「そういうこったからさ。手ェ貸せよ」
「ったく、こんなとこまで呼び出すから何かと思ったらよ。アホくせぇ」
大井も浅田もどこからどう見てもヤクザ丸出しの風貌であり、他の客はそそくさと帰るなり見向きもしないように努めている。大和も含めて三人とも大柄なので意識せずとも威圧感があるのかもしれない。
「何がアホくせえんだよ、おい」
「てめー脳味噌ねーのか?」
「なに?」
「浅田、ここてめーが払っとけよ。行くぞ大和」
大井がビールを飲み干し立ちあがる。大和は咀嚼していた砂肝をほうじ茶で流しこんだ。
「大井テメー、まてコ……」
「慶尽会の枝だったよしみだ。比企谷には言わないでおいてやる。とっとと帰れ」
吠えようとした浅田をひと睨みで黙らせ、大井はそれだけ言って店を出た。
「ここから帰るのめんどくせえな」
「運転するのは俺ですけどね」
千葉の僻地、野田市。そんな野田の更に片隅にある焼き鳥屋に来ていた。土浦の知人のもとに身を寄せていた浅田が「永弦会にも
焼き鳥屋から少し歩いてコンビニの駐車場に向かう。停めていた大和のSUVに乗り込むと、大井は即座にシートを倒し寝る姿勢になった。寝られるのも癪なので、大和は車を発進させると話しかけた。
「比企谷さんに言わないつってましたけど、いいんですか」
「言ったら殺しちまうだろ。あいつ」
「でも浅田さん、帰りますかね」
「帰らんだろうな。やめろって言われてやめるやつなら最初から
浅田は慶尽会系の組員だった。
慶尽会は愛知県名古屋市に本拠を置く指定暴力団で組員は1500人程。傘下勢力の大半は東海地方に拠点があり、岐藍連合の上部団体である。
浅田も覚せい剤取締法違反で逮捕され絶縁処分をされるまでは名古屋でヤクザをしていた。任侠道を謳う慶尽会は薬物禁止をお題目に掲げているが、実際にはどの組も大なり小なりドラッグ密売を資金源の一つにしている。ただ、
「
大井は愉快そうに笑った。名古屋に行くたびに大井が比企谷の武勇伝を吹聴しているせいだと思ったが、大和は指摘しなかった。
八斬。
噂話には尾ひれがつくもので、どこからどこまでが本当の話なのか大和には知りようも無い上に比企谷がやったという証拠も無いが、それ以来新宿の裏に住む中国人は怖れや忌避を込めて比企谷を八斬と呼んでいることは確かだ。
何故名古屋の浅田がその類の話を知っているのかというと、岐藍連合総長の綾瀬は慶尽会舎弟頭の要職を努めており、名古屋で開かれる幹部会に行く際には高い頻度で大井をガードの一人として連れて行く。慶尽会系で東京に拠点を構える勢力は岐藍連合のみであり、大井が語る比企谷の武勇伝にああでもこうないと否定をする人間もいない。
そんな武勇伝を真に受けていた浅田が、絶縁されて行き場を失った自分の名を上げる為に比企谷を殺しにきたなどとは、比企谷はこれっぽっちも知らないだろう。
「でも殺せたとしても、白塚組は黙ってないですよね。それこそ即日死体になるんじゃないですか」
「あいつ脳味噌無ぇからそこまで考えねーんだろ。あいつがめげずに新宿に出て比企谷のこと嗅ぎまわれば比企谷の耳に入る。そんで終わりだ」
大井は興味なさげに言うとあくびをして目をつぶった。どっちにしろ浅田は死ぬんじゃないかと大和は思ったが、これ以上話しかけると殴られるので大人しく大井を送ることにした。
* * *
午前中に神楽坂にある組事務所に顔を出し、昼までメールのチェックや電話を繰り返してフロントの表帳簿を管理してから昼食を食いに出た。昼食を取ってからは西五軒町の汚いビルに入っている自分の会社に行く。行ったところで大和がするべき仕事は社員が馬鹿な真似をしないように金庫と帳簿のチェックをするくらいなのだが、時折ヤクザが大和に連絡をよこさずに直接会社に来る場合がある。社員は営業が二人、庶務と経理が一人ずつだが一応は全員堅気であり、ヤクザの相手をする時に大和がいないわけにはいかない。
会社に向かう道中、ランチ営業している居酒屋に入り生姜焼き定食を頼んだ。生姜焼きにしては強気の値段設定だったが、出てきたものは肉厚且つ分厚さに負けない味付けがなされ、食い応えがあり満足のいくものだった。醤油とみりんが効いた豚肉を咀嚼しながらテレビから垂れ流されるワイドショーを見ていると昼のニュースに切り替わった。ニュースキャスターが原稿を読み上げていく。名古屋の暴力団員が死体で発見──。大和の興味は味付けの濃い豚肉からニュースに移った。
八王子の恩方、雑木林すぐ手前の農道を通りかかった農家の男性が遺体を発見。遺体は顔面と腹部の損傷がひどく、身分がわかるものを持っていなかったが、指紋から名古屋市の暴力団員の浅田と判明。付近では熊の目撃例があり、警察は熊に襲われたのと暴力団事件、両方の可能性で捜査を進めている──キャスターはそんなかんじのことをしゃべった。
浅田の身分が元暴力団員じゃないのは、脱退届を出していなかったのか。出したところで警察がすんなり認めるものなのかも大和は知らない。
このニュースでわかるのは、比企谷は死体などいくらでも処分できるくせにそうせずに人目につくところに棄てたということだ。自分を狙う間抜けがどうなるかを晒したに違いない。損傷具合から熊に襲われた可能性を警察が考える死体──昼飯を食いながら想像するものではなかった。肉厚の生姜焼きを食べるのが苦行になった。
野田で浅田と会ってから四日後のことだった。
* * *
リビングに入るとでかい犬が大和にとびかかった。大和は35kgはある大型犬を受け止め、撫でまわした。
「ただいま、マツ。いい子にしていたか」
大和の問いかけに答えるように、マツと呼ばれたジャーマン・シェパードは大和の顔を舐めまわした。大和がマツをわしゃわしゃ撫でまわしてやると、窓際で寝そべっていたもう一頭の大型犬──ボルゾイがてってってっと歩み寄り、大和の目の前で座った。
「なんだよウーロン。お前も構ってほしいのか~~」
ウーロンを撫でまわすと、マツが嫉妬したように体を寄せてきた。大和は自分の頬がだらしなく緩むのがわかったが、構わず二頭の大型犬を抱いて撫でまわす。この体格から若い頃はラグビー、ヤクザになってからも脅し役等をさせられてきたが、大型犬の相手をできるというだけで大きな身体に生んでくれた両親に感謝の念が湧く。
「あら、おかえりなさい」
犬たちに構っているとキッチンから声をかけられた。内縁の妻の
「ただいま仁美。みちるは?」
「母さんと一緒にカラオケに行ってるわ。晩御飯までには帰ってくるんじゃないかしら」
娘は大型犬に茶の名前を付けた義母と外出していた。
娘といってもみちるは仁美が前夫との間に設けたこどもであり、大和と血のつながりはない。みちるは中学生に上がったばかりの女の子であり、新しい父親──籍も入れずに週に二、三回顔を出すだけのヤクザなど毛嫌いしそうなものだったが、抵抗もなく大和をおとうさんと呼んでいる。実父が気性の荒いゴロツキだったため、大和のような人間でもまともに思えるのかもしれない。仁美はおとなしそうな顔をしていながら男を見る目が無い。大和は義母にもそう聞かされたことがある。
「そういえば今日、
仁美がこの家を仲介した人間の名を出した。いい歳して派手な金髪とカラコンをしている胡散臭い人間だ。大和は顔をしかめそうになったが、仁美は同い年で喋り上手の幸野を気に入っているのですんでのところでとどまった。
「売りきりの仕事なのに、あの人もまめというか律儀よね。でも不動産仲介業者ってそういうところが大事なんでしょうね」
「そうなのかもな」
「でもあの人、私と同い年の女性なのに本当に仕事熱心よね。尊敬しちゃう」
普段はドブ臭い神田川沿いのアパートに住んでいるやくざものの大和が、家族に千葉市内の一軒家を用意できたのは幸野のおかげによるところが大きい。しかし大和にとって幸野は恩人である以上に、自分のシノギの上前をはねる鬱陶しい存在だった。
大和は買い手付かないような不動産を二束三文で手に入れ、それを人畜無害そうな小市民や最低限の知能を持った筋者に三束四文で転売している。この手に入れる物件が、幸野が紹介してくるものの場合が多い。幸野が持ってきた案件が成立した場合は決して安くない仲介料を払っている。
仁美には幸野のことを不動産仲介業者だと紹介しているが、実のところは比企谷の金主もしており、比企谷を手足のように使っている。そんな人間にこまめにこちらの家に顔を出されるのは、大和にとっては脅し以外の何物でもなかった。
せっかくの家族といる時間に幸野の名を聞かされるのはごめんだった。
大和が気分を害したのを察したのか、犬たちが「ひーん」としょげた声を上げ、不安げな顔で大和を見上げてくる。
大和は笑顔を作りながら話題を変え、義娘と義母の帰宅を待った。
「大和も大井もいい大人だ」とか「大和は大井に大人しく従った」とか書いてると大の字が多くて訳がわからなくなりました。