拙作を読むのに貴重なお時間を割いてもらい、感謝と恐縮しております。
目覚めが悪い。
悪夢を見た。
朝から不快さと疲労を感じた。
「う~ん、この……」
訳もわからないまま高校生に戻り、何も考えないまま奉仕部に顔を出した。二日続けて。
俺は元々自分がどんな高校生活を送っていたかななんて覚えちゃいない。モノの考え方も変わった。前回通りの高校生活を過ごすことなどないだろう。というか加齢とともに気が短くなっていったし前回とも関係無く事件を起こして学校をクビになる可能性すらある。仮に学校をクビになっても今回はヤクザになる気は無いし、前回なったのも縁あってのものなのでなろうにもなれない。もう今の俺はかつての人生とは無縁の存在になってしまっている。
にも関わらず今まで以上にハッキリと29歳の時に起きた事件を夢に見た。理由は判っている。俺は大きく溜め息をつき、ぶんぶんと頭をふった。
枕元に置いたスマホで時間を確認したらまだ五時半だった。二度寝しようにも意識は完全に覚醒しており、なにより寝汗がひどくて気持ち悪い。仕方なく身体を起こしベッドから出た。
シャワーを浴びてランニングに行くか……。
早朝の日課は空手の鍛錬とランニングを週替わりでやっており、今週は空手の筈だったが、朝風を浴びたい気分だった。軽くストレッチをして部屋を出た。
シャワーを浴びるべく家をふらつく。ぼんやりしていると未だにどこになにがあるのかがわからなくなる。さっさと馴れなければ。
ゆっくりとシャワーを浴びてから身体を拭き、リビングに出た。父親と母親が朝食を取っている。ベーコンエッグと食パン。そしてコーヒー。喫茶店のモーニングみたいな組み合わせだ。
「あら八幡。おはよう」
「今日は早いな」
「おはよう。ちょっと目が覚めちまって」
この二人も大概早い。いつも夜に帰ってきていながら、六時前に起きて飯を食い新聞を読み、七時前には家を出ていく。真っ当なサラリーマン生活に家のローンと二人の子供。俺には縁が無かったもの。苦労している。させている。
コップに水を注ぎ飲み干す。冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し、それも注いで飲み干した。毎朝の日課だ。
自室に戻り入念に柔軟をこなし、ランニングウェアに着替えると6時15分過ぎ。のんびりシャワーを浴びていたらいつものランニングに出かける時間より若干遅くなってしまった。でもこれくらい気にするようなことじゃあない。ルーチンを守るために生きているわけではない。世の中にはルーチンが乱れることをやたらと嫌うやつがいつが、そんなものは自分で帳尻を合わせればいいだけだと俺は思っている。ペースを上げて走るか距離を短めに走ればいい。人と待ち合わせているわけでもなし、10分やそこいら遅く家を出ただけで困るようなことは何もない。
「うっわ、まじか」
困った。目の前で交通事故が発生した。ルーチンを乱した途端これかよ。まもろうルーチン。
交差点で信号待ちしていた型落ちのベンツのセダンが発進した瞬間、左側から信号無視の黄色い軽がベンツの助手席側後方に突っ込んだ。110?119?でも本人らで示談にするかもしれないし警察は呼ばない方がいいのか?様子を窺いながら近付いた。
ベンツの運転席から上下ジャージに坊主頭の若い男が降り、軽の中でテンパっている中年女性に話しかけ始めた。怒声は聞こえないが、見るからに苛ついている。怪我でもしているのか、それとも警察を呼ぶかどうかで揉めているのか。無視して立ち去ることもできたが、近付いて坊主頭の後ろから声をかけた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫なわけあるかい。このババアいきなり突っ込んできくさって。どこ見とんじゃ」
坊主頭は俺の方に振り向くこともなく、中年女に向いたまま関西弁でわめいた。中年女が困惑している。
「まだ早いし、いつも交通量も少ないから」
「あほんだら。朝なら信号無視してもええんかい。そんで人にぶつけとったら世話ないぞ、こら。これどないすんねや」
中年女の素っ頓狂な返答に、坊主頭はキレ気味にベンツの左リアを指差した。若干へこんでいるが自走は可能だろう。ベンツのトランク周りは頑丈だ。
「ご、ごめんなさい。警察呼びますから、保険で修理代出しますんで」
「何が警察じゃ、こら。眠たいことぬかしとんなよ」
なんだこの坊主頭。チンピラか……自分の横着が原因とはいえ、おばさんも面倒くさいやつ相手に事故ったものだ。坊主頭がわめいていると周りには野次馬が数人湧いてきた。この調子でわめかれたら俺まで悪目立ちしてしまう。無視して帰ればよかった。
「まあまあ、ここで立ち往生してても他の人に迷惑だから、路肩にでも車どかしましょうよ」
「お前はなんじゃ、こら。関係ないやつがしゃしゃんなや」
坊主頭はこちらを向き、すごんできた。
俺は坊主頭の顔を見て、言葉を失った。コイツにびびったからではない。
「おい渋沢。てめぇなにやってんだよ」
低い
「てめぇが話まとめますっつーから待ってたのに、馬鹿みてぇにわめいてるだけじゃねえか」
「で、ですけどアニ、課長」
渋沢と呼ばれた坊主頭が釈明するより早くシンサイ刈りの拳が渋沢の顔面に突き刺さり、坊主頭は鼻血を散らしながら尻もちをついた。いきなり暴力行為を見せられたおばさんは青褪めている。そんなおばさんにシンサイ刈りはにこやかに話かける。
「ごめんなさいねお母さん。うちの子、躾がなってなくてお恥ずかしい」
「い、いえ……」
「警察を呼ぶべきなんだろうけど、私らちょっと急ぎの用があるんですよ。後で連絡さしあげるんで、連絡先教えてもらっていいですか?」
「れ、連絡先ですか」
「ええ。用事があるんもんでして。お願いしますよ」
口調こそ丁寧だが有無を言わせぬ圧力をかけている。おばさんは拒否することもできずに携帯電話の番号と家の電話番号を聞きだされ、免許証まで写真を取られてしまった。ち~ん(笑)。
「ありがとうねお母さん。また連絡しますんで。じゃ、失礼します」
シンサイ刈りは軽く頭を下げると坊主頭を軽く蹴り、運転席に向かわせた。
「あとは当事者同士で話するから、きみももう気にしなくていいよ」
シンサイ刈りが助手席に乗り込みながら俺に声をかけた。ドアが閉まるとベンツは発進し、野次馬も散っていく。あとには立ちすくむおばさんと俺が残された。
「おばさん、警察よぶ?」
「え、で、でも……」
俺が声をかけるとおばさんはハッと我に返ったが思考能力は回復していなかった。「朝だから」なんて言って信号無視するようなノータリンだし元々なんも考えてないのかもしれないが。俺は「ならいいっすわ」とだけ言い、おばさんを置いて走り出した。
いらん時間をくってしまった。ペースを上げて走るか。距離の短いルートで走るか……
* * *
結局ペースを上げて走った。帰宅する頃には大量に発汗していた。
シャワーを浴びてから部屋に戻り肌着も替え、高校の制服に着替える。ベッドに腰かけ、通販で買った電子タバコを咥えた。
煙草も手に入れようと思えば手に入れられるが、「俺は他のやつとは違う…」感を得るために、この時代ではまだ流行っていない電子タバコに手を伸ばした。以前VAPE紹介動画で煙を大量に吐きだしているのを面白そうだと思ったのは秘密だ。日本でVAPEが流行りだしたのは俺が最初の懲役に行っている間だったらしいが、この時代でも探せばいろいろ出てきた。流行りに便乗した奴がアクセス数欲しさに作った紹介サイトと違い、趣味感丸出しの個人業者が多かったが、それが一層そそるものだったというのもある。
昨夜のうちにタンクにメンソールのリキッドを入れておいたので、早速吸ってみる。
スイッチを押し、口内に蒸気が入ってきたのを確認してからゆっくり吸いこみ、吐いた。煙草とはまた違った感覚だった。もう一度蒸気を口に含み吸いこんだ。そして、吐いた。
「ほ~~……。こりゃいいな」
俺は愛煙家だったが、ニコチン中毒ではなかった。深呼吸代わりにゆっくり吸って気分転換するのが目的だったので、ニコチン無しで吸いたい時に一吸いしてそのまま仕舞えるこれを気に入るのは当然といえば当然か。平塚先生みたいにニコチンで強制的に脳を落ちつけている人には無理だな。
メンソール以外にも買ってあったリキッドを予備のアトマイザーに補充しようとしたら、不慣れなせいかこぼしてしまった。は?電子タバコ最低やな!二度と使わんわ!
俺は顔を顰めながらランニング中に遭遇した交通事故を思い出す。関西弁のチンピラと中年のヤクザ。チンピラは渋沢だった。二年前に死んだ兄弟分。
「いや、37ん時に死んだから今から20年後か」
こんな形で会うとは思わなかった。とは言っても本当に会っただけだし連絡先だって訊いてない上に、あいつも俺のことを知らない。ヤクザになる気もないし二度と会うこともないだろう。
「しっかしあいつ、屁みたいなチンピラだったな」
すごんできた坊主頭の渋沢を思い出し苦笑した。
俺の知る渋沢はいつも落ち着いており、教科書のような標準語を話していた。だが人を威す時は関西弁でがなりたてたりと、顔を使い分けていた。
俺が目先の問題を解決して、先のことを考えられる渋沢が絵図を書く。邪魔するやつは大井がぶちのめす。俺たちは違う系列の組の人間だったがそれでうまいことやっていた。渋沢がポッと出のゴロツキに殺されるまでは。
「まああいつが生きてるってことは大井も生きてるわな。当然だけど」
大井も渋沢も歳は俺の一つ上だ。渋沢は中卒で堺から東京に出てきてヤクザに、大井は木更津のヤンキー高を卒業しヤクザになった。俺の最終学歴も中卒だからゴリラの大井が高卒で一番高学歴だった。三人で飲むたびに、俺と渋沢は大井を「高卒なのにアホ」と弄ってはぶん殴られていた。
消えた過去でもあり、あり得ない未来と化した記憶を思い出し一人部屋で笑った。ここに雪ノ下がいたら「気持ち悪い」と難癖をつけて通報しようとしているだろう。雪ノ下が俺の部屋にくるなどありえないが。
というか、兄弟分たちを思い出しているのになんで雪ノ下のことを考えてんだ俺は。自分でおかしくなってまた笑った。
馬鹿な考えをしていることに気付くと、頭蓋の中に
もう一度電子タバコを咥え、蒸気を吸った。頭の中の靄ごと吐きだそうとした。
頭の中の靄だけが残った。