお昼休みにテニスコート使わせてもらってるんだけど……」

 雪ノ下の問いに戸塚が答えたが、歯切れが悪い。そこに由比ヶ浜がかぶせる。

「そういやさいちゃんお昼にテニスコートいたね。自販機に行った時見たよ」

「うん。先生に練習したいって頼んだら部活時間じゃないけど許可がもらえて……よかったらなんだけど、そこでの練習に付き合ってもらえたらなって。今独りだから壁打ちしかできなくて」

「いいねそれ!昼ごなしにみんなでちょっとテニスやろうよ!」

 昼ごなしってなんじゃい。女子高生の間で流行っている造語だろうか。俺が由比ヶ浜の謎単語を不思議がっていると雪ノ下が口を挟んだ。

「由比ヶ浜さん、それは腹ごなしのことかしら」

「そ、そうともいう」

「そうとしか言わないわ。母国の言葉くらい正しく使うことを推奨するわ」

「お、お昼の腹ごなしの略だし」

 由比ヶ浜が雪ノ下に食い下がる。お前じゃ無理だって。諦めろ。

「話が逸れてるな。明日から昼飯食ったらテニスコート集合ってことでいいのか?」

 俺が雪ノ下に訊くと「そうね」と頷いた。

「とは言ってもまだ基礎体力の向上の段階だし、食後に激しい運動もできないから。それこそ腹ごなしに壁打ちと簡単にラリーをする程度だけれど」

「ううん、それでも付き合ってくれるのは嬉しいよ」

「俺はテニス自体はよく判らないし、雪ノ下が監督してくれよ」

「……知っての通り、私はテニス部じゃないのだけれど。何故私がテニスができると?」

「や、なんか上流階級の子女ってテニスを嗜んでそうだし」

 俺はアイドルマスターミリオンライブの最上静香を思い浮かべながら言った。そういや黒髪ロングで鼻っ柱の強いところとかこいつに似てるな。控えめな体型なとことかも。由比ヶ浜が「なんかそんなイメージあるー」と乗っかると雪ノ下はやれやれといった感じでかぶりをふった。

「実際、多少の心得はあるつもりだけれど。いいわ。昼の軽い練習は私が監督するわ」

 ようやく話がまとまった。

「戸塚、今日は部活あるのか?」

「うん」

「じゃあ部活帰りに軽めのダンベルでも買ってって今日からトレーニング始めてくれ。柔軟を欠かさずに、無理せずにな」

「うん、わかった」

 戸塚が俺に微笑む。この笑顔だけでご飯何杯もいけるわ。

 ご飯で思い出した。俺昼飯食ってないわ。

 俺がコンビニ袋から弁当とおにぎりを取り出すと、空になった弁当箱を白地に水色チェック柄の弁当袋に詰め込んだ雪ノ下が声をかけてきた。

「貴方以外みんな食べ終わったし、もう部室を閉めたいのだけれど」

 その顔は無表情だったが、瞳には嗜虐的な光が宿っていた。う~んこの女……

 

  *  *  *

 

 翌日。

 いい天気だ。今日から戸塚と付き合って……じゃなくて戸塚に付き合って昼にテニスコート集合ということになっている。ちゃちゃっと食ってさっさとテニスコートに行くか、と思ったら戸塚がはにかみながら俺に「一緒にお昼食べようよ」と誘ってきてくれた。嬉しいやんけ。泣きそう。

「じゃ場所変えようぜ。いい場所がある」

「いい場所?そんなのあるの」

「ああ。まあ来なって」

 俺は前の席に集まって飯を食い始めた相模たちに「俺んとこも使っていいよ」と声をかけてから戸塚と教室を出た。教室を出る際にちらりと由比ヶ浜を見たら三浦たちと談笑しながら弁当に箸を運んでいた。のんびり食ってちょっと駄弁ってから来るだろう、多分。

 俺は戸塚を連れて、かつての高校生の頃の俺が飯を食っていた場所──特別棟の一階。保健室横、購買の斜め後ろ。丁度テニスコートを眺められる場所。かつてのベストプレイス。陽が射しこんでおり、風もふわりと吹いており居心地が良い。二度目の高校生になってからここに来るのは初めてだが、なかなか良い場所だ。

 とはいえ毎日こんなとこで独りで飯くってたんか俺は。ぼっちというか居場所の無い人間だな。だがヤクザなんて社会に居場所の無い人間がなるもんだし、そう考えるとなるべくしてなったような気もする。

 俺が「ここだ」と腰を下ろすと、戸塚はすぐ横に腰を下ろしちょこんと座った。パーソナルスペースが狭いね。……それとも俺と戸塚はそういう親しい間柄ってことでいいのか?

「いい陽気だね」

 戸塚はそう言い、優しく吹いてくる風にふわりと浮かされる髪をおさえた。絵になるな。白いワンピースとか着せて一緒に砂浜とか歩きたい。ぜったいかわいい(確信)。

 俺は飯を食う時普段は犬のようガツガツと平らげてしまうが、今回は意識的にゆっくり食べた。折角の戸塚とのランチだ。食事中は隙を生む、なんて高校生が気にすることじゃない。

 戸塚と駄弁りながら飯を食っていると雪ノ下がやってきた。既に飯は食ったようで手ぶらった。

「あら、二人だけ?由比ヶ浜さんはいないのかしら」

「あいつなら三浦たちと飯食ってたし、そのうちくるだろ」

「そう」

 それだけ言うと雪ノ下は俺に興味を失ったようにテニスコートに視線を向けた。

 飯を食い終わった俺と戸塚は、二人で柔軟をしてから雪ノ下の指示でトス打ちを始めた。昼飯を食ったばかりということで左右に戸塚を走らせることもせず、俺は可能な限り同じ場所にボールを放っている。戸塚のスイングに雪ノ下が指導をしていると由比ヶ浜が「おまたせ~」と言いながら駆けてきた。そのまま由比ヶ浜と雪ノ下は駄弁りだし、俺が戸塚にトス出しを続けていると予鈴がなったので撤収した。

 翌日以降、時間が惜しいので俺と戸塚は三時間目後の休み時間にちゃちゃっと飯を食い、昼休みになり次第テニスコートに向かうようにした。しばらくは昼休みをこんな感じで過ごした。

 テニス部が休みのときは、俺が指導しながら重量物無しでもできるトレーニングをした。戸塚と一緒に柔軟体操をして、息の荒くなった戸塚を間近で眺めて、トレーニングでくたくたになった戸塚に簡単なマッサージをしてあげたりした。俺はこのために生き返ったのではないか。俺はテニス部が休みの日が待ち遠しくて仕方なかった。

 

  *  *  *

 

「八幡、昨日ここに来た時に鍵が閉まってて誰もいなかったのだが、休みだったのか?」

「ああ、ちょっとな」

 また材木座がラノベの設定相談に来たので相手をしていたのだが、昨日戸塚に付き合っている時にも来ていたらしい。雪ノ下は文庫本を、由比ヶ浜はケータイを手に材木座には一瞥もくれない。あいつら結構ひどない?

「ちょっととはなんだちょっととは。迷える子羊を導くのが貴様の務めであろうが。私用で使命を放りだす輩には我が朋友(ペンヨウ)は務まらぬぞ!」

 いちいち説明するのも面倒なので適当に流そうとすると、材木座は下手糞な北京語を混ぜながら食い下がってきた。今度はなんのラノベを読んだんだ。それとも漫画かな?

「そっか、材木座にそう言われちゃしょうがないな……俺みたいな矮小な存在にはお前の友達は務まらないんだな。俺みたいなのと絡んでるとお前の魂の格が下がるからもう話しかけてこなくていいぞ」

「ちょっ、まっ、はちまーん!」

 手でしっしっと掃うと材木座が泣きついてきた。どう転んでも鬱陶しいなコイツ。そこに声量の割りにしっかりと聞き取れる、澄んだ声が聞こえた。

「でも彼の言うことも一理あるわね」

「「「えっ」」」

 俺と材木座と由比ヶ浜は三人してきょとんとし、雪ノ下を見た。

「滅多に相談が無いとはいえ、困っている人に手を差し伸べるのが奉仕部の役割よ。そしてそれを通して自己の成長と変革に努めるのを目的としているのだから、相談に来た人を放置するようなことがあってはならないわ。いないならいないでそれが判るようにしないと」

「おお、雪ノ下氏の言うとおりだぞ八幡!」

「実際に真剣な相談を放置する事態が発生する前に気付けてよかったわ。感謝するわ、比企谷くんの朋友さん」

「アッハイ……」

 雪ノ下は材木座の名は口するのも憚られるとでも言うように別の言葉を用いている。ひどい。そもそもラノベの設定談議だって材木座には大事な話だぞ、多分。こういうのの積み重ねがイジメ問題に発展していくんやろなあ(適当)。

 

*  *  *

 

 次の戸塚強化日。

 俺たちはホームセンターで買った『只今留守にしております』のプレートを部室前に吊るしてテニスコートにやってきた。これで材木座が来ても大丈夫だろう。材木座しか来ねえのかよやっぱり。結局放置してるのには変わりないし。まあ材木座だしいいけど。

 雪ノ下が戸塚にスイングの指導をしているのを、俺はテニスコートを覆うフェンスに持たれながら見ていた。隣には由比ヶ浜が体育座りで見ていた。……パンツ見えそう。俺は脚へ向けた視線を誤魔化すように、雪ノ下には聞こえない声量で由比ヶ浜に話しかける。

「クッキー作りん時から思ってたけど、あいつ教えるの下手だよな」

「いやー、下手っていうか、多分、ああいうの馴れてないんじゃないかな」

「たしかに。あいつもぼっちだからな。ああやって人に関わるの自体経験なさそう」

「そうじゃなくて。なんていうのかな……ゆきのんは話しかけづらい…って言うとちょっとちがうな。なんだろ。自分なんかが頼っていいのかな?迷惑かけたらいけないよね?って思っちゃうっていうか。そうして距離をとっちゃうから、結果的にゆきのんは人に頼られることに馴れてないのかなって」

「でもおまえメッチャ頼ってたし面倒もかけてたぞ」

「そっそれはその……しょうがないじゃん!」

「で、出た~~wwwwwww自分だけしょうがないで済ます奴~~wwwwwww」

「うわ、ヒッキーなにその変な笑い方?キモい!」

 キモい言うな。

 だが由比ヶ浜の言いたいことはわかる。雪ノ下は一般ピーポーには無い高貴さを纏っている。それは家庭環境由来なのか、本人の生まれ持ったものなのかは知らないが、世の一般人には近付きがたさを感じさせるものだ。勿論世の中にはそういう女子に魅かれる人間もいるし、魅かれるどころか良家のお嬢様を食い散らかすのを愉しんでいる男だっている。

 話が逸れたが、一般的には人はそういう自(・)分(・)と(・)は(・)違(・)う(・)と感じさせるものを持つ人間とは距離をとりたくなるものだ。雪ノ下の纏う高貴さは、庶民にはスクールカーストどころではない、明確な住む世界の違いを感じさせる。

 だからこそ由比ヶ浜は雪ノ下に積極的に距離を詰めるのだろう。普段の三浦たちとの接し方を見ていれば由比ヶ浜が考えなしに人にひっつく馬鹿ではないのはわかる。人を気遣える、嫌がらせてしまうところには踏み込まない女の子だ。そんな由比ヶ浜が雪ノ下に距離を詰めるのは、雪ノ下の孤独さを感じ取ったからだろう。それを言うと由比ヶ浜は「そんなんじゃない」と否定しそうだが。というか雪ノ下も「好きで一人でいるだけよ」とか突っぱねそう。

「アレ、ユイじゃん。ヒキオもいるし」

「え?あ、優美子!」

 考えていたら三浦が来ていた。テニスコートの外から俺たちを見ている。どうやら一人のようだ。ヒキオって俺のこと?

「どったの優美子」

「ジャン負けしたからドリンク買いに来た。したらテニスコートにユイいたから見に来ただけだし。部活入ったつってたけど、テニス部だっけ?」 

「ううん、奉仕部っていって、なんかボランティア?人助け?みたいな?今はさいちゃんがテニス上手くなりたいっていうから協力してるの」

「ふーん……」

 訊いておきながら興味なさげにテニスコートに視線を向ける三浦。ドリンク買いに来ただけだし実際興味無いんだろう。

 雪ノ下コーチのもと、左右にステップしながら素振りを繰り返す戸塚。三浦はそれをつまらなさそうにしばらく眺めている。由比ヶ浜はそんな三浦を不安げに見つめている。戸塚が足を止めて喘ぐように深呼吸し、雪ノ下が檄を飛ばす。鬼かあいつは。

 黙って見ていた三浦がひとつ溜め息をつき、踵を返した。

「じゃ、行くわ」

「優美子……」

 頭の横で手をひらひらさせながら去っていく三浦を、由比ヶ浜は憂うような複雑な表情で見送っていた。

 そういう意味深なのやめてくれよ。気になっちゃうだろ。

 

  *  *  *

 

「──とまあ、こんな感じで青春を謳歌してました。先生があの部活に入れてくれたおかげですね。感謝してます」

 職員室の一角、仕切りで区切られた応接スペースで俺は平塚先生に近況報告をしていた。彼女は苛立たしげに腕を組み脚も組んでいるが、その腕はバストを持ちあげるように押し上げ、組んだ脚は太ももやヒップのラインを際立たせエロさが増している。狙ってやってんのかこの女教師は?

「……そうか。比企谷、言うことはそれだけか?」

「うへへ、先生。課題の再提出は今週中に出します」

 戸塚にばかりかまけていた俺は、平塚先生に命じられた課題の再提出を忘れてこっぴどく叱られましたとさ。ちゃんちゃん。

 

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