※この作品はR-18です。

やはり俺が人生をやり直すのは間違っている。   作:ハコ

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沢山UAがあって、お気に入り登録もされておりびっくりしています。
でももしディープなダークノワールを期待されてる方がいたら申し訳ない。
そんなものを書ききる筆力も無ければ、当面は原作に沿ってのんびりほんわか進む予定ですので……


02-1

 千葉市立総武(そうぶ)高校2年F組。それが今の俺。

 生徒手帳で自分の学年と組(組なんて言うとヤクザみたいだ。笑える)を確認し、スマホのナビを見ながら高校を目指す。自分の通う学校をいちいちナビで確認する生徒などおかしな話だが、高3の夏に殺人で逮捕されてからは一度も来ていないのだ。俺が所属する組(学校のクラスではない)は東京新宿に在り、ヤクザになってからは基本的には東京暮らしだ。20年以上前に2年ちょっと通った学校がどこにあるかなんて正確に覚えちゃいない。ましてや俺は学校生活に思い入れなんか無い人間だった。

 学校だけでなく実家にすら近づいていないのだから、授業が終わってからちゃんと帰れるかすら怪しい。……そもそも帰っていいんだよな?俺が勘当されたのは組員になってからだ。まだ家に居場所があるはずだ。あれ?元から無かったっけ?

 ナビの案内に従いつつも、周囲をキョロキョロ見回して自転車をこぐ。千葉にも永弦会の枝や付き合いがあり、ちょくちょく顔を出しに行くことがあったので千葉自体の馴染みが失われたわけではない。

 ビル群や住宅街、田んぼの有無等の景観は違えど、インフラや文明的には俺のいた時代と今いる時代には大差無い。20年の間に法律や環境は多々変わり生きづらく鬱陶しくなったと思っていたが、目に見える世界はたいして変わり映えしていない。自分では激動の20年を生きたつもりだったが、人類の営みそのものには劇的な発展などなかった。

 

 

 道中コンビニで昼飯と新聞とヤクザ記事が載った週刊誌を買った。タバコは売ってもらえなかった。レジ打ちのフィリピン人に文句を言う意味も無いので諦めて学校に向かうことにした。

 学校の近くまで来ると、俺と同じ制服を着た生徒がウヨウヨいる。スマホのナビを終了し、彼らに混ざり駐輪場まで移動する。道中そうしていたように、学校の敷地に入ってからもキョロキョロと周りを見回す。完全に不審者だが仕方が無い。

 そこで俺ははたと足をとめた。2-Fって教室はどこだ?思い出せないぞ。俺はどこにいけばいいんだ?

 

──お前も極道としてやってくつもりならどんな状況になっても混乱したらアカンぞ。攫われても囲まれても、金や女を目の前にぶら下げられても、焦らずに注意深く観察をしてこそ生きのびる道が拓けるんや。

 

 ペーペーの頃、世話をやいてくれた兄貴分の螢田(ほたるだ)によく言われた言葉だ。ノータリンの暴れん坊が少なくないヤクザ社会だが、この言葉を胸に刻み行動指針としてきた。元々が人の裏を不要なまでによく考える気質だったこともあるが、血の気の多い連中と共に行動することが多くても、それでも理性的であろうとしてきた。

 今日もそれに従い、落ち着いて家を出てここまできたつもりだった。だが学校に来てから自分の教室がどこにあるかもわからないことに気付くとは。観察どころかなにも考えてない。完全に思考停止していた。そりゃそうだ。普通に考えれば死んだと思ったら高校生に戻ってましたなんて意味がわからない。気が狂う。いや、本当は気が狂っているのかもしれない。脳に損傷を受け無限に夢を見ているだけなのかもしれない。

 俺は考えるのをやめた。

 仕方なしに近くを歩いていた男子生徒に極力穏やかに声をかけ、二年生の教室への行き方を訊いた。思いっきり変な奴を見る顔をされた。なんだお前、殺すぞ。などとは言わない。

「転校してきたばっかでまだ覚えてへんねん。頼むわ」

「いいですよ。二年生は──」

 イントネーションのおかしいエセ関西弁で転校生のふりをすると、男子生徒は丁寧に教えてくれた。馬鹿かこいつ。親切に教えてくれた彼に礼を言って歩き出したが、昇降口に着いても自分の下駄箱がどこにあるかわからず同じようなやりとりをした。馬鹿は俺だったね。

 

 

 棟内を教室のプレートを見ながら歩いていると2-Fがあったので、そこに入る。入ってからまたひとつ事実に気付いた。自分の席がどれなのかがわからない。ボケッと突っ立っていても仕方が無いので入口脇でダベっていた4人組の女子に尋ねることにした。

「ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」

 俺が声をかけると彼女たちはギョッとして振りむき、手前にいた一人に至っては比喩でもなく驚きで飛びのいた。

「俺の席ってどこだっけ」

「え」

「ヒキ、ええっと~」

「比企谷くんの席はたしか……」

 しどろもどろになりつつも彼女たちは席位置を教えてくれた。名前を覚えられていないような気がしたが、ありがとうと感謝の言葉を述べて席に移動する。けったいな視線を感じたが覚えてないんだからしょうがねえだろ。

 席につき自分の机を漁ると、おそらく放置していたであろう座席表が出てきた。とりあえずこれでクラスの連中の顔と名前を一致させることを優先するか……。続々と生徒たちが教室に入ってきて席が埋まっていく。記憶と照らし合わせる行為はせずにぼんやり眺めるに留めた。

 やがて担任がやってきて朝のHRが始まり、授業が始まった。

 

 

 午前中の授業が終わり、昼休みになった。

 午前中だけでケツが痛い。木の板にひたすら座り続けるのは苦行以外のなにものでも無い。というかこんなんに一日中座らせっぱとか児童虐待じゃないのか。こんなん痔になるだろ。他の生徒は頑丈なケツをしているようで、ケツを気にする素振りもなく談笑している。明日は座布団でも持ってきて椅子に敷こう。

 痔にならない備えを考えつつ、ぼんやりと思いだしてきた元々の高校生活の記憶を整理する。入学初日に事故に遭ったこと。ぼっちのまま過ごし進級したこと。二年の頃生活指導の教師を怒らせ変な部活に入れられたこと。……奉仕部のこと。雪ノ下(ゆきのした)雪乃(ゆきの)のこと。そして由比ヶ浜(ゆいがはま)結衣(ゆい)のこと。ほかは……まあいーや。

 ヤクザをやっていくうちに記憶に蓋でもしてしまったのか、何をして過ごしていたのかはいまいち思い出せない。それとも思い出も残らないような高校生活を送っていたのか。おそらく両方だろうが。

 コンビニで買ったパンを食いながら新聞紙を開き日付を確認する。2011年4月。家で見たカレンダー、ケータイに表示される日付、黒板の日付。すべて同じだ。見事に22年前の世界だった。

 時事ネタを拾うべく新聞を読んでいると周りの連中が奇異の目を向けてくる。視線どころか見ながらヒソヒソ会話する連中もいる。いきなりぼっち野郎が昼休みに新聞紙を開いて読み出したのだ。誰だって変に思う。俺だってそう思う。だが高校生の視線なんぞを気にする俺でもない。

 新聞には東日本大震災絡みの記事が多く載っている。ああ、大体一ヶ月前だったのか。

 以前読んだ漫画でヤクザが被災地に支援物資を届けに行く描写があったのを唐突に思い出した。普段はシャブを売っているヤクザが、黒い金で支援物資をかき集めて被災地に行って侠(おとこ)を売る。俺も似たようなことをしたことがあるが、とんだ笑い話だ。

 流し読みしていると昼休みが終わったので新聞を閉じた。週刊誌は帰ってから読むことにした。

 

 

 午後の授業が終わり、最後のHRも終わった。

 教室に残り友達と雑談をする生徒たち。教室を出ていく生徒たち。部活動か帰宅か。それは俺の知ったことではないし興味も無かった。

 帰ろうと席を立つと廊下から「比企谷」と声をかけられた。女教師が立っている。歳は20代半ばから後半。スタイルもよく、切れ長の目に鼻立ちも通ったキリリとした美人だ。愛人にしたい。歳は俺より一回り下くらいだろうが俺の好みだ。いや、今は俺の方が一回りくらい下か。高校の教師なんぞ記憶に留めてもいなかったが、彼女だけは例外だった。

「なに人の顔を凝視してるんだ。君は私と職員室に来なさい」

 言い終わると同時に、国語教師の平塚静は俺の手首を掴み歩き出した。

 ずかずかと歩いていく彼女に、少しだけ歩幅を広げ距離を詰めて付いていく。うっすらと香水の匂いが鼻を衝いた。

 職員室に入ると平塚先生は真っすぐ自分のデスクに向かった。彼女は自分の椅子に座り卓上ケースの中からクリアホルダーをひとつ取り出し、それをパシパシと手で叩いた。

「なんで呼ばれたか、心当たりがあるか?」

 あるわけがない。話を促すように彼女が手に持ったクリアファイルを無言で眺める。彼女は大きな溜め息をひとつついてからファイルから一枚の紙を取り出しそれを読み上げ始めた。

 彼女が読み上げるそれは長々としながらも中身の無い作文だった。前後の文脈は繋がりが無く、作文の締めも支離滅裂だった。ただ、人生つまらないどうしようもないカスが高校生活を楽しんでる連中をやっかみ、難癖つけているのだということはわかった。

「なぁ、比企谷。私が授業で出した課題は何だったかな?」

「え、さあ」

「お前な……」

 彼女はこみかみに血管を浮かせながら俺を睨み、豊満な胸に圧迫された胸ポケットからセブンスターの箱を取り出すと一本抜いて艶のある唇に咥えた。火でも点けてやろうかと思い自分の懐に手を伸ばしたが、金で縁取られた漆塗りのデュポンは無かった。

 彼女は百円ライターを取り出し吸い付けると、上を向き煙を吐いた。その仕草を見た俺は、自分が長い時間煙草を吸っていないことを思い出した。頭上に拡散していく煙を凝視していると、彼女が口を開いた。

「私は、君に、『高校生活を振り返って』というテーマの作文を書かせんたんだが」

 んん?これ、もしかして俺が書いたのか?

 そうか。二年の頭に奉仕部に入れられたが、なにかの作文で彼女に叱られたことが発端だった記憶がある。

「フフッ、そういやこんなん書いた気がする」

「笑うところじゃないし気がするってなんだ。そしてなんだこの内容は?君はテロリストなのか?それともバカなのか?将来犯罪を起こしたりしないだろうな」

 誰がテロリストだ。確かに前科二犯前歴六回の犯罪者だが永弦会のヤクザだ。とは言わずに適当に謝罪した。

「書き直しますよ。それでいいですか」

「書き直すのは勿論だ。だが反省の意識が感じられない。適当にそれっぽいことを書いて出す気じゃないだろうな」

「反省もなにも、こんなもんみんな適当にそれっぽいこと書いてるだけでしょう」

「君は今日はやたらと目つきが悪いと思っていたが、言葉も妙に刺々しいな。どうしたんだ」

「そう見えたのならそれは私の不徳の致すところです」

 言葉を選び、頭を下げた。俺が大人しく頭を下げることは稀(まれ)だ。

 しかしそんなに目つきや態度が悪かっただろうか。人相が悪く見えるような形で表情筋が歪んだのは少年院に行ってからだった気がするが。今朝、鏡で顔を見たときも雑魚丸出しのヒョロいガキだった。

 頭を下げた俺を見た平塚先生はため息をつき、言った。

「形だけの謝罪など無意味だ。君には罰として奉仕活動を命じる。罪には罰を与えないとな」

 罪に対しての罰なら既に受けた。ちゃんと懲役に行きましたよ。実刑判決受けたやつだけだけど。彼女は「着いてきたまえ」と言い、また俺の手を引いて歩きだした。

 姿勢よく歩く平塚女史のケツをチラ見しながら追う。パンツスーツなのでナマ脚は拝めないが、長い脚と、垂れるのを拒むように重力に逆らうヒップがスタイルのよさを主張している。彼女のヒップに下着のラインが浮いていない。Tバックショーツを履いているのだろうか。想像した。10代の肉体は性欲を持て余しているようで、血液が移動を開始し、仁徳天皇がバンプアップしていく。歩きながら空いている手でこそこそとポジションを直した。

 歩いているうちに特別棟のとある教室に到着した。何も書かれていないまっさらなプレートが掲げられている。俺はようやく自分の置かれた状況を理解した。

 奉仕活動。授業中にぼんやり思い出していた変な部活。奉仕部。

 人生をやり直せたら、なんてことは考えないようにしてきた。わざわざ意識して考えないようにしていたということは、心のどこかではやり直したいと思っていたのだろう。しかしこんな形で、こんなところからやり直せというのか。

 俺は無神論者だ。神の存在など信じていない。だが、口に出してしまった。

「恨むぜ、神様」

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